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本章では、勧誘の発話が起こってから断りを表出するまでに、断り手がどのような言語 行動を起こすかについて分析を行う。断りに至るまでの心理的負担が、どのような言語行 動になって表出されるのかを明らかにしていきたい。

4.1 研究背景

断り手が断りを表出する際には、そのままストレートに表出する人、あるいは何かしら の言語行動を挟んで表出する人がいると思われる。

例えばある勧誘に対して「できない」などと言う不可の意志を表出したとする。この不 可表現も、勧誘を受けてからすぐに表出するのか、あるいは「どうしようかな」と困惑し たり、相手の言ったことを繰り返したりするなど、何かしらの言語表現を緩衝材のように 入れてから表出するのかによって、断りを受ける勧誘者の印象は異なってくると思われる。

更にその緩衝材的な表現も、困惑を表出するのか、それとも「何時から?」「誰が来るの?」

などと、積極的に情報要求をして相手に関わろうとするのかによっても、勧誘者の感じ方 は変わるのではないだろうか。

また、断りそのものの表出のみならず、断りを表出するまでにも何かしらのストレスを 感じることがあると思われる。第2章2.2節でも述べたが、笹川(1994)は、インドネシア 人は断りの際に「ありのままを言う方略」で直接的表現を使用する傾向がある一方で、ヒ ントを言うなどの「ほのめかし」や、「何も言わない」という選択も見られたとしている。

インドネシア人にとって断り行為はフェイスの強い脅しを含意し、心理的な負担が強いこ とが予想できるとしている。伊藤(2002)などでも、ジャワ語、マレーシア語、インドネシ ア語それぞれの話者は、断りに対し強い心理的負担を感じ「断りを言わない」という選択 をするとしている。

断りに至るまでの言語行動を分析することで、心理的負担がどのように表出されるのか が分かるのではないだろうか。また、JNSとMNSが互いにどのように表出するかを理解 することで、断りかどうかを判断し、コミュニケーションが円滑に進むのではないかと考 えられる。

4.2 研究目的と研究課題

本研究では、勧誘から「第1の断り」に至るまでの言語行動の特徴を明らかにすること を目的とし、研究課題を以下の通りに立てる。

56 4.3 分析手順

分類には、3.4.1項で提示した「断りの分析枠組」(表3-7)の中の「付随表現」を使用す ることとする。

分析対象は、会話データの中で勧誘が表出されてから、「第 1 の断り」に至るまでの言 語行動とする。会話例4-1はMNSの会話例で、明日映画を見に行こうという勧誘の働き かけ(1A)に対して、すぐに行けないと断っている(2B)。この会話例は、断りに至るまでの 言語行動が「無い」例として分析する。

会話例4-1 MNS31 断りに至るまでの言語行動がない例

(A:勧誘者 B:断り手 以下同様)

1A Yeesi Besok kan di Bios…,so mo putar tu film ****,Mari jo dang ba tamang deng kita

2B Aduh! Erin, kita 'nda bisa, kita besok pas mo pulang kampung 訳

1A ジェシー、明日さ映画館で「****」(映画の名前)をやるんだけど、いっしょに見 ようよ ←勧誘

2B ああ!エリン、あたし行けない。明日ちょうど田舎に帰るの。←「第1の断り」

一方以下の会話例4-2は、勧誘の働きかけ(3A)に対して、どうしようと困惑を見せて田 舎に帰るつもりだと断りを表出しているが(6B)、その前に断り手が「明日?」と情報確認 をし、さらに「明日の何時?」と情報要求を繰り返している(4B)。この場合は、断りに至 るまでの言語行動が「有る」例として分析する。

さらにその言語行動を意味公式に当てはめ、【情報確認】【情報要求】として分類し、分 析結果を以下図4-1のように示すこととする。

会話例4-2 MNS3 「第1の断り」に至るまでの言語行動がある例

3A Torang pi ba uni kua besok! ← 勧誘 4B Besok? Besok jam brapa?

