グレッシャムと﹁グレッシャムの法則﹂
岩 松 繁 俊
一 お
よ そ
﹁ 経 済 法 則
﹂ と 称 さ れ る も の の な か で
︑
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ G r e s h a m ' s L a w は ど ひ と び と の 口 に し ば し ば の ぼ せ ら れ る も の は
︑ ほ か に あ ま り 例 を み な い と い っ て も い い で あ ろ う
︒ こ の こ と は
︑ 世 俗 に お い て 妥 当 す る ば か り で な く
︑ 学 界 に お い て も そ う で あ っ た と い え る
︒ こ れ を 証 明 す る た め に こ こ に ひ と つ ひ と つ 具 体 的 事 実 を あ げ る ま で も あ る ま い が
︑ た と え ば
︑ ア ー ヴ ィ ン グ
・ フ ィ ッ シ ャ ー I r v i n g F i s h e r は そ の 著 T h e P u r c h a s i n g P o w e r O f M o n e y , 1 9 1 1 の な か で
︑ 二 種 も し く は そ れ 以 上 の 貨 幣 の 流 通 す る 制 度 に お い て 支 配 す る 法 則 と し て こ の 名 を あ げ て
︵ 1
︶ い る
︒ フ ィ ッ シ ャ ー は
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ を 一 個 所 に お い て
﹁ グ レ ッ シ ャ ム ま た は オ レ ー ム の 法 則
﹂ と い い か え て
︵ 2
︶ も い る け れ ど
︑ こ れ は こ の 法 則 の 名 づ け 親 た る マ ッ ク ラ ウ ド H
. D . M a c L e o d
︵ 1 8 2 1
‑ 1 9 0 2
︶ が は じ め
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ と 名 づ け た も の を の ち に
﹁ オ レ ー ム
・ コ ペ ル ニ ク ス お よ び グ レ ッ シ ャ ム の
︵ 3
︶ 法 則
﹂ と 改 称 し た の に 照 応 す る
︵ 4
︶ の で あ ろ う
︒ し か し そ の 他 の 個 所 で は 単 に
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ と の み 記 し て い る
︒ ま た フ ィ ッ シ ャ ー は
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ の 通 常 の 説 明 た る
﹁ 悪 貨 は 良 貨 を 駆 逐 す る
︵ B a d m o n e y d r i v e s o u t g o o d m o n e y
︶
﹂ と い う 表 現 を グ レ ッ シ ャ ム と
﹁ グ レ ッ シ ャ ム の 法 則
﹂ 六 九
経 営 と 経 済
七O
﹁乙の言い方は正確なものではない﹂として︑﹁安い貨幣は高い貨幣を駆逐する
(5 )
円四
OR BO
ロミ)﹂という表現にかえている︒しかしそれにもかかわらず︑ブィッシャ!は︑
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︒ロ
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﹁安い貨幣は高い貨幣を駆
逐する﹂という法則がグレッシャム以前にオレlムZ
庁 ︒ Z
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目 ︒ (Z仙 の
OE50円
gB Eω )( SN ot Mω
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ゴペルニクス
Z仙 の
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岡 高 円 ロ
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手.
