博 士 ( 理 学 ) 和 田 裕 美 子
学 位 論 文 題 名
触媒抗体の作製,およびその触媒反応の解析:
基質およびハプテンの構造が触媒活性に及ぼす影響に関する研究
学位論文内容の要旨
物 質 を 特 異 的 に 認 識 し 結 合 す る 抗 体 に 、 化 学 反 応 を 触 媒 す る 酵 素 様 の 活 性 を 付 与 レ た の が 「 触 媒 抗 体 」 で あ る 。 従 来 の 人 工 酵 素 の 限 界 が は っ き り と 認 識 さ れ て き て い る だ け に 、 触 媒 抗 体 は 「 テ ー ラ ー メ イ ド の 人 工 触 媒 」 と し て 有 機 化 学 の み な ら ず 生 命 工 学 や 医 学 を 含 む 広 い 分 野 へ の 応 用 が 期 待 さ れ て い る 。 本 研 究 の 目 的 は 、 高 活 性 で 且 つ 汎 用 性 の あ る 触 媒 抗 体 の 作 成 を 実 現 す る た め に 、 触 媒 抗 体 と ハ プ テ ン も し く は 基 質 と の 相 互 作 用 を 分 子 レ ベ ル で 理 解 す る こ と に あ る 。 本 論 文 で は 、 触 媒 抗 体 の 作 成 、 ス ク リ ー ニ ン グ お よ び 触 媒 能 の 評 価 、 解 析 を 通 じ て 、 触 媒 抗 体 の 分 子 認 識 お よ び 触 媒 機 構 に つ い て 考 察 す る 。 以 下 に 要 旨 を 纏 め る 。
1. パ ラ ニ ト ロ フ ェ ニ ル フ オ ス フ ォ ネ ― ト を ハ プ テ ン と し て 免 疫 す る こ と に よ っ て 、 力 一 ボ ネ ― ト 基 質 を 加 水 分 解 す る 触 媒 抗 体 を 作 製 し た 。 得 ら れ た3種 類 の 触 媒 抗 体 と 触 媒 能 を 持 た な い 抗 体 群 を 比 較 し た 場 合 、 ハ プ テ ン に 対 す る 結 合 能 に 全 く 違 い は 見 ら れ な か っ た 。 し か し ハ ブ テ ン の 部 分 構 造 を 有 す る 誘 導 体 を 用 い て 抗 体 の 認 識 能 に つ い て 解 析 し た と こ ろ 、 触 媒 抗 体 と 非 触 媒 抗 体 に 予 測 し な か っ た 認 識 特 異 性 が 見 ら れ た 。 こ の 結 果 は 触 媒 機 能 の 発 現 メ カ ニ ズ ム を 考 え る 上 で 重 要 と 考 え ら れ る 。 加 え て 、3種 の 触 媒 抗 体 の う ち1つ の 触 媒 抗 体(4A1抗 体 ) は 他 の 触 媒 抗 体 に は 見 ら れ な い 結 合 特 異 性 を 有 す る こ と が 示 さ れ た 。
2.4A1触 媒 抗 体 は ハ プ テ ン と は 異 な る 嵩 高 い 置 換 基 を 有 す る 基 質 を ハ プ テ ン 構 造 に 最 も 類 似 し た 基 質 の20倍 も 大 き く 加 速 し た 。 速 度 論 及 び 熱 力 学 的 解 析 よ り 、4A1抗 体 が 反 応 の 遷 移 状 態 を 選 択 的 に 安 定 化 し た た め に 触 媒 反 応 が 加 速 し た も の と 推 察 さ れ た 。 更 に 、 こ の4A1抗 体 が2種 の 光 学 異 性 体 の う ちS体 の 基 質 を 選 択 的 に 触 媒 す る こ と が 明 ら
かとなり、不斉中心をもたないノ\プテンの免疫によっても抗体が基質を不斉認識しうる ことが示された。
3
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4A1抗 体が 触媒 する 加水 分解 反応 にお いて 、あ る基 質は添加直後に速い生成物の遊 離が認められたが、すぐにその遊離速度に低下が見られ反応が停止した。遊離した生成 物 の速度 論お よび
13C―NMR の解 析結 果よ り、 この 触媒 能の喪失は基質が抗体をアシル 化し安定なアシル反応中間体を生成したことに起因することが明らかとなった。このこ と は4A1 抗 体に よる カー ボネ ―トの 加水 分解 反応 がア シル 化中 間体 を経 る多 段階 触媒 反 応をと るこ とを 示唆 する 。
4
.触媒 抗体 が多 段階 触媒 反応をとる場合、遷移状態の安定化だけでは高いタ―ンオ―
バーを得ることは難しいが、キャリア一蛋白の連結部分に嵩高い置換基を導入した基質 に 顕著 な夕 一ン オ― バー が見 られ た。
