幼児の自律的な情動の調整を助ける幼稚園教師の行動
:幼稚園 3 歳児学年の「つまずき」場面に注目して
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【問題と目的 】
研究3では研究2同様,幼稚園をフィールドに,幼児の特性や個々の発達を理解し ようと努力し,幼児の発達を援助しようとする幼稚園教師の行動とそのしくみについ て探索的に明らかにしていく。特に研究3では,幼児の発達的な特徴に注目し,同年 齢の幼児に共通して見られる教師の関わりがあるのではないかと考え,幼稚園3歳児 学年の1クラスの幼児と教師のやりとりに注目し,幼児と教師の相互的な関係の中か ら教師の行動が幼児の発達を促すしくみについて検討していく。
1. 研究3で対象とする場面について
まず研究3を実施するにあたって,研究3では幼稚園における保育場面の中でもど のような場面に注目していくのかについて示す。
-教師が重視する保育場面-困難や危機,課題は発達の為になくてはならないもの 研究2でも指摘したように,教師の行動が意図を持って行われるものであることを 理解すると,多くの幼稚園教師が子どもたちの幼児期に何を育てたいと考えているの か,または育って欲しいと考えているのか理解することで,多くの教師が重視する保 育場面が見えてくる。
そこで,現在の幼稚園教育の在り様を概観することができる幼稚園教育要領を見て みると,幼児期の発達の特徴としては,依存から自立へと向かうことが挙げられてお り,幼児はその自立への過程で,自分でやり遂げるということを経験していくことが 書かれている(文部科学省,2008a)。また他者との関係においては,他の幼児と自己 主張のぶつかり合いなどを通して必ずしも自分の意志が通らないということを経験し ていくことも大切であることなどが書かれている(文部科学省,2008a)。重要なポイ ントは,幼児の発達を促す上では達成感や満足感を味わうことと,同時に葛藤や挫折 などを経験することも大切だと考えられている点である。ともすると,大人の社会で は,困難や危機は無いに越したことはなく,例えば対人関係などで苦労することなく 上手く他人と付き合っていくことができれば生きることに関して順調な証拠であるか もしれない。また子どもが困難を経験しないことは例えば親にとって苦労も心配もな く,まるで順調に発達している証拠だと考えられたりもする。しかしながら幼稚園教
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育では困難や危機,課題といったものは発達の為になくてはならないものだと考えら れているのである。すなわち,幼児はつまずくことなく達成感や満足感だけを感じて 成長していくのではなく,むしろできない経験や納得できない経験,分からない経験 も含めて幼稚園の生活の中で経験を積み重ねることで,成長していくことを多くの教 師は期待している。
-本研究で対象とする「つまずき」場面の定義
そこで,本研究では幼児を育てる大人の行動について研究するにあたって,研究2 の対象場面からさらに広げる形で,幼稚園教育要領で挙げられているような幼児が幼 稚園生活の中で直面する困難,危機,課題場面を,教師が幼児に関わる重要な場面だ と捉え焦点を当てていく。そしてこのような場面を「つまずき」場面と呼び,研究対 象としていくこととする。ここで困難や危機,課題といった言葉ではなく「つまずき」
と表現するのは,1 つ目に例えばこれらの出来事は幼児にとっては深刻なものではあ るのだが,その多くは誰しもが経験することであり,例えば「危機的な場面」などと 表現してはその日常的な営みの中にあることが伝わらないと考えるからである。2 つ 目に,幼稚園教育要領の中でも例えば「葛藤とつまずきなどを体験することを通して」
などとあるように,保育の世界では「つまずき」という言葉が通常用いられ,容易に 想像することができ,なじみがあるからである。最後に,これらの困難,危機,課題 は教師や他の幼児の誰でもない,その幼児にとっての固有のものである。よって困難,
危機,課題という言葉では同様のことがまるでどの幼児にも向けられるものであるよ うに思われるかもしれない。しかしながら本研究で考える幼児にとっての困難や危機,
