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博士(学術) 左近幸村 学位論文題名

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Academic year: 2021

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     博士(学術)   左近幸村 学位論文題名

海域ロシアの形成:近代ロシアの海運と帝国の統合

学位論文内容の要旨

  序 論 に お い て 、 義 勇 艦 隊 に つ い て の 先 行 研 究 の 乏 し さ が 指 摘 さ れ 、 従 来 の 陸 域 中 心 の ロ シ ア 帝 国 論 、 大 英 帝 国 中 心 の グ 口 一 バ ル ヒ ス ト リ ー が 批 判 さ れ る 。 特 に 重 要 な 先 行 研 究 と 見 な さ れ て い る の が 、 ジ ョ ン ・ ル ド ン のThe Russian Empire and the World, 1700‑1917: The GeopoliticsザExpansion andC・ontainment (Oxford,1997)であ る。 ルドン は、海 を口シ ア帝国 拡 張 の 障 壁 と 見 な し た う え で 、 帝 国 の 辺 境 を 西 ( バ ル 卜 、 ポ ー ラ ン ド 方 面 )、 南 ( コ ー カサ ス 、 バ ル カ ン 方 面 ) 、 東 ( 中 央 ア ジ ア 、 極 東 方 面 ) に 分 け 、 そ れ ぞ れ の 地 域 に お け る 拡 張 の 過 程 を 分 析 し た 。 本 論 文 は 、 海 を 帝 国 拡 張 の 障 壁 と 見 な し た 点 で は ル ド ン を 批 判 し つ つ 、 ル ド ン の 作 業 仮 説 は 継 承 し て お り 、 口 シ ア 帝 国 は 汽 船 を 使 っ て パ ル ト 海 ( 西 の 辺 境 ) 、 黒 海 ( 南 の 辺 境 ) 、 日 本 海 ・ オ ホ ー ツ ク 海 ( 束 の 辺 境 ) を 結 ぶ こ と で 、 帝 国 の 統 合 カ を 高 め た の だ 、 と いう 本 論 文 の 見 取図 が 序 論 で 示さ れ て い る 。

  第1章 、 第2章 が 義 勇 艦 隊 自 体 の 発 展 史 に あ て ら れ て い る 。 申 請 者 は 、 政 府 内 の 義 勇 艦 隊 の 定 款 と 規 程 改 定 を め ぐ る 議 論 、 日 露 戦 争 後 の 口 シ ア 各 地 の 取 弓I所 が 提 出 し た 義 勇 艦 隊 の 発 展 方 向 に つ い て の 意 見 書 、 業 界 誌 『 ロ シ ア の 航 行 』 の 論 説 な ど を 分 析 し 、 次 の 諸 点 を 明 ら か に し た 。 義 勇 艦 隊 の 元 来 の 任 務 は 、 大 英 帝 国 を 仮 想 敵 と し た 将 来 の 戦 争 に お い て 口 シ ア 帝 国 に 奉 仕 す る こ と で あ っ た 。 し か し 戦 時 の 哨 戒 船 と し て 義 勇 艦 隊 を 使 お う と す る 構 想 に は 現 実 性 が な く 、 イ ギ リ ス に 対 抗 す る た め に は 義 勇 艦 隊 の 商 船 機 能 を 強 め る べ き と い う 意 見 が 政 府 内 で 次 第 に 強 く な っ た 。 特 に セ ル ゲ イ ・ ヴ ィ ッ テ は 、1902年 の 規 程 改 定 時 に 、 義 勇 艦 隊 を 商 船 化 さ せ ロ シ ア も 国 際 的 な 市 場 獲 得 競 争 に 参 入 す る こ と を 唱 え た 。 だ が こ の 計 画 は 、 海 軍 相 を 中 心 と す る 他 の 閣 僚 の 反 対 に よ り 頓 挫 す る 。 日 露 戦 争 後 、 義 勇 艦 隊 の 管 轄 は 海 軍 省 か ら 商 工 省 に 移 る も の の 、 口 シ ア 帝 国 の 技 術 カ や 国 際 競 争 カ に 限 定 さ れ て 、 義 勇 艦 隊 が 国 際 的 な 輸 送 競 争 に 参 画 す る こ と は 最 後 ま で な か っ た 。 し か し 帝 国 の 三 大 フ 口 ン テ イ ア を 海 か ら 結 ぷ と い う 義 勇 艦 隊 の 役 割 は 十 分 に 果 た さ れ 、 こ の 役 割 は 、 シ ペ リ ア 鉄 道 開 通 後 も 失 わ れ な か っ た と 申 請 者 は 考 え る 。 ま た 第2章 の 末 尾 で 、 ス エ ズ 運 河 の 通 航 料 を 口 シ ア 政 府 が 肩 代 わ り す る こ と で 口 シ ア の 海 運 業 の 発 展 を 促 そ う と し た と し ゝ う 、 従 来 ま っ た く知 ら れ て い な かっ た 問 題 を 取り あ げ た 。

