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勧誘に対する断りの研究 日本語母語話者とマナド語母語話者の比較 お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 吉田好美 平成 27 年 3 月

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(1)

Title

勧誘に対する断りの研究 : 日本語母語話者とマナド語母

語話者の比較( 全文 )

Author(s)

吉田, 好美

Citation

Issue Date

2015-03-23

URL

http://hdl.handle.net/10083/57786

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Type

Thesis or Dissertation

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ETD

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(2)

勧誘に対する断りの研究

―日本語母語話者とマナド語母語話者の比較―

お茶の水女子大学大学院

人間文化創成科学研究科

吉田 好美

平成 27 年 3 月

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i

目 次

第 1 章 序論 ... 1

1.1 研究動機 ... 1 1.2 異文化間コミュニケーションの難しさ ... 1 1.3 断りの難しさ ... 3 1.4 日本人とインドネシア人のコミュニケーションについて ... 3 1.5 インドネシアについて ... 5 1.5.1 インドネシアの多様性について ... 5 1.5.2 インドネシア語について ... 6 1.5.3 マナド語母語話者について ... 8 1.5.4 マナド語について ... 12 1.6 本論文の出発点 ... 13 1.7 本論文の目的 ... 13 1.8 断りの定義 ... 14 1.9 本論文の構成 ... 14

第 2 章 先行研究 ... 17

2.1 断りの研究の枠組 ... 17 2.2 日本語とマレー語を祖語とした言語の対照研究 ... 21 2.3 日本語の断りについて ... 26 2.3.1 談話完成テスト ... 26 2.3.2 ロールプレイ、電話、テレビドラマなど ... 28 2.4 断り発話の前後に着目した研究 ... 29 2.5 先行研究で残された課題と本研究の立場 ... 30 2.5.1 意味公式について ... 31

(4)

ii 2.5.2 断りの出現について ... 32 2.5.3 断りに至るまでの心理的負担 ... 32 2.5.4 断り発話において着目する分析観点 ... 33 2.5.5 研究方法について ... 33 2.6 本研究の分析観点 ... 34

第 3 章 研究方法 ... 35

3.1 調査方法 ... 35 3.1.1 データ収集地と期間 ... 35 3.1.2 調査対象者 ... 35 3.1.3 調査手順 ... 40 3.1.4 ロールプレイの内容 ... 40 3.1.5 分析対象とするデータ ... 42 3.2 文字起こしと翻訳 ... 43 3.3 コーディング手順 ... 46 3.4 分析枠組 ... 46 3.4.1 断りの分析枠組 ... 47 3.4.2 再勧誘の分析枠組 ... 53

第 4 章 断り発話に至るまでの言語行動について(研究Ⅰ) ... 55

4.1 研究背景 ... 55 4.2 研究目的と研究課題 ... 55 4.3 分析手順 ... 56 4.4 結果 ... 58 4.4.1 断りに至るまでの言語行動の有無について ... 58 4.4.2 断りに至るまでに見られる意味公式 ... 58 4.5 結果のまとめと考察 ... 60

(5)

iii

第 5 章 第 1 の断り発話に着目した研究(研究Ⅱ) ... 63

5.1 研究背景 ... 63 5.2 研究目的及び研究課題 ... 63 5.3 分析手順 ... 64 5.4 結果 ... 64 5.4.1 意味公式使用数 ... 64 5.4.2 初出意味公式 ... 66 5.4.2.1 初出意味公式のカテゴリー ... 66 5.4.2.2 初出意味公式の種類 ... 66 5.4.3 意味公式出現パターン ... 69 5.4.3.1 カテゴリー別の出現パターン ... 69 5.4.3.2 意味公式別の出現パターン ... 72 5.5 結果のまとめと考察 ... 73

第 6 章 第 2 の断り以降に着目した研究(研究Ⅲ) ... 78

6.1 研究背景 ... 78 6.2 研究目的と研究課題 ... 78 6.3 分析手順 ... 79 6.4 結果 ... 81 6.4.1 第 2 の断り以降の出現の有無 ... 81 6.4.2 第 2 の断りについて ... 84 6.4.2.1 意味公式使用数 ... 85 6.4.2.2 初出意味公式 ... 85 6.4.2.2.1 初出意味公式のカテゴリー ... 85 6.4.2.2.2 初出意味公式の種類 ... 86 6.4.2.3 意味公式出現パターン ... 87

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iv 6.4.2.3.1 カテゴリー別の出現パターン... 87 6.4.2.3.2 意味公式別の出現パターン ... 88 6.4.2.4 第 2 の断りのまとめ ... 88 6.4.3 第 3 の断りについて ... 90 6.4.3.1 意味公式使用数 ... 90 6.4.3.2 初出意味公式 ... 91 6.4.3.2.1 初出意味公式のカテゴリー ... 91 6.4.3.2.2 初出意味公式の種類 ... 92 6.4.3.3 意味公式出現パターン ... 93 6.4.3.3.1 カテゴリー別の出現パターン ... 93 6.4.3.3.2 意味公式別の出現パターン ... 94 6.4.3.4 第 3 の断りのまとめ ... 95 6.4.4 第 4、第 5 の断りについて ... 95 6.4.4.1 意味公式使用数 ... 95 6.4.4.2 初出意味公式 ... 97 6.4.4.2.1 初出意味公式のカテゴリー ... 97 6.4.4.2.2 初出意味公式の種類 ... 98 6.4.4.3 意味公式出現パターン ... 99 6.4.4.3.1 カテゴリー別の出現パターン ... 99 6.4.4.3.2 意味公式別の出現パターン ... 100 6.4.4.4 第 4、第 5 の断りのまとめ ... 100 6.5 結果のまとめと考察 ... 101

第 7 章 断りの連鎖についての研究(研究Ⅳ) ... 103

7.1 研究背景 ... 103 7.2 研究目的及び研究課題 ... 103

(7)

v 7.3 分析手順 ... 104 7.4. 結果 ... 104 7.4.1 断りの連鎖のパターン ... 104 7.4.2 断りの連鎖の変化 ... 107 7.5 結果のまとめと考察 ... 111

第 8 章 断りの展開パターンについての研究(研究Ⅴ) ... 113

8.1 研究背景 ... 113 8.2 研究目的及び研究課題 ... 113 8.3 分析手順 ... 113 8.4. 結果 ... 115 8.4.1 JNS と MNS の断りの展開パターン ... 115 8.4.2 MNS の断りの展開パターン ... 117 8.5 結果のまとめと考察 ... 119

第 9 章 総括 ... 122

9.1 本研究のまとめ ... 122 9.2 総合的考察 ... 127 9.3 本研究の意義 ... 129 9.4 言語教育への応用 ... 130 9.5 今後の課題 ... 131

