博士(水産学)向井 徹 学位論文題名
魚体の超音波反射特性におよぼす鰾と 姿勢の影 響に関する基礎的研究
学位論文内容の要旨
【目的】
現 在 行 な わ れ てい る 計 量 魚 群 探 知 機に よ る 資 源 量 推 定法 は 、 魚 群 エ コ ー強 度を 積分す る積 分方式 と、 単体エ コー を計数 する 計数方 式と に大 別 され る。 積分方 式で 得られ る情 報は、 魚体 のター ゲッ トスト レン グス と 魚の 密度 との積 であ る体積 後方 散乱強 度で ある。 従っ て、魚 体の ター ゲ ット スト レング スは 体積後 方散 乱強度 から 魚の密 度を 推定す るた めの スケ ール フんク夕一となる。一方、計数方式では、単体エコーを計数し、
こ れを 探知 体積で 割っ て密度 を求 める。 探知 体積は ター ゲット スト レン グス に依 存するため、夕゛ーゲットストレングスは密度推定の精度を左右 する 。と ころが魚体のターゲットストレングスは魚種や魚体の大きさ(体 長・体重)、魚体構造(肉質・骨格・鰾等)、魚体の運動や方位姿勢等の要因 で 複雑 に変 化する ため 、その 重要 性が認 識さ れ、1970 年 頃から 多く の研 究がされてきた。
特 に 近 年 、 魚 体の 音 響 散 乱 に 重 要 な影 響 を 与 え る 鰾 が注 目 さ れ て い る。 鰾の 中には酸素、窒素、二骸化炭素等様々なガスが存在している。一 般 に音 響散 乱は媒 質中 の不連 続に よって おこ り、そ の不 連続性 が高 いほ どよく反射する。従って、水中における気体(鰾内ガス)による反射は大き いと考えられる。
また 、鰾 が魚体 の超 音波反 射の 主なる 要因 とすれ ば、 鰾の大 きさ が変 化 すれ ば魚 体のタ ーゲ ットス トレ ングス も変 化する こと を意味 する 。一 般 に魚 の遊 泳行動 には 日周性 がみ られ、 遊泳 姿勢や 遊泳 深度が 一昼 夜で 変化 する ことによって、ターゲットストレングスも日周期的に変化するこ とが充分予想される。
本研 究は 、魚体 の超 音波反 射の 主たる 要因 のうち 、鰾 と遊泳 姿勢 に関
して研究を行なったものである。
【方法】
実 験は 、 北海 道大 学 水産 学 部に 設置され た大型無響実 験水槽および北 海道倶多楽湖で行なった。 ′
ま ず、魚体の体 型、鰾の有無 や大きさ、姿勢の変化等で夕一ゲットスト レン グス が どの よ うに 変 化す る かを調べ るため、東シ ナ海において 漁獲 さ れ た
10魚 種 お よ び 北 海 道 倶 多 楽 湖で 漁 獲し たヒ メ マス の 保存 個 体を 用い て、 タ ーゲ ッ トス ト レン グ スの 精密 測 定を 行 なう と 同時 にX 線に よ る鰾の観察も行なった。
次 に 魚 体 の 鰾 に 着 目 し 、 活 魚 の 鰾内 ガ スを 注射 器 で除 去 する こ とに よって鰾がタ ーゲットストレ ングスにおよぽす影響を調べた。さらに、北 海道 倶多 楽 湖に お いて ヒ メマ ス 活魚の深 度を急激に変 化させ、その 鰾の 大き さの 変 化に よ って タ ーゲ ッ トストレ ングスがどの 様に変動する かを 考察した。
一 方、魚の日周行動による遊泳深度や姿勢の変化がタ丶一I ゲットストレ ング スに ど の様 に 影響 す るか を 、ケージ 法を用いて魚 群エコーを様 々な 時間 帯で 測 定す る こと に よっ て 調べた。 また、遊泳姿 勢をパラメー タと して反射特性のシミュレーションを行ない、実測データとの比較によって、
魚の姿勢分布の推定を試みた。
最 後 に 、 北 海 道 倶 多 楽 湖 に お い て自 然 遊泳 して い るヒ メ マス の ター ゲットストレ ングスをデュア ルピ―ム法を用いて測定し、測定時間帯の違 いによルター ゲットストレン グスがどう変動するかを調ペ、゛その変動が 遊泳姿勢のど の様な変化に起 因するのかをコンピュータシミュレーション を行なって検証した。
【結果】
1
.姿勢変化 によるターゲ ットストレング スの変動は大 きく、商周波 にな
る ほど そ の変 動が 複 雑で あ り、 体長に比 べて体高の低 い魚種ほどター
ゲ ット ス トレ ング ス の分 布 に顕 著なピー クが生じてい た。また、ター
ゲ ットストレン グスの最大値 が出現する角度は、′ほとんどの魚種でや
や下向きの時に生じていた。
2
.ターゲットストレングス(TS )の指向性関数から、その最大値ヱぢヵーと
平均値TS4vg を求め、TS =A 十2010g 工(己は体長(cm ))で回帰させたところ
Aの値は次の様になった。
25kHz
マ アジ
・
‑59.4マ サバ
・
‑59.7ホ ン ニ ベ
・
‑58.7コ ニベ
.
