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(1)

確率的部分空間法を援用した実稼働モード推定と 有限要素モデルの精緻化手法に関する研究

2019年7月

長崎大学大学院工学研究科

田代 大樹

(2)
(3)

目 次

第 1 章 序論 --- 1

1.1 研究の背景 --- 1

1.1.1 社会的背景 --- 1

1.1.2 維持管理上の背景 --- 3

1.2 既往の研究 --- 6

1.2.1 センサおよびモニタリング技術に関する研究 --- 6

1.2.2 構造同定に関する研究 --- 7

1.2.3 最適化手法を用いた Model Updating 法に関する研究 --- 8

1.3 研究の目的 --- 9

1.4 論文構成 --- 10

【第 1 章の参考文献】 --- 11

第 2 章 確率過程に基づく部分空間法による構造同定法の誘導 --- 16

2.1 離散化された状態方程式の定義 --- 16

2.1.1 運動方程式の状態空間表示 --- 16

2.1.2 状態方程式の離散化 --- 17

2.2 特異値分解による正準変数と正準相関係数の定義 --- 18

2.3 データ行列の正準変数による表現 --- 21

2.3.1 データ行列のブロックハンケル行列とブロックテプリッツ行列 --- 21

2.3.2 データ行列の正準変数への変換 --- 23

2.4 前進マルコフモデル --- 26

2.4.1 観測データのベクトル表現 --- 26

2.4.2 前進状態変数の表現 --- 27

2.4.3 カルマンフィルタの誘導 --- 29

2.4.4 前進イノベーション

e (k )

の誘導 --- 32

2.4.5 外力雑音

w (k )

の前進イノベーション

e (k )

の表現 --- 34

2.5 後進マルコフモデル --- 37

2.5.1 観測データのベクトル表現 --- 37

2.5.2 後進状態変数の表現 --- 37

2.5.3 カルマンフィルタの誘導 --- 40

2.5.4 後進イノベーション

e ( )

k の誘導 --- 42

2.5.5 外力雑音

w ( )

k の後進イノベーション

e ( )

k の表現 --- 44

(4)

第 3 章 実稼働モード推定のための確率部分空間同定法の構築 --- 47

3.1 各種データ行列の定義 --- 47

3.1.1 データ行列の定義 --- 47

3.1.2 観測データから状態変数を取得 --- 51

3.2 前進モデルの射影の QR 分解による表現 --- 52

3.2.1 ブロックハンケル行列の QR 分解 --- 52

3.2.2 射影行列

P

kの QR 分解による表現 --- 53

3.2.3 射影行列

P

k 1の QR 分解による表現 --- 55

3.3 前進イノベーションモデルによる構造同定 --- 57

3.3.1

O

kの最後の n 列を削除して

O

k 1を得る方法 --- 57

3.3.2 システム行列の推定 --- 58

3.4 後進モデルの射影の QR 分解による表現 --- 61

3.4.1 ブロックハンケル行列の QR 分解 --- 61

3.4.2 射影行列

B

kの QR 分解による表現 --- 62

3.4.3 射影行列Bk 1の QR 分解による表現 --- 65

3.5 後進イノベーションモデルによる構造同定 --- 66

第 4 章 実稼働モード推定のための構造同定条件に関する解析的検討 --- 69

4.1 はじめに --- 69

4.2 構造同定手法の運用性の評価方法 --- 69

4.2.1 実稼働モード推定の方法 --- 69

4.2.2 応答の生成 --- 70

4.2.3 運用性の評価項目と方法 --- 71

4.3 各手法の運用性の解析的検討 --- 73

4.3.1 同定パラメータの影響 --- 73

4.3.2 計測条件の影響 --- 83

4.4 実稼働モード推定のための同定手法の応用 --- 86

4.4.1 SSI の応用法の提案 --- 86

4.4.2 従来手法との比較 --- 87

4.5 まとめ --- 89

【第 4 章の参考文献】 --- 90

第 5 章 実応答データを用いた確率的部分空間法の同定条件に関する検討 --- 91

5.1 はじめに --- 91

5.2 実応答に対する同定計算の推定精度に関する検討 --- 91

5.2.1 対象橋梁と計測概要 --- 91

(5)

