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保険自由化20年と損保業界活動の変遷 その本質と課題

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■アブストラクト

保険自由化から20年あまりを経過したところで⽛日本損害保険協会百年 史⽜が刊行された。この編纂に携わった者として自分なりにこの20年あまり を振り返る。

保険自由化から10年で保険金不払い問題が発生しその善後策処理で⚕年ほ どを費やした。今振り返るとその前の10年と後の10年では業界活動に大きな 変化があった。換言すれば,保険自由化による各社各様の競争を前提にした やや限定的な業界活動から,損保協会が主体となった自由化時代の協調を前 提にした業界活動に変革した。特に,保険募集人教育,苦情・紛争対応,消 費者啓発活動,そして共通化・標準化の推進は,監督行政の変化もあって進 化していった。

しかし,こうした変化は本質的な部分で生じたのであろうか。保険募集人 教育をあらためて損保協会が担うようになったこと,あるいは最近,金融庁 が掲げる⽛顧客本位の業務運営に関する原則⽜を踏まえると,損保業界は 日々の競争に翻弄されて,業界が抱える根本課題についての本質的な論議を 置き去りにしてきたのではないか。そうであるとすれば,もう一度損害保険 ビジネスの基軸を見据えて今日の技術革新が著しい環境下において業界とし て英知を集めてやらなければならないことは何かを真剣に議論すべきである。

保険自由化20年と損保業界活動の変遷

その本質と課題

竹 井 直 樹

*平成29年⚖月⚒日の日本保険学会関東部会報告による。

/ 平成29年⚙月28日原稿受領。

(2)

■キーワード

損保協会百年史,保険自由化20年,共通化・標準化

⚑.はじめに

1996年⚔月に施行された保険業法の全面改正によって保険自由化1)が幕開 けした。それから20年あまりを経過した2017年⚕月に日本損害保険協会(以 下⽛損保協会⽜または⽛協会⽜という。)から損保協会百年史(以下⽛百年 史⽜という。)が刊行された。前回の刊行は七十年史だったので,新たに直 近30年の歩みが加わったことになる。百年史の編纂に携わった者としては,

この30年は会社人生のもっともコアになる期間だったので,この機会に私な りに振り返ってみたい衝動にかられた。そこでこの30年を,保険自由化前10 年とその後の20年あまりの⚒つ期間に区切って,損保協会を中心にした損保 業界活動(以下⽛協会活動⽜または⽛業界活動⽜という。)の変遷をたどる こととする。最初の10年は別稿2)にまとめたのでそれを参照願い,本稿では 保険自由化からの20年あまり,つまり現在までを対象に考察してみたい。

保険自由化は,その歩みだした矢先に⽛第三分野の生損本体相互乗入3) をめぐる日米保険協議が最終合意し,その結果さらなる料率の自由化が求め られることとなった。また,これとほぼ同時期に,当時の橋本龍太郎首相が 提唱した銀行・証券・保険の垣根問題の解消等を目指す⽛日本版ビッグバン 構想⽜,すなわち金融システム改革が動き出した。まさに波乱の幕開けとな

1) 保険自由化ということばは,さまざまな意味で使われるが,本稿では1996年

⚔月に施行された保険業法の全面改正による規制緩和とその後1998年⚗月に施 行された損害保険料率算出団体に関する法律の改正による料率の自由化を念頭 に置く。

2) 竹井直樹(2017)⽛保険自由化に至る直前の損保業界活動⽜⽝損害保険研究⽞

79巻⚓号127頁~144頁。

3) 第三分野の保険について,生命保険会社と損害保険会社が子会社を通じてで はなく本体で保険引き受けができることをいう。

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った。一方,1996年12月には日本機械保険連盟の独占禁止法違反事件に関連 して,公正取引委員会から損保協会に対して,独占禁止法遵守の強い要請が あった4)。こうした内外の激しい動きと急激な環境変化のなかで,従来型の ビジネスモデルと決別すべく,今後の協会活動のあり方が検討され,損保協 会としては1998年に初めて⽛中期事業計画⽜5)を策定して同年⚔月から新時 代の協会活動をスタートさせた。以来この20年あまりの間にはいろいろな出 来事があり,協会活動は会員会社の経営環境の激変の後を追うように大きく 翻弄されてきた感もある。そうしたなかでも特に象徴的と思われるエポック メーキングな出来事をいくつか取り上げながら,業界活動の変遷をめぐる意 義や本質,そして課題を私なりに明らかにしていきたい。もちろんこの間の 監督行政の変遷にも触れなければならない。何故なら業界活動は監督理念や 手法によってその方向感が変わり,損保協会に求められる役割も変わってい くからである。

なお,協会活動とは何か,協会活動の特徴は何かなどについては前述の別 稿にまとめたのでここでは省略する。

⚒.1996年から2005年までの主な出来事

この20年あまりの間,同じようなスピード感で保険自由化が浸透し,進化 していったのかというとそうではない。2005年から2007年にかけて発生した 保険金不払い問題6)(保険料の取り過ぎ問題を含む。以下同じ。)が,保険自 由化からちょうど10年後であったことは単なる偶然ではなく,この10年の間 に各損害保険会社のビジネスモデルがいたるところで徐々に瓦解していった 結果である。そういう点ではこの20年間を2005年から2007年を中間点にして 前の10年と後の10年に分ける意味はあり,中間を⚓年間とすることによって

4) 竹井・前掲注2)134頁~138頁参照。

5) 損保協会における中期計画の変遷については⽝百年史⽞52頁~67頁。

6) 当時は⽛保険金支払い漏れ⽜や⽛不適切な不払い⽜という表現を用いていた が,本稿では時間の経過も踏まえ,単に⽛保険金不払い⽜という表現を使用す る。

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2017年までの区切りが分かりやすくなる。このように考えると保険金不払い 問題がいかに巨大なエポックメーキングな出来事だったかがわかる。そこで まず,2005年までの10年間の主な出来事を概観する。

⑴ 監督行政をめぐる変遷と業界変化

①金融システム改革法

保険自由化の幕開けは結果的には序章に過ぎなかった。それは前述したよ うに,その前から継続していた日米保険協議が大詰めを迎えていたことと,

⽛日本版ビッグバン⽜(金融システム改革)への対応があったからである。日 米保険協議については,1996年12月に決着し,その合意内容7)は金融システ ム改革法に盛り込まれ,損害保険料率算出団体に関する法律(以下⽛料団 法⽜という。)と保険業法のさらなる改正が行われ,1998年⚖月に公布され た。このなかで象徴的な制度改正は,いわゆる算定会制度に関するさらなる 規制緩和(料率使用義務の廃止・付加率算出の廃止)と第三分野の生損保本 体の相互乗入であり,アメリカが求めた料率の一段の自由化と日本が望んだ 第三分野における事業自由化が刺し違える結果となった。

