博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 大 竹 秀 明
学 位 論 文 題 名
Formation and maintenance processes of a thick cloud band over the northern part of the Sea of Japan durlngtheCOldairoutbreakS
( 冬 季 日 本 海 北 部 に 発 生 す る 太 い 筋 雲 の 形 成 ・ 維 持 機構 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
冬季日本海上では,大陸から寒気の吹き出しが起こると,気団変質に伴い筋雲が発生す る。中でも,ロシア沿海州のシホテアリン山脈風下の特定の場所には,周辺の筋雲よりも 幅の広い降雪バンド(太い筋雲)がしばしば発生し,北海道西部沿岸地域に局地的な豪雪を もたらす。この筋雲の成因について,過去に衛星画像と風上の地形から議論した研究があ るが,筋雲の発生点付近での観測は皆無であり,提案された発生メカニズムは推測の域を 出ていない。また,北海道西岸に設置されたドップラーレーダで観測に基づぃて発達した 筋雲の気流構造や内部構造について調べた研究は複数あるが,太い筋雲の発生・発達につい て調べた例はこれまでにない。そこで,本研究では非静力学モデルを用いて筋雲の数値実 験を行い,特に風上の山岳地形の役割に着目して筋雲の形成,維持メカニズムについて調 べた。
まず北海道西岸でX―Bandドップラーレーダを用いて太い筋雲の観測を行い,太い筋雲の 構造と この太 い筋雲を 起点と して筋雲 の走向とほば直交した方向に伸びる長さの短い雲 (Transverse mode,以下,Tーmodeと略す)のレーダエコ―の構造について調べ,過去の研究 例と比較を行った。2005年2月9日から13日にかけて筋雲が観測され,特に11日に最も太く 筋雲が発達し,日本海から太平洋へ移動した低気圧の通過後のやや寒気の吹き出しが弱い 時期にあたる。太い筋状雲が石狩湾に侵入すると,レーダ反射強度は小樽の高島岬沖で一 時的に強まった。筋雲は石狩湾周辺の地形の影響を受けて発達することが先行研究により 指摘されている。また,T―mode降雪雲は,対流性の雲が筋雲の北側に長さ20 ‑‑30kmに並ん でできていた。これらの観測された太い筋雲の水平,鉛直構造は過去の研究で報告されて いる特徴と類似していた。
次に,この筋雲の形成・維持過程について明らかにするために,非静力学モデルを用いた 再現実験と風上地形に関する感度実験を行った。数値モデルは米国オクラホマ大学が開発 したARPS (Advanced Regional Prediction Systems)を使用し,NCEP (National Center for Atmospheric Prediction)による客観解析値を初期・境界条件として計算を行った。下部境 界条件 として ,海面水温は2月の気候値を固定して与えた。先行研究から筋雲の発生には 風上山地の地形効果が重要であることが指摘されているため,ロシア沿海州のシホテアリ ン山脈 全体を 含むように計算領域を設定した。モデルの水平格子間隔は5km,鉛直格子間 隔は最 下層で200mとし上部 にかけ てストレッチきせた。初期時刻は2005年2月10日12UTC
(日本時聞午後9時)とし,36時間積分を行った。
モデルで再現された太い筋雲の発生位置や雲の分布などは衛星画像と良く一致し,また 再現実験の温度,風の鉛直プロファイルなども札幌におけるゾンデ観測の結果と整合的で
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あった。これから,モデルは筋雲の構造と環境場を良く再現していると考えられ,数値実験 の結果を用いて太い筋雲の発生・維持過程を詳細に調べた。
太い筋雲は過去の研究で指摘されているシホテアリン山脈中央部(ロシア沿海州)にあ る海岸付近に位置する特定の山岳の風下で発生していた。また,筋雲の南西側の北西風は 北東側の北北西風よりも温度が低く,筋雲に伴い前線構造が確認された。山岳周辺の大気 場を調べた結果,シホテアリン山脈北部の標高は北東側が南西側に比べて高く(〜 1.2km), 風速は約10ms−1で,強い安定成層(浮力振動数〜O.02s―工)をしていることから,フルード数 は約0.4と見積もられた。そのため,下層の寒気はブロックされ,上空の高温位の空気が海 上に吹き出していた。一方,南西側では山脈の標高が低く(〜0.8km),弱い安定成層(浮 力振動数〜0. 008s‑l)をしており,フルード数は約1.6と見積もられ,下層の寒気は山脈を 越えて海上に吹き出していた。これらの温度の違う気流により海上に前線帯が形成され,
海 岸付 近 の 特定 の山岳に よって 発生した 筋雲は そこでさ らに発達 したと 予想され る。
