博士(地球環境科学)平井喜幸
学位論文題名
Speciation and ecological differentiation in Drosophila elegans
(カザリショウジョウバェにおける種分化及び生態的分化)
学 位 論 文 内 容の 要 旨
種分化は生物多様性を増大させ、一方、分化しつっある個体群間の交雑は多様性を減 少させると考えられるが、種分化及び交雑の過程、機構についてはまだ十分に理解され るに至っていない。本研究では、異所的に分布するカザリショウジョウバェの褐色及び 黒色系統の種分化及び生態的分化について調べた。さらに、これらの系統が出会うこと により、個体群にどのような変化が起こるかについて実験的に調べた。本種の褐色系統 は中国南部からニューギニア島にいたる地域に、黒色系統は台湾及び琉球列島に分布し て い る 。 こ の2系 統 間 に は 、 体 色 以 外 、 形 態 上 の 差 異 は 認 め ら れ て い な ぃ 。 まず、この2系統間の生殖隔離について調べた。Female choice test法で交尾前生殖隔 離について調べたところ、どちらの系統のメスも同色系統のオスとより高頻度で交尾し たが、褐色系統のメスは黒色系統のメスに比ベ、選択性は弱かった。同色地理系統間で は交尾選択は見られなかった。一方、褐色系統のメスと黒色系統のオス聞のF:におぃて 生存カが若干低下したものの、同組み合わせのFエにおぃても、また、他の組み合わせ間 のFエ`F2においても、生殖能力・生存カの低下は見られず、交尾後生殖隔離はかなり弱 いものと結諭された。これらのことから褐色系統と黒色系統は異所的種分化のごく初期 の段階にあると考えられた。さらに、組換え近交系及びFエ個体を用いた遺伝的解析によ り、両系統間のメスの交尾選択に関わる形質の相違には少なくとも2つの遺伝子座が、
オスの形質の相違には2つ以上の遺伝子座が関与し、少なくともそのーっはX染色体上 にあることが明らかになった。
次に、両系統間の生態的分化について調べた。褐色個体と黒色個体では熱吸収効率が 異なると考えられるので、光照射下での体温上昇を比較した。その結果、予想どうり、
褐色個体に比ベ黒色個体の方で体温が高くなった。黒色系統は褐色系統に比ベ気温の低 い地域に分布しているが、黒い体色はこうした地域で有利に働くのかも知れなぃ。一方、
低 温 , 高 温 ・ 乾 燥 耐 性 に つ い て は 、 両 系 統 間 に 差 は 見 ら れ な か っ た 。 交尾戦略に関わる形質にも、両系統間で相違が見られた。すなわち、交尾時間は黒色 系統に比ベ褐色系統で短く、また、精子の移送も褐色系統で早く起こった。褐色系統と
黒色系統間の交尾実験から、交尾時間と精子移送のタイミングの決定にはオスとメスの 両方が関与していることが明らかになった。組換え近交系とF.雑種を用いた遺伝的解析 により、両系統間のオスとメスの交尾時間の相違に関与している遺伝子座は、それぞれ 少なくとも2つ以上あり、オスの交尾時間の相違に関わる遺伝子座のうち少なくとも1 っはX染色体上にあることが明らかになった。
次に、交尾時間の適応的意義について調べた。多くのショウジョウバェでは、一般に 受精嚢に精子が十分に貯えられている間は再交尾が起きなぃ。従って、交尾時間が長く なるとメスに送り込まれる精子の量は増え、そのため再交尾能カの回復は遅れると予想 される。また、メスに送り込まれる精子の量が増えると、産下された卵の受精率は増加 すると考えられる。そこで、褐色系統と黒色系統の再交尾率と受精卵数について調べた。
褐色系統において、交尾開始後3分で交尾を中断させた場合、産卵数が減少した。黒色 系統でも3分及び5分で交尾を中断させると、精子の移送率が低くなった。このように、
交尾時間が短いと、十分な精子を移送できないことが明らかになぅた。一方、黒色系統 において交尾開始後10分で交尾を中断させた場合、産卵数や再交尾率は最後まで(20〜 30分)交尾させた場合と変わらなかった。これらのことから、両系統の交尾時間は10 分で十分であり、黒色系統の長い交尾時間の適応的意義については分からなかった。
