博 士 ( 農 学 ) 森 田 弘 彦
学 位 論 文 題 名
発 生 生 態 の 解 明 と 実 用 的 識 別 法 に 基 づ く イ ネ 科 水 田 雑 草 の 制 御 戦 略 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1940年代後半に2,4‑PAが実用化されて以来、 日本の農耕地では除草剤による雑草防除 が基幹技術となった 。水田では、夏期の水稲作で丿ピェと総称される野生ヒエ、冬期の麦 作でスズメノテヅボ ウやスズメ丿カタビラなどのイネ科雑草が主要な防除対象となってい る。イネ科雑草の生 育ステージや種間での選択性除草剤の効果の変動が農業生産の現場で はしばしば問題とな る。このため、裏作を含む水田におけるイネ科雑草を対象に、除草剤 の散布時など、防除 に直接関係する場面での発生生態解明と実用的な識別法に基づいた防 除戦略確立を目的に 研究を実施した。
1. 野 生 ヒ エ の 発 生 お よ び 定 着 を 予 測 す るた めの 加重 型有 効温 度手 法の 開発 と応 用 1)1時間気温値の加重型有効積算気温を用いた 野生ヒエとイヌホタルイの葉齢進展の 計量化
イネ科雑草であるタイヌピェ、イヌピェ、ヒメタイヌピェとカヤツリグサ科雑草のイヌ ホタルイで、葉齢進展の指標となる加重型有効積 算気温を第2葉の進展速度を基に算出し た有効度に読み替えて1時間ごとに積算する手法として開発し、積算値の一定性を検討し た 。12℃ か ら36℃ ま で3℃ 刻 み の 陽 光 恒 温器 内で の5雑 草種 の第2葉 の24時間 の伸 長 量と 、15℃か ら36℃で 展開 した 第2葉 身長 の比をSpline曲線補間法によ り0.1℃ごとに 読み 取り 、そ の1/24を1時間当たりの葉齢進 展の有効気温(E)、とした 。ボットで7時 期の代かき後に出芽した5雑草種、および水田で4回の代かき後に自然発生したヒメタイ ヌピェで、葉齢進展を有効積算気温値(Zと)で表すと、同値の代かき時期間の変動係数 は 日 数 (E day)よ り 大 幅 に 小 さ く 、 日 平均 気温 積算 値 (ZT)や 日平 均気 温か ら10℃ を控除した積算値(Z(T‑10))より低下した。
2)関東地方の耕起 ・不耕起乾田直播栽培におけるヒメイヌピェの発生生態の差異と入 水前除草剤処理時期の推定指標の作成
茨城県新利根町の水稲乾田直播栽培を対象に乾田期間を中心にした雑草の発生生態を調 ペ、加重型有効積算気温を用いたヒメイヌピエの葉齢推定に基づく入水前除草剤の処理適 期を 策定 した 。ヒ メイヌピエにっいて、播種n日後の最大葉齢と播種日から(n―1)日 の有 効積 算気 温値 (Zと)との回帰式から、 播種(耕起)日から1〜5葉期到達までに必 要なZと を算 出 した。「竜ケ崎」の5年間の気温値を用い、5日間隔に設定した播種目ご とにヒメイヌビエの葉齢推移を推定し、乾田期間 の除草剤の処理適期を暦日で求めた。
3)九州地方に発生 したコヒメビェの小穂と穂の形態および低温での種子の死亡条件を 基にした定着不可能地点の推定
熱帯・亜熱帯を中心に分布するコヒメピェが九州地方で見いだされた。そこで、九州に 発生したコヒメピェの有効な識別点を調ベ、耕地への定着の可能性を検討した。熊本県玉
―159ー
名 市産と宮 崎県佐土原町産のコヒメピェにっいて、穂長と最下枝梗長の比が3.2以上とな る点でヒメイヌビェから識別できることを認めた。玉名市産コヒヌピェの種子は、湿潤土 壌 中 で‑5℃ の 凍結 条 件 が1日6時 間続 く と ほぼ 死 滅 し、 同条 件が3〜4日間連続 すると 完 全 に 死滅 し た 。1988年 か ら1992年までの 九州地 方の114地点の 気温値か ら、11月 か ら 翌 年3月 ま で の冬 の 期 間に‑5℃ 以下の最 低気温 の総日数 が5年 間で4日以上 となる場 合をコヒメピェの定着の不可能な越冬条件と仮定し、九州山地、筑紫山地やその周辺など の32地点では定着不可能と推定した。
4)温暖化がコヒメピエの葉齢進展速度に及ぼす影響の予測
想定される地球環境の温暖化での新帰化植物の生育の変動予測として、加重型有効積算 気温手法によルコヒメピェの葉齢進展速度の変化をタイヌピェとの対比で推定した。夕イ 産コヒメピェにっき、0.1℃刻みの1時間当たりの葉齢進展の有効気温(と)を算定した。
コ ヒメピェ とタイ ヌピェで 一定葉 齢に必要な有効積算気温値(ZE)を求め、これにより 福 岡県筑後 市での5年間 の気温 値が1℃から4℃上 昇した場 合の葉齢進展の促進程度を推 定 した。 コヒメ ピェの2葉期へ の到達 は6月20日出芽 の場合は 平年よ り32時間早 いが、
