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18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ド亜 麻 工 業 史

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73

18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ド亜 麻 工 業 史

HistoryofScottishLinenIndustryandBankinginthe18thCenttary

イギ リス亜麻会社 を中心 として

‐OnObservationoftheBritishLinenCompany‐

1は じ め に

皿18世 紀 前 半 の ス コ ッ ト ラ ソ ド経 済 一 製 造 業 者 評 議 会 の 役 割 一 1皿 イ ギ リ ス 亜 麻 会 社 の 設 立 .

1は じ め に

北 政 巳

MasamiKita

本 稿 の 目 的 は,ス コ ッ ト ラ ソ ド繊 維 工 業 史 の 一 環 と し て,18世 紀 前 半 に ス コ ッ ト ラ ソ ド

国 民 産 業 と し て 育 成 さ れ た 亜 麻(Linen,リ ソ ネ ル)工 業 を 対 象 と し て,イ ン グ ラ ソ ド経 済 の 影 響 下 に 工 業 化 を 企 画 し た ス コ ッ トラ ソ ド 経 済 の 歴 史 的 発 展 過 程 の 解 明 に あ る 。 特 に, 1746年 に 設 立 さ れ た イ ギ リ ス 亜 麻 会 社 (BritishLinenCompany)が,亜 麻 工 業 の 振 興 と と も に 銀 行 業 経 営 を 手 が け,そ の 後 の ス コ ヅ ト ラ ン ド銀 行 業 の 発 展 に 種 々 の 特 長 を 付 与 し た 点 に も 力 点 を 置 い て み た い.ま た 毛 織 物 工 業 に つ い て は,拙 稿 「ス コ ヅ ト ラ ン ド毛 織 物 工 業 史 一 ツ イ ー ド織 を め ぐ っ て 一 」(r創 価 経 済 論 集 』8巻1号 所 収,1978年6月 刊) に 明 ら か に し た.

私 自 身 の 問 題 意 識 と し て,今 ま で の ス コ ッ ト ラ ン ド社 会 経 済 史 の 全 般 的 な 研 究,言 葉 を 変 え れ ば 個 別 産 業 的 な 研 究 段 階 か ら,よ り具 体 な 諸 産 業 の 絡 み 合 う社 会 経 済 史 的 発 展 の 連 関 性 の 研 究 へ と進 め る 段 階 に 至 っ た と考 え る.

IV銀 行 業 発 展 過 程

一1772年 恐 慌 を 中 心 に 一 V亜 麻 工 業 の衰 微,木 綿 工 業 の 興 隆

M結 び

そ の 場 合,現 在 の学 界 で の イ ギ リス 経 済 史 研 究 の 共 通 的 関 心 と して 繊 維 工 業,な か ん ず く 木 綿 工 業 に 置 か れ て い る こ とか ら,ス コ ッ ト ラ ソ ドの そ れ との 比 較 に お い て 研 究 す る こ と を 意 図 した.

し か し な が ら18世 紀 の ス コ ッ トラ ン ド社 会 経 済 史 で は,毛 織 物,亜 麻,木 綿 の 三 繊 維 工 業 が 競 合 的 に 存 在 し,さ らに1707年 の 合 併 後,亜 麻 工 業 が 国 民 的 産 業 の よ うな か た ち で 保 護 育 成 され,毛 織 物 か ら木 綿 へ の 「過 渡 的 」 役 割 を 果 した 史 実 を 発 見 した 。 さ らに 問 屋 制 前 貸 シ ス テ ム を 介 し て の亜 麻 工 業 の 国 民 的 規 模 で の 拡 散 ・育 成 が 「小 額 紙 幣 」,「支 店 銀 行 業 」 等 を 特 長 とす る ス コ ッ トラ ン ド銀 行 業 の 独 自性 の形 成 に 多 大 に貢 献 しえ た こ とを見 い 出 した 。

そ こで 本 稿 で は,ス コ ッ トラ ソ ドの 亜麻 工 業 の発 展 のた め に設 立 され た 代 表 的 な 国 民 企 業,イ ギ リス 亜 麻 会 社(BritishLinenCom‑

pany)を と りあ げ て,19世 紀 前 半 に 至 る ま で の ス コ ッ トラ ソ ド亜 麻 工 業 と銀 行 業 の 相 関 性 を 研 究 し,当 時 の 社 会 経 済 史 の 枠 組 の 中 で

位 置 づ け て み た い 。

(2)

74 季刊 翻 価

II18世 紀 前 半 の ス コ ッ トラ ン ド経 済 製 造 工 業 者 評 議 会 の 役 割 一 一

17世 紀 末 の イ ギ リス で は,イ ン グ ラ ソ ド経 済 が 初 期 資 本 主 義 時 代 を 迎 え て 産 業 革 命 期 へ の 序 走 期 に あ っ た の に 対 し,ス 識 ッ ト ラ ソ ド 経 済 は 絶 対 王 政 末 期 の 封 建 経 済 の 残 続 下 に あ

っ た1).し か も イ ン グ ラ ン ドの 東 イ ソ ド会 社 に 対 抗 し て 企 画 し た ス コ ッ ト ラ ン ドの 西 イ ン ド会 社 の 経 営 は 破 綻 し,ス コ ヅ ト ラ ン ド経 済 は 危 機 に 瀕 し て い た2).さ ら に イ ン グ ラ ソ ド 航 海 条 例 の 施 行 に よ り,ス コ ッ ト ラ ソ ド商 人 が イ ン グ ラ ン ド海 外 植 民 地 で 商 う こ と も 妨 げ

ら れ て い た,

1707年 の 「合 併 」 に よ っ て,ス コ ッ ト ラ ン ド経 済 は イ ソ グ ラ ン ド経 済 に 順 応 し て,イ ギ リ ス 資 本 主 義 の 北 方 地 域 と し て 再 編 さ れ ゆ く こ と に な っ た3).そ し て ス コ ッ ト ラ ン ドは, イ ソ グ ラ ン ド と 同 様 の 商 業 ・経 済 規 則 に 従 う こ と に な り,航 海 条 例 下 の 諸 特 権 も 享 受 す る に 至 っ た.

当 初,「 合 併 」 条 約 の 第15条 に,「 毛 織 物 製 造 の 促 進 と,そ の 後 に 漁 業 の 振 興 そ の 他 の 製 造 工 業 の 発 達 と 改 良 の た め に,7年 間 に わ

1)18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ド経 済 の 概 容 に つ い て は,拙 稿 「18世 紀 ス 諏 ッ ト ラ ン ド 経 済 発 展 に 関 す る 一 考 察 」(『 創 価 大 学 開 学 記 念 論 文 集 』1971 年 刊)を 参 照 さ れ た い.

