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國 際 カ ル テ ル に 關 す る 覺 書

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(1)

國 際 カ ル テ ル に 關 す る 覺 書

前 川 忠 良

近代国豪形成以来︑半封建的軍国主義的崎型の庭先構造の矛盾を争みつ1︑飛躍的な賢本主義的発展を続けた吾国

は︑帝国主義植民地争奪戦たる第二次世界大戦に於ける壊滅により世界賢本主義列強より完全に脱落した︒爾来国民

の努力にも拘らず︑経済力回復の速度は世界各国の末席を汚すに過ぎない︒敗戦国占領下と云う条件の下には︑当然

の帰結かも知れないが︑講和条約締結後の富国の.現状は独立画の名に伯するかは束はしい︒日米安全保障条約下の吾

国は︑汽本主義諸国の覇者と共産主義諸国の指導者との対立の前線基地に化し両大国の動向︑宣伝に竺愛し︑且

つ資本主売国の景気変動の波に躍らされつ上も︑米国の指導と共に︑国内産莞構造の矛盾は再び軍国主義︑帝国主義

的解決に依存しようとし︑国内苗場の狭陰性は資本主義宙場えの割込を計らざるを得ない︒乍然︑米国的日本指導は

日本をして米国の尖兵たらしめ︑極東の軍事兵砧基地たらしめようとする︒日本政府の政指そのものが︑その独自性

を東紺されざるを得ない現状に於ては︑吾火は日本の経済政策を論ずるに当って︑資本主義圏に指導的役割を占むる

米国の対外政策の理解は︑その不可欠の大前提たらざるを得ない︒昨今︑資本主筆市場を廻る米英の対立激化し︑再

び経済ブロック化︑国際カルテルえの動兆を見る時︑国際カルテルなる一局面から米国世界政盛に一瞥を加える事は

日本に於ける経済政策分析の一側面と考える事が出来る︒

但し本稿に於ては︑一九四四年国際連合発鬼当時の︑世界の恒久平和えの期待に満ちた時代の︑米国世界政策の理論

国際カルテルに関する覚書二九

(2)

組組

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組謀

1110 

gi ポ ~8 誕百剖Et...)ふ~.\J T¥t  J. 付近 s{a ~ Corwln  D.  Edwards 

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A  Cartel  policy  for  the  United  Natlons"  (  1 ・尺 E 同社)肘~~...)ド品 s{à

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怯 Corwin D.Edwards 

The  Nature  of  the.  Internatlonal  Cartel  Proble ;n  "by  Fritz  Machlup 

'The  Status  of  Cartels  in  post‑¥var  Europe"  by  Ben 

V!. 

Lewls 

'Cartel  Po 1i cy  aud  Intemational  Securitj

"by R. abcrt  P.  Terr~ll"

Experlence  vuth  Un i1 ateral  AcUon  to‑ .v ard  Inter ・ nafona: Cart21s ・ .'by Theo

0 1" e. ].  Kreps 

'The  Possib i1i ties  of  a11  Jntem:ltioaai  PoEcy  to  Nard  Cartels"  by  Corv.rin  D.Edwaras 

Fritz  Machlup.  Professor  of  Economlcs

, 

U i1 ~Vεrsity of  Buifalo

, 

oli  leave;  Chief

, 

Dh

ision of  Research 

and  Statistics ,  Off;ce  of  AEc l1  pro  pert y

Cm;toJ.~an.

Robert  P.  Terril l.  Asslstant  Ch;u ,  Commo ヨ i ti. es Dlvislon ,  D2partment  of  State;  Formerly  Ass:.sta l1 t 

Proffessor  of  Economic~ , Ree

e. 

Colle r, e. 

Corwn  D.  Edwards.  Professor  01  Ecollomics

, 

Northwester ・ n Unlver~ity; FormerIy

, 

consu 1t ant  011 

cartels

, 

Department  of  State

, 

and  chalrman

, 

Policy  Board

, 

Antitrust  Dlvlsion

, 

Department  of 

Justice. 

程 Edwards

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\三世1d ~ν~* 判::! ~ ~ Faculty  oI  Po !lt lcal  Sclence@ 刊誌~S'ト1d ~ l -r; SI 同社 SI~ í1ロ λU

ト 4く卦~!と.Q&必結;持制 j渠草 ...).w ~8\J ぬ,a~出くのや程きi:!~ペ 8 ぷ迫。ト己主 i 室主d. l選窪寺 JW&~ ~V' 8 寝ぷ冥辺道

(3)

り同際カルテル

ω

研究に抗り︑戦後米同国際カルテル政策について助言する処があったが︑ボルに心川内せられた事は

何等米悶政府に対する政治的巧胞に上って山一品川得活れたも

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2 .

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作い︑.以川供給地及び出品

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' H いなクた︒光活性本主一許諾同家間の生向力の増夫に伴う競争の政化は︑一八七0 目

ω

拡大は向山的批一歩

ω

必然的条件

年代に初まった植民地姥得競争となっ

た︒院本主義下の競争は︑生産方法の不問の本坊と生産税杭の無制限的拡大を生み︑作一本及び生産の集中集積に伴って︑

平均利潤率を迎えた超過利潤︑川次大限利潤えの追求は独占形態化し︑帝問主張の段階に突入する︒経済土の独占は平和

な非侵略的政治と共存し符令︑同際況かγに於ける独占に上る咋一過利潤の確保は︑杭民地領有によクて初めて保証され

る白次八木主義競争に基づく不変浜本部介の泊犬︑川ち件一木の有機的日成の高度化は一般利潤ネの低下を汚す︒然るに︑

植民地領有は︑原料獲得

i

販売市場の独占的地位︑独占的宍易に主く不等価交抗︑安価な労助力件一源の確保︑独占的

内木の投下等に上り超過利潤を保抗する口元来件︑木は利河内三方に移劫し︑独占作一本主張段階に突入するやその植民

地争ボ戦は政烈を極めたのかくていは品川川止が川はな比えて行われ一祝めるや︑政府のそれに対する政策の是非論が生

LT

る︒一般に保芯穴易政策︑日山貿易政筑が対立する必木的理論として今日向九州ぜられて足る︒自由貿易政策は︑応業

平命後川市主義的貿易政策打破の為に唱えられ︑その勝利は産業件八木の商業性︑木に対する侵位となって現われ︑飛間

的向誌発足の主砲を築いた口然し乍ら︑性本主義発展の後進也に苦しんだ訪問は︑先進諸同に対抗する為に保護貿易

政策立一以川し穴

0.

