博 士 ( 獣 医 学 ) 今 井 正 樹
学 位論文題名
rvIolecular Analyses of Structure‑Function of the Influenza Virus Hemagglutinin
( インフルエ ンザウイ ルスヘマ グルチニ ンの構造 一機能の 分子解析)
学位論文内容の要旨
イ ンフル エンザAウ イルスは ヒトを含 む哺乳動 物およぴ 鳥類に広く 分布する 。イン フル エ ンザAウ イ ル スは 、 その エ ンベ ロープ表 面のへマ グルチニン (HA)およぴ ノイ ラ ミ ニ ダ ー ゼ(NA)糖蛋 白 の 抗原 特 異性 に よ って 、 そ れそ れH1〜H15およ ぴN1〜N9 の亜 型 に分 け ら れる 。 ウイ ル ス を構 成する蛋 白の中で 、HAは感染防 御の鍵で あり、
抗原 変 異の 主 役 であ る 。HAは また 新型 ウイルス の顔でも ある。すな わち、人 類が過 去数 十 年間 経 験 して い ない 亜 型 のHAを もっウイ ルスが出 現したとき 、これを 新型ウ イルスと 呼ぷ。1968年の 新型イン フルエン ザウイル スA/Hong Kong/68(H3N2)のHA遺 伝子の導 入経路はカ モ→アヒ ルうブ夕 →ヒトで あること が証明された。1997年に香港 で発 生 したH5N1イ ン フル エ ンザ ウ イルス 事件はH5イ ンフルエ ンザウイル スがヒト に 伝播 し て強 い 病 原性 を 発揮 す る 可能 性を警告 した。H5あ るいはH7の強 毒型のHAを も っインフルエンザウイルスはニワトりに致死的な感染を弓|きおこす。強毒型のウイル スが ヒ トの 世 界 に入 れ ば、 人 々 には そのHAに対 する免疫 がないため 、インフ ルエン ザの 大流 行カsおこ る。従っ て、H5およ びH7HAをもっ ウイルス によるイン フルエン ザ 発生の予 知と流行防 止対策を 早急に確 立してお く必要が ある。本論文は、新型ウイル スの 出 現に 備 え た予 防 対策 法 確 立の ための研 究の一環 として、H5お よびH7イン フル エン ザ ウイ ル スHAの 「 構造 ― 機能 」を 超微形態 学、分子 生物学およ び疫学的 に解析 して得た成績を述べるものである。
インフルエンザウイルスのHAは宿主細胞レセプターへの吸着と膜融合を司る。またHAに 対する抗体はウイルスの感染を阻止する。インフルエンザウイルスのHAに対する抗体が ウイ ルス の感染性 を中和す る機序は 、抗H刈亢 体がウイ ルスの細胞 レセプタ ーへの吸 着を阻止するためと考えられていた。ところが、A/Seal/MaSsachusetts/1/80(H7N7)イン フル エ ンザ ウ イ ルス のHAに 対 する 単ク ローン抗 体の多く が、ウイル スの血球 凝集活 性を阻止 しないが、 その感染 性を効果 的に中和 すること が判明した。そこで、ウイル スの 血 球凝 集 を 阻止 し ない 抗HA抗 体が ウイルス の感染性 を中和する 機序を明 らかに する た めに 、 ま ず、 こ れら の 抗 体が 認識する エピトー プのHA分子立 体構造に おける 位置 を 単ク ロ ー ン抗 体 で選 択 し た抗 原変異株 のHA分子上 で認められ た置換ア ミノ酸
から 同定 した 。そ の結果、単クローン抗体が認識するエビトープはHA分子の頭頂部、
側頭 部お よび ヒン ジ部に位置することが判明した。各々の単クローン抗体が結合した HA分 子を 電子 顕微 鏡に より 観察 した結 果、 血球 凝集 を阻 止す る抗 体はHp顱 頂部に、
血球 凝集 を阻 止し ない 抗体 はHAの頭側 部ま たは ヒン ジ部 に結 合し てい るこ とが確認 され た。 以上 の成 績から、抗体によってウイルスの血球凝集が阻止されるか否かは、
抗 体 が 結 合 す る エ ビ ト ー プ のHA分 子 上 の 位 置 に よ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 次 に、 異な るエ ビト ープ を認 識する 抗体 がHAに結 合す ると 、ウ イル スの 感染増殖 にど のよ うな 影響 を及 ぼす かを 解析し た。 ウイ ルス をMDCK細 胞に 接種 し、 経時的に 電子顕微鏡下で観察した。抗体が結合していない対照のウイルスは宿主細胞に吸着し、
細胞内に取り込まれ、エンドソームに到達した後、ウイルスエンペロープがェンドソームの 膜と融合する像が観察された。ウイルスの血球凝集を阻止する抗体が結合したウイルス は細 胞表 面に 吸着 しなかった。一方、ウイルスの血球凝集を阻止しない抗体が結合し たウ イル スは 、対 照のウイルスと同様に細胞表面に吸着した。この抗体が結合したウ イル スは 細胞 に取 り込まれ、細胞のエンドソームに到達した。しかし、融合像は観察 され なか った 。従 って、ウイルスの血球凝集を阻止しない抗体は、ウイルスの細胞レ セプ ター への 吸着 を阻止するのではなく、膜融合過程を干渉するものと推定された。
そこで、ウイルスの血球凝集を阻止しない抗体がウイルスエンベロープとエンドソー ム膜 との 融合 を阻 止す るか 否か をデク ェン チン グ法で解析した。螢光分子R18標識ウ イルスをlVfl)CK細胞に接種し、螢光強度を測定した。抗体が結合していないウイルス を接種した細胞は、螢光強度の上昇(デクェンチング)が数分後に認められ、その後、