2)具 体 的 に は,穀 物 不 作 か ら く る 食 糧 飢 鯉,イ γ グ ラ ン ド 政 府 の 関 税 強 化,ダ リ エ ソ 会 社 の 挫 折,ス コ ッ ト ラ ン ド 銀 行 の 破 産(1704年)等 に 直 面 し て い た.TG.Srnout,̀TheA難910‑Sc¢tt圭sh

Unionof1707‑TheEconomicGround‑一 一'Eco‑

nomzc研s≠oγ ツReview,Vol.XVI,No・3PA 455‑56.

3)会 併 条 約 の 内 容 と 成 立 へ の 経 過 に つ い て はP G.Donaldson,ScottishHistoricalDocuncents.

ScottishAcademicPress.Edinburgh&Lon.don.

197◎.PP.268‑275に.収 録 さ れ て い る.

経 済 論 集Vol.8No・3

た り年 £2,000を 支 払 う4)」 とあ っ た よ う に, ス コ ッ ト ラ ン ド毛 織 物 工 業 の 育 成 策 が 考 え ら れ て い た.

し か し イ ソ グ ラ ソ ドの 毛 織 物 業 者 は,後 期 重 商 主 義 下 の 保 護 ・育 成 策 を 背 景 に,ス ほ ヅ

ト ラ ン ドの 羊 毛 ・毛 織 物 工 業 に 干 渉 し,従 属 的 立 場 に 置 い た 。 具 体 的 に は,イ ン グ ラ ン ド 毛 織 物 工 業 へ の 原 料 供 給 地 と し て,ま た 土 着 の 毛 織 商 品 に は 補 完 的 な 商 品 生 産 の 役 割 植 民 地 市 場 へ の 廉 価 で 劣 質 の 毛 織 物 の 販 売 一 を 与 え た5> 。 そ し て イ ン グ ラ ソ ド政 府 は,彼 ら の 要 望 を 受 け て ス コ ッ ト ラ ソ ド経 済 か ら 毛 織 物 工 業 発 展 の 芽 を 摘 み と り,そ の 代 替 と し て イ ソ グ ラ ソ ドに 欠 け る 下 級 繊 維 の 亜 麻 織 物 を ス 頴 ヅ ト ラ ン ドに 適 合 す る 国 民 産 業

と し て 奨 励,促 進 す る 政 策 を 決 定 し た, こ こ で 眼 を 転 じ て,18世 紀 前 半 の ス コ ヅ ト ラ ソ ドの 銀 行 業 の 発 展 を み て お き た い.最 初 の 銀 行 は,合 併 以 前 に イ ン グ ラ ン ド 銀 行 (s.◎fE鷺g王a難d)の 設 立 翌 年 の1695年 に 創 業 し た ス コ ッ トラ ソ ド銀 行(Bank◎fSc的

hand)で あ る.こ の ス 灘 ッ トラ ソ ド銀 行 が, ス コ ッ トラ ン ド経 済 の 金 融 を 扱 っ て い た が, そ の 理 事 者 の 多 くは 王 党 主 義 者(ジ ャ コ バ イ

ト.Jacobite)で あ り,イ ン グ ラ ン ド政 府 か ら み れ ば 頭 痛 の 種 で あ っ た 。 事 実,X715年 の 第1次 ジ ャ 鷺 バ イ トの 反 乱 に 際 し,ス コ ヅ ト

ラ ン ド銀 行 は 王 党 派 に 資 金 援 助 を な し た.

4)G.Donaldson,Ibid.,P・271

5)ス 謙 ッ トラ ソ ドの毛 織 物 工 業 は,19世 紀 前 半 に 発 明 され た ッ ィー ド織 物 に よ っ て 再 興 さ れ た.ッ ィー ド織 は,ヴ ィ ク トリァ 期 イギ リス 帝 国 を 象 徴 す る 最 高 級 毛織 物 と して 鯉 一欄 ッパ 社 交 界 に君 臨 し,奢 移 品 と して 世 界 に 市 場 を 開 拓 す る に至 る.ClifFiord..Galvin,ア 加Tweed‑

makers.AHistoryoftheScottishFancy WoollenIndustry16004914.David&Charles, 醗wY鍍k1973.A。70以 下 に 詳 しい.

(3)

北 政 巳18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ド亜 麻 工 業 史 75 December197$

図118世 紀 イ ギ リス の 繊 維 工 業 の 指標

92①

4

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(4)

76季 刊 創 価 そ れ ゆ え に 親 イ ン グ ラ ソ ドの ス コ ッ ト ラ ン ド の 元 貴 族 や 商 人 達 が,議 会 や 官 職 破 棄 の 代 償 (equivalent)を 利 用 し て 銀 行 設 立 を 企 画 し

よ う と し て い た 時,イ ン グ ラ ソ ド政 府 は,ジ ャ コ バ ソ 主 義 者 の 多 い ス コ ッ トラ ソ ド銀 行 へ の 対 抗 措 置 と し て,助 力 を 与 え てX727年 に 王 立 ス コ ヅ ト ラ ン ド(RoyalBank◎fScoレ

Iand)の 設 立 を み た.こ の 頃 に な る と,ス コ ヅ ト ラ ン ド行 政 で は ウ ィ ヅ グ派 の 勢 力 が 一 層 の 拡 大 を み,1715年 の ジ ャ コ バ イ トの 乱 の 鎮 圧 以 降,ス ロ ッ ト ラ ソ ド行 政 は ア ー ガ イ ル 公 (DukeofArgyll,ウ ェ ス ト ミ ン ス タ ー に 住 む ス コ ッ トラ ソ ド大 臣 の 呼 名)が ミル トソ 公 (L◎rdM瀧on,ス 隷 ヅ トラ ン ド検 事 総 長 の 呼 名)を 補 佐 役 とす る 統 治 シ ス テ ム とな っ た.

そ し て 経 済 発 展 を 遂 行 す る た め,1727年 に, 製 造 工 業 者 評 議 会(BoardofTrustee$of

Manufacturers).農 ・漁 業 開 発 評 議 委 員 会 (BoardofTrusteesfortheImprovement

◎fAgricultureandFisheries)が 設 立 さ れ た が,そ の 中 心 者 は ミル ト ソ 公 で あ っ た.

彼 は,ス3ヅ ト ラ ソ ドの 産 業 育 成 の 最 大 の 希 望 は 亜 麻 工 業 の 促 進 に あ る と確 信 し て い た.

