博士論文
幼児の自律的な情動調整の発達と それを支える大人の行動の機能
田中あかり
指導教官 須田治 教授
<序論>
Ⅰ. 研究の現状と課題,理論的検討 3
1. 幼児期の発達的特徴と情動調整の発達についての問題の概要 4 1). 情動調整研究の概要 4
(1). 情動と感情について定義 4 (2). 情動調整の定義 5
(3). なぜ情動調整という概念が必要なのか,類似研究との違い 6 (4). 情動調整のゴール 8
2). 幼児期の情動調整の発達に関する先行研究 9
(1). 気質研究における乳幼児期の情動調整の発達に関する先行研究 9 (2). 2歳児以前の子どもの情動調整の発達に関する先行研究 10 (3). 3歳児以降の子どもの情動調整の発達に関する先行研究 10
3). 幼児期の発達的特徴と発達課題についての検討 12
(1). 幼児期における他児との関わりの変化を捉える問題 12
(2). 他児との関係形成を支える幼児期の発達的特徴を捉える問題 12
4). 集団の場における幼児にとっての課題場面についての検討 14
(1). 同年齢の他児との関係の発達を見ることのできる幼稚園や保育所を捉える問題 14 (2). 集団の場における幼児にとっての課題場面を捉える問題 14
2. 幼児の情動調整の発達に関わる大人の行動についての問題の深化 16 1). 家庭における大人の行動に関する先行研究 16
(1). 親による子どもの情動調整の発達を促す行動に関する先行研究 16 (2). 親による情動調整についての教示に関する先行研究 17
3). 幼児の姿に応じた保育者の行動についての検討 20 (1). 日本の保育者が重視する点-“その子”理解 21 (2). 日本の保育者が重視する点-発達の理解 21 (3). 日本の保育者が重視する点-関わる場面の選択 22
(4). 日本の保育者が重視する点-子どもにとっての困難や危機,課題的場面 22
3. 補足①:感情労働研究における主張より 24
感情労働研究における保育者の情動表現行動についての主張 24
4. 補足②:保育学における子育て観と発達心理学における子育て観 26 1). 保育学における子育て観 26
2) 発達心理学における子育て観 27
Ⅱ. 研究手法の検討 28
1. データ収集法① 保育の場面における自然観察 -第三者による伴走者的参加観察 29 2. データ収集法② 保育者の語りの収集 30
3. 分析方法-探索的研究 31
Ⅲ. 本研究の目的,研究の視点の総括 34
第一部
研究 1 「家庭における発達の多様性
:質問紙による幼児の気質に影響を与える母親の行動の検討」 37 第二部
研究 2 「母親との分離場面における幼稚園教師の行動の情動調整機能
:3 歳児Yの幼稚園への適応を支えるプロセスの変化」 59 第三部
研究 3 「幼児の自律的な情動の調整を助ける幼稚園教師の行動
:幼稚園 3 歳児学年の「つまずき」場面に注目して」 99 第四部
研究 4 「幼稚園教師の「敢えて関わらない行動」の働き
:幼稚園 3 歳児学年と 4 歳児学年の発達的変化に応じて」 133
第五部 総括的考察と今後の課題 183
本論文における問いと得られた知見のまとめ 184 今後の課題 198
文献 付録 謝辞
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はじめに
幼児期は多くの子どもが集団生活を経験する時期である。その集団生活の場の 一つである幼稚園では,幼児が自己を発揮しながら園生活を伸び伸びと楽しむ姿 が見られる一方で,時には他児や保育者との生活の中で,戸惑い,葛藤したり,
悲しんだり,落ち込んだりする姿も見られる。このような幼児にとっての困難な 場面で何かしらの手助けをしたいと思うのは大人として当然のことだろう。 困難 にぶつかり,困難を乗り越えようとしている幼児に我々大人ができることは何だ ろうか。
この問いに幼稚園で子どもを育てる役割を担う保育者は日々向き合っている。
何も考えずに幼児の困難が目の前から消えることだけを目的に手助けを行うこと は簡単かもしれない。しかしながら,どのように関わることが幼児にとって望ま しいのか,その答えを出すことは難しい。本研究はこのような保育における課題 が研究の出発点にある。
幼稚園における幼児の「つまずき」場面に注目する
そこで,本研究では幼稚園における幼児の「つまずき」場面に注目する。「つま ずき」場面とは,幼児が幼稚園生活の中で困難や危機,課題に直面する場面であ る。例えば,コップを袋から取り出せないといった個人的な能力に関する「つま ずき」に始まり,遊びたい他児と遊べないといった他者との関係の中での「つま ずき」などを含む。「つまずき」は,幼児にとっては深刻なものであるが,その多 くは誰しもが経験することであり,日常の生活の中にちりばめられるように存在 するものである。そして,このような「つまずき」場面は,幼稚園教育において は 幼 児 の 発 達 の 為 に な く て は な ら な い も の だ と 考 え ら れ て い る ( 文 部 科 学 省, 2008a)。
多様な発達を見せる幼児に応じる保育者の行動を見る
幼児の「つまずき」場面に関わる保育者は,目の前にいる“その子”を理解し て,関わることを大切にする。保育学及び保育の実践において重視されている保 育者がとるべき行動のポイントの一つが一人一人の子どもに応じるということで
2 ある。
しかしながら“その子”理解に含まれる要素は多い。例えば,それは幼児の気 質といった特性や個々の発達,そして他者との関係の持ち方などである。そこで,
本研究では幼稚園教師がいかに幼児の「つまずき」場面において,幼児の気質と いった特性や個々の発達,そして他者との関係の持ち方などを理解し,その理解 に応じて行動するのか,そのしくみを明らかにする。
情動及び感情の視点から眺める
そのしくみを明らかにするにあたって,本研究において注目するのが,幼児の 情動及び感情である。情動,感情についての定義は序論に譲るが,そもそも日本 の保育の特徴として子どもの内面の動きや情動の動きに関心を寄せ,重視するこ とが挙げられる(Lewis, 1984; 氏家; 2002 東, 2012)。幼稚園教師の行動の根底 には,幼児の情動及び感情の動きの読み取りがあることが推測されるのである。
そこで,本研究では,幼稚園における幼児の「つまずき」場面において,幼児 の特性や個々の発達を理解しようと努力し,幼児の発達を援助しようとする幼稚 園教師の行動とそのしくみを探っていくこととする。この過程で,幼児の情動及 び感情の動きに注目して探求していくこととする。
序論