②監督手法の変化

金融システム改革では,その実効性を確保するためにも銀行を中心にした 不良債権問題の解決が最優先課題と位置づけられ,金融機関の監督業務は大 蔵省から分離されて,1998年⚖月に発足した金融監督庁が所管することとな った。そして,金融機関の監督手法が改められ,明確なルールに基づく透明 かつ公正な金融行政を確立することを基本とし,金融機関の経営に市場規律 と自己責任の原則を徹底させ,市場の信認を得ていくことが宣言された8) この考え方をもとに具体的に金融検査の視点や手法をまとめたのが⽛金融検 査マニュアル⽜であり,事前指導型から自己管理型への転換に基づいて厳正 7) この日米保険協議の最終合意は,第三分野の生損本体相互乗入の実施時期と

それを実施するため環境整備が論点であった。

8) ⽝金融監督庁の⚑年⽞1999年⚘月金融監督庁 参照。

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で実効性ある検査の実施とモニタリングの充実を掲げ,その体制整備のため に検査官を大幅に増員した。この⽛金融検査マニュアル⽜は,銀行について は1999年⚗月に制定され,保険会社については,⽛保険会社に係る検査マニ ュアル⽜として,2000年⚕月に制定されてそれぞれ公表された。そしてこの 新時代の保険会社監督の姿勢を内外に示した⚑つの出来事が保険会社に対す る行政処分発令の公表である。1999年⚗月に損害保険会社⚒社が団体保険の 加入者の水増しなどによって保険料を不正に割引いたとして,保険業法違反 を理由に業務の一部停止を命じる行政処分が行われた。その後2000年以降も 生命保険会社を含めて保険料の不正割引,保険商品の認可申請時の虚偽説明,

募集文書の不適切説明などにより保険業法違反を理由に行政処分が相次ぎ9) 保険業法等のコンプライアンスの態勢整備が損害保険会社の重要かつ喫緊の 経営課題となっていった。

③行政手続きの整備

監督行政の変化という点では行政手続面での整備も図られた。1996年⚕月 には当時の大蔵省がホームページを開設して積極的な情報発信を開始し,

1999年⚖月には当時の金融監督庁が⽛預金取扱い金融機関及び保険会社の自 己資本比率規制等に関する告示⽜について初めてパブリックコメント手続10) を採用した。パブリックコメントについては,行政運営における公正の確保 と透明性の向上を目的として同年⚓月の閣議決定に基づき行政機関が実施す ることとしたもので,現在は法制度化されている。さらに2001年⚓月には閣 議決定に基づき行政機関は法令適用事前確認手続(いわゆるノーアクション レター)の導入が求められ,金融庁(2000年⚗月,金融監督庁を金融庁に改 組)は同年⚗月からこの手続きの運用を開始した。この手続きによる照会の 対象は⽛新規の事業や取引を具体的に計画している場合⽜の法令適用に関す 9) 公正取引委員会から景品表示法違反(優良誤認)による排除命令を受けたう えで,保険業法違反による行政処分が発令された例が2003年と2007年にそれぞ れ⚑件あり,いずれも生命保険会社が販売したがん保険の募集文書に係るもの である。

10) ⽛規制の設定又は改廃に係る意見提出手続⽜が正式名称であった。

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るものであるため,一般的な法令解釈は対象外となるが,この点は,1998年

⚖月に策定,公表された金融監督にあたっての留意事項をまとめた⽛事務ガ イドライン11)⽜等の記載を踏まえて,金融庁の個別対応となった。なお,保 険会社向けの事務ガイドラインは,2005年⚘月には⽛保険会社向けの総合的 な監督指針⽜(以下⽛監督指針⽜という。)に改められ,現在に至っている。

④金融改革プログラム

ところで,1999年には不良債権問題の解決を目指して大手銀行へ公的資金 が投入され,2002年には,不良債権処理をさらに加速するため竹中平蔵金融 担当大臣が主導して⽛金融再生プログラム⽜が作成された。また,この少し 前には保険業界では,生命保険会社を中心に逆ザヤ問題により相次いで経営 不安に陥り,破たん処理に奔走する事態となっていた。その後不良債権処理 や破たん処理という緊急対応から脱却すると,金融システムの安定から活力 を重視した政策の転換が図られ,2004年に⽛金融改革プログラム⽜が,翌 2005年には⽛金融改革プログラム工程表⽜が策定された。この工程表では,

保険分野についても詳細にアクションプログラムが掲げられた。重要事項説 明の明確化,比較広告ルールの明確化,バイヤーズガイド(購入の手引き)

の作成,ADR12)の整備,金融サービス利用者相談室の設置,金融経済教育 の拡充などはこの工程表がまさに出発点となっていることがわかる13)

11) 1996年⚔月の保険業法改正では大蔵省の通達行政は残ったが,1998年⚖月,

金融監督庁が発足し,通達は廃止され,⽛事務ガイドライン⽜が別途業態ごと に定められた。

12) ADR とは,Alternative Dispute Resolution の略で,日本語では⽛裁判外紛 争解決手続(機関)⽜と訳されている。

13) 金融庁は2005年⚔月に⽛保険商品の販売勧誘のあり方に関する検討チーム⽜

を設け,金融改革プログラムに掲げられた保険課題を検討し,中間論点整理⚒

回と最終報告(2006年⚖月)をとりまとめ,金融庁ホームページで公表した。

この最終報告を受けた業界側の具体的な成果については,⽝百年史⽞150頁~

152頁参照。また,最終報告のなかで⽛中期的な課題⽜として掲げられた,用 語の統一,約款の平明化・簡素化,募集人の資質向上などはその後業界内で本 格的な検討が始まった。

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⑤商品開発動向

保険自由化はさまざまな分野に新たなビジネスやインフラ整備をもたらし た。ブローカー制度の導入は新たな保険募集の担い手を生みだし,リスク細 分型自動車保険の誕生は損害保険市場への新規参入を活発化させ,インター ネット販売という新たな販売手法も誕生した。

商品では自動車保険に⽛人身傷害補償保険⽜という交通事故による被保険 者のけがや死亡による損害を,定額給付ではなく損害てん補方式により自分 の保険で補償する新商品が1997年10月に東京海上社(当時)から発売され,