而して保護貿易政策は各河内の生白力の急速友発民に役立ち世界市場の広大に武はした︒その限り

に於ては︑保認貿易政策は前併記・ポ乏で進歩的役却を況じ得たと云える︒然し乍ら︑イギワスに川町ける資本家的大工

立の山知山口︑日山口必政策立川え︑アタリカに於ける工抑止が︑急速な発注の災現在日犯として保詑貿易政策が採られ

た事は︑何れの政策にしても︑資本の要求に外ならない︒従って保護貿易政策と躍も︑自由主義自身を否定するもの

間際カルテルに関する党没

(4)

では以く︑そ

ω m

A 的叫ボシ一しては一氾限山はと一山むの別川にヱクて限定されねば・ならない︒従クて保護貿易政策が一

間にとって有利友場合でも︑他国にとっては自由貿易政策が有利な場合が存在し得る口唯高度の生産力段階にある故

も強力な資本主為国が常に他国の貿易政策をリードし︑自由貿易主義の提唱となって現われるのである︒従って︑自

由貿易︑保滋賀易政策等の現治は︑個々の現実的利害関係によって判断され得る是非論にすぎない︒五日えは資本主義

の発民法川即ち︑日山競争をば担とする作一本の一川生向︑集中︑集杭の自然法則的必然性の認識の上に立って︑自由貿

易政策︑保淀川

υ

一易政策の限史的意誌に於て捉えねばならないだろう︒

作一木主張発民矧に於て︑英国に於て唱えられた自由貿易政策は︑一夫悶の海外発足に大いに寄与する処があったが︑

光治問英同に対抗する為︑国家主義の昂揚は後進国︑特にドイツをして保護貿易政策を採用せしめ︑その急速な発展

は完治消同を陵忽せんとした︒叉米国は建薗以来の保護政策と同然的︑社会的好条件に環まれ︑その生産力は第一次

大戦後沢弘市場医於ける英国の牙城を震駁せしめ︑遂に英国をして自由貿易主義をオ w ノグワ協定(一九三二年)に於

て放架せしめた︒(英国及び保護領間陀於ける保護関税協定)︒即ち世界市場の経済的争奪は︑植民地諸国の保護関税

障問となり︑ドイツの世界カルテル政策に工る経済プロック化︑ー日本のダシピシグ政策となって現れ︑浜本主義諸国

家間の対立は︑世界貿易の縮少︑ドル・プロックロポ

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・スグ1リγ・ブロックロドイツ左中心とした欧州金 r

フ ロ

ックの鼎立となり政治的危機を増大した︒かくて後進国と先進国との対立は︑新興日独伊三国の︑持てる固に対する

武力行伎による市均一川介州戦たる第二次世界大戦となった︒第二次大戦に於ける物的︑人的損害は︑戦勝園︑敗戦国

を問わや︑第一次大戦の惨禍とは比すべくも無かった︒かふる苦い経験は︑戦後浜本主義国の指導的役割を負った米

国をして︑伝統的反 T

ラ ス

T 精神を基調とする︑国際連合機構による世界の国家主義の打破︑国際貿易の拡大に工る

恒久的世凶作平和樹立えの椛想を採らしめた︒

九日木︑主義的企業の集中集積はカルテル︑

T

ラスト︑コ γ チェル γ 等の形態と怠って現われる口カルテルは競争の出

来る丈完全な排除によって︑価格︑従って最大限利潤を高め工う v どする目的の︑諸企業上りなる可棺的︑独占的利益

協定と一式い得る︒企業合同によって︑同様の目的を達成せんとする独占的企業集中の T ラス?とは︑自ら区別されね

(5)

ぼたらない口然し乍ら︑利益協定も企業合同も︑同郡的即ち︑同一生産部門の諾企業の包括でもあり符るし︑叉企業

述人口的︑即ち︑連続する生産諸部門の諾企業を包括する事も出来る︒従って同程的又は述合的︑部分的企業合同及び

利益協定も存在し︑又同極的︑或引いは連合的独占的利益協定のカルテルも︑企業連合のT

一 フ

Tも存在する口然し乍

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カルテルによる市場統制の不完全性は屡えT

一 フ

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K

進展する︒従クて︑T

一 プ

Tとカルテルを法律上叉は機械

的に介類し︑批判する事は避けるべきであり︑企業の集中︑集積は利潤の最大限追求としての資本主義発展の一現象

形態として把握される口従クてカルテルは必やしも契約条文として法律の対照となる形態を採らやノ︑暗黙の了解事項

として存在する場合も︑人的結合として存在する場合も考慮せられねばたらない︒

かくて同門カルテルと同際カルテルの相具は︑市川一切の競争排除

K

よる独占的利益協定が︑前者が国内を主たる目的 対匁としたる範囲に泊まるか︑否かの︑市場範囲の問題にすぎや︑又国内市場と貿易の関聯は︑企業利潤にとって明

確怠る区別をするを相何十︑相互に関聯し合うが故に︑日同内カルテルは国際カルテルの前提となり︑国際カルテルが︑

カルテルのカルテルと一氏われる所以である︒従クて政府のカルテル政策は︑貿易との関聯なき同内カルテル政策も国

内カルテルと関聯たき国際カルテル政策も︑共に行い符十︑従クて国際カルテル政策に関する議論も国内カルテルを

主たる対象とする事は当然の事とたる︒

然し乍ら︑一同経済政策に関して︑国際貿易上その世界市場

K

於ける競争力の観点から︑即ち国内総資本対策とし

ての企芳︑集中︑集積による組織化が要詰せられると臨も︑企業集中︑集積の国内個別企業︑及び治費者に対する影響

の同内経済的観点を無況する事は出来たい︒資本主義生産に於ける後進性は︑対外政策と国内政策との矛盾する両面

L

しして現れ︑政府政策はこの両面が現実的に区別し符ないものとして現われる為に︑種えの政策上の困難を惹起せし

める

同際カルテルと国内カルテルとは︑資本の利潤追求の歴史的形態として把握せられ︑資本の運動として本質的差具 ︒

を認むる事は出来守︑一クの段階的発展過程として認識せられる︒然し乍ら︑国際カルテルが国内カルテルと相具し て特に非難せられる点は︑国家主義と資本の無国籍的性格との矛盾に由来する︒国内カルテルはその弊害を非難され

国際カルテルに関する覚書

(6)

経 営 と 経 済

つ ・ ・ ふ も ︑ 角 一 方 に 於 て 擁 護 せ ら る

t L

は︑性本主義に必然的にまつはりつく︑景気の上井︑及び恐慌の過程の終和に役

立ち︑資本家による計画生産の可能性が信ぜられるが故であり︑叉同際競争相に於ける抵抗力が育成されるが故であ

る︒後進諸問に於ては常に︑国内カルテル去政府の保護貿易関税政策が結び付いたのは以上の理由に依るものである口

その限りに於て保護貿易政策が資本主誌発民に貢献するが処あったが︑独占院本主義時代突入以後は国内に於ける独

占利潤保証の手段と化し︑貿易に於ては帝問主義的世界市場進出えの跳限台となった︒勿論︑独占は保護関税政策下

忙於てのみ結成されるものではないが︑保護関税なき自由貿易下の独占企業は︑外向商品に対する祇抗力弱く︑国民

経済的発展の速度が遅延せしめられる弊守を伴った︒

米国に於けるシヤ1

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T 法(一八九

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年)︑クレイ

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法(一九一四年)たるものも米国産業に於ける

過度集中の弊害を痛感しての︑与論に上る法制化であろうが︑元来︑競争と集中は閃果随伴の関係にあり︑独占も又

程度の差乙そあれ競争を免れないものである為に︑現代米同に於ける集中︑独占の発反は︑第一次︑第二次犬戦を通

じて高度︑広範囲に及んで居る︒米国に於ける反国家的国際カルテル'が大なる反刊行を呼び起したのは国家主義と浜本

の無国籍性との矛盾であり︑その直接の動機となったのは一九三七︑八年の恐慌に際しバルーズベル

T

が恐慌の原閃

を探求して得た一クの主要注点が︑米同経済内部に於ける独占の極度の発展であると云う事実に刊誌き﹁独占調禿法﹂

によづて︑臨時金因調有一委員会

( T N E C )

にヱクて恭毘された例であクた︒岡山々引用される如く︑米国ゼネラル・

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q ‑T ツク社︑及びスグ γ

1ド石油会社?とドイツ

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仇批判間に締契せられた利潤介配カルテルは

技術の交換を行い︑それは戦時に迄及んだ︒

かふる観点の下に︑所前米国伝統の門戸開放︑機会均等の現念は︑戦後世界経済の指専権を掘って華々しく国際連合

の舞台に乗り出した︒第二次大戦後の米国世界政策は︑一つの権力を伴った理念として︑世界恒久平和えの道につな

がるものとして︑その完遂を期して居るものと見る事が出来る︒

(

(7)

