博 士 ( 水 産 学 ) 水 田 浩 之
学 位 論 文 題 名
褐藻 マコンブ (Lam み凡& r むa 丿叩 0 凡 fCQAreSChoug )胞子体に おける窒素利用機構に関する生態学的研究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
マコンブ(Laminaria japonica Areschoug)は,食用,工業及び医 薬原料あるいは飼肥料 として利用され,産業的に重要な海藻種である。また,沿岸域の生物生産を支える重要な役割を 担っている。1970年以降,養殖技術や促成技術の向上と共に養殖マコンブの生産が飛躍的に伸び た。しかしその一方で,天然マコンブの生産は年変動が大きくかっ滅少傾向の兆しがある(徳田 ら,1989)。マコンブの生産や品質は,その生育する水質環境によって大きく影響される。特に,
窒素が夏期におけるコンブ科藻類の生長を制限する事は,多くの研究者によって指摘されている (Chapman and Craigie,1977;German et al.,1987)。しかし,この生長制限因子である窒 素は,藻体内においてタンパク質や核酸等の構成成分として重要であるにもかかわらず,海藻の 窒素代謝に関する生理学及び生態学的研究は極めて乏しい。特に,海水中から取り込まれた窒素 の藻体内での変化及び移動にっいては,ほとんど調べられていないため不明な点が多い。藻体内 における窒素の挙動は,自然環境における藻体の生理状態の把握や生態学的窒素獲得機構を解明 する上で重要であると共に,人為的生産及び品質管理の上からも必要不可欠な知見と成り得る。
栄養塩制限に起因するコンブ科藻類の生産あるいは品質の低下に対し,その対応策の1っとして 窒素を主成分とする肥料の施肥が実施されている(近江,1960;Tseng et al.,1955)。その一方 で,山田(1966)が報告している海中施肥に関する対象生物の基礎的な生理機構や数多くの技術 的問題点等は解明されないまま残されている。
そこで本研究では,室内実験においてマコンブ胞子体の窒素利用特性及び窒素獲得機構を把握 し,経時的に変化する自然環境下での栄養状態の把握とそれに伴う窒素獲得戦略を解明する事を 目的とした。さらに基礎的な栄養生理及び生態の把握を行った上で,人為的な生産及び品質管理 の方法の1っとして施肥の有効性にっいても検討した。
その結果,自然環境下におけるマコンブ胞子体の生育環境は,一年を通じて高窒素環境期及び 低窒素環境期に区分され,高窒素環境期から低窒素環境期への移行は,植物プランクトンの春季
ブ ルー ミング によっ て生じ る事 が分か った。 この春 季ブル ーミ ングは 同時に ,主要窒素成分を,
高 窒 素 環 境 期 にお け るNOユ ― から低 窒素環 境期 におけ るNHイ+ へと 変化さ せてい た。NHイ゛を 単 一窒 素源と して胞 子体を 培養 した場合,高い吸収速度を持つ反面,その同化速度は極めて低く,
NH。゛の 蓄積を もたら す傾 向が認 められ た。一 方,NOヨ―を 窒素源 とし た場合 は,藻体内に取り 込 まれ た後速 やかに 同化さ れた 。この 事から 自然環 境にお ける 窒素源 の変化 は,マコンブ胞子体 の 窒 素 代 謝 を 大き く 変 化 さ せる要 因の1っで あると 考えら れた 。また ,N03―の付 カUは,NH4+ 取 り 込 み 及 び その 同 化 を 促 進し, 窒素獲 得に有 利なNHユ゛及 びNOヨ ―の同 時的な 取り込 み機 構 を 導 く 事 が 示 唆さ れ た 。 こ の様なNOヨーの 窒素 同化に 及ぼす 効果と 合わ せて, 藻体内 におい て 細 胞内 硝化能 カの可 能性が 示唆 され,NO。―が 窒素 源とし てだけ でなく 藻体内 での種々の代謝に 重 要な 役割を 果たし ている 事が 推察さ れた。
