博 士 ( 理 学 ) 瓜 生 匡 秀
学 位 論 文 題 名
ホ タ テ ガ イ 精 巣 カ ル シ ニ ュ ー 1J ン の 研 究 cDNA ク ロ ー ニ ン グ と 機 能 解 析
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
カ ル モ ジ ュ リ ン(CaM)は 、 精巣 での 含量 が脳 に っい で高 く、 多 くの 標的 酵素 を活 性 化することで精巣の 生理機能に関与すると考えら れる。C a2゛/CaM依存性酵 素のうち、タ ンバ ク質 脱 リン 酸化 酵素 カ ルシ ニュ ーリ ンは、精巣に特異的に発 現するアイソフオーム の存 在す る こと が知 られ て いる 。精 巣で のカルシニューリンの生 理機能を明らかにする 目的 で、 ホ タテ ガイ 精巣 カ ルシ ニュ ール ンAのク ロー ニ ング を試 みた。ホタテガイは、
マウ ス、 ラ ット に比 べて 精 巣が 大き く、 その成熟には1年を1サイ クルとする季節変化が ある ので 、 これ を指 標に し て精 巣の 成熟 過程でのカルシニューリ ンの生理機能を追跡し た。
第1章 では 、カ ル シニ ュー リン のcDNAクロ ーニ ング を 行っ た。 カ少シニューリンは、
触媒 サプ ユ ニッ ト( カル シ ニュ ーリ ンA)と調 節 サプ ユニ ット (カ ルシニューリンB)の 2つ の サプ ユニ ット か ら構 成さ れて い る。 ラッ ト脳 カル シ ニュ ーリ ンAのcDNA断 片を プ ロー ブに 用 いて 、ノ ーザ ン ブロ ッテ イン グを行った。その結果、 ホタテガイ精巣トータ ルRNA中 の8kbの 成 分 と ク ロ ス ハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ンを する こ とが わか った 。こ の cDNA断片 を 用い て、 ホタ テ ガイ 精巣 カル シニ ュ ーリ ンAのcDNAク ローニングを試みた。
合計10個 の クロ ーンを単離し、その塩 基配列から、2,268 bpの塩 基配列を決定した。決 定した配列は、5 .非コード領域(5.‑UTR) 133 bp、コード領域(ORF)1,458 bp、3 .非 コー ド領 域 (3 ‑UTR) 677 bpを含んで いた。これに基づき推定さ れたホタテガイ精巣カ ルシ ニュ ー リンAの アミ ノ酸 配列 は486残 基からなり、計算された 分子質量は55,005.91 Daで あっ た 。ま た、 この カ ルシ ニュ ーリ ンAの配 列は 、 それ ぞれ 触媒ドメイン、カルシ ニュ ーリ ンB結合 ド メイ ン、CaM結合 ドメ イン 、 自己 阻害 領域 の4つのドメインにより構 成さ れる こ とが 明ら かに な った 。こ のア ミノ酸配列を他の生物種 のものと比較すると、
ホ乳 類と 両 生類 のカ ルシ ニ ュー リンAと 高い 相同 性を 示 し、 なか でも、ホ乳類の精巣で 特異 的に 発 現し てい るア イ ソフ オー ムよ りも、脳で発現している アイソフオームに対し てよ り高 い 相同 性を 示す こ とが わか った 。ま た 、多 くの 生物 種の カルシニューリンAに 対 して 、 ホタ テガ イ精 巣カ ル シニ ュー リンAの4つ のド メイ ン( 触 媒ド メイ ン、 カル シ ニュ ーリ ンB結合 ド メイ ン、CaM結合 ドメ イン 、 自己 阻害 領域 )を 比較した結果は、1次 構造 、及 び 立体 構造 が保 存 され てい る可 能性 が 高い こと を示 した 。カルシニューリンA は生 物種 が 異な って も、 保 存さ れた 立体 構造を持つことから、類 似した配列を持つ基質 を脱リン酸化する可 能性があることを示唆した。
第2章 では 、単 離 した カル シニ ュー リ ンA cDNAをプ ロ ープ に用 いて、カルシニューリ ンA mRNAの 発現 量の 季節 変 化を 調べ た。1ケ 月ご とに 採 集し た精 巣を用いてノーザンプ ロッ テイ ン グを 行っ たと こ ろ、 常に8 kbのシングルバンドのみが 検出され、精巣に発現
‑ 12―
