博 士 ( 医 学 ) 三 上 八 郎
学 位 論 文 題 名
メ ラ ト ニ ン 測 定 によ る死 亡時 亥IJ の 推定 に関 する研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
I研究目 的
法医 解剖 におい て,死 後経過 時間の 推定 は最も 重要な 診断事 項の ーっであり,主として発現し てい る死体 現象の 種類 とその 進行程 度の観 察に より行 われて いる。
そこ で 松 果 体 から 分 泌さ れるメ ラトニ ン(MT)の サーカ ディ アンリ ズムを 法医学 的に応 用し , 今ま でのよ うに死 後経 過時間 を推定 するの では なく, 直接, 死亡時 刻を推 定することが可能かど うか を検討 した。
MTは 夜 間 に 合成 が 著 しく増 加し, 昼間 にはこ れがほ とんど 認めら れな い。し たがっ て,死 体 のMT濃 度 を 測 定 す る こ と に よ っ て , 死 亡 時 刻 の 昼 夜 の 判 別 が 可 能 に な る と 考え ら れ る 。 今回 , 筆 者 は 死亡 時 刻 の 明 らか な 剖 検 例 に っい て そ の 松 果体 中 ,血 清中 および 尿中のMT量 を ラ ジ オ イ ム ノ ア ッ セ イ(RIA)を 用 い て 測 定 し , 死 亡 時 刻 推 定 へ の 応 用 を 試 み た 。
II実 験材料 および 方法 1.実 験材料
平 成元 年1月 か ら平 成3年11月ま での間 ,北海 道大 学医学 部法医 学講座 で解 剖され た44死体 の う ち 男 性24体 ( 年 齢4歳 〜 90歳, うち不 明を1体合 む), 女性20体(年 齢4歳〜76歳)ま た,平 成3年7月 か ら10月ま で の間 ,東 京大学 医学部 法医学 講座 および 東京都 監察医 務院で 解剖 された 41死 体のう ち男性28体( 年齢21歳〜88歳),女性13体(年齢21歳〜94歳),合計85体の松果体,血 液 お よ び 尿を 調 べ た 。 これら のうち 死亡時 刻の 明確な 死体か ら松果 体(75例) ,血液(27例 )お よ び尿(14例) を採取 し試料 とし た。
2.実 験方法 1) MTの 抽出
松 果 体 試 料 をO. 1N HC12施中 に入れ1分 間ホモ ジナイ ズし, デカン テー ション を行っ て上 清 を採 取 し た 。 こ れに3倍 容とな るよう にO. 05Mリ ン酸緩 衝生理 的食 塩水(pH7.4)を加 えた
後 , 中 性 に し ,O.5樹 を 別 の 遠沈 管 に と り3. Omlの ジ エ チ ル 工一 テ ル でMTを 抽 出 し た 。 2) RIA
標識 抗 原 と し て[12゜I] ―MT (Specific Activity9.25 KBqlmE)を用 いて, 競合 法によ り行 った。
3)MT量の 死後 変化を 知るた めのモ デル実 験
死体 試料の 死後 経過時 間が種 々なの で, その影 響を調 べるた めに以 下に 述べるようなモデル 実験 を行っ た。
松 果 体 の モ デ ル と し て ヒ ト の 脳 の 灰 自 質を5g採 取し , 蒸 留 水20mEを 加 え,MTlOOpg/pE の 工 夕/一 ル 溶 液 を50pE入れ ホ モ ジ ナ イ ズし た 。1縦 ずつ9本 の 試 験管 に 分 注し ,2000Gで10 分間 遠沈し た。微 濁し た上清 は吸引 除去し ,試験 管ロ をパラ フアル ムで覆 った 。O. 5h,th, 3 h, 6h, 12h, 24h,2d,4dお び 7dの 各 期 間 , 室 温 で 暗 所 に 放 置 し た 。 また 血 液 及 び 尿は , そ れ ぞ れ5. smEにMT5. 5mg入れ ,脳と 同様 に0.5h〜7dの9本 の試験 管 に 分 注 し た 。 こ れ ら の 死 後 変 化 モ デ ル 試 料 に っ い てMT量 をRIAで 測 定 し た 。
m結 果
1. MTの 回収率
MTの回 収率は 松果体 中で32.4〜79%,血清中で44. 3〜98.4%,尿中で40〜 100%,平均値は それぞ れ,55.8%,77.6% ,80.9% であっ た。
2. 死亡時 刻とMT量の関 係にっ いて 1)松果 体中のMT量
(1)松 果体1個あ たりのMT量
松 果 体中 のMT量 には 昼間低 く夜間 に高い という サー カディ アンリ ズムを 認め ,最低0,O 99ng7PB( 時 刻 12: 00),最 高63. 158n g/PB( 時 刻2:00)で あ っ た 。 (2)松 果体1 mg当たり のMT量 ・
松 果 体l mg当 た り のMT量 (pg/mg)も(1)と 同 様 に ,MT量 に は昼 間 低 く 夜 間 に高 い 傾 向 を 認 め , 最 低1. 2pg/mE(11: 24), 最 高609. 6pg/mE(2:00)で あ っ た 。 2)血清 中のMT量
血 清 中 のMT量 は , 夜 間 に お け るMT量 の 分 布 範囲 が 広 く39〜205pg/mE, 昼間 は38〜86.