課題と言ったものはあくまでその幼児にとってのものである。よって「つまずき」と いう言葉であればその内容がその対象幼児にとってのものであり,それぞれ幼児によ って内容は様々であることがより想像しやすいと考えた。
102 2. 教師は幼児の「つまずき」をどのように援助するか
では,話をさらに進めて,教師はどのように幼児の「つまずき」の経験を援助する のだろうか。幼稚園教育要領には教師がとるべき行動として,「幼児の行動を温かく見 守り,適切な援助を行う」,「幼児の行動や心の動きを受け止め,認めたり,励ました りする」,といった行動が書かれている(文部科学省,2008a)。これらの言葉から想 像する教師の望ましい行動とは,例えば幼児を温かく優しい眼差しで見つめる教師の 姿であったり,幼児に共感的な言葉をかけたり,気持ちを代弁したり,励ましたり,
褒めたり,解決策を提案したりする教師の行動だろう。そこで<序論3.補足①:感情 労働研究における主張より>でも指摘したように,これらの言葉から一般的に保育者 はどのような時も明るく,優しく,共感的な態度で接しなければならないというイメ ージが出来上がる(高橋, 2011)。しかしながら,序論で指摘したように,幼稚園教師 もまた現実生活を生きる様々な思いを抱える一人の人間である。幼児と生活していく 中で常に優しく,共感的で温かい言葉だけを幼児にかけることはできるのだろうか。
また,優しい,共感的な温かい言葉以外の教師の行動は全て望ましくない行動なのだ ろうか。
3. 本研究の目的
そこで,本研究では,幼稚園教師が幼児にとっての「つまずき」場面において,子 どもの何を見て,何を読み取り,理解し,どのような行動を取るのか,そしてその行 動が幼児の発達をどのように促すのか,探索的に明らかにしていくことを目的とする。
また,研究3では,まず幼児が集団生活を経験し始める,または集団生活の重要度が 増す幼稚園の3歳児学年の幼児を対象に研究を行っていくこととする。
103 4. (補足1)データは誰の視点によるものか
本研究の目的を達成する為に,いくつかの点について明確にしておく必要がある。
1 つ目は,本研究のデータが誰の視点によるものなのか,という点である。この点に ついては,一言で述べるならば,教師と筆者の両者の大人の視点によるものである。
すなわち,本研究では教師がしていることを,保育をしない筆者が教育的視点を持っ て意味づけし直すということをした。
具体的には,データは,教師の語りと筆者による観察記録の2つから成り,それぞ れ教師の行動と子どもの行動について解釈を行っている。よって対象とする幼児に直 接尋ねたり,直接的に評価したりすることはしていない。つまり幼児の行動やその変 化の姿などのデータは,教師及び筆者が理解しようと努力し読み取った域を超えるこ とはできていないのである。
本研究で重視したのは,日常的に行っている保育の営みを理解した研究の在り方で ある。普段の保育の営みの中ではもちろん幼児にアンケートを配布したりすることは なく,教師は自身の振り返りを通して,また他教師と意見を交換することなどを通し て子どもについての理解を深めている(三木,2002; 岡田・中坪, 2008)。
今回はこのようなデータの収集法を生かし,子ども理解のあり方も含めて,子ども を理解しその成長を助けたいと思う教師の行動を,教師の頭の中を覗くようにその内 側から行動の生起理由を眺め,第二の保育者の立場から筆者が観察した記録を合わせ て,教師の行動が子どもにもたらすしくみを明らかにしていく。
5. (補足2)「つまずき」場面選択の基準
2 つ目は,本研究で筆者が幼稚園の保育場面に入り,切りとる幼児にとっての「つ まずき」場面が何を基準に選択されたものであるかという点である。この点について は,第一に本研究で対象とする「つまずき」場面は,その「つまずき」を幼児が自覚 している,あるいは自覚していないに関わらず,「教師及び筆者の視点から見て,幼児 にとって何らかの課題がある場面」且つ「教師及び筆者の視点から見て,その課題を 乗り越えることで,幼児が成長すると考えられる場面」とする。この時課題とは,具 体的には,例えば生活上の運用能力や社会生活を営む上での決まりなどの順守,それ から対人関係を築いていく上での困難,例えば他者の思いを尊重することなどであり,