その後各社が追随した。この人身傷害補償保険は被保険者が交通事故の被害 者となった場合の損害を被保険者の過失部分を含めて補償する新機軸の保険 で,従来手薄であった部分をカバーする面倒見の良さが市場の評価を得て,

料率競争時代における自動車保険マーケットの拡大に大きく寄与した14)。個 人分野の商品競争には,商品開発競争と料率競争があるが,保険自由化以降,

商品開発競争では主に特約開発競争が,料率競争では主に割引競争が展開さ れた。これは自動車保険だけではなく,火災保険や傷害保険もまったく同じ 状況である。例えば火災保険では,保険自由化前から販売されていた業界商 品ともいうべき⽛住宅総合保険⽜は主役の座を降り,1999年ごろから補償範 囲を拡大した各社各様の商品が販売され,補償項目を列挙するスタイルから,

⽛その他偶然な事故による破損・汚損⽜を加えることによってオールリスク 商品が主流になった。こうした補償範囲の拡大や割引による割安感は,商品 の複雑性が増したとはいえ,商品選択と商品購入の幅を飛躍的に拡大し,消 費者利便の向上に大きく寄与したといえる。

⑥その他

インフラの整備では,1998年12月に⽛損害保険契約者保護機構⽜が創設さ れ,損害保険会社が破たんした場合の保険契約者保護の仕組みが構築された。

この新たな仕組みは競争促進を下支えするインフラ整備であるが,その後ま 14) 現在の人身傷害補償保険の普及率は保険毎日新聞の調査では約90%である。

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もなく2000年⚔月の第一火災社の破たんで活用されることとなった15) また,保険自由化により,損害保険会社も生命保険会社もそれぞれ生命保 険子会社,損害保険子会社を設立できるようになった。1996年,生命保険会 社の損害保険子会社が⚖社設立され,同年10月に損保協会へ入会した。さら に,この時期は外資系,メーカー系などの保険会社の新規参入が相次ぎ,損 害保険会社数が一気に増え,損保協会会員会社も激増した。しかし,生保の 損害保険子会社については2000年以降,統合や撤退によって数を減らし,さ らに既存の大手損害保険会社を中心にした合併が相次ぎ,損害保険会社の数 や損保協会の会員会社数は一転して激減していった。業界地図が毎年大きく 塗り替えられ,盛衰の激しい業界環境となった。

こうして,この10年は監督行政の大転換への対応も踏まえながら,新規参 入会社を交えた保険会社間の募集インフラや商品開発の激しい競争と効率化 政策を通じて,新たなビジネスモデルの構築を目指していった時代である。

⑵ 保険自由化のなかの業界活動の変化

これまでの協会活動は,委員会を通じて会員会社の共通の利益に係る問題 について細部にわたって協調を最優先に議論をし,その結果を守らせるため にさまざまな業界ルールを作成するというビジネスモデルだった。しかし,

こうした手法は独禁法コンプライアンス上は不適切となり,特に商品競争や 価格競争が大前提のなかでは商品関係の委員会の役割はほぼ消滅し,基本的 には廃止を余儀なくされた。他方,社会的な損失となる保険事故の発生を予 防あるいは回避するための交通事故防止対策や防災・減災等の取り組み,損 害保険の普及と理解を促進する取り組み,さらには相談や苦情に対する組織 的・全社的な取り組みは,社会的な意義も大きく,協会活動の主役に躍り出 るようになった。このいわば主役の交代は,保険自由化時代の協会活動の必 然的かつ象徴的な変化であったといえる。

前述した最初の中期事業計画(1998年度~200年度)は,新たな時代の協 15) ⽝百年史⽞184頁~195頁参照。

(9)

会活動の柱を⽛対外活動⽜,⽛社会的責任・使命に関する活動⽜,⽛社員会社に 対する支援・サービス活動⽜の⚓つとして,従来の活動を⽛コストの削減⽜

と⽛費用対効果の向上⽜の観点から見直して⚓か年かけて実施するというも のであった。また,これまで会員会社向けサービスを主体にした活動から,

社会に開かれた対外活動へシフトするなか,1997年10月に損保協会のホーム ページが開設されたことは,この方向転換を支える重要なツールとして捉え ることができる。

ここで協会活動の変化という観点で,特徴的な事業を⚒つ挙げたいと思う。

第⚑は,対外活動の消費者啓発の一環として,一般消費者向けおよび消費生 活相談員向けの損保講座や大学生向けには損保実学講座の実施が全国展開さ れ,本格化したことである。これは損害保険への理解を促進するための消費 者啓発活動が協会活動の新たなコア事業になったことを意味する。第⚒は,

新保険業法のほか,⽛金融商品の販売等に関する法律⽜(2001年施行),⽛消費 者契約法⽜(2001年施行),⽛金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金 口座等の不正な利用の防止に関する法律⽜(2005年施行,現在は他の法律の 施行により廃止),さらには⽛個人情報の保護に関する法律⽜(2005年施行)

の相次ぐ実施により,コンプライアンスの取り組みが独禁法に限らずさまざ まな法律に広がったことである。元来コンプライアンスは業界問題でもあり,

会員会社にこうした新たな法律を遵守する取り組みを行ってもらうために,

法律の考え方や実務対応をまとめた会員会社向けの指針やガイドライン作り が協会活動として始まった。そしてこれら指針・ガイドラインは基本的には 公表することによって透明性を確保し,その目的が会員会社利便の活動であ ると同時に消費者利益の保護活動でもあることを明らかにした。これらは新 時代の新たな協会活動の誕生である。

⑶ 監査室の廃止

保険自由化時代の協会業務のあり方を検討するなかで,1997年⚓月に監査 室が廃止されたことは象徴的な出来事であったといえる。監査室が設置され

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たのは1957年⚗月のことであるが,当時,不公正な保険募集が横行して社会 問題化したことがきっかけで,その経緯は損保協会の七十年史に詳述されて いる16)。監査室は廃止直前では,監査人21名(会員会社 OB),室長(大蔵 省 OB)ほか⚔名の総勢25名で構成され,監査業務(以下⽛協会監査⽜とい う。)を行っていた。協会監査には保険会社の営業部支店を対象とするもの と代理店を対象とするものがあり,いずれも不公正取引の排除と公正な募集 秩序維持の取組状況を調査し,必要に応じ保険会社に対して是正を求めてき た。調査項目については,法律そのものの遵守状況のほか,事業方法書等の 基礎書類と業界ルールの遵守状況も含まれ,いわば自主規制の実効性を確保 するためのチェック機関としての役割を果たしてきた。

