博 士 ( 農 学 ) ヒ 一 保
学 位 論 文 題 名
Genetic differentiation at the zvx locus in wild and cultivated rice
(野生および栽培イネにおけるwx 座の遺伝的分化)
学位論文内容の要旨
一般に 農業形 質の発現は複雑なものが多く、遺伝解析すら困難なものが多いことから、対象となる形質 と それ に関与 する遺 伝子と の対 応を明 らかに するこ とは重 要な課題である。イネのWx 遺伝子は情報量の 少 ない イネの 形貿発 現の調 節変 異につ いての 知見が 得られ る興味深い対象である。またイネのWx 遺伝子 に は対 立遺伝 子が複 数存在 し、 アミロ ース含 量の多 様性を 生み出している。特にWx 夕ンバク質の量的な 変 異は 栽培種 に特徴 的であり、人為的選抜に起因する遺伝的多様性機構を解析できる数少ない遺伝子と考 え られ る。こ のこと は、遺伝的多様化を促進させようとする育種操作を考える上でも、重要な知見を与え る もの と期待 される 。本研 究の 概要は 以下の 通りで ある。
1
)イ ネオベ ーク 突然変 異の遺 伝とそ の発 現制御
Wx
遺伝子 座に は、オ ペーク 胚乳を 支配す る突 然変異 が栽培 イネの一部に見られる。IRRI より分譲され た 系統 から作 製した 準同質 遺伝 子系統
(NIL)を 用いて 、イ ネオペ ーク突 然変異 の遺 伝子発現調節機構に つ いて 調査を 行った 。オペ ーク 変異体 は、モ チ同様 の種子 外観をもつにも関わらずァミロースを約10 % 含 み、 ヨード 反応で 青紫色 を呈 するこ とから 見いだ されて きた。これまでWx 座は胚乳と花粉で同様に発 現 する と考え られて きたが、オベーク変異体の花粉のヨード反応を調査した結果、モチ花粉同様に赤褐色 を 呈し 、Wx 遺伝 子発現 の組 織特異 性が変 化して いる 可能性 が示唆された。そこでWxop の発現をタンパク 質 レベ ルで調 査する ため、イムノブロット分析を行った。その結果、Wx タンパク質は胚乳のみで発現し、
花 粉で は殆ど 発現し ないこ とが 明らか になり 、夕ン バク質 の発現レベルからもWdtP では組織特異的な発 現 様式 が変化 してい ること が明 らかに なった 。
2
)イ ネのWx 遺伝子 発現に 及ばす 遺伝 背景に ついて
Wx
遺伝子 発現 調節に ついて は、従 来日本 型の 遺伝的 背景下 で調査が進められ、インド型の遺伝的背景 の 影響 につい ては不 明な点 が多 い。そ こで、遺伝的背景の効果について2 つの観点から実験を行った。胚 乳 デン プンの アミロ ース含 量を 低下さ せる遺 伝子に は複数 のぬ遺伝子が報告されている。本実験に使用 し たEMS 誘発 変異体 は微量 のアミ ロー スを生 成し、 胚乳は モチ と区別 できな い。こ の変異は単因子によ っ て 支配 される が、wx 変異体 とのF2 で
9:
7の 分離を 示した 。既 存のdu 系 統と相 補性 検定を 行った とこ ろ 、 この 変異遺 伝子は
d. 蛇と同 座で あるこ とが判 明しd 舵‐2 と 名付け た。こ のd ぬ‐2 をT65 に導 入後
(T65d 舵 ,2 ) 、T65W ザと交雑したところ、雑種F2 でd 2 ホモ個体が期待比の3 :1 ではなく15 :1 に分離 し 、ぬ
2―2 ホモ 型がWP の発現 を低下 させな いことが示唆された。そこで後代からW ヂd 舵.2 個体を選抜し
−1105 ‑
発 現 を 比 較 し た 結 果 、du2‑2はWxbに 対 す る ほ ど で は な い がWAAの 発 現 も 抑 制 し た 。 そ の 抑 制 程 度 は 低 い の で 、 ア ミ ロ ー ス 含 量 はT65よ り 高 く オ ペ ー ク 様 胚 乳 は 示 さ な い も の と 考 え ら れ た 。 次 に 異 な る 遺 伝 的 背 景 下 でWx対 立 遺 伝 子 の 発 現 を 比 較 す る た め 、 戻 し 交 雑 に よ っ てWxbをIR36( イ ン ド 型 ) に 導 入 し た 。 既 に 得 ら れ たT65のNILと 反 復 親 の4系 統 を 比 較 し た と こ ろ 、WxhはWx夕 ン パ ク 貿 ・ ア ミ ロ ー ス 含 量 共 に wfよ り 低 い 値 を 示 し た が 、T65背 景 下 の 方 が ア ミ ロ ー ス 含 量 が 低 い 傾 向 が 見 ら れ た 。 こ の 傾 向 はWP及 びWPの 発 現 だ け で な くWxopに お い て も 認 め ら れ 、 発 現 を 高 め る 要 因 が 日 本 型 背 景 下 に 存 在 す る こ と が 強 く 示 唆 さ れ た 。
