■アブストラクト
わが国の社会・経済にとって,自動運転技術の進展は様々なメリットをも たらすものとして期待されている。その一方で,自動車のコントロール主体 が運転者からシステムへ移行することにより,事故の際の責任関係が複雑化 する可能性が指摘されている。保険はこのような状況においても,迅速かつ 円滑な被害者救済を実現するとともに,自動運転技術の社会受容性を下支え する役割を担う必要がある。この点について,わが国では自動車損害賠償保 障法に基づく自賠責保険制度により,対人事故における被害者救済にかかる 制度が整備されており,現行の制度が維持される限りにおいて,被害者救済 レベルは維持できるであろう。また,近時,任意保険においても,法的責任 関係が複雑化することを見越した新たな保険が開発されており,被保険者に おける法律上の損害賠償責任の有無にかかわらず,被害者に生じた損害を補 償することが可能となっている。このように,補償面での対応は検討されつ つあるものの,一方でその後の求償については,今後の重要な検討課題であ る。
■キーワード
運行供用者責任,被害者救済,求償
*平成29年10月29日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。
/ 平成30年⚒月13日原稿受領。
自動運転が保険業界に与える影響
池 田 裕 輔
⚑.はじめに
近年,自動車の自動運転技術は飛躍的な進展を遂げている。国内において は,SAE レベル⚒1)に相当する自動車が,次々とリリースされており,新車 販売に占める割合も高まっている。また,世界に目を転じてみると,ドイツ ではアウディが SAE レベル⚓に相当するシステムを搭載した新型 A8 を発 売し,アメリカではフォードが2021年までにハンドルもアクセルも存在しな い完全な自動運転車を量産することを発表するなど,運転自動化が現実のも のとなる気運が感じられるようになってきた。
このような自動運転技術の進展は,交通事故の削減,交通渋滞の緩和,環 境負荷の軽減など,従来の道路交通社会の抱える課題の解決に貢献すること が期待されているほか,人口の減少に伴う労働人口の減少や高齢化社会の進 展に伴う交通過疎地の出現など,我が国が抱える社会的課題の解消にもつな がると考えられている。このように,自動運転技術の進展は,我が国の社会 や経済に対して多くのメリットをもたらすことが期待されているが,その一 方で,各種アンケート結果からは,自動運転技術の進展に対して不安を感じ る消費者心理も見て取れる。例えば,日本経済新聞社が実施した一般消費者 に対するアンケート2)において,自動運転車に乗ってみたいという方の割合 は63õ8%に上る一方で,自動運転車に乗ってみたくないという方が36õ2%存 在しており,その理由として⽛事故の場合,誰が責任を負うのか⽜といった,
万一の事故に対する懸念を挙げているとする調査結果も公表されている。
1) 米国自動車技術会(SAE:Society of Automotive Engineers)の J3016(Sep 2016)で定義されたレベル。⽛官民 ITS 構想・ロードマップ2017⽜でも本定義 が採用されており,レベル⚐(運転自動化なし),レベル⚑(運転支援),レベル
⚒(部分運転自動化),レベル⚓(条件付き運転自動化),レベル⚔(高度運転自 動化),レベル⚕(完全運転自動化)の⚖段階で自動運転技術をレベル分けして いる。
2) 日本経済新聞社調べ 最終閲覧日:2018年⚔月13日(http : //www.nikkei.