5A Jam.. Pertama jo no!, jam brapa itu e? 断りに至るまでの言語行動 6B Siang jam stengah dua.., stengah dua.. Bagimana e soalnya kita mo pulang 勧誘から第1の断りに至るまでにおいて

課題1 言語行動の有無について、JNSとMNSに差が見られるか。

課題2 言語行動に見られる意味公式について、JNSとMNSにどのような特徴が 見られるか。

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kampung ini dia ← 「第1の断り」

3A 私たち明日映画を見に行こう。 ← 勧誘

4B ①明日? ②明日何時? 【情報確認】【情報要求】

5A 時間 一番初めの映画!それ何時だっけ? 断りに至るまでの言語行動

6B 昼の1時半だよ。1時半、どうしよう。田舎に帰るつもりなんだ。←「第1の断り」

図 4-1 断りに至るまでの言語行動の表示例①

以下の会話例4-3は、断り手は、勧誘に対して、まず映画を見に!と勧誘者の言葉を繰 り返し(4B)、そのあと映画の場所や(6 B)、何の映画かについて聞き(8B)、断りを表出して いる(10B)。この場合、【繰り返し】【情報要求】【情報要求】の順番に出現しているので、

結果を以下図4-2のように示す。

会話例4-3 MNS13

3A Itu hari to kita da pangge pa ngana, ngana nimbole to, ngana nimau to iko kita pe ajakan, ini hari sekarang kita mo ajak ulang no pa ngana, iyo kua ba uni kua deng torang!

4B Ba uni!

5A Iyo

6B Ba uni dimana?

7A Di TO noh ditampa film 8B Ba uni film apa so?

9A Kurang mo lia noh di studio berapa ada film menarik deng bagus ya itu noh torang mo ba uni akang

10B Ini hari kang? aduh,aduh sekali lagi sory. Soalnya kita ada mo pulang kampung ini hari aduh so musti komang pulang kampung ada urusan keluarga penting sekali di kampong

3A 昨日夕飯に誘ったけど、あなたは行けなかったんだよね。今日は今からあなたを誘 いたいんだ。映画にいこうよ。

4B 映画を見に! 【繰り返し】

5A そうだよ。

6B どこで見るの? 【情報要求】

情報確認 情報要求

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7A TO(映画館の名前)で

8B 何の映画? 【情報要求】

9A どの映画館が面白いか、見て決めよう。

10B 今日でしょ。ああ、ごめん。今日田舎に帰るんだ。ああ、田舎で大事な用事がある

んだ。 ← 「第1の断り」

図 4-2 断りに至るまでの言語行動の表示例②

4.4 研究Ⅰ結果

JNSとMNSの会話例において断りに至るまでの言語行動の有無について明らかにした うえで、断りに至るまでの言語行動内で、どのような意味公式が見られるかについて分析 する。

4.4.1 課題 1 断りに至るまでの言語行動の有無について

本課題では、勧誘から「第 1 の断り」に至るまでにおける言語行動の有無について、JNS とMNSに差が見られるかについて分析する。

断りに至るまでの言語行動の有無について分析したところ、表4-1の通りとなった。断 りに至るまでの言語行動が見られた会話データは、JNSには10組、MNSには12組であ り、両者に有意差は認められなかった(χ2=0.265, df=1, p=0.607 (両側検定))。

また、断りまでに何も発話をせずに、すぐに断り発話をする会話データは、JNSに25 組、MNSに23組見られ、双方とも勧誘を受けたら、すぐに断りを表出するデータのほう が多いということが分かった。

表 4-1 断りに至るまでの言語行動に有無についての内訳

有 無 計

JNS(割合) MNS(割合)

10 (28.6%) 12 (34.3%)

25 (71.4%) 23 (65.7%)

35組(100%) 35組(100%)

4.4.2 課題 2 断りに至るまでの言語行動に見られる意味公式

本課題では、勧誘から「第 1 の断り」に至るまでにおける言語行動に見られる意味公式 について、JNSとMNSにどのような特徴が見られるかについて分析する。

使用意味公式の内容は、以下表4-2の通りとなった。

繰り返し 情報要求 情報要求

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JNSには【情報確認】→【ためらい】+【願望】(表4-2のJNS3)【情報確認】(JNS 2

