学 位 論 文 審 査 結 果 の 報 告 書
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(2) 論 文. 内 容. の 要. 旨. 痛みの中で急性疼痛 (侵害受容性疼痛) は、生体に危害を加えうる危険からの回避、傷害を 受けた組織部位の検知等、人が安全に生きていくために重要な警戒信号として働いている。一 方、疼痛の中でも組織の損傷が治癒し、明らかな原因がないにもかかわらず長期間持続する慢 性疼痛は、警戒信号としての役割、意義を果たしていないだけでなく、患者の quality of life (QOL) を著しく損なうため、積極的に治療することが必要とされているが、NSAIDs やモルヒ ネなどの既存の鎮痛薬が効果を示さない難治性の慢性痛も少なくなく、新たな作用機序を持 った次世代鎮痛薬の開発が切望されている。難治性疼痛の一つである化学療法誘起末梢神経 障害 [chemotherapy-induced peripheral neuropathy (CIPN)] はパクリタキセル、ビンクリスチン、 オキサリプラチン、ボルテゾミブなどの抗がん剤の使用に伴って高頻度で発現する。現在、 CIPN の治療には選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬のデュロキセチンや 電位依存性カルシウムチャネルブロッカーであるプレガバリンなどが用いられているが、十 分な効果が得られないことも多く、抗がん剤治療の中断や減薬といった対策がとられている。 High mobility group box 1 (HMGB1) は、3 つのシステイン残基 (C23、C45、C106) を持つ核 内タンパク質であり、核内ではクロマチン構造の安定化や DNA 修復などに関与する一方、細 菌感染や炎症、物理的な外傷などに伴い壊死細胞から受動的に、また活性化したマクロファー ジなどから能動的に細胞外に分泌されることで damage-associated molecular patterns (DAMPs) として機能し、炎症反応や痛みを誘起することが知られている。HMGB1 は核内ではすべての システイン残基のチオール基が還元状態である all-thiol HMGB1 (at-HMGB1) として存在し、 傷害時や炎症時に細胞外へ放出されると receptor for advanced glycation end-products (RAGE) を 活性化するほか、C-X-C motif chemokine ligand 12 (CXCL12) と複合体を形成することで C-XC chemokine receptor 4 (CXCR4) を介する受容体シグナルを増強する。細胞内外において、atHMGB1 はフリーラジカルなどにより酸化されると、C23 と C45 がジスルフィド結合した disulfide HMGB1 (ds-HMGB1) に変換され、これが Toll-like receptor 4 (TLR4) を活性化して強 い炎症シグナルを惹起する。マクロファージからの能動的な HMGB1 放出は、histone acetyl transferase (HAT) による HMGB1 のアセチル化や、JAK/STAT 系、Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase (CaMK) Iα などにより促進的に、histone deacetylase (HDAC) による HMGB1 の脱 アセチル化により抑制的に調節されている。 近年、神経損傷などにより末梢神経に炎症が生じた際に、その周囲に集積したマクロファ ージから放出される HMGB1 を含む炎症性メディエーターが神経障害性疼痛などの神経疾患 の病態に関与することが報告されている。川畑らのグループは、抗がん剤シクロホスファミド により誘起される膀胱炎に伴う膀胱痛、パクリタキセルやビンクリスチンの反復投与による CIPN の発症・維持に HMGB1 が関与することを報告している。しかし、HMGB1 の由来細胞、 標的細胞や受容体およびその下流シグナルなどについては未解明な部分が多い。 