5.2.2 検討方法 --- 93

5.3 実応答を用いた検討結果 --- 94

5.3.1 解析的検討における適正パラメータによる推定 --- 94

5.3.2 特異ベクトル長の影響 --- 97

5.3.3 初期モデル次数 --- 99

5.4 交通振動を用いた検討結果 --- 106

5.4.1 特異ベクトル長の影響 --- 106

5.4.2 初期モデル次数 --- 108

5.5 まとめ --- 111

【第 5 章の参考文献】 --- 112

第 6 章 構造同定手法を援用した有限要素モデルの精緻化 --- 113

6.1 はじめに --- 113

6.2 有限要素モデルの精緻化手法に関する検討 --- 114

6.2.1 最適化問題としての定式化 --- 114

6.2.2 最適化方法 --- 114

6.2.3 最適化計算に基づく精緻化手法の構築 --- 120

6.3 モデルパラメータの自動更新手法の構築 --- 121

6.3.1 使用ソフトウェアと実行環境 --- 121

6.3.2 最適化計算の方法 --- 122

6.3.3 目的関数計算プログラム --- 124

6.4 簡易構造系における精緻化手法の検証 --- 125

6.4.1 対象構造と振動特性 --- 125

6.4.2 簡易構造系のモデル化と精緻化 --- 126

6.5 実構造系における精緻化手法の検証 --- 131

6.5.1 対象橋梁 --- 131

6.5.2 振動特性の推定 --- 132

6.5.3 実構造系のモデル化と精緻化 --- 134

6.5.4 疲労寿命の推定 --- 138

6.6 まとめ --- 140

【第 6 章の参考文献】 --- 141

第 7 章 統計分析手法を援用した振動特性の推定と遺伝的アルゴリズムの適用性検証 ---- 143

7.1 はじめに --- 143

7.2 統計分析手法を援用した振動特性の推定 --- 143

7.2.1 カーネル密度推定 --- 143

(6)

7.2.2 固有振動数の自動抽出方法 --- 144

7.2.3 橋梁の全体振動系に対する抽出結果の検証 --- 144

7.2.4 橋梁の部材振動系に対する抽出結果の検証 --- 149

7.3 精緻化に用いる最適化計算手法 --- 161

7.3.1 最適化計算手法の選定 --- 161

7.3.2 遺伝的アルゴリズムによる最適化計算方法 --- 163

7.4 全体系構造モデルによる精緻化手法の検証 --- 164

7.4.1 対象構造のモデル化 --- 164

7.4.2 最適化計算のための条件設定 --- 168

7.4.3 精緻化の結果 --- 171

7.5 部材系構造モデルによる精緻化手法の検証 --- 177

7.5.1 対象構造のモデル化 --- 177

7.5.2 最適化計算のための条件設定 --- 179

7.5.3 精緻化の結果 --- 182

7.6 まとめ --- 186

【第 7 章の参考文献】 --- 187

第 8 章 結論 --- 189

謝辞 --- 195

(7)

第1章 序論

1.1 研究の背景 1.1.1 社会的背景

国内の社会インフラの多くが 1960 年代の高度経済成長期以降に大量に整備され,我が国の経済成 長と国民生活の向上に大きな役割を果たしてきた.重要構造物であり社会インフラの代表格である橋 梁においては,国内における橋長2m以上のストック総数が約73万橋にも及んでおり,そのうちの9 割以上を占める約66万橋は地方公共団体が管理している(図-1.1.11-1).特に,地方公共団体の中で も都道府県や政令市を除く市町村が管理する橋梁は全体の約66%の約48万橋にも及んでいるが,財 政規模が小さく,少子高齢化に伴う社会福祉費の負担増等による公共投資の縮減傾向も重なって,町 では全体の約 26%,村では全体の約 64%が橋梁管理に携わる土木技術者を保有できていない(図- 1.1.21-1).さらに,図-1.1.31-1)より,完成から50 年以上経過した橋梁は 2018 年時点で約 25%の約 18.3万橋であるのに対し,10年後の2028年には約50%の約36.5万橋に達すると言われており,老朽 化した橋梁の維持管理費の増大や重大損傷の顕在化が懸念されている。

一方,図-1.1.41-2)は公共事業関係費の推移を示したものであるが,バブル期であった平成 10 年度 の約14.9兆円をピークとして徐々に減少傾向にあったが,近年では約78兆円前後でほぼ横ばいの 水準を保っている.これは,公共事業費の安定的な確保により,防災・減災対策強化のための個別補 助や老朽化対策,生産性向上のためのインフラ整備への重点化を推進するという国の方針に対して,

近年の多発する災害や東京オリンピックなどの大型イベントの開催が後押しするかたちで国民の理解 を得やすい状況にあるためと考えられる.しかし,前述した社会保障費や老朽化橋梁の修繕費の増大 傾向を鑑みると,限られた予算や人員の中で合理的かつ効率的に維持管理を実施し,安全・安心を確 保しつつライフサイクルコストの縮減を図ることが喫緊の課題となっている.

