博 士 ( 医 学 ) 島 野 雄 実
学 位 論 文 題 名
糖 代 謝 と 老 化 と の 関 連, 特 に 老 化促 進 モ デ ル マ ウ ス の ATP 産 生 に 関 連 し て
学 位 論 文 内容 の 要 旨
はじめに
老 化 モデ ル動 物のーつ である老 化促進 モデルマ ウス(Senescence Accelerated Mouse: SAM) の一系統,SAMP8は,学習記憶障害を中心とした老化徴候を早期に呈し,老年性痴呆の動物モデル として老化の研究に広く用いられている: SAMP8の老化促進に関する研究は,Alzheimer病の患者 において 早期よ り脳のグ ルコース代謝が低下することと関連して,主に糖ー酸素代謝を中心に行 われてお り,脳 のグルコ ース代謝の異常が検討されてきたが、フリーラジカルが主に産生される 電子伝達 系の代 謝産物で あるATP量については明らかにされておらず,SAMP8における糖代謝の亢 進と老化との関連は十分に明らかにされているとは言えない.
本研究は,学習記憶障害を中心とした老化徴候を早期に示すSAMP8を用レゝて,糖代謝において 発生する フリー ラジカル と老化 との関連 を明ら かにすることを目的として,SAMP8の脳を用いて アデノシ ン三リ ン酸(ATP)量,ク レアチン リン酸(Cr−P)量,過酸化脂質量を測定した.さらに 食物摂取量,体重,自発行動量,血中の糖質,脂質などの測定を行い,これらと老化との関連につい て検討した,
実験方法
食物摂取量,体重および自発行動量の測定には6.9,13カ月齢の雌性SAMP8系マウス(実験群)
とSAMR1系マウス (対照群 )の計36匹を用い,1匹ずつ食物摂取量,体重の測定を行ってから赤外 線による 実験動 物用自発 運動セ ンサーを 用いて 自発行動量の測定を3日間行った.血液生化学検 査および脳内ATP量,CrーP量,過酸化脂質量の測定には3カ月齢,13カ月齢の雌性SAMP8とSAMR1を計 23匹用い、エーテル麻酔下で心臓採血後,グルコース,総コレステロール,BUN,総ピリルピン,
GOT, GPT,総夕ンパク,アルプミン,カルシウム.トリグリセリド,尿酸,LDHの各検査項目を京都第 ー科学社製Spotchem (SP−4410)により測定した.また,無機リンはモリブデン酸アンモニウム法 によ り , チモー ル混濁 試験(TTT),硫酸 亜鉛混濁 試験(ZTT)は消化器 病学会 肝機能研 究班推 奨 の方法により行った.脳内ATP,Cr−Pおよび過酸化脂質量の測定は,採血後,直ちに脳を採取して,
液体窒素中で急速冷凍してから,脳を左右の半球に分割し,ー方はATPおよびCr−P量,ー方は過酸 化脂質量の測定に用いた, ATP,Cr−P量の測定にはLowryらの方法を,過酸イ凹旨質量の測定はチオ バルピツール法を用いた.これらの実験における結果の統計学的な検討はStudents t検定により 行った,
結果
1.食物摂取量,体重および自発行動量
SAMP8はSAMR1に比較し て,6,9力月齢に おいて食物摂取量の増加傾向が認められ,13カ月齢に おいて有意な増加が認められた.
体重 は対照群 のSAMR1において のみ増 加傾向がみられた.SAMP8とSAMR1との比較では,SAMP8の 体 重 は , 6. 9, 13カ 月 齢 の い ず れ に お い て も 有 意 に 少 な い こ と が 認 め ら れ た . 自発行動量はSAMP8,SAMR1ともに6.9.13カ月齢のいずれにおいても,明期より暗期に有意に増 加し た.また ,SAMP8では9力月齢以降において,6力月齢に比較して加齢に伴う有意な行動量の減 少が認められたが,SAMRllこおいては認められなかった.SAMP8とSAMR1の比較では,SAMP8の9,13力 月齢において行動量の有意の減少が認められた.