先づカルテルとは何かと云う問題にクき司・冨忠冨ロ℃氏に従クて私見を差抜みクtA

経済的性格を眺めてみる事にす る︒元来カルテル概念に関しては︑その規定の股昧さの為に諸説唱えられるが︑ピツヒャーはカルテルを﹁市場の継 続的た独占的支配によって︑最大の資本利潤の達成と一式う目的を追求する独占企業の契約による集団﹂としたが︑

宮 RE

ロ司氏は﹁カルテルは競争を減少し︑又は統制する目的を持つ処の企業の編成であるよとし︑︒︒

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点︒

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貿易制限に関する共謀等の法伴的用語を避けねばならぬとし︑﹁編成

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口問

︒目

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怠る用語は﹁協約﹂

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B O B g g

より広義に解せらるべきであり︑競争者間の契約に基礎を置くのでなく︑第三者に対する伺えの編成の 配列に基礎を泣く︒例えば︑貿易協定や協同体やクヲプに於ける組合員の契約であり︑又共同販売行為を行う伺えの 競争的生産者及び輸出業者によクて作られた単純た編成

B O E R S m o E g g

等であるとする︒従クて企業財政上の 所有関係に依るT一ブス?との区別︑契約条文の有無に伏る区別等を避ける事によって︑極めて広義な一般的規定とし

て考慮されて同ると考えられる︒

又同際カルテルは﹁国際貿易に於ける競争の減少︑又は統制しようとする目的と効果を持ク企業編成︒﹂とされる︒

かLる広義の規定は具論を称うべき点があるが︑此処では論じたい事とし︑一応ピユツヒヤ1の説を基準として︑﹁国

際カルテルは市場の継続的な独占的支配によクて︑最大の資本利潤を目棋とし︑国際貿易に於ける競争を減少し︑又 は統制する目的をもク独占的企業の契約乃至編成﹂とし︑拡大せられた意味に於て理僻する事とする︒現実として︑

企業の集中︑集計仙の形式は種々であり︑而も桂えの複合変型え態として存在する︒資本の誕生に於て刻印せられた宿 命は︑利潤

ω

飽くなき追求であり︑資本が利潤を食食する限りに於てのみ︑資本の再生産及び成長発展が約束せられ

る︒従クて︑院本論理の故も発展した現象形態として︑カルテルが把握される限り︑同一論理拠点を持ク事が出来る︒

カルテルの形態は代表的なものとして︑条件カルテル︑価格カルテル︑生産カルテル︑地域カルテルを挙げる事が 出来る︒条件カルテルは︑商品の販売(又は原料購入)条件に関する協定で最も低度なものと考えられる︒価格カル テルは市場独占力に伏る価格協定により︑カルテル加入者のれ泊利潤を保証せんとするもので︑従クて高い独占販売 価俗(又は低い独占的原料踏入価格)を立味する口価格カルテルはカルテルに一般的のものであるが︑市場分割可能

同際カパテルに附する党古

(8)

‑L. 

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怠る場合︑用途別商品生産割当可能なる場合︑︐資本の目的達成の為には必十しも必要ではたい口価格カルテルは

︒ ロ E

q R

をして競争意識を誘悶し︑生産を増加せしめ︑'又加入者をも協定価格による販売可能限度を超えた生産増

加︑生産設備の拡張を誘う結果となる︒か・ふる超過生産は滞貨の果的となり︑市場を混乱に導き︑協定の維持を困難

たらしめるだろう︒かふる独占内部の競争は生産物の質︑又は形態︑包装︑宣伝に於て現はれる︒即ち︑多数の企業

者が存在するか︑過剰な生産能力を有する企業部門では︑商品の販売競争の筒動強く︑価格協定のみではカルテル維

持は困難となる︒従クて生産量の制限︑生産能力の制限を企図する生産カルテルに発反する︒

以上の如く︑生産カルテルは市場分割不可能なる場合︑且つ価格協定維持の困難たる場合には︑不可欠のものであ

る︒即ち︑生産カルテルは︑商品の生産量︑換言せば︑販売量の絶対数︑又は比例割当が行はれる︒然し乍ら︑長期

間に亘るカルテル維持左目論む時︑生産能力の危険た拡大︑又は新しい生産技術の導入に対して考慮が払ほれねばな

らたい︒生産カルテルに於ける生尿能力の拡大に対する制限は底え実施せられたが︑生産技術の新しい導入に関する

制限は殆んど実行せられたかった口然し乍ら︑生産技術に関して用いられる注意すべきカルテル形態として︑特許契

約カルテルがある︒米同に於ては︑一般的カルテル形態が反

T

ラス

T

法忙抵触する為に︑生産技術に関する特許契約

カルテルを歓迎する風潮を生み︑反

T

ラス

T

法たき国えに於ても同様の現象が見られた︒即ち︑暗黙の了解に工るカ

ルテルの場合︑その違反行為を処罰する︑カルテル内部規制千段が不可能であるが︑特許契約カルテル違反に際して

は︑特許権の解約によって自動的に処罰される事が出来る︒とれらの利点より︑特許契約カルテルは︑カルテル編成

の高度の一般的形態とたった︒勿論乙のカルテル形態は特許商品の生産に従事し良いか︑又は生産過程に重要た特許

行程を用い友い企業にとっては効果たく︑各独立国家間に特許権の椛宍な保証が行はれる期間に於てのみ有効となる︒

世界カルテルに特殊たるものとして︑カルテルが外国貿易に関する契約について編成される場合がある口一産業部

門の企業数が比較的少い場合には︑無形式な暗黙の了解による場合にも︑一般的カルテル編成の場合にも︑容易に国

内市場の独占従クて︑同際カルテル加入を可能にし︑目的を達する事が出来るが︑一産業部門の企業数が極めて多数

の場合には︑共同販売機関の如き貿易に関する協定が行はれねばならぬ︒との場合︑ルーズた組合協定の場合︑協定

(9)

違反に対する厳霊た制裁たく︑例えば任意脱退制の如き場合には︑他の条件によって制約される事なければ充分に維 持する事は不可能である︒即ち︑強制的ブロック化預金積立制︑保証金制︑更に割当カルテル︑例えば︑貿易に関し てのみの︑プール制利潤令配カルテル︑注文令配カルテル等が行はれ怠ければたらない︒政府は貿易政策上か

L

る力

ルテル契約を歓迎し︑且つその維持発展に努力する傾向がある口

かくて︑私的同際カルテルの代りに︑政府保証のカルテル編成の下にが︑ける国際カルテル機植えの参加が企図せら

れた︒即ち︑差別関税や輸出入の制限割当等の閏策的手段によクて︑士ハ販組合の意図を援けた︒か

t

ふる政策は第二次

大戦前ナチ政権下に於て故も良く見られた処である︒

叉海外市場分割が可能なる場合には︑価格協定も生産協定も要せ守して︑その日的を達成する事が出来るだろう︒

かふる市場介配カルテルに貿易商京協定が有効に利用される口かふる市場の介割は︑'加盟国聞の競争を減少させ︑割

当てられた領域に独占的地伎を確保する事が出来る︒旬︑開仏

4 3

円与は国際カルテルを︑団体

ω ω ω

︒ 巳

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日︒

口︑

特許

実施

許諾諾契約︑及び結合

g B

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の 三 ク に 分 類 す る

︒ 以上カルテルの各種形態を見たが︑そのカルテル構成員の結合度の程度に於て一の基準を与える事が出来る︒ルー

犬な企業連盟(任意脱退制)︑非公式黙約二般的協約︑特許協約︑貿易商椋協約︑共同販売桜関制度︑厳重た協約(日剖

金制)︑政府機関干与に依る編成等を列記する事が出来る︒事実︑現実のカルテル協約は各種混合及び変型が用いられ

て居る口而もカルテルの多くは政府当局の調査及び与論の対象たる事を避ける為︑共同販売機関を設置し︑その税関

に商品価格の決定︑注文の割当等広汎た権限が与えられる︒

間際カルテルの調査は極めて困難であるが︑一九三九年米国の法務局によって行はれた調査によれば︑一七九の国 際カルテル組織が数えられ︑国際聯盟に依る調査に依れば︑一九三七年の間際貿易の三二%はカルテル支配下にあり 叉外国財産管理局