(8)

図-1.1.1 道路管理者別橋梁数1-1) 図-1.1.2 橋梁管理に携わる土木技術者数1-1)

図-1.1.3 建設年度別橋梁数と建設後50年を経過した橋梁の割合1-1)

-2-

(9)

図-1.1.4 公共事業関係費の推移(昭和58年~)1-2)

1.1.2 維持管理上の背景

(1)橋梁点検とその利活用について

我が国における橋梁の維持管理に関しては,201212月に発生した笹子トンネルの崩落事故を契 機として平成2592日に道路の維持又は修繕に関する道路法第42条が改正され,道路管理者は 道路の維持・点検・措置を講ずることが規定された.これに基づき,道路法施行規則において具体的 な基準等を定めるために,「道路法施行規則の一部を改正する省令」及び「トンネル等の健全性の診断 結果の分類に関する告示」が平成26331日に公布され,同年71日より施行された.この省 令・告示により,橋梁やトンネル等では5年に1回の近接目視点検の実施や,健全性の診断を4段階 で区分すること等が義務化され,点検 診断 措置 記録によるメンテナンスサイクルを継続して実 施することが規定された.そして,本改正の趣旨に沿った要領として平成26 6 月に道路橋定期点 検要領1-3)(以下,点検要領)が改訂されたが,少子高齢化による技術者不足や財政難に苦しむ地方自 治体では必要な維持管理費用を確保できないなどの問題が生じており,効率的な維持管理による安全・

安心の確保とライフサイクルコストの縮減を図ることが課題となっていた.そのため,点検方法の効

(10)

率化,点検の質の向上,活用の目的に沿った記録様式の提示,措置の定義の明確化の4点を重要改定 点として平成312月に改訂1-4)されている.この平成31年版の点検要領に依れば,近接目視と同等 の要求性能が満足されれば,部材等の一部について必ずしも近接しないことも選択できることが示さ れるなど,ロボット等の点検支援技術の活用を念頭にした改訂内容となっており,新技術利用の際の ガイドライン(案)1-5)とともに性能カタログ1-6)が参考資料として提示されている.さらに,点検後の 措置についてもその定義が必ずしも補修補強を実施することではなく,定期的あるいは常時の監視等 の対応も含むことが明確化されている.すなわち,点検において有効な性能評価手法やモニタリング 技術の導入を積極的に歓迎するものであり,今後の技術開発が期待されているところである.

橋梁点検において損傷が発見されると,損傷の程度に応じた補修補強等の対策が講じられることに なるが,橋梁点検結果はあくまで要対策橋の抽出および要対策橋梁の優先順位付けとして定性的に用 いられているのが国内の現状であり,点検結果を活用した構造物の定量的な性能評価により既設橋の 現有性能を把握するまでには至っていない.一方で,海外においては既設橋の性能評価として目視点 検と連動した性能照査型維持管理手法が米国やカナダ等ではすでに一部実用化されている事例1-7) -1- 9)

がある.例えば,米国では定期点検と同時に活荷重に対する耐荷性能を評価するLoad Rating(LR)が 義務付けられており,基準とする設計活荷重に対してその何倍の耐荷力を有するかを表すRating Factor

(RF)で表すために,抵抗や荷重に関わる係数を点検結果から定量的に設定する荷重係数及び抵抗係 数評価法(LRFRLoad and Resistance Factor Rating)が規定されている.しかし,これらの手法を我が 国においても適用できるかについては十分な検討が必要であり,地震の影響に対する耐荷性能の評価 方法や運輸・輸送実態を鑑みた信頼性指標の設定が必要である等,導入においては課題が多い状況で ある.また,性能評価においてセンシング技術を活用しようとする取り組みが一部で始まっているも のの,要求性能水準の算出方法の検証や評価は極めて難しい問題であり,性能評価の定義も含めて適 切な評価システムの確立が課題となっている.

(2)維持管理に活用が期待される技術

効率的な維持管理に資する技術の一つとして、橋梁振動等のモニタリング技術を活用した維持管理

-4-

(11)

手法に関する研究が多方面で実施されてきている。モニタリングに関する既往の研究としては、遠隔 モニタリング技術や構造同定に関する研究が多く、計測結果の評価についても損傷検知に主眼を置い た構造ヘルスモニタリング(Structural Health MonitoringSHM1-10) - 1-12)に関するものが多い。しかし、