com/article/DGXMZO03065950R00C16A6000000/)
このように,消費者が自動運転車に関する事故について漠然とした不安を 感じていることが明らかとなっているが,実際に自動運転車が事故に遭遇し た場合,我々消費者はどのような影響を受ける可能性があるのであろうか。
影響の一つとして考えられるのが,責任関係の複雑化による被害者救済の遅 延である。現在の自動車は,ドライバーが自動車のコントロール主体である ため,万一事故が生じた場合は,ドライバーの過失が問われる可能性が高い。
そのため,ドライバーを責任主体として被害者に対する損害賠償を進めるこ とが可能である。しかし,自動運転技術が進展し,自動車のコントロール主 体がシステムへ移行していくと,事故発生時に誰が法律上の損害賠償責任を 負うのかはっきりしないといった状況が生じる可能性が高まることとなる。
そのため,賠償主体を明確にするための精査・検証作業に相当な時間が必要 となり,被害者救済の遅延や事故当事者の心理的負担の継続といった影響が 生じる可能性があると考えられる。
また,事故の形態によっては賠償主体が存在しないという可能性も生じる であろう。例えば,自動運転システムの欠陥が事故原因だとしても,製造物 責任法上の損害賠償責任が必ずしも認められるわけではなく,例えば,開発 危険の抗弁による製造者の免責が認められる可能性が存在する。また,自動 運転車は外部との通信が可能となっていることが想定されるが,その場合,
例えばハッキングにより事故が生じることも想定される。ハッカーの所在が 分からず,被害者が損害賠償請求権を実質的に行使できないといった状況も 発生し得るであろう。
このような事実も,消費者の不安要素の一つになっていることが想定され,
これらの不安要素を可能な限り極小化することが,自動運転技術の社会受容 性を高めることにつながると考えられる。そのために,保険が果たすべき役 割は大きい。すなわち,保険によって迅速かつ円滑な被害者救済が実現でき る環境を構築することで,自動運転技術に対する社会受容性を高めるととも に,自動運転技術のさらなる進展の下支えにもつなげることができるのであ る。そのような観点から,自動運転技術が進展した状況においても,いかに
被害者救済のレベルを維持するかという視点で,今後の保険のあり方を考え ることが重要と思われる。
本稿では,主に自動車損害賠償責任保険(以下,自賠責保険)と任意の自 動車保険について,自動運転技術が進展した状況における課題や対応策等を 検討したい。
⚒.自賠責保険
自賠責保険制度は,我が国で自動車が急速に普及したことに伴い事故が増 加する一方,保険加入率の低さから被害者に十分な補償が提供されない状況 が生じていたことを踏まえ,1955年に創設された制度である。民法の特別法 である自動車損害賠償保障法(以下,自賠法)により規定されており,対人 事故について立証責任を転嫁し,運行供用者に実質的な無過失責任を課すこ とで,被害者に対して迅速かつ円滑に賠償が行われることを期する制度であ る。また,自賠責保険を,原則として全ての自動車に強制的に付保させると ともに,支払保険金の額も定型的に算出できるようにするなどの措置も講じ られており,これらの制度が我が国のクルマ社会における被害者救済に対す る意識高い環境を醸成してきたと言える。
自動運転技術が進展した状況における自賠責保険制度のあり方については,
国土交通省が主宰する⽛自動運転における損害賠償責任に関する研究会⽜で 約⚒年にわたって議論された。この中で,最も重要な論点の一つとされたの が,運行供用者責任のあり方である。現在の自賠法は,⚓条で運行供用者責 任について以下の通り規定している。
〈自賠法⚓条〉
自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によって他人の生命 又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。
ただし,自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと,被 害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構
造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは,この限りでな い。
この法規を自動運転車にあてはめた時に,どのように解釈し得るのであろ うか。まず,⽛自己のために自動車を運行の用に供する者⽜,すなわち運行供 用者が存在するのかという点が問題となる。この運行供用者は,運行による 利益を享受しており,かつ,運行を支配している状態にある者がそれに該当 するとされている。この点について,自動運転車であってもその搭乗者は運 行利益を享受する立場になり得るのであって,また,行き先を設定する等の 操作によって運行を支配していると考えることも可能であろう。そのため,