付記 ... 133

参考文献 ... 134

謝辞 ... 142

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1

第 1 章 序論

1.1 研究動機 2013 年 12 月に、東京で開催された日・ASEAN 特別首脳会議において、日本政府は、 ASEAN を中心とするアジアとの文化交流を進めるための新しいアジア文化交流政策を表 明し、2020 年までの 7 年間を目途に「文化の WA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うア ジア~」を実施していくことを発表した。それに伴い、2014 年 4 月に国際交流基金が各 国にアジアセンターを設立し、日本とアジア諸国との芸術・文化の双方向交流、及び日本 語学習支援をするために、さまざまな事業を実施している。 そして、アジア諸国の中でも、特に日本とインドネシアの交流は盛んになってきている。 インドネシアにおける日本語学習者数は世界第2 位で、約 87 万人に上っており1、インド ネシア国内における日本への関心も高まっていることが分かる。日本とインドネシアの関 係は今後更なる発展が期待されており、ますます両国間のコミュニケーションは盛んにな るだろう。 しかし、両国間の経済的・文化的な交流が盛んになれば、良いところだけでなく、負の 面も現れてくる。両国間における文化や言語行動の違いが原因で、摩擦が生じるのは避け られないと言えよう。相互行為でなされていく言語行動には、勧誘、依頼、申し出など様々 なものがあるが、摩擦が生じやすいコミュニケーションの一つに断りが挙げられるのでは ないだろうか。そして、その摩擦は、インドネシア人と日本人の間のみならず、異文化接 触場面ではどんな言語文化を持つ人間同士で起こり得るものだと思われる。 1.2 異文化間コミュニケーションの難しさ Gumperz(1982) は、互いに背景の異なる言語文化に属する者同士でコミュニケーショ ンを行う際には、コンテクスト化の手がかり(contextualization cues)を使用し、互いの文 化の差から生じた期待の違いが原因で誤解が起こると指摘している。そしてその解釈は共 通の言語文化背景を持たないと困難であると述べている。また、西田(2000)は特定の言語 文化圏で生まれ育った者が、頻繁な繰り返しの体験により獲得し共有するその言語文化圏 において適切とみなされる特有の知識全般を「文化スキーマ」と定義づけている。自分が 保持する文化スキーマとは異なるスキーマに基づく考え方や行動に遭遇した際に、誤解が 生じ、トラブルを招く可能性があるとしている。さらに、母語文化圏で獲得した文化スキ ーマは、外国語を使って会話をする際も無意識に活性化されると言われている。 異文化間コミュニケーションで難しさを感じるのは、異なった社会的文化背景で、期待 1 国際交流基金「2012 年度日本語教育機関調査結果概要抜粋」 <http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/result/dl/survey_2012/2012_s_excerpt_j.pdf>(最終アクセス日 2015 年 2 月 3 日)

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2 と解釈の違いが生じ、かつそれぞれの文化で獲得した文化スキーマで相手の行動を計るこ とが原因だと思われる。 そして、異文化間コミュニケーションにおいては、高度な言語知識や運用能力ばかりに 注目が集まりがちであるが、その知識や運用能力だけでは、コミュニケーションが円滑に 進むかというとそうではない。

Chomsky(1965)は第 2 言語教育の観点から、言語能力(linguistic competence)と言語運 用 (linguistic performance) の二つの必要性を提唱してきた。しかしそれに対して Hymes(1972)は、その二つだけでは不十分で、言語能力と言語運用だけでなく、ある特定 の文脈においてメッセージの伝達や解釈、意味の交渉ができる能力が必要だとし、その能 力を「コミュニケーション能力 (communicative competence)」と定義づけた。さらに Canal&Swain(1980)と Canale(1983)により、コミュニケーション能力は、文法的に正し い文を用いる文法的能力(Grammatical competence)、単なる文の羅列ではない、意味のあ る談話や文脈を理解し、作り出す談話能力 (Discourse competence)、社会的な文脈を判断 して、状況に応じて適切な表現を用いる社会言語能力 (Sociolinguistic competence)、更に コミュニケーションの目的達成のために対処する方略的言語能力(Strategic competence) が必要であるとした。Canale(1983)は上記四つの能力の中でも、社会言語能力の重要性を 述べている。場面に応じた適切な言語使用が求められることは、どのような言語にも見ら れる普遍的な側面であり、どのような言語使用をすれば適切かということに関しては、言 語や文化特有の側面が存在していることを指摘している。 そして、コミュニケーションが円滑に進められるかどうかを測る言葉に「コミュニケー ション能力」というものが挙げられる。コミュニケーション能力の構成要素と定義につい ては、様々な議論があり明らかになっていないところも多いが、小山・川島(2001)では、 コミュニケーション能力とは、個人の特設や特定の技能にあるだけではなく、周囲との相 互作用の中で能力を備えている状態にもあると述べている。コミュニケーション能力は社 会的判断(social judgement)としても捉えられているとし、必要とされる能力はコミュニケ ーションの目的や相手などを含めた状況に応じて変わり、状況との相互作用で決定される からだと説明している。また、効果性(effectiveness)と適切性(appropriateness)の二つの 次元を中核としていてそれが社会的判断の基準としている。効果性とは、コミュニケーシ ョンの目標、目的に関連する次元で、それが達成できたかどうかを指し、適切性とは、コ ミュニケーション活動が社会的・文化的状況にふさわしいものかどうか、対人規範や規則 を守っているかどうかを測るものであると述べている。そして、この二つの次元を両方と も満たすことがコミュニケーション能力の基本としている。 異文化間コミュニケーションでも特に重視されるのが、適切性であり、コミュニケーシ ョンにあたっては、それが社会的、文化的状況に適合しているかを瞬時に判断する能力が 必要になると考えられる。

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3 1.3 断りの難しさ 前節では異文化間コミュニケーションの難しさを挙げてきたが、その中でも断りのコミ ュニケーションは難しい言語行動の一つだと言える。 Goffman(1971)によると、断りが難しいのは、事実上の危害(virtual offense)、つまり、 聞き手にとって害をなしたり、名誉を傷つけたりすると思われる行為だからであり、同時 に そ の 「 修復 作 業 」(remedial work) が必要であるからだと指摘してい る。また、 Brown&Levinson (1987)によると、断りは社会的に認められた自己像であるフェイス (face)を脅かす言語行動、つまり「フェイス侵害行為(Face Threatening Act)」であると考 えられて、お互い修復するという必要があるため、慎重に行われると述べている。 Sacks(1987) は会話のやりとりにおける社会的・語用論的に好まれる返答と好まれない 返答の慣例のことを優先選好(preferene)とした。会話分析の観点では、勧誘や依頼に対す る応答において好まれる選択(preferred choice)の行為と、好まれない選択(dispreferred choice)の行為に分けられるとされている。例えば、勧誘を受けた場合、受け手は、それを 受諾するのか拒否するのかを勧誘者に伝達しなければならないが、拒否、つまり断りを表 出することは好まれない選択だと説明している。林(2008)では、受諾や承認の場合はター ンが滞ることなしに直接的にやりとりができるのに対し、拒否の場合にはターン間の時間 的な滞りやターン内での発話の遅れを伴い緩和的表現や間接的表現を使用して実行される と述べている。 また、Sacks(1987)は受諾や承認の際に使われる形式を yes-period とし、拒否する場合 はno-plus とした。この plus というのは、好まれない選択をすることの説明をプラスする という意味であるが、断りが難しいのは、yes-period よりも、no-plus がはるかに言語的 にも精神的にも負担が大きいからだと述べている。 林(2008)は、誘いに対する断りは、好まれない選択になるのだが、即座にはっきりと断 るのを避け、何らかの表現を使って返事を遅らせることが多いとしている。それらは好ま れる選択が社会的に優先される行為であるからで、このようなやりとりをデザインして協 調と対人関係を最大限に良好に保ち、摩擦や衝突を最小にとどめようとする社会的な行為 をシステムとして行うからであると説明している。 以上のような観点で、断りは人間関係に影響を与えるものだからこそ、言語的にも精神 的にも慎重に、かつかなりの労力を用いて行われるべき言語行動であると言える。 1.4 日本人とインドネシア人のコミュニケーションについて 異文化間コミュニケーションの難しさを語る場合は、双方の言語話者のそれぞれの立場 から語られることが多い。 外国人から見た日本語の難しさについて言及したものには、笹川(1996)が挙げられる。 笹川(1996)は、外国人留学生を対象に日本語のコミュニケーションにおいて具体的にど のような問題を感じているかを調査したところ、「日本語の曖昧表現」の問題に言及する学