協会監査についても前述の独禁法コンプライアンスの観点から見直しが行 われた。検討の結果,商品・料率の自由化によって基礎書類は当然各社各様 となり,業界ルールについてはそのほとんどが廃止となり,これまでの損保 協会が監査する仕組みは意味を失ったため,監査室設置当時の覚書等協会監 査に係るルールは1996年⚓月をもって廃止され,協会監査は即刻停止された。

なお,当時,競争促進時代だからこそ保険募集適正化のための協会監査に 代わる新たな制度が必要であるとの意見もあって,保険会社に対しては代理 店の管理状況を,代理店に対しては法令遵守状況を調査項目とした新制度の 検討が行われた。しかし,独禁法上の問題点が完全には払拭されていない等 の理由から新制度の創設は困難であるとの結論に至り,監査室は1997年⚓月 をもって解散した。

事細かな業界自主規制があって,その業界自主規制の実効性を確保するた めに業界組織を作って点検し,業界秩序を整然と維持してきた構図は,保険 自由化前の業界協調を象徴する仕組みであった。それが瓦解したことは大き な時代の転換期を迎えたことを物語っている。ただし,顧客が主体的に保険 会社や商品を選択できるよう,各保険会社の法令遵守をはじめとする顧客視 16) 監査室の設立経緯等の詳細は⽝日本損害保険協会七十年史⽞213頁~222頁参

照。

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点の取り組み状況等をチェックする自主的な機関の必要性を今の時代でも行 政が取り上げる場面があることは興味深い17)。こうした新たな時代における 新たな自主規制のあり様はこれからもかならず論点になるであろう。

⚓.保険金不払い問題とその対応

⑴ 経 緯

前述したように1996年からの10年は,保険自由化によって激しい販売競争 や商品開発競争が行われ,損害保険会社の破たんはあったものの,商品選択 の機会と商品購入の幅が格段に広がり,消費者の利便性向上が劇的に進んだ といえる。

しかし,こうしたなかで2005年に保険金不払い問題が発生し,社会問題化 した。保険業界の信用失墜にまで発展したこの問題に対する金融庁の姿勢は 厳しく,2005年11月に損害保険会社26社に業務改善命令が下された。その後 も2006年には損害保険会社⚒社で業務停止命令が,2007年⚓月には第三分野 の保険の保険金不払いにより損害保険会社10社に業務改善命令または業務停 止命令が下された。この問題についての金融庁のフォローアップ(業務改善 計画の提出とその実施状況報告)はその後2009年まで続いた。

⑵ 業界対応

協会活動の変化という観点では,保険金不払い問題はきわめて象徴的な出 来事である。保険金不払い問題は,たまたま個社に散見された問題とはなら ず,当時の業界体質に起因する業界問題に発展したことから,その善後策の 検討に際し損保協会の役割が遺憾なく発揮された。損保業界では保険金不払 いは意図的な不払いではなかったが,消費者や世間からの信頼を失墜したこ

17) 例えば,⽛金融審議会市場ワーキング・グループ報告~国民の安定的な資産 形成に向けた取組みと市場・取引所を巡る制度整備について~⽜(2016年12月 22日公表)⚖頁。また,前掲注13)の最終報告でも自主規制機関の検討が課題 として掲げられた。

(12)

とは業界全体にとって大きな痛手であった。しかし,同時にこれまでのビジ ネスモデルを見直し,イノベーションを起こす絶好の機会ともなった。

この問題は保険自由化からちょうど10年という節目で顕在化し,保険自由 化が誰のためのものだったかを問いただすこととなった。さまざまな特約の 開発競争と料率割引競争は保険商品のさらなる複雑化を生じさせ,その結果,

保険会社社員はもとより保険募集人にも難解な保険商品が溢れ,顧客の商品 理解に一層支障をきたすようになった。そこで消費者視点に立ってこれまで のビジネスモデルを見直そうという意図で,2006年⚖月,損保協会内に消費 者問題専門家や学者等の有識者委員と業界側委員をメンバーとする⽛消費者 の声諮問会議⽜が設置された。この諮問会議では信頼回復に向けたさまざま な提言がまとめられ,実行に移された。基本的なねらいは大きく分けると,

①商品の分かりやすさと商品の理解を促進するための業務品質の向上,②商 品を販売する保険募集人の資質向上のための制度作り,の⚒点である。①に ついては,業界ガイドライン作りが主流になるが,前述したようなこれまで の法令遵守のためのガイドラインとは異なり,消費者視点に立ったビジネス モデルの構築のための業界実務に係るガイドラインである。一方②について は,ドラスティックな見直しが行われた。詳細は後述するが,2001年⚔月以 降は保険募集人の教育における損保協会の役割は限定され,基本的には各社 マターとなった。これが⽛消費者の声諮問会議⽜の提言を受けて損保協会を 主体とした保険募集人試験に再構築され,保険募集人の格付けでも共通制度 が創設された。これは協会活動のいわば復権であり,業界活動の意義や本質 を考えるうえではきわめて象徴的な出来事,変化である。

なお,保険金不払いによる行政処分に基づいて各損害保険会社は金融庁に 対して業務改善計画を提出し,以後,定期的にその業務改善計画の実施状況 を報告することが求められた。この実施状況の報告については各損害保険会 社とも金融庁への報告と同時にホームページを通じて公表した。このプロセ スのなかで,2006年10月以降,苦情の件数や苦情の概要を開示する動きが個 社ごとに現れ,損保協会に寄せられる苦情についても,消費者視点に立って

(13)

苦情に関する透明性をより一層向上させるために各社別に開示することとな った。開示にあたっては,苦情の定義を各社間で合わせる必要があり,消費 者の声を広く把握する意図から苦情を⽛不満足の表明⽜と定義した。この各 社別の情報は2007年10月から損保協会のホームページ上で公開され,さらに 各社が受け付けた苦情の件数とその概要を損保協会のホームページでも見ら れるよう,様式を統一して2008年から開示した18)。この取り組みは生保協会 と足並みを揃えて行われ,一方で他の金融業界では行われていない。保険金 不払問題への必死の対応があったにせよ,保険業界が本来持っている愚直さ を伺わせる取り組みであるといえる。