次に、これらの系統を混ぜあわせた実験個体群及び系統間のFエ個体をfounderとする 実験個体群を作成し、これらの個体群のその後の変化を追うことにより、二次的出会い が個体群にどのような結果をもたらすかについて探った。前者の個体群では、褐色系統 と黒色系統の交雑はある程度起こったものの、黒色系統の形質を持つ個体は速やかに減 少し、30〜40世代後にはほとんど見られなくなった。また、後者の個体群でも、黒色系 統の形質を持つ個体は減少した。この理由としては、黒色系統の持つこれらの形質その ものの適応度が低いという可能性もあるが、むしろ、これらの形質と低い適応度を持つ 遺伝子との連鎖が考えられた。このように、本研究において、二次的出合いの結果、交 雑がある程度起こった場合、系統間の適応度の違いが、出合い後の変化に大きな影響を 与えることが示された。
以上のように本種の褐色系統と黒色系統は種分化の初期的段階にあり、さらに両系統 間には体色、交尾時間、適応度にも相違が見られ、今後、生態学的及び遺伝学的な研究 を進めることにより、種分化の過程についてさらに理解を深めることができると期待さ れる。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
木 村 正 人 高 木 信 夫 戸 田 正 憲 鈴 木 仁
学 位 論 文 題 名
Speciation and ecological differentiation inD朋sゆ カ 洫 ¢ 魎 呼 鯲
( カ ザ リ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ に お け る 種 分 化 及 び 生 態 的 分化 )
種 分 化 の 機 構 、 過 程 の 解 明 は 進 化 学 の 中 心 課 題 の ー つ で あ り 、こ れ ま でに 非 常 に多 く の 研 究 が な さ れ て き た 。 し か し な が ら 、 種 分 化 に 至 る 集 団 間 の 遺 伝 的分 化 は 、中 立 的 変化 の 結 果 な の か 、 そ れ と も 、 各 集 団 が 異 な る 環 境 に 適 応 し た 結 果 な の か、 と い った こ と につ い て は ほ と ん ど 分 か っ て い な い 。 そ こ で 、 申 請 者 は 、 ま ず 、 種 分 化 にお い て 生態 的 要 因が 果 た す 役 割 を 探 る こ と を 目 的 と し 、 カ ザ リ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ の 黒 色 およ び 褐 色系 統 間 の生 殖 隔 離 及 び 生 態 的 分 化 に つ い て 調 べ た 。
Female choice test法 で 交 尾 前 生 殖 隔 離 に つ い て 調 べ た と こ ろ 、 ど ち ら の 系 統 の メ ス も 同 色 系 統 の オ ス と よ り 高 頻 度 で 交 尾 し た が 、 褐 色 系 統 の メ ス は 黒色 系 統 のメ ス に 比ベ 、 選 択 性 は 弱 か っ た 。 さ ら に 、 交 尾 後 隔 離 に つ い て 調 べ た と こ ろ 、 褐色 系 統 のメ ス と 黒色 系 統 の オ ス 間 のF2に お い て 生 存 カ が 若 干 低 下 し た も の の 、 同 組 み 合 わ せ のFiに お い て も 、 ま た 、 他 の 組 み 合 わ せ 間 のFi、F2に お い て も 、 生 殖 能 力 ・ 生 存 カ の 低 下 は 見 ら れ ず 、 交 尾 後 生 殖 隔 離 は か な り 弱 い こ と が 明 ら か に な っ た 。 さ ら に 、 組 換 え近 交 系 及びFi個体 を 用 い た 遺 伝 的 解 析 に よ り 、 両 系 統 間 の メ ス の 交 尾 選 択 に 関 わ る 形 質 の 相 違 に は 少 な く と も2 つ の 遺 伝 子 座 が 、 オ ス の 形 質 の 相 違 に は2つ 以 上 の 遺 伝 子 座 が 関 与 し 、 少 な く と も そ の ー つ はX染 色 体 上 に あ る こ と を 明 ら か に な っ た 。