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4 生が多く、曖昧表現は「発話意図の多義性」「発話意図解釈の不明確性」「情報の欠如」と いう三つのケースに大別できると述べている。「発話意図の多義性」は「申し訳ありません」 「ちょっと難しい」「また連絡します」は「No」の意味になる、あるいは「ええ」が「は い」「いいえ」の両方の意味に解釈されるといった多義性が曖昧に映るということである。 「発話意図解釈の不明確性」は、結婚式に誘われた際の返答に「ご迷惑じゃないでしょう か」などの否定的表現が多かったり、お土産をあげると「これ探すの大変だったでしょう」 と言われたり、相手が喜んでいるのかどうかがわからないなどといった、話し手の真意が 不明確で曖昧であることを指している。「情報の欠如」は、お土産を日本人にあげても「あ りがとう」しか言わないので喜んでいるのかどうかが分からない、あるいは反対を表現す る代わりに沈黙を守り沈黙が答えとして用いられるといった例のように、情報が不完全で わかりにくいという曖昧性のことである。 小山・池田(2011)では、日本人のコミュニケーションを、Ishii(1984)に倣って「遠慮・ 察しコミュニケーション」としている。一般的にある言語メッセージを発信するとき、メ ッセージの受け手の置かれた物理的・心理的環境を考慮して、その意図が言外に伝わるこ とを無意識に期待しながら言語メッセージを送るが、一方でメッセージの受け手も、送り 手の「遠慮」の結果として生じた曖昧なメッセージを「察し」によって意味を補って解釈 するとしている。手塚(1993)でも、日本人の理想的なコミュニケーションは「言わなくて も分かる」ことで、遠慮と察しには「一方が合わせれば、もう一方も合わせる」という相 互同調性が働くことの必要性が必要であり、察しについては遠慮を補完する役割があり、 話し手と聞き手の相互補完が日本人のコミュニケーションを効果的にすると述べている。 そして、石黒(2006)では、察しの内包的な意味は「推し量ること」「(他者を)思いやること」 「事情を呑み込むこと」であり、他者への共感、同情心、および、状況への配慮受け入れ という自分以外の存在への配慮があると指摘している。 このように、日本人のコミュニケーションスタイルとしては、曖昧、遠慮、察し、配慮 などという言葉がキーワードとなって述べられることが多い。 一方、インドネシア人のコミュニケーションスタイルについては、鈴木(1995)が事例を 記述している。鈴木(1995)によると、日本人がインドネシアで買い物をする際に、店員に お勧めを尋ねると、インドネシア人の店員は逆に客である日本人にどれがいいかと問い返 す。そこで、日本人客がアドバイスを求めると、インドネシア人の店員はどれも同じぐら い良いと答える。さらに、2 種類の商品を取り出し、二択で店員に聞いても、どちらもよ いと答え、日本人は呆れて黙ってしまったとしている。この事例で、鈴木(1995)は、イン ドネシア人は日本人よりもイエス・ノーをはっきり言うことを避け、どうしても否定する ときはノーと言う代わりにまだ決まっていない、あるいは分からないといった言い方をす ると述べている。また、ストレートな表現を避け、婉曲な表現をし、中庸を好み、喜怒哀 楽もはっきり表さない。失敗したり怒られたりしても照れ隠しでニコニコするとしている。 日本人は日本人以外にもストレートに物事を言わない人たちがいるという事実にあまり気

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5 づいていないと指摘している。 G.P.スケーブランド. S.M.シムズ(1986)では、世界 102 地域の文化事情をまとめており2 インドネシアと日本について記述している。 G.P.スケーブランド. S.M.シムズ(1986)では、インドネシア文化の基盤は個人の名誉を重 んじ、個人を尊敬することだと説明している。国民性としては、個人的な栄達より、家族 や友人へ忠義を尽くすほうが大切であると記述している。また、会合においては、静かな 声、控えめな態度、満場一致の賛成がよいとされる。他人を当惑させるのは最大の侮辱で あるため、何か批判をしたり賛成できなかったりした場合には個人的に言う必要がある。 会議だけでなく、公の場で反対意見を述べることはまれであり、意見を求められて、自分 がそれに対して同意できない時でも、ティダッ(tidak ノー)と言うこともあまりなく、むし ろベルム(belum 今はまだそう思わない)という言い方をし、将来的に意見が変わる可能性 も残す。そして、インドネシア人はいつも他人のために時間を割くのを厭わないとしてい る。 一方、日本については、日本人は勤勉で実際的であり、社会はグループ志向性が強いと 記述している。日本人はあいまいな表現をすることが多く、本人の口からはっきりと「ノ ー」と言うことはめったにないとしている。また、日本では言葉によらないコミュニケー ションも大切で、きちんとしたお辞儀をするだけで多くのことを伝えることができるとし、 言葉に頼らなくても、人の気持ちを読み取れるようでなくてはならないと述べている。こ のような日本人の行動は、西洋人から見ると、日本人の表現はあいまいだとか正確さに欠 けるとして誤解していることが多いと指摘しているが、人の気持ちを汲み取れない人は感 受性を欠いた人だとみなされるとしている。加えて、日本人の笑いは必ずしもおかしさや 嬉しさを意味しているとは限らず、実際は困惑を表していることがあると述べている。 このように、インドネシアでは否定的な発言や反対意見を述べたりすることは避けられ る傾向があり、その場の雰囲気を読み調和を好むという点では、察し、配慮というキーワ ードで語られ、言葉に頼らないコミュニケーションが必要であると言われる日本と似てい ると考えられる。Hall(1970)では、言語によって文脈に依存する程度は異なり、アジア言 語は、文脈の依存度が高い高コンテクスト文化と言われている。日本とインドネシアもこ の高コンテクスト文化に属するのであるが、類似点のある高コンテクスト文化に属してい るからといって、日本人とインドネシア人が、お互いの状況を察しあうことが容易かとい えば、必ずしもそうではないのである。 1.5 インドネシアについて 1.5.1 インドネシアの多様性について 鈴木(1995)や G.P.スケーブランド. S.M.シムズ(1986)は、「インドネシア人」というよう 2 1.習慣と礼儀 2.国民 3.生活様式 4.国家に分けられ述べられている。