そ れ に は 歴 史 的 背 景 が あ っ た,彼 の 母 マ ー ガ レ ヅ ト ・カ ー ネ ギ ー(MargaretCarnegie)

は,昔 オ ラ ソ ダ へ 遊 学 しs亜 麻 工 業 技 術 を 習 得 し,織 布 ・指 物 大 工 を 連 れ て 帰 国 し,サ ル タ ウ ソ(Salt◎ 鵬)に 亜 麻 織 物 工 場 を 設 立 ーし た 記 録 が あ る6>。

ミル ト ソ公 は,評 議 会 に 働 ぎ か け 政 府 か ら の 奨 励 金 を 用 い て 亜 麻 工 業 の 拡 大 ・発 展 の た め に 種 々 の 活 動 を 展 開 し た.例}ば 紡 績 学 校

6}RobertMaxwellofArkland,HisSelsctTran‑

sactionsoftheHonourableSocietyof.lmprovers intheKnowledgeofAgricultureinScotland, Edinburgh,1743p.317.

経 済 論 集Vol.8N◎.3

(spinningschoo1)の 建 設,紡 績 工 や 織 工 へ の 原 材 料 の 供 給,漂 白 技 術 の 改 良 者 へ の 奨 励 金 支 給,そ の 他 オ ラ ン ダ 人 織 布 工 や フ ラ ン ス 人 ケ ム ブ リ ッ ク(Cambric,薄 手 の 白 い 麻 布,北 フ ラ ソ ス 原 産)織 工 を 誘 致 し,エ デ ィ

ソ バ ラ の ピ カ デ リ ー 地 区 に 特 劉 居 留 地 を 建 設 す る こ とな ど で あ っ た,

彼 は ま た 友 人 の ス コ ッ ト ラ ン ド人 名 士 に 働 き か け,そ の イ 論 シ ァ テ ィ ブ の も と に1727年 に エ デ ィ γバ ラ ・リ ン ネ ル ・パ ー トナ ー シ ヅ プ (Edin、burghLinenCo‑partney)を 発 起 さ せ' た η.ま た グ ラ ス ゴ ウ で は,噂 を 聞 い て 同 時 期 に グ ラ ス ゴ ウ亜 麻 協 会(LineS◎ci¢tyof Glas即w)が 設 立 さ れ た,特 に 後 者 は,ア メ

リ カ と の タ バ コ 貿 易 の 見 返 り輸 出 を 狙 っ た も の で,次 第 に 興 隆 を 示 す に 至 る,

し か し 当 初 は,ミ ル ト ソ 公 が 期 待 し た 程 の 成 功 は 望 め な か っ た.記 録 を 追 う と,マ サ イ ア ス ・サ イ ム ソ ソ(MathiasSymsoの は,「 ス コ ヅ ト ラ ン ドは,多 量 の 亜 麻 布 を 茶 色 と 白 色 の 双 方 で 輪 出 し,そ の 国 最 大 の 製 造 工 業 と な っ て い る8)」 と述 べ て い る が,同 じ1737年 の 評 議 会 か ら 政 府 へ の 報 告 書 に よ る と 「エ デ ィ ソ バ ラ へ や っ て き た 外 国 人 の 手 に よ っ て か な

りの 改 良 が 果 さ れ て い る が,資 本 不 足 が 発 農 へ の 阻 止 要 因 とな っ て お り,ま た 漂 白 技 術 が

7)亜 麻 工 業 振 興 の 企 画 は,17世 紀 の 末 以 来,真 剣 に 試 み ら れ,1693年 のScatsLinenIVIanu‑

factary,1720年 のScottishSailclotixCompany, 1723年 のSocietyoflmpro聡rsintheKnowledge

of.agricultureinScotland等 の 企 画 が あ っ た が,成 功 に は 至 ら な か っ た.そ の 点 で,ミ ル 卦 ン 公 の 企 画 は,官 民 共 同 事 業 の 企 画 で あ っ た こ と か ら 成 功 へ の 可 能 性 は 大 で あ っ た.Charles A.Ma王co1搬,7劾 摺3≠ 鍔oftheBYitishlinen Bank,T&AConstableLtdEdinburgh.1950}

PP・3‑4.

8)Matth三asSymson,PresentStateoゾ500磁 η4・

Edinburgh,1738,茎 》.2◎;lbad.,裏}.5.

(5)

December1978北 政 巳:18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ド亜 麻 工 業 史7ア

表11727年 の 評 議 会 の 補 助 金 プ ロ ヴ ラ ム 局 面 の 展 開 は 意 外 な と こ ろ に 始 ま っ た.そ 1)産 業 別 に(内 訳)

1)ニ シ ソ 漁 業 に 2)リ ソ ネ ル 工 業 に 3)粗 羊 毛 の 紡 績 と 製 造 に

合 計

2)リ ソ ネ ル 工 業 に(内 訳)

(1)1エ ー カ あ た15Sり で リ ソ ト布 や 麻 の 種 子 を 播 くた め 割 増 金

(2)紡 績 学 校 へ の 奨 励

(3)最 高 級 リ ソ ネ ル 布 製 造 の 婦 人 労 働 者 へ の 賞 金

(4)各 自 £125で 巡 回 検 査 役 人 へ の 賃 銀

(5)各 £ ユ0の費 用 で の 包 装 に 関 す る 費 用 と 賃 銀

(6)高 級 織 機 や 器 具 の 調 達 費 (7)経 営 上 の 費 用

合 計

£ 2,650 2,650 700 6,000

£

1,500 150 200

250 X11

50 ユ00

2,650

出 典)PlanoftheCommissionersandTrus・

tees,1727.CitedbyTheIndustrialRevo‑

lutioninScotland,FrankCassLondon,

1966.PP.'1よ り 作 成.

劣 等 な こ と も 問 題 で あ る9>」 とあ る.そ れ ゆ え1740年 のScotsMagazineに 「英 議 会 下 院 は,ス コ ヅ ト ラ ソ ドの 卓 上 用 亜 麻 織 布 製 造 奨 励 の た め,£100を 下 付 し た10)」 と あ る.ま た エ デ ィ ソ バ ラ の 大 商 人,バ ト リ ヅ ク ・ リ ソ ゼ イ(PatrickLidsay)は,『 貿 易 ・製 造 工 業 に 関 す る ス コ ヅ ト ラ ソ ドの 利 益 』(TheIn・

terestofScotlandconsideredinrespect

ofTrade,Manufactures)を 表 わ し,亜 麻 織 物 工 業 の 発 展 が 国 富 の 増 大 に つ な が る と示 唆 し た,1741年 に は,ミ ル ト ソ 公 の 「実 験 」 例 を 通 じ て,亜 麻 工 業 の 輝 か し い 将 来 性 の 結 論 を 評 議 会 へ 送 っ て い る.

