ホ ル グ レ ー ブ の 「 転 向 」 考
Is It Holgrave's Conversion?
The House 01 the Seven Gables
の第二章,
The Little Shop‑Windowにおいて,
Hawthorneは Li
fe is made up of marble and mud"*と述べているが,これは彼の 二元的人間観,世界観を強く示すものと言ってよいであ ろう。
Levyは次のように述べている。
One thing Hawthorne did preserve from his puri‑ tan ancesters was a sense of the duality of man's nature
' 古巾
B
i s ‑
tIチ色久哉
Toshiya Kobayashiに指摘する。
The ultimate union of Holgrave and Phoebe is symbolica
l 1
y the ideal union of heart,
centripetal and centrifugal forces in perfect balance. Typical‑ ly with Hawthorne,
however,
the union is a ba‑ lance rather than a synthesis.3Holgrave
にある
balancedunionは特に次の三点にお いて顕著にみられる。すなわち第一は彼の
ob配rverと しての役割の中において, さらに第二には彼と日光そし て月光との関係においてである。
Levyは前出の論文に おいて次のように述べている。
Levy
の言うところの
duality of man's nature"は本
作品の
Holgraveの性格描写にも強力にあらわれてい
Many critics have remarked that Holgrave actsる 。
Hawthorneは
Holgraveに内在する対立する性格
inconsistent 1
y,
that his repudiation of his early要因を首尾よく均衡させ,内部矛盾のない人物の創作に
position is unmotivated and,
in fact,
sentimental. 4成功している。本作品にあっては
Holgraveの
dualisticな描写のため,彼の登場後しばらくは彼がし、わゆる善玉 多くの批評家達にこのように性格づけられ,そして位置 なのかあるいは悪役なのか定かではない。このきわめて づけされる
Holgraveであるが,必らずしもこのような 限られた意味においての
Holgraveの気質は,例えば同 彼に対する理解は的を得たものとは言えぬのではない じ作品の
Phぽbe,そして
]affrayのそれとは明らかに か。つまり一見彼の
inconsistency"とみえるものは次 異なっている。少なくとも表面的には
Phoebeは徹底し の事実から来るものに他ならない。つまり彼は誠実に て善人であり,また
Jaffrayは完全なる悪人である。し
observerであり続けようとする一方,徹頭徹尾そうはな かし一見すると非常に暖昧な,さらに悪く言うとつかま り切れぬという一面を持ち合わせているのである。酒本 えどころのない
Holgraveも,彼の内部の拡ー抗しあう力 はこの点に閣して
の聞の
balanceor epuipoise" 2を彼がーたび、その手中
に入れると事情は一転する。すなわち作品の終末に見ら 自分の現在に安住しきれず,つねに批判者を自分の れるように彼はまったく新しい人物に生まれ変わるので なかにかかえこんでいるこの不安定なありょうが,
ある。彼のこの
balancingは,最終的に彼と
Ph侃beの ホーソーンの精神にいちばん基本的な状況だと思わ 結婚という形で頂点に達する。これはまた,長い間敵対 れる
o....対象を凝視しながら,凝視する自分に 関係にあった
Mauleと
Pyncheon両家の和解をもたら 不信の目を向けつづけねばならぬとは,実にやりき すという意味でも,作品のむすびを飾るにふさわしい象 れぬ無間地獄だ。
5徴的な出来事である。
Fogleは
Hawthorneにおいては
balanced union"
の存在に注目すべきであると次のよう と指摘する。正に
Holgraveはこの極めて不安定な状況
* Nathaniel Hawthorne
,
The House 01 the Seven Gables,
ed.S e
ymourL .
Gross (New York: W. W. Norton,
1967),
p.41.sT.