本研究では CIPN の病態を解明し、新たな予防・治療標的分子を見出すことを目的とし、パ クリタキセルによる CIPN へのマクロファージ由来 HMGB1 の関与と、オキサリプラチンによ る CIPN に及ぼす肝障害の影響を検討した。 第一章では、パクリタキセル誘起 CIPN におけるマクロファージ由来 HMGB1 の関与につい て検討した。パクリタキセルを反復腹腔内投与したマウスでは明らかな侵害受容閾値の低下 (アロディニア) が認められ、これは抗 HMGB1 中和抗体、HMGB1 を不活性化する遺伝子組換 えヒト可溶性トロンボモジュリン (TMα)、RAGE および CXCR4 などの受容体阻害薬により 抑制された。また、パクリタキセル誘起 CIPN には活性酸素種 (ROS) および NF-κB 系が関与 することが明らかとなった。パクリタキセルは坐骨神経へのマクロファージの蓄積を誘起し、 マクロファージ阻害薬はパクリタキセル誘起 CIPN を抑制した。また、パクリタキセルはマウ スマクロファージ様 RAW264.7 細胞からの HMGB1 遊離を誘起し、 この HMGB1 遊離には ROS 産生/p38MAPK/NF-κB 系を介した HAT の発現誘導が関与することが示唆された。RAW264.7 細胞と神経前駆様 NG108-15 細胞を用いた実験において、両細胞を同一プレート上、あるいは Transwell assay 系を用いて共培養すると、単独では効果を示さない低濃度のパクリタキセル刺 激により有意な HMGB1 放出が認められた。また、低濃度パクリタキセル存在下で培養した NG108-15 細胞の上清を、RAW264.7 細胞に添加して低濃度のパクリタキセルで刺激すると HMGB1 放出が見られた。以上の結果より、パクリタキセル誘起 CIPN には、マクロファージ における ROS の産生亢進に伴う p38MAPK および NF-κB の活性化を介する HAT の発現誘導 を介した HMGB1 の放出と、 細胞外に放出された HMGB1 による RAGE および CXCL12/CXCR4 シグナルの活性化が関与することが示唆された。また、マクロファージからの HMGB1 放出 は神経細胞から放出された液性因子により促進されることが明らかとなった。 第二章では、第一章で示唆されたパクリタキセルによるマクロファージからの HMGB1 放 出を促進する神経由来液性因子について、神経-グリア細胞間の情報伝達を担う物質として.
(3) 注目されている ATP に焦点をあてて検討を行った。第一章と同様に、Transwell assay 系で RAW264.7 細胞と NG108-15 細胞を共培養した条件下、低濃度パクリタキセル刺激により誘起 される HMGB1 放出は、P2X7 阻害薬あるいは P2X4 阻害薬により有意に抑制された。同濃度の パクリタキセルは NG108-15 細胞からの ATP 放出を促進させた。また単独無効濃度の ATP お よびパクリタキセルの共刺激は RAW264.7 細胞からの HMGB1 放出を誘起した。マウスにお けるパクリタキセル誘起 CIPN は、P2X7 阻害薬および P2X4 阻害薬により抑制された。以上よ り、パクリタキセルはマクロファージに直接作用して HMGB1 を放出させるが、この作用は 神経細胞から遊離される ATP などの液性因子によって増強されることが示唆され、パクリタ キセル誘起 CIPN 発症への神経-マクロファージ間の相互作用の関与が明らかとなった。 第三章では、臨床研究および基礎研究により、オキサリプラチン投与患者において高頻度で 認められる CIPN の発症に及ぼす肝障害の影響を検討した。臨床研究では、生長会府中病院に おいてオキサリプラチンを含むレジメンでの治療を受けたがん患者の情報を収集して後ろ向 きコホート研究により解析を行ったところ、オキサリプラチン投与後に肝胆系障害マーカー が上昇した患者では、その後、CIPN が重症化することが統計学的に明らかとなった。基礎研 究において、マウスに四塩化炭素 (CCl4) あるいはエタノールを投与すると、肝障害マーカー である血清 AST および ALT と、HMGB1 濃度が上昇した。CCl4 あるいはエタノールで処置し たマウスにオキサリプラチンを投与すると CIPN および肝障害はいずれも増悪した。