博士(農学)駒木 学位論文題名
乳牛改良の計量経済学的分析 学位論文内容の要旨
泰
現在,酪農家の乳牛改良は自家育成牛を中心とした更新を通じて行われているが,その「生物 学的技術進歩」の経済的評価にっいては,これまで実態的にも計量的にも充分には明らかにされ ていなかった。乳牛改良は,生乳産出の手段としての乳牛の改良効果追求と個体販売を目標とす る乳牛改良の効果追求という複合的な乳牛改良目標があるが,本論では改良効果を生乳生産の量 的,質的向上として把え,酪農家の収益性向上の要因としての,農家レベルにおける乳牛改良の あり方にっいて考察を行ったものである。
本論文の第1の課題は,これまでのわが国における乳牛改良技術の特徴を把握し,それらの特 徴を規定する諸要因を明らかにすることであり(第2章,第3章,第4章),第2の課題は,酪 農家にもたらした乳牛改良の経済効果を明らかにすること(第5章,第6章)であり,第3の課 題は,個体販売対象としての乳牛に作用する乳牛改良の諸要因を明らかにすること(第7章)で ある。
第1章では,本論文の課題を設定し,さらにこれまでの乳牛改良の経済性に関する既往の研究 成果を概観している。
第2章では,研究普及組織による乳牛改良技術の酪農家への普及体制の発展から,それら改良 組織の農家段階の乳牛改良に果たした役割を明らかにしている。
近年,人工授精の普及に後代検定事業と精液の輸入規制緩和とが結びっくことにより,農家の 利用可能な種雄牛の選抜範囲が広がり,乳牛改良に大きく貢献している。また,広汎な乳検情報 の普及は,自家育成を中心とした個別農家の乳牛改良のスピード化を押し進める一方で,その農 家の経営条件による乳牛の選抜・淘汰の基準のちがいから,酪農家の採用する乳牛改良技術の個 別的性格を強めてきている。ここでは,公的な乳牛改良制度が酪農家の技術進歩を押し進める一 方,酪農家の技術進歩が逆に後代検定制度や精液の輸入制度の変更を進めるという,改良制度と 技術進歩との相互依存関係を指摘している。乳牛改良はその本源的資源を国外に求めることが多 く,かっ改良インフラストラクチュアの構築には多大の投資と専門集団とを必要とするが故に,
高 度 な 改 良 技 術 を 普 及 さ せ る た め の 組 織 ・ 制 度 は 重 要 な 役 割 を も っ て い る 。 第3章 では, 酪農 家の採 用して いる乳 牛改 良技術 の特徴 と経済 的意義 にっ いて, 大樹町 酪農家 160戸 の 調 査 を 通 し て , 乳 量 水 準 と の 関 連 に お い て , こ れ を 明 ら か に し て い る 。 まず, 種雄牛 の選抜 ,乳牛 の淘 汰,基 礎牛の 確保と いっ た改良 手段は ,いわ ば酪農家にとって 基 礎的基 準で あり, 生乳生 産の量 的お よび質 的向上 をもた らす。 改良 目標を 生乳の量的,質的向 上 のみに おく 農家は 少なく ,大部 分は複数の目標を有する。体型,乳器の形状改良などが加わる。
改 良目的 のひ とっが 乳牛の 体型改 良に あると するの は,乳 牛個体 から の将来 収益を期待したもの で もある が, 酪農家 の間に は,生 産物 として の乳牛 という 意識も 強い といえ る。また,父方から の 改良は ,遺 伝的貢 献度は 大きい が, その成 果が精 液利用 酪農家 のす べてに 与えられるため,他 よ りより 高い 生産性 を目指 すには ,基 礎牛に よる改 良も重 要であ る。 母方か らの改良効果は,そ の 遺伝的 貢献 度は相 対的に 小さい ので ,経営 内にお ける厳 しい選 抜・ 淘汰に よってより高能カな 基 礎牛を 確保 し,牛 群内に 多くの 高能 カな後 継牛を 飼養す ること が牛 群全体 の資質向上に大きく 影 響する 。
第4章 では ,大樹 町乳検 デ一夕 から130戸 が淘汰 した823頭を対象(昭和63年)としてとり上げ,
そ れらの 生産 供用年 数と, 産乳量 ,体 細胞数 ,頭数 規模, 利用乳 検情 報等と の相関関数を,「生 存 時間解 析法 」を適 用し分 析を行 った 。その 結果, 乳量, 乳脂率 が低 いほど ,また,乳期あたり の 搾乳日 数が 標準よ りも長 い乳牛 ほど 淘汰さ れ易い こと, また, 乳検 情報が 生産者による個体淘 汰 に強い 景彡 響を及 ばして いるこ とが明らかにされた。さらに,大規模で,高乳量水準にある酪農 家 ほど淘 汰期 間を早 めてお り,こ のこ とは, これら の層に おいて 技術 進歩の スピードがより速い こ とを暗 示し ている 。また 「体細 胞ペ ナルテ ィ」の 圧カが 酪農家 の乳 牛の淘 汰期間を速めている こ とにも 注意 する必 要があ る。し かし ,体細 胞数に 関する 乳検情 報の 利用の 仕方によっては,個 別 酪農経 営の 生産性 の向上 を損な いか ねない ことも 明らか になっ た。