‑61.4カ ン ダ リ
.
‑62.8ウ マ ヅ ラ ハ ギ :
‑61.1キ ダイ
.
‑61.9
イ ボ ダ イ
・
‑61.0カ イワ リ ゛. −63.2 マ ナ ガ ツ オ
.
‑67.0ヒ メマ ス
50kHz lOOkHz 25kHz ‑62.3 ‑64.1 ‑59.0 ‑64.1 ‑63.9 ‑64.5 ‑62.0 ‑65.3 ‑62.0 ‑66.4 . ‑64.1 ‑65.8 ‑63.5 ‑66.0 ‑63.7 ‑64.7 ‑65.6 ‑68.2 ‑70.6 ‑72.7
‑60.1
AdLVg
50kHz
‑66.0
lOOkHz
‑68.2
‑65.5
‑70.0
‑68.7
‑67.2
‑69.6
‑69.7
‑69.3
‑71.8
‑77.5
こ れ ら
Aの 値 で 魚 種 間 の 比 較 を 行 な っ た と こ ろ 、 体 長 に 比 べ 体 高 の 高 い 魚 種 ほ ど 、
Aカ に 、
A。 り が 小 さ く な っ て い く 傾 向 が あ っ た 。
一 方 、 無 鰾 魚 で ある マ ナ ガ ツ オ に 関 し ては 他魚種 に比 べて
Aカ ーの 値が
25kHzで
4〜
8dB、
lOOkHzで
5^ lldB、
A。
wの 値 で は
25kHzで
5‑ 9dB、
lOOkHzで
6〜 12dB 小さかった。
3
. 測 定 に 用 い た
11魚 種 の
Aカ に 、
Aavgを 周 波 数 で 比 較 する と
Aカ ー の 値 は
25kHzで
‑59.8dB、
50kHzで
‑60.6dB、
lOOkHzで
‑62.3dBとなり、周波数により0.8
〜 1.7dB の差があった。ま゛た、A 。りの値は25kHz で‑64.9dB 、50kHz で‑66.OdB 、
lOOkHzで
‑68.5dBで あり 、周 波数 による 差は
1.1〜
2.5dBとなり.低周波ほど
ターゲットストレングスが大きくなることがわかった。
4.軟X線撮影により魚 体中の鰾の形状を調べたとこ ろ、鰾の傾き
(OSB) は マ ア ジ で8° 〜13° ( 平 均9.8° 、 標 準 偏 差 1.9° 、 以 降 同 様 ) 、 マ サ バ 3° ‑ 28°(14.3゜、8.0゜) 、ホンニベ.14°v17゜(15.5°、2.1°)、コニペ13°〜27°(20.1°、
4.2°)、カンダリ16゜ 〜17°(16.5°、0.7°)、 ウマヅラノヽギ14°‑26°(19.8゜、4.9°)、キダ イ'25°〜37°(29.3°、4.8°)、カイワリ26゜〜38゜(31.6°、4.4°)、ヒメマス1°〜20゜(9.9゜、
3.5° ) で あ り 、 体 高 / 体 長 が 大 き く な る に っ れ て 傾 き ( OSB) が 大 き く な る 傾向があった。
5
. 鰾 の 傾 き と タ ー ゲ ッ ト ス ト レ ン グ ス の 姿 勢 角 特 性 を 比 較 す る と 鰾 の 長 径 方 向 と 垂 直 な 角 度 付 近 に タ ー ゲ ッ ト ス ト レ ン グ ス の 極 大 が 生 じ て い た 。
6
. 比 較 的 体 型 が 相 似 し て い る 、 キ ダ イ 、 カ イ ワ リ 、 マ ナ ガ ツ オ の
3種 の
タ ー ゲ ッ ト ス ト レ ン グ ス を 比 較 し た と こ ろ 、 無 鰾 魚 で あ る マ ナ ガ ツ オ
は 他 の
2魚 種に 比 べ て 、
TSカ 。 に 関 し て25kHz で
10〜
lldB、
lOOkHzで11 〜
−583―
13dB 、 Z 乳ッ g では 25kHz で11 〜13dB 、lOOkHz で12 ‑ 14dB 小さかった。
