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【問題と目的】
本論文の主題は,幼稚園をフィールドに,幼児期の子どもを集団生活の中で育てる 立場にある幼稚園教師の行動から,幼児の気質や性格といった特性や,個々の発達の 姿に応じて幼児の発達を援助しようとする大人の行動のしくみを明らかにしていくこ とである。そこで,本研究では,まず研究2以降で対象とする,幼稚園に通う一人一 人の幼児の発達の多様性が,家庭においてどのように育まれるのか,特に幼児の気質 に焦点を当てて,母親への質問紙によって,明らかにしていく。
1. 気質とは
生後すぐから見られる比較的安定していて持続的な個人の行動スタイルのことを 気質という(Rothbart &Derryberry, 1981)。気質は人の性質の個人差を説明するも のであり,幼児のあらゆる行動を決定づけると共に,幼児の周囲の人との関係を決定 づける重要な要因である。そこで<序論2の3). 幼児の姿に応じた保育者の行動につ いての検討>で示したように,日本の保育者は幼児に関わる際,幼児の気質や性格と いった幼児の特性を理解した上で関わることを重視する。気質は保育者が子どもを理 解する際の重要な一要素である。
気質については時として生得的な遺伝による影響が強調されるが, 1960年代以降 の多くの研究によって,気質もまたあらゆる文脈の中で人や様々な環境との相互作用 を通して,変容し形成されていくと考えられるようになっている(Rothbart & Bates, 1998)。つまり,気質は生得的な基礎を持ち,ある程度安定的に維持されるものであ りながら,育つ環境によって新たに育まれ変容していくものでもあるのである。それ では,気質は何によってどのように変わっていくのだろうか。先行研究からは,気質 は 特 に 乳 幼 児 期 に お け る 人 的 環 境 に よ っ て 変 容 可 能 な も の だ と 考 え ら れ て い る 。
(Rothbart & Bates, 1998; Eisenberg et al., 2001 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Eisenberg, Zohu et al., 2003 ; Valiente et al., 2004 ; Kochanska, Aksan, & Joy, 2007 ; Kochanska, Aksan, Penney & Doobay, 2007 ; Kochanska et al., 2008)。
39 2. 親の普段の情動表現スタイルを問う尺度 SEFQ
乳幼児期における人的環境の中でも,両親や兄弟など多くの子どもにとって最も身 近な人的環境である家族は,子どもの気質の個人差に影響を及ぼす環境要因の始まり と言われる。そして,家族同士の感情のやりとりのような,家族と共にいる時の情動 的な環境は,子どもの気質や行動に影響を与える(Rothbart & Bates, 1998)。例えば,
親子の相互的な好反応のやりとりが,子どもの自己コントロールに正の影響を及ぼす ことや,親による力主導の関わり方が子どもの自己コントロールや子どもの道徳性に 負の影響を及ぼすことが明らかにされている(Kochanska, Aksan, & Joy, 2007 ; Kochanska, Aksan, Penney & Doobay, 2007 ; Kochanska et al., 2008)。また,子ど もが親の養育に及ぼす影響も検討されており,例えば,子どもの情動性が養育者との 関 係 に 与 え る 影 響 が 明 ら か に さ れ て い る (Clark, Kochanska, & Ready, 2000 ; Kochanska, Aksan, & Joy, 2007 ; Kochanska, Friesenborg, Lange, & Martel, 2004)。
このような結果は,親子が相互に影響を及ぼし合う中で子どもの気質は形成されて成 長していくことを示している。しかし一方で親の日頃のどのような態度が結果的に子 どもの気質に影響を及ぼすのか,十分に明らかにされているとは言えない。そこで本 研究では,親の日頃の態度と子どもの気質の両者が相互に影響を与えることを前提に,
敢えて質問紙を用いて収集したデータを統計的なモデルに基づいて重回帰分析などの 統計的な処理を行うことによって,親が子どもに与える影響を仮に想定して検討して いくこととする。
もとより Campos, Campos, & Barrett(1989)らの研究以降の新しい情動観を受け て,情動の機能的なオーガナイザーとしての役割が強調されるようになってきたが,
幼児の気質との関係の中では親の情動表現スタイルが子どもの気質に影響を及ぼして いることが先行研究でも言われている(Eisenberg et al., 2001 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Valiente et al., 2004)。ここで親の情動表現スタイルとはHalberstadt, Cassidy, Stifter, Parke, & Fox(1995)で検討しているexpressivityを指し,彼らが 開 発 した 親 の 普 段の 情 動表 現ス タイ ルを 問 う Self-Expressiveness in the Family
Questionnaire(SEFQ)によって評価される。SEFQは家族と共にいる時の,時に子
どものいない状況,または直接的には子どもに情動が向けられていない状況で起こる 親の一般的な表現傾向を聞く質問紙である。例えば,「他者が親切なことをしてくれた ときに感謝の気持ちを表す」かどうか,『自分が悪いと気づいた時には「ごめんなさい」