2.血液生化学的所見
加齢 による変 動につ いては,SAMP8に おいての み総夕 ンバク, カルシウムおよび無機リンが 加齢 に伴って 有意な 増加を示 した.な お,その他の検査項目については加齢に伴う変動は認めら れなかった.
SAMP8とSAMR1との比較では,総コレステロールについては3,13カ月齢ともにSAMP8が有意な低 下を示した.また,総夕ンパクについて,SAMP8の13カ月齢において,SAMR1に比較して低下傾向が 認められたが,アルブミンについてはSAMP8の13カ月齢で増加傾向が認められた.さらに,BUNにつ いて はSAMP8の3カ 月齢において,SAMR1に比較して有意な低下が認められた.なお,その他の項目 についてはのSAMP8とSAMR1間の有意差は認められなかった.
3.ATP量およびCr−P量
脳組 織内ATPおよびCr−P量 につい ては両群とも加齢に伴う変動は認められなかった.また,
SAMP8とSAMR1と の 比較 で は , 脳組 織 内ATPお よびCr−P量 の 有意 な 差 は認 め ら れ なか っ た . 4.脳組織内過酸化脂質量
脳組 織内過酸 化脂質 量につい ては,SAMR1にお いての み加齢に 伴う有意な減少が認められ.
SAMP8とSAMR1と の比較 では,SAMP8の3カ月齢 におい てのみ同 月齢のSAMR1に比較して有意な低下 が認められた,
考察
SAMP8はSAMR1に比較して全ての月齢(6,9,13カ月齢)において,食物摂取量(摂取食物エネ ルギー)が増加しているにもかかわらず,体重(貯蔵エネルギー)の低下(6.9,13カ月齢)およ び自 発行動量 (消費 エネルギ ー)の低 下(9,13カ月 齢)が 認められ エネルギー代謝の不均衡が 示唆 された, これは,SAMP8で報告されているプロテオグリカンの蓄積やグルコース輸送量の異常 との 関連を示 唆している.また,SAMP8の脳組織内過酸化脂質量は加齢に伴う変動が認められず,
SAMR1に比較 して3カ月齢 において 有意な 減少がみ られ若 齢期から のフリー ラジカ ル産生量 の低 下お よびグル コース 代謝の低 下が示唆 された .しかし ,自発 行動量の 加齢変化からみれば9力月 齢以 降におい て初め て行動量 の低下が 認められており,脳内グルコース代謝の低下が先行するこ とが 明らかと なった.このような,グルコース代謝の低下が考えられることに加え,脳組織内ATP
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およびCr−P量は若齢期,老齢期ともにSAMR1と同程度の存在であることから.ATPの利用の低下が 推測された,また,SAMP8において血中コレステロールの低下が認められ,SAMP8の学習記憶障害を 中心とする老化徴候の早期発現,各 種生理機能の低下などに関与している可能性が示唆された.
結語
SAMP8の早期における学習記憶障害を中心とした脳の老化は,糖代謝の過程において発生する フリーラジカルによって弓Iき起こされるというよりは,むしろ,糖代謝の低下およびATPの利用低 下などの原因によるものであること が示唆された,この結果は老化機構の解明に役立っだけでな く , ヒ ト の 老 化 の 有 効 な 防 止 法 を 確 立 す る た め の 重 要 な 知 見 と 考 え ら れ る .