3 l
‑ g ω )
によってすでに唱道されていたとはいえ︑まぎれもなくグレツ
シャムそのひとによっても独立に発見された法則であり︑したがってこれを﹁グレツシャムの法則﹂とよぶのは不合
理でないというかんがえにたいしては︑いきさかの疑問もさしはさまないのである︒﹁事実において︑グレッシャム
( 6 )
の法則はその威力が強大であって︑全国民の便宜さえもこのために犠牲に供せられることがあるのであるo
﹂ま
た﹁
グ
レッシャムの法則は同一の金属をもって鋳造した二種の貨幣に適用せられるのみならず︑同時に流通する数種の貨幣
( 7 )
にもその適用をみるものであるo﹂
ブィッシャーをとりあげたのは︑前述のように︑ひとつの例にすぎないのであるが︑このように﹁グレッシャムの
法則﹂が貨幣論の専門家によってきえいささかも疑われる乙となく受容されているということは︑しかしながら﹁グ
レッシャムの法則﹂がまさしくグレッシャムの発見した法別であるという通説を根拠ゃつけるものではけっしてない︒
本稿はこのいわゆる﹁グレッシャムの法則﹂を無批判に受容することにたいして疑問を発せざるをえないという理由
から展開されようとするものである︒すなわち︑本稿は﹁グレツシャムの法則﹂といわれている法則がグレッシャム
を発見者とし︑そのゆえにグレツシャムの名を冠してよばれることの正当性いかんを検討しようとするものである︒
ただし水稿の主題にかんして注意しておかなければならないことは︑本稿は﹁グレッシャムの法則﹂といわれている
法則が経済法則として正当なりや否やを論じようとするのではなくて︑﹁グレッシャムの法則﹂といわれている法則
が真実にグレツシャムの述べた法則であるか否かを論じようとするものであることである︒﹁グレッシャムの法則﹂と
いうことばが今日あまりにも普遍化してしまった結果︑ゲレッシャムがはたして﹁悪貨は良貨を駆逐する﹂あるいは 一安い貨幣は高い貨幣を駆逐する﹂という命題を真実に述べたかどうかを疑うことはナンセンスであるかのととき印 象をあたえるかもしれない︒かりに﹁グレッシャムの法則﹂がグレッシャム自身の立言を歴史的に考証する手続きを必 要としないまでに今日それ自体に独立した生命と固有の名詞とをあたえられてひとり歩きしているのであるならば︑
いまさらその生命を断ちそれから固有名詞を剥奪する権利を主張しようとはおもわない︒もしそうではなくて︑ひと が﹁グレッシャムの法則﹂をグレッシャムの発見した法則であると思惟し︑グレッシャム自身乙れを主張したからこ そその名が冠せられているのだと臆測し︑その結果として﹁ゲレッシャムの法則﹂を固有名詞化しているのであるな らぱ︑真実にグレッシャムがこれを主張したかどうかを論ずる乙とは充分に意義のある乙とである︒
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乙の点については次節でくわしく述ベる︒
( 4 )
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1は︑マッグラウドの多数の著書のなかから︑かれが﹁グレッシヤムの法則﹂を唱道した一八五入年の書=4Z
開‑
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と乙れを修正拡充して﹁オレlム・コベルニグスおよびグレッシヤムの法則﹂と改啓
している一入九六年の書=叶Z出
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目=とのふたつを参照している︒k
(5 )
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四八
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グレッシヤムと﹁グレッシャムの法則﹂
七
経 営 と 経 済
七
