博 士 ( 農 学 ) 高 橋 浮
学 , 位 論 文 題 名
/ ヾ レ イシ ョ 塊 茎 の細 胞 肥 大 に及 ぼ すジャ スモン 酸の 作 用 機 作 に 関 す る 生 理学 的 研 究
学 位 論文 内 容 の 要旨
バレイショは、栄養貯蔵器官である塊茎を収穫の対象とする世界的にも食糧生産上重要 な作物である.また、生物学的にも種子植物でありながら塊茎によって栄養繁殖する興味 ある植物である.従って、塊茎形成機構の解明は、食用塊茎や種イモの生産等、農業上重 要な意義を持っている.バレイショの塊茎形成は、短日低夜温条件下において地下部のス トロン次頂部髄部柔組織細胞が、伸長生長から肥大生長へと転換することにより開始する・
最近の知見では、短日刺激を感受した葉で形成されるジャスモン酸の誘導体が、地下部ヘ 転流し細胞肥大を引き起こすものと考えられている.本研究は、強いバレイショ塊茎形成 活性を有するジャスモン酸(JA)が、細胞肥大を誘起する作用を持っことを明らかにし、
その作用機作の解明を試みるとともに、バレイショ塊茎形成機構を細胞学的見地から考察 することを目的として行ったものである.
ジャスモン酸が細胞肥大を誘起するか否か、バレイショ塊茎髄部柔組織片(直径6 mmX 厚さl mm)を 培養する実験系を用いて検討した.その結果、10,u M‑‑100メMのJAを含 むホワイト培地上で組織片を25℃・暗所にて培養すると、培養開始後1日を経てから組織 片の生重がJAの濃度に応じて顕著に増加し始め、この生重増加が細胞分裂ではなく専ら 細 胞 肥 大 に よ る こ と か ら 、JAが 細 胞 肥 大 を 誘 起 す る こ と が 明 ら か とな っ た . 植物ホルモンのインドール酢酸(IAA)、ベンチルアデニン(BA)、ジベレリン酸、ア ブシジン酸(ABA)、そして、エチレンの前駆体である1.アミノ・シクロプロパン・カルボ ン 酸(ACC)を 、0.1‑‑100メM(ACCは1‑‑100〃M)の濃度 において 組織片に単 独で処 理した 場合、IAAに のみ生重増加作用が認められたが、JAの活性と比べて大変弱いも のであ った.こ れらホル モンを30pMのJAと 同時処理した場合、JAによる細胞肥大を 促 進 す るも の は無 く 、 むし ろ 、lO pM以上 のBAや1メM以 上 のABAは 、JAに よる 細 胞肥大を著しく阻害した. JAには2つの不斉炭素があることから4種類の光学異性体が 存在する.2本の側鎖がその5員環に対し取る配置によルシス型とトランス型に分けられ るが、細胞肥大を誘起するのはシス型であった.これらのことは、JAがバレイショ塊茎 細胞の肥大を特異的に誘導する物質であることを示し、また、JAに対する特異的受容体 が存在し、この受容体が細胞肥大に大きく関与していることを示唆するものである・
植物細胞の肥大生長は、細胞内浸透圧の増加と細胞壁の伸展性の増大により引き起こさ れると考えられている.そこで、細胞の浸透圧調節物質と考えられる可溶性糖類の含量を 酵素法により測定した.その結果、JA処理後1日目から3日目にかけて、ショ糖含量が 急激に増加したが、グルコース、フルクトース含量には変化が見られなかった.無処理区
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の これ ら可 溶性 糖類 の含 量は 、低 い値 を保 った まま5日間の実験期間を経過した.このこ と か ら 、 細 胞 内 に 蓄 積 す る シ ョ 糖 が 、 浸 透 圧 を 上 昇 さ せ て い る こ と が 示 唆 さ れ た ・ 植物 の細 胞壁 は、 非常 に強固なセルロース微繊維間 をキシログルカンなどのマトリック ス 高分 子群 によ り架 橋さ れた高分子会合体である.細 胞壁の形態変化の直接の原因は細胞 壁 のカ 学的 性質 の変 化で あり、細胞壁構成多糖類の化 学構造の変化によりもたらされる・