4月20日出芽では144時間時間早まると推定された。
2.水田 に発生するイネ科多年生雑草の葉の特徴による同定法と千葉県八千代市での発生 状況の調査
近年、「ヨバイヅル」と呼ぱれるイネ科多年生雑草が各地の水田で問題とされ、これま で知られていたキシュウスズメノヒエやェゾノサヤヌカグサと混同されてきた。このため、
イネ科多年生雑草の簡易な同定法を策定し、それを用いて千葉県八千代市の水田でのイネ 科 多年生雑 草の発 生状況を 調べた 。水田に 発生す るイネ科 多年生雑草として10種1変種 を確認した。各種の葉身と葉鞘の特徴から検索表を作成し、「草調ベシート」に作成して 広 く配布し た。八 千代市米 本の45筆の水田においてイネの刈跡で上記検索表によルイネ 科多年生雑草を同定して発生程度を調べた。野生ヒエ用除草剤シハロホップブチル剤はア シ カキと サヤヌ カグサに は効果 を示さず 、ハイコ ヌカグ サを抑制 するこ とを認め た。
3.暖地 の水田裏作におけるイネ科雑草の識別法の開発と除草剤反応の差異に及ぼす中胚 軸伸長特性の役割
近年、九州北部の水田裏作麦圃ではカズノコグサの発生が急激に増加し、効果的な防除 法 の確立が 望まれるようになった。このため、麦類対象除草剤の雑草調査時期にあたる3 月頃におけるカズノコグサとスズメノテッポウの簡便な識別方法と、数種除草剤に対する 反応の差異を中胚軸の伸長特性から調べた。
1)カズ ノコグサとスズメノテッポウの幼植物の簡易識別法と除草剤に対する反応性の 差異
3月20日 頃の2〜6葉 期 程 度 の幼植物 で、カズ ノコグ サでは乾 燥後の 根が白い などの 点でスズメノテッポウとの識別が可能であった。ベンチオカーブとプロヌトリンの混合乳 剤・粒剤、トリフルラリン乳剤などの除草剤を処理した場合、両種を区別しない場合には、
カ ズノコ グサに 対して過 大に、 スズメノ テッポウ に対し て過小な 効果判 定となっ た。
2)カズ ノコグサとスズヌ丿テッポウにおける中胚軸の伸長特性とジニトロアニリン系 除草剤に対する反応性の差異
発生深度15mm程度以 上では 、カズノ コグサの 中胚軸 はスズメ 丿テッ ポウに比 ぺて伸 長しにくかった。ジニトロアニリン系除草剤のトリフルラリン粒剤(2.5%)とべンディ メ タ リ ン細 粒 剤(2%)の標 準 量 処 理で は 、5〜30mmの 範 囲で 播 種 深度 の 増 大に っ れ て 残存個体数比率が高くなり、同じ播種深度ではカズノコグサの残存個体数比率がスズメノ テッボウより高かった。播種深度に代えて成長点深度を説明変数に用いて残存個体数比率 との関係を双曲線回帰式で表わすと、この種間差は消去されたことから、同除草剤に対す る、播種深度での反応の種間差は中胚軸の伸長特性に起因する成長点深度の違いによると 考えられた。
‑ 160−
醐 錨 壽 醪 嶺 彎 9 畄 阿 商 湎 蝕 薄 阿 叫 い 法 田 奇 G 諜 憾 壁 窘 襾 諦 L ´ べ ′ 斟 皐 齢 d 湖 1 ′ こ 罪 僻 営 c 畄 藷 藷 湛 ´ 逡 難 阿 叫 い 識 9 H 轟 ナ ょ 黜 譏 齬 h q 醪 世 響 湘 G 辯 嚀 畑 囲 G 鴛 霊 再 ′ 法 田 c D ‑ f 7 ‑ 聾 諜 僻 9 響 擬 暑 塗 窘 9 藻 隣 雨 卿 舜 厂 u い 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 I文 題 名
発生生態の解明と実用的識別法に基づく イネ科水田雑草の制御戦略に関する研究
本論文 は、図17、表21を含 む101ぺージか らなる 和文で、 別に13編 の参考論 文が添え られている。
日本の農耕地では除草剤による雑草防除が基幹技術となっている。水田作では、夏期 の水稲作で野生ヒエ、冬期の麦作でスズメノテッポウやスズメノカタビラなどのイネ科 雑草が主要な防除対象である。新帰化植物が増加する現在、選択性除草剤の効果の変動 が重要な問題となっている。本研究は、水田作におけるイネ科雑草を対象に、除草剤の 散布時期など、防除に直接関係する場面での発生生態解明と実用的な識別法に基づぃた 防除戦略を確立することを目的として実施した。得られた結果は以下のように要約され る。
I.野 生 ヒ エの 発 生 およ ぴ 定 着 を予 測 す るた め の加重 型有効 温度手法 の開発と 応用 1)加重型有効積算気温を用いた葉齢進展
