博 士 ( 農 学 ) 高 橋 千 穂
学 位 論 文 題 名
土 壌 ― 植 物― 大 気 系 にお け る 水 の 動 態 解 析 に よ る 蒸 発 散量 の 推 定
学 位 論文 内 容 の 要旨
植 物 の 蒸散 お よび 吸 水 は、 定 常流 を 仮 定す る こ とに よって 、土壌か ら植物を 通り大 気ヘ至る 連続的ナ よ経路に おける水移 動として 扱うこと が可能に なり、電 流 に関 す る オー ム の法 則 の アナ ロ ジー で 表 され る 。す なわ ち、植物 体内の水 分 変 化量 が 無 視で き る場 合 、蒸 散と吸水 は等しくな り、これ による水 の流束qは 、 次式によって表すことができる。
q‑(¢s― ¢r)/Rsニ〓 ニ(dr‑ cb1)/Rp ̄ (¢s−¢1)/(Rs十Rp) [1] こ こで 、 ¢s、¢r、 ¢1は それぞ れ土壌、 根、葉の水 分ポテン シャル、Rsは土壌 抵抗、Rpは植物抵 抗である 。式[1] では、流束 は移動経路両端の水分ポテンシャ ルの差(¢ s‑ cb1)に比例し、流れに対する抵抗(Rs十Rp)に反比例する。しかし、
実 際の 圃 場 では 、 土壌 か ら 植物 へ の水 移 動 を複 雑 にす る次 のような 要因が関 与 する。 すなわち 、1)根群 域土層の 水分レジム は、透水性、保水性ナょどの土壌の 水分物 理性によ って異ナ ょる。と くに、地下 停滞水が 浅い位置 に存在す る場合に は 、毛 管 上 昇流 に よる 水 供給 の影響を 無視できな い。2)植 物根系の 分布は、 気 象 条件 と 土 壌条 件 によ っ て 時間 的 、空 間 的 に大 き く変 化す る。この ために、 現 時点では、土壌・植物抵抗を直接測定することはできない。
そ こ で 、本 研 究で は 、 作物 を コム ギ に 統一 し て 、水 分特性 の異なる 三種の土 壌 、す な わ ち、 砂 丘未 熟 土 、疑 似 グラ イ 土 、厚 層 黒色 火山 性土から なる畑圃 場 に おい て 、 長期 の 観測 お よび 実験を行 い、その結 果に基づ いて、1) 土層の水 分 レ ジム の 変 化と 蒸 発散 に 対す る下層停 滞水の寄与 の関係、2)水分レ ジムの変 化 と 根系 分 布 の変 化 の関 係 、3) 水供給パ ターンの変 化がコム ギの水分 状態に与 え る 影響 に っ いて 解 析し 、 停 滞水 を もつ 圃 場 の水 移 動に 関与 する因子 を土壌タ イ プ ごと に 整 理し た 。さ ら に 、圃 場 観測 の 結 果に 基 づい て、 気象、土 壌、作物 要 因 の相 互 関 係を 解 析し 、 比 較的 容 易に 測 定 でき る 変数 によ って土壌 タイプに よ って変わらない蒸発散予測モデルを作成しようとした。
各圃場 において 、初夏〜 盛夏期の コムギの水 分ポテンシャル(PWP)、土壌水分 ポテンシャル(SWP)、停滞水位(WTD)、降水量(P)および熱収支項を継続観測した。
ま た、0^‑150cmの 土壌 水 分 特性 の 測定 、 コ ムギ の 地 上部お よび根部 の生育状 況 の調査を行った。結果は次のように要約できる。
1) 根 群域 土 層の 深 さ は停 滞水 位に依存 していた。 生育期間 中の停滞 水位は砂 丘 未熟土 では、観 測開始時(初夏)には10 7cmであったが、その後の無降雨期間中に
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は140cmまで 低下 した 。疑 似グ ライ 土で は、 観測 開始 時の停滞水位は64cmと高か っ たが 、次 第に 低下 して 最も乾燥した時期には14 5cmまで低下した。火山性土で は 初期 の停 滞水 位が130cmと低 く、 短時 間の うち に15 0cm以下に低下した。下層 停滞水からの毛管上昇による水分供給速度(Q)は、土壌水分の変化と透水性の測 定 結果 から 試行 錯誤 法に よっ てに 推定し た。Qは 、下 層とくに停滞水上縁層の透 水 性に 強く 支配 され 、高 水分ポテンシャル領域で透水性の高い砂丘未熟土では、
表層の平均土壌水分ポテンシャルが約一O. OIMPaまで低下すると停滞水からの寄 与が無視できなくなり、その供給速度は0.1〜1. 2mmd‥、蒸発散速度(ET)に対 する寄与率(Q/ET)は最大で約60%に達した。一方、高水分ポテンシャル域で透水 性 が低 い疑 似グ ライ 土のQは、0. 2〜0.6mmd‥ヽQ/ETは4〜29%の範囲で変動し て お り 、 表層 の土 壌水 分ポ テンシ ャル 低下 との 相関 は認 めら れな かっ た。 停滞 水位が深い火山性土のQは、観測期間を通じてO. 1‑‑‑O.3mmdー ̄と小さく、Q/ETは、
