博士(水産学)坂井和男 学位論文題名
キチンの利用に関する研究
― 主 と し て 酵 素 に よ る 構 成 糖 お よ び そ の 誘 導 体 の 生 産 法
学位論文内容の要旨
キチ ン は,N―ア セチ ル グル コサ ミ ン(GlcNAc)が 口1,4結合 した 多 糖類 の一 種 で, 力二 , 工 ビ等の 甲殻類,カブトム シ,コオ口ギ等の昆 虫類,その他,シ イタケ,菌類等の 細S包壁の 構成 成分とし て含まれ,植物界 におけるセル口ースのように生物体の支持や防言萇の役割を担っている。
ま た, キ チン の脱 ア セチ ル体 で ある グル コ サミ ン(GlcN)の ポリ マ ーをキ トサンと称してい る。
こ のキ チ ンは ,地 球 上で 推定1000億 トン/年も生物生 産される大きく活用 されるべき未利用 の天 然 資源 と して 注日 さ れて いる。とく に,海洋資源であ るカ二,工ビ,オキ アミ等の甲殻中に は,
カ ルシ ウ ムや タン パ ク質 とともに主 な構成成分として 大量に含まれ,また 大量に人手し易い こと から,そ の利用が一層期待 されている。
そこ で ,筆 者は , キチ ン,キトサ ンを加水分解して 得られるオリゴ糖や 学糖の利用は,未 利用 の 海洋 資 源と して の キチ ンの高度利 用を達成するうえ で極めて重要なこと と考え,これらの オル ゴ 糖で あ るキ チン オ リゴ 糖, キ トサ ンオ ル ゴ糖 および単糖であ るN亠アセ 千ルグルコサミン ,グ ルコサミ ンの効率的生産法 とその利用にっい て検討した。
まず , キチ ンオ リ ゴ糖 およびキト サンオルゴ糖の酸 加水分解法による効 率的生産法にっい て検 討 した 。 キチ ンオ リ ゴ糖 では,目的 とする重合度のオ リゴ糖を得るための 加水分解条件を明 らか に した 。 また ,キ チ ン加 水分解液か らのオリゴ糖の回 収,すなわち中和に より副生した塩類 の除 去 を, イ オン 交換 膜 電気 透析 法 で試 み, 従 来の 活性 炭 カラ ムに よ る方法 では達成できなか った GlcNAcの 回 収 を 含 め ,キ チ ンオ リゴ 糖 の大 量生 産 の可 能性 を 示し た。 さ らに ,得 ら れた キチ ン オリ ゴ 糖は さわ や かな 甘味を有し ,また,ビフィズ ス菌にも利用される ことから,新しい 食品 素材とし て利用できる可能 性を明らかにした 。一方,キトサンオ リゴ糖では,従来の方法に比べ,
使 用す る 塩酸 量が 少 なく しかも飛躍 的に短時間でオIJゴ糖の生産が行える 加水分解条件を見 出し た 。ま た ,キ トサ ン オリ ゴ糖の分解 精製において,予 めメタノールに対す る溶解性の違いを 利用
して, キトサン分解物から不要のGlcNを除去することにより,多量のキトサンオリゴ糖を一 度の操作で分離する効率的生産法を開発した。
次に , 単糖 であ るGlcNAcおよびGlcNの酵素的生産法にっい て検討した。GlcNAcにおい ては,酸加水分解によ1て調製したキチンオリゴ糖を基質とし,ルorientalisの生産するキチ ン分解酵素(キチナーゼおよびロ‑Nーアセチルヘキソサミニダーゼ)を固定化した担体を充填し たバイオリアクターによる連続生産法を開発した。すなわち,夕ンニン亠キトサン担体に酵素を 物理吸 着させた固定化酵素は,GlcNAcの生産に極めて有効であり,その諸性質およびGlcNAc の最適生産条件を明らかにした。さらに,カラムリアクターを用いた連続生産を行い,キチン オリゴ糖からGlcNAcを9000以上の収率で130日間以上連続的に得ることに成功した。この方法 は,従来からの化学合成法に代わる新しいGlcNAc生産法として工業的に利用可能と思われる。
また, このようにして生産されたGlcNAcは化学合成品でないことから,国内では食品素材と して有効に利用できるものである。
一方 ,GlcNにおいては,ルoriental,isの生産する新規酵素工キ`/声ーDーグルコサミニ ダーゼとキトサナーゼの精製を行い,その諸性質を明らかにし,キトサン分解酵素によるGlcN の生産法を開発した。従来,キトサンを分解する酵素として多くのキトサナーゼが知られてい るが,これらの酵素はオリゴ糖を生産する典型的なェンド型酵素であったことから,キトサンか らGlcNの生産を達成することがで きなかった。筆者は,キトサ ンを加水分解してGlcNを生 産する 新規酵素工キソロDーグルコ サミニダーゼを発見したこ とにより,GlcNの酵素的生 産法を開発することができた。すなわち,キトサン(部分アセチル化キトサン)を分解するため には,工キソ―ロ、ーD―グルコサミニダーゼと声N―アセチルヘキソサミニダーゼの併用が著 しく効果的であることを明らかにし,さらに,キトサナーゼを併用することにより,キトサンの 完全分解をより速やかに達成できることを明らかにした。このキトサンの酵素による完全分解法 は,GlcNの生産のみならず,キトサンの特性を示す重要な指標であるアセチル化度の測定にも 応用できると考えられた。