学位論文審査の要旨 主 査 教授 斎藤和雄 副査 教授 細川眞澄男 副 査 教授 有川二郎
学位論文題名
糖代謝と老化との関連,特に老化促進 モ デ ル マウ ス の ATP 産生 に 関 連し て
学習記憶障害を早期に示す老化促進モデルマウス(SAM)については、ヒトの老年性痴呆患者 において脳のグルコース代謝が低下することと関連して、脳の糖代謝異常について検討されて きたが、フリーラジカルの産生と関係する電子伝達系の代謝産物であるATP量およびSAMP8にお け る 糖 代 謝 の 亢 進 と 老 化 と の 関 連 は 十 分 に 明 ら か に さ れ て い る と は 言 え な い 。 本研究は、学習記憶障害を中心とした老化徴候を早期に示すSAMP8を用いて、糖代謝におい て発生するフリーラジカルと老化との関連を明らかにすることを目的として、SAMP8の脳内アデ ノシン3リン酸(ATP)量、クレアチンリン酸(Cr一P)量、過酸化脂質量を測定した。さらに食 物摂取量、体重、自発行動量、血中の糖質、脂質などの測定を行い、これらと老化との関連に ついて検討した。
食物摂取量、体重および自発行動量の測定には6、9、13カ月齢の雌性SAMP8系マウス(実験 群)とSAMR1系マウス(対照群)を対象としてそれぞれ1匹ずつ食物摂取量、体重の測定を行っ てから赤外線による実験動物用自発運動センサーを用bゝて自発行動量の測定を行った。血液生 化学検査(グルコース、総コレステロール、BUN、総ピリルピン、GOT、GPT、総夕ンパク、ア ルブミン、カルシウム、トリグリセリド、尿酸、LDH、チモール混濁試験(TTT)、硫酸亜鉛混 濁試験(ZTT))、脳内ATP量、Cr―P量および過酸化脂質量の測定には3カ月齢、13カ月齢の雌性 SAMP8とSAMR1を用いた。
その結果、SAMP8はSAMRIに比較して全ての月齢(6、9、13カ月齢)において、食物摂取量(摂 取食物エネルギー)が増加しているにもかかわらず、体重(貯蔵エネルギー)の低下(6、9、 13力月齢)および自発行動量(消費エネルギー)の低下(9、13カ月齢)が認められ、エネルギー 代謝の不均衡が示唆された。SAMP8の脳組織内過酸化脂質量は加齢に伴う変動が認められず、
SAMR1に比較して3カ月齢において有意な減少がみられ、若齢期からのフリーラジカル産生量の 一―317―
低 下 およ びグ ルコ ース 代謝 の低 下が 示唆 され た。 しか し、 自 発行 動量の加齢変化については、
本 研究において、9カ月齢以降 において初めて行動量の低下が認められ、このことは脳内グルこゴー ス 代 謝の 低下 が先 行す るこ とに よる ため と推 測さ れる 。こ の よう な、グルコース代謝の低下が 考 え られ るこ とに 加え 、脳 組織 内ATPおよびCrーP量は若齢期、老齢期ともにSAMR1と同程度の存 在 す るこ とが 明ら かと なり 、ATPの利 用の 低下 が推 測さ れた 。ま た、SAMP8において血中コレス テ 口 ール の低 下が 認め られ 、SAMP8の 学習記憶障害 を中心とする老化徴候の早期発現、各種生理 機 能の低下などに関与している可能性が示唆された。
これ らの こと から 、SAMP8の 早期 における学習 記憶障害を中心とした脳の老化は、糖代謝の 過 程 にお いて 発生 する フリ ーラ ジカ ルに よって弓Iき起こされるというよりは、むしろ、糖代謝 の 低 下お よびATPの利 用低 下な ど の原 因によるもの であることが示唆された。この結果は老化機 構 の 解明 に役 立っ だけ でな く、 ヒト の老 化の 有効 な防 止法 を 確立 するための重要な知見と考え ら れる。
審査 にあ たっ て副 査の 細川 教授 からSAMの老化 の原因遺伝子は解明されているのか、食物摂 取 量 の増 加と 体重 減少 に関 連し てイ ンシ ュリ ン量 はど うか 、 甲状 腺ホルモンの分泌と関連して 基 礎 代謝 の亢 進に つい ては どう か、 過酸 化脂 質の 低下 とフ リ ーラ ジカル産生の低下との関連、
SAMP8の 寿命 につ いて 、次 いで 副 査の 有川 教授 から 、SAMP8の 繁殖 障害、実験結果の性差および 時 間 的差 、学 習記憶障害が始まる時期、自発行動量 は老化の指標となるか、老化の診断、治療、
予 防 に関 する 考え につ いて 質問 があ った 。申 請者 はこ れら の 何れ の質問に対しても文献引用を 含 めて妥当な回答を行った。
本論 文で 得られた事実は老化機構の解明に役立 っものであり、審査員一同はこれらの成果を 高 く 評価 し、 大学 院課 程に おけ る研 鑚や 取得 単位 など も併 せ 申請 者が博士(医学)の学位を受 け るのに充分な資格を有するものと判定した。