博士(医学)大塩 学位論文題名
欠指症ラット胎仔手板における細胞増殖と 細胞凝集過程の検討
学位論文内容の要旨
至
I.研究目的
器官形成期に薬剤を投与することによルヒト類似の四肢奇形を実験動物に誘発し,ヒトにおけ る四肢奇形の発生機序を検討する試みが行われている。しかし,正常手板における指放線形成過 程に関する研究は少ない。また,特定の奇形の動物実験モデルを作成することが困難であること から四肢奇形の発生過程の経時的に観察した報告はほとんどない。最近,myleran(Busulf an) 投与による一連の奇形誘発実験が確立し,妊娠12日目のラットにmyleranを投与すると,全て の胎仔の前肢に第2,3指列の欠指症が発現することが判明してきた。この欠指症の発現機序を 検 討 す る目 的で , 胎仔 の手 板に おけ る 細胞 のDNA合 成能 をBrdU(5一bromodeoxyー2
―uridine)と抗BrdU monoclonal抗体による免疫酵素抗体法(以下BrdU法と略す)により,
細 胞 障 害 を macrophageの 出 現 頻 度 に よ り , 経 時 的 に 定 量 的 に 観 察 し た 。
n.研究方法
妊 娠12日目の雌Wistar; Gunラ ットにmyleranを経口投与し た。myleran投与ラットと正 常ラットに妊娠12日目より15日目までO.5日間隔でBrdUを腹腔内投与した。30分後に開腹して 胎仔を摘出し,パラフアン包埋後,右手手板掌面に平行な切片を作成した。この切片を抗BrdU monoclonal抗体を用いて,ABC法 による免疫染色を行った。隣接切片をhematoxylin−eosln 染色 (HE染色)標本とし,BrdU染色標本と対比して検討した。定量的観察に際しては手板の 間 葉を第2指の指放 線部,第2,3指の指間部,第3指の指放線部,第3,4指の 指間部,第4 指の 指放線部の計5区域に分けて それぞれをA,B,C,D,E区 域とした。指放線形成前の手 板に おいてはそれぞれの予定域をA,B,C,D,E区域とした。また,上皮は間葉の各区域を 覆っ ている範囲をそれぞれa,b,c,d,e区域とした。これら の区域にっいて以下の3点に っいて解析した。
l)HE染色標本により手 板における指放線の形成過程 を観察し,正常とmyleran投与群で 比較した。
2) 手板 内の 細胞 増殖 能 の局 在をBrdU陽性 細胞の出現頻度をMicro Computer Imaging Deviceを用いて定量的に 観察した。
3) 細 胞 死 の 局 在 をmacrophage出 現 頻 度 を 指 標 と し て 各 区 域 で 計 測 し た 。
m.研究結果
1)手板における指放線の形成。
myleran投与群では正常に比較し指放線の形成が遅れており,胎生13.5日目までは指放線 の形成はみられなかった。胎生14.O日目では,軸後側の第4指の指放線が出現したが,軸前側 の指放線の形成はみられなかった。胎生14.5日目以降も軸前部の指放線は形成されなかった。
2)手板内のDNA合成能
間葉細胞: myleran投与群では,BrdU陽性細胞の出現率は胎生12.5日目までは正常との 差はみられなかったが,胎生13.O日目では,正常に比較し有意に滅少した。しかし,胎生13.5 日目,胎生14.O日目ではBrdU陽性細胞の出現率には正常との間に有意な差はみられなかっ た。BrdU陽性細胞出現率が有 意に減少していた胎生13.0日目のBrdU陽性細胞の出現率を 各区域毎に正常と比較すると ,BrdU陽性細胞はmyleran投与群では全区域で有意に減少し ており,区域による差にみられなかった。
上皮細胞:BrdU陽性細胞の出現率は,胎生13.5日目,胎生14.O日目では正常に比較し有意 に減少した。BrdU陽性細胞の出現率を上皮の各区域で正常と比較すると,胎生13.5日目には,
軸前部のa―c区域で有意な減 少がみられた。胎生14.0日 目には,c区域を除くa,b,d, eの区域で有意に減少していた。
3)手板内の細胞障害
間葉:myleran投与群では ,macrophageの出現は胎生12.5日目までは正常と差が認めら れなかった。胎生13.0日目,胎生13.5日目にmacrophageの出現数は正常に比較し有意に増 加した。macrophage出現数の局在をみると全区域で増加しており区域による明らかな差は みられナょかった。
上皮:胎生13.5日目,14.O日目に正常と比較して有意に増加した。区域による局在をみると 胎 生13.5日 目 で はc区 域 , 胎 生14.O日 目 で はb−e区 域 で 有 意 に 増 加 し て い た 。
1 V .考 察
