博 士 ( 農 学 ) 牛 田 吉 彦
学 位 論 文 題 名
ウ シ d ― ラ ク トア ル ブ ミ ンの 胃 粘 膜 保護 作 用 に 関す る 研究 学 位 論 文 内 容 の要 旨
新 生哺 乳動 物に とっ て唯 一 の食 品である乳は、栄養源としての役割だけでなく、発育 を促 す機 能や 未熟 な生 体防 御能 を 補う 機能も有している。また、乳は古くから滋養食品とし て用 いら れて おり 、成 人の 健康 に も寄 与すると信じられてきた。摂取された乳は高濃度に、 かつ 未消 化の 状態 で胃 粘膜 に接 触 する ことから、乳成分、特に多くの機能性が明らかとなっ てい る乳 たん ぱく 質は 、胃 粘膜 に 対し て何らかの作用を示す可能性が考えられる。一方、胃 粘膜 は、 食物 由来 の刺 激物 やス ト レス に対する感受性が高いため、現代社会における乱れた 食生 活や 精神 ・肉 体的 スト レス な どか ら「胃の健康」を守ることは容易ではない。これらの 背景 を踏 まえ 、乳 たん ぱく 質の 胃 に対 する作用を検討した結果、主要な乳清たんぱく質であ るa‑
ラク トア ルブ ミン に強 い胃 粘 膜保 護作用を見出した。本研究では、このa‑ラクトアルブ ミン の 胃 粘 膜 保 護 作 用 の 特 徴 や 作 用 機 序 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て 検 討 を 行 っ た 。 皿 .ラ クトアルブミンは、殆どの哺乳類の乳中に豊富に含 まれる分子量約14.000のカ ルシ ウム 結合 性た んぱ く質 で、 そ の生 理的機能として乳糖合成に関与することが古くから知 られ てき たが 、最 近、 アポ トー シ ス誘 導活性や細胞傷害活性、抗菌活性などの多彩な機能を 示す こと が報 告さ れて いる 。本 研 究で は、ラット実験胃潰瘍モデルを用いて、ウシa‑ラクト アル ブミ ンの 経口 投与 によ る胃 粘 膜保 護作用について検討を行い、本たんぱく質がヒトの胃 粘膜 傷害 の主 要な 要因 であ るア ル コー ルやストレス、非ステロイド性抗炎症薬によって引き 起こ され る胃 粘膜傷害を予防することや、慢性潰瘍の治癒を促進 することを明らかにした。a.ラ クト アル プミ ンの 有効 投与 量 は、 潰瘍モデルにより異なったが、10〜1,000 mg/kgの範 囲に あり、抗胃潰瘍薬と比べて遜色ないレベルであった。
a‑ラク トア ルブ ミン によ る 潰瘍 予防 作用 が潰 瘍誘 発後 早期 から 観察 され たこ とか ら 、a‑
ラクトアルブミンは潰瘍の発生そのものを抑制することが示唆された。胃粘膜には胃酸やペプシ ンなどから自身を保護するための特有の防御機構が備わっており、ぱ・ラクトアルブミンは潰瘍誘発 に対抗できるよう事前にこの粘膜防御機構を強化するのではなぃかと考えられた。このことを検証 する ため に、a‑ラ クト アル ブ ミン を投与じたときに起きる胃内変化について正常ラット を用 いて 調ベ 、a‑ラク トア ルブ ミ ン投 与によって、プ口スタグランジンE2量. 胃粘液分泌 量・
胃液 量が 増加 する こと や、 胃 運動 が抑 制さ れる こと 、胃 酸分 泌に は関 与せ ずに 胃液pHが上 昇す るこ とを 明ら かに した 。 また 、ラ ット 胃粘 膜由 来培 養細 胞で あるRGM1細胞 を用 い て、
a‑ラ クト アル ブミ ンの プ口 ス タグ ランジン産生促進作用や、粘液ムチンの合成・分泌促 進作 用を確認した。これらのことから、a‑ラク トアルブミンは、′@粘膜防御の中心的因子である −112−
プ口スタグランジシ産生を促進し粘膜防御機構全体を活性化すること、◎胃粘液分泌を促進 し粘膜パリアーを強化すること、◎傷害性物質を希釈しその潰瘍誘発作用を低減すること、
@潰瘍誘発に伴う過剰な胃運動を抑制すること、◎重炭酸イオン分泌を促進し胃酸を中和す ることが示唆された。このような粘膜防御機構の活性化は、抗胃潰瘍薬の機構と同じであり、
d・ラクトアルプミンの胃粘膜保護作用を裏付けるものである。