この肝障 害マウスにおけるオキサリプチン誘起 CIPN の増強は抗 HMGB1 中和抗体あるいは TMα の前 投与により阻止された。一方、ヒト肝がん由来 HepG2 細胞、ラット肝星細胞 HSC-T6 細胞お よび不死化マウス細胞由来 ImKC 細胞において、オキサリプラチンはすべての細胞から HMGB1 を遊離させ、CCl4 は HepG2 細胞および ImKC 細胞からの HMGB1 遊離を誘起した。 以上の臨床・基礎研究の結果より、オキサリプラチン投与後、肝胆系障害を発症した患者で は、その後、CIPN が重症化することが示唆され、その原因の1つとして、オキサリプラチン により肝組織から遊離される HMGB1 が関与する可能性が示唆された。 本研究により、CIPN の発症や重症化に HMGB1 が極めて重要な役割を担っていることが判 明した。しかし、CIPN の発症メカニズムは、用いた化学療法剤の違い (今回はパクリタキセ ルとオキサリプラチン) によっても異なっており、オキサリプラチン誘起 CIPN に関与する HMGB1 はマクロファージ以外の細胞に由来すると報告されているのに対し、パクリタキセ ル誘起 CIPN にはパクリタキセル自体と神経由来 ATP との協力作用によりマクロファージか ら遊離される HMGB1 が中心的役割を果たすことを証明することができた。一方、オキサリ プラチン投与により発症する肝胆障害の程度が大きいと、その後、CIPN が重症化する可能 性が高いことが臨床・基礎融合研究により明らかとなり、この CIPN 重症化にも HMGB1 が 関与することが示唆された。既に第二相臨床試験において、オキサリプラチン誘起 CIPN に 対するトロンボモジュリン製剤 (TMα) の有効性が証明されており、臨床応用が視野に入り つつある。今回の結果は、TMα の標的分子である HMGB1 が、CIPN の発症やリスク因子に よる重症化において中心的役割を果たすことを裏付けるものと考えられ、臨床的にも意義深 い知見であると思われる。.
(4) 論 文. 審 査. 結 果. の. 要 旨. 難 治 性 疼 痛 の 一 つ で あ る 化 学 療 法 誘 起 末 梢 神 経 障 害 [chemotherapy-induced peripheral neuropathy (CIPN)] はパクリタキセル、ビンクリスチン、オキサリプラチン、ボルテゾミブな どの抗がん剤の使用に伴って高頻度で発症するが、現在、CIPN の予防薬はなく、唯一デュロ キセチンのみが CIPN の症状を緩和するという中程度のエビデンスがあるに過ぎない。本博士 学位論文は、CIPN の病態を解明し新たな予防・治療標的分子を見出すことを目的に、パクリ タキセルによる CIPN へのマクロファージ由来 HMGB1 の関与と、オキサリプラチンによる CIPN に及ぼす肝障害の影響を検討した研究成果をまとめたものである。 第一章では、パクリタキセル誘起 CIPN におけるマクロファージ由来 HMGB1 の関与につい て検討している。はじめに、マウスにおいて、パクリタキセルの反復投与により CIPN が誘起 され、これは抗 HMGB1 中和抗体、HMGB1 を不活性化する遺伝子組換えヒト可溶性トロンボ モジュリン (TMα)、HMGB1 の細胞膜受容体である RAGE および CXCR4 の遮断薬により抑 制されることを証明した。さらに、活性酸素種 (ROS)と NF-κB 系がこの CIPN に関与するこ とを薬理学的手法で証明している。また、マウスおよびマクロファージ様 RAW264.7 細胞を 用いた実験により、パクリタキセル投与により坐骨神経に集積したマクロファージにおいて、 ROS 産生/p38MAPK/NF-κB 系を介して発現誘導された histone acetyltransferase (HAT)によって HMGB1 がアセチル化された後、細胞外へ放出されることを示唆している。また、RAW264.7 細胞と神経前駆様 NG108-15 細胞を用いた共培養実験により、パクリタキセル刺激により神経 から遊離される液性因子がマクロファージからの HMGB1 遊離を促進する可能性を指摘して いる。 第二章では、第一章で示唆されたパクリタキセルによるマクロファージからの HMGB1 放 出を促進する神経由来液性因子が ATP である可能性を検証している。