自動運転車であったとしても,運行供用者が存在しなくなるということはな いと考えられる。次に,自動運転車が,この法律でいう⽛自動車⽜に該当す るのかという問題がある。この点,仮に自動運転車であったとしても,当該 車両は道路運送車両法上の自動車,すなわち原動機により陸上を移動させる ことを目的として製作した用具であると考えることが可能であろう。また,
自動運転車での走行が⽛運行⽜に該当するのかといった点が問題になる可能 性もあるが,運行とは自動車を当該装置の用い方に従い用いることとされて いるところ,自動運転車についても当然にその用い方に従って用いることに なるのであるから,この点も該当するとの結論を見出すことができる。
以上の考察から,たとえ自動運転車であったとしても,その所有者または 搭乗者を運行供用者として,自賠法に規定する運行供用者責任を課すことは 可能と考えられる。そのため,例えば,ある者が自動運転車を所有し,その 車の自動運転機能を使用して移動中に対人事故が発生した場合,その所有者 は自賠法⚓条ただし書きに記載の事項に該当しない限り,運行供用者責任を 負う可能性があるということになる。これは,被害者救済の観点からは非常 に有意義な結論と考えることが可能であろう。なぜなら,被害者にとっては,
当該所有者がほぼ必然的に責任主体となるため,損害賠償請求を容易に行う ことが可能だからである。万一,運行供用者責任が適用されないとした場合,
被害者は例えば自動車メーカー等に自動運転システムの欠陥に基づく製造物 責任を問うということが想定されるが,そのためには被害者自らが自動車メ ーカー等を相手に,当該システムの欠陥を立証しなければならず,それは容 易ではない。その点,所有者が運行供用者責任という実質的な無過失責任を 負うと整理することにより,被害者はそのような煩わしい対応から解放され るのである。
前述の国交省の研究会でも,現在の自賠法が維持される限りにおいて,所 有者等の運行供用者に対して運行供用者責任を課すことが可能という考えの もと,議論が進められた。なお,同研究会では論議の過程において,運行供 用者責任を維持することを前提とした上で,以下の案が提示されている。
① 自動車メーカー等との責任分担に関して,実効性のある求償スキームを 構築する案
② 自動車メーカーに予め一定の負担を求めることで,個別事案ごとの求償 を不要とする案
③ 自動車メーカーに運行供用者責任と同等の厳格な責任を課すことで,自 動車メーカーへの責任追及をしやすくするという案
いずれの案もメリット・デメリットが存在するが,同研究会が検討の対象 としている2020~2025年の間においては,①の案を採用することが妥当とし て,報告書がまとめられた3)。なお,実効性のある求償スキームについては 様々な課題があるが,この点については,後述する。
さて,運行供用者責任が維持され,当面の間は運行供用者が第一次的な責 任主体となることは,被害者救済の観点からは大変意義深いといえるが,一 方で,自動運転技術が相当進化した状況においてもこの体制を維持すべきか どうかという点については,議論となる可能性があるであろう。例えば,多 くの場面において自動車のコントロール主体がシステムとなり,ドライバー 3) 自動運転における損害賠償責任に関する研究会 報告書 最終閲覧日:2018
年⚔月13日(http : //www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk2_000065.html)
がコントロール主体となることが極めて稀という状況になった場合でも,運 行供用者であるドライバーに責任を課し続けることが妥当かという議論であ る。この問題をテーマとした議論において,様々な観点からの考察があり得 ると思うが,保険制度のあり方という視点で検討する上においては,いかに 被害者救済のレベルを維持するかという視点で検討する必要があると考えら れる。この視点で考えたとき,万一,現行の運行供用者責任を廃止するとし た場合には,被害者が直接自動車メーカー等を相手に製造物責任法に基づく 損害賠償責任を問う必要が生じることとなる。その場合,被害者は自動車の 欠陥を自ら立証しなければならず,被害者の損害賠償請求にかかる負担は現 状対比で大幅に増加する。このような被害者側の負担増を回避するため,特 に自動運転中に生じた自動車事故については自動車の欠陥を推定する法制度 とすることも考えられるが,自動車事故についてのみこのような措置を講ず ることの根拠を見出すことは難しいように思われる。そのため,被害者救済 レベルの維持という観点では,現行の運行供用者責任を維持し,運行供用者 が第一次的な責任主体となって被害者救済を行うこと,また,その後の自動 車メーカー等に対する求償を円滑に実行できる仕組みを構築することが妥当 と考えられるであろう。
⚓.任意保険