3) 栽 培 イ ネ に お け るWx座 の 遺 伝 的 分 化
モ チ 遺 伝 子 座 の 分 子 遺 伝 学 的 研 究 か ら 、 食 味 の 主 因 を な る ア ミ ロ ー ス 含 量 の 差 異 が ア ミ ロー ス 合成 酵 素 を コ ー ド す る 肌 遺 伝 子 の 転 写 レ ベ ル に 起 因 し 、 転 写 レ ペ ル の 差 は 第 一 イ ン ト ロ ン の ド ナ ー サ イ ト に お け る 点 突 然 変 異 (GT→TT) に 起 因 す る こ と が 見 い だ さ れ て き た 。 ま た 日 本 型 と イ ン ド 型 及 び 野 生 型 系 統 と の 間 で 認 め ら れ る 著 し い ア ミ ロ ー ス 含 量 の 差 異 は 、 こ の 点 突 然 変 異 遺 伝 子 ( 職 め が 日 本 型 イ ネ に 特 異 的 に 分 布 す る こ と に よ り 説 明 さ れ て ぃ ゝ る 。 栽 培 イ ネ品 種に は 、Wな遺 伝 子座 の 対立 遺伝 子 の分 化 (Wザ.WP. w.Wp. 肌 叩 ) に よ っ て 、 野 生 型 イ ネ に は 見 ら れ な いWxタ ン パ ク 質 の 生 成 量 と ア ミ ロ ー ス 含 量 の 多 様 性 が 見 ら れ る 。 イ ネ の 栽 培 化 と い う 短 期 間 の 進 化 の 中 で 、 眦 遺 伝 子 の 発 現 制 御 の 多 様 化 を 生 み 出 し て き た 分 子 的 基 礎 を 検 討 す る た め 、 約60系 統 の 栽 培 及 び 野 生 イ ネ を 用 い て 肌 遺 伝 子 の 塩 基 配 列 を 決 定 す る と 共 にWx夕 ン パ ク 質 の 発 現 量 を 調 査 し 、Hな 遺 伝 子 の 形 質 進 化 と 分 子 進 化 の 情 報 を 融 合 さ せ 、Hk座 遺 伝 子 の 多 様 な 発 現 制 御 に つ い て 検 討 し た 。NJ法 に よ り 系 統 樹 を 作 成 し た 結 果 、Wp及 びWpを も つ 多 く の 日 本 型 及 び ジ ャ ワ 型 系 統 は 明 瞭 な ク ラ ス タ ー を 形 成 し た の に 対 し 、 イ ン ド 型 品 種 は 多 様 な 突然 変 異を 保 持 し 、 野 生 系 統 と 混 在 し て 分 布 し た 。 ま たWナ 及 びT慨 叩 の ド ナ ー サ イ ト はWザ 同 様 〔 汀 で あ り 、Wrか ら 起 源 し た 対 立 遺 伝 子 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 更 にWP.Wす 及 びwは 日 本 型 及 び ジ ャ ワ 型 イ ネ 、Wr及 び 肌 叩 は イ ン ド 型 イ ネ の 栽 培 化 過 程 で 、 野 生 型 祖 先 種 が も つH管 型 の 耽 遺 伝 子 か ら 分 化 し た 対 立 遺 伝 子 で あ る こ と 、 日 本 型 イ ネ だ け で な く イ ン ド 型 イ ネ に も 低 ア ミ 口 ー ス 系 統 が 分 布 し て い る こ とが 初 めて 明 ら か に な っ た 。
4) 眦 座 に 連 鎖 す る イ ネ 基 本 着 色 遺 伝 子C候 補 領 域 の 遺 伝 的 多 様 性