第一章と同様に、 RAW264.7 細胞と NG108-15 細胞の共培養実験系を用いて、低濃度パクリタキセル刺激により 誘起される HMGB1 放出が、P2X7 阻害薬あるいは P2X4 阻害薬により有意に抑制されることを 見出し、また、同濃度のパクリタキセルが NG108-15 細胞から ATP を放出させることを証明 している。さらに、単独無効濃度の ATP およびパクリタキセルの共刺激により RAW264.7 細 胞から HMGB1 放出が起こるとの結果も得ている。最後に、マウスにおけるパクリタキセル 誘起 CIPN が、P2X7 阻害薬および P2X4 阻害薬により抑制されることも証明している。これら のことより、パクリタキセルはマクロファージに直接作用して HMGB1 を放出させるが、こ の作用は神経細胞から遊離される ATP によって増強されることを示唆している。 第三章では、臨床研究と基礎研究により、オキサリプラチンによる CIPN 発症に及ぼす肝障 害の影響を検討している。はじめに、生長会府中病院の薬剤師との共同臨床研究では、オキサ リプラチン投与後に肝胆系障害マーカーが上昇したがん患者では、その後、CIPN が重症化す ることを統計学的に証明している。これを裏付けるために実施した基礎研究では、マウスに四 塩化炭素 (CCl4) あるいはエタノールを投与することで肝障害マーカーである血清 AST およ び ALT が上昇するとともに、血清 HMGB1 濃度が上昇すること、また、CCl4 あるいはエタノ ールで処置したマウスにオキサリプラチンを投与すると CIPN および肝障害のいずれが増悪 することを証明している。さらに、オキサリプラチンによる CIPN の肝障害による増悪は抗 HMGB1 中和抗体あるいは TMα の前投与により阻止されるとの知見を得ている。一方、ヒト 肝がん由来 HepG2 細胞、ラット肝星細胞 HSC-T6 細胞および不死化マウス細胞由来 ImKC 細 胞において、オキサリプラチンはすべての細胞から HMGB1 を遊離させ、CCl4 は HepG2 細胞 および ImKC 細胞からの HMGB1 遊離を誘起することを証明している。以上の臨床・基礎研 究の結果より、オキサリプラチン投与後、肝胆系障害を発症した患者では、その後、CIPN が 重症化することが示唆され、その原因の1つとして、オキサリプラチンにより肝組織から遊離 される HMGB1 が関与する可能性を示唆している。 本研究により、パクリタキセルによる CIPN にはマクロファージ由来 HMGB1 と神経細胞 由来 ATP が関与すること、また、オキサリプラチンによる CIPN は肝障害に伴って内因性 HMGB1 依存性に増悪することが明らかにされている。さらに、これらの抗がん剤による CIPN の発症・増悪は、内因性 HMGB1 を不活性化する TMα によって予防できることが証明 されている。 本知見は、これまで良く分かっていなかった CIPN の発症・増悪に関与する機序の解明に 大きく寄与するとともに、CIPN 予防薬としての臨床応用が視野に入りつつある TMα の有用 性をさらに支持するエビデンスとなりうる。 以上の様に、本論文に含まれる研究成果は、当該研究分野の進歩に大きく寄与するととも に、実臨床におけるがん化学療法の発展にも貢献するものであり、博士の学位を授与するに 値するものであると評価する。.
(5) (課程・論文). 博士学位論文最終試験結果の報告書 2022 年 2 月 7 日. 審. 査. 委. 員. 主 査. 杉浦 麗子 教授. 副主査. 小竹 武. 副主査. 川畑 篤史 教授. 学位申請者氏名 論. 文. 題. 目. 教授. 堂本 莉紗 化学療法誘発性末梢神経障害における high mobility group box 1 の役割に関する研究. 2022 年 2 月 7 日、公聴会終了後、最終試験を実施した。研究内容 は新規性と独創性に優れた知見を含み、博士の学位を授与する価 値のあるものであり、発表は極めて明瞭で分かりやすく、質疑応 答も適切であった。以上の理由によって、主査・副主査は合格と することで意見が一致した。.
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