  第3章 は 、 義 勇 艦 隊 の ラ イ バ ル で あ っ た 口 シ ア 東 亜 汽 船 と 北 方 汽 船 ( し ゝ ず れ も デ ン マ ー ク 資 本 ) を 分 析 し て い る 。 日 露 戦 争 後 、 義 勇 艦 隊 理 事 会 は 欧 露 部 と 極 東 を 結 ぶ と い う 任 務 に 自 ら を 限 定 す る こ と な く 、 大 西 洋 航 路 に 進 出 し 、 上 記 汽 船 会 社 と 競 合 し た 。 し か し 口 シ

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で 大 西 洋 航 路 か ら 撤 退 し 、 こ の 航 路 は 口 シ ア 束 亜 汽 船 が 単 独 で 担 う よ う に な っ た 。 そ れ と 前 後 し て 義 勇 艦 隊 は 、 日 本 海 や オ ホ ー ツ ク 海 の 諸 港 を 結 ぶ 路 線 に 参 入 す る こ と に な っ た 。 日 露 戦 争 後 、 こ の 路 線 は 一 度 口 シ ア 束 亜 汽 船 が 担 っ た が 、 わ ず か1年 で 義 勇 艦 隊 に か わ っ た 背 景 と し て 、 口 シ ア 政 府 の 意 向 が あ っ た と 申 請 者 は 推 測 し て い る 。 こ の 海 域 は 対 日 政 策 の 点 で 重 要 な 意 味 を 持 っ て お り 、 日 本 の 海 運 に 対 抗 す る た め 、 外 国 資 本 で は な く 口 シ ア 政 府 と 密 接 な か か わ り を 持 つ 義 勇 艦 隊 を 走 ら せ た い と 口 シ ア 政 府 は 考 え た 。 そ の こ と が 端 的 に 示 さ れ て い る の が 補 助 金 の 支 出 で 、 大 西 洋 航 路 に 対 し て は 全 く 補 助 金 を 出 さ な か っ た の に 対 し 、 日 本 海 と オ ホ ー ツ ク 海 周 辺 の 航 路 に は 、 合 計 す る と オ デ ッ サ ‐ ウ ラ ジ オ ス ト ク 間 以 上 の 補 助 金 を 出 し た 。 こ の よ う に ロ シ ア 船 の 航 路 形 成 に は 、 ロ シ ア 政 府 の 戦 略 が 大 き く 影 響 し て い た こ と を 本 章 は 明 ら か に し た 。 な お 本 章 は 大 西 洋 航 路 と の 関 係 で 、 帝 政 末 期 の 口 シ ア ・ ユ ダ ヤ 人 の 新 大 陸 へ の 移 住 や パ ス ポ ー ト 問 題 と い う 、 興 味 深 い 問 題 を 取 り 上 げ て い る 。