( A

・ p

‑ C )

の調査に依れば︑特許協約は三三三例を示し︑その中三八%は合衆国よりの海外輸出 制限︑四三%は使用範聞の制限引定を合んで居た︒四四

M m

は将来の特許に関する相互許可及び譲渡規定を合み︑七五

%は市場分割規定が存在した︒叉同際カルテル商品には︑食料品八η野に︑砂糖︑コーヒー︑茶︑牛肉︑又原材料及び半

国際カルテルに関する覚書

(10)

Y¥ 

製品分野には︑パルプ︑ゴム︑石油︑肥料︑鉄清︑鋼鉄︑銅︑錫︑マグネシウム︑

品︑染料︑プラスチヅク︑爆薬︑.外科医療器具︑電気機械等にまで及んだ白

アルミニウム等︑その他︑化学薬 /

'

斯る資本及び生産の集中は︑経済社会に如何なる影響を及ぼすかに伏クて︑カルテル擁護論と︑カルテル排斥論と

に別れる︒カルテルの弊害は︑定義そのもの‑から明らかである︒次に一般的なカルテル排斥論を記する事にする口

カルテルは競争を制限し︑独占的市場支配により︑平均利潤以上の超過利潤を待んとする事は︑即ち︑高い販売価格︑

生産量の制限又は減少︑低居筒︑従クて失業者の増大︑有効需要の減退を立味する口カルテルは企業の自由競争下に応

符し符石以上の超過利潤を得る為に︑商品の高価格政策を必然的に伴う︒それは一一間グシピング等

ω

不正競争の防止︑

又正常価格の為の安定策として弁護される︒然し︑高価格が有効需要を減退せしめ︑従クて生産量の減少︑ひいては一版

館長の減少を来す乙とは当然である︒叉カルテル結成は生産能力上の相互間の競争防止︑及び新規の競争者の侵入に対

する保護機関となる一引に上って︑社会的経済的進歩注意味する生産技術の発民︑生産能力の拡大は関心汚きものとなり

がちである︒即ち︑新規の技資機会主減少せしめ︑同民所得と原仰の減少は免れ得たい︒且ク︑カルテル結成時に於て

は︑過剰生産恐慌の原閃とたクた生産設備の破壊︑社会的仲間の破棄焼却が行はれたすすは既に歴史の示す処である口又

一部門のカルテル結成は他部門の院本利潤に圧迫を加え︑又カルテル価格による﹄原料を材料とする他企業の生産価格

の増大を伴いー︑他商品に対する悶内需要を減少せしむるのみたらや︑同際競争に於けるそのコ・スT高は︑愉出不可能に

陥がる結果となるだろう︒従って︑一部門の国内カルテルの結成は︑必然的に他部門の抵抗カルテルを生みカルテル化

企業の増大は悶内市場の圧迫はもと上り︑海外市場をも夫はしむる結果とたる︒然し︑輸出組合カルテルの如きは︑高

価格の対象は外国泊費者である為︑同内的悪影山町一を及ぼさないと云う議論もあるが︑之れは短況と見るべきで︑輸出カ

ルテルは︑その高価格の対象ば外同泊費者のみならや同内泊費者を合む場合が多い︒寧ろ逆に︑同際カルテル結成に

至らざるカルテルの貿易政策は︑同内に於ける独占による高利潤によって︑海外に対してグジピングを行クた事は︑

(11)

正日々の常に知る処である︒国内カルテルが同際カルテルに加入して居るか否かに工クて︑独占利潤の直接の対象は相

具する事あるかも知れない︒然し乍ら︑一冗来独占利潤は市場独占によクて符られ党超過剰余価航であり︑一部門のカ

ルテルは他部門の剰余佃似を犠牲にする事なしには佐符せられない︒国際間に於ても同様であクて︑一国の超過剰余

佃似は︑他国の資本利潤もしくは︑労働者に対する上り一一日の圧迫なしには獲得せられない︒国際間に於ける貿易牧

支上より兄た場合︑外岡泊費者の有効需要を減やる事は︑被って自国商品に対する賠入能力を減少する以外のもので はない口即

}hJ︑高価格による独占利潤は国内︑又は世界的規校に於けるとを問はや有効需要の減少︑又は居館量の減少

を必然的に伴うものである︒即ち︑カルテルは新たた︑工わ深刻注恐慌えの可能性を深化するものでしかたい︒

反之︑カルテル擁護論者は次の如く説明する︒

各種カルテルの中には︑経済上社会的に良い影響を及ぼすものと︑患い影響を及ぼすものとが存在するが︑その独 占力の故用によクて非難せらるべきカルテルを一般的なものと考えてはならぬ口カルテがは生産制限である事には間 違いたいが︑良き制限的カルテルは︑生声量の制限が︑力ルデル加盟者のみならや︑経済社会に対しで役立つ処の望 ましき形態である白資本主義に必然的︑景気変動に伴う価格変動防止の為のカルテル活動は︑社会を益するものとし て期作される口従って叉︑景気変動に伴って生やる混乱を再編成する為に︑一時的制限の為の不況カルテルが是認さ れる︒又外国貿易競争力育成の為に︑低能率工場の休止に工る高能率工場の操業度場大等の︑生産に於ける合理化カ

ルテルが是認される︒

R

E Z

H )

氏は次の如く補足してカルテルに反対する︒カルテル価格による恐慌時の価格安定の効果は︑単にカル

テル結成の一産業部門に於ける利潤維持に役立つかも知れたいが︑経済全体にとっては恐慌を緩和する工りも寧ろ︑

恐慌を激化する以外の何物でもない︒(一部門の独占による超過利潤が他部門の平均利潤を犠牲にせやしては実現し 得友い事は前述の通りであり︑恐慌時

r

は倫一層激化した形態として現はれる可能性が増大する︒﹀即ち︑カルテルに

上る高価格維持は︑他部門のより一回の市場の狭臨什︑有効需要のより一回の減退を意味する︒叉逆に景気上昇に際 して︑カルテル価格の低価格維持が行はれるとすれば︑工り以上の利潤を他部門に潤す事によクて︑他部門の過剰投

国際カルテルに関する覚書

(12)

O  四

法 H

J

を資すだろうロ即ち︑カルテルに依る安定価格政策は︑カルテル結成以外の他部門により激烈たる景気の波動を醸

成し︑叉雇備の不安定を来す事にたる︒叉外国貿易に於ける︑競争力育成の為のカルテルに依る生産の技術的合理化

は︑低能率企業︑の補償に対する問題の解き難き困難を生ぜしめるが︑実際上はかtA

る技術的合理化は極めて稀で︑寧 ろ反対に︑低能率企業の採算を基礎としたカルテル伺格を設定し勝ちである︒叉景気変動を緩和せ

7

んとする日棋に出

発した生産制限カルテルの場合でも︑契約更新時を日棋として︑上り多くの生産割当を受けんが為の生産設備の拡大 競争が行はれる事は常に吾々の見聞する処である︒過剰生産恐慌の為の政府統制は︑過度投下資本の設備償却に充分