す るカ ルシ ニュ ーリ ンAには 他 のア イソ フオ ーム は ない こと が示唆された 。ホタテガイ の 筋肉 組織 にお いて も 精巣 と同 一の 分子畳を持 っカルシニュールンが発現 しており、こ れ らは 同一 遺伝 子か ら 発現 した タン バク質であ る可能性が考えられる。カ ルシニューリ ンA mRNAの 発現 量は 、 精巣 の成 熟( 生殖 巣 指数 の増 加) に 伴っ て1月 か ら3月 に かけ て 急 激に 上昇 し、 その 後 、7月 に かけ て減少した 。精巣の成熟度は4月に最大 となり、カル シ ニュ ーリ ンA mRNAの 発現 量の ピー クを 与 える 時期 は、 精 巣の成熟度のピ ークよりも1 ケ 月 早 い こ と が わ か っ た 。 カ ルシ ニュ ーリ ンAmRNAの最 大 発現 時期 は、 ホタ テ ガイ 精 巣 の成 熟過 程で 、精 子 比率 が20〜80%を 占め る時 期 にあ たり 、減数分裂直 後であること が わ か っ た 。 こ の 結 果 は 、 カ ルシ ニュ ーリ ンAmRNAが減 数 分裂 後に 最大 の発 現 量を 示 す とぃ うマ ウス 精巣 で 得ら れた 結果 と一致した 。成熟した精子細胞では、 カルシニュー リ ンは 頭部 の先 体主 部 と尾 部の 鞭毛 に局在する とぃう結果が報告されてい る。この結果 と 合わ せて 考え ると 、 精巣 のカ ルシ ニューリン は、減数分裂後の精子形成 過程と成熟し た精子の運動機 能の制御過程で機能すると考 えられる。
カル シニ ュー リン の 生理 機能 を明 らかにする ためには、単離したタンバ ク質を用いた 試 験管 内の 実験 が必 要 であ る。 第3章で は、 第1章の 実験 で 得た ホタ テガ イ精 巣 カル シ ニ ュ ー リ ンA cDNAと 当 研 究 室 で先 にク ロー ニン グ され たカ ルシ ニュ ー リンBcDNAを 用 い て、 カル シニュー リンの大腸菌内での大量発 現系の構築を行った。カルシ ニューリンB の 発現 系を 用い た実 験 では 、発 現誘 導後 、 カル シニ ュー リ ンBの16 kDaの バンドが常に 可 溶性 画分 に存 在し 、 これ は容 易に 精製 す るこ とが でき た 。カルシニュー リンAの発現 系 では 、55 kDaの発 現 タン パク 質が 不溶性画分 にあり、容易に可溶化せず 精製が困難で あ った 。さ らに 、可 溶 化し た微 量の 発現タンバ ク質を精製したが、脱リン 酸化活性を検 出 でき なか った 。次 に 、カ ルシ ニュ ーリ ンAのN端側 にタ グ として、6残基 からなるヒス チ ジン 、あ るいはグ ルタチオンS.トランスフェ ラーゼを付加した発現系を 構築したが、
ど ちら のタ グを つけ て もタ ンバ ク質 は不溶性画 分(inclusion body)に回収 された。発現 の 段階 、あ るい は精 製 の段 階に おい て活性を消 失したと推測され、活性化 因子であるカ ル シニ ュー リンB( 発現タンバク質)、Ca2゛イ オン、ホタテガイCaMを加え ても、その脱 リン酸イヒ活性 は上昇しなかった。そこで、カルシニューリンAとカルシニューリンBをコー ドするそれぞれ のc DNAを挿入したプラスミ ドを構築した。このプラスミドで形質転換後、
発 現、 誘導 した とこ ろ 、両 サプ ユニ ットともに 発現することがわかった。 カルシニュー リンBは可溶性夕 ンノヾク質となったが、カ ルシニューリンAは50%しか可溶化しなかった。
可溶性画分と不 溶性画分からそれぞれ精製を 試みたが、脱リン酸化活性 は検出できなかっ た 。大 腸菌 内で 発現 さ せた カル シニ ューリンは 正確な高次構造を取れなぃ こと、また、
真 核細 胞内 で起 こり う る共 有結 合的 な化学構造 の修飾が、大腸菌内では起 こらないこと 等が原因となっ ていると考えられる。
以 上述 べ たよ うに 、こ の 研究ではホタテガイを 用いて軟体動物精巣カルシ ニューリ ン のcDNAク ロ ーニ ング に初 め て成 功し た。cDNA配 列か ら推 定し たア ミ ノ酸 配列 を、他 の 生物 種の も のと 比較 する こ とで、生物の進化過程 でのカルシニューリンの保 存性に関 す る知 見を 得 るこ とが でき た 。m RNA発現量の変化 を1年間にわたって追跡、調 査し、精 巣 の成 熟過 程 との 相関 から 生 理機能について考察し た。精巣カルシニューリン の生理機 能 を理 解す る ため には タン バ ク質化学的研究が必要 なため、カルシニューリン の発現系 の構築を 試みた。今後、この発現系 を完成させることで、今回得 た発現量変化の結果を、
精巣での 生理機能の解明に発展させ ることが期待できる。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 矢 澤 道 生 副 査 教 授 谷 口 和 彌 副 査 教 授 菊 池 九 二 三
学 位 論 文 題 名
ホタテガイ精巣カルシニュー1J ンの研究 cDNA ク ロ ーニ ングと 機能解析