前学院大学紀要第1
9‑¥手 の中に誼かれているのである。しかし向時にこの不安定
で ,
observerになり切れぬという一面が,彼を「悪鬼に なる可能性
J6から救い出しているという点も
J忘 れ て は ならないであろう。
吏に 1 皮の描写をみてゆくと,彼の日光と丹光に対する 態度に叫細ではあるがはっきりとした変えがうかがわれ る。作品の始まちから中明まで,彼は主
tこ日光との民連 にあって描治連れるが,結末に近づくにつれ日光と月 方との関絡が強調きれる。
Holgrave自身作品初期では
日:廷にのみ関心を持ち,これへの日及も多い。これは主 に技のその時点での
daguerreotypist,銀版学其舗として の役割に負う所が大きい。しかし
Phoebeの登場以後,
彼は日光ばかりで誌記く月光の持つ美しさにも開眼させ られ, 長光,月光各々の重要性:に新たに思いを至らす事 になるのである。
立
Von Abele
は次のように指摘する。
L i
ke Hawthorne himself,
and others of his surrかgates
,
Holgrave figures largely as a spectator" of the drama" being enacted" around him..・ ・
7展開する
drama"の
spectator"と し て の 投
i判 官充分に果たすために
Holgraveは 龍 の 笠 場 人 物 と ある程震の距離を保たねばならない
αことに,出来うる 限り客観的に
drama"を鵠るためにはこの条 f 十時必象 である。 実際広平くも第二章において, 彼は多かれ少 なかれ他の人物にくらべ
f外界
Jとの接触が眼定されて いる。
Hepzibahの吉い議敷のただ一人の下宿人である
Holgraveは , 彼に関する記述の初めて笠場する第三取 において次のように措かれている。
spectator
としての役目を演ずるため
ιは,まず彼が最 初 J にこの霊敷という,古わば
Aつの独立した i 党界に入り こまねばならなかったのである,この意味においては,
設が完会むすべてから離れ独立していると言うのは正し くない。換留するならば,彼の独立性というのは彼が,
dra出a"
の巡行な完療に支障なく見届けられるという条 件内にあってのみをえられるものである。従って,思!設
内という一つの I:lt 界の r~::) に完全にとりかこまれつつもある意味での独立性が保たれている空間であるところの彼 の破風と
L寸環境は,後広は格貯のものであると言え る。援の低かれている場は,つまり独立性を持ちながら も詩吟に外界との接触も充分に
n]能なものである。この 点で,この三つの相反する特徴を持っところの波の[泣か れた状況は
Holgrave内部にも t i l 抗し合う要素が存視す るという点との関連にあって大変に象接的であると言え る 。
Holgrave
は,新しく部惑した
Hepzibahの
cent‑shopの 一 番 目 の 客 と し て 第 三 章 に お い て 初 設 場 す る
oHepzibah
はかつて非活に栄えたが今や落ちぶれてしま った
Pyncheon家の米議として自身の生活を支えるため や t r を得ずこの告を開くこと
tこなったので、ある。しかし 今だに出分な
lady" (p.44)として強く意識している 彼女には,このような境遥に追いこまれてしまった事が
耐えられぬのであり,また忌;零的な~f.なので、ある。このような場面に初登場する詰
olgraveに関して
Fogle~ま次のように指摘する。
Holgrave as he is first presented to us is a man of the head or intellect
,
with the intellectual's shortcomings.って
Holgraveのここに指
J議されるよう な一階 i は確かに存在する。しかしながら,第三本の,彼 が初めて作品に現われるこの段階にあってすら,彼をた
[He is aJ respectable and orderly young man,
anだ単に
manof the head or intell肘t"と割り切ってし
artist in the daguerreotype line,
who,
for aboutまう事には燕理がある。彼に関する描写は,彼の冷たさ
three months back,
had been a lodger in a remoteのみに言及しているわけではないからである。むしろ,
gable‑quite a house by it
冊 目 ,
indeed ‑ with一番告の客として
H叩zibahの
cent‑shopに姿を見ぜ,
locks
,
bolts,
and oaken bars,
on al付 加intervening披女に影響を与える
Holgraveの記述からは, むしろ
doors. (p.30) Fogleのさし示すものとは反対の擦が浮び上ってくる。
ここでは,かなり孤立し主主立した「破風
jに 住 む
People,
li泌 Hepzibah,
who are in difficulty and 狂olgraveという事で,なるほど彼の外界との断絶があ
distress,
or in any manner at odds with the world,
らわれてはいる。が,何時に封。
19raveの住む破風は
canendure a vast amount of harsh treatment,
and Hepzi切れの屠住する量敷の一部にすぎぬという面も応
perhaps be only the stronger for it; wher側s,
theyれられてはなるまい。つまり,彼が
observer,或いは
give way at once before the simplest expres話ionofホノレグレーフ。のf
艇向J 場
what they perceive to be genuine sympathy. 50 it
は冷たきと暖かさが,少なくともこの持点では,奇妙広
provOO with伊orH叩z
ibah;for when she saw theも同居しているのである。つまり.