前述の通り,現行の自賠責保険制度を維持する限り,多くの対人事故につ いては,運行供用者責任に基づき,運行供用者が第一次的な責任主体となっ て,迅速かつ円滑な被害者救済が実現可能と考えられる。その一方で,対物 事故を始めとした自賠責保険制度の対象に該当しない事故については,被害 者救済が後退する可能性が生じる。すなわち,対物事故については,あくま で民法上の不法行為責任に基づく損害賠償請求をする必要があり,そのため には,被害者が自らドライバー等の不法行為者に過失等があったことを立証 しなければならない。ドライバーがコントロール主体となる従来の自動車は,
事故の原因がドライバーの過失によることが容易に推定されるため,このこ
と自体が問題として顕在化することはなかったが,自動運転技術が進展した 状況においては,責任主体となり得る者が複数存在するため,被害者が責任 主体を特定し,その者の過失(製造物責任法に基づく自動車メーカーの責任 を問う場合には,自動車の欠陥)を立証することは非常に難易度が高いと想 定される。故に,被害者救済のレベルは現状対比で後退する可能性が生じる のであり,この点について,任意保険で何らかの対策を講じる必要があると 考える。
この対策の一つとして,大手保険会社を中心に導入が進んでいる費用保険 による解決方法があり得るであろう。この方法は,ドライバー等が加入する 自動車保険により,保険の対象者に対する法律上の損害賠償責任の有無にか かわらず,被害者に生じた損害を補償することを可能とするものである。こ れにより,被害者は法律上の損害賠償責任が課される対象者を特定し,その 責任を自ら立証するといったロードをかけることなく,取り急ぎドライバー 等が加入する自動車保険によって補償を受けることが可能になる。そのため,
自賠責保険制度が適用される対人事故と同様,迅速かつ円滑な被害者救済が 図られるのである。
この方法は,従来の自動車保険に⽛被害者救済費用等補償特約⽜4)を付帯 することで実現する。この⽛被害者救済費用等補償特約⽜は,自動車の欠陥 やハッキング等により本来の仕様とは異なる事象または動作が生じたことに より事故が生じた場合で,保険の対象者に法律上の損害賠償責任が課されな いときに,保険の対象者が被害者に生じた損害を補償するために支出した費 用を補償するものである。保険の対象者に法律上の損害賠償責任が課される 場合に補償を提供する従来の賠償責任保険と本特約をセットで提供すること により,法律上の損害賠償責任の有無にかかわらず,被害者に生じた損害を 補償することを可能としているのである。
4) 東京海上日動火災保険株式会社が2017年⚔月⚑日から,同社で販売するすべ ての自動車保険に自動付帯する方法で提供を開始した特約。その後,大手損害 保険会社を中心に,同様の特約が自動車保険で提供されるようになっている。
なお,この特約は,保険の対象者が被害者に対して行う任意の支払いを補 償する内容となっており,このような補償が保険法上の損害保険に該当する のかという論点が存在する。まず,損害保険に求められる偶然性の要件を満 たしているかという点が論点として挙げられる。この点について,損害保険 における偶然性とは,契約成立時に事故の発生・不発生が不確定であること をいうとされている5)。本補償の対象事故を⽛自動車事故そのもの⽜とみる のか,⽛自動車事故により保険の対象者が被害者に対して支払いを行うこと⽜
とみるのか,見解が分かれる可能性はあるが,いずれの立場を取ったとして も,その事象は契約成立時に発生・不発生が不確定であるため,偶然性の要 件は充たしていると考えられる。次に,損害保険に必要とされる被保険利益 が存在するのかという論点が挙げられる。保険法3条は,⽛損害保険契約は,
金銭に見積もることができる利益に限り,その目的とすることができる⽜と 規定しており,ここにいう⽛利益⽜は,いわゆる被保険利益を指している。
この被保険利益は,損害保険の成立において必要不可欠とされている利得禁 止原則と一体の関係にあるとされており6),一般的には,事故により被保険 者が社会通念上,負担せざるを得ない金銭的負担がこれに該当するとされて いる。本補償は,被保険者が被害者を救済するため任意に支出する費用であ り,その費用を支出するための法的根拠は存在しない。そのため,これを被 保険利益とみなすためには,少なくとも,このような事故が生じた場合には 法律上の損害賠償責任の有無にかかわらず,被保険者が費用負担することが 妥当であるとの社会通念が存在していることが必要と考えられる。この点に ついて,前述の通り,わが国の自動車社会は,自賠法によって運行供用者に 事実上の無過失責任を課している影響もあり,被害者救済を重んじる傾向が 強く,このような社会通念が存在すると考えることも,妥当性を欠いている
5) 山下友信,竹濵修,洲崎博史,山本哲生⽛保険法 第⚓版⽜(有斐閣,2010)
97頁。
6) 山下友信⽛保険法⽜(有斐閣,2005)247頁。