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Ⅰ. 研究の現状と課題,理論的検討
本論文では,幼児期の子どもを理解しようと努力し,育てる大人の行動とそのしくみについ て明らかにしていくことを目的とする。特に,幼児期の子どもを集団生活の中で育てる立場に ある幼稚園教師の行動から,子どもを理解しようとし,子どもの発達を援助しようとする大人 の行動とそのしくみを明らかにすることを目的とする。
この章(<Ⅰ.研究の現状と課題,理論的検討>)では,大きく3つに分けて先行研究を提 示し,本論文における研究課題をまとめる。1つは幼児期の子どもの発達について,1つは幼 児期の子どもの発達に関わる大人の行動について,1つは発達心理学と保育学それぞれで 捉えられてきた幼児期の子どもを育てる行動についてである。またまとめるにあたって,本論 の研究1,研究2,研究3(探索的研究)で見出した幼児期の子どもの情動調整の発達,及び その発達に関わる大人の行動についての知見を中心にまとめていく。
また,最後に発達心理学と保育学間の差異について言及する理由は,幼児期の発達やそ れを支える大人の行動についての研究が両学問において別々に進められている現状がある からである。本研究では幼稚園教師の行動について研究を行うにあったって,両学問のどち らかではなく,両学問間にある真実を探求したい。よって,両学問の差異を明らかにした上で,
実際に子どもたちに何が起きているのか,幼稚園教師は何によって行動を決定し,その行動 は子どもたちにどのように働いているのか,幼稚園教師の行動の意味を両学問の間に立っ て探求していく。
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1. 幼児期の発達的特徴と情動調整の発達についての 問題の概要
本論文の研究2,研究3,研究4(探索的研究)から見出されたことは,幼稚園教 師が日々変化する子どもの姿に応じて行動しようとしている姿であった。そこで,幼 稚園教師の行動について話を進める前に,まず教師が捉えようとする幼児期の子ども の発達について述べる。初めに探索的研究より見出した幼児期の子どもの情動調整に 関する知見を中心に述べ,その後,幼児期における発達課題を検討し,幼稚園といっ た幼児期の集団生活の中で生じる幼児にとっての課題場面について検討する。
1). 情動調整研究の概要
本論における探索的研究より見出したことは,幼稚園教師が子どもの発達を援助し ようとする行動には,子どもの情動調整の発達に関わる行動があるということであっ た。そこでまず情動調整研究を概観する。初めに,情動と感情の定義について述べる。
(1). 情動と感情についての定義
我々は日々の生活の中で,喜んだり,悲しんだり,時に悔しさを感じたり,怒った りと多くの情動や感情が沸き起こっては消えていく中で生きている。何かを達成すれ ば喜びを感じるし,上手くいかなければ悲しみや憤り,悔しさを感じたりもする。人々 の生きる生活の「質」を何が決めているのかと考えた時,人々の精神的な生活の質を 決めているのは,この毎日の生活の中で生じている情動や感情である。
情動や感情についての定義や概念は無数にある。よって一つの定義にまとめること は不可能であるが,例えば須田(2009a)は情動は身体的な変化がからだに起こった ものを基礎としていると述べている。須田(2009a)によれば,情動(emotion)とは,
身体的な変化がからだに起こったものを基礎とし,自律神経系や内分泌系の変化でで きた生理的な身体内の変化である“情動状態”,その変化が表情や声の音色など生得的 な行動レパートリーで表出される“情動行動”,そして心の世界,または主観的な現象 である“情動的体験”あるいは“感情(feeling)”と呼ばれるものなどに整理される。
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昨今のDamasio(2000)の研究を見ても,情動は身体的な変化を基礎に起こっている
と明らかにされていきている。Damasio(2000)によれば情動は身体から生じ,身体 に向かう「心の評価的プロセス」である。また感情は各種の情動及びそれらの微妙な 変化を背景に,我々が意識しうるものであり,その一部は自己の表象として意識化さ れるものである(Damasio, 2000)。
(2). 情動調整の定義
次に,情動の働きについて先行研究で明らかにされていることをまとめる。この情 動の働き,すなわち情動が人に働く作用について語る際,情動調整という概念が必要 になる。
Campos & Barrett(1984)や須田(2009a)によれば,情動調整とは主体が環境に 適応し生存していく際に働く情動的な変化の全体である。すなわち,何らかをきっか けに人の情動が動く時,そこでは情動調整が起きているということである。そして,
情動調整の過程には次の 2つの側面が含まれていると考えられており,1 つは「喚起 された情動そのものを変化させること(emotion as regulated)」と「喚起された情動 により他の心理的プロセスの変化を引き起こすこと(emotion as regulating)」であ る(Campos, Frankel & Camras, 2004)。情動調整のプロセスにまで言及して定義し ている研究者は稀であるが,その一人のGross(2008)は次のように定義している:
①望んでいる情動が生じると予想される状況に自分がいられるようにする,あるいは 望まない情動が生じると予想される状況に自分をおかないようにするという状況選択,
②状況を直接に変えることで情動に影響を与えるという状況変容,③状況への注意を 変化させることによって情動に影響を与えるという注意転換,④状況についての評価 を変えることによって情動を変えるという認知的変化,⑤生理学的・経験的反応や行 動的反応に直接的に影響を与えるという反応修正方略。
このGross(2008)の定義のように,一般的には例えば喚起された情動を抑制する
ように,情動調整と言うと“喚起された情動を調整する”イメージが強いだろう。しか し,喚起された情動が人々との間で働く姿,すなわち個人を超えた情動の働きも見逃 すことはできない。
実際の生活レベルで考えると,“喚起された情動を調整すること”と“情動によって 何らかを調整すること”すなわち喚起された情動によって認知プロセスが活性化され
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るなどの他の心理的プロセスの変化を引き起こされることの2つのプロセスは連続し て生じていると考えられる。よって,上記の「喚起された情動そのものを変化させる こと(emotion as regulated)」と「喚起された情動により他の心理的プロセスの変化 を引き起こすこと(emotion as regulating)」を厳密に区別して考えることは難しい。