.また、粘膜傷害には炎症反応が関わっていることが最近の研究で明らかにされていること から、炎症マーカーの変動に対するa‑ラクトアルプミンの作用について、アルコール潰瘍モ デルを用いて調べた。その結果、a‑ラクトアルブミンは潰瘍形成に伴う粘膜内インター口イ キン・1B量の増加や、好中球のマーカーであるミエ口バーオキシダーゼ活性の上昇、脂質過 酸化のマーカーであるチオパルピツール酸反応性基質量の増加を抑制し、一連の炎症反応を 抑制することが明らかとなった。特に、炎症反応の初期のステップであるインターロイキン
・1ロの産生抑制が、その後に続く好中球の粘膜内浸潤、脂質過酸化の抑制に寄与している可 能性が考えられた。以上のことより、a‑ラクトアルプミンの胃粘膜保護作用の機序として、
粘膜防御機構の活性化に加え、抗炎症作用も重要な役割を果たしていると考えられた。
次に、a‑ラクトアルブミンの立体構造と胃粘膜保護作用との関係について、アルコール潰 瘍モデルを用いて調ベ、@ば・ラクトアルブミンの抗潰瘍作用は、カルシウム結合の有無によ る立体構造の変化や加熱による変性、加水分解による立体構造の破壊の影響を受けないこと や、◎経口投与されたa‑ラクトアルブミンは胃内でべプチドに分解され速やかに消失するこ と、◎a‑ラクトアルブミン加水分解ベプチドは前述のRGM1細胞の粘液代謝を促進するこ とを明らかにした。これらのことから、a‑ラクトアルブミンの立体構造は活性発現には必須 ではなく、加水分解によって生じるべプチドが粘液代謝を促進するなどして胃粘膜保護作用 を発揮すると考えられた。
ば.ラクトアルブミンの胃粘膜保護作用を臨床応用することを想定した場合、血清マーカー などを指標とした、侵襲度の低い方法で評価することが望ましい。臨床の場では胃潰瘍特異 的な血清マーカーとして、ペプシノーゲン値が用いられているため、潰瘍誘発によるラット 血清ベプシノーゲン値の変動と、a‑ラクトアルブミンの血清ベプシノーゲン値に対する作用 について調べた。その結果、@潰瘍の程度と血清ベプシノーゲン値は相関すること、◎a‑ラ クトアルブミンは潰瘍誘発による血清ベプシノーゲン値の上昇を抑制することを明らかにし た。これらのことから、a‑ラクトアルプミンの胃粘膜保護作用を臨床評価する指標として、
血清ベプシノーゲン値が適していることを確認した。
以上、本研究は胃粘膜保護に関わる乳成分を同定し「経口摂取されたa‑ラクトアルブミン の胃粘膜保護作用の特徴や作用機序」を明らかにした。これらの成果は、「a‑ラクトアルブ ミンがヒト胃粘膜の保護に役立っ可能性」や「a‑ラクトアルプミンの作用を応用した胃の健 康に貢献する食品の開発の可能性」、さらには「a‑ラクトアルプミンが乳中に豊富に含まれ る意義の一端」を提示しており、乳の機能性に関する研究の発展に寄与するだけでなく、食 品 に よ る 胃 粘 膜 の 保 護 と い う 新 し い 研 究 分 野 を 拓 い た も の と 評 価 さ れ る 。
―113―
学位論文審査の要旨 主 査 教授 島 崎敬一 副査 教授 中村富美男 副査 准教授 玖村朗人
学 位 論 文 題 名
ウシd −ラクトアルブミンの胃粘膜保護作用に関する研究
本 論 文 は 序 論 、 総 括 を 含 め て9章 で 構 成 さ れ 、 図56、 表8を 含 む164頁か らな る和 文論文である。また、参考論文3編が添付されている。
新 生哺 乳動 物に と って唯一の食品である乳は、栄養源としての役割だけで なく、発育
,′を促す機能や未熟な生体防御能を補う機能も有している。摂取された乳は高濃度にかつ 未消 化の 状態 で胃 粘 膜に接触することから、乳成分が胃粘膜に対して何らか の作用を示 す可 能性 が考 えら れ た。そこで乳たんぱく質の胃に対する作用を検討したと ころ、乳清 たん ぱく 質で あるa−ラ クト アル プミ ンに 強い 胃粘膜保護作用を見出したた め、その胃 粘膜 保護 作用 の特 徴 や作 用機 序を 明ら かに した のが 本論 文で ある 。な お、a‑ラクトア ルプ ミン は分 子量14 kDaのカ ルシ ウム 結合 性た んぱ く質 で、 乳糖 合成 に関 与している ことが知られている。
1ラット胃 潰瘍モデルに対する作用