マコン ブ胞子 体の基 部及 び先端 部位において,その窒素代謝に関わる機能的相違が認められた。
胞 子体 基部付 近の組 織は, 分裂 組織の 場所で あると 同時に 無機 窒素の 取り込 み場所としての役割 が 優 先 し て い た。 ま た 先 端 部付近 の成熟 組織は ,無 機窒素 のアミ ノ酸へ の同化 及びNOヨ―や ア ミ ノ酸 の貯蔵 の場と しての 機能 が卓越していた。さらに,胞子体先端部付近の組織は高い異化(分 解 ) 代 謝 能 カ を持 つ 事 が 分 かっ た 。 同 時 に, そ の 異化 産物で あるNH4゛ が,グ ルタミ ン・シ ン セ タ ー ゼ(GS)に よ っ て再 同 化 さ れ る事 か ら , 異 化と 再 同 化 の 連 続的 な 代 謝を行 う能カ を持 つ て いる 事が明 らかに なった 。こ の異化 ・再利 用能カ は窒素 貯蔵 と共に ,低窒 素環境期における主 要 窒素 獲得機 構とし ての役 割を 担って いる事 が示唆 された 。
マコン ブ胞子 体は, 組織 間の機 能的役 割分担 に基 づき藻 体基部 及び先 端部両 方向へ無機窒素及 び ア ミ ノ酸の 窒素 輸送能 カを持 つ事が 分か った。 この輸 送機構 は,2組の ソース ・シ ンク関 係に 基 づく 窒素輸 送と定 義され た。 っまり 藻体基 部への 輸送は ,生 長ある いは個 体維持に関わる窒素 要 求の ための 輸送で あり, 可溶 性有機 窒素( 主にア ミノ酸 )の 輸送で 特徴付 けられた。一方,藻 体 先端 部への 輸送は 主に無 機窒 素の輸 送が認 められ たこと から ,無機 窒素同 化のための輸送であ る と考 察され た。こ の体内 窒素 輸送機 構は, 自然環 境下に おい ても活 発に働 いている事が現場に お ける 組織切 断実験 により 証明 され, 高窒素 環境期 におい ては ,藻体 基部及 び先端部両方向への 窒 素 輸 送 が 活 発に 行 わ れ て いた。 また, 藻体先 端部 組織の 切断除 去が基 部組織 にお けるC/N比 の 減少 を招く 事から ,この 時期 先端部 成熟部 位は基 部方向 への 炭素同 化産物 の供給源として窒素 に 比ベ 相対的 に重要 である 事が 分かっ た。ま た低窒 素環境 期に おいて は,藻 体基部への貯蔵窒素 及 び炭 素の基 部方向 への輸 送が 藻体の 生長維 持及び 生残に 大き く寄与 してい る事が明らかになっ た 。
自然 環境 下 にお ける マ コン プ胞 子体の窒素代謝 は,上述した窒素環 境の変化に対応し て,その 卓 越す る代 謝 から 以下 の 様に 区分 さ れた 。高 窒 素環 境期 に おい てはNOヨ→ 吸収・貯蓄 期に対応 し ,低 窒素 環 境期 に入 る と貯 蔵NO。 ―及 びア ミ ノ酸 利用 期 へ変 化す る 。こ の時期まで は胞子体 の高い生長 が認められる。さら に低窒素環境が続 いてくる.と胞子 体内の窒素代謝は, 先端部の異 化 代謝 に特 徴 づけ られ る 異化 (分 解).再利用期 に移り,顕著な末枯 れ現象が認められ てくる。