すでにふれたように︑﹁グレッシャムの法則﹂の命名者はマックラウドである︒そ乙で本節においては︑マックラ
ウドのいうところに謙虚に耳をかたむけることとしたい︒
﹁エリザベス女王は王位に即くや否や︑有名なグレッシャムにうとかされて通貨の状態に注意をむけた︒かれは︑
良貨と悪貨とは同時に流通する乙とはできないという通貨にかんする偉大な根本法則を︑われわれのしりうるかぎり
最初に認識したという偉大な名誉をになっているひとであるD・:かれは女王が即位してわずか三日自にセシルわ2ロ
の紹介で拝謁し︑女王はメアリ︹女王︺がのこした国庫の枯渇状態において必要な借款をとりきめるためにただちに
かれを採用した︒ブランドルへ赴任するまえ︑かれは女王へ忠告の書簡を書き︑そのなかで︑とりわけ︑なぜ良質の
貨幣がみな流通界からすがたを消してしまったかを説明した︒乙の原因をかれはヘンリ八世による鋳貨の隠質に帰し
ている︒ところで︑かれは悪い庇質通貨が良貨の消失の原因であるという乙とを認識した最初のひとであったから︑
われわれが通貨にかんするこの偉大な根本法則をかれの名でよぶのはただ当然なことをしようとするのにすぎない︒
( 1 )
われわれはそれを通貨にかんするグレツシャムの法則とよんでよいc﹂(傍点は原文イタリックの個所)
乙れが﹁ゲレッシャムの法則﹂命名の最初の宣言である︒そしてマックラウドが乙の命名の根拠とした女王宛ゲレ
ツシャムの書簡は︑右に述べられているように︑女王の即位後ブランドルへ赴任するにあたって書いたものであり︑
マックラウドは明記していないけれども︑それはパl
ゴン
旬︒
﹃ロ
宅ロ
ωロ
自国
再開
︒ロ
が一
E524﹃27同ω0・の所蔵す
( 2 )
︑︑︑︑︑︑︑る書簡の写本からうつしとったものにほかならない︒したがって﹁グレッシャムの法則一がはたしてグレッシャムの
法則といえるかどうかを論じようとする本稿においては︑乙の書簡こそ議論の焦点となるものでなければならないc
しかしこの焦点に議論を集中することは次節にまわし︑
マックラウドは一八七三年に第三版をどした=吋宮 ここではもっぱらマックラウドの所説に耳をかたむけよう︒
( 3 )
吋町
︒︒
ミ一
鉛口
弘司
E一の昨日︒︒︒町田
ωロ
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‑
において︑はじめて︑
﹁グレツシャムの法則﹂を︑今日われわれが常識的に表現する﹁悪貨は良貨を駆逐する﹂ということばによって表現
( 4 )
しているのであるが︑これはグレツシャム自身のことばではなく︑一六九六年に出版された無名のパンフレットのな
かにある表現なのである︒﹁あらゆる国あらゆる時代に真であるとみとめられてきた経済学上の根本的普遍的法則﹂
としてかれはパンフレットのなかからつぎの語句を引用する︒﹁悪貨は良貨を流通から駆逐する(回包B︒ロミ骨
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仲間
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同円
︒自
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巳忠
吉ロ
)
︑ 0﹂﹁二種の貨幣が同一国内で︑真実価値では異なるのに名目価値では同一に流
5)
通するとき︑もっともすくない価値をもっ貨幣は流通しつづけ︑他はできるかぎりおおく保蔵されるであろうよそし
てか
れは
︑
この法則をとくに複本位制にだけ限定するのではなく︑紙幣と硬貨との関係についても拡張適用し︑紙幣
は同一名目価値をもった金属貨幣を流通から排除することがつねにみとめられるという︒さらには︑紙幣相互の関係
にもこの法則を拡張し︑価値の下落した紙幣はなおいっそう価値の下落した紙幣の発行によって流通界からすがたを
( 6 )
消すという︒