⚔.2007年から現在までの主な出来事

⑴ 監督行政をめぐる変遷と業界変化

この間に金融庁の監督姿勢はさらに劇的な変化を遂げる。金融庁は2007年

⚗月から金融規制のさらなる質的向上を目指すという意味の⽛ベター・レギ ュレーション⽜への取り組みに方向転換し,⽛ルール・ベース⽜の監督と

⽛プリンシプル・ベース⽜の監督の最適な組み合せ等を柱に金融機関との対 話の充実などの方策を打ち出した。この方向転換によってその後は少なくと も損害保険会社に対する行政処分は激減した。さらに金融検査も2013年から

⽛検査基本方針⽜が⽛金融モニタリング基本方針⽜に変更され,従来のオン サイト・モニタリング(立入検査)前提の検査を,オフサイト・モニタリン グ(ヒアリングや資料徴求)と運用を一体化する手法に改められた。また,

水平的レビューという複数の保険会社に共通する検証項目を統一的目線で取 組状況を横断的に検証する新たな金融モニタリング手法も導入された19)

最近の制度面での出来事としては保険募集に係る保険業法の改正がある。

18) 前掲注13)の⽛中間論点整理~保険商品の販売・勧誘時における情報提供の あり方~⽜(2005年⚗月18日公表)では,苦情件数等の公表が望ましいと述べ ている。18頁参照。

19) 平成25年(2013年)⚙月⚖日付け⽛平成25事務年度金融モニタリング基本方 針⽜において明らかにされた。

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金融審議会⽛保険商品・サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グ ループ⽜において議論され,2013年⚖月にとりまとめられた報告書20)がベ ースとなって2016年⚕月に施行された。保険販売形態の多様化に伴い,顧客 視点のさらなる徹底をめざして,情報提供義務や意向把握・確認義務の明文 化など保険募集に関するルールを再整備したものである。前述したように金 融規制については2007年に,金融規制の国際的な協調も踏まえながら⽛ルー ル・ベース⽜と⽛プリンシプル・ベース⽜の最適組み合わせによる監督が行 われるようになった。しかし,現実には特に保険募集においては⽛監督指 針⽜を含めた⽛ルール・ベース⽜の方に圧倒的に偏ってきた。モニタリング する側からすれば,⽛プリンシプル・ベース⽜では具体的に何を監査するの か苦慮するから,その物差しが必要だということであろう。

さらに2014年からは,⽛フィデューシャリー・デューティー⽜(他者の信任 に応えるべく一定の任務を遂行する者が負うべき幅広い様々な役割・責任の 総称)の徹底が掲げられるようなった21)。この考え方は,もともとは年金や 投資信託などの投資商品の受託者が受益者に対して負う⽛受託者責任⽜が起 源であるが,遍く顧客の信頼・安心感に応える役割や責任として一般化する 捉え方をしている。これを保険会社に置き換えれば,⽛顧客のニーズや利益 に真に適う商品の提供等⽜22)を指し,前述の保険募集に関するルールの再整 備はまさにその一環であるといえる。

そして,2016年⚔月には,金融担当大臣の諮問により金融審議会に⽛市場 ワーキング・グループ⽜が設置され,国民の安定的な資産形成と顧客本位の 業務運営などについて審議が行われた。この時点では⽛フィデューシャリ ー・デューティー⽜ということばは⽛顧客本位の業務運営⽜に置き換えられ,

20) 正式名称は,⽛新しい保険商品・サービス及び募集ルールのあり方について⽜

報告書という。

21) 平成26年(2014年)⚙月11日付け⽛平成26事務年度金融モニタリング基本方 針⽜において明らかにされた。

22) 2015年⚙月に公表された⽛平成27事務年度金融行政方針⽜では⽛フィデュー シャリー・デューティー⽜を正面から掲げ,保険会社の例にも触れている。

(15)

同ワーキング・グループが取りまとめた報告書を踏まえ,金融庁は2017年⚑

月に⽛顧客本位の業務運営に関する原則⽜を作成し,パブリック・コメント を経て公表した23)。この原則は,貯蓄から資産形成へと資金の流れを変革す ることがこれからの金融市場や日本経済の持続的発展には不可欠であるとの 考え方に基づき,これまでの金融商品の販売手法の反省を踏まえて,⽛金融 事業者24)⽜が顧客に寄り添う顧客本位の業務運営を自主的に目指すための指 針である。この背景には,金融事業者自らが顧客とともに歩む市場文化を醸 成するために⽛ルール・ベース⽜に偏っていた監督手法を⽛プリンシプル・

ベース⽜へ押し戻そうとするねらいがあると考えられる。この原則は⚗つの 原則から構成され,⚑つ目の原則では,各金融事業者が顧客本位の業務運営 について,その方針を定め公表することを求めている。現在(2017年⚘月⚑

日現在)保険関係では74社が方針を公表した25)。この直近の監督行政の変化 については最後にもう一度触れたい。

⑵ 保険募集人教育の再構築

保険募集人教育は,保険自由化がもたらしたものは何だったのかを考える ときに,もっとも興味深い,象徴的な活動であったと思う。損害保険代理店 制度は,業界の自主規制から始まり,それが1980年,当時の大蔵省通達に盛 り込まれ,⽛新ノンマリン代理店制度26)⽜として法律に準じた制度が構築さ れた。

その後,保険自由化の嚆矢となった1996年の保険業法全面改正では,この 23) ⽛市場ワーキング・グループ⽜は2016年12月22日の報告書を公表,金融庁は この報告書を踏まえて⽛顧客本位の業務運営に関する原則案⽜を2017年⚑月19 日公表しパブリックコメントを開始。同年⚓月30日に確定したことを公表した。

24) この原則では対象を⽛金融事業者⽜として,特に定義は定めていない。

25) 金融庁のホームページで随時公表されている。

26) ⽛新ノンマリン代理店制度⽜とは,代理店のランク(種別)と募集人の個人 資格がリンクした業界共通の制度である。詳細については,前掲注16)⽝七十年 史⽞390頁~394頁と沖山浩敏(1991)⽛損害保険における募集制度の現状⽜⽝保 険学雑誌⽞535号17頁~33頁参照。

(16)

業界共通の代理店制度は,引き続き大蔵省通達に残り,金融監督庁が誕生し た後も1998年⚖月に策定・公表された⽛事務ガイドライン(保険関監督等に あたっての留意事項について)⽜に明記された。2000年⚗月,金融監督庁と 大蔵省金融企画局が統合して金融庁が発足した時もこの代理店制度は存続し たが,2001年⚓月末,前述の事務ガイドラインの業界共通代理店制度の部分 はついに削除され,各社各様の代理店制度がスタートした。これを業界では 代理店制度の自由化と称している。