9)CalendarofTreasurersPapers,1'735‑38.

p.465:ScottishRecordOffiice,TheNational RegisterofArchivesNo.945.

10)下 院 の 議 長ArthurOnslow伯 の 裁 決 で あ っ た.EdinburghEveningCourant.July.1739.

れ は,隣 の グ ラ ス ゴ ウ 市 の 扱 っ て い た タ バ コ 貿 易 の 興 隆 の 余 波 で あ っ た11).つ ま りア メ リ カ 大 陸 か ら タ バ コ葉 を 輸 入 し,加 工 し て ヨ ー

ロ ッ パ 大 陸 へ 再 輸 出 す る 貿 易 メ カ ニ ズ ム の 確 立 ・発 展 に よ っ て,グ ラ ス ゴ ウ 商 人 は そ の 通 商 ル ー トに 「亜 麻 布 ・織 物 」 を 載 せ る こ と に 成 功 し た か ら で あ る.

こ の グ ラ ス ゴ ウ亜 麻 協 会 の 繁 栄 を 見 て,ミ ル ト ソ 公 は,イ ン グ ラ ソ ド,海 外 と の 通 商 を

目的 とす る 国 際 的 な 亜 麻 製 造 企 業 設 立 計 画 に 着 手 し た.先 ず エ デ ィ ン バ ラ ・ リ ソ ネ ル ・パ ー トナ シ ッ プ の メ ソ パ ー を 核 に,特 に 王 立 ス

コ ッ ト ラ ン ド銀 行(RoyalBankofScot‑

land)の 関 係 者 を 入 れ て,£3,000の 資 本 力 を 持 つ パ ー トナ ー シ ッ プ を 計 画 し た.ま た ロ

ン ドソ),rも 理 事 会 を 作 る こ とに し た.

し か し ロ ン ドン の メ ソ ・ミー か ら,南 海 泡 沫 事 件 の 後 遺 症 も あ り,無 限 責 任 に よ る パ ー ト

ナ ー シ ヅ プ 忌 避 の 申 し 出 が あ り,そ の た め 有 限 責 任 を 明 記 す る 必 要 か ら12),王 国 勅 許 状 (RoyalCharter)の 獲 得 の 必 要 性 を 決 断 し

11)ス コ ッ ト ラ ン ド の タ バ コ 貿 易 は,1710年 の50 万 ブ ッ シ ェ ル か ら75年 の4600万 ブ ッ シ ェ ル に 急 増 し た.そ れ は 全 イ ギ リ ス 輸 入 の50%,ア メ リ

カ か ら の ス コ ッ ト ラ ソ ド輸 入 量 の...1,を 占 め た.ス コ ッ ト ラ ン ド の タ バ コ 貿 易Vrつ い て は, 前 掲 拙 稿 「18世 紀 ス コ ッ ト ラ ソ ド の 経 済 発 展 に 関 す る 一 考 察 」24頁 を 参 照 さ れ た い.ま た タ バ

コ 貴 族 に つ い て は,NormanNichol,Glasgow

andtheTobaccoLords,Longman1974に 詳 し い 、 タ バ コ 商 人 の 側 か ら 亜 麻 工 業 へ 参 画 し た

事 例 は,1730年 代1人,40年 代7人,60年 代3

人,70年 代3人,80年 代1人,90年 代7人 の 数

値 が 記 録 に 残 っ て い る.T・M・Devine,The ColonialTradesand工ndustrialInvestmentin Scotland1700‑1815,EconomicHistoricalRe‑

view,VolXXIX,1976,p.8.

12)ス コ ッ ト ラ ソ ド の 有 限 責 任 制 度 は,歴 史 的 に 認 め ら れ て い た.R.H・Campbel1,̀TheLaw

andtheJoint‑StockCompaniesinScotland' inP.L.Payneed.,StudiesinScottishBusiness History,Cass1967,p.139.

(6)

78季 刊 創 価 た.ま た チ ェ ッ ク ラ ン ド 教 授 の 指 摘 で は,

「特 許 状 が あ れ ば,特 定 条 項 で 禁 じ ら れ な い 限 り,銀 行 業 営 業 権 を も 含 み う る13>」 と の 見 込 み が あ っ た と し て い る の も 興 味 深 い.

IIIイ ギ リス亜 麻会 社の 設立

1746年7月5日,国 王 の 署 名 を 得 て イ ギ リ ス 亜 麻 会 社(BritishLinenCompany)の 勅 許 状 は 認 可 さ れ た.そ の 設 立 目 的 の 合 意 書 に は,「 そ の 目 的 は,リ ソ ネ ル(亜 麻)製 造 工 業 の 発 展 を 促 し,外 国 産 よ り も 廉 価 な 製 品 生 産 を 通 じ て 何 千 人 も の ス コ ッ ト ラ ン ド人 に 職 を 与 え る と 同 時 に,国 内 ・海 外 市 場,殊 に ア メ リ カ ・ プ ラ ン テ ー シ ョ ン に 製 品 を 供 給 す る1)」

こ と に あ っ た.

興 味 深 い の は,何 故 イ ギ リ ス(British)の 名 を 会 社 名 に 冠 し た か で あ る.つ ま り そ の 会 社 の 発 起 人 に は ウ イ ッ グ 党 支 持 の 貴 族 も 多 く,彼 ら は ス コ ヅ ト ラ ン ド的 で あ る こ と が ジ ャ コ ・ミイ ト(王 党 主 義 者,1715年,ユ745年 に 反 乱 を 起 し 鎮 圧 さ る)に 感 染 し て い る と 看 さ れ る の を 避 け て,イ ギ リ ス(British)と い う 言 葉 を 用 い た と 思 わ れ る.同 時 に,営 業 活 動 の 範 囲 に つ い て,ス コ ッ ト ラ ン ド銀 行,王 立 ス コ ッ ト ラ ン ド銀 行 の 両 行 が ス コ ッ ト ラ ソ ド 地 域 外 で の 営 業 は 禁 じ ら れ て い た の に 対 し,

こ の 会 社 は 全 イ ギ リ ス 地 域 で の 営 業 が 認 め ら れ る と い う 利 点 を も っ て い た2).勅 許 状 に は,「 リ ソ ネ ル ・麻 を 紡 い だ 糸 や 布 の 製 造 ・

ユ3)S・G・Checkland,ScottishBanking,AHistory, 1.695‑1973,Collins,1975pp.94‑5.