マックラウドは︑一一年後に公刊したこの書の第四版では︑この法則を若干修正しているようにみえる︒
﹁も
しも
量目の完全な鋳貨と減少した鋳貨とを同時に流通させておけば︑一万の効力は必然的に他方の効力に追随しなければ
ならない︒販売すべき商品をもっているひとびとは︑良い鋳貨で支払われるか軽い鋳貨で支払われるかに応じて商品
の名目価格に差違をつけるであろう︒すなわち︑軽い鋳貨は良い鋳貨と比較して割引かれるであろう︒もしこれをき
またげ両者を同一名目価値で流通せしめる法律があるとすれば︑あらゆるひとはできるピけ最少の費用で負債を弁済
( 7 )
・しようとつとめるであろうニすなわち︑ここでは︑悪貨と良貨とを同時に流通させていても︑悪貨は良貨を駆逐せ
グレ
ッシ
ヤム
と﹁
グレ
ッシ
ヤム
の法
則﹂
七
経 営 と 経 済
七 四 ず ︑
ただ法により悪貨と良貨とを同一名目価値で流通せしめるべく強制するぱあいにのみ悪貨は良貨を駆逐するとい
っているかのととくにみえる︒もし乙れが真実に﹁恵貨は良貨を駆逐しない﹂のが一般的であるという意味をあらわ
すのであれば︑乙れはまことに重大な修正であるといわなければならないが︑量目の完全な貨幣と減少した貨幣とが
その真実価値に応じて名目価値を異にするばあいには︑もはや良貨と.忠貨との区別自体が存在しないのであるから(
良貨と悪貨との定義をかんがえよ)﹁悪貨が良貨を駆逐しない﹂という乙とはありえず︑したがって﹁悪貨が良貨を
駆逐する﹂ことはすこしも否定されていない︒ただ悪貨が良貨を駆逐するばあいが明確化されただけであるといって
いいであろう︒
一八八九i九一年に初版︑
一八
九三
l七年比第二版を︑たした著書=叶}話︑目︒︒ミえハ
UB
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コに
おい
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マッ
々二
フ
ウドは複本位制を徹底的に攻撃し︑その有力な論者のひとりにかれグレッシャムを登場せしめている︒ところで︑
か
れはグレッシャムについて論ずるまえにオレlムおよびゴペルニクスについて論じており︑われわれにとっても後二
者が関連をもつので︑かれらにかんする叙述からみてゆくことにしよう︒
﹁︹貨幣の庇質によって生じた︺その悪をつぐない︑国家にいにしえの繁栄をとりもどそうとこころにつよく念じて
いた賢明な玉︹シャルル五世(一三六回l八
O)
︺は貨幣事情に最大の注意をはらった︒かれはその顧問のひとりでの
( 8 )
ちにリズュ
1F 2‑ 2M n
の司教になったニコラス・オレ1ムにその問題を相談した︒ォレlムは一貨幣論﹂を書いたが︑
これはまさしく近代の経済学的文献の冒頭にくらいするといっていいものである︒これは貨幣の真の機能にかんする
( 9 )
みととな議論をふくみ︑貨幣の量目︑比率および純分のいっさいの変更をもっとも精力的なことばで非難する︒﹂マッ
クラウドによれば︑オレi
ムは複本位制を維持不可能とはかんがえなかったが︑比価は金銀の市場価値に厳格に適
応して固定せられるべきであり︑そして金銀の市場価値の変動にもとづくのでなければ比価を変更してはならないと
主張している︒君主の恋意によって比価を変更してはならないっなぜなら︑君主がもし貨幣に任意の価格もしくは価
値を賦与する権利をもっているとすれば︑かれは同様に国内のあらゆる生産物の価格あるいは価値を確定する権利を
もちうるはずであるからである︒かくしてオレ1ムは一貨幣の法定比価は金属の自然もしくは市場価値に適応させら
れなければならない﹂と主張し︑﹁貨幣の比価の法定が金属の市場価値を規制しもしくは支配しうる﹂という謬見は
(叩
)
乙れを抱懐していなかった︒オレlムはさらに貨幣の減量および庭質を非難し︑なかんずく︑既質をつよくいましめ
(竹
)
それは高利よりも罪悪であるという︒つぎに︑このような貨幣の変造庭質の結果どのような事態が生ずるかについて