イ ネ の ア ン ト シ ア ニ ン 色 素 の 着 色 は 、 着 色 部 位 や 色 調 に 多 様 な 変 異 が 認 め ら れ る こ と 、 その 多 様性 は 肌 座 と 同 様 に 栽 培 種 に 特 異 的 に 認 め ら れ る こ と か ら 、 栽 培 イ ネ に 見 ら れ る 遺 伝 的 多 様 性 を 理 解す る 上で 重 要 で あ る が 分 子 的 知 見 は 殆 ど 得 ら れ て い な い 。 そ こ で イ ネ ア ン ト シ ア ニ ン 基 本 着 色 遺 伝 子C座 に 関 す る 分 子 的 知 見 を 得 る 目 的 で 本 実 験 を 行 っ た 。 分 子 マ ー カ ー を 利 用 し た シ ン テ 二 一 マ ッ ブ の 比 較 よ り、 卜 ウモ ロ コ シ の ア ン ト シ ア ニ ン 合 成 に 関 わ る ″ ザ み タ イ プ の 転 写 制 御 遺 伝 子cJ遺 伝 子 と イ ネC遺 伝 子 の 座 乗 位 置 が 類 似 し た 領 域 に 位 置 す る こ と が 判 明 し た こ と か ら 、 既 に 報 告 の あ る ト ウ モ 口 コ シcJと 相 同 な イネ 遺 伝子 のCJ のcDNAの 塩 基 配 列 を も と に 、 ふ 先 着 色 系 統 (T65w) 及 び ふ 先 無 着 色 系 統 (868.IR36) の 塩 基 配 列 を 決 定 し 比 較 し た 。 そ の 結 果 、 ふ 先 無 着 色 系 統 で は 、 工 キ ソ ン3に1いbpの 欠 失 が 存 在 す る こ と が 判 っ た 。 更 にT65wxIR36F2164個 体 を 用 い 連 鎖 分 析 を 行 っ た 結 果 、 推 定 さ れ た 〇JCJの 座 乗 位 置 は 従 来 イ ネ 第6染 色 体 短 腕 に 報 告 さ れ て い るC遺 伝 子 の 座 乗 位 置 と 良 く 一 致 し 、 のCJがCの 候 補 遺 伝 子 で あ る こ と が 強 く 示 唆 さ れ た 。 次 に 、 栽 培 型 及 び 野 生 型 イ ネ25系 統 で 〇JCJの 塩 基 配 列 を 比 較 し た 結 果 、 ア ジ ア 栽 培 系 統 で は 全 て の 変 異 が ェ キ ソ ン3に 分 布 し 、 し か も ア ミ ノ 酸 置 換 を 伴 う 変 異 で あ る 、 こ と が 判 り 、 〇JCJ領 域 の 変 異 が 表 現 型 の 多 様 性 に 関 与 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
Genetic differentiationatthe 况WlOCuS inWildandCultiVatedriCe
( 野 生 お よ び 栽 培 イ ネ に お け る
wx座 の 遺 伝 的 分 化 )
本論文は 、図26 、 表26 、132 ページ からなる 英文で 、別に5 編の 参考論文 が添えら れ ている。
Wx
遺伝子はイネの遺伝学研究で最も古くから知られるもので、最近になってこの遺伝 子がアミ口一ス合成酵素をコードしており、その遺伝子発現量が食味の重要な決定要因の ひとつであることが判ってきた。その遺伝子発現量の制御には複数の制御因子が関与し、
シス 因子の 多様性は
wx座内の 複対立遺伝子の分化として認められる。本研究は、栽培イ ネに 見られ るWx 遺伝子 の多様 性の育種的意義とその遺伝的多様性の進化的由来を明らか に す る 目 的 で 行 っ た も の で あ る 。 得 ら れ た 結 果 は 、 以 下 の ご と く 要 約 さ れ る 。
1)イネのWx 複対立遺伝子の発現制御
オベーク変異体は、モチ同様の種子外観をもっがアミ口一スを合み、
wx座の複対立遺伝 子の ーつWxop に より決定 される 。熱帯産品種に分布するオペーク系統から
Wxopを戻し交 雑により標準系統に導入した準同質遺伝子系統を作成し、遺伝子発現を比較調査した。従 来、
Wx座は胚 乳と花粉 で同様 に発現すると考えられてきたが、ヨード反応で調査したと ころ、胚乳で発現するWxop が花粉では発現しない可能性が示唆された。そこでイムノプ口 ット 分析を 行った結 果、Wx 遺 伝子の産物であるWx 夕ンパク質は胚乳のみで検出され、花 粉では発現しないことが判った。この結果から、Wx ゜′では組織特異的な発現様式が変化し ているものと考えられた。
Wx
遺伝 子の発 現につい ては、 従来、日本型の遺伝的背景下で詳細な調査が進められて きたが、インド型の遺伝的背景の影響については不明な点が多い。そこで、遺伝的背景の 効果 につい て2 つ の観点か ら実験 を行った 。まず 、