これらの研究成果を実現場に適用する際には、実損傷に対して指標となる固有振動数等の感度が低い ことや、機器メンテナンスの手間等の課題により普及には至っていない。

また,モニタリング結果を維持管理に活用する事例として,モニタリングにより得られた情報を有 限要素法(Finite Element Method:FEM)にフィードバックすることで,実構造物の詳細な応答を解析 により再現するModel Updating1-13, 1-14)への活用ができると考えられる.一般に,実構造物のFE デルはその設計値と構造条件に基づいて構築されるが,実際の構造は材料特性のばらつき,部材の製 作品質,荷重,劣化・損傷等をはじめ,様々な不確実性が含まれることが想定されるため,最適なFE モデルパラメータの値の推定によって精緻な FE モデルが構築されれば,実構造物の応答を精度良く 解析で再現することが可能となる.さらに,精緻な FEモデルを作成する過程において部材の剛性の 低下や支持条件の初期値からの変化などの結果が正しく得られた場合は,モデルパラメータの変化か ら構造物の損傷・劣化位置が推定され,構造物のヘルスモニタリング・維持管理の一部にも貢献でき ると考えられる.また,既設橋の維持管理だけでなく新設橋においても,施工時の各段階をモニタリ ングしながら順次施工することで確実かつ安全な施工管理を実現できると考えられる.

ここで,FEモデルの精緻化は構造物から得られる応答や特性に基づいて行わなければならない.実 構造物から得られる代表的な応答として,変位やひずみなどが挙げられる.しかし,これらの応答を 用いて FE モデルの精緻化を行うためにはそれぞれの計測に加え,荷重などの構造物に対する入力の 情報をあらかじめ精度良く把握しておく必要がある.また,供用下にある構造物では,交通規制を伴 う載荷試験などは容易でないことが想定される.

一方,実構造物から観測される特性として固有振動数や固有モード,減衰定数で表される振動特性 がある.近年では振動特性の変化から構造物の健全度を評価する振動モニタリングに関する研究が盛 んに進められており,振動特性は構造物の健全度を示す上でも極めて重要な指標とされている.また,

振動特性の推定方法である構造同定手法(1.2.2 に詳述)に関する精力的な研究により,入力が明ら

(12)

かでない構造物の加速度応答から,構造物の振動特性を高精度かつ短時間で同定することが可能にな りつつある.振動特性は計測応答を用いて構造同定計算を行うことで推定されるが,近年のセンサ技 術や電子機器の発達に伴い,橋梁などの大規模な構造物においても速度や加速度の計測が比較的容易 になりつつある.加えて,慣性計測は変位やひずみなどの静的な応答の計測と比較して容易であると いうメリットがあることから,維持管理への活用が期待されている.

1.2 既往の研究

1.2.1 センサおよびモニタリング技術に関する研究

構造ヘルスモニタリングの事例が増えつつあることの背景には、センサ技術や通信技術の急速な進

展がある1-15)。藤野ら1-16)はレーザードップラー速度計(LDV)を用いて構造物の振動特性および外力

同定を非接触センシングによって行うシステムを確立した。宮下ら1-17)LDVによる非接触センシン グを利用して、鉄道鋼箱桁橋の主桁ウェブ垂直補剛材に生じた変状によるモード形状の変化を同定し

た。上半 1-18)も、鉄道橋の桁たわみ測定や橋脚の洗掘調査としての衝撃振動試験への応用性を研究し

ている。辻ら1-19)は高速カメラを用いた低周波振動源の非接触センシングを試みている。長山ら1-20) MEMSMicro Electro Mechanical Systems)技術を利用して無線通信機能と演算処理能力を有するスマ ートセンサを開発し、熊本地震後の被災橋梁に対する実験等によりその有効性を示した。石井ら 1-21) は効率的なデータ収集を目的にコンパクトな車載型の計測装置を用いた移動計測システムの開発を目 指している。岡林ら 1-22)は急速に高度化したデジタル通信ネットワーク網を利用して遠隔地で長期モ ニタリングする技術を開発した。奥松ら 1-23)はこの長期遠隔モニタリングシステムを用いて、鋼ラン ガートラス橋の約1年間の振動計測を行い、温度変動に伴う 15Hzまでのモードの振動数変化が±1

2%生じたという、振動数をベースとした健全度評価を行う上での重要な知見を得た。また,海外に おいても構造物の振動計測から構造特性を同定し,その変化から損傷の検出・評価を試みる事例が数 多く報告されている.近年では,集録されたデータを現地もしくは遠隔地で即時的に分析・処理する 構造モニタリング手法の確立が期待されており,計測プロセスから振動特性の推定・分析までを一連 のプロセスとして自動的に処理する事例も報告されている1-24) .対象構造物の振動状況の把握や振動

-6-

(13)