次にこれらの地形効果が具体的にどのように筋雲の形成,維持に関わっているのかを確 認するために,風上地形を変えた感度実験を行った。初期値,境界条件については基本条 件と同じである。まず,筋雲の起点となるシホテアリン山脈中央部(ロシア沿海州)にあ る海岸付近に位置する特定の山岳の標高を変えた実験を行った。山岳標高を小さく設定し た実験では,海上で前線帯が形成されたが筋雲に伴うバンド状の上昇流はやや南の位置か ら筋雲が発生した。この結果から海岸付近の特定の山岳が筋雲形成のトリガーとして重要 であり,太い筋雲の発生点を固定する役割を持っことが分かった。次にシホテアリン山脈 全体の 標高分布 の効果 に着目し ,水平 約100kmの 移動平 均をかけ た滑らか な地形をモデ ル領域に与えた実験を行った。その結果,基本実験と同様に相対的に寒冷た南側の北西風と 相対的に温暖な北側の北北西風の間に筋雲が再現された。また,シホテアリン山脈北部の 標高の高い領域に現れる北寄りの風の形成は定性的にはポテンシャル渦度の保存により説 明できることが分かった。すなわち,山脈全体の地形効果が,日本海北部海上における風 の場と温度分布の形成に重要で,海上で筋雲を維持・発達させる役割があることが確認で きた。この他に初期場の風を水平一様とし風速を変えた実験も行った。風速を十分大きく すると標高の高い山脈北側でも下層の寒気が海上に吹き出し,海上に明瞭な温度フロント が形成されず太い筋雲も不明瞭になった。寒気吹き出しが強い時には太い筋雲が不明瞭に なることが衛星画像から確認されているが,この実験結果は観測と整合的であり,山脈全 体の標高分布に起因した寒気ブロック強度の違いが太い筋雲の形成・維持において重要で あることを裏付けるものである。
以上により,本研究ではロシア沿海州に広がるシホテアリン山脈中央部の海岸付近に位 置するある特定の山岳のカ学的地形効果と,シホテアリン山脈の大規模な地形の標高差に 起因した山脈に沿った方向の寒気ブロック強度の違いが太い筋雲の形成・維持において重 要であることを示した。このメカニズムは,日本海北部のみではなく,世界各地に発生す る太い筋雲の形成・発達・維持過程にも適用でき,豪雪機構の解明に大きく寄与すること が期待される。
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学位論文審査の要旨
主査 教授 藤吉康志 副査 教授 久保川 厚 副査 教授 三寺史夫 副査 助教 川島 正行
副査 准教授 坪木和久(名古屋大学地球水循環 研究センター)
学位論文題名
Formation and maintenance processes of a thick cloud band over the northern part of the Sea of Japan durlngtheC01dairoutbreakS
(冬 季日本海北 部に発生 する太い 筋雲の形 成・維持機構)
寒気吹 き出し時 ,冬季日 本海上に 筋雲が多数発生する。中でも,口シア沿海州 のシホ テ・アリ 二山脈風 下の特定 の場所には ,周辺の筋雲よりも太い筋雲がしば しば発生し,北海道西部沿岸地域に局地的な豪雪をもたらすことが知られている。
こ の筋 雲 の 成因 に つい て は,これ まで衛星 画像と発生 点付近の 地形から 推測さ れてい るに過ぎ なかった 。また, 太い筋雲の 維持過程について調べた研究もこれ までになかった。そこで本研究では,非静力学モデルを用しゝた数値実験を行しゝ,
風 上の 山 岳 地形 の 役割 に 着目して ,筋雲の 形成・維持 機構につ しゝて調 べた。
まず北 海道西岸 でドップ ラーレー ダを用いた観測を行い,太い筋雲のレーダェ コ一構 造につい て調ベ, 過去の研 究例と比較 を行った。対象は,2005年2月9日か ら13日に かけて発 生した筋 雲であり ,特に11日に最も太く筋雲が発達した。観測 された 太い筋雲 の水平・ 鉛直構造 は,過去の 研究で報告されている特徴と類似し ていた。
次に,この太い筋雲の形成・維持過程につしゝて明らかにするために,非静力学 モデル を用いた 再現実験 と感度実 験を行った 。数値モデルは米国オクラホマ大学 が 開 発 し たARPS (Advanced Regional Prediction Systems)を使 用 し,NCEP (National Center for Atmospheric Prediction)による客観解析値を初期・境界 条件と して計算 を行った 。下部境 界条件とし て,海面 水温は2月 の気候値 を固定 して与 えた。先 行研究か ら筋雲の 発生には風 上山地の地形効果が重要であること が指摘 されてい るため, 口シア沿 海州のシホ テ゜アリ二山脈全体を含むように計 算領域 を設定し た。モデ ルの水平 格子間隔は5km,鉛直格 子間隔は 最下層で200m
とし ,上部にか けてスト レッチさ せた。初 期時刻は2005年2月10日12UTC(日本時 間 午後9時 )とし,36時間積分 を行った 。モデル で再現さ れた太い筋 雲の発生 位 置 や雲 の 分 布な ど は 衛星 画 像と 良く 一致し, また再現 実験の温度 ,風の鉛 直プ 口ファイルなども札幌におけるゾンデ観測の結果と整合的であった。これらから.