  第4章 は 、17世 紀 以 来 キ ャ フ タ に お け る 露 清2国 間 取 引 に 限 定 さ れ て い た 茶 貿 易 が 多 極 化 す る 過 程 を 分 析 し て い る 。1860年 代 以 降 は 、 キ ャ フ 夕 経 由 と 口 ン ド ン 経 由 の2本 の 輸 入 ル ー ト が 確 立 し 、 ロ シ ア 政 府 は 関 税 率 に 差 を っ け る こ と で キ ャ フ 夕 経 由 を 保 護 し た 。 キ ャ フ タ は シ ベ リ ア 鉄 道 完 成 ま で 、 茶 貿 易 の 重 要 な 中 継 地 点 で あ り 続 け る 。1880年 代 、 中 国 茶 の 品 質 と 価 格 に 満 足 し な い イ ギ リ ス が 中 国 茶 貿 易 か ら 撤 退 し 南 ア ジ ア か ら の 茶 の 輸 入 を 拡 大 さ せ る と 、 義 勇 艦 隊 が 海 路 に よ る 中 国 茶 の 輸 送 を 担 っ た 。1896年 に は 露 清 銀 行 が 設 立 さ れ 、 口 ン ド ン を 経 由 せ ず に 露 清 間 の 直 接 の 決 済 が 可 能 に な っ た こ と で 、 ロ シ ア は イ ギ リ ス か ら 自 立 し た 茶 の 輸 送 ル ー ト を 確 立 し た よ う に 見 え た 。 だ が20世 紀 に 入 る と 、 口 シ ア も 南 ア ジ ア か ら の 茶 の 輸 入 を 開 始 し 、 日 露 戦 争 後 、 紅 茶 に 関 し て は 中 国 か ら の 輸 入 量 を 抜 い た と 見 ら れ る 。 南 ア ジ ア か ら の 輸 入 を 可 能 に し た の が 、1っ は シ ベ リ ア 鉄 道 の 完 成 で あ り 、 い ま1っ は 義 勇 艦 隊 と 北 方 汽 船 に よ る 輸 送 競 争 だ っ た 。 い わ ば 口 シ ア の 茶 貿 易 は1860年 代 か ら 、 イ ギ リ ス 帝 国 の 影 響 を 様 々 な 形 で 受 け て い た と 言 え る 。 先 行 研 究 で は ほ と ん ど 触 れ ら れ る こ と の な か っ た 、 口 シ ア と 南 ア ジ ア の 関 係 を 明 ら か に し た の は 、 本 論 文 の 大 き な 貢 献 で あ る 。

  第5章 は 、19世 紀 末 か ら20世 紀 初 頭 に か け て の ウ ラ ジ オ ス ト ク 港 の 商 業 機 能 の 充 実 に 対 応 し て 、 同 港 を 無 関 税 港 と す る 伝 統 的 政 策 を 政 府 が 放 棄 す る 過 程 を 追 い 、 ロ シ ア 帝 国 に よ る 口 シ ア 極 東 の 統 合 の 手 法 が 、 軍 事 か ら 経 済 ヘ 移 行 し つ っ あ っ た こ と を 示 し た 。 申 請 者 は 、 口 シ ア 極 東 に お け る ポ ル ト ・ フ ラ ン コ は 、 欧 州 史 に 典 型 的 な 中 継 貿 易 ・ 加 工 製 造 業 の 振 興 を 目 的 と し た そ れ ( こ ん に ち の 経 済 特 区 に 近 い ) で は な く 、 辺 境 開 拓 の た め 食 料 や 必 需 品 を 近 隣 諸 国 か ら 調 達 す る た め の 特 殊 な 政 策 で あ っ た こ と を 明 ら か に し 、 前 者 に は 自 由 港 、 後 者 に は 無 関 税 港 と い う 訳 語 を 当 て る こ と を 提 唱 し て い る 。

  先 行 研 究 で は1909年 の 無 関 税 港 制 廃 止 を 以 て 、 口 シ ア 極 東 に お け る 関 税 政 策 の 論 争 は 終 わ り を 告 げ た と す る 見 方 が 一 般 的 で あ る が 、 本 章 で は 無 関 税 港 制 廃 止 後 に 、 自 由 港 制 の 導 入 案 が ウ ラ ジ オ ス ト ク で 議 論 さ れ て い た こ と に 着 目 し た 。 さ ら に 同 時 期 、 オ デ ッ サ や り バ

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ー ヴ ァ ( 現 ラ ト ヴ ィ ア の り エ パ ー ヤ ) な ど 、 義 勇 艦 隊 と っ な が り の 深 い 他 の 港 に お い て も 自 由 港 制 導 入 案 が 議 論 さ れ て い る こ と を 指 摘 し 、 ウ ラ ジ オ ス ト ク に お け る 自 由 港 制 導 入 問 題 が 、 口 シ ア 帝 国 全 土 に 広 が り を 持 つ 問 題 で あ る こ と を 示 し た 。 申 請 者 は 、 帝 国 の 各 港 に お け る 自 由 港 制 の 導 入 案 は 、 西 、 南 、 束 の 辺 境 で 経 済 的 影 響 カ の 拡 張 が 民 間 主 導 に よ り 試 み ら れ た 証 で あ り 、 帝 国 と し て の 一 体 感 を 表 し て い る と 考 え る 。