ここで代理店制度の自由化が若干遅れた要因について多少触れたい。これ は料率制度の自由化と密接に関わっており,特に代理店手数料率を含む付加 保険料率の自由化が各社各様の代理店制度への転換の前提となっていたので はないか。前述したように料率自由化の集大成は1998年⚗月の料団法の改正 であるが,この改正には経過期間が⚒年設けられていたことから各社は損害 保険料率算出機構(以下⽛料率機構⽜という。)が算出した営業保険料率を 2000年⚖月まで使用することができた。こうした経過と各社の新制度に向け た準備期間も考慮して,その⚙か月を経た2001年⚔月に代理店制度の自由化 が実施されたということだと思う。

ところで,代理店制度の枠組みとしては,①募集人教育,研修,②募集 人の格付,および③代理店の格付がある。2001年⚔月以降,①は初級レベ ルの⽛募集人試験⽜と法律,税務等を対象にした⽛代理店専門試験⽜を損保 協会が担うこととなり,商品を対象にした試験は各社マターとなった。また

②および③は当然これも各社マターとなった。こうしたなかで保険金不払 問題が惹起した。前述したようにその再発防止策として業界一丸となった保 険募集人の資質向上が掲げられ,損保協会が一元的に保険募集人教育・研修 と保険募集人の格付けを担うこととなった。そして,損保協会が新たに実施 する⽛損害保険募集人一般試験⽜は⽛基礎単位⽜と⽛商品単位⽜に分かれ,

⽛基礎単位⽜の合格を行政への保険募集人の登録・届出要件とし,⽛商品単 位⽜の合格を募集要件とする業界自主ルールを定めた。さらにそれぞれの合 格の有効期限を⚕年とする更新制を導入した。保険募集人の格付けでは,消

(17)

費者から保険募集人の資質を判断できる目安として,損保協会が一定の保険 募集人を認定する制度(名称は⽛損害保険プランナー⽜と⽛損害保険トータ ルプランナー⽜という。)を導入した27)

こうした経緯は,保険募集人教育・研修について,損保協会のもとで共通 化を実現したということであり,保険自由化の流れのなかで紆余曲折はあっ たが,損保協会への呼び戻しがあったということである。では何故,呼び戻 しがあったのか,それは⽛保険募集人教育は業界問題である⽜と会員会社が あらためて実感したからである。専業だけではなくさまざまな業種の保険募 集人が存在し,かつ複数保険会社に乗り合う場合もある保険募集人の世界に おいて,保険募集人の資質向上は健全な保険制度を支えるきわめて重要なイ ンフラであるから,あらためて業界全体で取り組まざるを得ない状況に至っ たのである。この保険募集人教育の共通化は,業界一丸だから,当然,消費 者にもわかりやすいし,システム化においても好都合であった。⽛代理店登 録電子申請システム28)⽜や⽛募集人・資格情報システム29)⽜は,保険募集人 教育の共通化を前提にして成り立っている。保険募集人教育の運営・管理が しやすいということは,業務の効率化が図れると同時に,保険募集人の資質 向上の精度を高めることにも貢献する。この新たな保険募集人教育制度の構 築と運営は共通化取り組みの好事例であるといえる。

⑶ 共通化・標準化の推進30)

損保協会の第⚖次中期基本計画(2012年度~2014年度)では,重点課題の 27) 詳しくは,⽝百年史⽞201頁~206頁参照。

28) 損保協会が運営する共同システムの⚑つ。金融庁・財務局への代理店登録・

届出の申請を電子データにより共同システム経由で行うもので,2006年⚗月に 稼働。ペーパレス化と共同システム経由によって大幅なコスト削減が図られた。

29) 損保協会が運営する共同システムの⚑つ。募集人が損保協会の代理店試験に 合格し,金融庁・財務局への代理店登録・届出手続きが完了すると,その情報 が自動的に本システムに共有され,募集人の合格情報等を一元的に管理するも ので,2011年⚗月稼働。

30) 損保業界の共通化・標準化の取り組みについては,栗山泰史(2017)⽝変わ

(18)

⚑つとして⽛共通化・標準化の推進による消費者利便の向上と業務効率化⽜

が掲げられた。損保業界ではこれまで⽛共通化⽜あるいは⽛標準化⽜という ことばは,あまり使われてこなかったように思うが,それには⚒つの理由が あると考える。⚑つは,保険自由化前には法規制と自主規制が完備されてい るからその必要性に乏しかったこと。もう⚑つは保険自由化後でも,前述し た独禁法違反事件の経験もあって競争相手との協調を積極的に考える業界環 境がなかったことである。競争促進が優れた商品やサービスを生み出して持 続的な発展を実現するというのは定理であるが,損害保険の商品やサービス の難しさと手間ひまは著しく,競争促進だけでは消費者や社会への利益還元 はできにくい面がある。むしろ各社各様の商品・サービスが無秩序に氾濫す れば買う側だけでなく売る側にも混乱を引き起こし,世の中の誰にもメリッ トがないという深刻な事態に陥ることも考えられる。保険金不払い問題を惹 起させた根底にはこうした損害保険が本質的に抱える課題が垣間見える。

いずれにしても保険金不払い問題を契機に,このままのビジネスモデルで は立ち行かないという共通意識のもと,保険会社間の⽛協調⽜が再評価され たといえる。その協調の一つの切り口が業界の共通化・標準化である。前述 したように損保業界ではこうしたことばをあまり使用してこなかったが,こ れまでも共通化・標準化に該当する取り組みを多数行ってきた。ただ,当時 は共通化・標準化という概念では捉えていなかっただけである。損害保険の 複雑性と手間ひまは,商品に関する一定の基本的な考え方や枠組み,そして 標準的な事務処理の流れなどを業界が共有し,それらを消費者や社会へ発信 して理解を求めることで解決していかなければならない。共通化・標準化に は,例えば共同保険事務の共通化,代理店システムの共通化,保険約款の標 準化などさまざまなテーマがあり得るが,こうした取り組みを通じてわかり やすさなどの消費者利便の向上と業界全体の効率化を実現することのメリッ トが共通認識として醸成されてきたことの意義は大きい。競争時代の協会活 り続ける保険事業 保険業界の明日を考える⽞57頁~81頁,(株)保険教育シス テム研究所。

(19)