イネ科雑草である野生ヒエとイヌホタルイで、葉齢進展の指標となる加重型有効積算 気温を 第2葉の進展 速度を1時間 ごとに積 算する 手法とし て開発し 、積算 値の‑窟陸を 検討し た。第2葉の24時間の 伸長量と 展開した 第2葉身長の比をSpline曲線補間法によ り求め 、1時間当た りの葉齢進展の有効気温を求めた。この手法により、葉齢進展の推 定が従来のものに比較して著しく向上することが分かった。
2) 直 播 栽 培 に お け る ヒ メ イ ヌ ビ エ の 発 生 生 態 と 除 草 剤 処 理 時 期 の 推 定 指 標 水稲乾田直播栽培を対象に乾田期間を中心にした雑草の発生生態を調べ、加重型有効 積算気温を用いたヒメイヌビエの葉齢推定に基づく入水前除草剤の処理適期を策定した。
さらに 、「竜 ケ崎」の5年間 の気温 値を用い 、5日間隔に設定した播種目ごとにヒメイ ヌ ビ エ の 葉 齢 推 移 を 推 定 し 、 乾 田 期 間 の 除 草 剤 の 処 理 適 期 を 暦 日 で 求 め た 。
―162一
雄 人
則 也
芳 和
泰 哲
野 間
田 藤
佐 岩
幸 近
授 授
授 授
教
教 教
教 助
査 査
査 査
主 副
副 副
3)コヒメビエの九州地方における定着不可能地点
熱帯・亜熱帯に分布するコヒメビエが、近年九州地方で見いだされた。コヒメビェと ヒメイヌビエの識別は容易ではなかったが、穂長と最下枝梗長の比から識別できること を見出した。また、凍結条件下における埋土種子の死滅条件を明らかにし、九州地方の 114地 点 の 気 温 値 か ら 、 コ ヒ メ ビ エ の 定 着 可 能 な 地 域 を 予 測 し た 。 4)温暖化がコヒメビエの葉齢進展速度に及ばす影響の予測
温暖化にともなう新帰化植物の生育予測として、コヒメビエとタイヌビエの葉齢進展 速度の変化を加重型有効積算気温手法により推定した。一定葉齢に必要な有効積算気温 値 を両種で 求め、 これによ り筑後 市での気 温値が1℃から4℃上昇した場合の葉齢進展 の変化を推定した。
II.水 田 に 発 生 す る イ ネ科 多 年 生雑 草 の 葉の 特 徴 によ る 同 定法 と 発 生 状況 の 調 査 近年、イネ科多年生雑草における種の混同が各地の水田で問題とされている。このた め、イネ科多年生雑草の簡易同定法を策定し、それを用いて千葉県ハ千代市の水田での イ ネ科多年 生雑草 の発生状況を調べた。水田に発生するイネ科多年生雑草として10種1 変種を確認した。各種の葉身と葉鞘の特徴から検索表を作成し、「草調ベシート」に作 成して広く配布した。ハ千代市の水田においてイネの刈跡で上記検索表によルイネ科多 年生雑草を同定して発生程度を比較したところ、野生ヒエ用除草剤シハ口ホップブチル 剤はアシカキとサヤヌカグサには効果を示さず、ハイコヌカグサを抑制することが分か った。
III.水 田 裏 作 に お け る イ ネ 科 雑 草 の 識 別 法 の 開 発 と 除 草 剤 の 中 胚 軸 伸 長 特 性 1) カ ズ ノ コ グ サ と ス ズ メ ノ テ ッ ポ ウ の 簡 易 識 別 法 と 除 草 剤 に 対 す る 反 応 九州北部の水田裏作麦圃ではカズノコグサの発生が急増し、防除法の確立が望まれて い る。カズ ノコグ サとスズ メノテ ッポウの 識別は困難であったが、2〜6葉期の幼植物 において、乾燥後の根の色などから両種を容易に識別出来ることが分ゐゝった。ベンチオ カーブとプロメトリンの混合乳剤・粒剤、トリフルラリン乳剤などの除草剤を処理した 場 合 、 両 種 を 区 別 し な い 時 に は 除 草 効 果 が 著 し く 低 下 す る こ と が 分 か っ た 。 2)カズ ノコグ サとスズメノテッポウにおける中杯軸の伸長特性とジニトロアニリン 系除草剤に対する反応
両種における中杯軸の伸長は発生深度により異なることが分かった。。ジニトロアニ リン系除草剤を処理した場合、播種深度が増大するにっれて残存個体数は多くなり、同 じ播種深度ではカズノコグサの残存個体数比率はスズメノテッポウより高かった。播種 深度に代えて成長点深度を説明変数に用いると種間差は消去されたことから、同除草剤 に対する種間差は中杯軸の伸長特性に起因すると考えられた。
以上のように、本研究で示した除草剤の適期処理、対象とする種の正確な認識および 除草効果の変動要因の解明は、選択性除草剤の適正使用を柱とする水田のイネ科雑草の 効率的制御に大きく貢献しうると判断できる。よって審査員一同は、森田弘彦が博士(農 学)の学位を受けるのに充分な資格を有するものと認めた。
―163ー