こ の様 な窒 素 代謝 の変 化 を把 握す る 際に ,最 大 生長 に関 わ る臨 界窒 素 含量(criticalNcontent) 及 び 生 存 に 関 わ る 最 低 窒 素 含 量 (subsistantNcontent)は有 用で あ り, マコ ン ブ胞 子体 に つ い ては ,乾 重量ベース で各々2.4%,1.3%であった。この2っの窒素 含有量は,人為的 生産及び 品質管理の 上からも良い指標で あると考察された。っまり,マコンブ胞子体において1.3%から2.4
% の窒 素含 有 量を 保つ 様 な人 為的 管 理が 望ま れ る。 この 知 見に 基づ き ,貯 蔵NO.,ー及 びアミノ 酸 利用 期及 び 異化 (分 解 )・ 再利 用期に行った栄 養塩の施肥実験は, 末枯れの抑制及び マコンブ の 品質 向上 を もた らす 事 が分 かっ た 。ま た, 施 肥の 窒素 成 分と して 上 述し たNOヨ―の 重要性か ら,NHユ゛ 及びNOヨ―の同時供 給が効果的である 事が示唆された。
以上 のよ う に, マコ ン ブ胞 子体 の生長過程及び 生理状態は窒素環境 と密接に対応して いる事が 分かった。 またこの際,胞子体 の組織間で異なっ た無機窒素の取り 込み,同化及び異化 活性と各々 の 窒素 代謝 を 結び 付け る 体内 窒素 輸送が相互に関 係し合い,窒素環境 の変化に適応して いること が明らかに なった。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 米 田 義 昭 副 査 教 授 籔 熈 副査 助教授 簗田 満
申 請 者は ,室 内 実験 におい てマコンブ胞子体 の窒素利用特性及 び機構を把握し,経 時的に変化 する 自 然環 境下 で の栄 養状態 の把握やそれに伴 う窒素獲得戦略を 解明することを目的 とし,さら に得 ら れた 知見 を 基に ,人 為 的な 生産 及 び品 質管理の方 法の1っ として施肥の有効性 にっいても 検討した。
自然環境下に おけるマコンブ胞 子体の生育環境は ,高窒素環境期及び 低窒素環境期に区分され,
高窒 素環境 期から 低窒素 環境期 への 移行が,植物プランクトンの春季ブルーミングによって生じ,
同 時に 主 要 窒 素 成 分が 高 窒 素 環境期 にお けるNOヨ ーから 低窒 素環境 期にお けるNH。+へ と変化 する 事を把 握した 。NH4゛を単 一窒 素源と して胞 子体を 培養し た場合,高い吸収速度を持つ反面,
そ の同 化 速 度 は 極 めて 低 く ,NH4゛ の 蓄 積を も た ら す 傾 向が あ り , 一 方N03ーを窒 素源と した 場合 は,藻 体内に 取り込 まれた 後速 やかに 同化さ れる事 が分 かった 。この 事から 自然環境におけ る窒 素源の 変化は ,マコ ンブ胞 子体 の窒素 代謝を 大きく 変化 させる要因の1っであると結論した。
ま た ,N03ー の 付 加 はNH4゛ 取 り 込 み 及び そ の 同 化 を促 進 し , 窒 素獲 得 に 有 利 なNHユ ゛ 及 び NOa― の同 時的な 取り込 み機構 を導 き,さ らに藻 体内に おいて 細胞内硝化能カの可能性が示され,
NOヨ ― が 窒 素 源と し て だ け でな く藻 体内で の種々 の代謝 に重 要な役 割を果 たして いると 推察 し た。
マコ ンブ胞 子体先 端部 及び基 部の組 織間に おいて ,上 述した 窒素代 謝活性 は大 きく異なり,組 織間 に機能 的役割 分担が 存在し てい る事を 明らか にした 。っ まり基 部付近 の組織 は,分裂組織の 場所 である と同時 に無機 窒素の 取り 込み場 所とし ての役 割が 優先し ,先端 部付近 の成熟組織は,