とは言えない。また,インターネットを用いた消費者アンケート7)によると,
自動運転システムの不具合によって自動車事故の被害者となった場合,仮に ドライバー等に法的な責任がなかったとしても,ドライバー等に対して損害 の請求をすると答えた回答者が約65%にのぼり,また,被害者からこのよう なケースでの損害の補てんを請求された場合,同じく約65%のドライバー等 は,たとえ自分に責任がないケースであっても,自らの加入している保険を 利用して補てんに応じると回答した。この結果を踏まえると,被害者・加害 者の双方の立場において,ドライバー等に法的な責任が生じないケースにお いても,被害者はドライバー等に対して損害の補てんを求め,ドライバー等 はそれに応じることを是とする認識が半数以上を占めていることがわかる。
このアンケート結果からも,自動車ユーザーに上記の社会通念が存在すると する考えの妥当性が一定程度担保されていると考えることも可能と思われる。
なお,被保険利益と一体の関係とされている利得禁止原則に照らして考える と,被害者に生じた損害賠償請求権が被保険者を通じて保険会社に移転する 限りにおいて,本方式による補償は被保険者および被害者に利得を生じさせ るものではない。また,迅速かつ円滑な被害者救済の実現という社会的意義 の大きさから,被保険利益の存在を殊更に否定する必要性は低いと考えるこ とも可能と思われる。この点について,利得禁止概念と被保険利益の概念が 過剰に厳格なものであると保険加入者・保険者の実務的なニーズを充足でき ないことになり,利得禁止原則と被保険利益の概念は柔軟化を迫られざるを えないとの見解や,被保険利益の要件自体は相当に柔軟に解釈されているの で,実際の損害保険のニーズがあるにもかかわらず被保険利益の要件の故に 7) 約1,000名を対象に実施したインターネットによるアンケート調査。自動運 転機能が作動している自動車の運転席に座っている際に事故が生じたことを前 提とし,被害者に生じた損害に対して自らの自動車保険を用いて補償を提供す る意向があるかといった質問により,加害者側の意識調査を実施。また,それ とは逆に自動運転機能が作動している自動車に接触されて被害を被ったことを 前提として,自らに生じた損害に対する補償を誰に求めるかといった質問によ り,被害者側の意識調査を実施した。
実現できないことは現在ではほとんどないといってもよいとする見解も存在 している8)。
なお,本補償と同様,事故後に保険の対象者が任意に支出した費用を補償 する特約9)は既に存在しており,その点からも,本補償の損害保険性が殊更 に否定されることはないであろう。
⚔.求 償
上記の通り,自賠責保険制度において現行の運行供用者責任が維持され,
任意保険で被害者救済費用等補償特約が提供される前提において,被害者が 自動車メーカー等と直接対峙することなく,迅速かつ円滑に補償を得られる 体制が構築可能と思われる。しかし,自動運転システムの欠陥が事故原因で あった場合など,自動車メーカー等との責任分担を図るために求償を行わな ければならないケースが,今後生じると想定される10)。その場合,保険金を 支払った保険会社は自動車メーカー等に法律上の損害賠償責任が生じること を立証しなければならないが,例えば,高度化した自動運転システムを原因 とした事故である場合,当該システムの欠陥を保険会社が立証することは,
技術的ハードルが非常に高い。前述の通り,今後の保険のあり方を考えるう えで,被害者救済のレベルを維持するという観点は極めて重要であるものの,
それを実現するために発生不可避となる求償に多大なロードやコストがかか ることは,社会全体の経済合理性の観点から望ましいものではない。そのた め,被害者救済を実現した後の責任分担のあり方についても十分な検討が必 要と考えられる。
8) 山下・前掲注6)248頁以下。
9) 例えば,事故の相手方へ損害賠償請求する行為を弁護士へ委任する場合,そ れによって生じる費用を補償する特約が,多くの自動車保険で付帯されている。
当該特約が補償する費用も,保険の対象者が事故後に任意に支出した費用と考 えられる。
10) 請求権代位の趣旨については,本誌,肥塚肇雄論文を参照。
では,そもそもなぜ求償が必要なのであろうか。求償することにより得ら れる効果として,他の責任負担者に対して本来あるべき金銭的制裁を加える ことが可能という観点のほか,保険料算出根拠である支払保険金の額の適正 化につながるという観点がある。保険料は,ある一定期間の保険金支払実績 に基づいて決定されるのが一般的である。そのため,例えば共同不法行為と して被害者に生じた損害の全額を賠償責任保険で支払ったケースで,他の共 同不法行為者が負担すべき額を求償しないとした場合,当該保険における保 険金支払実績は本来あるべき額よりも多くなり,それをもとに算出される保 険料も必然的に高くなる。そのため求償は,このような事態が発生すること を回避し,保険制度の適切性を担保するうえで,必要な手続きであるという ことができる。
