博士(文学)南部 学位論文題名
日本古代戸籍の研究
Eヨタ中
学位論 文内容 の要旨
本 論 文は ,日 本古代 の戸 籍・計 帳史料 に関す る研究 であ る。日 本には8世 紀(奈 良時代 )の 戸 籍 ・計帳 史料が ,か なり大 量に現 存して おり, 古代 の家族 を研究 する基 礎史 料とし て,きわめて 重 要なも のであ る。 さらに は家族 の分野 のみに とど まらず ,広く 古代の 社会 史・政 治史・法制史 ナ £どの 諸分野 にと っても ,貴重 な研究 素材である。本論文は,この戸籍・計帳史料を分析して,
家 族史上 の,あ るい は古代 史上の 様々な 問題を 解明 しよう と試み た。
〔 第ー編 古代 戸籍の 基礎的 考察〕
第 一編は 基礎 的事実 の考察 である 。
第 一に, 戸籍 に使用 されて いる親 族呼 称の用 字の意 味を, 「姑」 「弟 」「嫦 」などにっいて考 察 した。 同じ用 字で も意味 に地域 的相違 のある こと を明ら かにし た。
第 二に, 戸籍 の中に 無姓の 女子が 存在 するこ とを発 見し, その女 子は 母姓を 称したことを明ら か にした 。
第 三に, 戸の 家族構 成を分 析し, 上層 ・下層 の差別 が戸の 規模に 現れ ること ,上層の戸は戸主 の 直 系 親 族を 多 数 同 籍 す るの に 対 し , 下層 の 戸 は 没 落・ 滅 少 の 傾 向に あ る こ とを推 定した 。 〔 第二編 戸籍 ・計帳 研究史 概観〕
第 二編は 戸籍 研究史 の再検 討であ る。 郷戸実 態説( 戸は家 父長に 統率 された 大家族あるいは共 同 体であ るとす る説 )と郷 戸法的 擬制説 (戸は その ような 実態的 なもの では ないと する説)は戸 籍 研究史 上の二 大学 説とし て長く 対立し てきたが,これに関わる主要な見解を整理し,批判した。
ま ず第一 に、 郷戸実 態説に は論証 のな い想定 から議 論を出 発させ る欠 陥があ ることを明らかに し た。
そ して第 二に ,郷戸 法的擬 制説が 郷戸 実態説 のこの 欠点を 克服し たか といえ ば,決してそうで は なく, 郷戸法 的擬 制説に も論証 されな い想定 に基 づく欠 陥が一 層顕著 であ ること を指摘した。
特 に,法 的擬制 説の 最も有 カな仮 説とし て多く の研 究者の 支持を 集めた 「歪 〈ひず み>拡大説」
に っ い て 、そ の 非 合 理 を 論じ た 。「 歪拡大 説」 は7〜8世 紀に人 口が 爆発的 に増大 したと いう 想
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定を 基礎に してい るが, この 想定は 根拠を欠くばかりか,現実的にはありえないことを指摘した。
第三 に,郷 戸実 態説の 論証の 不備に 留意し っつ ,個別 の論点 には優 れた 成果の あることを見出 した 。
第四 に,以 上を 踏まえ て,両 学説の 重要な 対立 点とな ってい たーっ の論 点,即 ち,夫婦同籍率 の問 題を取 り上げ ,独自 に分 析を試 みた。 その結 果, 夫婦同 籍率の 高低と 乳幼児 登籍率の高低と の間 に相関 関係が あるこ とを 見出し ,夫婦 同籍を 徹底 しよう とする 国家の 方針に もかかわらず造 籍 の 実 際 に 精 粗 の 差 が 生 ま れ て い る こ と , 同 籍 と 同 居 と は 無 関 係 で あ る こ と を 論 じ た 。 〔第 三編籍 帳研 究史の ニつの 問題〕
第三 編は第 二編 におい て提示 した私 見をさ らに 展開し た。
第一 に,「 戸」 の性格 を見極 めるう えで研 究史 上の争 点でも ある「 寄口 」を考 察し,「寄□」
を戸 主の女 系家族 とする 説を 退けて ,戸主 と非血 縁の 下層民 とする 説を支 持し, その論証を行つ た 。 「 戸 」 に 含 ま れ る こ の 非 血 縁 者 の 性 格 に っ い て は , な お 課 題 が 残 さ れ て い る 。 第二 に,戸 籍の 地域的 偏差の 問題を 論じた 。戸 籍の内 容には 地域毎 に差 異があ る。その相違点 を, 女性の 名,夫 婦同籍 率, 男女比 率など にっい て検 討した 結果, 差異の 生じる 単位は「郡」に ある ことを 発見し た。従 来は 差異を 「国」 のレベ ルで 見てい たため ,安易 に先進 的・後進的の判 断が 加えら れてい たが, 実際 は「国 」の下 の各「 郡」 毎に, 大きな 差異が 確認で きるのである。