次に ,GlcNAcの 高度 利用 を 目的 とし ,GlcNAc残基を合む有 用物質のひとっであるNア セ チル ラ クト サミ ン(NAL)の糖転 移反応による酵素合成を試み た。NALは,ガラヶトース とGlcNAcがロー1,4結合した二糖類で,糖夕ンパク質および糖月旨質の糖鎖中に基本構造として 存在する重要な糖質として知られている。従来,NALは化学合成法もしくは酵素法で調製され ている。しかし,化学合成法では種々の保護基の導入など工程が複雑であること,また酵素法で は収率が低いことなどの理由で,大量に調製することが困難であった。そこで筆者は,GlcNAc
を受 容 体 基 質 ,ラ ク ト ー ス を 供与 体 基 質 と して,NALを 多量に 生成す る糖 転移活 性の高 い口ー ガラ ケ ト シ ダ ーゼ の 検 索 を 市 販酵 素 の 中 か ら行い ,唯‑ NALを 多量に 生成す る月ー ガラク トシ ダー ゼ (B.circulans起 源) を 見 出 す こ とが できた 。市 販酵素 のほと んどは ,NALの声 一1,6 結 合 異 性 体 で あ るNア セ チ ル ア 口 ラ ク ト サ ミ ン(NAAL) を 圧 任I| 的 に 多 く生 成 し ,NALの 生成 量 は 少 な かっ た 。 次 に , 本酵 素 を 用 い て生産 したNALの分 離精製 法に っいて 検討し ,活性 炭ク 口 マ ト グ ラフ ィ ー お よ び メタ ノ ー ル か らの結 晶化に よって ,NALの結 晶品を 容易に しかも 大量 に 得 ら れ るこ と を 示 し た 。ま た ,pH, 温 度 , 酵 素 量, 基 質 量 の 影響 を 調 ベ ,NALの 効率 的生産 条件を 明らか にし た。一 方,NAAI」にっ いても 効率的 生産 を試み た。ローガラクトシダー ゼ(K.tactis起 源 ) を 用 い てNAALと 少 量 のNALを 生 成 し た 後 ,NALを ロ ― ガ ラ ク ト シ ダ―ゼ (ロ,circu Zans起 源)で 選択 的に加 水分解 し,除 去する 方法 を開発 した。 これは ,B. circul,ans起 源 の ロ ― ガ ラ ク ト シ ダ ー ゼ のNALとNAALに 対 する 加 水 分 解 速度 の 違 い(100: 2)を 利 用 し た も の で あ り , 異 性 体 で あ るNAI亅 を 含 むNAALの精 製 を 容 易 に行 う こ と が でき る優れ た方法 であ1た。 これら の開 発は, 従来か ら大量 に生 産する ことが 困難で ,した がヮ て高 価であ るため 試薬レ ベル の供給 しかで きなか った これら の糖頬 を,安 価に,しかも大量に供給す ること を可能 にする もの である 。
以上, 本研 究では ,キチ ンの利 用に関 し, 主とし て酵素 による 構成 糖およびその誘導体の牛産 法にっ いて検 討L,新し い方法 を開 発する に至ワ た。
学位論文審査の要旨
主査 副査 副査 f711]・査 副査
教授 教授 教授 教授 助教授
高 間 西 田 新 井 羽田 野 鈴 木
浩蔵 清義 健一 六男 鐡也
キ チンはN‑−アセ チル グルコ サミン が口―1,4結 合した 多糖類 の一種である。植物界ではある 種の 菌類 の細胞 壁構成 々分と して含 有さ れるが ,昆虫 類では タンパク質と結合し,またエビ,力 二な どの 甲殻類 ではタ ンパク質のほか,大量の炭酸カルシウムとともに存在している。本物質は,