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6 に記述しているが、インドネシアは一言で「インドネシア人」と括るのが難しいほど多様 性を持った国家なのである。 インドネシア(インドネシア共和国)は、赤道にまたがる東南アジア南部に位置する。世 界最大の島嶼国家であり、島の数は首都ジャカルタのあるジャワ島、スマトラ島、バリ島、 カリマンタン島、スラウェシ島の主要5 島など 17,000 以上島々から成り立っている3。人 口は約2.49 億人で、世界第 4 位の規模である4。民族は大多数がマレー系で、民族の数は ジャワ、スンダ、バリなど 300 の民族5があると言われており、それぞれ独自の言語を持 つ。宗教は9 割がイスラム教徒であり、世界最大のイスラム人口国としても知られる。そ れ以外にはキリスト教(プロテスタントとカトリック)、ヒンズー教、仏教が国教として認 められている6 地方によって独自の文化や言語が存在するインドネシアの国是は 、「BHINNEKA TUNGGAL IKA(多様性の中の統一)」とされている。それぐらい多種多様な文化、言語、 宗教が混在しているのである。 1.5.2 インドネシア語について インドネシアは多様な民族と文化と言語を持つ国家であるが、その多様な民族間で使用 されている公用語はインドネシア語である。ここではインドネシア語が公用語になった背 景について述べていきたい。 インドネシア共和国の公用語はインドネシア語と定められているが7、インドネシア語は 元々マレー語から派生した言語である。マレー語は、オーストロネシア語族・西オースト ロネシア語派に属する言語で、マレーシアの国語(マレーシア語、Bahasa Malaysia)、シ ンガポールとブルネイの公用語(ムラユ語・マレー語、Bahasa Melayu)、インドネシアの 国語(インドネシア語、Bahasa Indonesia)に分かれており、言語学的には同一言語の方言 として位置づけられている。 元々インドネシアには公用語はなく、島々でそれぞれの民族の言語が使用されていた。 マレー語は、オランダ領東インド時代、マラッカ海峡の東西およびその周辺海域で用いら れていた。つまり、共通の母語がない者同士が意思疎通のために使用していた交易語(リン 3 外務省「インドネシア基礎データ」<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/data.html>(最終アクセス日 2015 年2 月 3 日)より。 4 総務省統計局「世界の統計 2014」<http://www.stat.go.jp/data/sekai/0116.htm>(最終アクセス日 2015 年 2 月 3 日) より。 5 外務省「インドネシア基礎データ」<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/data.html>(最終アクセス日 2015 年2 月 3 日)より。インドネシア共和国観光省公式ページ<https://www.visitindonesia.jp/>(最終アクセス日 2015 年 2 月3 日)では約 490 と記されている。 6 外務省「インドネシア基礎データ」<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/data.html>(最終アクセス日 2015 年2 月 3 日)によると、内訳は、イスラム教 88.1%,キリスト教 9.3%(プロテスタント 6.1%,カトリック 3.2%), ヒンズー教 1.8%,仏教 0.6%,儒教 0.1%,その他 0.1%である。 7 外務省「インドネシア共和国基礎データ」<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/>(最終アクセス日 2015 年2 月 3 日)より

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7

ガフランカlingua franca)であった。マレー語はその後、それぞれの港ごとに、アンボン マレー(Ambonese Malay)、ジャンビマレー(Jambi Malay)、北マルクマレー(North Maluku Malay)、パレンバンマレー(Palembang Malay)、そして本研究の対象者の母語マ ナド語のもとになるマナドマレー(Manado Malay)というように、海洋都市ごとに独自の 進化を遂げていく。 その後、オランダからの独立運動の際、1928 年に開かれたインドネシア青年会議におい て、インドネシアという国、インドネシア民族という民族、そしてインドネシア語という 統一言語を使用するという決議を行った8。そのインドネシア語に採用されたのは、海峡の マレー語であった9 インドネシア独立の 1945 年に、憲法でインドネシア語を公用語とすることが規定され た10。その後インドネシア語の正書法を制定し、国語としての整備がなされていった。国 語としてのインドネシア語教育が初等教育過程に導入され、官庁用語、出版物、放送メデ ィアにおいてインドネシア語が使用され、インドネシア全土に普及したという背景がある。 現在ではインドネシアのほとんどすべての教育機関でインドネシア語が教育言語となって いる。 インドネシア人にとって、インドネシア語は義務教育に入った小学校1 年から国語とし て学習するケースがほとんどであり、家庭内の言語はインドネシア語にはならず、各々の 民族言語を母語として話している11。このような理由で、学校機関や会社など公の場では インドネシア語を使用するが、家族や友人との交流はそれぞれの民族の言語を話すという ことが多い。伊藤(2012)には、ジャワ語話者の学生が、ジャワ語は話せるが、敬語体系が 複雑なことから相手によって言葉を慎重に選ばなければいけないので、上下関係をはっき りさせたくないときはインドネシア語で使用するという記述がある。このようにインドネ シア人には言語を選択する機会が日常的に存在するのである。 つまり、インドネシア人の言語使用は、公的な領域と私的な領域で使い分けをして、民 族の地方語と国語としてのインドネシア語の2 言語併用が一般的であると言える。 インドネシア語を母語とするかどうかについては、研究者によって分かれる。藤原(2004) では、インドネシア人インドネシア語話者の断りの様式の分析をしている。藤原(2004)で は、調査地がインドネシア語のみで生活している人の多いジャカルタで、特定の地方語を 持たない人が多いということで、インドネシア語話者を「学校教育言語であるインドネシ ア語の母語話者」であるという解釈をしている。

8 “kami putera dan puteri Indonesia menjunjung bahasa persatuan,bahasa Indonesia”(我々インドネシアの青年

は統一言語、インドネシア語を頂く)。訳は森山(2009)を参照

9 当初はジャワ語を共通語にするという動きもあったが、ジャワ人を優先するという考え方に反対が起こったことと、

ジャワ語は独自の文字があり、敬語体系が難しく、インドネシア全土への普及に時間がかかるという懸念もあった。

10 “Bahasa Negara ialah Bahasa Indonesia”(国語はインドネシア語とする)(訳は森山(2009)を参照)

11 インドネシア共和国観光省公式ページ<https://www.visitindonesia.jp/>(最終アクセス日 2015 年 2 月 3 日)では、

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8 一方で、マレーシア語母語話者と日本語母語話者の断りに関する研究を行った伊藤 (2004c)では、マレーシア人とインドネシア人に対する予備調査を行った。マレーシア人の 母語はマレーシア語であるが、インドネシア人は母語がジャワ語やスンダ語であると回答 した者が多く、インドネシア語を母語とする学生が多くなかったとしている。マレーシア 人にとってマレー語は第1 言語であるが、インドネシア人にとってインドネシア語は第 2 言語であることから、状況を異にすると判断し、インドネシア語話者のデータとマレーシ ア語母語話者のデータを同列に論じることはできないとして、分析対象からインドネシア 語話者のデータを除外したとしている。藤原(2004)でも述べたように、近年、首都ジャカ ルタでは、地方語を持たずにインドネシア語のみで生活しているインドネシア人も増えつ つあり、森山(2009)でも、ジャカルタなどを代表とする大都市生まれで、一度も両親の民 族集団の言語を学んだことがない人々が増加し、インドネシア語しか解さない人も増えて いるという指摘もある。しかし、ほとんどのインドネシア人は2 言語を併用しており、「イ ンドネシア語母語話者」というインドネシア人は厳密に言うと存在しないということにな る。そのため、研究対象となる際には「インドネシア語話者」という立場で述べられ、本 研究でも、公用語を話す「インドネシア語話者」として扱う。 1.5.3 マナド語母語話者について 前節では、インドネシアの多様性及び、公用語であるインドネシア語の背景について述 べてきた。多様性を持つインドネシアにおいて、どの民族の中での言語行動を取り上げて 比較するのか、どの民族が代表性を持つのかは難しいところである。 本研究では、調査対象者をインドネシアのスラウェシ島にある北スラウェシ州(Sulawesi Utara)マナド12市(Kota Manado)及びその周辺ミナハサ県(Kabupaten Minahasa)出身の

マナド語母語話者とした。以下図1-1 にインドネシアスラウェシ島の位置を記す。矢印で 指示したアルファベットの「K」の形をした島である。また、図 1-2 に調査対象者の出身 地である北スラウェシ州のマナド市及びその周辺地域の地図を示す。 12 Manado の日本語表記は「マナド」と「メナド」の両方が存在するが、本稿では、インドネシア共和国観光省公式 ページ<https://www.visitindonesia.jp/enjoy/information/05.html>(最終アクセス日 2015 年 2 月 3 日)の表記に従い、 「マナド」とする。

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9 図 1-1 インドネシアスラウェシ島の位置(外務省[ODA]広報・資料インドネシア地図13 り、日本語表記と印は筆者が作成) 図 1-2 マナド市及び周辺地域地図(Minahasa Net14より抜粋。日本語表記は筆者が作成)」 13 外務省「[ODA]広報・資料インドネシア地図」 <http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/indonesia/kn3_01_0001.html> (最終アクセス日 2015 年 2 月 15 日)より