著 者 ら は 既 にBrdU法 を 用 いて 指 放線 が細 胞 移動 によ り 形成 され る こと を示 し た。 これ ら 細 胞 の 移動 によ っ て誘 導さ れ る指 放線 の 形成 には 上 皮が 重要 な 役割 を果 た すことが注目 されてい る 。 今 回 , 著 者 は 手 板 内 のBrdU陽 性 細 胞 す な わ ちDNA合 成 細 胞 の 定 量 を 行 い 正 常 とmyler‑
an誘 発 ラッ ト欠 指 症の 発生 過 程を 比較 検 討し た。myleran誘発 ラッ ト 欠指 症の 手 板に おけ る 間 葉 細 胞 のDNA合 成 能 はmyleran投 与 後24時 間 目 の 胎 生13.O日 目 に の み 正 常よ り 抑制 され て い た 。 し か し , 間 葉 細 胞 のDNA合 成 能 の 抑 制 は 軸 前 ,軸 後 で差 は認 め られ なか っ た。 一方 , 細 胞 障 害 の 指 標 と し たmacrophageの 出現 をみ て も胎 生13.0日目 以降 , 正常 に比 較 し有 意に 増 加 し て い る も の の 軸 前 部 と 軸 後部 でmacrophageの出 現率 に 明ら かな 差 はみ られ な かっ た。 以 上 の 結 果は ,薬 剤 によ る直 接 の細 胞障害が手板の間葉 においては,ほぼ 一様に起こったこ とを示し てい る。
今 回の 実験 モ デル と同 様 に均 一な細胞障害が認め られる脛骨列形成 障害では手板形成 前の障害 に よ る肢 芽の 間 葉細 胞の 壊 死お よび増殖の障害によ る間葉細胞の量的 な不足が奇形発現 の主要な 原 因 であ るこ と が推 定さ れ てい る。今回の欠指症の 発現にも,細胞増 殖の障害と細胞死 による問 葉細 胞の量的な不足が 関与していると考 えられる。しかし, 間葉細胞の量的ナ ょ不足のみでは,な ぜ軸 前性に欠指症が発 現したかを説明で きない。脛骨列形成障害と今回のモデルで異ナょった点は,
上 皮 の障 害が 前 者で は均 一 であ ったのに対して,後 者では軸前部に出 現したことである 。すなわ ちDNA合 成 細 胞 の 頻 度 が 強 く 抑 制 さ れ て い た 上 皮 軸前 部 と欠 指症 の 出現 部位 が 一致 して い た こと である。
指 列形 成の 機 序お よび そ の際 の上 皮 の役 割に っ いて は多 く の報 告が あ る。Roweらは 手板の上 皮 頂 堤を 局所 的 に切 除し た 後の 指列の形成を観察し た。その結果,上 皮頂堤の軸前部, 中央部の 切 除 で は 正 常 肢 ま た は 第2,3指 の 欠 損 が 出 現 し た 。一 方, 軸 後部 の切 除 では ,第2,3,4指 が 全 て欠 損し た 。著 者の 欠 指症 のモ デ ルに おけ る 組織 障害 と 欠指 症の 発 現は,Roweら の実験に おけ る頂堤の軸前部, および中央部の切 除モデルに類似して いた。
従 っ て 上 皮 のDNA合 成 能 が 抑 制 さ れ た 結 果 , 指 列誘 導 作用 に何 ら かの 障害 が 加わ り手 板 内 に 均 一に 分布 し てい る細 胞 の軸 前部の指放線への誘 導凝集が起こらず 欠指症が発現した と推測さ れた 。
V.結 語
BrdU7anti―BrdU免 疫 酵 素 抗 体 法 等 を 用 い て , 正 常 お よ び 妊 娠12日 目myleran投 与 ラ ッ
ト 欠指症 胎仔手 板に おける 細胞増殖および細胞障害を経時的,定量的に検討し以下の結果を得た。
1)欠 指 症 手 板 のDNA合 成 能は , 間 葉 に おい て は 胎 生13.O日 目 に最 も 障 害 が 強か っ た が 手板内 での障 害部位 に局 在はみ られな かった 。
2)欠 指 症 手 板 の 上 皮 に お け るDNA合 成 能 は , 胎 生13.5日 目 に は軸 前 部 で ,14.O日 目に は手板 全体で 抑制さ れて いた。
3) 欠 指 症 に おい てmacrophageを 指 標 にし た 細 胞 壊 死の 出 現 は 手 板内 で 明 ら か な 局在 は 見られ なかっ た。
以 上の 結果よ ルラッ ト欠指 症で間 葉細 胞の不 足と上 皮の障 害に よる指 列誘導の障害が欠指の発 現 に関与 した可 能性 を推察 した。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 長 嶋 和 郎 副 査 教 授 葛 巻 暹 副査 教授 細川眞澄男
目 的
先天 性の手 の奇形 の発 症機構 は不明 である 。実験 的欠 指症の 発現機 序を検討する目的で,胎仔 の 手 板 に お け る 細 胞 のDNA合 成 能 をBrdU(5―bromodeoxyー2 ‑ uridine) と 抗BrdU monoclonal抗 体を 用 い る 方 法(BrdU法) 等 に よ り ,経 時 的 に 定 量的 に 観 察 し ,細 胞 分 裂 能と その 移動過 程にお ける障 害の解 析を 試みた 。