3〜8%の範囲 にあ った 。ま た、Q/ETと表 層の 土壌 水分 ポテンシャル低下との相関 は認められナょかった。
2)土 層の水 分レ ジム の変 化に 伴う 根分 布の 変化 は、 砂丘未熟土では、表層の乾 燥 ・ 湿 潤 に対 して 、表 層根 と下層 根が 交互 に増 加・ 減少 を繰 り返 し、 また 同期 間 中の 下層 根の 伸長 速度 とQの 平均 値と の間 に正 の相 関が認められた。一方、疑 似 グ ラ イ 土で は、 土壌 水分 ポテン シャ ルの 変化 に関 係な く、 停滞 水位 の低 下に と も な っ て根 の伸 長速 度の ピーク が、 表層 から 下層 へと 移動 した 。火 山性 土で は 、 表 層 土壌 が乾 燥し た時 期には 下層 根、 湿潤 にな った 時期 には 上層 根の 伸長 速 度が 大き くナ ょっ たが 、総根長は観測開始当初より非常に大きく、観測期間を 通じてほば一定であった。
3)以 上の結 果よ り、 砂丘 未熟 土で は、 表層 の土 壌水 分ポテンシャルの低下にと もなうQの増加と下層根の増加によって円滑な水吸収を実現.していたのに対して、
疑 似グ ライ 土で は、 土壌 水分 ポテ ンシャ ルが 低下 して もQの寄与は増加せず、下 層 土 へ の 根の 伸長 によ って 高い水 吸収 速度 を維 持し たと 判断 され た。 停滞 水位 の 低 下 が もた らす 粗孔 隙の 増加と それ に誘 導さ れた 根の 土壌 マト リッ クス 内部 へ の 伸 長 が吸 水条 件を 改善 したも のと 考え られ た。 一方 、火 山性 土で は、Q/ET が 非 常 に 小さ く、 水源 はも っぱら 根群 域土 層の 有効 水に 限ら れて いた と推 定さ れ る 。 こ の場 合に は、 根群 域土層 の土 壌水 分ポ テン シャ ル変 動が 系全 体の 水移 動を制御していたと考えられる。
各圃場で実測された気象、植物、土壌データを整理して、式[2]によって蒸発 散 速度ETを 予測 する モデ ルを作成した。なお、式[1]のqは厳密には蒸散速度で あ る が 、ETと 高い 相関 を示 すこと が確 かめ られ てい るの で、 これ をETに置 き換 えても大きな誤差は生じない。
ET‑(SWP―PWP)/R sp [2]
こ こで 、Rspは土 壌・ 植物 抵抗 、SWPは根 群域 土層 の土 壌水分ポテンシャル、PWP は 茎 基 部 で測 定し た植 物水 分ポテ ンシ ャル であ る。 圃場 での モニ クリ ング が難 しい因子であるPWPは、気温(T)、相対湿度(RH)、根群域土層の深さ(RD)、停滞 水 位(WTD) を用 いた 次式 によって求めた。なお、この重回帰式の決定係数は0.6 5であった。
PWP:0.00225*RH―0.0132.T十0.451‑WTD―1.07‑RD十O.139 [3] ま た 、 圃場 にお ける 実測ETをQによ って 補正 して 得た 土壌・ 植物 抵抗Rspの変
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動 は 、PWPと 純 放 射 量 (S) を 用 い た 式 [4] に よ っ て 約77%説 明 さ れ た 。 Rsp=ー37377 ‑PWP−1639.6.S十17539 [4]
重回帰式[3]、[4]によって得られたPWP、Rspと実測SWPを用いて、式[2]によ ってETを 推定し、現 地圃場に お:ナる 実測値と比較することによってモデルの有 用性を 検証した。 実測値と 予測喧は 、土壌の 違いに関 係なく、 ほば1:1の直線に 沿ってプロットされ(r‑O. 79 ‐)、現地において比較的簡単に測定できるバラメ ー クか ら 圃場 の 蒸 発散 速度を推定 するモデ ルとして 有用なこ とを確認 した。な お 、使 用 した 変 数 のう ち、RDを王確 に求める ことによ ってモデ ルの精度 を高め ることができると推定された。
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
佐久間 但野 波多野
学 位 論 文 題 名
敏雄 利秋 隆介
土壌―植物―大気系における 水の動態 解析による蒸発散量の推定
本 論文は、植物の蒸散および吸水に関する抵抗モデルを圃場に適用する場合の問 題点を現地観測データに基づいて研究し、実用的ナょモデルパラメータを選択し、そ れ によってコムギ畑の蒸発散量を推定する方法を明らかにしたものである。研究結 果は5章に分けて記述され、これに緒諭、研究史、総合考察が付されている。論文は、