ラ ット 実験 胃潰 瘍 モデ ルを 用い て、a‑ラ クト アル ブミ ンの 経口 投与 によ る胃粘膜保 護作 用に つい て検 討 を行 い、a‑ラ クト アル ブミ ンが アル コー ルや スト レス 、非ステロ イド 性抗 炎症 薬に よ って引き起こされる胃粘膜傷害を予防すること、および 慢性潰瘍の 治癒 を促 進す るこ と を明 らか にし た。a‑ラ クト アル ブミ ンの 有効 投与 量は10〜1,000 mg/kgで、 抗胃潰瘍薬と比べて遜色ないレベルであった。
2胃粘膜防 御機構の活性化と抗炎症作用
a‑ラク トア ルブ ミ ン投 与時 の胃 内変 化に つい て正 常ラ ット を用 いて 調ベ 、プ口スタ グラ ンジ ンE2量・ 胃 粘液分泌量・胃液量などが増加すること、胃運動を抑制 すること、
胃酸 分泌 には 関与 せ ずに 胃液pHが 上昇 する こと を明 らか にし た。 さら にラ ット胃粘膜 由 来 培 養 細 胞 で あ るRGM1細 胞 を 用 い て 、 プ ロス タグ ラン ジン 産生 促進 作用 や、 粘液 ムチ ンの 合成 ・分 泌 促進 作用 も確 認し た。 これ らの こと から 、a‑ラク トア ルプミンに は、 @プ ロス タグ ラ ンジン産生促進による粘膜防御機構全体の活性化、◎胃 粘液分泌促 進に よる 粘膜 バリ ア ーの強化、◎傷害性物質希釈による潰瘍誘発作用の低減 、@潰瘍誘 発に 伴う 過剰 な胃 運 動の抑制、◎重炭酸イオン分泌促進による胃酸の中和、 などの作用
を もっ こと が確 認さ れ、a‑ラク トア ルブ ミン の胃 粘膜 保護 作用を裏付けた。さらに炎 症 マー カー の変 動に 対す るa‑ラ クト アル プミ ンの 作用 にっ いてラットアルコール潰瘍 モデルを用い て調べた結果、潰瘍形成に伴う粘膜内インター口イキン‐1ロ量、好中球マ ー カー であるミエ口パーオキシダーゼ活性、 脂質過酸化マーカーであるチオパルピツー ル酸反応性基 質量などの増加を抑制し、一連の炎症反応を抑制することも明らかにした。
特に、炎症反 応初期段階でのインターロイキン‐1ロ産生抑制が、その後に続く好中球の 粘 膜内 浸潤 、脂 質過 酸化 の 抑制 に寄 与し てい る可 能性 が考 えられ、a‑ラクトアルブミ ン の胃 粘膜保護作用の機序として、粘膜防御 機構の活性化に加え、抗炎症作用も重要と 考えられた。
3a−ラクトア ルブミンの立体構造と胃粘膜保護作用との関係
アル コー ル潰 瘍モ デル を 用い た実験により、@aーラクトアルブミンヘのカルシウム 結 合の 有無による立体構造の変化や、加熱に よる変性さらに加水分解による立体構造破 壊 は本 効果 に影 響を 与え な い、 ◎経口投与されたaーラクトアルブミンは胃内でぺプチ ド に 分解 され 速や かに 消失 する 、◎a―ラ クト アル ブミ ン加 水分 解ペ プチ ドはRGM1細 胞 の粘 液代 謝を 促進 する こ とを 明ら かに した 。こ れら のこ とから、a‑ラクトアルブミ ン の立 体構造は活性発現には必須ではなく、 加水分解によって生じるべプチドが粘液代 謝 を 促 進 す る な ど し て 胃 粘 膜 保 護 作 用 を 発 揮 す る と 考 え ら れ た 。 4胃粘膜保護作用のための評価指標の提示
a‑ラ クト アル ブミ ンの 胃 粘膜 保護 作用 を臨 床応 用す る場 合の指標として、ベプシノ ー ゲン 値を用いる可能性を調べた。これは胃 潰瘍特異的な血清マーカーとして用いられ て いる もの であ る。 その 結 果、 潰瘍 の程 度と 血清 ペプ シノ ーゲン値は相関し、かつa‑
ラ クト アル プミ ンが 潰瘍 誘 発に よる 血清 ベプ シノ ーゲ ン値 の上昇を抑制することを明 ら かに した 。こ れら のこ と から 、a―ラクト アルプミンの胃粘膜保護作用を臨床評価す る う え で の 指 標 と し て 、 血 清 ベ プ シ ノ ー ゲ ン 値 が 適 し て い る こ と を 提 示 し た 。
以上 の研 究によって、経口摂取されたa|ラクトアルプミンの胃粘膜保護 作用の特徴 お よび 作用 機序 が明 らか に なっ た。 これらの成果は、a‑ラクトアルブミン が乳中に豊 富に含まれる 意義の一端を提示し、乳の機能性に関する研究の発展に 寄与するだけでな く、食品によ る胃粘膜の保護という新しい研究分野をも拓いたものと 期待される。よっ て、審査員一 同は、牛田吉彦が博士(農学)の学位を受けるのに十分 な資格を有するも のと認めた。