  結 論 で は 各 章 の 内 容 が 要 約 さ れ た う え で 、 口 シ ア 帝 国 が 辺 境 を 統 合 す る 際 、 海 域 が 果 た し た 役 割 が 確 認 さ れ て い る 。

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学位論文審査の要旨 主査 副査

副査 副査

教授 教授 教授 名誉教授

松里公孝

デイビッド・ウルフ 白木沢旭児

原  暉之

学 位 論 文 題 名

海域ロシアの形成:近代ロシアの海運と帝国の統合

  

本 論文は2012 年5 月

9

日に 提出さ れた。6 月

8

日の文 学研究科 教授会 において 審査委員 会 を発足させることが決定された。審査委員会は、

6

回の会議を経、8 月8 日には申請者に 口頭試問を行った上で、本学位論文は博士(学術)の学位を与えるにふさわしいと結論し た。審査委員会の報告書は、

10

月12 日の教授会で承認された。

  

義勇艦隊は、1878 年のべルリン会議に対する口シア社会の義憤から生まれ、主に欧露と ロシア極東間で兵士や茶などの物品を輸送した。義勇艦隊自体は有名な史実であるにもか かわらず、その活動を研究した業績は、露文・英文;邦文の史学史においてほぼ皆無であ った。申請者は、ロシア国家歴史文書館に所蔵されている義勇艦隊および各省庁関連の文 書 な ど の 膨 大 な 量 の 一 次 史 料 を 使 っ て 、 こ の 史 学 史 上 の 空 白 を 克 服 し た 。

    

序論において、義勇艦隊についての先行研究の乏しさが指摘され、従来の陸域中心の 口 シ ア 帝 国 論 、 大 英 帝 国 中 心 の グ 口 ー パ ル ヒ ス ト リ ー が 批 判 さ れ る 。

  

1

章、 第2 章が義勇 艦隊の発 展史にあてられている。義勇艦隊の元来の任務は、大英 帝国を仮想敵とした将来の戦争において口シア帝国に奉仕することであった。しかし戦時 の哨戒船として義勇艦隊を使おうとする構想には現実性がなく、イギリスに対抗するため には義勇艦隊の商船機能を強めるべきという意見が政府内で次第に強くなった。この商船 化過程は遅々としたものだったが、帝国の三大フロンテイア(西部、南部、極東)を海(パ ル ト 海 、黒 海 、 日本 海 ・ オホ ー ツ ク海 ) か ら 結ぷ と いう 役割は十 分に果 たされた 。

  

3

章は、義勇艦隊のライバルであった口シア東亜汽船と北方汽船(いずれもデンマー ク資本)を分析している。日露戦争後、義勇艦隊理事会は欧露部と極東を結ぷという任務 に自らを限定することなく、大西洋航路に進出した。しかし口シア政府はこの新方針を支 持せず、義勇艦隊はわずか2 年で大西洋航路から撤退した。

  

4

章は 、17 世紀 以来キャ フタにおける露清2 国間取引に限定されていた茶貿易が多極 化する過程を分析している。特に1880 年代、中国茶の品質に満足しないイギリスが中国茶 貿易から撤退した後、義勇艦隊がその役割を代行した。

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  第5章 は 、 ウ ラ ジ オ ス ト ク を 無 関 税 港 と す る 伝 統 的 政 策 を 政 府 が 放 棄 す る 過 程 を 追 っ て い る 。 口 シ ア 極 東 に お け る ポ ル ト ・ フ ラ ン コ は 、 欧 州 史 に 典 型 的 な 中 継 貿 易 ・ 加 工 製 造 業 の 振 興 を 目 的 と し た も の で は な く 、 辺 境 開 拓 の た め 食 料 や 必 需 品 を 近 隣 諸 国 か ら 調 達 す る た め の 特 殊 な 政 策 で あ っ た 。 申 請 者 は 、 前 者 に は 自 由 港 、 後 者 に は 無 関 税 港 と い う 訳 語 を 当 て る こ と を 提 唱 し て い る 。