方 法
妊 娠12日 目 の ラ ッ トにmyleranを 投 与す る と , 全 ての 胎 仔 の 前 肢 に第2,3指列 の 欠 指 症が 発現 す る 。 欠 指症 ラ ット と正 常ラッ トに妊 娠12日 目より15日目ま でO.5日間隔 でBrdUを 腹腔内 投 与 し た 。 胎 仔 の 右 手 手 板 掌 面に 平 行 な 切 片を 抗BrdU monoclonal抗 体 を 用い て ,ABC法 に よ る 免 疫 染 色 を 行 っ た 。 隣 接 切片 をhematoxylin―eosln(HE) 染 色 標 本と し ,BrdU染 色 標 本と 対 比 し て 観察 し 以 下 の3点 に っ い て 解析 し た 。1) HE染 色 標本 によ り指放 線の形 成過 程を 観 察 し , 正 常 と 欠 指 症 で 比 較 し た 。2)手 板 内 のDNA合 成 細 胞 の 局 在 をBrdU陽 性 細 胞
の出現頻度を指標にMieco Computer Imaging Deviceを用いて定量的に観察した。3)細胞 死の局在をmacrophageの 出現頻度を指標として計測 した。
結 果
実験の結果,欠指症では正常に比較し指放線の形成が遅れており,軸後側の指放線で出現した が,軸前側の指放 線の形成はみられなかった 。欠指症の間葉部におけるDNA合成細胞の出現 率は胎生12.5日目までは正常との差はみられなかったが,胎生13.O日目では,正常に比較し有意 に滅少した。しか し,胎生13.5日目,胎生14.O日目ではDNA合成細胞の出現率には正常との 間に有意な差はみ られなかった。DNA合成細胞出現率が有意に滅少していた胎生13.O日目の DNA合成細胞は欠指症では手板全体で有意に減少しており,部位による差はみられなかった。
欠指症の上皮部に おけるDNA合成細胞の出現率は,胎生13.5日目,胎生14.0日目では正常に 比較し有意に減少した。DNA合成細胞の出現率を上皮の部位毎に正常と比較すると,胎生13.5 日目には,欠指の発現した軸前部に比較的強い抑制がみられ,胎生14.0日目には,全体で抑制さ れていた。欠指症 の間葉部では,macrophageの出現は胎生12.5日目までは正常と差が認めら れなかった。胎生13.O日目,胎生13.5日目にmacrophageの出現数は正常に比較し有意に増加 した。上皮部では 胎生13.5日目,14.O日目に正常と比較して有意に増加した。macrophage出 現数 の 局在 をみ ると 手 板全体で 増加しており部位による明 らかな差はみられなかった。
考 察
細胞の移動によって誘導される指放線の形成には上皮が重要な役割を果たすことが注目されて い る。 手板 内のBrdU陽 性細 胞すなわちDNA合成細胞の 定量を行い正常とmyleran誘 発ラッ ト欠指症の 発生過程を比較した。その結 果,欠指症の手板における間葉細胞のDNA合成能は myleran投与後24時間目の胎生13.O日目にのみ正常より抑制されていた。しかし,間藁細胞の DNA合 成能 の抑 制は 軸前 , 軸後 で差 は認 めら れ なかっ た。一方,細胞障害の指標 とした macrophageの出現をみても胎生13.0日目以降,正常に比較し有意に増加しているものの軸前 部と軸後部 でmacrophageの出現率に明らかな差はみられなかった。以上の結果は,薬剤によ る直接の細胞障害が手板の間葉においては,ほぼ一様に起こったことを示していた。発表者は,
以上の実験結果より本欠指症の発現には,細胞増殖の障害と細胞死による間葉細胞の量的な不足 に加え,DNA合成細胞の頻度が強く抑制されていた上皮軸前部と欠指症の出現部位が一致して いた点に注 目し,上皮のDNA合成能が抑 制された結果,指列誘導作用に何らかの障害が加わ
り手板 内に均 一に分 布し ている 細胞の 軸前部 の指放 線へ の誘導 凝集が 起こらず欠指症が発現した と推測 した。
口頭発 表に当たり,葛巻教授,細川教授,阿部(和厚)教授より細胞死の形態と半l亅定法,間葉 細胞 の 区 別 , 上皮 由 来 の細胞 誘導 因子の 実体,m yleranの 奇形誘 発機構 ,およ び障害 の局 在を 規定す る因子 等に関 する 質問が なされたが,発表者は,概ね適切な回答をしたものと考えられた。
また, 副査の 葛巻教 授, 細川教 授によ る個別 の審査 を受 け合格 と判定 された。以上,本研究は正 常ラッ ト手板 の形態 発生 を明確 にし, これを 基礎と して 実験的 四肢奇 形発生に関するーっの見解 を呈示 したも のであ り, 学位論 文に値 するも のと判 断さ れた。