よって後に本研究において観察によって幼児の情動調整過程を捉えていくが,この時 本研究では上記の2つの側面を区別せず,2つのプロセスを含めて幼児による情動調 整を捉えていく。
(3). なぜ情動調整という概念が必要なのか,類似研究との違い
ここで,情動調整という概念と既存の類似の概念との違いについて述べ,なぜ本研 究で情動調整という概念を採用するのかその理由を示したい。最近では日本において も情動調整という言葉が心理学上頻繁に用いられるようになってきたが,10 年,20 年前には“自己制御(調整)”,“自己抑制(対 自己主張)”,“自己(セルフ)コント ロール”,“情動制御”などの言葉及び概念の方が頻繁に使用され,研究されていた(柏 木, 1988; 坂上,1996; 水野・本城, 1998; 森下, 2000)。これらは今の情動調整研究に 通じるところがあるが,決定的に違う点がある。一つ目は,制御や抑制,コントロー ルという言葉から連想するように,たとえ定義において“主張”側面と“抑制”側面 から成ることや調整という言葉で置き換えられることを明記していたとしても,これ らの研究の目的のほとんどは自身の情動や感情をいかに抑え,統制して生活できるか というところに主眼が置かれている点である。これらの考え方の根底には,社会生活 を営んでいく限り,自身を抑制し統制する力が社会的には求められるようになってく ることに注視し,自身の情動を統制することができる力の発達とその発達の関係要因 を明らかにしたいという目的がある。すなわち例えば社会化の過程で親によるしつけ やルールなど内的な基準を獲得することに主眼が置かれる。日本の発達心理学におい ても,1970年代以降,道徳性,向社会的行動,思いやり行動,といった我々が人との 関係の中で生きていく際に必要だと思われる行動について研究が盛んになり,そのよ うな流れで自己制御などの研究も盛んに行われるようになったと考えられる。しかし ながら,情動は今や邪魔なものではなく、人々が生きる上で絶対的に必要なものであ り,情動が存在しなければスムーズな判断力も,また人との関係も続けていくことは できないと考えられている(Campos & Barrett, 1984; 須田, 2009a)。情動調整の“調
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整”という言葉は非常に重要であり,情動調整の調整は統制,またはコントロールす るという意味ではなく,Campos & Barrett, (1984)や須田(2009a)が定義してい るように,主体が環境に適応し生存していく際に情動が柔軟に働く変化の全体を指す のである。
異なる点の 2つ目は,情動調整は自己制御,自己抑制,自己コントロールなどとは 異なり,より情動や感情に焦点を当てている点である。つまり,自己制御(調整)は 自身の行動を制御する,調整するということであるが,情動調整は情動自体が調整さ れる,または情動が調整することを目的としている。このことは,自己制御などに代 表される類似の概念には自己を対象としており,最終的には自己を変化させることで 他者とうまく関係を続けていくことに目標があることが指摘できる。よって,たとえ 本人の内面的な例えば感情といったものが満たされず,外部から抑えつけられた状態 でも表面的にはうまくいったと評価されることになる。しかしながら,情動調整は例 えば個人内の葛藤であったり,その葛藤などの感情への対処だったりといった部分を 扱う。よって個人が内面的にどのような経験をしたのかを明らかにすることになる。
人の経験や子どもの発達を考えた時に,より内面的な情動や感情といった部分の変化 を問題にすることはより重要である。
また,類似の概念という区別で括るべきかどうか難しいが,昨今議論される情動に 関連する概念で情動的知性(EQ)という概念がある。Matthews, Zeidner, & Roberts
(2003)及び遠藤(2009)によれば情動的知性とは,「(a)種々の情動の特質に関す る知識にもとづきながら,(b)自身の内的情感を正確に覚知し,それをその時々の状 況に応じて適切な強度および性質に調節する能力であり,(c)他者の情動状態をその 表出や状況の手がかりから正確に読み取り,また自身の情動状態も覚知した上で,状 況や関係あるいは他者の状態に応じて自身の情動表出を調節する能力,場合によって は他者の情動状態・表出に適切な変化をもたらす能力。」である。この定義を見る限り 情動的知性という概念は,非常に情動調整という概念と近いが,情動的知性は,情動 調整が目的としていることと似ているようであり,実際は異なるように思われる。そ れというのも,情動的知性は情動に関する知識であり,その知識は身につけることが 望ましく,身につけることで自身の環境への適応がスムーズになり,また他者との関 係も良好となると考えられるが,情動調整とは知識のようなものではなく,身につけ ることで何かが一直線に上昇的に発達するようなものではないのである。その時々の 経験を積み重ねながらその時々のゴールに向かって変化するそのプロセス自体を言う
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のであり,一つの理想と する ゴールが あるものではない(Diamond & Aspinwall, 2003)。よって,本研究では情動的知性という概念では捉えられない,個人の能力と してではない,人や物事との相互作用の中で発達する情動調整の姿を明らかにしてい きたい。
(4). 情動調整のゴール
それでは,情動調整の“調整する”ということが,必ずしも情動を鎮めることにな いとするならば,情動調整のゴールはどこにあるのかについて考える。Diamond &
Aspinwall(2003)によれば情動調整のゴールは,文脈や目標によって変わる“動く ターゲット”である。つまり,“こういう状態になれば情動調整された”とどのような 時も言える状態はないのである。また,Diamond & Aspinwall(2003)は情動調整の 発達のゴールは調整スキルのすべてを内在化させることではなく,自己調整と相互調 整の柔軟な移行であると述べている。このことについてはBeebe & Lachmann(1998)