た丈のコス

T

を償う価格を採用しがちであり︑自由競争下に決定せられる価格より当然高く︑一般泊費者に負担を転

化する事にたらう︒政府のカルテル千与は︑兎角企業者をして強気の行動をとらしめる場合が多い︒

認何回の宮口℃氏は︑カルテルの経済的影響の観点から︑その利害を判断し︑且クカルテルの独占的専断に上る弊害を

国家政策に依クて除去せんとしても︑決して公正なる公定価格の決定は困難であり︑その政策は独占企業の超過利潤

を補償するのみであクて︑景気変動の緩和に役立ち得たい︑と結論する口

彼は﹁国際カルテルの勤きに対する抵抗は︑非現実的政策で志り︑古ぼけた自由主義の無治たゼスチャーに過ぎな

い︒

﹂と

非難

され

も︑私的カルテル︑カルテルと結びついた国家税制︑及び計画的仲民本主義に対して反対し︑独占

‑ A

の弊害を除去し︑価格の弾力性を計るべきだと主張する︒国際カルテルに基く︑間際的自由貿易の障害除去に関する 国際的協定が成立し符る怒らば︑甚だ結構であるが︑例え吾えが外同の協力を得る事が出来なくとも︑米国企業の国

際カルテル参加を阻止すべく努力せねばたらぬ︒而して︑カルテルは﹁不景気の落し子﹂である故に︑不景気と一式う

根本的問題の解決を計ちたい単たるカルテル政策は︑無益且つ有害でさえあると云う理論に反対して︑カルテルは必

やしも不景気の産物ではなく︑従ってカルテル政策は不景気対策によって除去されると考えてはならたいとし︑カルテ

ルの独占による弊害の処理と云う問題に限定し︑カルテル弊害除去の為の政府管理カルテルにしろ︑命令的登録制度

にしろ︑利益少くして害多く︑民主え叶誌を害する点に於て︑政府統制カルテル︑自由な無統制カルテル︑カルテルの

完全排除の中︑最後のカルテルの全然存在したい社会を希望する去結論する︒

(13)

次に問︒

σ 0 2

一 司 ・ 叶

OR

日氏は︑﹁カルテル政策と世界安全保障﹂に於て次の如く論宇る︒

米国に於て世界的制限協約を︑戦後の世界平和桜山仰として利用しようとする議論が唱えられた︒即ち︑世界単一市

場の崩壊を防止する為︑国際カルテル組識により︑国内市場の維持︑輸出市場の配分に依る競争の極小化を計らわいば

ならない︒かくする事に依って︑関税率︑及びその他の貿易障害の減少を芥易たらしめ︑世界的規模に於ける生産の.

合理化に上る生活水準の向上を計る事が出来るだろう︒と︑然し︑斯る思い付きは︑第一次大戦後一九二四年から一

九二七年に至る独仏通商協定の立役者であった宮

‑F

oc

の Z2 に初まる口との協定は基幹産業たる鉄鋼生産に関する

欧州大陸の指導的生産者間の国際粗鋼カルテル(一九二六年成立︑一九三 O 年崩壊)に於て共体化せられた︒独仏間

には粗鋼︑加旦︑アルミニューム︑染料その他の国際カルテルの結成を見︑英仏独伊問の経済協定に関する活動が頻繁

に持たれた︒か←る国際カルテルは世界弔和と云う観点よりも︑匂づら︑米国の海外市場侵出に対する欧州ブロックの

対抗政策としての目的が︑その主体と怠づて居た︒冨・何司︒者 ω 円

弘 司

O 円門戸︒同は巧みに之れを次の如く説明する︒﹁混

乱して居る世界に五日々の考えを強制する必要はないが︑欧州諸国が白術上聯合する事は緊急を要する事である口然し

乍ら︑とれは何等排他的意味を有せや︑将来米国及び日本にも及ばいす事が出来る︒﹂と︒然し乍ら︑か

L

る国際カルテ

ルは一九一二一年には速くも︑カルテルシ﹂国家主義との相加を認めねばならたくなった口即ち︑世界貿易に於ける同家

的統制え度が︑不長気の裂来と共に発展し︑欧州諸国の政治的危機が初まク十一︒一九三九年にはか

L

る政治的危機の

緩和策として︑英独両国々際カルテルが計画されたが︑与論の反対に会って成立せ十︑一九四

O

年英仏両国間に戦争

協力の為結成されたが︑同年アラ γ 低落により崩壊した︒

か・ふる一一地の国際カルテル運動が︑発案者の予期に反して︑失敗した理由は︑主として競争制限の不徹底の為であ

った︒即ち︑欧州諸国内に於けるカルテル統制は凡ゆる重要商品にまで及んだが︑海外市場に対しては自由競争に放

任せられた︒従って国際カルテルの改編の際に生やる競争及び混乱は︑その協定維持が長期に豆り︑旦ク有効であれ

ばある程︑その反動は大であった︒

国際カルテルが国家政策と結びクいた場合も︑国際カルテルの弊告を除去するに役立つ事比較的少く︑旦クより煩

国 際 カ ル テ ル に 関 す る 覚 書

(14)

墳な問題と紛争を惹起しがちである︒即ち︑加県国外の国えのカルテル対抗政策は︑外国市場へのグシピ

γ

グとなっ

て現はれ︑叉カルテル支配下の従属国︑植民地の政治的︑経済的危機を増大せしめるだろう︒特に関税障肢に上って

守られた政治的勢力圏︑即ち植民地市場の排他性は一一回乙の傾向を強化するだろう︑と︒

向︑︑

H ︐ 2

江口氏はナチ・ドイヅ下に於ける世界カルテルを令析し︑間際カルテルに依る世界の安全保証の困難を説 き︑且っかふる国際カルテルに対して如何に米国の安全を守るべきかに付いて米国の採る可き手段を指示し︑故後に

ブ 一 フ

γ

γ

・ルーズベルT氏の一一一日葉を引用して︑世界の安全保障の為にも︑制限的問際カルテルは︑世界各国の政

治︑経済の撹乱要肉となり︑その排斥は戦後各同の目標去︑せねばたらぬ︒即ち﹁企業は大小を問は十︑国内及び国外

を問はや︑不正競争や独占に依る支配から解放されて一初めて世界経済の平和的制度﹂は期待され符るとする口

次に

わ︒

吋三

ロロ

・何

円四

a d S E ω

氏は﹁カルテルに対する世界的政策の可能性﹂なる表題の下に次の如く論やる︒

国際貿易障害は戦争えの道である︒カルテルは組織化された欠之︑不完全居館︑私的貿易障害の設定に指向し︑政 治的危機を醸成する為︑五日国の貿易の利害に拘ら十︑国際カルテルは弦止するを符策とする︒然らば︑カルテルに反 対する世界的政策の可能性に対する政治的主税ありやと口か

s L

る問題に対して悲観的立場を述ぶる人に対し次の如く

説明する︒国際カルテルに対する政策として︑三つの群に令ち得る︒(一)独占活動︑私的貿易制限に敵立を持ち︑

法律に工クてその発展を阻止せんとする︑即ち︑米国︑英同領土︑特に力ナグ及び‑ブラジル︑アルゼ

γ

γ

︑メキシ

コ等に行はれたが︑法令は新しく︑且つ実施に対する努力が足らなかったので︑その効果は広汎に及ばたかクた︒

(二)制限的編成に対し奨励も禁止もしたい︑即ち︑英木間を代表'とする口会一)法制化したカルテルの回︑即ち︑

次の三つの下部介類を行い符る口(イ)ブラ

γ

スの如く裁判では認められ乍ら︑法的保証のない国︒(ロ)活動の制 限︑乱用の禁止規定を合む法律で認められた因︒即ち︑ノ1ルウェ1︑資記制のハ

γ

ガリ1口(ハ)日本︑ドイツ︑

イグリ1︑チエヅコスロパキャ︑スイス︑南アフリカ︑ポ1Jブブド等の範囲に属する数グ固である口然し︑戦後に於 て太平洋憲章の精神に則り︑国際カルテル禁止の勤きは各国に於て見られる︒