ユ)PetitiQnforACharteroflncorporationto TheManufacturersofBritishLinnen,Tothe KingsmostExcellentMajesty‐GlasgowLib‑

rary.

2)CharlesAMalcolm,TheBritishLinenBank,

経 済 論 集Vo1.8No.3

販 売,そ れ に 必 要 な 職 工 の 雇 用,そ の 他 リ ン ネ ル 製 造 工 業 を 振 興 さ せ る た め の あ らゆ る 手 段 を と りえ る3)」 こ と を 認 め,そ の 営 業 の た め 「手 形,証 書,契 約 に よ っ て 貨 幣 を 入 手 し う る 」 こ と も 許 可 さ れ た.そ の 限 度 は £10万 と さ れ た が,大 衆 か ら 貯 金 の か た ち で 借 り る こ とは 禁 じ られ て い た ,

対 比 す る と興 味 深 い の は,4年 後 の1750年 に 勅 許 状 を 与 え ら れ た イ ギ リ ス 自 由 漁 業 協 会 (SocietyofFreeBritishFishery,通 常 は ニ シ ン 漁 業 協 会 〈HerringFisheriesSociety>と 呼 ぼ れ た)に は,「 そ の 会 社 が,イ ン グ ラ ン ド 銀 行,ス コ ヅ ト ラ ン ド ・王 立 ス コ ッ ト ラ ン ド 両 銀 行 の ビ ジ ネ ス に 干 渉 し な い よ う に4>」 銀 行 業 務 を 禁 じ ら れ て い た の と 対 照 的 で あ る 。 イ ギ リス 亜 麻 会 社 は,授 権 資 本 £10万 の う ち 創 業 時 の 応 募 資 本 を £5万 と決 め,Eve‑

ningCourant紙 に 広 告 を 掲 載 し た .各 地 か ら の 応 募 に よ り,先 ず10%が 払 い 込 ま れ た が, パ ー トナ ー シ ッ プ の £2万 を 倍 以 上 に 越 え る

£5万 の 流 動 資 本 を も つ こ と に な っ た5) .つ い で1747年9月 に は,ロ ン ド ソ と エ デ ィ ソ バ

ラ 在 住 の 株 主 に 働 き か け て £6万 に,1748年 末 に は £7万 の 流 動 資 本 と し た.ま た 記 録 に

よ る と,王 立 銀 行 か ら の 現 金 信 用(cashcre‑

dit)を £3,000か ら £8,000に ま で 増 額 さ せ て,流 動 資 金 を 付 加 し た6).

こ の イ ギ リ ス 亜 麻 会 社 の 経 営 政 策 は,従 来 の 土 着 産 業 で あ っ た リ ン ネ ル 工 業 を ,全 く新

T&AConstableLtd,Edinburgh1950p.9.

3)S.G.Checkland,op.C2t.,P.95.

4)ScotsMagazine,December1750p.584.Univ ofGlasgowLibrary.

5)CharlesAMalcolzanopCZt.,P.14.

6)TheMinutesofBritishLinenBank17.

December1747;15April1748;14November 1755.

(7)

Decemberユ978北 政 巳18世 紀 ス コ ッ ト ラ ソ ド亜 麻 工 業 史 79

表IIイ ギ リス 亜 麻 会 社 の 創 業 に尽 力 した 有 力 な 人 達

(エ デ ィ ソ パ ラ) LordStricken QLordTinwald

ArchibaldSteward

OJohnCoutts QOThomasAllan

◎AlexanderSharp PatrickCrawford JamesFerguson EbenezerMcCulloch WilliamTod WilliamGrant

GeorgeBuchanan AndrewWight AlexanderMonteith WilliamKirkpatrick WalterRiddell QGeorgeGordon

DavidKinloch OJamesArmour

ThomasGibson QGabrielNapier

GeorgeOchterlony

(ロ ソ ド ソ)

〔ス コ ッ ト ラ ソ ド 人 〕

Dr.CharlesStewart GeorgeMiddleton LordSomerville EbenezerYoung

〔イ ソ グ ラ ソ ド 人 〕

johnGoodchild ClaudJohnson GalfridusMann

⑥WilliamBeckford

裁 判 官 裁 判 官

エ デ ィ ン バ ラ 市 長,チ ャ ー ル ズ 王 子 の エ デ ィ ソ パ ラ 城 入 城 に 協 力 し,ロ ソ ド ソ 塔 に 暫 く 閉 じ こ め ら れ た 。

前 エ デ ィ ンバ ラ 市 長(1742‑44年)

商 入,エ デ ィ ソ バ ラ 市 議 員,ギ ル ド長 商 人,エ デ ィ ン バ ラ 市 議i員,出 納 長

議 員

弁 護 士

商 人

'商人,リ ソ ネ ル 織 物 業 者

弁 護 士,の ち に 裁 判 官 長,プ レ ス ト ソ グ ラ ソ ジ 公

地 主

地 主

軍 人

裁 判 所 職 員

地 主

地 主,商 人

地 主

法 廷 外 弁 護 士

地 主

地 主

地 主

地 主 銀 行 家

リ ソ ネ ル 織 物 業 老

〃

経 済学 者

西 イ ソ ド貿 易 商 人, ロ ソ ドン 市 長

(注)1.創 業 時 は58人 の 株 主

2.○ 印 は,創 業 後,社 外 理 事 と な る 3.◎ 創 業 時 に,理 事 長 と な る 4.◎ 創 業 と 共 に 常 任 理 事 と な る

出 典)C.A.M・1・ ・1m,TheHist・Yy・fBYitishLinenBank(・ ρ・C2t・・)PP・12‑13・App234‑236, TheMinutesofBritishLinenBank,August3,1746,

し い 国 民 的 規 模 で の前 貸 問 屋 制(putting‑out system)で 再 編 す る こ とで あ った.

そ の 目的 遂 行 のた あ,紡 績 工 や 織 工 に 貸 付 を な し,ま た 技 術 改 良 や 新 織 布 の 導 入 に は奨 励 金 を下 付 した,勿 論,半 官 半 民 的 な企 業 と

して,評 議 会 を 通 して の政 府i援助 を 積 極 的 に

用 い た.