5pg/ 甜の幅 をも ってい て,昼 夜のサ ーカデ ィア ンリズ ムが弱 いながらも認められ,最低llpg/
紺(19: 40),最 高205pg7mE(1:00)であっ た。
3)尿中 のMT量
尿 中 のI¥4T量 は 昼 間 少 な く 夜 間 に 多 く , 最 低7.8pg/紺(12: 00), 最高137. 5pg/紺 (21:00)であった。
4)死後 変化モデル実験
脳 中MTの 経 時 的 変 化 は, 開 始後24時 間 は漸 次滅 少 し,24時 間 以後 はほ ぼ 一定 であ り ,始 めの 約% の 量に 止ま っ た。 血中 及 び尿 中のMT量の 経時 的 変化 はほ と んど 認められなかった。
1V考 察
1.松果体中のMT量
ヒ ト 以 外 の 種 々 の 動 物 にお け る松 果体MTのサ ーカ デ ィア ンル ズ ムは ,二 ワ トリ ,ラ ッ 卜,
ウズラにっ いてその存在が認められており,それぞれO. 6‑‑‑11.1,0.5一丶6.8,O.5〜3. 2ng/PB と 昼間 に低 く ,夜 間に 高 いこ とが 報 告さ れて い る。 本研 究 にお いて ヒ ト松 果体MTのサーカディ アンリズム の存在が認められ た。
松 果 体1個 あ た り のMT量 と 死 亡 時 刻 の 関 係 か ら , そ の 推 定 壊 準 は 次 の よ う に な る 。 @0. 2ng以下:ll:00〜 17: 00死亡
◎O. 2〜0. 3ng:7:00‑‑‑20: 00死亡 ◎O. 3〜lng:死亡時刻の 推定は不可能 @1〜4ng :16: 00〜 10: 00死亡 ◎4〜8 ng :20:00‑‑8:00死亡 ◎8 ng以 上 :20: 00〜5:00死亡 2.血清中のMT量
本実 験で の 結果 から , 死亡 時刻 の 推定 基準 を 考え ると100pg/紺以上で22: 00‑‑1:00死亡と いうものだ けになり,松果体 中のMT量よりは有用 性が低い。
3.尿中MT量
尿 中MT量 か ら 考 え ら れ る 一 般 的 問 題 点 に っ い て の 第1は ,MTの 膀 胱 内 蓄 積 時 間 の 問 題 で あ る 。 例 え ば , 昼 間 死 亡 して も 前夜 から 排 尿が なさ れ てい なけ れ ば, 夜間 のMT量 が昼 間 のそ れに反映し てしまい,死亡時 刻の推定を誤ってし まうおそれがある 。
第2は ,MTの 代 謝 物 質 の 問 題 で あ る 。MTは , 肝 臓 で6‑ Sulphatoxymelatonin (aMT6 s) とglucuronide6−hydroxy melatoninに 代 謝 さ れ , 腎 臓 か ら 尿 中 ヘ 排 泄 され るが , その 主 た る 代 謝 物 質 はaMT6sで あ る 。 本 実 験 で も 尿 中MTと し てaMT6sを 測 定 し て い る も の と
考え られた 。
ま た , 肝 内 で のMTの 代 謝 が 極 め て 速 い こ と か ら 死 亡 時 血 清MT量 を 尿 中 の6―oFIMT量 が 反 映 す ると 考 え ら れ る。 本 実 験にお ける尿 中MT量 と血清 中MT量 の相関 は,Y二二0.951X十21.l 64(Y: 血 清 中MT量 ,X: 尿 中MT量 ) , 相 関 係 数rーO.65と 比 較 的 高 い 相 関 を 示 し た 。 尿中MT量に おける 死亡時 刻の 推定基 準を考 えると ,
@0〜35pg/紺: 死亡時 刻の 推定は 不可能
@3spg/mE以 上:18: 00‑‑6:00に死 亡と推 定でき る。
4.死後 変化モ デル 実験に っいて
脳 中MTの 経 時 的 変 化 を も と にMT量(ng/PB)の 補 正 を 行 い , 死 亡 時 刻 の 推 定 基 準 を 求 めた 。しか し, このモ デル実 験では 脳の灰 白質 を用い ており ,松果 体の 場合で はどうなるか全く 不明 である 。し たがっ て,補 正した 基準を 用い た方が よいと も思わ れる が,か えって推定を誤る 可 能 性も あ る 。 死 体 現象 か ら 推 定 され た 死 後 経 過時 間 を も と に補 正 し たng/PB値 か ら上 の 基 準を 用いて 推定 を試み ,補正 しない で行った推定とっき合わせて判断するのがよいと考えられる。
また , 血 清 ・ 尿の モ デ ル 実 験 ではMT量 の死 後 変 化 は 認 めら れ な か っ たの で,推 定基 準は補 正せ ずに用 いる ことが できる ものと 考えら れる 。
V結 論