14 Peta Minahasa “Minahasa Net”<http://minahasa.net/id>(最終アクセス日 2015 年 2 月 15 日)より抜粋

スラウェシ島 マナド市 ミナハサ県 ビトゥン市 トモホン市 北ミナハサ県 南ミナハサ県 東南ミナハサ県

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10 まず、マナド市についての説明をする。北スラウェシ州マナド市は、インドネシアのほ ぼ中央にある島、スラウェシ島の北部、北スラウェシ州の州都である。マナド市の沿岸に ブナケン海洋公園があり、ダイビングに適した土地として欧米人を中心に人気がある地域 でもある。また、国民の9 割がイスラム教徒というインドネシアの中で、マナド市及びそ の周辺のビトゥン市、トモホン市、北ミナハサ県、ミナハサ県、南ミナハサ県、東南ミナ ハサ県はキリスト教徒が多数派を占めており、町の至るところに教会が存在する。第2 次 世界大戦中は日本人も滞在していたこともあり、日系インドネシア人も存在する地域であ る。1.1 節で述べた通り、インドネシアでは日本語教育が盛んであるが、日本語教育学科 のある4 年制大学は数が多くなくほとんどがジャワ島にある。東部インドネシアでは唯一 日本語教育学科があるのが北スラウェシ州であることから15、日本語教育が盛んな地域で もある。 なぜマナド語母語話者を対象としたか。その理由は第1 に、インドネシア人を対象とし た言語行動の研究自体が少ないうえに、対象となっているのはほとんどが、ジャワ島、主 にジャカルタ周辺のインドネシア人であることが挙げられる。多様性を持つインドネシア において、ジャワ島以外の地域のインドネシア人を対象とした言語行動の研究をすること で、インドネシア人とのコミュニケーション研究に寄与できる範囲が拡大されると考える からである。 第2 に、日本にインドネシア人コミュニティがあるが、出身者がマナド市及びその周辺 のミナハサ県出身のインドネシア人、もしくは日系インドネシア人であるということが挙 げられる。 日本でニューカマーの外国人が集住する地域としては、群馬県、静岡県、愛知県などが 有名で、特にブラジルやペルーなど日系南米人の集住地として知られているが、茨城県大 洗町にも外国人集住地が存在し、日本で最もインドネシア人が多い集住地なのである。 インドネシア人コミュニティについての研究は、目黒(2005,2006)、吹原(2007)、吹原・ 助川(2012)、奥島(2005)などがある。インドネシア人の中でも、茨城県大洗町には北スラ ウェシ州の民族で、ミナハサ族(Minahasan)が数百から千人以上集住しており、その 2~3 割は日系インドネシア人16であると言われている。ミナハサ族は北スラウェシ州マナド市 及び周辺地域であるミナハサ県を起源とする民族で、キリスト教徒が 90%を占めている。 日本各地で6,000 人が働いており、在日のインドネシア人総数の中でも主要民族の一つに なっている(目黒 2006)。 茨城県大洗町は水産加工業で成り立っていたが、1980 年以降バブル経済の時期に、工場 労働の地位低下、人口減少、少子高齢化などが原因で、水産加工業の従業員の確保が困難 になり、外国人労働者の採用へ踏み切ったとされている(吹原 2007)。

15 マナド国立大学(Universitas Negeri Manado UNIMA)

16 戦前マナドに入植した日本人の中で、ミナハサ族と結婚した者の子孫である。日本人の多くが沖縄出身者で漁業従

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11 目黒(2005)によると、当初はイラン人、タイ人、フィリピン人が主だったが、不法就労 者の増加に伴い、1998 年から入国管理局の摘発が厳しくなり、不法就労者は大洗町を去る ようになっていったとしている。その後、1990 年には、出入国管理及び難民認定法(入管 法)が改正されたことで、日系 2 世、3 世が就労制限のない在留資格を取得できるようにな った。大洗町の雇用者も、合法的に雇用できる日系人に着目し、ブラジル人など南米の日 系2 世、3 世の受け入れを開始した。しかし、南米日系人を受け入れに関しては、合法的 に雇用できるという利点のある反面、業務請負会社を介する場合が多かったことから、人 材派遣の諸経費などの手数料がかかり、不法就労者の雇用と比較すると、結果としては企 業側の負担が大きくなったという欠点も出てきた。また日系人は水産加工業よりも、機械 部品などの製造を志向するようになり、群馬県や愛知県に流れていき、大洗町から離れて いったとしている。 インドネシア人の流入は、目黒(2005)の調査によると、1985 年に日本人と結婚した北ス ラウェシ州出身のインドネシア人が、自分の親族をはじめとするインドネシア人を呼び寄 せて、大洗町の企業に派遣したことがきっかけになったとしている。本格的にインドネシ ア人の増加が始まったのは、ある水産加工会社の関係者A 氏が、大洗町に北スラウェシ州、 特にマナドに日本人の祖先をもつミナハサ族が多く居住するという情報を得たことがきっ かけとされている。A 氏は入管の摘発を受けて、人材確保に悩んでいた各企業の要請に応 じ、マナド市在住の日系人を各企業に紹介することによって、大洗町の水産加工業におけ る雇用の合法化を試みた。そのことから大洗町に北スラウェシ州のインドネシア人が増加 したとされている。 ミナハサ族をはじめとするインドネシア人の定住が促進されたのは、奧島(2005)による と、インドネシア人労働者は従順で劣悪な環境でも忍耐強く働くとし、日本人の雇用主に 人気が高いことから定住が促進されたという側面もあると述べている。吹原(2007)では、 大洗町にミナハサ族が増加するにつれて、インドネシア人教会が設立され、教会でアイデ ンティティや民族文化の再生産及び、就労や生活上の問題に関する相談が行われたことを 理由に挙げている。また、宗教への帰属だけでなく、インドネシア人が出身地域や村ごと に同郷会が設立され、互助会としての役割を果たしていたからだとしている。目黒(2006) でも、ミナハサ族は集団思考の強い民族性を持つという特徴があるため、特定の氏族名や 出身村を同じくする親族集団が大洗町に定着すると、母国の地縁、血縁を基盤としてより 大きな組織集団を再形成するようになったと分析している。また、ミナハサ族に限らずイ ンドネシア人の全体的傾向として、地縁や血縁を超えたより広範な社会的連帯を必要とす る場合には宗教への帰属が重要になると指摘している。 以上のような経緯で、日本で最大のインドネシア人コミュニティが形成されたのである。 多民族国家の中で、どれか一つの民族の言語行動を調査して「インドネシア人の言語行 動」として述べることは難しい。そして、一つの地域の母語話者を対象とした研究結果を もって、「インドネシア人は」という言い方で一般化するのは困難である。多民族国家のイ