が最適な情動調整の発達とは,相互調整が必要に応じてなされ,自己調整が過度に要 求されない状態であるとも述べている。つまり,他者によって相互調整されることも また生涯を通じて必要であり,必要な時に相互調整を求めることができる力もまた情 動調整の発達である。そのように考えると情動調整の力とは個人を見るだけでは見え ないものであり,人との相互作用を含めて見ていくべきものだと考えられる。そして,
人の発達と共に,相互調整から自己調整への移行を見るだけではなく,他者との相互 調整の内容やしくみがどのように変化していくのかを見ていく必要がある。
9 2). 幼児期の情動調整の発達に関する先行研究
次に幼児期の情動調整の発達について,先行研究を紹介し,幼児期の情動調整の発 達の特徴を示す。
(1). 気質研究における乳幼児期の情動調整の発達に関する先行研究
乳幼児期の情動調整に関して詳細に検討し,データを積み重ねてきている一つの分 野として気質研究がある。気質とは生後すぐから見られる比較的安定していて持続的 な個人の行動スタイルのことである。気質の中心は反応性と自己調整であり,この反 応 性 は 生 後 す ぐ か ら の 情 動 と 動 機 づ け の パ タ ー ン と 強 い 関 連 性 が あ る (Rothbart
&Derryberry, 1981)。よって,気質を評価することで個人の情動調整の様相の一端を 捉えることができると考えられている。
気質が重要である理由の一つは,養育者が子どもをどのように扱うかといったこと に子どもの気質が影響するからである(三宅, 1990)。気質研究の第一の貢献は,母子 相互作用に影響を与えるのはそれ以前における母親の行動であるという見方が有力で あった時代に,気質という子どもの体質的な基礎をもったものが母子相互作用の形成 において大きな役割を担っていることを示唆したことと言える(三宅, 1990)。
時として生得的な遺伝による影響が強調される気質であるが, 1960年代以降の多 くの研究によって,気質もまたあらゆる文脈の中で人や様々な環境との相互作用を通 して,変容し形成されていくと考えられるようになっている(三宅, 1990; 陳・草薙, 1992; Rothbart & Bates, 1998)。そしてその相互作用の一つとして,乳幼児期におけ る人的環境が重要だと明らかにされている。すなわち,乳幼児期に父母や兄弟をはじ めとする身近な人とどのような関わりをもつのか,どのような情動的環境で育つのか,
と い う こ と が そ の 後 の 情 動 調 整 の 在 り 様 に 影 響 す る こ と が 明 ら か に さ れ て い る
(Rothbart & Bates, 1998; Eisenberg, Gershoff, Fabes, Shepard, Cumberland, Losoya, Guthrie, & Murphy, 2001 ; Eisenberg, Valiente, Morris, Fabes, Cumberland, Reiser, Gershoff, Shepard, & Losoya, 2003 ; Eisenberg, Zohu, Losoya, Fabes, Shepard, Murphy, Reiser, Guthrie, & Cumberland, 2003 ; Valiente, Eisenberg, Fabes, Shepard, Cumberland, & Losoya, 2004 ; Kochanska, Aksan, & Joy, 2007 ; Kochanska, Aksan, Penney & Doobay, 2007 ; Kochanska, Aksan, Prisco, & Adams, 2008)。
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(2). 2歳児以前の子どもの情動調整の発達に関する先行研究
主に家庭における2歳児以前の乳幼児期の子どもを対象とした情動調整研究で明ら かにされているのは,およそ3歳までの間に子どもの自律的な情動調整行動が増加す るということである(坂上, 1999; 金丸・無藤, 2006)。例えば,坂上(1999)は,1 歳半から2歳児の問題解決場面を観察した結果,1歳半から 2歳にかけての時期に,
より自律的な対処への移行が推し進められると同時に,対処行動のうち母親に対して 向けられた行動(母親への援助や慰撫の要請)に関しては,減少が認められたことを 示している。
しかしながら,坂上(1999)によると,1歳半から 2歳にかけて母親に頼った対処 行動は減少する一方で,実験者への援助要請は増加する。坂上(1999)はこの実験者 への援助要請が増加することについて,「加齢に伴いより有効な資源となりうる母親以 外の大人を巻き込むことで情動を調整することができるようになる」と述べている。
つまり,子どもの自律的な情動調整行動が増加することは事実であるが,2歳児以降,
子どもの情動調整行動は,社会的な場で母親以外の人物とのやりとりを経て,なされ たりするようになることが示されている。
(3). 3歳児以降の子どもの情動調整の発達に関する先行研究
主に3歳児以降の幼児を対象とした情動調整に関連する研究を概観すると,3歳か ら6歳の幼稚園期を通して,次第に幼児は周囲の人々の感情を理解し,関係性を理解 し,親しい他者との関係を維持したいと思うようになり,その関係が原動力となって,
自身の自律的な情動調整が促されることを見出すことができる。
例えば,鈴木(2006, 2010)は幼稚園と保育園で観察を行い,年長児になるにつれ て自分の欲求を押し通すことよりも他者との協調を重んじ,相手と自分との関係性に 応じて自己主張を控えたり,表現を変えたりする姿も見られるようになることを確か めている。このような幼児期後半の情動及び感情の様相について須田(2009b)は,2 歳以降二次的情動が現れること,そして4, 5歳になると二次的情動をもつ主体は,内 的な感情の主体と別な感情をもつ「友だち」をもち,「同志性」を創り出していくこと を述べている。すなわち,幼児期の情動調整の発達を捉える為には,幼児期ならでは の同年齢の幼児との開かれた人間関係による影響もまた見ていく必要がある。
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しかしながら,3歳児以降,同年齢の他児との関係が形成される幼稚園や保育所と いう集団生活を対象に,幼児期の子どもの情動及び感情調整の発達のメカニズムにつ いて明らかにしている研究は少ないことが指摘されている(森田, 2004;久保, 2010)。
さらに,集団の場で幼児の発達を援助する役割を担っている保育者の行動について明 らかにしている研究はほとんどないことが指摘されている(森田, 2004;久保, 2010)。