植物ホ´レモンなどの生長 調節物質は細胞壁高分子の化学構造を変化させ、その結果、細胞 壁のカ学ロケ阯質の変化とそれに引き続く細胞生長を引き起こすと考えられている.そこで、
細 胞壁 構成 成分 のぺ クチ ン、ヘミセルロース、セルロ ースの含量を測定するとともに、細 胞 壁合 成阻 害剤 がJAによ る細 胞肥 大に 及ぽ す影 響を 検 討し た. さら に、 ペク チン、ヘミ セ ルロ ース の分 子分 布を ゲル 濾過 クロ マト グラ フイ ー によ り調 べた .そ の結 果、JAはこ れ ら壁 成分 、と りわ けヘ ミセルロース含量の顕著な増 加をもたらした.また、細胞壁合成 阻 害剤2,6.ジ ク口 ロベ ンゾ ニト リル (DCB)、 クマ リン、モネンシン、ガラクトースは JAに よ る 細 胞 肥 大 を 顕 著 に 阻 害 し た . セ ル ロ ー ス 合 成 の 特 異 的 阻 害 剤DCBによ る細 胞 肥 大の 阻害 の程 度は 、セ ルロ ース 合成 の阻 害の 程度 とよく一致していた. JAはぺクチン の 分子 分布 には 変化 を及 ぼさなかったが、ヘミセルロ ースの構成多糖であるキシログルカ ンの分子分布に影響を及ぽ し高分子種のキシログルカンを出現させた.これらのことから、
JAによ る細 胞肥 大に は細 胞壁 合成 が伴 い、 なか でも セ ルロ ース 合成 が不 可欠 であること が 示さ れた .さ らに 、セ ルロース微繊維間を架橋し、 細胞壁の伸展性を規定していると考 え られ てい るキ シロ グル カン が高 分子 化し てい るこ と から 、JAは細 胞壁 の量 的変動だけ で なく 、質 的変 動を もも たらし細胞壁の伸展性に影響 を及ぽしていることが示唆された.
細胞 の伸 長・ 肥大 には キシログルカンの代謝変動が 重要であるが、細胞の形や組織の形 態 は、 セル ロー ス微 繊維 の沈着方向により規定される .その方向は原形質膜直下の表層微 小 管の 配向 によ り制 御さ れる.そこで、微小管脱重合 剤コルヒチン、微小管重合阻害剤イ ソ プ ロ ピ ルMフ ェ ニ ルカ ルバ メー トの 影響 を 調べ たと ころ 、こ れら 阻害 剤はJAに よる 細 胞 肥大 を顕 著に 阻害 した .こ のこ とか ら、JAに よる 細 胞肥 大に 微小 管が 関与 することが 示 唆 さ れ た . そ こ で 、 抗a‑チ ュ ー ブ リ ン 抗 体 、FITC標 識 抗IgG抗 体 に よ り 微 小 管 を 螢 光 染 色 し 、 螢 光 顕微 鏡に より その 配向 を調 べた .そ の結 果、JA処 理 後1日目 の細 胞 で は、 表層 微小 管が 培地 接触面に対し平行に並んでい る細胞の頻度が圧倒的に高く、細胞 肥 大の 伸長 軸と 直角 に配 向していることが観察された .これは、特に培地接触面側の細胞 で 顕著 に見 られ 、JAによ る細 胞肥 大が 培地 接触 面側 の 細胞 で顕 著な こと を裏 付けるもの で あっ た. 一方 、無 処理 区の 表層 微小 管の 配向 には 、JA処 理区 のよ うな 規則 性は見られ な かっ た. よっ て、JAは 早い 時期 に表 層微 小管 の配 向 を制 御し 、細 胞肥 大の 方向を決定 しているものと推察された .