Wx遺伝子 の発現を抑制する単純劣性 のぬ
2‑2遺 伝子を用 い、イン ド型品 種が保持する
Wx°と日本型品種が保持するWxb に対す るdu2‑2 遺伝子の効果を調査した。その結果、du2‑2 の両対立遺伝子に対する抑制作用が著 しく 異なる ことを明 らかにし た。次 に、異なる遺伝的背景下でWx 対立遺伝子の発現を比 較し た。Wxb の発現 はげずよ り低い 傾向にあるものの、T65 背景下よりIR36 背景下で発現
―1107―
雄 也
夫
芳 義
哲
野 本
上
佐 島
三
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
が低い傾向を示した。この傾向は
Wx°及びWxb の発現だけでなくWx °′においても認めら れた。これらの結果 は、インド型・日本型背景でのWx 遺伝子の発現制御の違いを初めて 明らかにしたものである。
2
)栽培イネにおけるWx 座の遺伝的分化
胚乳のアミ口一ス 含量は、Wx 遺伝子の転写産物量によって制御され、第一イント口ン の点突然変異により転写レベルが減少する。また、イネ品種間で認められるアミ口一ス含 量の著しい差異は、この点突然変異が日本型イネに特異的に高頻度に分布することから説 明できる。栽培イネ品種では、Wx 遺伝子座の対立遺伝子の分化(ゆヮ・Wxb . wx .Wx .
Wx゜′)によって、野生型イネには見られないWx 夕ンパク質の生成量とアミ口一ス含量の 多様性が認められる 。本実験では、イネの栽培化過程で、Wx 遺伝子発現の多様化を生み 出してきた分子的基 礎を検討した。約60 系統の栽培及び野生イネを用いてWx 遺伝子の塩 基配列を決定すると 共に遺伝子産物の発現量を調査レ、
Wx遺伝子の形質進化と分子進化 の情報を融合させ、 栽培化過程でのWx 遺伝子の多様化にっいて検討した。NJ 法により系 統樹を作成した結果、Wxb をもつ日本型及びWx ″をもっジャワ型系統は明瞭なクラス夕一 を形成したのに対し、インド型品種は多様な突然変異を保持し、野生系統と混在して分布 した。また、Wxm 及びWx ゜ の塩基配列から、両遺伝子がげザから起源した対立遺伝子であ ることを明らかにした。さらに、Wxb ,Wxi 及びwx は日本型及びジャワ型イネの栽培化過程 で、Wxop はインド型イネの栽培化過程で、いずれも
Wxから分化したものであると結論付 けた。日本型イネだけでなくインド型イネにも低アミロースを引き起こす突然変異が独立 に選抜されたことも初めて明らかになった。
3
)
wx座 に 連 鎖 す る イ ネ 基 本 着 色 遺 伝 子
C候 補 領 域 の 遺 伝 的 多 様 性
本実験では、Wx 座 に連鎖する着色基本遺伝子C 座の複対立遺伝子の分化に関する分子 的基礎と染色体領域での多様化を理解することを目的とした。着色の多様性は栽培種特異 的であるが、イネでは分子的知見は殆ど得られていない。トウモ口コシのcl 遺伝子とイネ
C遺伝子の座乗位置は類似しているので、cl と相同なイネ遺伝子〇,ゞC ´の塩基配列を決定 し、着色及び無着色系統を比較した。その結果、無着色系統では、工キソン3 に
10.bp の 欠失が存在することが判った。さらに、RFLP 分析の結果、〇JC ´と
C遺伝子の座乗位置は よく一致し、〇
sCJが
Cの候補遺伝子であることが示された。また、栽培型及び野生型イ ネ
25系統の塩基配列 を比較し、変異がェキソン3 に集中し、しかも非同義置換変異であ る こ と が 判 り 、 こ れ ら の 変 異 が 表 現 型 多 様 性 に 関 与 し て い る と 考 え ら れ た 。
以上のように、栽 培イネに存在する遺伝的多様性の要因となる対立遺伝子の分化に ついて、その分子的 基礎と進化的様相を明らかにしたことは、遺伝的多様性を利用す る育種にとって重要 な分子的知見を与えるものである。この成果は,学術的・実用的 に高く評価される。 よって審査員一同は,三上一保が博士(農学)の学位を受けるの に十分な資格を有するものと認めた。
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