第5章 では, 酪農 経営に おける 乳牛投 入に よる生 産性向 上の貢 献度を トラ ンス口 グ費用 関数を 用 いて計 測し た。北 海道牛 乳生産 費調 査デ一 夕(昭 和44〜 61年)が用いられた。生産性向上の要 因 を「技 術進 歩」と 「規模 の経済 」とに分け,それらの効果の分離とともに「技術進歩の偏向性」
の 計測も 行っ た。そ の結果 ,「技 術進 歩」の 貢献度88%, 従って 「規模 の経済 」の貢献は12%と 計 測され た。 さらに 投入要 素のコ スト シェア の滅少 傾向か ら「乳 牛投 入」が 技術進歩の大きな要 因 となっ てい ること を明ら かにし た。 それは 乳牛の 質的向 上によ るも のとみ なされ,それを補完 す るもの とし て購入 濃厚飼 料の増 投が なされ たこと を指摘 した。 投入 要素の 中で,乳牛改良によ り 年を追 って 乳牛投 入の効 率化が 進め られて いるこ とは, 年次的 な生 乳費用 関数の下方シフトを
通 じても 実証さ れて いる。
第6章 では, 酪農経 営の 生産性 向上を ,酪農 家の 平均産 乳量の 増加と して把 え, 農水省 北海道 牛 乳 生 産 費調 査 農 家の 中から ,1頭当た り平 均産乳 量が4年間 に亙ル ヒ昇し 続けて いる 農家の み を 選び出 し(15戸), 生産要 素とし ての 乳牛投 入の位 置づけ を考察 した。具体的には生乳生産に お ける技 術的・ 経済 的効率 性をノ ンパラ メトル ック な計測 方法に より分析した。乳価据置と生産 割 当が開 始され た昭 和54〜57年 にお いて,1頭 当たり 平均乳 量増加 の一 方で, 生産の 非効率 性が み られる 酪農家 群の 存在を 見出し ,それ らの農 家の 非効率 性の要 因が自給飼料生産部門の費用過 剰 にある ことを モデ ルから 実証し ,とく にそれ が飼 料生産 部門の 固定資本投入の過剰に起因する こ とを明 らかに した 。また ,購入 飼料中 心で質 的に すぐれ た乳牛 を飼養することによって乳量を 増 加させ た酪農 家の 間に, 経済的 に効率 的農家 が多 いこと を明ら かにしている。他方,個体乳量 の 増加と 経済効 果と を実現 した酪 農家は ,自給 飼料 生産の ために 固定資本の多投に頼るよりも,
要 素価格 の変化 に弾 力的に 対応し うる購 入飼料 の依 存度を 増す方 が,新たな均衡への調整速度が 早 かった のでは ない かとの 示唆を 得てい る。
第7章 では, 酪農家 の後 継牛導 入の目 的およ び初 妊牛の 売買条 件を大 樹町酪 農家 の調査 により 把 握し, 初妊牛 の市 場取引 価格デ ータを 用いて ,「数量化I類分キ斤」を援用しながら,初妊牛の 価 格形成 要因を 明ら かにし た。生 産性の 向上を 目的 とした 後継牛 導入の場合で,産乳能カをもヮ と も重要 視して いる という 点で一 致して いる。 また ,父牛 ,曾祖 母,祖母,母牛からの遺伝が市 場 価格に 大きな 影響 を与え ること を実証 した。 遺伝 が価格 形成要 因に大きな位置を占めていると い うこと から, 乳牛 価格を シグナ ルとし て,乳 牛改 良の成 果が評 価されていることを明らかにし て いる。
以 上,北 海道 におけ る乳牛改良の実態把握とその計量的な経済的効果を明らかにした本論文は,
計 量経済 学的分 析方 法を駆 使して ,乳牛 改良の 経済 効果推 定とい う学際的分野に挑戦した貴重な 研 究であ り,酪 農家 の収益 性の向 上とい う課題 を考 える上 で,き わめて示唆に富む研究である。
学位論文審査の要旨
乳牛改良には,生乳産出の増加と個体販売時の価格効果という複合的な改良目標があるが,本 論文では,酪農家の収益性向上の要因としての乳牛改良のあり方にっいて計量経済学的な分析を 行ったものである。
本論文の第1の課題は,これまでのわが国における乳牛改良技術の特徴を把握し,それらの特 徴を規定する諸要因を明らかにすることであり(第2章,第3章,第4章),第2の課題は,酪 農経営にもたらした乳牛改良の経済効果を計量経済学的に明らかにすること(第5章,第6章)
であり,第3の課題は,個体販売対象としての乳牛に作用する乳牛改良の諸要因を明らかにする こと(第7章)である。