上 記 実 験 結 果 か ら 、JAの 作 用 機 作 を 以 下 の よ うに 結論 した .ま ず、JAは 細胞 内シ ョ 粘含量を増加させ、土曽加 するショ糖は、細胞IAJ浸透圧を高め細胞肥大の駆動カとなる.一 方 、JAは表 層微 小管 の配 向を 制御 する とと もに 、細 胞 壁構 成多 糖類 の合 成を 促進し、表 層 微小 管の 配向 に沿 って セルロース微繊維が細胞壁に 沈着する.この沈着方向が細胞の生 長 方向 を決 定す る. また 同時に、キシログルカンが高 分子化することによルセルロ―ス微 繊 維間 の結 合が 緩み 、細 胞壁の伸展性が増大し顕著な 細胞肥大が誘導される.さらに、こ の 時士 曽加 する ショ 糖は 、細 胞壁 合成 の前 駆物 質と し て供 給さ れる もの と考 えられた,
バレ イシ ョの 塊茎 形成 時において、ショ糖がストロ ン次頂部に蓄積すること、また、ス ト ロン 次頂 部髄 部柔 組織 細胞の表層微小管の配向が変 化することが報告されているが、本 研 究に より 、こ れら 塊茎 形成 時に 見ら れる 現象 とJAに より 誘導 され る現 象の 一致が示さ れ 、JA類が 塊茎 形成 時に おい ても 上記 作用 機作 によ り 作用 して いる こと が示 唆された.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
バレイショ塊茎の細胞肥大に及ぼすジャスモン酸の 作用機作に関する生理学的研究
本 論 文 は、 図36、表5、引 用文 献168編、 総ベ ージ 数114頁 からな り、6章 をも っ て構成される.
バ レイ ショ は食 糧生 産上 重要 な作物であるのみならず、植物学的にも種子植物で あり なが ら塊 茎に よっ て栄 養繁 殖する興味ある植物である.バレイショの塊茎形成 は、 短目 低夜 温条 件下 にお いて ストロン次頂部髄部柔組織細胞が、伸長生長から肥 大生 長へ と転 換す るこ とに より 開始する.最近の知見では、短日刺激を感受した葉 で生 成さ れる ジャ スモ ン酸 の誘 導体が、地下部ヘ転流し細胞肥大を引き起こすもの と考 えら れて いる が、 その 作用 機作に関しては未だ解明されていない.本研究は、
強い バレ イシ ョ塊 茎形 成活 性を 有するジャスモン酸(JA)が、細胞肥大を誘起する 作用を持つことを明らかにし、その作用機作の解明を目的として行ったものである.
ジ ャス モン 酸が 細胞 肥大 を誘 起するか否か、バレイショ塊茎髄部柔組織片(直径 6 mmX厚 さlmm)の 培 養 系 を 用 い て 検 討 し た . そ の 結 果 、10PM〜lOOpMのJA を含 むホ ワイ ト培 地上 で組 織片 を25℃・ 暗所に て培 養す ると 、培養開始後1日を経 て か ら 組 織片 の生 重がJAの 濃度 に応じ て顕 著に 増加 した .顕 微鏡 観察 の結 果、 こ の 生 重 増 加が 細胞 分裂 では なく 専ら細 胞肥 大に よる こと から 、JAが細 胞肥 大を 誘 起する作用を持っことが明らかとなった,
こ の様 な組 織片 の細 胞肥 大が 、植物ホルモンにより誘起されるか否か検討した・
そ の 結 果 、イ ンド ール 酢酸 が組 織片の 生重 をわ ずか に増 加さ せた が、JAの 作用 と 比 べ る と 大変 弱い もの であ り、JAがバ レイ ショ 塊茎 の細 胞肥 大を 特異 的に 誘導 す る物質であると考えられた.