12 3). 幼児期の発達的特徴と発達課題についての検討
前述の<2). 幼児期の情動調整の発達に関する先行研究>からは,幼児期の情動調 整の発達の様相を捉える為には,同年齢の幼児との開かれた人間関係の中で見ていく 必要があることが見出された。幼児期の発達的特徴として,同年齢の幼児との関係形 成が挙げられる。それでは同年齢の幼児との人間関係は幼児期のいつどのように変化 していくのだろうか。
(1). 幼児期における他児との関わりの変化を捉える問題
幼児期の他者,特に同年齢の他者(他児)との関係については,これまでの研究に おいて何が明らかにされているのだろうか。まず幼稚園において3歳児学年と4歳児 学年を縦断的に観察し,その発達的変化を検討した松井・無藤・門山(2001)によれ ば,3歳児は 4歳児と比較して仲間との相互作用はないが一緒にそばにいるという状 態が多く,そのような特徴は4歳児になると次第に減少する。一方で4歳児になると 相手の活動への参加や,暗黙的な方略使用が増加し,4 歳児後半になると,活動へ誘 い入れたり,自分に注意をひきつけたりすることが増加することを明らかにしている。
また幼稚園で慣例の「いれて」という明示的な仲間入り方略使用も4歳児にかけて増 加することを示している。つまり,4 歳児になると幼児自身の明確な相手への興味関 心と,その手段の獲得がなされることで,他児との関係形成が進むことが示されてい る。
また幼稚園において男児3名のいざこざ場面を中心とした変化を3年間にわたって 観察し分析した高濱・無藤(1999)によれば,幼児同士のいざこざの発生率は3歳児 よりも4歳児で多く,5歳児は 3歳児と同程度まで減少する。つまり,いざこざの発 生率の高さより,4 歳児は他児との関係形成の過渡期であることを見出すことができ る。
(2). 他児との関係形成を支える幼児期の発達的特徴を捉える問題
そもそも,なぜ幼児期に主に同年齢の他者との生活が可能になるのか,すなわち他 者と関係性をもつことができるようになるのだろうか。
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幼児期の他者との関係性の発達の背景には,幼児の自他意識の発達や感情理解の発 達,認知・言葉の発達などがある。例えば,幼児期になると次第に他者の行動につい て 一 貫し た より 正確 な 理解 をす る ことが で きる よ うに なる と 言わ れて い る (清 水, 2000)。また,他者の感情に関する推論の発達も進む(澤田, 2000)。また,言葉の発 達においても,幼児期により正確に自身の考えやプランを仲間に伝えることができる ようになることが明らかにされている(岩田, 2003)。これらの発達的特徴を背景に,
幼児期になると次第に同年齢の他児との関係をもち,維持していくことができるよう になると考えられる。
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4). 集団の場における幼児にとっての課題場面についての検討
前述の<3). 幼児期の発達的特徴と発達課題についての検討>では,3 歳児から 4 歳児が同年齢の他児との関係形成の過渡期であること,そしてその背景には,幼児の 自他意識の発達や感情理解の発達,認知・言葉の発達などがあると考えられた。重要 な点は,これらの他児との関係形成に関連する能力が幼児期の初期に完成されている のではなく,幼児期の間に次第に身についていくということである。すなわち,他者 の特性や動機,行動の推測や,他者の感情に関する理解,また自他の感情や考えなど を言葉で表現する能力は幼児期に次第に上昇していくのであって,そのプロセスには,
例えば思いのすれ違いや,伝えられないもどかしさ,誤解など,葛藤するやりとりが あるだろう。
それでは,幼児期ならではの同年齢の幼児との開かれた人間関係において,幼児同 士思いのすれ違いなどで葛藤するやりとりを見ることのできる場面とはどのような場 面なのだろうか。
(1). 同年齢の他児との関係の発達を見ることのできる幼稚園や保育所を捉える問題
幼児同士思いのすれ違いなどで葛藤するやりとりを見ることのできる場面とは,現 在の日本においては第一に幼稚園や保育所といった施設における集団生活の場という ことになろう。昨今の日本における保育所と幼稚園を合わせた就学前教育の在籍率は
5歳児で95%を越え,3歳から5歳の合計でも87%を越えている(文部科学省,2008b)。
また,一昔前には,地域で見られていた同年代の幼児同士の路地や公園での遊びは,
少子化が進んだ現在頻繁には減少傾向にある。そこで幼児期の子どもたちが同年齢の 子どもと関わりながら育つ場は主に保育所や幼稚園であり,その育つ様相を観察した い場合,幼稚園や保育所といった集団保育の場面を見ることが適している。
(2). 集団の場における幼児にとっての課題場面を捉える問題
今日に至るまで,集団保育場面の人間関係の発達を検討するにあたって,幼稚園や 保育所における生活の中で主に注目されてきた幼児と他児との関係形成にとっての課 題場面は,けんかやいざこざ場面であった(木下・斎藤・朝生, 1986; 高濱・無藤, 1999;
15 広瀬,2006)。
しかしながら,本研究では幼稚園 3歳児学年から4歳児学年の発達を検討していく 上で,先行研究で扱われてきたような直接的な対人葛藤場面だけを見るのでは,幼児 期の発達を捉える上で十分ではないと考える。なぜならば,例えば前述の松井・無藤・
門山(2001)が,3歳児は4歳児と比較して仲間と一緒にいることはあっても相互作 用はないこと多いことを指摘し,高濱・無藤(1999)もまた4歳児学年でいざこざが 増加したことを指摘しているように,3 歳児学年時においては直接的な対人葛藤場面 が見られる場面は限定されると考えるからである。むしろ3歳児学年時は,自分の生 活能力上の問題や,集団生活への漠然とした不安,それまで頼りにしてきた保護者と の分離などによる個人的な困難や葛藤場面が多く見られる(永田, 2008)。しかしなが ら,本論の探索的研究から見出されたことは,これら個人的なものと思われる困難や 葛藤場面が他児との関係と無関係ではなく,一見個人的と思われる幼児の困難や葛藤 場面に他者意識の芽生えを見ることができるのである。よってこれらの幼児にとって 個人的な困難や葛藤を感じる課題場面も含めて幼児の対処行動を見ていく中で,3 歳 児学年時において次第に他者の存在を意識し自身の感情を調整しようとする幼児の発 達的変化が見られると考えられる。
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2. 幼児の情動調整の発達に関わる大人の行動につい ての問題の深化