今ま でこの ことが 気付か れな かった のは, 「郡」 毎の 現存史 料の量 に大き な差が あるため,史料 の量 の多い 「郡」 の特徴 が量 の少な い「郡」の特徴を圧任IJし,「国」全体の特徴とみなされてし まっ たから である 。この 発見 に基づ き,造 籍を行 う実 務機関 が「郡 」にあ ること ,「郡」の造籍 方針 にはそ れぞれ の独自 性が あるこ と,郡 司の主 体的 役割を 十分に 評価す るべき であることを主 張し た。併 せて, 国内の 各郡 に共通 して見 られる 特徴 もある ことを 指摘し ,その 点をあらためて 注目 すべき である と述べ た。
〔第 四編古 代籍 帳より みた兄 弟相続 〕
第四 編は戸 主の 地位が 誰に相 続され るか, の問 題を考 察した 。戸主 は戸 の核で あるから,この 問題 は戸の 性格を 見極め るた めに重 要であ る。
従来 ,戸主 の地 位は嫡 子に相 続され る,と 理解 されて いた。 それは 古代 の法律 家の諸説(『令 集解 』)を そのま ま信じ てい たため である 。これ を批 判し, まず第 一に, 古代の 法律家の説くよ うな 「幼少 戸主」 や「女 性戸 主」が 戸籍に は事実 上存 在しな いこと を明ら かにし た。次に,戸籍 を分 析して ,戸主 の地位 は兄 弟相続 が原則 である ,と いう結 論が得 られる ことを 論証した。これ によ って, 戸籍制 度を古 代法 律家の 説で理 解する こと の危険 を指摘 し,戸 籍自体 の分析によって
論証 する ことの 重要性 を主張 した。
な お,戸 主の地 位の相 続の 仕方を 確認す るには ,同一 地域 で作成 年次の 異なるニっの戸籍を見 比べ るこ とが必 要であ る,と 従来は 言わ れてい た。現 存の戸 籍に はその 条件に適うものは無い。
しか し, 本論文 はその 分析と 証明は 現存 の戸籍 によっ て十分 に果 たされ る,と判断した。それは 当該 の問 題に限 れば, 戸主お よび嫡 子に 関わる 戸内の 親族構 成は 現存戸 籍のすべてに同一の特徴 が表 れて いるか らであ る。故 に,こ の特 徴は作 成年次 にかか わら ず再現 されるはずであると判断 して ,こ の視角 を立論 の基礎 とした 。
〔 第五編 庚午年 籍と西 海道 戸籍無 姓者〕
第 五編は7世 紀にお ける戸 籍制度 にっ いて考 察した 。
第 一に, 先学に よって 発見 された 女子年 齢の周 期的集 中と いう事 実に導 かれ,「持続九年籍」
(695年 の戸籍 )が存 在す る,と いう新 説を提 唱し た。
第 二に, 戸籍制 度の目 的に っいて 考察し ,その 基本は 人民 の姓を 定める こと(定姓機能)にあ るこ と, 姓の取 扱いに はカバ ネ姓と部姓との間に差別があ.り,カバネ姓の扱いにはきわめて慎重 な態 度が とられ ている ことを 論じた 。
〔 第六編 身分の 台帳と して の戸籍 〕
第 六編 は 第 五 編 まで に 論 じ た 諸点 を 総 合 し ,古 代 に お け る 戸籍 の 役割 にっい て考 察した 。 第 一に, 古代法 律家の 諸説 を検討 し,父 子同貫 主義が 戸籍 制度の 主柱を なしていること,父姓 の継 承が 重要な 役割を 果たし ている こと を指摘 した。
第 二に, 上層民 の戸に おい て父方 付貫・ 夫婦同 籍が徹 底さ れてい ること を明らかにし,父子同 貫主 義は 上層民 の戸に 強く実 現され てい ること を指摘 した。
以 上のご とく, 本論文 は先 行研究 の成果 を批判 的に吸 収し っつ, 戸籍に おける法的擬制の諸側 面を 明ら かにし ,戸籍 制度の 果たし た役 割にっ いて考 察した 。
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学位論文審査の要旨 主 査 教 授 河 内 祥 輔 副 査 教 授 岩 田 拓 郎 副 査 教 授 井 上 勝 生 副査 助教授 津田芳郎
1.本論 文の 意義
本 論文は 古代の 戸籍 の研究 である 。戸籍 は家 族関係 を記載 した台 帳であ り,古代における家族 の 研究の 基本史 料であ る。
本 論文は ,まず ,過 去の膨 大な研 究史を 総括 するこ とに努 カを傾 注した 。過去の論文を細大漏 ら さず博 捜し, 正確に 読み 解き, それら からす べての 成果 を吸収 しよう とする姿勢を貫こうとし て お り , そ の 作 業 は 誠 実 に 遂 行 さ れた と 認 め ら れる 。 そ れ が 本 論文 の 基 礎 を 固め て い る 。 従 って, 本論文 にお いては ,論者 が初め て明 らかに したこ とと, 他の研 究者によって既に明ら か にされ ている ことと の区 別は, 常にき わめて 明確で ある 。これ は本論 文のきわめて優れた点で あ る。