7 .北海道倶多楽湖においてヒメマス活魚を用いて同一個体で、鰾内ガ ス除去前後のターゲットストレングスを比較したところ、除去後にお い て ヱ ぢ ヵ ー で 2 〜 7dB 、 TS 。 り で 3 〜 lldB 小 さ く な っ た 。 8 .ヒメマス活魚の深度を5 、10 、20 、40m と変化させた時のターゲットス トレングスの減少率は、鰾の容積がボイルの法則に従って深度の増加 とともに小さくなるとぃう気球モデルでよく説明することができた。
9 .ケージ法により、様々な時間帯で魚群エコーを測定したところ、日出 没時をはさんで魚群エコーのエネルギー.分布に変化が生じていた。こ れは、ケージ内の魚の行動の変化により魚体姿勢が変化したためと考 えられた。さらに、魚群エコーから1 個体あたりのターゲットストレン グスを算出しその頻度分布を見たところ、分布型が時間帯によって異 な り 、 モ ー ド の 位 置 も ‑55dB か ら ‑37dB の 間 で 変 化 し た 。 10. ターゲットストレングスの分布から、ケージ内の魚の遊泳姿勢の分 布を推定したところ、昼間、日没時、日没30 分後、夜間、日出30 分前の デ ー タ に 関 し て は 、 実 測 デ ー タ と 推 定 値 が よ く 一 致 し た 。 11. デュアルピーム魚探で観測した自然状態のヒメマスのターゲットスト レングスの分布に日変化が認められた。特に、夕まずめから夜にかけ てターゲットストレングスのモードが大きくなり、かつその分散は小 さくなっていく。これは、夜間ヒメマスが活動を休止し、その姿勢をほ ぼ水平に保持しているためと思われた。
12. ターゲットストレングスの分布の変化は魚の遊泳姿勢の変化による
ものと考えられ、シリンダモデルで推定した魚体のターゲットストレ
ングスの姿勢角特性を用いてコンピュータシミュレーションを行なった
ところ、切断正規分布で与えた魚の姿勢の平均ピッチ角とその標準偏
差がターゲットストレングスの分布型やモードに影響をおよぼすこと
がわかった。従って、観測されたターゲットストレングスの分布から、魚
の遊泳姿勢の分布を推定するためには、魚体のターゲットストレング
スの姿勢角特性の正確な測定とそのモデル化が必要であり、今後の課
題としたぃ。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 佐 野 典 達 副査 教授 五十嵐脩蔵 副査 助教授 飯田浩二
学位論文 題名
魚体の超音波反射特性におよぽす鰾と 姿勢の 影響に関する基礎的研究
現在行なわれている計量魚群探知機を用いた資源量推定法は,魚群エコー強度を積分す る積分方式と,単体エコーを計数する計数方式とに大別される。積分方式で得られる情報 は,魚体の音響後方散乱断面積(びぬ)と魚の密度との積である体積後方散乱強度(SV)であ る 。夕 ーゲ ット スト レン グス(TS)は10 logびぬで表わされることから,魚体のTSはSV から魚の密度を推定するためのスケールフんクターとなる。
一方,計数方式では,単体エコーを計数し,これを探知体積で割って密度を求める。探 知 体積 はTSに依 存す るた め,TSは 密度 推定の精度を左右する。しかし,魚体のTSは魚 種や魚体の大きさ(体長・体重),魚体構造(肉質・骨格・鰾等),魚体の運動や方位姿勢等 の要因で複雑に変化するため,その重要性が認識され,1970年頃から多くの研究がされて きた。
特に近年,魚体の音響反射に重要な影響を与える鰾が注目されている。鰾の中には酸素,
窒素,.二酸化炭素等様々なガスが存在している。一般に音響反射は媒質中の音響インピー ダンスの不連続によっておこり,その不連続性が高いほどよく反射する。従って,水中に おける気体(鰾内ガス)による反射は大きいと考えられる。