前述した国交省の研究会でも求償の重要性を踏まえ,現行の運行供用者責 任を維持する上で,実効性のある求償スキームが必要としており,そのため の対応策として,以下の選択肢が提示されている。
① 事故の解析にも資する装置を自動運転車に設置し,市場で入手可能な読 取装置により,当該情報を読み取ることができるような環境整備を実施す ること
② 自動運転中の交通事故に際し,保険会社と自動車メーカー等が協力して,
円滑に求償を行うために必要な事項に関する解析や協議を行う協力体制の 構築を検討すること
③ 自動運転車の安全性の向上に資するよう,自動運転中の交通事故及び自 動運転システムの安全性を損なうおそれのある事象の原因調査及び安全性 確保・向上策の検討等を行う体制整備を検討すること
これらの対応はいずれも重要と考えられるが,その中でも②で掲げられた 保険会社と自動車メーカーの間における協力体制の構築は,特に重要性が高 いと思われる。技術開発という観点では,解析装置の分析や専門組織による 調査を通じて,個別事案ごとに事故原因を精査し,真実を突き止めることが
重要であるが,すべての事故についてその対応を行った上で,都度自動車メ ーカーと保険会社が対峙する構図となった場合,その対応には多大なロード とコストがかかることになる。そのため,このような個別事案ごとに一から 対応するという方法ではなく,保険会社と自動車メーカーが協力して責任分 担を図ることができる枠組みを構築し,その中で適切な求償実務を行うこと が,社会的合理性にかなった対応ということができるであろう。それには,
例えば,保険会社と自動車メーカー等との間においてあらかじめ⽛求償に関 する協議を行う枠組み⽜を設けておくことや,こうした⚒者間での協議にお いて解決できないケースに備えて ADR などの機関を利用した⽛第⚓者を交 えた解決方法の構築⽜といった方法を取ることも考えられるであろう。この ような体制をあらかじめ構築しておくことで,万一事故が発生した場合に適 切な求償が行われると考えられる。
なお,求償に関する課題を解消するうえで,最も効果的な方法は,求償そ のものを不要とする方法である。これを実現するための手段の一つとして,
自賠責保険および任意の対人・対物賠償責任保険における被保険者の中に,
自動車メーカー等を追加し,自動車メーカー等のリスクをあらかじめ自動車 保険の補償対象に含めておくという方法が考えられる。ただし,この方法を 実現するためには,自動車の所有者等が保険料を負担する自動車保険で,自 動車メーカー等のリスクまで補償することに対する社会受容性の確保が必要 となる。各所での論議を見る限り,現時点においては,このような対応が消 費者の納得感の得られる状況にはないように思われるが,一方で自動車に関 するリスクは最終的には車両価格への転嫁等により,自動車の所有者や利用 者が負担する可能性が高く,その負担が保険料という形で顕在化していると 考えることにより,一定の理解を得るという道もあるのかもしれない。
いずれにせよ,今後,自賠責保険および自動車保険における求償について は整理が必要であり,実務的な観点も含めた検討が求められるであろう。
⚕.まとめに代えて
内閣官房 IT 総合戦略室が作成した⽛官民 ITS 構想・ロードマップ2017~
多様な高度自動運転システムの社会実装に向けて~ 平成29年⚕月30日 高 度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議⽜
の中で,2020年までに⽛世界一安全な道路交通社会⽜を構築すること,また,
2030年までに⽛世界一安全で円滑な道路交通社会⽜を構築・維持することを 目指すことが謳われている。また,産業面においても,2020年以降,わが国 が自動運転システム化に係るイノベーションに関し,世界の中心地となるこ とが目標として掲げられており,自動運転技術の進展における官民一体での 対応が求められている。このような状況の中,我々保険業界がなすべきこと は,自動運転技術が進展した状況においても,安心・安全なクルマ社会を維 持・向上させるため,このような自動車を取り巻く環境の変化に対応した商 品・サービスを提供し続けることであろう。本稿で取り上げた迅速かつ円滑 な被害者救済を実現するための各種対応はその一環である。また,求償にか かる課題については,現時点で顕在化していない状況ではあるものの,万一 の場合に備えてあらかじめ検討を進めることが重要と思われる。このような 取り組みを継続し,課題解消を図ることが,今後の自動運転技術の進展を下 支えする効果につながると考えている。
今後,技術進展は我々の想像を上回るスピードで加速する可能性がある。
我々は,その環境変化を常に注視しながら,安心・安全なクルマ社会を実現 するための,保険のあるべき姿を模索していく必要があるであろう。
(筆者は東京海上日動火災保険株式会社勤務)