特性の同定を目的とした振動モニタリングでは,供用環境における構造物の動的応答のみを用いて,

構造同定手法によって振動特性の推定を行う実稼働モード推定(Operational Modal Analysis: OMA)が 主流になりつつある1-25) - 1-33)

1.2.2 構造同定に関する研究

構造システムの同定では,構造特性に関係する複数の重要なパラメータを決定する必要がある.例 えば,Sderstrom1-34)は,推定構造系の予測応答と実応答の誤差を最小化するようにパラメータを決 定するPrediction Error Method(PEM)を提案した.ただし,PEMはパラメータの自由度が高く,最適 化に時間と計算負荷を要することが指摘されている.その一方で,システム同定・制御分野において,

確率実現理論にもとづく固有系実現アルゴリズム(ERA:Eigensystem Realization Algorithm)1-35), 1-36) ERA/DC法(Eigensystem Realization Algorithm with Data Correlation)1-37)-1-39)が提案された.さらに,統 計的な手法にもとづいてシステムの出力から状態モデルを推定する部分空間法40)による確率的部分空 間法(SSI:Stochastic Subspace Identification)1-41)1-42)が提案された.これらの手法は,PEMのように 多くのパラメータを最適化する計算が不要で,多点の観測記録にもとづく高精度な同定が期待できる.

これらの同定手法においては,いくつかの推定条件を定める必要があり,特に,推定精度を大きく左 右するモデル次数は重要なパラメータである.ERAERA/DC,SSIにおけるモデル次数の決定方法 は,理論的には特異値分解によって得られる特異値の個数によって定まるが,データにノイズが含ま れる場合には構造系の特異値に該当しない非零成分が現れるために一意に定まらない.Nayeri 1-43)

は,ERAERA/DCにおける推定モデル次数について,構造系や応答,ノイズの状態が限定的である

ものの,定めるべき推定次数,すなわち特異値の個数の基準を示している.モデル次数の妥当性は,

一般的なスタビリゼーション図によって評価されている.Borjas1-44)らは,部分空間法を用いたモデル 次数の推定方法について,特異値が応答に含まれるノイズによって異なる一方で,Akaike Information CriterionAIC)の極小値を推定モデル次数としている.AICは,赤池ら1-45)が提案し,Larimore1-46) よって一般化された手法で,その原理は推定誤差の最小化にあるが,応答の励起状態や含まれるノイ ズによっては極値が顕著ではない場合もある.一方で,モデル次数以外の計算パラメータも推定結果

(14)

の精度や安定性を左右するが,それらについての定量的な検討は十分ではなく,いまだ試行錯誤的な 検討に依っている.そのため,実用フェーズにおいては,応答観測点の位置や点数,サンプリング速 度などの計測仕様が推定結果を左右する.また,応答の励起状態や変動する外力,観測ノイズによっ ても推定結果が変動するため,スタビリゼーション図による検討に加えて,推定結果の変動状況を評 価することが必要である.橋梁などの社会基盤構造物は全体システムが大規模であるため,健全性に 影響をおよぼすような損傷であっても,局所的な損傷による全体系の構造特性の変化は非常に小さい.

実稼働モード推定による損傷検知の実現のためには,同定計算の計算条件と結果の妥当性を推定結果 の統計量で評価することが有効であるといわれている.

1.2.3 最適化手法を用いた Model Updating 法に関する研究

FEモデルの精緻化方法に関して,1990年代にモデルアップデートが提案されている.Friswell1-47) はモデルアップデートとはモデル化の対象となる構造物から観測される応答を反映するように FE デルをチューニングする過程であると述べている.また,モデルアップデート手法の多くが実測値と 解析値の誤差を最小化する最適化問題とされており,これに対し様々な目的関数や最適化問題の解法 が提案されている.Baruch1-48)らは,ラグランジュの未定乗数法により質量マトリクスと剛性マトリク スをアップデートする手法を提案している.彼らは,固有モードベクトルが質量マトリクスを介して 直交するという条件と質量マトリクスと剛性マトリクスが対称行列になるという条件を利用し,観測 される振動モードベクトルを再現する最適な質量マトリクスと剛性マトリクスを推定している.また,

Berman1-49)らはBaruchらと類似した方法で,観測される固有モードベクトルを用いることで質量・剛 性マトリクスを推定する手法を提案している.この手法においては,有限要素法による固有振動数と 固有モード形等の振動特性の解析結果は,各要素を構成するパラメータの関数となる.Friswell1-47) は振動特性の解析値と観測値の誤差が FE モデルパラメータの変化に影響する感度関数の関係に着目 し,FE モデルパラメータと感度関数を繰り返し計算により更新することで解析値と観測値の誤差を 最小化し,モデルのアップデートを行う手法を提案している.またMarwala1-50)によって,遺伝的 アルゴリズム,粒子群最適化,応答曲面法等の様々な最適化手法を用いてモデルをアップデートする