4

即ち︑英国︑カナダ︑ブ一フ

γ

ス︑

一フ

γ

アメリカ等々の勤きを列挙し︑カルテル反対の世界的政策の可能性に対す

(15)

る政治的基盤があるものと前提する︒然し乍ら︑その実際の運営に於ては大きな困難が存在し︑共通の政策の為には 各国の利害︑伝統︑技術的錯綜の困難を克服せねばたらぬ︒然し︑国際カルテルと国内カルテルとの明確な区別を行 ろ事が出来ない事は︑国内カルテルを認める場合と︑認めない場合では具クた影響を国内経済に与える事になり︑簡 単に解決し科ない問題を合む︒か

L

る観点から︑国際執行機関によクて管理された国際的反

T

一 フ ス

T法(米国の如き)

が存在し得たい事は明らかであるが︑その根本的原則は各政府の国家政策の種唱えの相具にも拘ら十存在し得る︒即ち

自由競争弁詑者も国家統制論者応︑国家政策中︑私的立場から行はれではならない型が存在する事に付いて意見が一 致する事が山来るロかくて︑各国は世界カルテル廃止への原則の上に立ち︑調査︑協力を要詰し︑軍需品︑・麻薬︑特

殊件(源等に関する︑共通の特殊の限界内に関する国際機関による協定の可能性にクいて説明する︒従クて︑開己・4

弓 虫 色

ω

氏は︑原則的に同際'カルテルに反対し︑且世界的政策の可能性は戦後存在しながらも︑現実に於て替えの困難が生十 るが故に︑税特の可能的範囲内に於てのみ行うべきであるとする現実論である︒

以上三氏の論文を簡単に紹介する事に依って︑本書に極めて共通せる基本的理念が略え明らかとなった︒本書序文 に於て︑何等米国政府の政治的イデオロギーに柄されたものでたいと宣言せられたとしても︑その推賞する政策が戦 後︑ルーズベル

T

に依って行はれた世界政策と極めて一致し︑旦ク政策を論やる以上︑米国的立場である事は見逃し

符たい口特に︑冨何回︒巴ロロ氏の如く︑政治的面を抜きにして経済的観点に於てのみ把握しようとする態度は︑国内カ

ルテルと国際カルテルを類似した経済的範惇たらしめ︑米国にとって何れも弊害であると云う事実によクて︑世界各 同の歴史的政治的側面を軽視し︑その経済構造の特質を考慮する事なく︑同一の平面に於て把握しようとするならば 角﹁非現実的﹂と論ぜざるを得たい︒とえに︑ドツプ氏が﹁今日に於ては政治と経済とは︑スミスやリカルドの時代

に於けるよりも︑尚一一回収州統に絡み合クて居る口政治的た事件は公然たる経済的要因を持ち︑経済的予見は政治的運

動の軌道に随伴して居る︒何を為し得るかと一式う事や︑何が起クて居るかと一氏う事を十分に︑﹁余す処なく﹂理解し

工うとする場合︑経済学者が経済的諸事象の政治的勝関を排除し符ないのは︑恰も︑政治的戦略家がその逆の者を無

抵し得ないのと同様である︒﹂(政治経済学と資本主義)と云クたのを想起せざるを得ない︒

同際カルテルに関する覚吉

(16)

第二次大戦の間接的原因となった自由貿易の障害︑国家主義的関税障段︑経済領域のブロック化は︑直接間接に国

際カルテル組織を随伴し︑国際カルテルと国家権力との結び付きは︑一回諸国家間の政治的経済的危機を速めた為に

自由競争︑同由貿易による間際的中一市場再建が同述機椛の主要な佐務であり︑且つ世界安全保障への唯一の道だと

要話せられた口然し︑か

‑ LA

る道は米同以外の国々の殺従への道であり︑世界安全保障は米国の安全と繁栄の根本条件

の上に打建てられた新しい秩序にすぎなかった︒米国内の政治に於て経済的影枠の苦惑によって政策を樹立する事は

当然であるが︑単たる米同の経済的同家主義的世界政策の宣伝は︑他同家の全面的賛成を受け得ぬ事は当然であり︑門

戸開放︑機会均等の自由貿易制度が平たる宣伝に上クて実現される告もたい口此処に於て﹁古めかしい自由貿易制度﹂

を持ち出す彼等の理論が米同の経済的︑政治的要請の理論的裏付として要一出向されて居る専を見る事が出来る︒向彼等

の現象のみ見︑て本質左見宇︑結果のみ見て原肉を探究しない対症療法的理論が︑理論としての性格に耐えや︑旦ク︑

吾々は米間の歴史的︑経済的︑政治的把振によクて︑彼等の観念的立論の希望的観測に過ぎざる事を認識し︑現実はか

る希望的観測を越えて進反する事が明らかにか仏るだろう︒かくて初めて乙の者の持つ意義が評価され符るだろう︒ 1 λ

次に五日々は米間の対外政策を見る一引にしよう︒

( 四

世界に於て︑設も早く現代的工業の発達した英同の重商主義的杭民地として誕生した米同は︑多くの恵まれた天然 性源と︑合理的﹁資本主義桁神﹂の人々に依る近代的社会機椛の下に︑米同の産業資本は飛限的発民を遂げ︑英同産

業院本と合衆国北部の工業資本との対立は︑アメリカ独立戦争となった︒(日ミ

u h

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寸 ∞

ω 什﹀即ち︑独立戦争が先進

資本主義同と後進資本主義同との対立であった工うに︑米国産業白木は同家の保護政策に依る工業発尽を運命付けら

れて居た口即ち︑ハミル}シの経済政策は之を如実に示す︒英同産業に対抗する為の一八一六年の保護関税︑一八二

三年の非干渉︑非植民地主義に則る大統領モジロ

1

に依る宣言は︑アメリカ同内産業育成の為の歴史的要詰であった︒

米間は産業技術の高度発展段階より出発し︑皇官た問内呉川似︑広大な自由地︑労働力の不足に基く機械の採用等に依

(17)