動の大きな軸足があらためて認識されたということだと思う。

ところで,保険自由化以降,損保協会が行ってきた共通化・標準化の取り 組みには以下のようなものがあった。

① 法律の基本的な考え方や具体的な適用にあたってのポイントをまとめ,

業界の共通認識として共有するもの

損害保険会社の独占禁止法遵守のための指針,⽛金融商品の販売等に 関する法律⽜への対応への考え方 など

② 金融庁の⽛監督指針⽜を踏まえて,重要事項説明(契約概要・注意喚 起情報)の体裁,募集文書の表示方法,保険約款の体裁・用語の使い方,

保険金支払時の留意事項などをまとめ,業界認識として共有するもの 契約概要・注意喚起情報(重要事項)に関するガイドライン,募集文 書等の表示に係るガイドライン,保険約款のわかりやすさ向上ガイドラ イン,高齢者に対する保険募集ガイドライン など

③ 上記①および②の延長線上ではあるが,保険業法と監督指針あるいは 個人情報保護法を踏まえた代理店や損害保険会社の行動・事務要領を共 通化したもの

募集コンプライアンスガイド,ディスクロージャー基準 など

④ 一般的な行動原理を共通化し,業界認識として社会へ発信し理解を求 めるもの

損害保険業界の環境保全に関する行動計画,損害保険業界における反 社会的勢力への対応に関する基本指針 など

⑤ 損害保険会社のシステムに係る共通化を通じて業界の業務効率化を図 るもの。これは前述した共同システムとして構築されたものなどが該当 する。

任意・自賠一括仮払決済システム,代理店登録電子申請システム,損 害保険口座振替データ交換システム など

このような整理をしてみると,協会活動のなかで共通化・標準化の取り組

(20)

みがいかに大きな位置を占めてきたかがわかる。また,上記取り組みは基本 的には公表していることから,損害保険に係るビジネスモデルに対する消費 者や社会への理解を求める活動であることもわかる。公表することが消費者 視点に立っていることをアピールする手段になっていて,これは社会的責任 を果たすための当然の帰結である。

ここで,保険約款の標準化について若干触れたい。共通化・標準化の究極 は商品の共通化・標準化である。保険自由化前はまさに当時の料率算定会制 度をベースにして商品の共通化・標準化が行われてきた。保険自由化後は,

新料率制度のもとで基本的には料率機構が基準料率や参考純率を算出する範 囲内で標準約款を作成している。一方,損保協会でも保険約款の標準化に取 り組んだ例がある。前述の④の⽛損害保険業界における反社会的勢力への対 応に関する基本指針⽜では,反社会的勢力対応の具体的な保険約款の規定例 を示し標準化を行った。また,2003年の⽛個人情報保護法⽜の施行に伴い,

第三分野の保険契約の一定情報を損保協会へ登録し,その情報を会員会社間 で共同利用することを保険約款に規定するための記載例が検討されたことが ある。

⑷ 金融 ADR 制度

2010年10月には,金融制度改革の懸案事項であった金融業界共通の紛争解 決の仕組みが保険業法等の改正を経て,⽛金融 ADR 制度⽜としてスタート した31)。これは ADR を法律に基づいて業界団体が担う制度で,損保協会で は,新たな組織として⽛そんぽ ADR センター⽜が設置され,この業務を担 当することになった。法律上は,ADR 事務局が取り次ぐだけの⽛苦情解決 手続⽜と,紛争解決委員が和解案を提示する⽛紛争解決手続⽜の⚒つがある

31) 金融 ADR 発足の経緯については,竹井直樹(2011)⽛損害保険に係る相談 と苦情・紛争解決に関する考察 損保 ADR 序説とサステナビリティー ⽜大 谷孝一博士古希記念⽝保険学保険法学の課題と展望⽞122頁~123頁,129頁~

131頁,成文堂。

(21)

が,運営上は相談業務を含めて対応している。この業務は相談や苦情に対応 するという点では従来の業務と変わらないが,それまでは業界が自主的に行 ってきたものが,法律のお墨付きを与えられ,金融庁の直接的な監督下に入 ったところに大きな違いがある。このことは協会活動の一部が保険業法の適 用を受けるという新たな枠組みの事業分野が誕生したことを意味する。こう して,損害保険に係る相談や苦情を最終的には業界全体で受け止める体制が 構築され,また,この ADR 業務には個々の相談や苦情への対応だけではな く,それらを分析・評価し,適宜,業務品質の向上に生かしていく取り組み を組織的に行うことが含まれており(いわゆる,PDCA サイクル),損保協 会の進化した事業分野といえる32)

⚕.おわりに 業界活動の本質と課題

この20年あまりにわたる協会活動の変遷のポイントは,委員会を舞台にし て会員会社間の利害調整を中心にした内向きの,いわば事務局活動から,損 害保険やリスク,あるいは業界への理解促進を目指した積極的な情報発信や 広報広聴活動などの外向きの活動へ軸足を転換したことである。もちろん協 会活動は,その行動原理として会員会社の利便に資する活動でなければなら ないが,同時に消費者の利益あるいは社会の利益に資する活動でなければな らないことが認識されるようになった。前述した共通化,標準化の取り組み も⽛消費者利便の向上と業務効率化⽜を目指すものであるし,保険制度の健 全性を維持するためにモラルリスク対策として行われる会員会社間のさまざ まな情報交換も,保険金の適正な支払いを確保して保険制度の質を高めて消 費者に利用してもらうというコンセプトである。このことは,損保業界のさ らなる発展には消費者の利益,社会の利益を高める意識と活動が不可欠であ ることを意味している。世の中とともに歩み,世の中とともに発展を目指す 姿勢がきわめて重要である。

32) この PDCA サイクルは損保協会の第⚔次中期基本計画(2007年度~2008年 度)から直近の中期基本計画まで掲げられている。

(22)

最後に,この間の象徴的な協会活動をもう一度振り返り,変わらなかった ことは何か,あるいは変わったことは何かという視点で簡単にまとめること とする。

第⚑は保険募集人教育である。くどいようだが何が変ったのだろうか。基 本的な理念が変ったのかというとそうではない。単に保険自由化に翻弄され ただけで,保険募集人教育を業界ベースで構築することは不変の王道だった ということである。その理由は,誰でも保険販売ができる日本独自の販売チ ャネルに起因しており,保険募集人の資質向上は永遠の業界課題となる。

第⚒は,機能という本質的な面では変っていないが制度的には大きく変わ った活動として苦情対応がある。損保協会としての苦情や相談への対応の歴 史は古く,1965年からであるが33),前述のとおり2010年10月に保険業法の改 正によってその制度の再構築,いわば大変革が図られた。この制度的な大変 革とは,損保協会が自主的に運営していた ADR を法制度に組み込み,損害 保険会社には ADR と利用契約を締結することを義務付けて利用契約上のさ まざまな義務を負わせ,金融庁はその ADR を監督するというものである。