-8-

(15)

手法がまとめられている.また,これまで海外において実橋を対象としたモデルアップデートの報告 例が存在する.Huang1-51)は,コンクリート橋を対象に常時微動計測と固有振動数の推定を行い,汎 用有限要素解析ソフトウェアANSYSを用いたモデルアップデートを行っている.また,Jaishi1-52) は供用下の鋼管コンクリートアーチ橋,Lin1-53)PC連続箱桁橋を対象に常時微動の計測と固有振 動数,振動モード形を推定し,モデルアップデートを行っている.

1.3 研究の目的

前述した研究の背景と既往の研究結果を踏まえ,本研究では,近年海外を中心に主流となりつつあ る実稼働モード推定(OMA)に着目することとした.OMAにより,供用環境下における橋梁の動的 応答のみを用いて構造物の振動特性を高精度に推定できれば,構造物に生じる損傷や劣化に起因する 振動特性の変化を検知・識別できる可能性があることから,点検作業の補間や代替えにより維持管理 の効率化が期待できる.また,補強検討に用いる再現モデルの精度向上や,施工管理時の構造状態評 価等、効果的な計画や対策の立案に貢献できる可能性もある.これらのように,OMAの確立よる効果 は維持管理上の様々な状況に活用できる可能性があることから,本研究ではOMAの実用化を目的と した構造同定手法の確立に関する検討を研究の幹とし,その枝葉の一つとしてOMAにより得られた 結果の活用方法を検討することとした.

具体的な検討内容としては,統計的な手法より多点の観測記録に基づく高精度な同定が期待できる 確率的部分空間法(SSI)に着目し,計算条件が同定計算の精度や計算時間に与える影響を定量的に示 すことで,応答データを用いた計算条件の変化に対する同定計算の精度や安定性の変化,耐ノイズ性 について他手法の結果と比較することで有効性を検証する.

さらに,構造同定手法を援用したFE モデルの精緻化手法を構築することで,実構造物の挙動を精 度良く解析で再現可能なFEモデルが得られることが期待される.そこで,FEモデルのアップデート 手法に関する基礎的研究として,構造同定手法により得られる実構造物の振動特性を参照値としてFE モデルパラメータを更新し,汎用有限要素解析ソフトウェアと最適化計算プログラムを連携利用して FEモデルを更新する手法を構築する.また,構築した手法については,実構造物の全体系および部材

(16)

系の両者において FE モデルアップデートを実施し,目的関数の設定や最適化手法の選定について手 法の実用化を念頭に検討することとした.

1.4 論文構成

本論文全8章構成であり,各章の概要は以下のとおりである.

1章では,本研究の背景と,既往の研究,研究目的を示す.

2章では,本研究で対象とする構造同定理論であるSSIについて,確率過程に基づく理論展開を 示す.

3章では,OMAのための実現理論として第2章の確率過程で示した理論展開を基に,実際に観 測されたデータから各種パラメータを推定する手順を統計学的な記述により詳述する.

4章では,実稼働モード推定のための構造同定手法として,事例が多く比較的体系化が進んだ代 表的な手法であるERAおよびERA/DCと,主流になりつつあるSSIについて,計算条件が同定計算 の精度や計算時間に与える影響を定量的に示し,同定精度と計算条件の変化に対するロバスト性につ いて考察する.対象としたパラメータは,推定モデル次数,相関パラメータ,応答データの時間分解 能,同定計算に用いるデータ長である.まず,時間応答シミュレーションで得られた橋梁モデルの応 答データを用いて計算条件の変化に対する同定計算の精度と安定性の変化に関して各同定手法で検討 を行った.次いで,観測ノイズを付加した応答に対する推定結果を比較し,各手法の耐ノイズ性につ いて考察する.さらに,実稼働モード推定のためのSSIの応用手法を提案し,従来手法と比較するこ とでその有効性を検証する.

5章では,実際に供用中の橋梁で計測した実応答を対象にSSIの同定計算におけるパラメータの 変化が同定結果に与える影響について検討する.また,対象とするパラメータとしては,特に同定結 果への影響が大きい特異ベクトル長と初期モデル次数とし,橋梁形式や橋長の異なる3橋の実測デー タを対象に傾向を把握する.