headと
b位rt,彼の
young man's smile‑looking 50 much the brighter知性と感性の間にはある種の
balancOOunionが あ る わぬ athoughtful face‑and heard his kindly tone
, けである。彼の気禁は第三撃のこの時点では知性の方向
she broke first into an hysteric giggle,
and thenに額いているが,作品が進むにつれ次第に彼の感性ある
began to紛b.(pp.43‑44)いは感笥の方向へと除々に動いてゆく。
HolgraveとPhoebeとの関誌
ι あっても,設の怠、進 ここにおける説。1
9raveは,少なくとも日叩zibahから的な思考と彼の冷淡さがまず強調される。彼らめ初めて 見ると,この試練の特にあって彼女が一番必要としてい の出会いにおいても.
Phoebeの彼に対する第一印象はる
genuinesympathy"を持っているのである。却論,このようなものであった。初めて告らを彼に紹分する時
Holgraveの示す sympathy"の 県 た し て ど れ 段 ど が ( 第 六 章 ) , Phoebeは
mannerof some reserve" (p.90)披本来の性袈から来るものであるかは明らかではない。 を掠たざるを待なかった。なぜ之らば,
Holgraveが吉t
こ足を入れた時t こ苛後から悲し込んでく
る 日 光 の 影 響 を 無 視 す る こ と が 出 来 な い か ら で あ る 。 . .
.she (w出Jaware that her new acq uaintance could be no other than the Daguerreotypist,
of Coming freshly,
as he did,
out of the morning light,
who間 lawlesspropensities the old maid had given he appearOO to have brought some of its cheery her a di鍬greeableidea. (p.90)influences into the shop along with him. (p.43)
これらから考えると,少なくとも次の事は一言えるように 思われる。すなわち
Hepzibahが Holgraveと会う事によってなぐさめられた時点で,設はまったくの吾なるも のではない応ぜよ,完全なる冷血漢でも無論ない。見方 によって再議にとれる人物なのである。ところが,
Hol. graveとHepzibahの間の会話が始まると被の
manofしかし時開の経過に持ってニ入の関係も次第にうちとけ たものに変化してゆく。
. . . by the pressure of the seclusion about them
,
they had been brought into habits of some fa開 miliarity. (p.175)the head or intellect"としての一面が蔀函に出てくる事:
に も か か わ ら ず , 故 然 註o
lgraveがへ..t∞calm andになる。コ人の会話が進む中で,彼の過去に対する恨み
cool an observer" (p. 177)であるという
Phoebeの印象はなかなか消えなし、。ある時,この点に関して披女は が!譲発するのでおる。
. •
.1 am a woman!" said Hepzibah piteously.i
was going to say,
a lady,
‑but 1 consider that as past."Well; no matter if it be past!" answerOO the art愉 ist. . .. (p.44)
Holgraveのこのような思考に対し.Hepzibahは震う。
These are new notions... 1 shall never underω stand them; neither do 1 wish it." (p. 45)
ここにおいては, ここの産前に
Hepzibahは
Holgraveのi 援 か
L、言葉に大い此慰められたにもかかわらず,彼女にと
って
Holgraveは本費的には newman,' the democrat at his best"告と捉えられている。
Holgraveの つ か ま えどころのなさが,
Hepzibahの彼応対する皮応をも揺り動かす結果になっている。従って,
Holgraveの 内 部 にHolgraveをかなり強くなじるα
Y ou talk as if this old house were a theater; and you seem to 1∞k at Hepzibah's and Clifford's mis欄 fortunes, and those of generations before them, as a tragOOy
,
such部 1have 淡~n acted in the hal 1
of a country‑hotel; only the pre畑 ltone app位rsto be playOO exclusively for your amusement! 1 do not like this. The play costs the performers too much and the audience is too cold.h聞 社00."(p.217)この厳しい批判を
Holgrave自身もある緯度認めざるを待ない。
Y
ou are severe!"相idHolgrave,
compel 1