これは,これまでの損保協会の ADR のまさに自主規制機関化として捉える ことができる。また,ADR は損保協会にとってのまさに現場活動であり,

現場主義を体現できるフィールドなので,協会職員のモティベーション向上 にも資する。

第⚓は,これも損保協会にとっての現場活動である,保険教育やリスク教 育を中心にした消費者啓発活動である34)。損害保険の持つ専門性と複雑性は 保険会社側と消費者側の情報格差を生み出し,その結果,相談ニーズや苦情 を掘り起こす。この情報格差を少なくするためには消費者啓発活動が必要に なる。保険会社側は消費者にとって簡潔でわかりやすい商品を作らねばなら

33) 竹井・前掲注31)120頁~122頁。

34) 損害保険の消費者教育の考察については,竹井直樹(2013)⽛消費者教育と しての保険教育 損保協会の取組みを通して考える ⽜⽝保険学雑誌⽞623号 163頁~182頁参照。

(23)

ないし,消費者にわかりやすい説明を行わなければならない。消費者側はい わゆる自己責任原則のもと,リスクを認識し,商品概要を十分理解し,主体 的に自らのニーズに合致した商品を選択し購入しなければならない。消費者 の自己責任原則を問うためには保険会社側からの的確な(すなわち簡潔でわ かりやすい)情報提供が求められる。この的確な情報提供を補完するのが協 会活動としての消費者啓発活動である35)。損害保険は難しいから,消費者啓 発活動は繰り返しが重要である。繰り返しの機会をいたるところで作ること によってまず関心を持ってもらい,身近に感じてもらうことが理解促進の王 道である。消費者啓発活動は,現場教育であると同時に,これも現場主義を 体現できるフィールドなので,消費者は何を理解していて,何を理解してい ないのかを反復して認識し,少しずつ消費者の理解レベルを上げていくため の英知を結集させなければならない。消費者啓発活動は業界の発展を支える 重要なインフラであるといっても過言ではない。

第⚔は,業界活動としての共通化・標準化の取り組みについてである。こ れは,これからも不変の業界活動であり,その重要性はますます増大してい くのではないかと思う。前述したように⽛顧客本位の業務運営⽜(フィデュ ーシャリー・デューティー)の確立と定着が求められるなか,その足かせに なりそうな以下のような課題について業界レベルの議論を望みたい。

⚑つ目は約款の標準化である。使用用語,体裁の完全共通化,約款の基本 的な枠組みの共通化ぐらいは実現すべきである。顧客に対して他社商品と比 べて何が自社商品の特徴なのか(メリットとデメリット)をわかりやすく説 明できる体裁を整備しようとすれば,自ずと基本的な枠組みは共通にしない とできない。基本的な枠組みが違う,商品内容もさまざまな点で少しずつ違 うというなかで商品競争するメリットが誰にあるのだろうか。保険商品のコ 35) 消費者教育としての保険教育については,保険代理店も保険募集・販売のプ ロセスのなかで担い手となる。しかし,それはあくまで付随的な役割であって,

主役ではない。もし保険会社が保険教育を保険代理店任せにしたら,今の日本 では消費者の信任は得られないだろう。各保険会社も消費者教育はどうあるべ きかを自らの問題として考えなければならない。

(24)

ンセプトとして⽛シンプルでわかりやすい⽜以外はあり得ないし,これらを 目指そうとすれば共通化・標準化に帰着する。これがまさに⽛顧客本位の業 務運営⽜である。なお,約款の標準化は約款文言だけではなく,その考え方 や解釈も標準化しないとわかりやすくはならない。

⚒つ目は,システムの共通化である。自動運転車の開発,AI(人口知能)

やドローンの活用など技術革新は目覚ましいが,こうした最先端技術の活用 について各社間の競争に任せるだけで良いのか,業界として検討すべき課題 はないのかを真剣に考える必要がある。技術分野の革新は並外れて早く,後 戻りがしにくい分野であるから,今の機会を逃すと業界検討が陳腐化するお それがある。ブロックチェーンという分散型ネットワーク技術の進展を目の あたりにすると,そうした懸念を抱かずにはいられない。さらに業界の枠を 超えた議論も必要になろう。

また,システムの共通化では,究極の標準化ともいうべき基幹システムの 共通化がある。さまざまな情報通信技術が著しい発展を遂げている今こそ業 界検討の俎上に載せても良いのではないか。⽛共創⽜や⽛協創⽜が求められ る時代である。

⚓つ目は損害調査業務の労働生産性概念の導入である。損害保険会社の事 務量と要員の大半を占める損害調査業務については,今後は AI の活用によ って大幅な省力化が図れるという見方もあるがどうであろうか。自動車保険 の支払い件数が劇的に減少するなら首肯できるが,交通事故被害者への説明 と納得してもらうプロセスがこの10年くらいで大幅に改善されるとは思えな い。むしろ,損害調査業務の共通化・標準化を目指してはどうか,その場合 は,損害調査業務において何が労働生産性なのか,労働生産性を向上させる 手立てがあるのかなどについて,既存の価値観にとらわれない大胆な検討が 必要であろう。この部分では⽛従業員本位の業務運営⽜が主眼だが,これは 必ずや⽛顧客本位の業務運営⽜へ通じる道であると信じる。

最後に金融庁が策定・公表した⽛顧客本位の業務運営に関する原則⽜に基 づいて複数の損害保険会社が公表した方針についてひとこと述べて結びとす

(25)

る。数社の方針を読んで真っ先に感じたことは,12年前の保険金不払い問題 時の業界対応と同じではないかということである。つまり,損害保険会社の 経営理念は当時も今も変わらない,さらにそれ以前とも変わっていないこと を示している。どうしてこうしたことが繰り返されるのか。それは行政を含 めたいろいろな外部要因と内部要因によって起こる目先の諸問題の解決に奔 走して,本質を考えることが置き去りにされてきたからではないか。特に損 害保険の販売は代理店を介して行われる場面が圧倒的に多く,損害保険会社 が顧客視点を体で理解するのはきわめて難しい。まして経営者感覚ではさら に困難と言わざるを得ない。

損保協会としては,時代の流れを踏まえた業界論議の優先課題は何かを常 に念頭に置いて,損保協会の培った現場感覚も活用して会員会社の⽛顧客本 位の業務運営⽜を後押ししなければならない。そして,これからも社会に向 けた業界価値を高めながら会員会社とともに持続的発展を目指さなければな らない。

(筆者は日本損害保険協会勤務)

参照

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