1回し か夕 一ン オー バー しな い基 質と 比較 する と、どちらの場合もその初速度は有意に高く、夕一ンオーバーに見られる差は水酸イオ ンによる脱アシル化の反応速度の違いに起因すると恩われた。一般にキャリア一蛋白へ の連結部位は触媒活性に与える影響が低いと言われていたが、我々が得た結果はこの部 位 の改 変が 反応 収率 を決 定す るター ンオ ーバ ーに 顕著 な効果を及ぼすことを示した。
触媒 とし て抗 体を 用い る意義 はそ の多 様な 認識 特異 性を利用できることにある。
しかしこの研究で示されたように、ハプテンあるいは基質に対する触媒抗体の認識特異
性は 未だ 充分 に理 解さ れて いると は言 い難 い。
1か ら4 の 結果は触媒抗体の分子認識お
よび触媒機構について重要な知見を与え、今後の有用な触媒抗体の作成に役立っと期待
される。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 東 市 郎 副 査 教 授 丸 岡 啓 二 副 査 教 授 矢 澤 道 生 副 査 教 授 菊 池 九 二 三
学 位 論 文 題 名
触媒抗体の作製,およびその触媒反応の解析:
基質およびハプテンの構造が触媒活性に及ぼす影響に関する研究
物質 を特 異的 に認 識し 結合 する 抗 体に 、化 学反 応を 触媒 する 酵素様の活性を 付与したの が「 触媒 抗体 」である。触 媒抗体は「テ―ラーメイドの人工触媒」として広い分野 への応用が 期待 され てい る。本研究の 目的は、高活性で且つ汎用性のある触媒抗体の作成を実 現するため に、 触媒 抗体 とハプテンも しくは基質との相互作用を分子レベルで理解することに ある。本論 文で は、 触媒 抗体の作成、 スクリ―ニングおよび触媒能の評価、解析の結果につい て述べられ てい る。 本論 文の 要旨 は以 下の4点で ある 。
1. パラ ニ トロ フェ ニル フオ スフ ォネ ート をハ プテンとして免疫することによって、カ―ボネ
―ト 基質 を加 水分 解す る触 媒抗 体を 作 製し た。得られた3種類の触媒抗体と触媒能を持たない 抗体 群を 比較 した 場合、ハプテンに対する 結合能に全く違いは見られなかった。しかしハプテ ンの 部分 構造 を有 する誘導体を用いて抗体 の認識能について解析したところ、触媒抗体と非触 媒抗 体に 予測 しな かった認識特異性が見ら れた。この結果は触媒機能の発現メカニズムを考え る 上 で 重 要 で あ る 。 加 え て 、3種 の触 媒抗 体 のう ち1つの 触媒 抗体(4A1抗 体) は他 の触 媒抗 体に は見 られ ない 結合 特異 性を 有す る こと がわ かっ た。
2.4A1触媒 抗 体は ハブ テン とは 異な る嵩 高い 置換 基を 有す る基 質を ハ プテン構造に最も類似 し た基 質の20倍も 大き く加 速し た。 速度 論及 び熱力学的解析より、4A1抗体が反応の遷移状態 を 選択 的に 安 定化 した ため に触 媒反 応が 加速 した もの と推 察さ れた 。 更に、この4A1抗体が2
種の光学異性体のうちS体の基質を選択的に触媒することが明らかとなり、不斉中心をもたな い ハ プ テ ン の 免 疫 に よ っ て も 抗 体 が 基 質 を 不 斉 認 識 し う る こ と が 示 さ れ た 。
3.4A1抗体が触媒する加水分解反応において、ある基質は添加直後に速い生成物の遊離が認 められたが、すぐにその遊離速度に低下が見られ反応が停止した。遊離した生成物の速度論お よび13CーNMRの解析結果より、この触媒能の喪失は基質が抗体をアシル化し安定なアシル反応 中間体を生成したことに起因することが明らかとなった。このことは4A1抗体によるカーボネ
― ト の加 水 分 解反応 がアシル 化中間体 を経る多 段階触媒 反応をと ることを示 唆した。
4.触媒抗体が多段階触媒反応をとる場合、遷移状態の安定化だけでは高い夕一ンオーノヾ―を 得ることは難しいが、キャリア―蛋白の連結部分に嵩高い置換基を導入した基質に顕著なタ―
ンオーノヾ―が見られた。1回しか夕―ンオーバーしない基質と比較すると、どちらの場合もそ の初速度は有意に高く、ターンオ―バ―に見られる差は水酸イオンによる脱アシル化の反応速 度の違いに起因すると考えられる。―般にキャリア一蛋白への連結部位は触媒活性に与える影 響が低いと言われていたが、この結果はこの部位の改変がターンオ―バ―数に顕著な影響を及 ぼすことを示した。
以上、申請者は1触媒抗体のユ二一クな分子認識およびその効率的な触媒機構を明らか にした。これらの成果はハプテン及び基質の設計に重要な知見を与え、今後の有用な触媒抗体 の作成に役立っと考えられる。審査員一同は、申請者が北海道大学博士(理学)の学位を授与 される資格を有するものと認めた。
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