計量的分析に先立ち,大樹町酪農家160戸の調査を通して,酪農家の採用している乳牛改良技 術の特徴と経済的意義を,乳量水準との関連において明らかにしている(第3章)。種雄牛の選 抜,乳牛の淘汰,基礎牛の確保といった改良手段は,いわば酪農民にとヮて基礎的基準である。
改良目標を生乳の量的,質的向上のみにおく酪農家は少なく,大部分は複敬の目標を育する。す なわち体型,乳器の形状改良などが加わる。父方からの改良による遺伝的貢献度は大きいが,そ の成果は精液利用酪農家のすべてに及ぷ。より高い生産性を目指すには,経営内における厳しい 選抜・淘汰によってより高能カな基礎牛を確保し,牛群内に多くの高能カな後継牛を飼養するこ とが重要である。
「乳牛の生産供用年数に関する分析」(第4章)においては,昭和63年の大樹町乳検デ一夕か ら,淘汰牛823頭を対象とし,「生存時間解析法」を適用し生産供用年数の分析を行った。その 結果,乳量,乳脂率が低いほど,また,乳期あたりの搾乳日数が標準よりも長い乳牛ほど淘汰さ れ易いこと,また,乳検情報が生産者による個体淘汰に強い影響を及ぼしていることが明らかに された。さらに,大規模で高乳量水準にある酪農家ほど,淘汰期間を速めており,これらの層に おいて乳牛改良のスピードがより速いことを暗示している。また「体細胞ペナルティ」が酪農家 の乳牛の淘汰期間を速めているが,体細胞数に関する乳検情報の利用の仕方によっては,個別酪 農経営の生産性の向上を損ないかねないことも明らかになった。
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征 雄
生
俊
長
間 柳
戸
天 黒
七
授 授
授
教 敦
教
査 査
査
主 副
副
「乳牛 資本 投入の 費用関 数分析 」(第5章 )では ,乳 牛資本 による 生産性 向上 への貢 献度を , 北 海道牛 乳生 産調査 (昭和44〜46年)を用いたトランス口グ費用関数の計測により明らかにした。
「 技術進 歩」 の貢献 度は880/,「規 模の経 済」の 貢献 は12%と 推計さ れた 。さらにコストシェア の 減少傾 向か ら,「 乳牛投 入」要 素が技 術進 歩の大 きな要 因とな って いることを明らかにした。
そ れは乳 牛の 質的向 上によ るもの とみな され ,乳牛 改良に より効 率化 が進められていることは,
年 次的な 生乳 費用関 数の下 方シフ トを通 じて も実証 されて いる。
「継続 的乳 量増加 酪農家 の技術 的・経 済的 効率性 の分析 」(第6章 )では ,北 海道の 牛乳生 産 費 調査 農家の 中から ,乳 価据置 と生産 割当が 実施 された 昭和54‑‑‑57年 の4年間に わたり ,1頭当 た り平均 産乳 量が上 昇し続 けてい る農家 のみ を選び 出し, 生乳生 産に おける技術的・経済的効率 性 をノン パラ メトリ ックな 計測方 法によ り分 析した 。相対 的に生 産の 経済非効率性がみられた酪 農 家群に っい ては, その要 因が, 自給飼 料生 産部門 の高費 用にあ るこ とを実証し,とくにそれが 飼 料生産 部門 の固定 資本投 入の過 剰に起 因す ること を明ら かにし た。 また逆に,購入飼料中心で 乳 量を増 加さ せた酪 農家に ,経済 的に効 率的 農家が 多いこ とを明 らか にしている。すなわち,自 給 飼料生 産の ために 固定資 本を多 投する より も,購 入飼料 への依 存度 を増す方が,新たな均衡へ の 調整速 度が 早かっ たので はない かとの 示唆 を得て いる。
「 家畜 市場に おける 初妊牛 の価 格形成 要因に 関する 分析」 (第7章) では,「数量化I類分析」
を 援用し なが ら初妊 牛の価 格形成 要因を 明ら かにし た。そ の結果 ,父 牛,曾祖母,祖母,母牛か ら の遺伝 が市 場価格 に大き な影響 を与え るこ とが明 らかと なり, 乳牛 価格に,乳牛改良の成果が 表 れてい るこ とを明 らかに してい る。
以 上, 本論文 は,計 量経済 学的 分析方 法を駆 使して ,乳牛 改良 の経済 効果推定という学際的分 野 に挑戦 した 貴重な 研究で あり, きわめ て示 唆に富 む研究 である とい えよう。よって審査員一同 は , 別 に 行 われ た 学 力 確認試 験の 結果と 合わせ て,本 論文 提出者 駒木泰 は博士 (農学 )の 学位 を 受ける 十分 な資格 がある ものと 認定し た。
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