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12 ンドネシアで、どの民族が代表性を持っているのかを論じることは極めて難しいと言える。 しかし、一地方とはいえ、日本語教育が盛んであり、日本でインドネシア人コミュニテ ィを形成する民族が話すマナド語話者の言語行動と日本語母語話者の言語行動を比較する ことで、多様性を持つインドネシア人の言語文化の様相が明らかになり、さらに日本語の 言語行動の新たな側面を見出すことも可能だと思われる。 1.5.4 マナド語について インドネシアの教育言語は、インドネシア語であり、各々の民族はそれぞれの民族語を 持っていることは述べた。北スラウェシ州マナド市周辺のインドネシア人も例外ではなく、 母語は、現在マナド語17である者がほとんどである。日本語に訳すと、メナド・マレー語(平 林1999a,1999b,2001)、マナド方言(内海 2013)、マナド語(吹原 2007)と様々な訳し方があ る。マナド語も、インドネシア語同様、マレー語を祖語とする言語であるが、マナド語は 独立した言語として扱われることもあれば、インドネシア語の変種(方言)として扱うこと もある。しかし、マナド語は標準インドネシア語と文法的には似ているが、音韻、語彙、 形態などの面で大きく異なる点もあるため、本研究では、インドネシア語とは異なった独 立した言語「マナド語」として扱うことにする。 また、前述の通りインドネシアでは、公的な領域と私的な領域で使い分けをして、民族 の地方語と国語としてのインドネシア語の2 言語併用が一般的である。マナド市及び周辺 地域のインドネシア人も例外ではない。吹原(2007)、内海(2013)によると、マナド市を含 む周辺ミナハサ県では、トンダノ語、トンテンボアン語、トンサワン語(トンブル語)、ト ンセア語、トンバトゥ語の五つの部族語が存在する。語族はオーストロネシア語族、イン ドネシア語派原ミナハサ語に分類されている。インドネシア語が公用語になる前に、マレ ー語がキリスト教宣教師によってもたらされ、1800 年代からマレー語が、マナド市やミナ ハサ県の共通語であったとされている。そのマレー語が交通や経済の発展に伴って広がり、 マナド・マレー語となったのである。 現在各々の部族語がどのように扱われているかというと、内海(2013)では、少数民族言 語は、1960 年以降ほとんど話されず、1980 年代以降に生まれた世代はマナド語を第 1 言 語(母語)としているものがほとんどであると指摘している。ミナハサ県など周辺地域に住 むミナハサ族は、義務教育及び高校の機関はそれぞれの土地で学ぶが、大学や専門学校な ど高等教育機関に通うためには、マナド市などに出てくることになる。その際には共通語 としてマナド語が話されるということになるとしている。 平林(2001)は、マナド語が地域のリンガフランカとしてお互いに話され、地方語に代わ って、マナド語を常用する住民が増えたため、これを母語とすることも少なくないと指摘 している。マナド市、その周辺の住民にとってマナド語は母語であるとし、北スラウェシ

17 英語表記では、Manado Maley,Manadonese Maley ,Minahasan Maley などとされ、インドネシア語表記では、

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13 州で話されるリンガフランカであるという認識がある。 マナド市及びその周辺地域であるミナハサ県の言語の使用状況について調査したものに は、平林(1999a,1999b,2001)がある。平林(2001)で、ミナハサ県の五つの郡及びマナド市 の成人に使用言語に関するアンケートを取ったところ、一部の地域を除いて、最も流暢に 話せるのはマナド語で、地方語としたものは少なかった。またインドネシア語は「祈る」 「数を数える」「見知らぬ人」「公の場(儀式の主催など)」に限られ、公共的もしくはフォ ーマルな場所で使うということが分かった。また平林(1999a)ではミナハサ県の中高生、平 林(1999b)では大学生を対象に、インドネシア語とマナド語と地方語の使用コードについて 調査した。 平林(1999a)によると、高校生ではマナド語が最も堪能だと答えた学生が 9 割だとし、職 員室や校長室などのフォーマルな場所では 7 割がインドネシア語を使用している。また、 クラス内での討論ではインドネシア語、校内食堂や校庭で遊ぶときはマナド語を、家族や 隣近所についてもマナド語が多いとしている。また、平林(1999b)でも、高校生と同様に大 学生もマナド語が最も得意であるとし、常用語で円滑にコミュニケーションができる言語 だという結果が出ている。一方、インドネシア語は、公用語であり国語でもあるため、正 しくよい言葉、教育用語であり、上司や部外者に対して敬意を表すために選ばれる言語で ある。大学においては、言語背景が異なった民族が集まるという点でも、リンガフランカ として、マナド語が使用されているとしている。それに対し、地方語はほとんど使用され ず、祖父母と話すときに使用という例がわずかに見られただけであったとしている。 このことから、マナド市及びその周辺地域において、マナド語は常用語で母語として使 用されていることが分かる。本研究ではマナド市及び周辺のインドネシア人が、マナド語 を母語として話すと捉え、研究対象者を「マナド語母語話者」として進めていく。 1.6 本研究の出発点 藤原(2004)は、異なる文化的背景を持つ話者は、各々の文化において行われているコミ ュニケーション様式のパターンを無意識に遂行するとし、文法語彙発音上の問題はなくと も「話し方のルール」が相手の文化と異なる場合、両者の間で誤解の原因となったり、時 には相手の人格が低く評価されたりするとしている。 本研究では日本語母語話者とマナド語母語話者の断りについて研究していくが、断りと 言っても、勧誘・依頼・提案・申し出など様々な言語行動に対する断りがある。この中で も、日常生活に起こりうる勧誘に対する断りは、一見容易にできるコミュニケーションだ からこそ、自然と自分の母語場面での方略、つまり「話し方のルール」が出てしまい、あ とになってからお互いに人間関係にひびが入る可能性もあると考えた。そのため本研究で は、断りの中でも、勧誘に対する断りについて分析することとする。

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14 1.7 本研究の目的 本研究では、日本語母語話者とマナド語母語話者を対象に、母語場面での断りの流れを 包括的に捉え、それぞれの特徴を解明することを目的とする。両母語話者の相違点を比較 することで、異文化理解、円滑な異文化間コミュニケーションへの寄与を目指す。 1.8 断りの定義 Gass&Houck(1999)においては、断り行為とは、ある話者が遂行した依頼や勧誘、申し 出などの何らかの行為に対し、否定的な返答をすることであると定義している。更に、そ の否定的な返答の中には、代案や延期なども含まれ、さらに話者間で交渉が続く場合もあ るとしていることから、断りというのは、様々な形で話者間の相互交渉が展開される可能 性 を 持 っ た行 為 で あり 、 同 時に そ の 展開 が 複雑 で 難 し いと 指 摘 して い る 。そ し て Gass&Houck(1999)は、断り手の返事の中で、すぐに否定されるもの、否定的表現がある ものを「断り」と定義し、返事の延期や条件提示については、「断り」とは別のカテゴリー として区別している。 その他、断りの定義について、日本語母語話者の断りについて分析した蔡(2005)は、「承 諾を期待する相手の要求を受け入れず、相手の意向に反することを実行しようとする行為」 であると規定し、日本語と韓国語の断りについて研究した権(2008)は、「相手(依頼者・要 求者など)の意図に応じず、断る側の領域(「自由にいたい」のような気持ち)を守る発話行 為」であるとしている。 どこまでを断りとし、断りとしないかの基準は先行研究によって異なるが、本研究では、 否定的な断りだけでなく、延期や代案、言い訳や謝罪など、その勧誘を受諾していないも のすべて「断り」とみなし、分析することとする。本論文では断りを「否定的表現を使お うが使うまいが、勧誘者の意向を受け入れないということを、相手に伝達する行為」と定 義して進めていくこととする。そしてその断りが見られた発話を「断り発話」とする。 1.9 本論文の構成 本論文は9 章から構成され、全体の構成は、次々頁図 1-3 の通りである。 第1 章では、研究動機、異文化間コミュニケーションにおける断りの難しさ、日本とイ ンドネシアのコミュニケーションスタイル、さらに対象者であるマナド語母語話者の背景 と、研究目的について述べた。 第2 章では、断りに関する先行研究を概観することで、これまでに明らかになったこと を説明し、先行研究で残された課題と本研究の立場を明らかにする。 第3 章では、第 4 章から第 8 章で行う研究のデータの種類や収集方法などの研究方法に ついて詳述する。 第4 章から第 8 章までは、断りの様相を明らかにするための研究に関する記述である。 第4 章では、断り手が勧誘を受けてから断りに至るまでに、どのような発話をするかに

