保育者の行動については保育学と発達心理学の両学問において,それぞれに取り組 まれてきたという背景がある。本研究では幼稚園教師の行動について研究を行うにあ たって,両学問のどちらかではなく,両学問の間にある真実を探求していきたい。そ こで,この章ではこの両学問において子育に対する考え方としてどのような姿勢が取 られてきたのか,その姿勢を両学問における子育て観としてまとめ,両学問の差異を 明らかにする。
1). 保育学における子育て観
保育学における子育て観を捉える為に,過去 5年にわたる『保育学研究』2における 保育及び子育てに関する研究の目的及び内容を検討し,その中から<保育学における 育てたい子どもの理想像>と<保育学において重要だと考えられてきた子育てに関す る行動>に関する特徴を書き出し整理した。
その結果,保育学研究の1つの特徴として,子どもの能力の向上などの結果だけで はなく,そこに至る困難や葛藤の過程を省略することなく,むしろ注目し,問題とし ている研究が多かった(淀川, 2011; 並木, 2012)。また保育者自身の省察のプロセス や困難や葛藤場面を問題としていたり,保育者の成長過程を扱っていたりするなど,
保育者の思考のプロセスを扱った研究も多かった(林, 2009; 木曽, 2011)。すなわち,
この結果は,保育学の研究においては,能力の向上などの結果だけではなく,そこに 至るプロセスもまた重視していることを示している。
また,保育学研究の2つ目の特徴として,抽象的で曖昧とも言える行動で結論づけ られている点が挙げられる。例えば「その思いや強い動機をどう保育者が読み取り,
掬い上げるかが最初のキーポイントとなる(佐藤, 2009)」や,「子どもの育ち,保育 者の援助がより生かされるような子どもと保育者間の信頼関係なのだろう(鈴木・岩 立, 2010)」と言った表現である。これらの抽象的で曖昧とも取れる表現は,無藤(2003)
も指摘しているように,保育学の一つの特徴だと考えられる。
2 『保育学研究』は日本保育学会が出版している保育 学に おけ る研究 を紹 介す る研 究雑誌 であ り,
その歴史の長さや会員数の多さ,出版数において日本を代 表す る保育 学に おけ る研 究雑誌 であ る。
27 2). 発達心理学における子育て観
次に,発達心理学における子育て観を捉える為に,過去 5年にわたる『発達心理学 研究』3における子育て行動及び教育内容に関する研究の目的及び内容を検討し,その 中から<発達心理学における育てたい子どもの理想像>と<発達心理学において重要 だと考えられてきた子育てに関する行動>に関する特徴を書き出し整理した。
その結果,発達心理学の研究では,ある能力などの発達側面の向上を目指して研究 が行われることが多いことが見出された(溝川・子安, 2011; 吉田, 2011; 風間・平林・
唐澤・Tardif・Olson, 2013; 大杉・内山, 2013)。つまり発達心理学研究においては,
明確な研究上のターゲットとも言うべき子どもの発達側面が研究の中に存在し,よっ て大人の子育てに関する行動についても,ある具体的な行動に着目し,その行動が子 どもにもたらす影響を検討している研究が多かった。一方で,発達心理学の研究には 保育学の研究で見られたような,困難や葛藤のプロセスを記述している研究がこの 5 年間の間には見当たらなかった。
以上より,保育学研究では,能力の向上などの結果だけではなく,そこに至るプロ セスが重視されていること,また必ずしも行動の内容やその行動が子どもにもたらす 結果などが明確にされていないような抽象的で曖昧な行動についても意義が見出され ていることが分かる。また,発達心理学研究では,保育学研究とは対照的に,子ども に確実に影響を及ぼす,評価可能な具体的な行動に焦点が当てられてきたことが分か る。
どちらの学問が,保育者の行動についてより忠実に明らかにしてきたのか議論する ことは意味がない。むしろ本研究では,両学問の間に立つことで,新たなことを見出 していきたい。すなわち,発達心理学研究が見落とし,保育学研究が保育実践と密接 に関係する中で,見出されてきた一見抽象的で曖昧な言葉で表現される保育者の特徴 的な行動を,しっかりと目に見えるものとして評価し直すことをする。そして以上の ことを,保育者と子どもとの困難や葛藤のプロセスにあるやりとりの記録から探索的
に明らかにしていきたい。
3 『発達心理学研究』は日本発達心理学会 が1990年より出版している研究雑誌であり, 発達心理 学研究の分野では日本を代表する研究雑誌と言えるものである。
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