オレ
lムはつぎのようにいう︒金や銀が園内からすがたを消し︑より高い価値をあたえられる外国へ流出するのをい
かなる政策によってもふせぎえない︒また外国の商人は商品を国内にもたらさなくなる︒なぜならば︑商人をしてそ
の商品を国内に搬入せしめる動機は主として良質で信頼できる貨幣の獲得にあるからである︒かくして貨幣への干渉
(也
)
はあらゆる取引を混乱におとしいれ︑あらゆる信頼を破壊する︒
マックラウドはオレlムの所説をつぎのように要約して複本位制を攻撃する︒オレiムは﹁諸貨幣の法定比価のい
かなる変更も金属の市場価値の変動にしたがわなければならないとはっきりいっている︒かれは諸貨幣聞の固定され
た法定比価が金属の市場価値を支配しうるという観念にはいかなる支持もあたえない︒なかんずく︑かれはわれわれ
がグレッシャムの法則と称したと乙ろのもの︑すなわち︑
貨幣の価値きりさげないし品質ひきさげ
は金貨や銀貨が流通界からすがたを消す原因であるという法則を二百年もまえに論じていたので
( 品︒ 間
口
w仏ω
立︒
ロ
ga ao gω 05 83
ある︒しかしかれは単一金属の貨幣が本位制とし'て採用されるべきであり︑他のすべての貨幣は補助貨幣とすべきで
(旬
)
あるというロック
FS wo
の学説の先駆者ではなかった︒﹂最後にマックラウドはオレlムの論稿をいままで看過し
ていた乙とへの弁解を附加する︒乙の論稿をオレlムが書いたのは公刊される一
O
O年もまえであったこと︑そして
グレッシヤムと﹁グレッシヤムの法則﹂
一七
五
経 営 と 経 済
七六
これはもともとシャルル五世の参考のために書かれたものでひろく公刊する意図をもっていなかった乙と︑これらの
ために一般のひとにしられなかったのであるというのである︒
マックラウドは近代天文学の創立者ゴペルニクスの貨幣論をとりあげる︒はやくから数学にきわだった才 能をしめしていたゴペルニクスは︑当時プロシャを包含していたポーランドの国王であった虫色
ω自己ロ弘一世にみと
つぎ
に︑
められ︑混乱した貨幣制度をたてなおすべき意図をもっ国王の要請に応じて︑
供 品 正 問
︒ ロ ゆ 件
ω︒
︒ ロ品 ︒
ロ 品
ω︒一五二六年
︒こをあらわした︒この論稿は一八一五年にいたってケ!ニヒスペルク大学教授∞
z z
225︿忠常により発見され︑
(叫
) 翌年雑誌に発表された︒﹁ゴペルニクスは一六
O年もまえにかかれたオレlムの書をしらなかったが︑そのなかに主
(行
)
張されている学説はあらゆる点においてオレ
1
ムのそれと同一である﹂とマックラウドはいい︑その議論をたどって ゆく︒乙乙ではわれわれに関係ある部分ににけ限定してゆ乙う︒コペルニクスによれば︑最良の貨幣はその貨幣と交 換に獲得できる金あるいは銀よりも鋳造費だけすくない金あるいは銀をふくんでいる貨幣のことである︒そしてつぎ に貨幣価値下落の原因についてのべ︑ふるい貨幣が鹿賀されてまに流通しているときに良質の貨幣をあたちしく発行
するのはよろしくない︑いままでの貨幣よりもさらに質のおとった貨幣をあたらしく発行する乙とはもっとわるい︒
︑(
叩)
これはふるい貨幣の価値を減少させるばかりでなく︑乙の貨幣をただちに流通界から駆逐するのである︑という︒
つぎ
に︑
コペルニクスは貨幣の庇質がプロシャにどのような結果をもたらすかを述べる︒貨幣の皮質は現存する貨 幣の価値を下落させる︒その結果金や銀は国外へきり︑銅だけがのこることになり︑外国商品の輸入ははばまれ︑全 商業が破壊されるにいたるであろう︒どこの外国商人が︑その商品を銅貨と交換するであろうか︒われわれのうちい ったいだれが銅貨で外国商品を購入しうるであろうか︒プロシャの貨幣が庇賀されるかぎり︑それによって利益をう
るものは金匠問︒
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百三回と金融業者