原 材 料 の 亜 麻(flax)を.ミ ル テ ィ ッ ク海 沿 岸 か ら購 入 す る た め,オ ラ ン ダ の ア ム ス テ ル ダ ム の ク リ フ ォ ー ド(GeorgeClifford)と 代 理 店 契 約 を 結 び,リ ガ(Riga)や 聖 ピ ー タ ス バ ラ(St.Petersburgh)か ら 亜 麻 を 購 入 し

(8)

80 季 刊 創 価 経 済 論 集 Vol.$No.3 表IIIイ ギ リス亜 麻 会 社 の 経 営 者 陣 の 推 移(1746年 一 ユ912年)(括 弧 内 は 在 位 期 間)

血詩左講唖㌔

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  総漏齢 饗聯鎌碩鷺縣就 沁人の重㈱観温羅融

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9年州b2年,と支98年な6保代 驚鑓撫鐵

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⑩⑪ ト,支トに ヘワ 柵藻霊

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副鴨弁蒼η‑︒函御&官伽R人者約翻のな府政伽Mπ議讐に孟漉一海囎も準鴨B‑︒のはし卿m㎎年に

魏  灘     辮

ひ歌軍m寵海畠た㎜観㎜程撫鍵

総①GD卒修鷺誰丁彙稗のか︒w讐西蜘覧藩騒猷α讐畠K翫α籠睾αse職 羅蘇蟻  織灘

⑥⑦⑧ ㎞難継 血難幻田外エ猶摺認駿珊構繍無

⑨⑩

出 典)C.A.Malcolrn,TheHistoryo!theBvitishLinenBank,op.cit.,pp.200‑22ユ よ り 作 成.

(9)

December1978北 政 巳18世 紀 ス コ ッ トラ γ ド亜 麻 工 業 史 表IVス コ ッ トラン ドの 亜 麻 織 布 製 造

(販 売 用 検 印 量)

表Vス コ ッ トラ ン ド亜 麻 工 業 の 製 品 (1730年 と1750年,単 位:ヤ ー ド)

年

1728 1738 1748 1758 1768 1778

..

1798 :1:

1818 1819 1820 1821 1822

8z

販 売 量

単 位 ヤ ー ド

2,183,978 4,6ss,ail 7,353,098 10,624,435 11,795,437 13,264,4104 20,506,310 21,297,459 19,390,497 31,283,1004 29,334,4284 26,259,011麦 30,473,4612 36,268,5302

価 格

単 位 ポ ソ ド 103,31293 185,026i19 293,8641211 424,141107 599,66942 592,023542 854,900i624 850,40399 1,014,629184 1,253,528802 1,157,923411 1,038,708185 1,232,0381544 1,396,29519112

注)ユ823年 法 に よ っ て,検 印 制 度 は 廃 さ れ た.

出 典)D.Bremner,TheIndustriesofScotland, TheirRise.ProgsessandPresentCond‑

ition1869.Kelly.NewYorkrepin1969 p.220.

謡格 子 縞 リ ン ネ ル と 棒 縞 ベ ソ ガ リ ソ

(Bengalines)

格 子 縞 ・

ハ ン カ チ ー フ

・フン一

リチ

カスソ

モハ ソ醐

リゥゴ

ススラグモ(

モ ス リ ン ・ ネ ク タ イ(ペ イ ズ リ 産)

1730

141,928

324,887

32,526

41,335

30,129

1750

529,511

1,115,557

371,258

108,036

83,850

た η.そ し て 広 告 に 基 づ く融 資 希 望 に 対 し,

「真 面 目な 勤 労 者 の評 判 」 の 紡 績 工 ・織 工 を 対 象 に 数 十 ポ ソ ドの 範 囲 内 で 貸 付 を 行 な っ た8).

ま た1746年 に,カ ー ク ゥ ォ ル(Kirkwall) に 最 初 の リ ン ネ ル 紡 績 学 校 と織 布 工 村 落 が 設 立 さ れ た が,そ の 推 進 者 オ ー ク ニ 卿(Lord SuperiorofOrkney)は ジ ャ コ バ イ トの 乱 の あ とパ リの バ ス テ ィ ー ユ 牢 獄 に 入 り,そ こ で の 見 聞 を 生 か し て 発 足 し た も の で あ っ た.

紡 績 学 校 で は,婦 女 子 教 育 の た め,評 議 会 か ら の 下 付 金 に よ っ て 雇 用 さ れ る 熟 練 紡 績 工 の 指 導 の も とに 行 わ れ た.

7)原 材 料 購 入 と 織 工 へ の 販 売 の た め,織 工 協 会 長 ダ イ グ(Daig)と パ ー ト ナ ー シ ッ プ を 組 み,£

6000の 資 本 金 の う ち £5000を 提 供 し,さ ら に は 彼 に 年.:1の 賃 銀 保 証 と 売 上 の50の 利 潤 を 提 供 し た.し か し 試 み は 不 成 功 に 終 り,10年 後 瓦 解 し た.CharlesAMalcolmoρC2t.,P.28.

8)「 広 告 」 は,1746年10月16日 のEdinbughCo‑

urantに 掲 載 さ れ,最 初 の 顧 客 はErrolのDa‑

vidKnoxで,茶 褐 色 粗 リ ソ ネ ル(browncoarse linens)織 物 の 製 造 の た め の 信 用 貸 £400を 求 め

た.TheMinutesofBritishLinenBank230ct.

1746・ し か し 通 常 は 数 十 ポ ン ドが 原 則 で あ っ た .

出=典)StatesoftheAnnualProgressofthe

LinenManufacturesinScotland1727‑一 一54, BoardofTrusteesM.S.S.No.94

1747年1月),rは 会 社 理 事 の 有 力 者 バ ト リ ッ ク ・ クPウ フ ォ ル ド(PatrickCrawford)

の 尽 力 に よ っ て 王 立 ス コ ッ ト ラ ン ド 銀 行 (RoyalBankofScotland)か ら £1万 の 現 金 信 用 を 獲 得 し,共 同 経 営 者 マ ク ロ ウ(Mc Culloch)と ト ッ ド(Tod)は 「銀 行 業 の よ

う に 」 営 業 す る こ と を 決 め,代 理 店(agents), 織 工(weavers),造 業 者(manufacturers), 顧 客(customers)に,約 束 手 形 で 支 払 っ た.

理 事 会 は,そ の 提 案 を 受 理 し,3ヵ 月 後 に 法 定 利 子 を 支 払 う 条 件 明 記 の £100,£20,£5 紙 幣 を 発 行 し た.か く し て1747年 の9月 に は.