研 究史の 検討の 結果 ,本論 文は次 のよう に指 摘する 。即ち ,従来 の戸籍 の研究には,「論証の な い想定 」が紛 れ込み ,論 証のな い議論 の積み 重ねに なる 欠陥が 顕著に みられる,と。この指摘 は 十分に 説得的 である 。そ して, ここに 本論文 は研究 の課 題を見 出した のであり,本論文はその 最 も大き な関心 を「論 証」 の成否 に注ぐ ことに なった 。本 論文は 一貫し て次のような原則に固執 し 続けて いる。
(1) 論証の ない通 念,学 説か らは出 発しな い。
(2) 論証は 戸籍史 料その もの のみに よって なされ ねば ならな い。
こ の原則 はまこ とに 正当で ある。しかし,この原貝fiを貫きえた研究は事実としてごく少ない。
本 論文は これに 成功し たと 認めら れる点 におい て,戸 籍研 究を飛 躍的に 前進させたと言い得るで あ ろう。
2.本論 文の 成果
本 論文に おける 成果 は次の ような 諸点に ある 。
戸 籍の用 字,特 に親 族呼称 の語義 にっい て, 従来の いくっ かの誤 解を正 しているが,これは戸 籍 研究の 基礎的 作業と して 欠かす ことの できな いもの であ る。
次に ,戸の 構成 員と構 成内容 に関す るいく っか の論点 がある 。
第― に,戸 主の 地位の 相続に っいて の考察 であ るが, これは 本論文 の中 においても特に重要な 位置 にある ,と認 められ る。 それは,ここに本論文の独自な論証方法のスタイルの典型がみられ,
しか も見事 な成功 をおさ めて いるか らであ る。従 来の 通念に とらわ れず, 戸籍そのものの分析か ら結 論を導 こうと する態 度は 正当で あり, その分 析方 法はそ れまで 誰も用 いなかったもので,独 創的 である といえ る。論 証は ほば完璧であり,疑問を差しはさむ余地はナょい。結諭として兄弟相 続 の 原 則 を 明 ら か に し た が , こ れ は古 代 史 の 様 々な 分 野 に も 影響 を も た ら す成 果 で あ る 。 第二 に,夫 婦の 同籍と 別籍の 問題, および 男女 比率等 にっい ての考 察で あるが,これは統計の 取り かたが 正確で ある。 造籍 方針の 相違に 着目し ,戸 籍の法 的擬制 の側面 を浮き彫りにしたこと は 説 得 的 で あ る 。 ま た 乳 幼 児 登 籍 率 と の 相 関 性 に ま で 視 野 を 広 げ た こ と は新 鮮 で あ る 。 第三 に,「 寄ロ 」にっ いての 考察で あるが ,こ の論証 も完成 度が高 い。 およそ考えられる限り のあ らゆる 可能性 にっい て検 討が加 えられ ており ,実 証カの 高さを 示して いる。この結論も通説 に修 正を迫 るもの である 。
次に ,姓と 定姓 に関す る論点 がある 。
第一 に,無 姓者 にっい ての考 察であ るが, まず ,戸籍 の中に 女子の 無姓 者を発見した論は,こ れも また論 証が確 かであ る。 兄弟相続論や「寄□」論に共通する独創的ナょ方法がここにもみられ る。
第二 に,戸 籍の 定姓機 能を主 張した考察であるが,無姓者の存在をカバネ姓の重視に結び付け,
カバ ネ姓と 部姓の 差別に 注目 したこ とは, 優れた 視点 であり ,論旨 に十分 の説得カがある。先人 に よ り 提 唱 さ れ て い た 定 姓 機 能 論 に 確 証 を 与 え た こ と の 意 義 は 大 き い 。 次 に,7世 紀にお ける 戸籍の 考察が ある。 これは 「持 統九年 籍」の 存在を 主張 する, という 新 説に 結実し た。従 来の通 説で ある「 持統十 年籍」 説を 修正し たもの である が,論旨には十分の説 得カ が認め られる 。この 結論 を導き 出す過 程で, 先学 の発見 になる 女子年 齢の周期的集中という 現象 に再検 討を加 えてい るが ,統計 的処理 に新た な視 点が加 わり, ここに も独自の価値が付加さ れ て い る 。 現 在 , 学 界 に お い て も , こ の 新 説 は 大 方 の 承 認 を 得 つ っ あ る 。 次に ,戸籍 の作 成過程 に関し て,本 論文の 最も 重要な 成果が ある。 それ は,造籍における郡の 役割 を明確 にした ことで ある 。本論 文は以 上の様 々な 論点を 通して ,戸籍 の内容に地域的差異が ある ことに 注目し た。そ して ,その差異は郡を単位に生まれている,ということを発見するに至っ た。 これは 従来の 研究の 盲点 を衝い たもの であり ,従 来の研 究が依 拠して いた立論の基礎を揺る がす 意味を もって いる。 この 問題に っいて も論旨 は明 解であ り,そ の分析 には信頼をおくことが
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で きる。
本 論文 の以上 のよう な内容 と試 験の結 果に基 づき, 我々審 査委 員は全員一致して,本論文が博 士の学位を授与するに値すると判断する。