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ロ︻目︒
ω ‑ o
円ピげであるP
かれらはふるい貨幣をえらびあっめ的解して
銀を売るつふるい貨幣がほとんどなくなってしまうと︑のこっている貨幣のうちで最良のものをえらびだして最忠の ものだけしか流通界にのこさない︒したがって︑金や銀︑穀物その他の食料︑工業坐産物その他あらゆる生活必需品
の価格が上昇する︒われわれが怠惰でさえなければ︑この価格の上昇が貨幣の庇質からおこったのだということは容
易に理解できる︒事実︑価格は金貨や銀貨が鹿賀されるか改善されるかに応じて騰貴したり︑下落したりするのであ
(行
) る︒そこでプロシャの貨幣を改善して害悪をなくそうと欲するならば︑まず造幣局の乱立をあらためて統一しなけれ ばならない︒そして貨幣はきめられた法規に準拠して鋳造されなければならない︒国王といえどもその鋳造から利益
をうる権利はもたない︒つぎに︑あたらしい貨幣とふるい貨幣とが同時に流通する結果生ずる混乱におちいらないた
めには︑あたらしい貨幣を発行すると同時に︑ふるい貨幣の通用を廃止しそれを造幣局においてその市場価値で交換 したあと︑その使用を全面的に禁ずることが必要である︒そうしなければ良貨を発行する意味はない︒ふたつの貨幣
の共存はあたらしい貨幣の利益をすべて破壊し︑現在の混乱は依然としてつづくであろう︒つぎに金貨と銀貨との比
価は金地金と銀地金との比価にひとしくなければならない︒なぜなら金と銀とのあいだの比率は鋳造されたばあいも 純地金のばあいも同一であるべきだからである︒当時あらゆる国において純金一ポンドは純銀一二ポンドにひとしか
(市
)
った
コペルニクスの所説を以上のように述べたあと︑かれとオレlムとの一致点をつぎのように要約マックラウドは︑ ︒
する
︒
(一)国王あるいは法律または他のいかなる条令といえども貨幣の価値を規定することはできない︒
(二
)国
王あるいは法律がなしうることはただ貨幣の名目︑量目および純分を一定に維持すること︑にげである︒(三)国王が
貨幣の名目を変更し︑量目を減じ︑純分をおとすのは略奪行為である︒
とを同時に流通させるζとは不可能である︒良貨はすべて保蔵され溶解されあるいは輸出される︒流通界にのこるの (四)量目のたどしい良質の貨幣と皮質貨幣
グレ
吋ノ
シャ
ムと
﹁グ
レッ
シャ
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法則
﹂
七七
経 嘗 と 経 済
七 Y¥
は尼質貨幣のみである︒
(五)金貨と銀貨とは金銀地金が市場においてもつ比率と同一比率をもたなければならな
(旬
) い︒そして乙の比率は金と銀との市場比価が変動したばあい以外にはけっして変更してはならない︒
これら五点のうち︑
(四)乙そは︑いうまでもなくマックラウド自身がグレッシャムの法則と命名していたものに ほかならない︒そ乙でマックラウドは﹁これらの偉大な著者たちはわれわれがグレッシャムの法則と名づけたものを
(却
) 完全に認識し︑かっ︑ききんじていた﹂というのである︒そしてすでに述べたように︑
マックラウドは複本位制攻撃 の過程において﹁これらの偉大な著者たち﹂とグレッシャムとをとりあげたのであって︑これらの偉大な著者たちは 複本位制攻撃の立場にたつと解釈するのである︒
現 代 の
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学 説 は しかし﹁グレッシャムの法則﹂が複本位制を攻撃す る意味をもっているかどうかについては問題がある︒乙の点についてはあとでもふれるつもりであるが︑とりあえず 注意しておかなければならないことは︑﹁グレッシャムの法則﹂が(四)にかんするものであるのにたいし︑複本位 制否定は(五)にかかわるということである︒もちろん(五)がそれ自体で複本位制を否定する意味をもつものでな い乙とはマックラウドといえども認識していた︒複本位制否定の明確な主張はペティやロックにもとめるべき乙とを マックラウドは述べている︒しかし複本位制否定の根拠は︑結局そのもたらす弊害の根源を認識するところにあり︑