「イ ギ リ ス 亜 麻(リ ソ ネ ル)銀 行 」9)(British LinenBank)の 基 礎 が で き た.そ の 後,こ れ

ら の 銀 行 券 は 広 く 一 般 に も 流 通 し,3年 後 の 1750年 に は £1,さ ら に10sの 銀 行 券 に ま で 拡 大 さ れ,辺 境 の 織 工 家 庭 に ま で 流 通 し た.

9)イ ギ リ ス 亜 麻 会 社 は,「 銀 行 」(Bank)の 名 称 変 更 を 特 許 状 の 更 新(30年)毎 に 申 請 す る が,法 務 省 は 「リ ソ ネ ル 工 業 に 有 用 で あ る 旨 を 廃 す る と 会 社 は 瓦 解 す る 」 と 勧 告 し,申 請 は 却 下 さ れ,1906年 に 初 め て イ ギ リス 亜 麻 銀 行(British LinenBank)と な る.Malcolm,opCZt.rP.142.

(10)

82季 刊 創 価 共 同 経 営 者 マ ク ロ ウ と ト ッ ドは,分 業 的 協 業 に よ っ て 会 社 経 営 に 当 っ た.マ ク ロ ウ は, 会 社 直 営 の 漂 白 場(bleach‑field)経 営 を 企 画 レ,ミ ル ト ン 公 か ら地 所 を 借 りた.さ ら に 織 布 工 協 会 長 デ ィ ピ ッ ド ・ダ ィ グ(David Daig)の パ ー トナ ー シ ヅ プ に よ り製 造 工 程 の 確 保 を 計 っ た.さ ら に 在 庫 用 の 倉 庫 を,1747 年 に 偉 ソ ド ン,1749年 に グ ラ ス ゴ ウ,1750年 に

レ イ ス に 建 設 し た.ト ッ ドは,ロ ン ド ソ や イ ソ グ ラ ン ド諸 地 域 で の 顧 客 拡 大 が 業 務 で あ っ た.彼 の 進 言 に よ っ て,同 じ亜 麻 織 物 で あ っ て も,西 イ ソ ド諸 島 の 土 着 民 用 に は 明 る い 色 調 の 柄 様,北 ア メ リ カ植 民 地 用 に は 褐 色 や 茶 色 の 柄 様 が 好 ま れ る こ と を 知 り,お の お の を

製 造 し た.

イ ギ リス 亜 麻 会 社 は,リ ン ネ ル の 前 貸 問 屋 制 の 代 理 店 を 統 結 し,紙 幣 発 行 や 前 貸 業 務 を 通 じ て,そ れ を 銀 行 事 業 の 地 方 代 理 店 へ と 変 身 さ せ て ゆ く こ と に な る.そ れ ゆ え 先 輩 格 の 銀 行,殊 に ス コ ヅ トラ ン ド銀 行 か らす れ ば, 煩 し い 存 在 とな りつ つ あ り 「イ ギ リス 亜 麻 会 社 は,急 速 に 疑 似 銀 行(quasi‑bank)と な り つ つ あ り,し か も 王 立 ス コ ッ トラ ン ド銀 行 の 理 事 会 の 勢 力 拡 大 に 加 担 し て い る10)」 と 観 て い た が,か つ て の ダ リエ ソ 会 社 企 画 ス コ

ユ0)チ ェ ヅ ク ラ ン ド教 授 の 分 析 で は,18世 紀 ス コ ッ ト ラ ン ドで は3回 の 銀 行 間 戦 争 が あ り,第1 次(1695年)は ス コ ッ ト ラ ン ド銀 行 創 立 と ダ リエ

ン会 社 の 反 発.第2次(1727‑8年)は 王 立 ス コ ッ ト ラ ン ド銀 行 創 立 を め ぐ り,第3次(1749‑61年) は,2銀 行 間 に タ バ コ 貴 族 の 個 人 銀 行 を 巻 き 込 ん で の 争 い で あ っ た.そ の 際,ス コ ッ ト ラ ソ ド 銀 行 は 船 舶 銀 行(GlasgowShipBank)を,王 立

ス コ ッ トラ ソ ド銀 行 は 軍 備 銀 行(GlasgowArms Bank)を 肩 入 れ した.勿 論,イ ギ リス 亜 麻 会 社

は,理 事 会 メ ン バ ー の 重 複 か ら も 分 る 如 く,王 立 ス コ ッ ト ラ ソ ド銀 行 側 と み な さ れ た.注 目 す べ き こ と は,新 興 産 業 都 市 グ ラ ス ゴ ウ を 舞 台 と

し て の 争 い で あ っ た こ と で あ る.

経 済 論 集Vo1・8No.3

ッ ト ラ ソ ド西 イ ソ ド会 社 と し て 国 民 の 熱 狂 的 な 期 待 を 伴 な っ て い た 一 と 同 様 に,ス コ ッ

トラ ン ド国 益 事 業 の 試 み へ の 反 対 は 愛 国 心 の 欠 如 と し て 非 難 さ れ る の を 危 惧 し て 黙 認 し た 。

勿 論,他 方 で は 同 じ 特 許 状 認 可 の 仲 間 会 社 の 意 識 も 働 い た で あ ろ う.

1746年 か ら1753年 の 間,イ ギ リス 亜 麻 会 社 の 取 扱 っ た 亜 麻 織 物 の 約 半 分 が,輸 出 さ れ た.そ し て 会 社 は,原 材 料 供 給 と販 売 市 場 の 点 で は ス コ ヅ ト ラ ソ ド初 の 国 際 企 業 と な っ て い た.オ ラ ソ ダ の ロ ヅ テ ル ダ ム に は,ジ ェ イ ム ズ ・クRウ フ ォ ル ド(JamesCrawford)

を 金 融 代 理 店 と し,オ ラ ン ダ 亜 麻 を 輸 入 し ダ ン デ ィ(Dundee)の 紡 績 工 へ 供 給 し た.ま た ド イ ツ の リ ガ(Riga)に は,ジ ョ ン ・ヘ

ン ダ ー ソ ン(JohnHenderson)を 代 理 店 と と し,ド イ ツ 亜 麻 や リ ン ネ ル 製 品 を ス コ ッ ト ラ ン ドへ 輸 入 し た.