って︑一八四

O

年には米国産業資本の旅立を見︑南北戦争(同∞色壮

iH

∞∞忠明)により産業資本の制覇が確立し︑近代

工業の飛距的発民の基礎が確立せられた︒一八七

O

年より一九

O

O

年に至る英仏先進資本主義国の植民地獲得競争に

は参加する必要注く︑カルホルニヤ金山発見合∞怠壮)を

HK

高調とした西漸迩勤による国内開発

K 没頭し︑労働力の

不足は機械を発達せしめ︑産業の高度化︑令理化︑特に生産手段生産部門の発民は素晴らしく︑近え四十年にして︑

生産高は先進諸問を凌駕し︑高度独占性本主義化するに至ったの然し乍ら︑西部の開発進民し︑国内市場の刑潟に陥り︑

新市場の必要を意識し初めた時には︑世外市場は既に分割済であった︒浜本制的独占体による世界市場の介剖は︑同

時に世界の領土的介割に結びつく口競争者との闘争に於て︑独占の成功を完全に保証するものは植民地領有以外には

ない二八九七年︑米国の資本輸出が両印度諸島及びハブイに投下せられ︑帝国主義的段階に突入した︒世界市場の中︑

米関に残されて居たものは 1 粗末市場に於ける独立国形態を維持し得た地方に限られて居た︒かふる米国にとっての

世界市場没出の為の障害は︑米国在して植民地獲得主義に反対せしめク

L

も︑一方に於て︑米国は一八九八年米商戦

争により︑キューバ・プニリ T ・リコ︑比品︑ハブイの支配権を振った口米同は第一次世界大戦に際し︑戦争の局外

に 立

ち ︑

( H 2

山 弁

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開 戦

︑ s

年米国対独宣戦)日本と共に︑軍需工業化し︑生産力は急激に発反した︒戦前英仏 q

両国は入超同であり︑米国は其の他の原料供給国と北ハに出超国であり︑その収支は英仏両国の対外投資に上る牧拾に

工クて均衡せられて居たが︑戦時中米国及び後進国の工業化に工クて︑その均衡は破られ︑英仏両国は弱体化した︒

即ち︑米同は一九一三年英仏独三岡の工業生産高合計に及ばたかったが︑一九二九年には︑英仏独伊日五ヶ国の工業

生産合計より八・八%上廻り︑米同市品輸出額は英同を蹴落し第一位とたり︑叉金融市場の支配権はニューヨークに

移クて︑米国は債務国より債権問となクた︒米国内産業の資本主義高度発展に伴う矛盾は︑海外市場えの割込以外に

解決の道たく︑ブシ

Y T

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会議(芯也弁・)に於て︑日支二十一グ条条約

( S

S 什)を廃止し︑九ヶ国条約を調印せし

め︑以クて中国市場に進出した︒米国独占資本の高度化︑生産の高能率は︑自由競争の前提の下に於け・る世界貿易競争

力の佼伎にも拘ら十︑各国 ω 植民地領有︑経済的支配国に依る原料の独占的低コス

T

︑及び各国保護関税制度等の貿易

障害は米国商品 ω 自由設逃注妨げた︒門戸開放︑般会均等 ω 浜本は︑米凶資本主一戎後進位 ω 必然的帰結であクた口米・

国際カルテルに関する党苦

(18)

国上院は国聯加入を拒否すると共に︑一九一九年以後︑自ら弧立主義に立経クた︒米国は経済的︑金融的優位に立ク

事によクてのみ先進国市場に割込まんとし︑資本輸出は著しく増加した︑即ち︑当時の米国の膨脹政策は経済的性格

を帯びて居たと云えるロ叉国内的には産業合理化政策︑高賃銀政策︑丹賦制度等の市場開拓政策︑保護関税制度等に

よる相対的安定時代を現出した︒一九二九年の繁栄は永遠の発民主約束するかに見丸︑企業の世界的独占力は強大と

怠クた口然し︑産業合理化︑資本の集中︑貿易に於ける米国の経済的優位は︑かえってそれに内在する矛盾を地大し

世界資本主義史に前例を見たい大恐慌となクた口(一九二九)一かくて米国は一九三

O

年 ホ 1

レ 1・スム1t法(平均

関税率六

O M )

により︑保護関税政策を強化し︑同年英国は英述邦内の経済協力態勢たるオツグフ協定を締結し︑各

国のアウグルキ 1 化は︑溢え世界貿易を縮少した︒千五

001

の主一点者が存在すると称された一九三三年︑ル

1 7

ベルTはニュ1・デイ1ル政策を採用した︒ニュ1デ1ルは自由放任政策の放来︑国家の怪済干与に依る改良主義政

策であり︑その初期に於では︑購買力補給に基く泊費財生産部門よりの景気振興策であクた︒然し乍ら︑対外的平和

協調政策も︑経済的帝国主義左放棄した訳ではなく︑経済恐慌 ω 凶伎を対外市場に於て解決し︑生産柿造の高度化に伴

う不況及び階級的矛盾を海外市場よりの超過利潤の配分によクて緩和せんとした事には根本的に変りはない︒ニュー

1

ル後期︑ヶイシズ理論の採用とたり︑元来誘い水的公共投負は本格的独立的政策として積極化された︒然し︑ハ

シセγによる公共投資は民間資本と競合せざるを原則とし︑生産手段生産部門︑及び軍事企業に投炉︑せられ却って︑

その有機的梢成の高度化は企業の利潤率を低下せしめ︑夫業者の増大を阻止し符なかった口

ナチス・ドイツのカルテル政策と︑日本の低賃銀に基くグシピジグとは各国の関税障肢を高め︑ブロック経済化し

経済政策に於ける極端な民族主義が一般化した口かふる世界貿易の縮少は政治的危機を一回深化せしめた事は前述の

通りである︒米国は英国のオツグフ協定に対抗し︑一九三四年上り一九三九年に至る期間コ

l

デル・ハルに伏る五

恵通商協定を対二十ヶ国と締契し︑ホ1

レ 1・スム1T訟を緩和したにも拘ら

LT

︑予期せられた成果を挙げ符なかク

た 口 戸

‑ KA

る米国の生産椛造の矛盾は第二次大戦を契機としてより深刻な様相を以って現はれた︒第二次大戦前︑米同の

(19)

占むる資本主義世界との生陸相の比は問

OM

であクたが︑戦後未骨有の工業の発展にもより六

O%

に及び︑而も︑共産

訪問国の拡大に伴う院本主義国の縮少を来した口即ち︑戦後世界の安全保障を維持する為には︑国際貿易の王常在発

展を必要とし︑米国自身に曹とっても世界生産力の独占的集中︑生声設備過剰に刊誌く恐慌の可能性は︑世界市場開拓に

工って解決せられねば伝らなかった︒米国の市場問題解決

Tどして考えられる方法は国内的には①既存設備の更新拡大

であったが︑戦後急速に行う主により︑戦時中の景気を維持するに役立ったが︑その効果は短期且ク不充分であった︒

①大衆の購買力の増大を計る事であったが︑戦後国内独占は一段と集中を高度︑広範囲に波及せしめ︑大衆の購買力 は結少して居る︒従って国内的に根本的解決が符られ広いとすれば︑海外市場の開拓に期待せざるを得ない口第二次

大戦後世界各国は戦耐に依って多八万の損害を受け︑世界の商品需要は大であった口而も︑英仏等植民地図はその弱体

化に伴い︑植民地民放運動は昂揚し︑米同浜本の剖込は比較的存日切であった︒市じ乍ら︑海外諸国の支払能力の不足

は︑ドル不足とたクて現はれ︑米国商品の販路左閉さざるを得ない︒市も︑米国の経済的繁栄を約束す右ものは︑輸 出の極大化︑輸入の極少化である︒然し︑之は相手間にとっては輸出の極少化︑輸入の極大化を意味するに他ならな

い︒即ち︑相手の犠牲に於てのみ米国の繁栄は約束される︒コ1

ヂル・ハルによって採られた︑対二十ヶ国双務通商 協定に依る景気政策は︑米国が工業製品及び食糧の輸出国であり︑且ク︑工業原料を他国からの輸入に余り依存した い為に︑二国聞の交易関係は早晩行詰らざるを待たかった︒然るにドイツが他の原料問問とに取結んだ双務協定はド