植 物細 胞の 肥大 は、 細胞 内浸 透圧と細胞壁の伸展性により制御されると考えられ てい る. そこ で、 細胞 の浸 透圧 調節物質と考えられる可溶性糖類の含量を酵素法に よ り 定 量 し た . そ の 結果 、JA処 理 後1日 目 か ら3日 目 に か け て 、 シ ョ 糖含 量が 顕 著に増加したが、グルコース、フルクトース含量に|よ変化が見られなかった.無処 理区 のこ れら 糖類 の含 量は 低い 値を 保っ たまま5日 間の 実験 期間を経過した.この こ と か ら 、 シ ョ 糖 が 細 胞 内 浸 透 圧 を 上 昇 さ せ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た . 細 胞壁 の伸 展性 の増 大は 、細 胞壁構成多糖類の化学構造の変化によりもたらされ
郎 夫
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授 授
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教 教
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ると 考え られ ている.そこで、ベクチン、ヘミセルロース、セルロースの含量を定 量するとともに、セルロース合成の特異的阻害剤とされる2,6.ジクロロベンゾニト リ ル (DCB) の 影 響 を 検討 した .さ らに 、ペ クチ ン、 ヘミ セル ロース の分 子分 布 をゲ ル濾 過ク ロマ トグ ラフ イーに より 調べ た. その 結果 、JAはこ れら 壁成分、と り わ け ヘ ミ セ ル ロ ー ス 含 量 の 顕 著 な 増 加 を も た ら し た .DCBはJAに よ る 細 胞 肥 大を 顕著 に阻 害し、その阻害の程度はセルロース合成の阻害の程度とよく一致して いた . JAはべ クチ ンの 分子 分布 には 変化 を及ぽさなかったが、ヘミセルロースの 主要 な構 成多 糖であるキシログルカンの分子分布に影響を及ぼし、高分子種のキシ ログ ルカ ンを 出現 させ た. これら のこ とか ら、JAに よる 細胞 肥大 には 細胞壁合成 が伴 い、 なか でもセルロース合成が不可欠であると考えられた.さらに、セルロー ス微 繊維 間を 架橋し、細胞壁の伸展性を規定していると考えられているキシログル カンが高分子化していることが示された・
細 胞の 伸長 方向は、セルロース微繊維の沈着方向により規定され、その方向は原 形質 膜直 下の 表層微小管の配向により制御されると考えられている.そこで、微小 管脱 重合 剤コ ルヒ チン 、微 小管重 合阻 害剤 イソプロピルMフェニルカルバメートの 影響 を調 べた とこ ろ、 これ ら阻害 剤はJAに よる 細胞 肥大 を顕 著に 阻害 した.この こと から 、JAによ る細 胞肥 大に微 小管 が関 与す るこ とが 示唆 され た. そこで、間 接 螢 光 抗 体 法 によ り 表 層 微小 管の 配向を 調べ た. その 結果 、JA処理 後1日 目の 組 織片 では 、表 層微小管が培地接触面に対し平行に配向している細胞が多く観察され た.3日目 の組 織片 では 、1日目に 見ら れた 微小 管の 配向 に規 定さ れる 方向に細胞 が肥 大し てお り、細胞長軸に直角に配向している微小管が観察された.一方、無処 理区 の表 層微 小管 の配 向に は、JA処理 区の よう な規 則性 は見 られ なか った.この こ と か ら 、JAが 細 胞 表 層 の 微 小 管 の 配 向 を 変 化 さ せ る こ と が 示 さ れ た ・ 上 記実 験結 果を 総合 する ことに より 、JAによ る細 胞肥 大の 作用 機作 を以下のよ うに 結論 した .ま ず、JAは 細胞内 ショ 糖含 量を 増加 させ 、増 加す るシ ョ糖は細胞 内浸 透圧 を高 め細 胞肥 大の 駆動カ とな る. 一方 、JAは表 屑微 小管 の配 向を制御す るとともに、糸I‖胞壁構成多糖類の合成を促進し、表層微小管の配向に沿ってセルロ ース 微繊 維が 細胞壁に沈着する.また同時に、キシログルカンが高分子化すること によ り、 セル ロ―ス微繊維間の結合が緩み、細胞壁の伸展性が増大し顕著な細胞肥 大が 誘導 され る.さらに、この時増加するショ糖は、細胞壁合成の前駆物質として 供給されるものと考えられた・
よ って 、審 査員一同は、最終試験の結果と合わせて本論文の提出者、高橋淳を博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 が あ る も の と 認 定 し た .