ed to rec‑ ognize a degree of truth in this piquant sketch of his own mood. (p.217)弘前学院大惨紀要第19号
しかし,
Phoebeのこの非難者ど全面的に肯定するのは無理 議ぎた冷血の
observerに転落する事から教っているわ があるように思われる。
Holgraveが
observerであると けである。故に,後の内部には
observerたらんとする いう事実もまた
balancedunionの概念の中で捉えられ 訣求とそれを理性的に抑制j しようとする力のJつの詩立 るべきである。
Holgra刊veが自分白身
observerになりた する婆潔が(働動いている。この意
1味米でも後は 加
manぱ0fba開カが:つているのは確治か為である。彼拭
a
叫1ar抗tiぬstwho can work the highe側詩渋t m川1討iracle of w hich
art is capable" 10
であり,この事実は筏の
observertニ 111る事に大きく寄与している。 なぜならば, 蕗の
artistたる者泣設の京
IJff:活動を始める大前提として,議羅万象
Holgraveが銀臨写真師であるという;事も,この作
1171を正しく観察
(observe)する能力が必、史:だからである。 で
E光の持つ主主要性を考えた場合大きな意味をおびてく
Holgrave内身,自らの語集で
observerたらん肴望を述 る 。
Marksは註たと銀版写真との関認についてこのよ べている。すなわち,
Phoebeの
Cliffordの心の中をの う立述べるの
ぞき込む(
peepin" (p. 178))事に対するためらいに関
し ,
Holgraveは
1can understand the feeling,
without ... the appellation 'sun picture' was attached to possessing it" (p. 178)と条件をつけながらも次のよう
the earliest productions of Daguerre.11に明確に言い切る。
Had 1 your opportunities
,
no scruples would pre‑ vent me from fathoming Clifford to the full depth of my pl ummet・line!"(p.178)彼はこうも述べる。
I t
is not my impulse‑as regards these two indi‑ viduals‑either to help or hinder; but to look on, to analyze,
to explain matters to myself,
and to comprehend the drama which,
for almost two hun‑ dred years, has been dragging its slow length over the ground...." (p.216)それでは
Holgraveが
observerという役割合徹底的に 病じ切っているのかというと,必らずしもそうではな い
α彼の
observer志向の肴識とは巣援に彼は次のよう にも述べる。
. . . this is such an odd and incomprehensible world! The more 1 1∞k at it
,
the more it puzzles me; and 1 begin to sus戸ct that a man's bewilderment is the measure of his wisdom...A mere observer
,
like myself,
(who never have any intuitions,
and am,
at best,
only subti 1
e and acute, )
is pretty certain to go astray." (p.178‑79)
彼の鱗察の対象物の不可解性,さらには設自身の能力の
限界を彼は知り尽くしている。またこの事が?疫を,行~Hawthorne
にとっても
Fogleの指摘する知く太陽は 掛めて最大な意義を持つ。
Despite the power of blackness" that Melville ad‑ mired in Hawthorne
,
his world has its solar syシtem. The sun is its center
,
the divine light and the source of light. 12本作品中でも,
Holgraveが民党に対して言及する{置所 はしばしば見られる。
sinこも述べた通り,新しく庖を開 いたばかりの議苦しい気分に満ちた
Hepzibahをえ気づ けた
Holgraveに , 太陽の力も働いた事は確かであろ う。さらに,
Jι を立ち去る痘前ι彼は自らと太拐の関係 を次のように苦う。
my r.∞ms
, . .
1 misuse Heaven's bles総d sunshine by tracing out human features,
through its agency." (p.46)Pyncheon
畳敷の庭興での
Phoebeとの初対面において も哉は述べる。
In short,I make pictures out of sunshine" (p.91)
彼が銭版写真舗であるという事実は,彼の
o加erverと しての役割を充分に果たす事を助けている。彼はこのよ う ι 信じている。
there is a wonderful insight in heaven's broad and simple sunshine. While we give it credit only