  本 論 文 は 次 の 点 で 優 れ て い る 。 @ ロ シ ア 帝 国 の フ 口 ン テ イ ア が 陸 路 だ け で は な く 海 路 か ら も 連 結 さ れ て い た こ と を 明 ら か に し 、 口 シ ア 帝 国 論 に 新 し い 視 角 を 持 ち 込 ん だ 。   ◎ 欧 露 と 極 東 を っ な ぐ と い う 義 勇 艦 隊 の 周 知 の 機 能 だ け で は な く 、 大 西 洋 航 路 も 含 め た 壮 大 な 地 理 的 眺 望 を 提 示 し て い る 。

  ◎ 茶 貿 易 に み ら れ る よ う に 、 大 英 帝 国 に 主 観 的 に は 挑 戦 し つ っ も 実 際 に は そ の 機 能 を 補 完 し て い た 口 シ ア 帝 国 の 従 属 的 な 地 位 を 明 ら か に し た 。

  @ 従 来 ポ ル ト ・ フ ラ ン コ と 呼 び な ら さ れ て い た 事 象 に2類 型 が あ る こ と を 明 ら か に し た こ と は 、 経 済 史 研 究 に 理 論 的 に も 貢 献 し う る も の で あ る 。

  ◎ ヒ ト ・ モ ノ ・ 情 報 の 移 動 に 関 心 を 集 中 し 、 国 家 を 等 閑 視 す る 傾 向 が あ っ た 過 去2ー30 年 間 の ト ラ ン ス ナ シ ョ ナ ル 史 ( 跨 境 史 ) の 優 位 に 対 し 、 世 界 史 は 究 極 的 に は 帝 国 ( 国 家 ) 間 の 闘 争 で あ る と い う 古 典 的 な 国 際 関 係 史 を 現 代 的 な 史 料 状 況 を 踏 ま え て 再 興 し よ う と し て い る 。

  審 査 の 過 程 で は 、 ◎ 義 勇 艦 隊 を 主 な テ ー マ と し な が ら 経 営 体 と し て の 義 勇 艦 隊 そ の も の の 叙 述 が 弱 い こ と 、 ◎ 遠 洋 海 運 に 関 心 が 集 中 し 、 海 域 論 ( 環 日 本 海 、 環 黒 海 の 地 域 論 ) が 弱 い こ と が 問 題 と な っ た 。 し か し 、 前 者 は 、 世 界 シ ス テ ム に お け る ロ シ ア 帝 国 の 地 位 を 明 ら か に し よ う と す る 動 機 か ら 、 ま た 後 者 は 、 海 を め ぐ る 地 域 形 成 よ り も 海 を 通 じ た 口 シ ア 帝 国 全 体 の 統 合 に 主 な 関 心 が あ る こ と か ら 派 生 す る も の で あ り 、 弱 点 と い う よ り も 論 文 の 個 性 と 考 え る こ と が で き る 。 ◎ 史 料 面 で 、 口 シ ア 国 家 歴 史 文 書 館 に 集 中 し 、 他 の 文 書 館 や 回 想 録 な ど 他 の 史 料 ジ ャ ン ル を 軽 視 す る 傾 向 が あ る こ と が 指 摘 さ れ た 。   口 頭 試 問 の 際 、 申 請 者 自 身 が 、 上 記 の 諸 点 を 自 覚 し て い る こ と が 明 ら か に な り 、 ま た こ れ ら に よ っ て 本 論 文 の 学 術 的 価 値 が 損 な わ れ る こ と は な い こ と が 認 め ら れ た 。 審 査 委 員 会 は 、 本 論 文 は 、 先 行 研 究 の 把 握 と 問 題 設 定 の 斬 新 さ 、 動 員 さ れ た 史 料 の 量 、 主 張 の 鮮 明 さ と 論 理 性 と い う い ず れ の 点 に お い て も 、 博 士 ( 学 術 ) の 学 位 を 授 与 す る に ふ さ わ し い も の で あ る と い う 結 論 に 達 し た 。

参照

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