<1. 幼児期の発達的特徴と情動調整の発達についての問題の概要>より,情動調整 の発達にとって,他者とのやりとりの中に見られる相互調整の質の変化を見ていくこ とが重要であること,また情動調整の発達にとって,乳幼児期,中でも3, 4歳児に見 られる同年齢の他児との関係形成の過程における情動調整の発達を見ていくことが重 要であることが見出された。
そこで次に,幼児期の情動調整の発達を支える大人の行動に話を移していく。以下 幼児期の子どもの情動の発達に関わる大人の行動について述べる。
1). 家庭における大人の行動に関する先行研究
まず先行研究より,家庭における大人のどのような行動,または子どもとのやりと りが子どもの情動の安定した状態や円滑な情動調整を促すと明らかにされてきたのか その知見をまとめる。関連する先行研究を<親による子どもの情動調整の発達を促す 行動に関する先行研究>,<親による情動調整についての教示に関する先行研究>の 2つに分けて述べる。
(1). 親による子どもの情動調整の発達を促す行動に関する先行研究
乳幼児期に子どもは母親をはじめとした大人との身体的な心地よい交わりや,遊び を通した楽しいやりとりの中で,大人の情動的な発信を受け取り,自身の行動に繋げ ていくと考えられている。親子の間でなされる情動的なやりとりが子どもの情動調整 の発達に及ぼす影響については,主に子どもの気質に関連する研究などで積み重ねら れてきている(Eisenberg et al., 2001; Garner, 1995 ; Murray & Kochanska, 2002 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Eisenberg, Zohu et al., 2003 ; Valiente et al., 2004; Kochanska, Aksan, & Joy, 2007 ; Kochanska, Aksan, Penney & Doobay, 2007)。これらの研究によって明らかにされていることは,子どもの情動調整に良い 効果をもたらす子育ての行動(スタイル)とは一言で言えば,子どもの感情に敏感に
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反応し,子どもに対する温かい態度をとることである。また,必ずしも子どもに向け られたものでないとしても,感謝の気持ちを表す,褒める,などの肯定的な情動を多 く表すことである。
また,Davidov & Grusec(2006)は,親の温かい共感的な行動の中でも,子ども
の苦痛への反応(例えば子どものトラブルについて子どもに話すように励ます)に注 目した。その結果,親の子どもの苦痛への反応の良さは,より良い子どもの否定的な 感情の調整を予測したという。この結果は,子どもにとって調整が必要なネガティブ な感情に大人が共感し,言葉で説明する,または励す,といったように温かく接し,
調整を助けることが子どもの情動調整の発達にとって重要であることを示している。
(2). 親による情動調整についての教示に関する先行研究
次に述べる研究は,親の意識的な情動に関連する教示行動が子どもの情動調整の発 達に及ぼす影響を検討している研究である。
意識的に行われる情動に関する教示行動とは,例えば親による言語を用いた感情に ついての説明や,状況に関する説明である(Dunn, Brown, & Beardsall, 1991; Dunn, Brown,1994; 園田・無藤, 1996; 水野・本城, 1998; 金丸, 2005)。研究の結果,親の 言語による感情についての説明やその時の状況に関する説明が,子どもの情動の理解 を促すこと,そして子ども自身による情動調整を促すことが明らかにされている。
さらに親自身の情動への意識も問題としている概念として,Gottmanらが提唱した メタエモーション(Meta-Emotion)という概念がある(Gottman, Katz, & Hooven, 1997)。メタエモーションとは,親自身の情動と子どもの情動について,感情と思考 が構造化されていることを指し,具体的には,情動に対する気付き(awareness)と 指導(coaching)の2次元からなる。星(2004)は,この母親のメタエモーションと 乳児の情動制御の発達を検討した。その結果から星(2004)は,母親が自身の感情を 自覚し,コントロールできていると感じていない限り,子どもに感情について教示す ることは難しいことを述べている。つまり,星(2004)の結果からは,母親が自身の 情動及び子どもの情動について自覚し,湧き起こる自身の情動を操作でき,そして子 どもに情動について教示できることが,結果的に子どもの情動調整の発達を促すこと が示唆される。
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2). 保育における大人(保育者)の行動に関する先行研究
次に,家庭から,子どもを集団の場で育てる“保育”という営みに話を移す(本論 文においては以下“保育”は主に集団施設における保育を指す1)。保育における幼児 期の発達に関わる大人の行動について検討する理由は,1 つ目に幼児期になると,家 庭で捉えられてきた子どもの気質や個々の発達の姿が,社会的な場である幼稚園や保 育所で展開されるようになるからである。2 つ目に,幼児期の子どもに専門的に関わ る保育者の行動について検討することは,幼児期の子どもに関わる全ての人にとって,
幼児期の発達とその援助を考える上での一つの知見を与えてくれると考えるからであ る。3 つ目に,現在,日本において保育所と幼稚園を合わせた就学前教育の在籍率は
5歳児で95%を越え,3歳から5歳の合計でも87%を越えている(文部科学省,2008b)。
そこで幼児期の子どもたちが保育の場で保育を専門に行う保育者が関わることによっ てどのように育つのか検討することは大切なことだからである。
尚,以下本論文では,幼稚園に限定せず保育所や託児所などにおける子育ての行為 を含めて広く保育について述べる際は,保育及び保育者という言葉を用いる。またそ の中で幼児期の教育に焦点を当てて述べる際は幼児教育という言葉を用いる。そして 幼稚園に限定して述べる際は幼稚園教育という言葉を,そして幼稚園教師という言葉 を用いることとする。
保育者による子どもの情動調整の発達を促す行動に関する先行研究
始めに,保育者による情動発達支援に関して,発達心理学研究と言える研究がほと んどないことを指摘しなくてはならない。この点については森田(2004)や久保(2010)