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15 ついて、その特徴を明らかにする。 第5 章では勧誘後すぐに出現する「第 1 の断り」に着目し、その特徴について明らかに する。 第6 章では、「第 1 の断り」の後に再勧誘が起こった際に出現する「第 2 の断り」以降 の出現状況について明らかにしたうえで、「第 1 の断り」と同様に「第 2 の断り」以降の 断りの様相について述べる。 第7 章では、第 5 章と第 6 章の結果をふまえ、各位置に出現した断りがどのように接続 されていくか、つまり断りの連鎖の様相について述べる。 第8 章では、断りの展開パターンを示すことで、断りがどのように推移するのかについ て明らかにする。 第9 章では、第 4 章から第 8 章までの結果のまとめと総合的考察を行い、本研究の意義 と言語教育への応用について述べ、今後の課題を述べる。

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16 第 9 章 終わりに 本研究のまとめ 総合的考察 本研究の意義 今後の課題 第 1 章 はじめに 研究動機と目的 第 2 章 先行研究 断りに関する研究の概観 残された課題と本研究の立場 第 3 章 研究方法 調査方法 分析枠組 第 4 章 断りに至るまで (研究Ⅰ) 第 5 章 第 1 の断りについて (研究Ⅱ) 第 7 章 断りの連鎖 について (研究Ⅳ) 第 6 章 第 2 の断り以降について(研究Ⅲ) 第 8 章 断りの展開 パターンに ついて (研究Ⅴ) 図 1-3 本論文の構成

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17

第 2 章 先行研究

本論文では日本語母語話者とマナド語母語話者の断りを対照研究し、断りの様相につい て明らかにする。そのためにまず、断りの研究の枠組について述べる。それから、日本語 とマナド語に関連のあるマレー語を祖語とした言語における断りの対照研究を概観する。 さらに、日本語母語話者の断りについての研究を詳述したうえで、残された課題を整理し、 本研究の立場を述べる。 2.1 断りの研究の枠組 断りの研究においては、結果を分析する際にどのような観点から分析するかということ が問題となってくる。本節では、日本語の断りの枠組を示した森山(1991)と、日本語と英 語の断りについて研究したBeebe, L.M., Takahashi, T., Uliss-Weltz, R. (以下 Beebe ら) (1990)が提唱した意味公式(Semantic Formula)18について述べる。 森山(1991)では、日本人大学生にアンケート調査を行い、学園祭のコンサートへの出演 の依頼を断る際に、物理的能力的に可能だがやる気がない場合に、どのような方略で断る かについて回答を得た。そして、その断り方を「嫌型(はっきりやりたくないと言う)」「曖 昧型(用事がある)」「嘘型(都合がつかない)」「延期型(考えておく)」「ごまかし型(笑ってご まかす)」の 4 種類の方略型に分類し、この中で、相手が親しく同等関係には「嫌型」でそ れ以外の待遇関係には「嘘型」が多いとした。 この4 種類の型を援用した藤森(1995)では、日本語母語話者に対し、談話完成テストで 断る際の弁明の種類について分析したところ、「率直型」と「曖昧型」の表出が多いとして いる。また任(2004)は日本語と韓国語の断りにおいて、日本語の断りは「曖昧型」と「延 期型」が多く、韓国語は「率直型」「弁明型」「嘘型」が多いと結論づけた。 森山(1991)は断りの種類について類型化したが、4 種類の方略型にすべての断りが当て はめるのが難しいという批判もあった19。また任(2004a)では、韓国語の断りの分類を試み ていたものの、日本語の断りにしかあてはまらない類型で、他の言語の断りに援用されに くいということから、多くは見られない。 一方、断りの研究の中でも最も影響力が大きく、代表的なのは Beebe ら(1990)である。 Beebe ら(1990)は、アメリカ人英語母語話者、日本語母語話者、日本人上級英語学習者そ れぞれ 20 名に、要求、提案、招待、勧誘に対する断りについて、英語による談話完成テ ストを行った。そして得られたデータに見られた断り表現の構成を、言語形式ではなく機 能別に分類するために作成し、提示したのが、以下の表2-1 に示す「意味公式」であった。 意味公式とは、一つの断りの発話に表れる文が、どのような要素から構成されているか を分析するために作られたものである。遂行表現や非遂行表現などの「直接的断り」 18 日本語の「意味公式」の訳は、伊藤(2004)、藤原(2004)、任(2002)などの先行研究に従った。 19 森山(1991)は、ただの「謝罪」に関しては、4 種類の方略型と共起して使用できるため、含まれないとしている。

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18 (Direct)、遺憾の気持ちや言い訳・代案提示などの「間接的断り」(Indirect)、感謝や間を 持たせる表現(フィラー)などの「断りに付随する表現」(以下、付随表現)(Adjuncts to refusals)と 3 種類のカテゴリーに分類されている。Beebe ら(1990)では、日本人英語話者 は代案の多用が見られ、地位が上の相手から下の相手には謝罪や遺憾の意を省略し、直接 的な表現を多用するとしている。また日本人は勧誘を受けた際に、用事があるなど理由が 曖昧なことなどから、日本人の英語学習者のデータにおいて、第1 言語である母語の語用 論的特徴が、第2 言語の発話行為に転移する「語用論的転移(pragmatic transfer」が起 こっていることを指摘した。 Beebe ら(1990)の意味公式は、2.5.1 項で詳述するが、分類方法に問題点が指摘されてい る。しかし、断りに見られる表現を、機能という側面から分類できることから、様々な言 語での断りの特徴を明らかにするのに有効だとし、多くの断りに関する研究で援用されて いる。

表 2-1 Beebe,takahashi and Uliss-Weltz(1990)による断りの意味公式20

意味公式の種類 例文 Ⅰ Direct(直接的断り) A . Performative (遂行表現) “ I refuse.” (断る) B. Non-Performative statement (非遂行表現) 1.“ No” (否定の表現) 2.Negative willingness/ability (やる気/能力の否定) “No” (いいえ) “I can’t.” (できない)

“I don’t think so.” (そう思わない) “I won’t.” (するつもりがない) Ⅱ Indirect(間接的断り)

A. Statement of regret (遺憾の気持ち)

“I’m sorry…” (ごめんなさい。) “I feel terrible…” (悪いと思っている) B. Wish(願望) “I wish I could help you…”

(手伝えればいいんだけど) C. Excuse, Reason, Explanation

(言い訳、理由・説明)

“My children will be home that night” (私の息子はその晩家にいる) “I have a headache.”

(頭が痛い)

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19 D. Statement of Alternative (代案提示)

1.I can do X instead of Y. (Y の代わりに X ができる)

2.Why don’t you do X instead of Y? (Y の代わりに X をしたらどう?)

1. “I’d rather…” (私はむしろ…する) “I’d prefer…” (私は…のほうを好む) 2.“Why don’t you ask someone else?”

(他の人に聞いてみたらどう?) E. Set condition for future or past

Acceptance

(条件提示をして将来引き受ける可能性を示 す。もしくは過去に条件が合えば引き受けた かもしれないと示す)

“If you had asked me earlier, I would have…”

(もし私に早く聞いてくれていたら、… したのに)

F. Promise of future acceptance (将来なら受諾するという約束)

“I’ll do next time” (今度私はする) “I promise I’ll…” (…すると約束する) “Next time I’ll…” (今度私は…する) G. Statement of principle (信念の陳述) “I never do business with friends.”