モ デル は 筋 雲の 構 造 と環 境 場を 良く 再現して いると考 えられ,数 値実験の 結果 を用いて太い筋雲の発生・維持過程を詳細に調べた。
太い 筋雲は,過 去の研究 でも指摘 されてい たように ,シホテ・アリ二山脈中央 部(口シア沿海州)にある海岸付近に位置する特定の山岳の風下で発生していた。
また ,筋雲の南 西側の北 西風は, 北東側の 北北西風 よりも温度が低く,筋雲の発 生 地点 に 前 線構 造 が 見出 さ れた 。シ ホテ・ア リ二山脈 北部の標高 は北東側 が南 西側 に比べて高 く(〜1.2km),風速 は約lOms‑l‑C強い安定成層(浮力振動数〜
0. 02sー1)をしていることから,フルード数は約0.4と見積もられた。そのため,
下層 の寒気はプ 口ックさ れ上空の 高温位の 空気が海 上に吹き出していた。一方,
南西側では山脈の標高が低く(〜0.8km),弱い安定成層(浮力振動数〜0. 008s−1) をし ており,フ ルード数 は約1.6と 見積もら れ,下層 の寒気は山脈を越えて海上 に吹 き出してい た。これ らの温度 の違う気 流によっ て海上に前線帯が形成され,
海岸 付近の特定 の山岳に よって発 生した筋 雲は,前 線帯に沿ってさらに発達した と考えられる。
次に ,大小の山 岳地形が 具体的に どのよう に筋雲の 形成,維持に関わっている のか を明らかに するため に,山岳 標高を変 えた感度 実験を行った。大気場の初期 値, 境界条件に ついては ,再現実 験と同じ である。 まず,シホテ・アリ二山脈中 央部 の海岸付近 に位置す る,筋雲 の起点と なる特定 の山岳の標高を変えた実験を 行 った 。 標 高を 低 く した 実 験で は, 海上で前 線帯が形 成されたが ,筋雲の 発生 地点 は再現実験 と比べて やや南で あった。 この結果 から,海岸付近の特定の山岳 が筋 雲形成のト リガーと して重要 であり, 発生点を 固定する役割を持つことが分 かっ た。次にシ ホテ・ア リ二山脈全体の効果を明らかにするために,水平約100km の移動平均をかけた滑らかな地形をモデル領域に与えた実験を行った。その結果,
再現 実験と同様 に,相対 的に寒冷 な南側の 北西風と 相対的に温暖な北側の北北西 風の 間に筋雲が 形成され た。また ,シホテ ・アリ二 山脈北部の標高の高い領域に 現れ る北寄りの 風の形成 は,定性 的にはポ テンシャ ル渦度の保存により説明でき た。 この他に初 期場の風 を水平一 様とし, 風速を変 えた実験も行った。風速を十 分 大き く す ると 標 高 の高 い 山脈 北側 でも下層 の寒気が 海上に吹き 出し,海 上に 明瞭 な温度フ口 ントが形 成されず ,その結 果太い筋 雲も不明瞭になった。太い筋 雲が 強い寒気吹 き出時に は不明瞭 になるこ とは,衛 星画像を用いた研究から知ら れ てい る 。 実験 結 果 はそ の 結果 と整 合的であ り,山脈 全体の標高 分布に起 因し た寒 気をブ口ッ クする強 さの違い が,太い 筋雲の形 成・維持において重要である ことを裏付けるものである。
以上 のように, 本研究で は,シホ テ・アリ 二山脈中 央部の海岸付近に位置する ある 特定の山岳 と山脈全 体の地形 効果が, 日本海北 部海上に発生する太い筋雲を 維持 ・発達させ る上で重 要な役割 を果たし ているこ とを定量的に明らかにした。
この ヌカニズム は,日本 海北部の みではな く,世界 各地に発生する太い筋雲の形 成・ 発達・維持 過程にも 適用でき ,豪雪機 構の解明 に大きく寄与することが期待 される。
審査委員一同はこれらの成果を高く評価し,また研究者として誠実かつ熱心で あり,大学院博士課程における研鑽や修得単位などもあわせ,申請者が博士(地 球環 境 科 学) の 学位 を 受け る のに 充分 な資格を有 するものと 判定した。