が指摘しているが,未だ発達心理学研究において研究が積み重ねられてきていない分 野なのである。そこで保育学研究における幼児の情動調整の発達に関連のある研究結 果から見出されることは,例えば,保育者の幼児との温かいスキンシップや共感的な 行動が,幼児の情動を調整する役割を担っていることであったり(塚崎・無藤, 2004;
奥山, 2008),教師が幼児のトラブル場面において子どもの情動に注目し,また子ども にも同様に情動に関心を寄せることを促すことで子どもの情動調整を援助していると
1 保育とは,養護と教育を合わせた行為 である。集団施設保育の他には,例えば家庭における養護 及び教育的な行為を家庭保育と言う。
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いうことであったりする(友定・白石・入江・小原, 2007)。
一方で,必ずしも情動調整の発達に特化した研究ではないが,次に述べる金田・岡 村・山岡(2000)の研究は,幼児期の情動調整の発達を促す大人の行動についてより 多様な解釈を与えてくれる。金田・岡村・山岡(2000)は 3歳児クラスを自己主張期,
5歳児クラスをコントロール完成期として見て、その中間の 4歳児クラスをそのプロ セスの時期にあるととらえ,4 歳児クラスの教師と幼児のやりとりに注目した。この 中で4歳児クラスにおいて教師が『個々の子どもの要求を受け止め,他の子どもたち に受け継ぎつつ,自己決定をしていく「間(ま)」をつくり,どうするか考えざるを得 ないような矛盾を含むことばを投げかけている』ことを見出している。すなわち金田・
岡村・山岡(2000)からは,4歳児という難しい発達の時期に,大人が子どもに「間
(ま)」という時間を与え,そして敢えて子どもが困るような矛盾する言葉をかけるこ とで,その混沌とした難しい局面を子どもに委ね,自立を促している様子を見ること ができる。子どもの発達段階を踏まえた上で教師の行動を見た時,教師の行動のより 多様な働きを見出すことができることを示している。
20 3). 幼児の姿に応じた保育者の行動についての検討
前述の<1). 家庭における大人の行動に関する先行研究>及び<2). 保育における 大人(保育者)の行動に関する先行研究>では,子どもの情動に関心を寄せ,その上 で子どもの感情に敏感に反応し,子どもに対する温かい態度をとるといった子どもの 情動調整の発達を促す大人の行動の一つの型(定型)が見出された。しかしながら,
一つの疑問は,子どもの発達を促すと考えられる大人の行動は定型で表すことができ るようなものなのかどうかということである。現実の幼稚園4歳児学年の子どもと教 師のやりとりを観察する中から金田・岡村・山岡(2000)が見出した結果は,子ども の発達段階を踏まえた上で幼稚園教師の行動を見た時,教師の行動から上記の理想と 考えられる大人の行動の定型とは異なる行動から子どもの発達を促す働きを見ること ができるということであった。つまり,大人からの一方向的な子どもの発達に及ぼす 影響を見るのではなく,子どもの姿に応じた多様な大人の行動を見ていくことが必要 なのではないだろうか。
そこで 3). では,子どもの姿に応じて行動を決定する大人の行動を,日本の保育者 の行動から見出していくことができるのではないかと考え,以下日本の保育者に関す る研究よりまず,
(1). 日本の保育者が重視する点-“その子”理解
(2). 日本の保育者が重視する点-発達の理解
について検討する。その後子どもの姿に応じる結果,保育者がとると考えられる行 動や場面である,
(3). 日本の保育者が重視する点-関わる場面の選択
(4). 日本の保育者が重視する点-子どもにとっての困難や危機,課題場面
を挙げ,その内容を検討する。
21 (1). 日本の保育者が重視する点-“その子”理解
日本の保育者が重視することとして,中坪・松本・朴・古賀・前田・七木田・山元・
財満・林・上松・落合,(2009)が「保育者の適切な援助とは,どれだけ <その子>
を理解しているのかに依拠するところが大きい。」と述べているように,個々の子ど もについての理解が挙げられる。保育学の中では“その子理解”,“子ども理解”,
“幼児理解”などの言葉で言い表されるもので,その内容は多岐に渡る(岡田, 2005;
岡田・中坪, 2008; 中坪・松本・朴・古賀・前田・七木田・山元・財満・林・上松・
落合, 2009)。幼稚園教育要領では,個々の子どもの理解を深めることについて,幼 児の気質についての理解と幼児の内的状態の理解の2点でまとめられていると理解す ることができる(文部科学省,2008a)。例えば,幼児の気質の理解については,「一 人一人の人や事物への関わり方,環境からの刺激の受けとめ方が異なってくる」とい う言葉で表されている。そして幼児の内的状態の理解については「幼児の思い,気持 ちを受け止め,幼児が周囲の環境をどう受け止めているのか理解すること,すなわち 幼児の内面を理解しようとするところから始まるのである」という言葉で表されてい る。
しかしながら,個々の子ども理解の中でも,保育者が子どもの気質など子どもの特 性の違いに応じて実際にどのように行動を変えているか,明らかにされていることは 少ない。特に保育者の子どもの行動についての読み取りを分析に入れていない為に,
子どもの特性と保育者の行動の組み合わせを見ているだけで,保育者が子どもの特性 から何を読み取り,自身の行動を決定したのか明らかにされていない(白石・山崎, 1992; 田中, 2008)。
(2). 日本の保育者が重視する点-発達の理解
保育者による子ども理解の一つには, 子どもの発達の理解も挙げられる。つまり,
幼児期の子どもの行動の発達的変化についての理解である。幼稚園教育要領にも,幼 稚園教育の基本として,幼児期の発達の課題に即した指導を行うことと明記されてい る(文部科学省, 2008a)。具体的には,発達を理解するということが,平均的な発達 像と比較してその差異を理解するだけでなく,一人一人の発達の実情を理解すること であると書かれている(文部科学省, 2008a)。さらに,実際の保育の中で教師がどの
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ように幼児の発達を捉えているのかを見てみると,例えば,本論における本研究で問 題とする幼稚園の3歳児学年から4歳児学年の変化について,村石(2009)は,東京 学芸大学附属幼稚園小金井園舎の4歳児学年の教育課程のねらいを紹介している。そ の内容を見ると,幼稚園教師が3歳児学年から4歳児学年にかけて幼児にとっての他 児の存在がより親しみを感じるものとなり,さらに4歳児学年の幼児が,特定の他児 との継続的な関係を築いていくことを捉えていることを見出すことができる。このよ うに,各園の教育課程からは,保育者が実践を積み重ねて得たものとして,細やかに 幼児の発達的変化を捉えていることを見出すことができる。