イツ工業の原料買付と一氏う好餌に上って︑原料国よりの価値牧奪ル

1

f

は独占化され︑ドイツ工業の発展を招来する

と共に︑米国商品を追放し︑且つ︑第三間の海外投資に対する金利支払能力さえ洞渇せしめた︒従クて︑米国が輸出 の極犬︑輸入の極少化を計る為には且つての双務協定に依存せ宇多角的自由貿易以外には約束されない︒勿論︑乙の 場合にも︑貿易の均衡を維持じっ

L

︑且つ安易を捺んたちしむる為には︑何れかの国への安全な海外投狩に依存せね

ばたらや︑三角貿易︑自由貿易化は米国の金利生活者化に依る一部の国々の穀属︑植民地化の方法であり︑自由競争︑

自由通商︑自由侵入の名目に依る自由怠伺航牧奪ル

1

f

の整備を意味するに外ならない︒資本主義の安全保障への道

は自由競争︑自由貿易の原則の下に︑後進諸国の経済的国家主義︑保護貿易主義を放棄宇る事に上クて︑即ち︑米国

国 際 カ ル テ ル に 関 す る 覚 書 四 七

(20)

の経済的世界支配えの自由た道を開く事に工つてのみ︑達成する事が出来る事を立味する口米国の意図を合む国連機

械がその原則に於て賛成を得る事が出来るとしても︑その現実への政策に於て諮問家聞の利害の街突を生む事は当然

で あ

っ た

一九四三年モスクワにて英米ソ中間同平和桜桔宣一一九が行はれ︑一九四四年七月プレ

T γ

︑ウヅヅ協定が四五ケ同に

工って調印せられ︑間際通貨基金制度︑(同・冨・ 3 同際筏興開発銀行(阿国河口)の具体的発足を見︑米国は之れに

対して非常な熱意を見せたoFYパ1FY・オ1クスに於ける英米ソ中四ケ同会談に於て(誌な壮)一般的国際桜︐梢

設立に関する提案が行はれ︑国際連合(巴

・ ‑ z

0 ) ( 3 8 h 2 0

泊巴日)が世界六十ヶ同の賛成を待て発足した︒‑国

E

圃掴橿然し乍ら︑同速に於ける米ソの対立激化するや︑米関は独自の経済援助を採用し︑英米金融協定

( 3

8 壮

HME) ︑対仏︑プルム︑パ1Yズ協定(日句会什)を実施し︑チエツコ︑ポ1J フ γドに対して︑同際彼興銀行の貸付を

停止した︒︒ハリーに於て十六ヶ国に依る欧州復興会議(芯奇弁・∞出)が行はれ︑一一.一同会談に於て︑英仏ソ三同問のマ

ーシャル・プラγに対する決裂と訟クた︒オ

1

スグリア︑イグサヤに借款を与え

( s

壮)イラγ︑ギリシャに軍事 h

援助を与えた︒と

L

に反共経済体制の第一歩を踏出し︑

T

1

マン原則の確立とたり︑海外援助法公認∞弁・品泊)に

依るマーシャル・クレヂツ T の発足と友クた︒

( 3

・ 油相互安全保障法︑宮・ 2 什

ω

HO

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によって代位されるまで)

又アメリカ・カナダ相互援助条約

( H S

∞ 弁

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︑ ラ

γ ・アメリカ十九ヶ国に対し︑相互援助条約︿ワオ条約)(芯均

出寸泊)が締結せられた口叉国際貿易憲章(ハパアナ協定)(目︒お防相)︑ジュネーブに於ける﹁関税及び貿易に関する

一般協定﹂(の﹀叶吋)及び︑﹁後進国開発計画﹂︑﹁北大関洋条約﹂(芯ち壮)︑欧州被援助八︑ヶ国との相互防衛援助

協定︿

38 壮

H E )

﹁欧州支払同盟協定﹂(芯問︒壮匂泊)等々一連のマーシャル計画は必宇しも成功では・なかった︒

終戦後

T ル

1

マ γ は ル

1J

︿ ベ

T の方針に従クて対外的にむ政策の基調をなしたものは︑理想主義的友好的外交方

針であった︒経済復興の援助に上って世界市場の拡大を計り︑・同時にアメリカの繁栄の為の外国市場を獲符する方向

であった︒米国が平和的外形によって目的を達成したのは︑米・聞が対外発展にゐくれたにも拘らや︑経済力では圧倒

的に侵越し得て︑平和的経済的手段に上つでも世界市場への進出を可能と考え︑且ク世界は平和への期待に満ちて局

(21)

た為であった︒勿論戦後独占勢力は戦時経済を﹁平時﹂の軌道に復帰させるにクいて︑自由経済体制の回復を唱え︑

独占資本の自由な活動範囲を拡大させる事を目的とした口然し︑米ソの対立激化に伴クて︑その政策の重点は国内的に

は軍事的浪費の継続的拡大による投資居館所得の維持方針に︑対外的には反共軍事援助の方向に移つ

Eた口マーシャル

援 助

( s h h

明 i

H S

也弁・︑ソ聯と東欧七ヶ国を除き︑西欧十六ヶ国を援助する︒)は確かに資本主義世界の破産を救クた

が︑それは叉︑米国の産業に内在する︑矛盾を緩和する手段として︑外国市場に過剰商品及び過剰資本を輸出する事

によって︑国内の恐慌︑失業の可能性を輸出する事に外友らなかクた︒然し叉︑先進諸国を援助の対局本'とした事は︑

米国の輸出商品と競合の関係に立つ企業の育成と云う結果を生んだ︒即ち︑﹁米間は輸出を減少させる事にたる計画

に金融上の援助を与えると云う奇妙な立場にある︒﹂と内部より批判を生ぜしめるに至った︒アメリカの自由貿易政策

は米英金融協定

( H 2

∞ 弁 ・

8

出)に見られる如く︑三七億ドルの対英借款を与える事により︑ポ

γ

ド・プロヅクの解体を

条件とした結果︑英帝国ポ

γ

ド・プロックの解休に成功し︑商品及び資本の世界市場進出を促進し得た口然し︑マーシ

ャル・プラ

γ

に依る漸増的対外反共軍事援助は欧州被援助国に

Tどり政治的経済的有担無担一の拘束を伴い︑従クて援助

そのものは国内の不景気と失業とを荒す性格を持ち︑国内矛盾の増大はマーシャル・プ一フ

γ

に対する各同の反感を買

った︒又被援助同の生陀力の復興は独立国家意識を醸成し︑民放的被支配排斥の感情を生み︑被援助国の資本家階級

の米河独占作一本への下請企業化に依り︑.期作せられた独占利潤に与り得泣い事はウオ

1

ル街に対する抵抗となクた︒

叉東欧社会主義同の発展は︑米同の恐怖となり︑西欧諸国の経済的結合を以クてしては目的達成不可能が認識せられ 目前に兆候を見せた経済恐慌の襲来は︑共産諸国包囲弧立化の為の軍事援助の必要を認識せしめ︑北犬西洋条約の締

結とたった

( H S m

夜 明

ω

泊︑加盟十二ヶ国)叉︑同年八月の朝鮮戦争の.勃発は資本主義国の恐慌を辛うじて免れしめた︒

T

ル1マ

γ

のフェア・ヂ1ルには未だニユ・1

1ルの残り火が存在した︒自由と一氏う外装によクては︑米同の経済

的支配が不可能なる事が歴然として来るや︑アイゼシハウワ1は自由の外装を放来せざるを待たくたクた︒即ち︑その

政策は前述せる如き対外的矛盾の泊大と︑政府公共投在に上る去気振興的役割を来して来た軍備拡張計画に基く国民 和税負担の主圧に対する関内的矛盾の増大の必然的帰結であり︑副大統領ニクソ

γ

左中心とするアメリカ・ブアヅシ

同際カルテルに関する覚書

参照

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