6章では,橋梁等の大規模構造物のFEモデルの精緻化へ向けた基礎的検討として,実構造物か ら得られる応答の実測値とFEMによる解析値が一致するように,解析結果に影響を及ぼすFEモデル

-10-

(17)

パラメータを自動更新することで簡易構造系のFE モデルを精緻化する手法の構築と検証を行う.さ らに,実際に損傷の生じた橋梁を対象に,当該橋梁に生じた加速度応答から推定される固有振動数を 参照値として,FE モデルパラメータを自動更新することで実際の構造状態を高い精度で再現するよ うにFEモデルを更新する手法を構築し,精緻な応力解析のための当該橋梁のFEモデルの精緻化を試 行する.また,更新後のモデルを用いた応力解析と疲労寿命の算定を行い,更新後のモデルの妥当性 の検証を試みる.

7章では,第6章で構築したFEモデルの精緻化手法の更なる改善を目指して,構造同定手法に 統計分析手法を援用することで,定量的で客観的な推定結果を自動抽出する手法について検討する.

さらに,最適化手法の汎用化のため,実構造物の全体系および部材系の両者において FEモデルアッ プデートを実施するとともに,最適化アルゴリズムに第6章で採用した内点法に加えてGAの適用性 を検証し,モデルアップデート手法のさらなる改善を目指す.

8章では,本研究の結論であり,各章で得られた知見を要約し,今後の課題を示す.

【第 1 章の参考文献】

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-12-

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(22)
(23)

第2章 確率過程に基づく部分空間法による構造同定法の誘導

2.1 離散化された状態方程式の定義 2.1.1 運動方程式の状態空間表示

n自由度系の運動方程式は次式で表される.

ここに,z t Rnは変位ベクトル,f t Rnは外力ベクトルである.また,係数行列はそれぞれ質量 マトリクスm Rn n,減衰マトリクスc Rn n,剛性マトリクスk Rn nであり,b Rn rは荷重位置 rを定義する荷重マトリクスである.ここで,状態変数を

とすると,運動方程式は

と表される.m個の観測点における応答y t Rmについて,次のような状態方程式が得られる.

ここに,

t t t t

mz cz kz bf (2.1)

1 2

t t

t t t

x z

x x z (2.2)

1 1

1 1 1

2 2

t t

t t t

x 0 I x 0

x m k m c x m b f (2.3)

ˆ ˆ

t t t

x Ax Bf (2.4)

t ˆ t

y Cx (2.5)

1 1

ˆ 0 I

A m k m c

ˆ 2 2n n

A R (2.6)

ˆ 01

B m b

ˆ 2 ×n r

B R (2.7)

(24)

である.

また,式の微分方程式を初期条件x t0 x0の下で解くと,

を得る.

2.1.2 状態方程式の離散化

離散化した状態方程式を考える.tk k t における状態変数をxk x tk で表すと,離散化した 状態方程式は下式で表される.

k k

x t x から t進んだx tk 1 xk 1における応答を求める.前項で求めた微分方程式の解より 次の式を得る.

となる.ここで,外力f tの間で一定であるとすると,

と表される.加えて,

を考慮すると, 式は,

となり,離散化した状態方程式は次式のように表される.

Cˆ I 0 C Rˆ m n×2 (2.8)

0 0

0 0

0 0

t t

t

y x x y

v

y (2.9)

ˆ ˆ 0

0 t ˆ

t t

t eA eA d

x x Bf (2.10)

ˆ ˆ

k k k

x Ax Bf (2.11)

k ˆ k

y Cx (2.12)

1 1

1 1

ˆ ˆ 1

ˆ

ˆ ˆ

ˆ ˆ

k k

k k k

k

t t

t

k k t

t t t

k t

t e t e d

e t e e d

A A

A

A A

x x Bf

x Bf (2.13)

tk

f f tk tk 1 (2.14)

1 ˆ ˆ 1 ˆ ˆ 1

k k k

k

t t t

t e A d e A e A A (2.15)

ˆ ˆ 1

1 t t ˆ ˆ

k eA k eA k

x x I A Bf (2.16)

-17-

(25)

係数行列は,

となる.

2.2 特異値分解による正準変数と正準相関係数の定義

正準相関解析(CCAcanonical correlation analysis)では,2組の確率変数ベクトルを考える.

k

xk

x x

R x

2 1

l

yl

y y

R y

2 1

(2.22)

ここで,

x

y

の平均値をそれぞれ

0

,共分散行列は,

k l k l

yy yx

xy T xx

T R

Σ Σ

Σ

y

Σ

y x

x

2.23

で与えられるものとする.この確率変数を,互いに無相関な変数,

w L xT (2.24‐1) z M yT (2.24‐2)

で表現する方法が,正準相関解析(CCA)である.

