はじめに
我が国をはじめとして,多くの先進国では高 齢化が著しい.最長寿国である我が国の高齢化 率は 27.3%(2016 年 10 月 1 日時点)となり,
現在30%に迫ろうとしている.疾患治療の進歩 とともに,高齢者のなかには,生活は自立して いるものの,複数の疾患に罹患し,要介護状態 となるリスクの高いフレイルな患者(精神的・
身体的・社会的に脆弱な状態に置かれた患者)
が増加している.しかしながら,「フレイル」と いう老化に伴う病態に対する認知度が低いた め,疾患治療のみが行われ,フレイル予防に関 する適切な指導が行われず,結果として,高齢 者の自立性が損なわれる可能性が高まってい る.このフレイルの主たる要因と考えられてい るのが,加齢に伴う筋肉の衰えであるサルコペ ニアである.すなわち,加齢とともに骨格筋量 が減少し,筋力は低下する.ヒトの骨格筋量は 30 歳代から年間 1~2%ずつ減少し,20 歳代か
ら比べ,80 歳頃までに約 30%の筋肉が失われ るといわれている.加齢に伴う骨格筋量の減少 は,骨密度や脳重量の減少のように,加齢によ る生理的な現象として捉えられてきた.しか し,ある一定量以上に骨格筋量が減少した場合 には,生理的な骨格筋量低下と区別すべきであ るという考えのもと,1980年代後半,Rosenberg は,ギリシャ語のsarx(筋肉),penia(喪失)と いう語を組み合わせ,サルコペニア(sarcope- nia)という概念を提唱した1).本稿では,「サル コペニア診療ガイドライン 2017 年版」(日本サ ルコペニア・フレイル学会,2017年)の発刊に 至った過程及びその内容について概説する.
1.サルコペニアの概念及び診断基準 サルコペニアに関する研究は,1990年代初頭 から少しずつ進み,当初は四肢の除脂肪重量を もとに診断基準が作成された.すなわち,四肢 の除脂肪重量は四肢の筋肉重量に近似するた
国立長寿医療研究センター
115th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Symposium:1. Science and clinical findings in sarcopenia;1)Clinical sarcopenia guidelines.
Hidenori Arai:National Center for Geriatrics and Gerontology, Japan.
本講演は,平成30年4月13日(金)京都市・京都市勧業館(みやこめっせ)/ロームシアター京都にて行われた.
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シンポジウム
サルコペニアの科学と臨床
1)サルコペニア診療ガイドライン
荒井 秀典 Key words サルコペニア,骨格筋,握力,歩行速度,アジアサルコペニアワーキンググループ
め,四肢の除脂肪重量を身長(m)の 2 乗で除 し た 値 を 骨 格 筋 量 指 標(skeletal muscle mass index:SMI)と定義し,若年成人の平均-2SD
(standard deviation)を下回る場合にサルコペニ アと定義した2).この考え方は骨粗鬆症と同様 である.その後,サルコペニアに関する多くの 観察研究が行われた.老化による筋肉への影響 は,骨格筋量の低下に始まり,パワー(power)
や筋力(strength),そして,歩行速度の低下に つながる.また,それだけではなく,握力・歩 行速度の低下と死亡や転倒,ADL(activities of daily living)の低下等,さまざまなアウトカム との関連が示された3,4).その結果,骨格筋量よ りむしろ筋力・歩行速度の方がアウトカムとの 関連が強いことが示されるようになり,サルコ ペニアの定義は骨格筋量の低下だけでなく,筋 力・身体機能も含めて評価すべきという考え方 が一般的になってきた.
このような流れのなか,2009年,欧州老年医 学会は,日常診療や調査研究で用いるためのサ ルコペニアの定義及び診断基準を設定するサル コペニア・ワーキンググループの結成を決定し た.そのほかに,欧州臨床栄養・代謝学会,国 際栄養・加齢学会及び国際老年学・老年医学 会―欧州地域がこのグループに加えられ,欧州で のサルコペニア・ワーキンググループ(Euro- pean Working Group on Sarcopenia in Older Peo- ple:EWGSOP)が結成された.2010年,EWGSOP はコンセンサス論文を発表した5).本論文にお いて,サルコペニアは「筋量と筋力の進行性か つ全身性の減少に特徴付けられる症候群で,身 体機能障害・QOL(quality of life)低下,死のリ スクを伴うもの」と定義され,EWGSOPによる 骨格筋量低下,筋力低下,身体機能低下(歩行 速度 0.8 m/秒以下)からなる臨床的な診断手順 が示された.本基準は,65歳以上の高齢者を対 象とし,骨格筋量低下が必須条件とされ,それ に筋力低下または身体機能低下のどちらかが加 われば,サルコペニアの診断に至る.なお,骨
格 筋 量 の 評 価 に はDXA(dual-energy X-ray absorptiometry)法が推奨されている.そして,
低骨格筋量の定義は若年者(概ね 20~40 歳,
男女別)の平均値-2SD以下とされている.さ らに,サルコペニアの病期分類は,骨格筋量低 下のみをプレ・サルコペニア,骨格筋量低下・
筋力低下・身体機能低下の全てを満たす場合を 重症サルコペニアと定義されている.