地球 上で年 間約1,000億ト ンも 生物生 産され ている 未利用 天然 資源で ある。キチンの脱アセチル 体で あるキ トサン とも ども, 非溶解 性の故 に, それら の直接 的利用 が制限 されているのが現状で ある 。した がって ,利 用途の 開発は,専ら部分カ口水分解物のオリゴ糖に関するものが多く,種々 の生 理活性 にっい て明 らかに されつ っある が, それも その殆 どが最 近にな ってからである。しか しな がら, オルゴ 糖あ るいは 単糖の 製造は 従来 法によ っては 効率的 ,かっ 大量生産ができるまで には 至って いない 。本 研究は ,その 点に着 目し ,オル ゴ糖な らびに 単糖の 効率的生産のための酸 加 水 分 解 法 , お よ び 酵 素 法 の 開 発 と そ の 確 立 を 目 的 と し て お こ な わ れ た 。 本 研 究 の 得 ら れ た 成 果 に っ い て 審 査 員 一 同 が 評 価 し た 点 は , 概 略 以 下 の 通 り であ る 。 1) 目 的 と す る 重 合 度 の オ リ ゴ 糖 を 得 る た め の キ チ ン 酸 加 水 分 解 好 適 条 件 を 設 定 し た 。 2)とく に, 酸水解 液から のオリ ゴ糖 回収法 として イオン 交換膜 電気 透析法 を応用 し,従 来の 活 性 炭カラ 厶法で は達成 でき なかっ たN―アセ チルグ ルコサ ミンの 回収 を可能 にし, 合わせ てキ チ ンオ リゴ糖 の大量 生産 を可能 にした 。
3)キチ ンオ リゴ糖 の効率 的製造 条件 を見出 し,従 来法に 比し, 塩酸 用量が 少なく ,飛躍 的な 時 間短 縮を可 能にし た。
4)キト サン の酸分 解物を メタノ ール 処理し て単糖 (グル コサミ ン) を分別 するこ とで多 量の オ リゴ 糖を一 度の操 作で 分角翠 できる 効率的 生産 法を確 立した 。
5)Nocardia orientalis起源キ チナー ゼのタ ンニン ― キトサ ン固定 化物がキ卜サンオリゴ糖を 出 発 物質 と す るNアセ チ ル グ ル コ サミ ン 製 造 に有 効であ ること を児 出し, いわゆ る化学 的合 成 品で ない製 品の新 しい 生産シ ステム を提案 した 。本シ ステム により ,キチ ンオリゴ糖から9000 J 上 の 収 率 で ,N亠 ア セ チ ル グ ル コ サ ミ ン を130日 間 以 ヒ に わ た る 連 続 生 産 に 成 功 し た 。 6)N. orientalis起 源 工 キソ 届 …Dー グル コ サ ミ ニ ダー ゼ の 発 見 によ ル キ ト サ ナー ゼ 作 用 と の併 用でキ トサン の酵 素的完 全分解 を可能 にし ,その 方法を 確立し た。す なわち,キトサン(部 分 ア セチ ル 化 キ ト サ ン) を エ キ ソ ーロ‑D― グ ルコ サ ミ ニ ダ ーゼ と エ キ・/・Nアセ チルヘ キソ サミ ニダー ゼの併 用で 効率よ く分解 し,さ らに キトサ ナーゼ を作用 させる ことにより,速やかな キト サンの 完全分 解が 達成さ れるこ とを明 らか にした 。
7)N一 ア セ チ ル グ ル コ サミ ン と ラ ク ト ース か ら 生 化 学的 に 極 め て 興味 あ るNア セチ ル ラ ク ト サミ ンの生 成に関 与す る糖転 移活性 の高い 口一 ガラク トシダ ーゼを 市販酵 素からの検索を行い,
Bacillus circulans起 源 の 酵 素 に見 出 し た 。Nア セ チ ル ラ クト コ サ ミ ン は, 従 来 , 化 学 合成 法の ほか酵 素法に よっ ても製 造され ていた が, 前者で は種々 の保護 基の導 入など複雑な工程を要 し, 後者で は収率 が悪 いなど 大量調 製は困 難な 状態で あった 。
8)N― ア セチ ル ラ ク 卜 サ ミン ( ロ ―1,4結合 )の異 性体で あるNーア セチ ルア口 ラク卜 サミン
(ロ, ―1,6結 合) の大量 生産法 として ,Kluyueromyces lactisお よびB. circulans起源のロ―
ガラ ク ト シ ダ ーゼ 併 用 法 を 開発 し た 。 すな わち, 前者 の酵素 によりNア セチル ア口ラ クト サミ ンを主 要生成 物とす る分解 物を 得,少 量混在 するN―ア セチル ラク トサミ ンを後 者の酵 素で分解 除去す る方法 である 。
以上の 成果は ,従 来,高 純度で しかも 大量に 生産 するこ とが困 難であるため高価となり,主と して試 薬とし ての供 給に限 られ ていた キチン ,キト サン のオリ ゴ糖や 単糖, さらに はN―アセチ ルラ ク ト サ ミ ンや そ の 異 性 体のNア セ チ ルア口 ラクト サミン の効 率的製 造法を 開発・ 確立 した ことに より, 試薬レ ベルの みならず,食品,とりわけ生体機能のネ隹持・向上に係わる食品素材と しての 活用に 道をひ らいた 点で その意 義は極 めて大 きい 。
よ ヮ て , 博 士 ( 水 産 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る に 値 す る も の と 判 定 し た 。