次 に 、 両 系 統 間 の 生 態 的 分 化 に つ い て 調 べ た 。 褐 色 個 体 と 黒 色個 体 で は熱 吸 収 効率 が 異 な る と 考 え ら れ る の で 、 光 照 射 下 で の 体 温 上 昇 を 比 較 し た と こ ろ 、黒 色 個 体の 方 で 体温 が 高 く な っ た 。 黒 色 系 統 は 褐 色 系 統 に 比 ペ 気 温 の 低 い 地 域 に 分 布 し てい る が 、黒 い 体 色は こ う し た 地 域 で 有 利 に 働 く の か も 知 れ な い 。
さ ら に 、 交 尾 時 間 が 、 黒 色 系 統 で20‑30分 、 褐 色 系 統 で は10分 で 、 両 系 統 で 大 き く 異 な っ て い た 。 遺 伝 的 解 析 に よ り 、 両 系 統 間 の オ ス と メ ス の 交 尾 時 間の 相 違 に関 与 し てい る 遺 伝 子 座 は 、 そ れ ぞ れ 少 な く と も2つ 以 上 あ り 、 オ ス の 交 尾 時 間 の 相 違 に 関 わ る 遺 伝 子 座 の う ち 少 な く と も1つ はX染 色 体 上 に あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 次 に 、 交 尾 時 間 の 適 応
的意義について調べた。交尾開始後3分で交尾を中断させた場合、産卵数が滅少するか、
精子の移送率が低くなった。このように、交尾時間が短いと、十分な精子を移送できない ことが明らかになった。―方、黒色系統において交尾開始後10分で交尾を中断させた場 合、産卵数や再交尾率は最後まで交尾させた場合と変わらなかった。以上のように、黒色 系統 の 長い 交 尾時 間 の適 応 的意 義 につ いては明ら かにするこ とができな かった。
このように、申請者は、本種の黒色系統と褐色系統間には交尾前隔離と生態的分化がみ られることを明らかにした。本研究では、本種の交尾前隔離の発達に生態的分化がどのよ うな役割を果たしているかについては明らかにすることができなかったものの、本種はこ のことを調べるための良い材料であることを示した。
次に、申請者は、種分化しつつある個体群が2次的に出会った場合、個体群にどのよう な変化が起こるかについて、本種を用いて実験的に調べた。種分化しつつある個体群の出 会いは、交雑を弓Iき起こし、さらに、生物多様性を滅少させると考えられ、特に、人為的 に動植物が運ばれる現在では、その影響が危倶されている。申請者は、黒色系統と褐色系 統を混ぜあわせた実験個体群及び両系統間のFi個体をfounderとする実験個体群を作成 し、これらの個体群のその後の変化を追った。その結果、前者の個体群では、褐色系統と 黒色系統の交雑はある程度起こったものの、黒色系統の形質を持つ個体は速やかに減少 し、30〜40世代後にはほとんど見られなくなった。また、後者の個体群でも、黒色系統 の形質を持つ個体は滅少した。この理由としては、黒色系統の持つこれらの形質そのもの の適応度が低いという可能性もあるが、むしろ、これらの形質と低い適応度を持つ他の遺 伝子との連鎖が考えられた。このように、二次的出合いにともない交雑がある程度起こっ た場合、個体群間の適応度の違いが、出合い後の変化に大きな影響を与えることが示され た。
このような研究は、これまで全くなされておらず、非常に独創性に富んだものであり、
ま た 、 生 物 多 様 性 の 維 持 の た め の 基 礎 デ ー タ ー と し て 有 用 で あ る 。 よって審査員一同は、これらの成果を高く評価し、また研究者として鍼実かつ熱心であ り、大学院課程における研鑽や取得単位などとも併せ、申請者が博士(地球環境科学)の 学位を受けるのに十分な資格を有するものと判定した。