無 機窒 素 のア ミノ酸 への同 化,N03− やアミ ノ酸の 貯蔵の 場及 び異化 代謝が 卓越し ていた 。同 時 に ,そ の 異 化 産 物 であ るNH4゛ が , グ ル タミ ン ・ シ ンセ ター ゼによ って再 同化さ れる事 から , 異化 と再同 化の連 続的な 代謝を 行う 能カを 持って いる事 を確 かめ, 低窒素 環境期 における主要な 窒素 獲得機 構とし ての役 割を担 って いる事 を示唆 した。 この 様な組 織間の 機能的 役割分担に基づ く 藻体 基 部及 び先端 部両方 向へ の窒素 輸送能 カを持 つ事か ら,2組の ソー ス・シ ンク関 係に基 づ く窒 素輸送 と定義 した。 っまり 藻体 基部へ の輸送 は,生 長あ るいは 個体維 持に関 わる窒素要求の ため の輸送 であり ,アミ ノ酸の 輸送 で特徴 付けら れた。 一方 ,藻体 先端部 への輸 送は無機窒素の 輸送 で特徴 付けら れる窒 素同化 のた めの輸 送であ る。こ の体 内窒素 輸送機 構は, 自然環境下にお いて も活発 に働い ている 事が現 場に おける 組織切 断実験 によ り証明 され, 高窒素 環境期において は, 藻体基 部及び 先端部 両方向 への 窒素輸 送が活 発に行 われ ており ,特に 藻体先 端部組織の切断 除 去が 基 部 組 織 に おけ るC/N比 の 減 少 を 招く 事 か ら ,こ の時 期先端 部成熟 部位は 基部方 向へ の 炭素 同化産 物の供 給源と して窒 素に 比ベ相 対的に 重要で ある 事が分 かった 。また 低窒素環境期に お い て は , 貯 蔵 窒 素 及 び 炭 素 の 藻 体 基 部 方 向 へ の 輸 送 が 活 発 で あ る 事 を 明 ら か に し た 。 自然 環境下 におけ るマ コンブ 胞子体 の窒素 代謝は ,上 述した 窒素環 境の変 化に 対応して,その 卓越 する代 謝から 以下の 様に区 分し た。高 窒素環 境期に おい てはNOヨ 一吸収 ・蓄 積期に対応し,
低 窒素 環 境 期 に 入 ると 貯 蔵NOユ 一及 びアミ ノ酸利 用期へ 変化 する。 この時 期まで は胞子 体の 高 い生 長が認 められ る。さ らに低 窒素 環境が 続いて くると 胞子 体内の 窒素代 謝は, 先端部の異化代
謝 に特徴 づけ られる 異化( 分解) ・再利 用期 に移り ,顕著 な末枯 れ現 象が認 められてくる。この 様 な窒素 代謝 の変化 を把握 する際 に,最 大生 長に関 わる臨 界窒素 含量 及び生 存に関わる最低窒素 含 量は有 用で あり, マコン ブ胞子 体においては,乾重量ベースで各々2.4%,1,3%である事を示 し た 。こ の2っ の窒 素含有 量は, 人為的 生産及 び品 質管理 の上か らも良 い指 標であ り,1.3%か ら2.4% の窒素 含有量 を保つ 様な 人為的管理が望まれる。この知見に基づき,低窒素環境期に行っ た 栄 養 塩 の 施 肥 実 験 は , 末 枯 れ の 抑 制 及 び 品 質 向 上 を も た ら す こ と が 分 か っ た 。 審 査委 員は, 胞子体 の組織 問に は異な った無 機窒素 の取り 込み ,同化 及び異化活性と体内窒素 輸 送機構 が相 互に関 係し合 い,窒 素環境 の変 化に適 応し, 生長あ るい は個体 維持をしている事を 解 明した 点, 及びマ コンブ 養殖の 管理と 品質 向上に 資する もので ある 点を評 価し,申請者が博士
( 水産学 )の 学位を 受ける 資格あ りと判 定し た。