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と言う』かどうか,「ささいなことでかっとする」ことがあるかどうか,など家庭での 自身の表現行動についてその頻度を聞くものである。
3. 子どもの気質質問紙尺度 CBQ
それでは,子どもの気質についてはどのような尺度によって読み取ることができる だろうか。幼児期の子どもの気質について,データを蓄積してきている尺度の一つに,
Rothbart らの幼児の気質質問紙尺度 CBQ(Children’s Behavior Questionnaire; Rothbart et al., 2001)がある。実際,幼児の気質を問う質問紙は他にもあるが,な
ぜRothbartの幼児の気質尺度(CBQ )を採用するのか,その具体的な理由の一つには,
その質問内容が具体的で幼児の日々の生活の中で見られる行動を広く捉えており,質 問項目は多く回答者の負担は大きいが,丁寧な質問内容はより幼児の実態を的確に捉 えうるからである。
そしてもう一つ Rothbart らの CBQ を採用した理由には先行研究の多さがある。
EisenbergやKochanskaらの研究を始め、大人の行動とCBQとの関連を見ている先
行研究が多くあることである(Eisenberg et al., 2001 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Eisenberg, Zohu et al., 2003 ; Valiente et al., 2004 ; Kochanska, Aksan, &
Joy, 2007 ; Kochanska, Aksan, Penney & Doobay, 2007 ; Kochanska et al., 2008))。
とりわけ,本研究で検討したい親の普段の情動表現行動との関連を見ている研究がい くつかある(Eisenberg et al., 2001 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Valiente et al.,
2004)。よって,本研究では Rothbartの幼児の気質尺度(CBQ )を採用し,母親の普
段の情動表現スタイルを問うHalberstadt et al.(1995)が開発したSEFQとの関係を 見ていくこととする。
また,本研究では,幼児の気質の中でも以下,情動調整に関わる気質側面について 注目していくこととする。それというのも Rothbart らが気質の中心は反応性と自己 調整であると定義しているが,このうち反応システムの機能は生後すぐからの情動と 動機づけのパターンと強い関連性を持っており,反応性とそれを調整する形で現れる 気質,すなわち個人の行動スタイルは,個人の情動性及び情動調整と強い関連性があ るからである(Rothbart & Derryberry, 1981; 陳・草薙, 1992)。そこで気質の尺度に よって,その幼児がどのような情動を多く表すか,不快な状況に対して不快な情動を どの程度表すかといった特徴を見ることができると言われ,近年幼児の気質の中でも
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情動調整との関連が強いと言われる気質側面に注目し,母親の行動傾向との関連を見 て い る研 究が ある (Eisenberg et al., 2001 ; Eisenberg, Valiente et al., 2003 ; Eisenberg, Zohu et al., 2003 ; Valiente et al., 2004)。
情動調整は,Campos & Barrett, (1984)や須田(2009a)が,主体が環境に適応 し生存していく際に働く情動的な変化の全体と捉えているように,幼児が例えば幼稚 園生活の中で環境に適応していく上で,他者に対してどのような情動を表すか,他者と どのような関係を築いていくか,といった点で重要な役割を担っていると考えられる。
よって本研究では,幼児の気質の中でも以下,情動調整に関わる気質側面に注目して いくこととする。
また,気質は観察でも評価することができるが,幼児の気質尺度(CBQ)が,幼児 の生活の中の様々な場面を対象にしているように,幼児の行動とはその場の影響を多 分に受けることから幼児の行動傾向を一つの場面で特定することは難しい。よって行 動傾向を特定していく為には,幼児の生活上の様々な場面を見て判断していく必要が ある。そのように考えると,普段の幼児の様子を様々な状況で見ている母親への質問 紙による結果が有効である。
4. 本研究の仮説モデル
それでは次に,子どもの気質の多様性の仮説について述べた後に,Halberstadt et al.
(1995)の SEFQの説明を続け,研究1の仮説モデルについて話を進めていくが,あ らかじめ尺度についての説明が込み入ったものになることを断わっておく。なぜなら ば,Halberstadt et al.(1995)のSEFQ及び Rothbartの幼児の気質尺度(CBQ),
共に先行研究が多くあることによって,尺度を使用していたとしてもその一部をそれぞれ の判断で使用している研究が多く,方法と結果の関係が複雑になっているからである。
-子どもの気質の多様性の仮説について
気質は人の性質の個人差を説明するものであり,我々が一人一人異なる性質,行動 スタイルをとることを示すものである。よって,子どもの気質に影響を与える環境要 因について検討する前に,まず母親による幼児の気質を評価した結果より,母親によ るそれぞれの幼児の気質評価に幅があること,つまり幼児の気質の多様性について検 討する。例えば本研究と同様に,日本人の幼児を対象に Rothbart の幼児の気質尺度