これは確率ベクトル

x

y

を無相関な変数(白色雑音)によって新しく表現し直すことである.

y

x,

の作る線形空間を

1

(

k i i i

)

i

span x R

Χ

2.251

1

(

l j j j

)

j

span y R

Υ 2.252

と定義し,k lであるとする.ここに, i j

x

iyjの重み(係数)である.

1

k k k

x Ax Bf (2.17)

k k

y Cx (2.18)

ˆ t

eA

A A R2 2n n (2.19)

ˆ t ˆ ˆ1

eA

B I A B B R2n r (2.20)

C Cˆ C Rm2n (2.21)

(26)

Υ

Χ,

の中から,最も大きな相関を持つ変数の組w1 Χ

,

z1 Υを選び,これらを新しい空間におけ る第1座標とする.次に, w1

,

z1 とは無相関であるという条件の下で,2番目に大きな相関を持つ組

Υ Χ 2

2

,

z

w を選ぶ.同様にして,

w

s

Χ , z

s

Υ ( s 3 k )

求めることができる.

, ( 1 )

s s

w Χ z Υ s k

がs次の正準変数と呼ばれる.

正準変数は,特異値分解(SVD)を用いて求めることができる.

x, y

の相関係数を特異値分解する.

1 1

2 2T T

xx xy yy

Σ Σ Σ UDV

(2.26)

左辺より

Σ

1xx2をかけ,右辺より yy2T

1

Σ

をかけると

T yy T xx

xy 2

1 12

Σ UDV Σ

Σ

(2.27)

となり,この式は

Vz y

Uw

x

2

1 2

1

yy

xx 2.28

の関係より構成されていると考えることができる.

w, z

は各要素の平均値

0

分散

1

の白色雑音であり,

相関の高い順に並んでいる.

k

E

[ ww

T

] I

E

[ zz

T

] I

l

E [ wz

T

] D

2.29 の関係があるので,正準ベクトルは,次式で与えられる.

(2.28)式の関係より,

y V

z x U

w

T xxT T yy2T

1 2

1

2.30

変換行列

L

M

12

L

xx

U M

yy12

V

(2.31)

により与えられる.

-19-

(27)

このような正準変数は,特異値分解により表現することができる.ここで示した関係を図示すると,

図-2.1のようになる.

x y

w z

正準変数 確率変数

Uw x

2

1 xx

Vz y

2

1 yy

x U

w T xx2T

1

y V

z T yy2T

1 T T yy xy

xx Σ Σ

UDV

Σ 2

1 12

k

E[wwT] I E

[ zz

T

] I

l

D wz ]

[

T

E

白色雑音

x y

w z

正準変数 確率変数

Uw x

2

1 xx

Vz y

2

1 yy

x U

w T xx2T

1

y V

z T yy2T

1 T T yy xy

xx Σ Σ

UDV

Σ 2

1 12

k

E[wwT] I E

[ zz

T

] I

l

D wz ]

[

T

E

白色雑音

図-2.2 確率変数の正準変数による表現

(28)

2.3 データ行列の正準変数による表現

2.3.1 データ行列のブロックハンケル行列とブロックテプリッツ行列

(1)ブロックハンケル(Hankel)行列

p個の観測点の記録をベクトルで表し,このベクトルから構成される時系列を考える.次に,現在 時刻をkとして,時系列の過去と未来から作られる無限次元ベクトルを有限区間で打ち切った,デー タ行列について考える.

図-2.3.1 kを現在とした場合の過去と

p (k )

未来の

f (k )

信号

kを現在とした場合,過去の信号

y ( k m ) y ( k 1)

と未来の信号

y ( ) k y ( k m 1)

から 構成されるデータブロックを

p (k )

f (k )

で定義する.

過去の信号と未来の信号を,次のように定義する.

( 1) ( 2) ( )

( )

k k k

k m

y p y

y

2.321

) 1 (

) 1 (

) ( )

(

m k

k k k

y y

y

f

2.322

未来のデータ

f (k )

と過去のデータ

p (k )

の相互共分散行列からブロックハンケル行列を構成する.

データ数がmであるので,

H

mで表す.

( ) ( 1)

( ) ( ) ( 1) ( 2) ( )

( 1)

T T T T

m

k

E k k E k k k k m

k m y

H f p y y y y

y

(2.33)

) (k

p k f (k )

過去 現在 未来

] ) 1 (

) 1 ( ) ( )

1 ( ) 2 ( )

(

[ y k m y k y k y k y k y k m

] ) 1 ( ) 2 ( )

(

[ y k m y k y k [ y ( k ) y ( k 1 ) y ( k m 1 ) ]

-21-

参照

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