ま た 製 品 市 場 の 面 か ら み る と,国 内 市 場 で は ロ ン ド ソ 倉 庫 で の 直 接 販 売 の 他,リ バ プ ー ル,ハ ル,マ ソ チ ェ ス タ ー,プ レ ス ト ソ,ニ

ュ ー カ ヅス ル の 織 物 業 者 と代 理 店 契 約 を 結 ん だ11).海 外 市 場 で は,西 イ ン ド諸 島 や ア メ リ

カ 植 民 地 へ は 商 業 旅 行 者 を 「会 社 販 売 人 」 と し て 雇 用 し て 派 遣 し,亜 麻 糸 や リ ソ ネ ル 布 を 販 売 し た.ア メ リ カ で の 最 初 の 定 着 代 理 店

は,エ デ ィ ソ バ ラ の 元 医 者 ホ ル ス バ ラ(Dr・

Horsburgh)で,病 気 療 養 の た め ア メ リ カ の

11)ロ ン ド ン で は 大 量 の 商 品 が 販 売 で き た に も か か わ らず,維 持 費(給 与,手 数 料,地 代,保 険 等)ゆ え に 利 益 は 上 ら な か っ た.そ れ ゆ え 共 同 経 営 ト ッ ドは,退 社 を 申 し 入 れ,別 に 会 社 を 作

り,イ ギ リス 亜 麻 会 社 の 委 託 販 売 人(factor)と な る こ と を 申 し 出 た.そ こ で 会 社 は,彼 に 年 間 売 上 を £15,000越 え な い 限 り2。5%の 手 数 料, 0.5%の 置 代 を 支 払 う こ と を 決 め た.C.A.Ma1・

color,opcit.,p.45.

(11)

Decemberユ978北 一政 巳

表VI

18世 紀 ス コ ッ トラ ン ド亜 麻 工 業 史

評 議 会 か ら 亜 麻 織 物 製 造 へ の 奨 励 金 の 内訳(1754年)

83

)))))㍉ノ))))))))))))))))123456789012345678901211ーユー11111222

リソネ ル 種 子 栽 培 へ の プ レ ミア ム

亜 麻 の栽 培 と工 場 で そ れ を 硫 毛す る技 術 教 育 の 普 及 費 用 2)の 実 現 の た め 雇 用 さ れ る外 国 人亜 麻 栽 培 者 へ の賃 銀 各 地 に 散 在 す る12入 の亜 麻 栽 培 者 へ の 賃 銀

3),4)の 亜 麻 栽 培 者 の 調 査 ・検 査 を す る役 人 の 賃 銀 2人 の熟 練 縦 糸 通 し工 の 雇 用

そ の経 糸通 し技 術 の普 及 のた め の 費 用 そ の 経 糸通 し の器 具 を 維 持 す る た め の 費 用

3紡 績 学 校 の 維 持 と織 糸 製 造 へ の 奨 励 金 オ ラ ソ ダ人 織 機 製 作 者 へ の 賃 銀

改 良 織 機 へ の 試 作 費 用

職 人 を 教 育 す る オ ラ ン ダ人 織 工 親 方 へ の 賃 銀 ナ ラ ソ ダ織 機,器 具 の 購 入 費

最 高 級 リソネ ル 織 へ の 奨 励 金

洗 毛,撰 毛,織 毛 技 術 教 育 を施 す 役 人 へ の 賃 銀 上 質 か な きん の 倉庫 保 管 人 へ の賃 銀

上 質 か な きん の製 造 を 維 持 す る 費 用

グ ラ ス ゴ ウ郊 外 で のAndrewandWilliamGraysへ の 漂 白 場 拡 充 費 用 そ の他2入 の 漂 白場 親 方 へ の援 助

AndrewandWilliamGraysの 漂 白 技 術 を 普 及 させ る た め の 費 用 刻 印を 担 当 す る5人 の 親 方 へ の 賃 銀

21)を 監 督 す る 役 人 へ の賃 銀

£93・ ・

50・ ・

.1

90・ ・

・1

40・ ・

16・ ・

26・ ・

67・ ・

30・ ・

25(YO}

:1 213(15)

210・ ・

9700)

100・ ・

100・ ・

1,000

350・ ・

200・ ・

550・ ・

250・ ・

計 £3,80815一

出 典)ScottishRecordOffice,Recovdso/the.illIo∫TvusteesforFisheriesandManufactures, StatesoftheAnnualProgressoftheLinenManufacture,1727‑1754,pp.54‑56.

ニ ユ ー ・プPビ デ ソ ス(NewProvidence)

へ 行 き,転 職 し イ ギ リス 亜 麻 会 社 の 代 理 商 と な っ た,ま た 西 イ ン ド諸 島 で は,ハ リデ イ (Halliday)兄 弟 が ロ ン ド ン在 住 の 長 兄 と連 絡 を と りつ つ,代 理 店 を つ と め た.そ の 他 カ

ナ ダ の ケ ベ ヅ ク,ポ ル トガ ル の リ ス ボ ン,ス ペ イ ン の マ ド リ ッ ドに 代 理 契 約 店 を も ち,リ ン ネ ル 織 物 を 販 売 し た.そ の 際,ヨ ー ロ ッ パ や 新 大 陸 へ 出 稼 ぎ,ま た 移 民 し た ス コ ッ ト ラ ソ ド人 同 胞 が 最 大 の 協 力 者 と行 動 し た こ とが, そ の 国 際 通 商 網 形 成 に つ な が っ た こ とが 注 目

さ れ る.

し か し 全 体 的 に み れ ぽ,ス コ ヅ ト ラ ン ドの リ ン ネ ル 生 産 の シ ェ ア は 低 落 し,1751年 の 全 イ ギ リス の8.9%か ら1759年 に は5.8%0に な

り,1762年 に は さ ら な る 低 落 を み る に 至 っ た.

そ の 間,一 時 的 で は あ る が フ ラ ン ス と の 七 年 戦 争(1756‑1763年)の 勃 発 に よ り,リ ン ネ ル 工 業 に 新 し い 需 要 を 与 え た.ダ ン デ ィ, カ ー カ ル デ ィ(Kirkcaldy),ダ ソ フ ェ ル ム ラ イ ン(Dumfermline),ク ー パ ・ ア ソ ガ ス (Coupez‑Angus),パ ル ス(Perth)等 の ス コ ッ トラ ン ド東 海 岸 に 数 多 く の 紡 績 ・織 布 企 業 の 創 出 を み た.

し か し 七 年 戦 争 の 終 り と と も に,軍 需 ブ ー ム は 消},イ ギ リス 亜 麻 会 社 は 不 況 に 陥 い っ た.先 ず(1)海 軍 ・陸 軍 用 の リ ン ネ ル 市 場 需 要 は 消}去 り,貸 付 の 債 務 履 行 は 不 可 能 とな っ (2)外 国 産 亜 麻 の 高 騰 に よ る 原 料 高12)ゴ ま た 外

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