札 幌 (N43°4′ ,E141°21′ ) で 解 剖 され た44体, 東京(N35°39′,E139°44′ )で解 剖 さ れ た41体 の 合 計85体 のう ち,死 亡時 刻の明 らかな ものか ら松 果体76例 ,血清27例, 尿14例の MT量 をRIAで 測 定 し た 。 松 果 体 のMT量 に っ い て は, 最 高 値 と 最低 値 で 指 数 関 数的 な 変 化 量 を認 め,松 果体1個当 たりで はO.099〜63. 158ng,松 果体lmg当 たりで は1.2〜609. 6pg/mgの昼 夜差 があル サーカ ディア ンリ ズムが 認めら れた。
ま た 血 清 中MT量 に っ い て は11〜205pg/mE, 尿 中MT量 に っ いて は7.5〜137. spg/mEの 昼 夜差 のりズ ムが認 められ た。
これ らの結 果か ら三者 の各々 にっい て死亡 時刻 の判定 基準を 得るこ とが でき,さらにこれらを 総合 的に用 いるこ とによ って ,推定 域を更 に狭め るこ とがで き,法 医実務 上大変有用であると考 えら れた。
学位論文審査の要旨
死亡時 刻の推 定は従 来, 死後経 過時間 を死体 現象の 進行 程度を 根拠と して推定することにより 行 わ れてき たが,1日 のうち のど の時間 帯に死 亡した かを推 定す る試み は今ま で行わ れて きてい な かっ た。
申請者 の行っ たのは ,概 日リズ ムを有 する体 内物質 であ るメラ トニン を測定することによる死 亡 時刻 そのも のの推 定法の 開発の 試み である 。
すなわ ち,
@ 死 亡 時刻 の 判 明 し てい る85体の 法医解 剖に 付され た死体 の松果 体, 血液及 び尿に 含まれ る メ ラト ニンを ラジオ イムノ アッセ イに より測 定した 。
◎ メ ラ トニ ン レ ベ ル の死 後変化 の有無 ・程度 を知 るため に脳組 織・血 液及び 尿に メラト ニン を 加え て放置 し,そ の変化 を観察 した 。
その結 果,
@ 松 果 体, 血 清 及 び 尿中 のメラ トニン 量には 個体 差が大 きいも のの, 昼間低 く夜 間に高 いと い う概 日リズ ムが認 められ ,次の よう にメラ トニン 量から 死亡 時刻を 推定する基準を求めること が でき た。
◎松果 体1個あた りのメ ラトニ ン量 にっい ては,
0. 2ng以下で あれ ば11時か ら17時の間に死亡,O.2〜0. 3ngであれば7時から20時の間に死亡,
O. 3〜lngで あ れば 死 亡 時 刻 の推 定 は 不 可 能 ,1〜4ngで あ れ ば16時 か ら10時 の 間 に 死 亡 ,4
〜8 ngで あ れ ば20時 か ら8時 の間 に 死 亡 , そし て8ng以上 で あ れ ば20時 か ら5時の 間 に 死 亡 と い う もので あり, 血清 にっい ては,1 00pg/甜 以上で あれ ば22時か ら1時の間 に死亡 とだ け推定 で き , 尿 に っ い て は3spgl施 以 上 で あ れ ば18時 か ら6時 の 間 に 死 亡 し た と 推 定 で き る 。 ◎ メ ラ トニ ン は7日 間の 観 察 の 結 果, 死 後 に 時間 が経過 しても 血液及 び尿中 では 滅少し ない が , 松 果 体 中で は 約3分 の1に減少 するこ とが示 唆さ れた。 松果体 中のメ ラトニ ン量 から死 亡時 刻 を 推 定 す る 場 合 に は こ の 点 も 考 慮 に 入 れ る べ き で あ る こ と が 判 明 し た 。 口頭発 表時の 試問に 際し ,本間 教授よ り死亡 時刻を 推定 する際 に,死 体現象の進行程度を用い
一
一
郎
一
浩
研
征
沢
間
本
寺
本
藤
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
るよりも松果体中のメラトニンを測定するほうが有用性が高いか否か,また薬物などの影響によ ルメラトニンのりズムが変化して推定を誤る可能性があるか否か,そして死後のメラトニン量の 変化にっいて,藤本教授より,メラトニンのりズムと性差,年齢,生活様式による影響,並びに デ一夕の統計学的処理法にっいて,加藤教授より,死亡した場所の明るさによるメラトニン量の 変化にっいて,古館教授より,デ―夕の統計学的処理法にっいて質問がなされたが,申請者は概 ね適切な回答をしたものと考えられる。
また副査の本間教授・藤本教授に学位論文に関して個別に試問を受け,学位授与にっいて可の 判定がなされた。
本論文は死亡時刻の化学的推定法に関して,有用性の高い試みを行ったものであり,学位の授 与に値するものと判定される。