とJNS 5)【情報要求】→【情報要求】(JNS 4)などの意味公式が見られた。

MNSには、【繰り返し】→【情報要求】→【情報要求】(MNS5)、【驚き】+【情報要求】

(MNS11)などの意味公式が見られた。

まず特徴として挙げられるのは、断りに至るまでの言語行動の中で、【情報要求】の占め る割合がJNSよりMNSの方が多いことである。JNSは10組中5組(50%)でMNSは12 組中10組(83.3%)出現していた。【情報要求】の出現頻度においては有意傾向が見られた。

2=2.794, df=1, p<0.1(両側検定))。さらに【情報要求】→【情報要求】のように【情報要求】

が2回連続で出現していたデータが、JNSに1組(JNS4)、MNSに2組(MNS4と5)に見 られた。

JNSには、【ためらい】が3組、【情報確認】が4組見られ、MNSより多いことが分か った。またJNSにのみ見られたのは【肯定的表現】と【願望】で、MNSにのみ見られた のは【保留】と【驚き】であった。【繰り返し】はJNSとMNSにそれぞれ1組ずつ見ら れた。

表 4-2 断りに至るまでの言語行動 意味公式比較

JNS(10 組) MNS(12 組)

1

ためらい 願望 肯定的表 現

1 情報確認 情報要求

2

情報確認 2 情報要求

3

情報確認 3 保留

ためらい 願望 4 情報要求

4

情報要求 情報要求

情報要求 5 繰り返し

5

情報確認 情報要求

6

情報要求 情報要求

ためらい 6 情報要求

7

繰り返し 7 情報要求

8

情報確認 8 情報要求

情報要求 9 ためらい 情報要求

9

情報要求 10 情報要求

10

情報要求 11 驚き 情報要求

12 繰り返し

60

JNSにも情報要求が50%見られたが、MNSに見られた83.3%ほどは割合は大きくな かった。その代わりに、以下の会話例4-4のような、【ためらい】【願望】【肯定的表現】な どの例が見られた。断り手は勧誘を受けてから、ああとためらい、「行きたい」と願望を表 出してから、その映画に対して面白そうと肯定的表現を述べている(6B)。「ね:」という勧 誘者の同意を引き出し、そのあとに、「明日はちょっと」と断りを表している(8B)。

会話例4-4 JNS2 5A 明日 いかない?

6B あ: 行きたいね おもしろそうだもんね 【ためらい】【願望】【肯定的表現】

7A ね:

8B あ: 明日 明日ね ちょっとね あさってなら平気だよhhhh 「第1の断り」

MNSには12組中10組に【情報要求】が見られたが、その他の意味公式の出現数はJNS ほど多くなかった。以下の会話例4-5はMNSにのみ見られた【保留】使用の例である。

断り手はホラー映画に誘われるが、「考えさせて」と【保留】の回答をする。それから、た めらいながら母に呼ばれていると言って、断りを表出している(6B)。

会話例4-5 MNS8

3A film horor noh, film setan-setan yang palsu., torang pigi ba nonton kua, ngana mau?

4B kita mo pikir-pikir le

5A pigi jo kua Cuma mo pigi nonton kua, paling Cuma 2 jam

6B iyo,iyo,,kote e…kita pe mama ada ba telpon pa kita kasiang, dirumah ada ibadah remaja.

3A 幽霊と悪魔のホラー映画よ。見に行こうよ。行きたい?

4B 考えさせて。

5A 行こうよ。2時間だけだしさ。

6B うん。うん。ええと、お母さんに呼ばれてるの。家で今晩若者の礼拝があるの。

【第1の断り】

4.5 結果のまとめと考察

研究Ⅰでは、断りに至るまでの言語行動の様相について、JNSとMNSの特徴について 明らかにした。結果のまとめは以下の通りとなる。

課題 1 勧誘から「第 1 の断り」に至るまでにおける言語行動の有無について、JNS と