螢光 強度 は徐 々に 増大した。一方、血球凝集を阻止しない抗体が結合したウイルスを 接種 した 細胞 は、 螢光強度に20分間変化がなく、その上昇は極くわずかにすぎなかっ た。 従っ て、 ウイ ルスの血球凝集を阻止しない抗体がウイルスの感染性を中和する機 序は 、ウ イル スの 細胞レセプターへの吸着阻止で倣なく、膜融合過程の干渉であるこ とが 確認 され た。 以上 の成 績は 、イン フル エン ザウ イル スの 抗HA抗体 によ る感染性 中和 の機 序と して 、ウイルスの宿主細胞への吸着阻止の他に、ウイルスエンベ口ープ とェンドソーム膜との融合阻止が重要であることを示す。
動 物と ヒト のイ ンフ ルエ ンザAウイ ルス 遺伝 子の起源はカモづウイルスにあること が明 らか にさ れて いる 。1997年 に香港 で出 現し たH5Nlイ ンフ ルエ ンザ ウイ ルスの起 源を 明ら かに する ために、日本と中国で渡ルガモおよびアヒルから分離されたH5イン フル エン ザウ イル スのHAの 抗原 性と遺 伝子 を解 析し た。 単ク 口ー ン抗 体バ ネルを用 いて 分離 株のHAの 抗原 性を 比較 した結 果、 カモ およ ぴア ヒル のイ ンフ ルエ ンザウイ ルス の抗 原性 はよ く保 存さ れて いるこ とが 判明 した 。こ れら のウ イル スのHA遺伝子 を進 化系 統解 析し た結 果、 北海 道で渡 ルガ モか ら分離された2株は1997年に香港でニ ワト りと ヒト から 分離された強毒株と同一の系統に属することがわかった。日本と中 国に カモ によ って 運ぱれるインフルエンザウイルスは主にシベリアのカモの営巣湖沼 に存 続し てい るこ とが推定されている。従って、1997年に香港でニワトりとヒトに出 現し たH5イン フル エンザウイルスはシベリアに営巣して秋にアジアに飛来するカモの ウイルスにその起源があると結論される。
学位論文審査の要旨 主査 教授 喜田 宏 副査 教授 小沼 操 副査 教授 高島郁夫 副査 助教授 岡崎克則
学 位論 文題 名
rvIolecular Analyses of Structure‑Function of the Influenza Virus Hemagglutinin
( イン フル エン ザウ イルスヘマグルチニンの構造―機能の分子解析)
人 類が 経験 して いな い亜 型の へマ グルチ ニン(HA)をも つ新 型イ ンフ ルエ ンザAウイ ルス が出 現す れば 、人 々に はそ のHAに対す る免 疫が ないため、インフルエンザの大流 行 が お こ る 。1997年に 香 港 で発 生し たH5N1ウ イル ス事 件はH5HAをも っウイ ルス がヒ トに 伝播 して 強い 病原 性を 発揮 する 可能性 を警 告し た。特にH5やH7の強毒型のHAをも つ新型ウイルスの出現予知とその流行防止対策を確立しておくことは極めて重要である。
本 論 文 はH5お よ びH7HAの 構 造 一 機 能 と 疫 学 解 析 成 績 を 述 べ た も の で あ る 。 抗HAL体がウ イル スの 感染 性を 中和 する のは 、ウ イル スの 細胞 レセプ ター への 吸着 を阻 止す るた めと 考え られ てい た。 ところ が、 多く の抗H7HA中和抗体が、ウイルスの 血球 凝集 を阻 止し ない 。そ こで 、こ れらの 抗体 が認 識するエピトープのHA分子立体構 造における位置を同定した。次に、異なるエピトープに対する単クローン抗体が結合し たHA分 子 を 電 子 顕 微鏡 で 観 察 し 、 血 球 凝 集 阻 止(HI) 抗 体 はHA頭頂 部に、HIを 起こ さな い抗 体はHAの 側頭 部ま たは ヒン ジ部に 結合 する ことを明らかにした。HIを起こさ ない抗体が結合したウイルスは、宿主細胞表面に吸着し、細胞に取り込まれ、エンドソー ムに到達したが、膜融合は起こらなかった。この知見はデクエンチング法によっても確 認された。従って、抗体によるウイルスの感染性中和の機序として、ウイルスの細胞レ セ プ タ ー へ の 吸 着 阻 止 の 他 に 、 膜 融 合 過 程 の 干 渉 が 重 要 で あ る こ と が 判 っ た 。 1997年に香港で出現したH5N1インフルエンザウイルスの起源を明らかにするために、
日本 と中 国で カモ とア ヒル から 分離 されたH5イ ンフ ルエンザウイルスのHAの抗原性と 遺伝 子を 解析 した 。北 海道でカモから分離された2株は1997年に香港でニワトりとヒト から分離された強毒株と同じ系統に属することが判った。カモが日本と中国に運ぷイン
フルエンザウイルスはシベリアのカモの営巣湖沼に存続していると推定される。従って、
1997年に 香港 でニ ワト りと ヒト に出 現し たH5イ ンフ ルエンザウイルスはシベリアから ア ジ ア に 飛 来 す る カ モ の ウ イ ル ス に そ の 起 源 が あ る も の と 想 定 さ れ る 。 以 上の 成績 は、H5お よびH7HAをも っイ ンフル エン ザウイルスの出現に備えた流行予 防対策の確立に貴重な情報を提供するものである。よって、審査員一同は今井正樹氏が 博士(獣医学)の学位を受ける資格を有するものと認めた。