しかしながら,日本の保育者が実際幼児の発達の姿に応じてどのように行動を変え ているのか,そしてそれはどのような結果を幼児にもたらしているのか,保育者の行 動の変化について検討している研究はほとんどない。
(3). 日本の保育者が重視する点-関わる場面の選択
保育者の行動の3つ目の特徴は,子ども理解の先にある保育者が“子どもに関わる 場面の選択”である。日本の保育者が保育活動の中で幼児に関わる場面は偶然や成り 行きではなく,多くの場合そこには保育者の意図があり,理由がある(文部科学省,
2008a; 高濱,2001)。特に高濱(1997)が保育経験年数11年以上郡では,その幼児
の特定の状態や場面を捉えて,ピンポイント的に関わるようになると述べているよう に,保育経験を積み重ね,熟達するほど,保育者はより幼児の姿に応じて,明確な理 由や意図をもって幼児に関わるようになると考えられる。
(4). 日本の保育者が重視する点-子どもにとっての困難や危機,課題的場面
保育者の行動の4つ目の特徴は,保育者が“子どもに関わる場面の選択”を行った 結果,幼児の発達において重要だと考えられている“幼児にとっての困難や危機,課 題的場面”に関わることが多いと考えられることについてである。
日本の幼稚園教育の在り方を示している幼稚園教育要領には,幼児の発達を促す上 では達成感や満足感を味わうことと,同時に葛藤や挫折などを経験し,自分で危機を 乗り越える経験が大切だと書かれている(文部科学省, 2008a)。また他者との関係に おいては,他の幼児と自己主張のぶつかり合いなどを通して必ずしも自分の意志が通
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らないということを経験していくことが書かれている(文部科学省,2008a)。ともす ると,大人の社会では,困難や危機は無いに越したことはなく,例えば対人関係など で苦労することなく上手く他人と付き合っていくことができれば生きることに関して 順調な証拠であるかもしれない。また子どもが困難を経験しないことは親にとって苦 労も心配もなく,まるで順調に発達している証拠だと考えられたりもする。しかしな がら,幼稚園教育では困難や危機,課題といったものは発達の為になくてはならない ものだと考えられている(文部科学省, 2008a)。このことは,次の項で述べる多くの 保育学研究において,幼児にとっての困難や葛藤の過程が省略されることなく,むし ろ注目され,問題とされていることにも表れている。
以上,幼児の姿に応じた大人の行動についての検討より,子どもの姿に応じた大人 の行動とは,例えば子どもの特性,内的状態などの個人差についての理解,そして子 どもの発達についての理解といったように多元的であり,また幼児の行動の発達的な 変化の理解に基づいた上の行動であることが見出された。また,その結果,保育者の 行動の特徴として,幼児に関わる場面を選択することが挙げられた。特に幼児の発達 を促す上で幼児にとっての困難や危機,課題的場面を保育者は重視し,関わることが 特徴として挙げられた。
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3. 補足①:感情労働研究における主張より
近年,もともと客室乗務員や看護師の専門性を語る為に用いられてきた“感情労働”
という考え方を保育者にも応用して,保育者の専門性を考えようとする動きがある(諏 訪,2011)。感情労働とは,自分の感情を制御し,相手の感情に合わせて対応するこ とで対価を得る労働のことを言う(中坪,2011)。感情労働研究は労働者としての保 育者の立場の向上を意図して行われている研究であって,例えば保育者が前向きな気 持ちで建設的に働くことができる為の考え方であり,本来ならば本論文が問題とする 子どもの発達に関する研究とは直接的には関係しない。なぜならば,その研究の関心 は保育者の心理に留まっており,子どもへの影響や意味についてはほとんど触れられ ていないからである。しかしながら,ここで感情労働研究について述べる理由は,“保 育者が表す情動表現”という点では本研究の内容と重なる部分があるからである。つ まり,子どもを理解し関わろうとする保育者の行動研究である本研究にとって,保育 者の情動表現がどのようなものであるか議論することは意味があるからである。
感情労働研究における保育者の情動表現行動についての主張
感情労働研究の主張は,従来子どもの気持ちに寄り添い共感する保育者像を踏襲し てきたことへの反証として,それとは逆の許されない感情が湧くこともまた当然のこ ととして,保育者がその感情を意識し管理することでその感情をコントロールできる のだということである。つまり,感情労働研究においては,最終的には,保育者は子 どもに対して怒りや嫌悪の感情を表現するべきではないと考えられている。
しかしながら,感情労働研究について疑問を抱かずにいられないのは,保育者のコ ントロールされた仮の感情が子どもにとってどのような意味をもつのか,ということ である。つまり,感情労働研究の関心は保育者の労働環境であり,子どもへの効果で はないように思われるが,敢えて疑問を呈するとするならば,そのような保育者の感 情をコントロールした仮の姿は子どもにどのように伝わるのだろうか。この点につい て戸田(2011)が答えを述べようとしているが,しかしながら戸田(2011)は,この テーマについて議論されたことを述べつつも,子どもへのインタビューがしにくいこ とによって明らかにできないと述べ,それ以上のことについては触れていない。
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本研究では,保育者にとって重要なことは,感情労働研究が主張する湧き起こる感 情を管理する術ではなく,その感情を子どもに伝えつつも子どもとの関係を築いてい くことではないかと考える。常に子どもの気持ちに寄り添うことは難しく,共感的な 感情や行動でないものも教師の行動にはある。しかしながら,その自分の素直な感情 から出た行動が子どもとの営みの中で子どもの発達の助けになることはないだろうか。
サービス業においては仮の感情表現であっても意味を成すかもしれないが,教育にお ける人間関係はその場限りの一時的なものではなく,また生きることそのものでもあ る。人と人が真剣に向き合わないとなされないものではないだろうか。本研究では最 後にこの点についても触れ,本研究における結果より考察していきたい。