また,鰾が魚体の超音波反射の主要な要因とすれば,鰾の大きさや形状の変化により魚 体のTSも変化する。一般に魚の遊泳行動には日周性がみられ,遊泳姿勢や遊泳深度が一 昼 夜 で 変 化 す る こ と に よ っ て ,TSも 日 周 期 的 に 変 化 す る と 考 え ら れ る 。 本論文は,本文61頁,図56,表6から構成されている。
論 文 の 内 容 は ,魚 体の 音響 反射 に重 要な 影響 を与 える 鰾に 注目し ,大 型無 響水 槽
(12m x3mx 3m)および北海道倶多楽湖で実験を行なづたもので,まず,大型無響水槽にお いて東シナ海産10魚種と北海道倶多楽湖で漁獲したヒメマスの冷凍保存した標本を用い,
魚体の姿勢角をコンピュータで制御された回転装置を用いて変化させ,周波数28.5,50, 96.2kHzでTSのピッチ角特性を精密測定した。また,同時に軟X線装置による鰾の大きさ や形状の観察も行なった。一方,北海道倶多楽湖におけるヒメマス活魚を用いた実験では,
試作した魚体自動懸垂回転装置を使ってヒメマスのピッチ角や深度を変化させ,注射器を 用いた鰾内ガスの除去による鰾の有無や深度変化による鰾の大きさの変化によりTSがど のように変動するかを考察した。また,魚の日周行動による魚体姿勢の変化でTSがどう 変化するかを,ケージ(直径l.lm,高さIm)に入れた複数の活魚の魚群エコーや,デュア ルピーム魚探を用いて自然遊泳状態のヒメマスのTSを昼夜間連続で測定することにより 考察した。さらにその変化から魚体遊泳姿勢をコンピュータシミュレーションにより逆推 定した。この研究結果を以下の諸点にまとめた。
1)鰾の形態について,魚には無鰾魚と有鰾魚が存在し,有鰾魚では鰾が魚体の正中線に 対して後方に傾斜している。
2)TSの指向性の主軸は鰾と垂直な方向にあり,紡錘形の魚ほど顕著な反射指向性を有す る。また,高周波ほど多数の極を有し平均TSも小さい。
3)無鰾 魚で ある マナガツオのTSは,類似体型をした有鰾魚であるキダイ・カイヮりよ り約lOdB小さかった。ヒメマス活魚の鰾内ガスを注射器を用いて除去したところ,最大 TSで2〜7dB, 平 均TSで3〜lldB減 少 し た 。 ま た , ヒ メマ スの 深度 を急激 に増 加さ せ た時のTSの減少率は,鰾の容積がボイルの法則に従って深度の増加と共に小さくなると 仮定した気球モデルによく適合した。
4)ケージの中に入れた魚群のエコーエネルギーは,日出没をはさんで変化した。さらに,
魚群エコーから1個体当たりのTSを算出しその頻度分布をみたところ,分布型が時間帯に よって異なり,モードの位置も変化した。魚の姿勢の頻度分布が正規分布になると仮定し て,TSの頻度分布から魚の姿勢分布を推定したところ,昼間N(−3,30),日没時N(ー12。30)
,日没30分後N(O,30),日出30分前N(30っ30)となった。
5)デュ アル ビー ム魚探で観測した自然遊泳状態におけるヒメマスのTSの頻度分布に日 変化が認められた。特に,夕まずめから夜にかけてTSのモードが大きくなり,かつその 分散は小さくなる傾向が測定された。これは,夜間ヒメマスが活動を休止し,その姿勢を ほぽ水平に保持しているためと考えられた。
6)自然 遊泳 魚のTSの頻度分布におけるこれらの特徴は,理論モデルで推定したTSの姿 勢角特性と,正規分布で与えた魚の遊泳姿勢の分布を用いたコンピュータシミュレーショ ン で 再 現 で き , ま た そ の 結 果 か ら 魚 体 遊 泳 姿勢 の 逆 推 定 の 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 以上の諸点は,音響による資源調査の分野で,漁業資源現存量推定における精度を左右 する重要な基礎資料を得たとして評価できる。よって,審査員一同は,本論文が博士(水 産学)の学位論文として充分な内容であると認定した。