図35、表15を含む103ページの和文論文で、引用文献83が付され、別に参考論文2編 が添えられている。
抵 抗モデルのパラメータのうち土壌・植物抵抗は直接測定する方法がなく、これ が 、本モデルを現地圃場に適用する際の隘路になっている。とくに、土層の浅い位 置に停滞水面が存在し、毛管上昇による水分供給が無視できない場合には、1)根群 域土層の水分レジムが大きく変動すること、2)根の発達と分布が気象・土壌・植物 要因によって大きく変化することのために土壌・植物抵抗を決定することが難しい。
1.この論文では、まず、抵抗モデルの適用と蒸発散量の推定に関する既往のアプロ
― チを比較研究し、土壌・植物抵抗を圃場レベルで推定することに研究の目標をし ぼった。
2.この目的を達するために、作物をコムギに統一して水分物理性の異なる三種の土 壌(砂丘未熟土、疑似グライ土、厚層黒色火山性土)からなる圃場において、長期の 現地観測および実験を行い、1)土層の水分レジムの変化と蒸発散に対する下層停滞 水の寄与、2)水分レジムの変化と根系分布の変化、3)水分供給パタ―ンの変化がコ ムギの水分状態に与える影響にっいて解析し、停滞水をもっ土壌一植物ー大気系の水 移動に関与する因子を土壌タイプごとに整理した。
は じめに、根群域土層の水収支、水分ポテンシャル分布と停滞水位から試行錯誤
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法によって毛管上昇速度を推定し、その全水フラックスに対する寄与の程度を明ら かにした。その結果、毛管上昇による水分供給速度は、停滞水上縁層の透水性に依 存し、高水分ポテンシャル域の透水性が高い砂丘未熟土では、表層の平均土壌水分 ポテンシャルが約―0. OIMPaまで低下すると停滞水からの寄与が無視できなくなり、
それによる供給速度(Q)はO. 1‑1.2 mmd‥、全蒸発散量(ET)に対する寄与率は最大 で約60Xに達した。これに対し、高水分ポテンシャル域で透水性が低い疑似グライ土 のQは、O.2〜0. 6mmd‥、寄与率は5〜30Xの範囲あり、表層土壌の水分ポテンシャル 低下との相関は認められなかった。停滞水位が15 0cm以下にあった火山性土では、Q は0. 3mmd一l以下と小さく、その寄与率も10名以下と低かった。また、寄与率と表層 土 壌 の 水 分 ポ テ ン シ ャ ル 低 下 の 間 に は 有 意 な 相 関 は 認 め ら れ な か っ た 。 次に、根張りと根群域土層の深さにっいて検討し、根の伸長する深さが停滞水位 に依存すること、根の分布が土層の水分レジムの変化に伴って変動すること,根の 伸 長 が 下 層 土 の 物 理 的 性 質 を 反 映 し て 異 な る こ と な ど を 確 認 し た 。 さらに、以上の結果に基づいて、土壌別の特徴を次のように整理した。すナょわち、
砂丘未熟土では、表層の土壌水分ポテンシャルの低下に伴うQ/ETの変化と下層根の 増加、◎疑似グライ土では、土壌水分ポテンシャルの低下にも関わらず、停滞水位 の低下にともなう新.たな粗孔隙の形成とそれにともなう根の土壌マトリックス内部 への伸長、◎火山性土では、土壌水分ポテンシャルの変動のみによって系全体の水 移動が制御されていると推定された。
4.以上の結果を踏まえて、比較的容易に測定できる気象、植物、土壌データを用い て植物水分ポテンシャルおよび土壌・植物抵抗を推定するモデルを重回帰分析によ って求め、これと実測土壌水分ポテンシャルから蒸発散量を予測する抵抗モデルを 完成した。また、これによる予測値をと実測値の関係が、1:1の直線的相関関係(r―ー O.79¨)をもっことを確認し、このモデルが蒸発散量を簡便に、かっ精度良く推定す るために有用なことを明らかにした。さらに、使用した変数のうち、根の到達深度 を 正 確 に 求 め る こ と が モ デ ル の 精 度 を さ ら に 高 め る と 推 論 し て い る 。 以上の成果は、土壌ー植物一大気系における水の流れに対する土壌特性および根系 の影響に関して新しい知見をもたらしただけでなく、畑圃場の水管理を合理化する 上でも大きく貢献するものと評価される。よって、審査員ー同は、本論文の提出者 高橋千穂が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格があるものと認定した。.
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