精巣でのカルモジュリンの含量は、脳に次いで高い。精巣が成熟し、生殖細胞が減数分裂 を経て精子に変わる過程で、カルシウムイオンとカルモジュリンに依存した多くの標的酵素 の活性化が重要な鍵を握っていると考えられる。生殖細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇 すると、カルシウムイオンは調節タンパク質カルモジュリンに結合し、その結果形成される カルシウムjJルモジュリン複合体が多くの標的酵素を活性化する。カルモジュリンで活性化 されるいくっかの標的酵素が精巣で同定されているが、その基質の同定を含めて精巣のカ ルシウムシグナル伝達過程の詳細な分子機構は明らかになっていない。申請者は、哺乳類精 巣で特異的なアイソフオームが発現することが知られているカルモジュリン依存性タンパク 質 脱 リ ン 酸 化 酵素 カル シニ ュー リン の生 理機 能 の解 明を めざ して 研究 を展 開し た。
学位論文は、3章からなっている。第1章では、ホタテガイ精巣カルシニューリンcD NAク ローニングの結果について述べている。カルシニューリンは触媒サブユニットと調節サブユ ニットからなるが、申請者はこのうちの触媒サブユニットをコードするcD NAのクローニング に成功した。構造既知のラット脳カルシニューリン触媒サブユニットの配列に基づきPCR法 でプローブを作成し、N orth emブロット法により8kbのホタテガイ精巣カルシニューリン触媒 サブユニットmRNAを同定した。 このプローブを用いてホタテガイ精巣cD NAライブラリー をスクリーニングし、得られた合計10個のクローンを解析して、1,458 bpからなる全コード 領域を含む2,354 bpの塩基配列を決定した。塩基配列から推定されたアミノ酸配列(486残 基)は哺乳類カルシニューリン触媒サブユニットの配列と高い相同性を示し、同様のドメイ ン構造をもつことから、両者は同様の高次構造をとることが推定された。このアミノ酸配列 を詳しく比較検討した結果、哺乳類の精巣で特異的に発現しているアイソフオームよりも、
脳 で 発 現 し て い る も の に よ り 高 い 相 同 性 を 示 す こ と を 明 ら か に し た 。 第2章では、精巣でのカルシニューリン触媒サブユニットmRNAの発現量の季節変化につ いて調べている。ホタテガイ精巣は、1年周期で成熟・放精をくり返すのでーケ月ごとに採 集したホタテガイの精巣について、単離したcD NAをプローブに用いてNorthemブロット法 で発現量を定量した。その結果、採集時季によらず、8 kbのバンド1本のみが常に検出され た。また、この8 kbのシグナルは精巣が成熟する1月から3月にかけて急激に上昇し、放精 時期に当たる5月から6月にかけて減少することを明らかにした。発現量のピークにあたる 3月 は、精巣の成熟度を示す生殖巣指数のピークよりも一月早く、生殖細胞が減数分裂した 直後にあたる。この結果は、哺乳類精巣特異型アイソフオームの発現時期についての結果と 同じであり、ホタテガイ精巣では、哺乳類脳型アイソフオームに近い配列をもつ1種類のカ ルシニューリンが、哺乳類精巣特異型アイソフオームと同様に減数分裂後の精子形成過程で
‑ 14ー
生理機能を果たしていると推測した。また、これに基づき、カルシニューリンの哺乳類精巣 特異型アイソフオームは、生物進化の過程で軟体動物と脊椎動物が分岐した後で精巣の生理 機能の複雑化に対応する形で出現し、その後、哺乳類の分岐を経て今日にいたるまでに急速 に変異してきたという仮説を提唱した。
第3章では、カルシニューリンの生理機能を試験管内の実験から解明することを目的に、
カルシニューリンの大腸菌体内発現系の構築を試みた結果について述べている。申請者がク ローニングしたカルシニューリン触媒サブユニットcD NAのコード領域と、先に協同研究者 の中冨がクローニングしたホタテガイ精巣カルシニューリン調節サブユニットcD NAのコー ド領域とを発現プラスミドのT7プロモーターの下流に挿入した。形質転換により大腸菌体 内に両サブュニットは発現されたが、脱リン酸化酵素活性を検出することはできなかった。
しかし、触媒サブュニットの調節領域を切除したcD NA断片を用いて同様の系を構築するこ とで、カルモジュリンに依存せず常に高い酵素活性をもつヘテロダイマー構造のタンパク質 の発現に成功した。大腸菌体内発現系を用いて、このように活性の高いカルシニューリンを 高収率で得たのは、これが初めてのことである。
このように、申請者は、ホタテガイ精巣カルシニューリン触媒サブュニットcD NAのクロー ニング成功し、これによルカルシニューリンの精巣での生理機能を解明する糸口を作るとと もに、大腸菌体内発現系を用いたカルシニューリンの大量発現系を構築してタンパク質化学 的な研究の出発点を作り上げることに成功した。
本論文で述べられたこれらの成果は、精巣の精子形成過程でのカルシウム調節の分子機構 の解明に貢献するところが大きく、審査員一同は、申請者が北海道大学博士(理学)の学位 を得る充分な資格を有すると認めた。
― 15―