また,アメリカを中心としたグループである International Working Group on Sarcopenia
(IWGS)も,同じく2009 年よりサルコペニアの 診断基準作成に向けた活動を開始した.そのな かで,サルコペニアは以下のように定義されて いる.すなわち,サルコペニアは,加齢とともに 起こる骨格筋量とその機能の低下である.サル コペニアは複雑な症候群であり,骨格筋量の低 下のみの場合もあれば,それに肥満を合併して いる場合もある.サルコペニア発症の原因は,
廃用や内分泌機能の低下,慢性疾患,炎症,イ ンスリン抵抗性,栄養不足等,さまざまな原因 が考えられる.IWGSによる基準では,歩行速度
(1.0 m/s以下)と骨格筋量の低下を同時に満たす 場合をサルコペニアと診断するとされている6). このように,サルコペニアに関する研究は欧 米が先行しており,診断基準が作成されてきた 経緯がある.しかしながら,欧米人の基準をア ジア人にそのまま適用できるとは考えにくく,
アジア人独自の診断基準を策定すべきという機 運が高まった.そこで,2013 年 3 月,我々は,
日本,韓国,中国,台湾,香港,マレーシア,
タイの 7 カ国(地域)の研究者からなるアジア サルコペニアワーキンググループ(Asian Work- ing Group for Sarcopenia:AWGS)を設立し,そ こでの議論を経て,アジア人のための診断基準 を提唱した(図)7).我々の診断基準において は,EWGSOPの基準同様,握力・歩行速度いず れかの低下を有し,骨格筋量の減少が認められ る場合にサルコペニアと診断することとした.
しかしながら,欧米人とは体格や生活習慣が異
なり,筋力や骨格筋量にも違いがあることか ら,握力と骨格筋量についてはアジア人独自の 基準を定め,握力低下については,男性 26 kg 未満,女性 18 kg未満,骨格筋量低下について は,DXA法で男性 7.0 kg/m2未満,女性 5.4 kg/
m2未 満, 生 体 イ ン ピ ー ダ ン ス(bioelectrical impedance analysis:BIA)法で男性7.0 kg/m2未 満,女性5.7 kg/m2未満をサルコペニアと定義し た.本診断基準でBIA法を採用したのは,アジア ではBIA法を用いた多くのエビデンスがあると いうことに加え,DXA法を実施できる施設が未 だ少ないという理由による.これらAWGSの診 断基準におけるカットオフ値は,アジア人の疫 学研究をもとに設定されている.なお,ほぼ同 時期に,アメリカのFoundation for the National Institutes of Health(FNIH)グループから,BMI
(body mass index)で補正したSMIと握力を用い ることにより,サルコペニアの診断を行うこと が提唱された8).
2. サルコペニア診療ガイドライン 策定の経緯
このような複数の診断基準策定の動きを受け て,2016 年 10 月 1 日にはサルコペニアがICD
(International Classification of Diseases)-10 の コード(M62.84)を取得し,独立した疾患とし て認識されるに至った.現時点では,我が国に おいて,傷病名としては認められていないが,
認知度を高めるためにも,診療ガイドラインの 作成・普及が急務であるという認識のもと,そ の作成が日本サルコペニア・フレイル学会にお いて決定され,2016年3月に診療ガイドライン 委員会が組織された.
「サルコペニア診療ガイドライン 2017 年版」
は,全体を通して 4 章に分かれており,第 1 章 は「サルコペニアの定義・診断」,第2章は「サ ルコペニアの疫学」,第3章は「サルコペニアの 予防」,第4章は「サルコペニアの治療」から構 成されている.診療ガイドライン作成にあたっ ては,委員全員の合議によりクリニカルクエス チョン(clinical question:CQ)が作成され,そ れに基づいて検索式が立てられ,PubMed,コク ランライブラリー及び医学中央雑誌(医中誌)
の 3 つのデータベースを用いてシステマティッ クレビューが行われた.
診療ガイドラインの草稿は,他学会による外 部査読を受けている.利用者としては,医師,
看護師,薬剤師,管理栄養士,理学療法士及び 作業療法士等の医療専門職を中心に想定してい 図 アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)の診断基準7)
または歩行速度低下握力低下
No Yes
No Yes
サルコペニアなし
サルコペニア サルコペニア
以外の疾患
筋肉量低下 DXAまたはBIAで測定 男性:<7.0 kg/m2
女性:<5.7 kg/m(BIA),5.4 kg/m2 2(DXA)
握力:男性:26 kg未満 女性:18 kg未満 歩行速度:0.8 m/秒以下
るが,介護職による活用も視野に入れている.
3.サルコペニア診療ガイドラインの概要 本診療ガイドラインにおいては,CQに基づく システマティックレビューを行っているため,
サルコペニアの診断にあたっての細かい注意点 は記載されていないものの,本診療ガイドライ ンとしてはAWGSによる診断基準(図)の使用 を推奨したい9).