(私は友人と絶対取引しない) H. Statement of philosophy

(決まり文句、人生観の陳述)

“One can’t be too careful.” (念には念を入れよ)

I. Attempt to dissuade interlocutor (相手を思いとどまらせようという試み) 1. Threat or statement of negative

consequences to the requester

(依頼者にとって悪影響を与えるという脅 し、もしくは陳述)

2.Guilt trip(罪悪感を持たせる)

3. Criticize the request/requester, etc. (依頼や依頼者を批判する)

Statement of negative feeling or opinion ; insult/attack

(否定的な感情や意見の陳述)

1.“I won’t be any fun tonight. ” to refuse an invitation

(私がいても楽しくないだろう、と招待 を断る)

2.“waitress to customers who want to sit a while:”I can’t make a living off people who just order coffee.” (ゆっくりと座りたい客に対してウェ イトレスが「コーヒーだけ注文するお 客様だけでは、私は生活できません」) 3. “Who do you think you are?” (あなた何様のつもり?)

“That’s a terrible idea!” (なんてひどい考えなんだ!)

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20 4.21Request for help, empathy, and

assistance by dropping

(依頼をあきらめさせることで、助け、共感、 援助を要求する)

5.Let interlocutor off the hook (話し手を見逃す)

6.Self-defense(自己防衛)

5.“Don’t worry about it.” (心配しないで)

“That’s okay.”(大丈夫)

“You don’t have to.”(しなくてもいい) 6.“I’m trying my best.”

(最善を尽くしている。) “ I’m doing all I can do.”

(できるだけのことはやっている。) “I no do nutting wrong”

(間違ったことはやっていない) J.22 Acceptance that functions as refusal

(断りの機能をする承諾)

1.Unspecific or indefinite reply (曖昧、もしくは不確定な返事) 2.Lack of enthusiasm(熱意の欠如) K. Avoidance(回避) 123 Nonberval(非言語的表現) a.Silence(沈黙) b.Hesitation(躊躇) c.Do nothing(何もしない) d.Physical departure(退席) 2 Verbal(言語的表現) a. Topic switch (話題転換) b. Joke(冗談)

c. Repetition of part of request,etc. (依頼などの一部の繰り返し)

d. Postponement(延期)

c. “Monday?”(月曜日?)

d.“I’ll think about it.”(考えておく)

21 I の 4 項は会話例なし。 22 J は会話例なし。

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21

e. Hedging(ヘッジ)24 e.“Gee,Idon’t know.”

(うん、分からない)

“I’m not sure.”(よく分からない) Ⅲ 断りに付随する表現 (Adjuncts to refusals)

1. Statement of Positive opinion/feeling or agreement(積極的な意見/感情、同意の陳述)

1“That’s a good idea…” (それはいい考えですね)

“I’d love to…”(私もやりたいけど) 2. Statement of empathy(共感) “I realize you are in a difficult

situation.”(あなたが困難な状況にいる ことは分かる)

3. Pause Filler (間を持たせる表現) “uhh”(ええと)”well”(ええ) “oh”(おお)”uhm”(あのう) 4. Gratitude/Appreciation (感謝・謝意) 2.2 日本語とマレー語を祖語とした言語の対照研究 本節では、日本語とマレー語を祖語とした言語の断りに関する研究について概観する。 マナド語母語話者に関する記述は多くない。見た目や気質について、肌の色は褐色ない しは黄色、気質は物静かで礼儀正しく、権威に従順かつ学習能力に優れている(平林 1999a)、 インドネシアの他の地域に比べて、気風は解明的である(平林 1999a)、地縁血縁を重視し、 集団思考が強い(目黒 2006)、着倒れの土地柄で知られ、お洒落好きで見栄っ張り(吹原 2007)という記述はあるものの、断りなど言語行動について調査した結果は管見の限り見 当たらない。 しかし、マナド語と共通の祖語であるマレー語から派生したマレーシア語、ジャワ語(伊 藤2005,2004 など)、インドネシア語(笹川 1994、藤原 2004、伊藤 2005 など)の断りの研 究は存在する。本節では、笹川、伊藤、藤原の順で、それぞれの各研究を概観する。 まず、笹川(1994)について述べる。笹川(1994)は、日本語、中国語、インドネシア語な ど 9 言語話者を対象に、「依頼」「断り」「謝り」の 3 場面の談話完成テストを行い、ぞれ ぞれで得られた結果を、Brown&Levinson の 5 種類の「丁寧さの方略25(①直接的に「あ りのままを言う方略」②聞き手に好感を与え、価値観が共有されていると感じさせる「積 極的な丁寧さの方略」③曖昧な言い方や選択の自由を与える「消極的な丁寧さの方略」④ 話し手が意図する聞き手のフェイスを脅かす行為を、聞き手が気づかないふりをするとい う選択肢など「言外にほのめかす方略(ヒント)」⑤コミュニケーション行動自体を起こさ 24 福田(1998)では、ヘッジ表現(垣根ことば)であり、ぼかす表現というだけえなく、陳述の断定性を弱めて、言質と 取られないようにするための表現であると述べている。 25 ポライトネス理論の意味(原文のまま)。

(29)

22 ない「何も言わない(言えない)という方略」)に分類した。 断りに関しては、インドネシア語話者は①「ありのままを言う方略」で直接的表現を使 用する傾向がある一方で、④のヒントや⑤の「何も言わない」選択も多く見られた。これ らのインドネシア語の断り方略から、インドネシア人にとって断り行為はフェイスの強い 脅しを含意し、心理的な負担が強いことが予想できるとしている。また全9 言語の断りに おいて、謝罪がどの言語にも見られると指摘している。 次に伊藤(2002)などについて概観する。伊藤(2002,2004,2005,2009,2010)では、日本語、 インドネシア語、マレーシア語、ジャワ語の断りを比較対照している。これらの研究では、 談話完成テストの手法を用いてデータ収集をしているが、以下表2-2 のように、リジョイ ンダー(rejoinder)26を付けない方法で談話完成テストを作成した。その理由として、リジ ョインダーが印刷してある場合、回答者はリジョインダーに合致するような回答を書くこ とが求められるとして、調査者が回答者を誘導するだけでなく、調査目的も回答者に知れ てしまうからだと述べている。 表 2-2 伊藤(2004)の談話完成テスト例 担任の先生がパーティに招待してくださいました。しかし、その日は友達の結婚 式に出席します。 先生:今週の土曜日に私の家でパーティをするので、よかったら来ませんか。 私:_______________________ 伊藤(2002)では、日本語母語話者もマレーシア母語話者も、詫びを言ってから理由を話 す傾向があるとし、日本語母語話者は親疎関係に関わらず関係維持27で話を終わらせ、マ レーシア語母語話者は親しい相手にしか関係維持を使用しなかったと述べている。日本語 母語話者にとって、関係維持は心が伴わない儀礼的な表現であるが、マレー語母語話者に とっては、本当に次の機会を考えたり、埋め合わせをしたりする気持ちがあるという意識 の違いが明らかになった。このことから日本語の決まり文句を自国の枠組みで解釈するこ とでコミュニケーションギャップが生じる可能性があると指摘している。伊藤(2005a)は、 ジャワ語・インドネシア語、マレーシア語における、勧誘に対する断り発話の順序と最後

26 伊藤(2005)では、Beebe, Takahashi, & Uliss-Weltz(1990)でのリジョインダーの例を以下の通り提示している。以

下、Friend の 2 回目の台詞がリジョインダーであるとしており、回答者(you)はこの台詞に合致する応答を入れるこ とになる。

A friend invites you to dinner, but you really can’t stand this friend’s husband/wife.

Friend: How about coming over for dinner Sunday night? We’re having a small dinner party. You:____________________

Friend: O.K., maybe another time.

27 相手との関係を維持したい旨の消極的な働きかけで、「次回は行く。」「また今度。」などのような表現。Beebe らの

表 2-1 Beebe,takahashi and Uliss-Weltz(1990)による断りの意味公式 20

参照

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