また,加齢以外に原因が明らかでない場合は
「一次性サルコペニア」(加齢性),加齢以外に1 つ以上の原因が明らかな場合は「二次性サルコ ペニア」とされ,「二次性」は活動に関連するも の,疾患に関連するもの,栄養に関連するもの に分けられている.本診療ガイドラインにおけ る診断基準は,一次性,二次性のいずれにおい ても使用可能であるが,一次性については,
AWGSによる診断基準で規定されているよう に,65 歳以上を対象とし,二次性については,
特に年齢制限は設けないこととする.
各測定に関しても,基準を定めている.握力 については,左右それぞれ 2 回ずつ測定して最 大値を採用する.測定機器については問わない が,JAMAR型握力計が推奨される.座位で,上 肢は肘関節を直角にして体幹近くに置き,検者 は握力計を支持し,被検者が握力計の重さを感 じないように測定することを基本とするが,立 位・上肢伸展位での測定も可とする.
歩行速度については,加速・減速を除く通常 歩行速度を,4 m以上の歩行により評価するこ とが望ましい.すなわち,6 m以上のスペース を確保し,0 m地点から 6 m地点まで歩行し,
1 m地点から 5 m地点までの 4 m歩行に要する 時間を測定する.測定回数は原則 1 回とする.
四肢骨格筋量の評価には,DXA法またはBIA法 を用い,四肢除脂肪体重または四肢筋肉量を測 定し,身長(m)の 2 乗で割って補正する.し かしながら,BIA法は装置及びその出力ソフト
ウェアによって四肢骨格筋量の値に差が大きい ことが知られており,今後の検討課題である.
DXA法による測定においても同様の問題が存在 する.また,CT(computed tomography)を用 い,腰椎L3 レベルでの腸腰筋の面積を身長の 2 乗で割り,筋肉量の低下を診断する研究も行わ れているが,方法やカットオフ値等に関するコ ンセンサスは十分とはいえず,本診療ガイドラ インとしては採用しなかった.
サルコペニアの一般高齢者における有病率 は,大規模研究に限ってみると 6~12%であっ た.2 型 糖 尿 病, 慢 性 閉 塞 性 肺 疾 患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)等の疾患 を合併するとサルコペニアの頻度は高くなり,
慢性腎臓病におけるサルコペニアの有病率は,
保存期(G3~G5)で 5.9~14%,透析期で 12.7
~33.7%とされ,プレ・サルコペニアの頻度は,
病期の進行に伴って上昇することが示されてい る.骨粗鬆症とサルコペニアは併存しやすく,
両者の合併は歩行障害やバランス喪失と関連し ていた.サルコペニアのアウトカムに関して は,転倒や骨折,フレイルとなるリスクが高く,
サルコペニアを合併すると,がん患者の生存率 が低下するだけではなく,手術後の死亡リスク が高くなることが明らかになった.
予防に関しては,適切な栄養摂取,特に 1 日 に(適正体重)1 kgあたり1.0 g以上のたんぱく 質摂取,運動習慣ならびに豊富な身体活動量 は,サルコペニアの発症予防に有効である可能 性があり,いずれも推奨される.治療に関する エビデンスは,そのエビデンスレベルが非常に 低く,今後の研究が待たれるが,体重 1 kgあた り,1 日 1.2~1.5 gのたんぱく質摂取が推奨さ れ,サルコペニアを有する高齢者には,レジス タンス運動を含む複合的な運動プログラムが必 要である.
サルコペニアは,既に我が国において傷病名 として認められているが,本診療ガイドライン により,さらに臨床現場や地域保健におけるサ
ルコペニアの重要性の認識が進み,その診断・
治療が適切になされることを期待する. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:荒井秀典;講演 料(アボット ジャパン)
文 献
1) Rosenberg IH : Sarcopenia : origins and clinical relevance. J Nutr 127 : 990S―991S, 1997.
2) Baumgartner RN, et al : Epidemiology of sarcopenia among the elderly in New Mexico. Am J Epidemiol 147 : 755―763, 1998.
3) Newman AB, et al : Strength, but not muscle mass, is associated with mortality in the health, aging and body composition study cohort. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 61 : 72―77, 2006.
4) Dumurgier J, et al : Slow walking speed and cardiovascular death in well functioning older adults : prospective cohort study. BMJ : 339, b4460, 2009.
5) Cruz-Jentoft AJ, et al : Sarcopenia : European consensus on definition and diagnosis : Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age Ageing 39 : 412―423, 2010.
6) Fielding RA, et al : Sarcopenia : an undiagnosed condition in older adults. Current consensus definition : preva- lence, etiology, and consequences. International working group on sarcopenia. J Am Med Dir Assoc 12 : 249―
256, 2011.
7) Chen LK, et al : Sarcopenia in Asia : consensus report of the Asian Working Group for Sarcopenia. J Am Med Dir Assoc 15 : 95―101, 2014.
8) Studenski SA, et al : The FNIH sarcopenia project : rationale, study description, conference recommendations, and final estimates. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 69 : 547―558, 2014.
9) サルコペニア診療ガイドライン作成委員会編:サルコペニア診療ガイドライン 2017 年版.東京,2017.