その弊害は金銀貨をその比価が金銀地金の市場比価から手離したまま無制限に流通させることによって生ずるのであ り︑乙の弊害の根源の認識はすなわち上述(五)の認識にほかならない︒ただこの弊害をもって︑従来の制度のなか で技術的に克服しうるものとかんがえるか否かという二者れ一より︑複本位制にたいする態度の差違が由来する︒し
(泣
) かもこの弊害が激化するのはポトシ銀山の発見(一五四五年)にともなう銀の量の激増以米であるという歴史的背以 を考慮するならば︑オレ
l
ム ︑
ゴペルニクスとペティ︑ロックとの差は理論的には︑きわめてわずかのへだたりにすぎ
ないといえるであろう︒しかしこれはあくまでも(五)にかんしていえる乙とであって︑(四)すなわち﹁グレッシ ャムの法則﹂にかかわるものではない︒もちろん︑悪貨と良貨との意味を想起すればたにちにわかるように︑ふたつ
の点はけっして関係なしとはいいえない︒しかしその関係は等級︒︒︒EE巳芯ロのそれではなく︑(五)は(四)に
包摂されるという下級
︒
z t
EZS
ロZ
の関係である︒なぜならば︑たしかに一六世紀中葉以降銀の金にたいする市 場比価が不断に低下し︑金の銀にたいする市場比価が不断にその法定比価をうわまわる時代においては︑金貨はうた がいもなく良質であり銀貨は悪質であって︑金貨は溶解されネ
lダl
ラントへ輸出されに︒しかし歴史をさらに複本 位制なかりし時代にまでさかのぼるとき︑そこにも悪貨と良貨とが存在していたことをわれわれは理解するからであ
る︒それをわれわれはマックラウド自身の叙述のなかからひき︑にすことができるc
それはかれがイングランドにおけ
る貨幣の歴史を略述する部分にある︒かれはエドワード三世の一一三一二年における貨幣制度改善策を論じつつ︑当時
の経済論者たちの無知をつぎのように指摘する︒
きない︑悪貨はつねに良貨を駆逐する︑という・のちにオレ
l
ム︑ゴペルニクスおよびゲレッシャムによって暴露さ
(幻
) れた・貨幣にかんする偉大なる根本法則をまど発見していなかった︒﹂かれがグレッシャムの法則をオレ
lム・コペ
ルニクスおよびグレッシャムの法則と修正している乙とも問題とすべきは論をまたないが︑乙こではとりあえず︑一
三三一年当時にはまピ金貨が発行されていなかったということに注目しよう︒すなわち︑
Z2 BS
ゎoロ
GC
Oω
件 以 後 はじめて︑へンリ三世(一二一六
l
七二)の第四一年︑二一五七年にひとたび金貨を発行したけれども商人がこれを
( μ ) (
お ︺ うけとることを拒絶したため回収し︑二二四四年にいたってようやく金貨を鋳造発行したのである︒イングランドに おける複本位制はこのときにいたって成立したコかくして︑グレッシャムの法則(あるいはオレ
lム・コペルニクス ﹁当時の経済論者たちは︑良貨と悪貨とは同時に流通することがで
およびグレッシャムの法則)はそれ自体けっして復本位制のみを対象とするものでないことをマックラウド自身の叙
グレッシヤムと﹁グレッシヤムの法則L
七 九
経 営 と 経 済
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述がしめしているコ
かれはさらに︑複本位制下︑
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メアリ女王の貨幣改鋳(改.思および改善)について議
論をすすめ︑当時の政治家経済論者たちが良貨を発行してもそれがただちにすがたを消してしまうことにまったくこ
まりはてた事情を述べる︒乙乙でもかれらは︑オレlム・ゴペルニクスの法則をしらなかったのであると説明されて
(お
)
いる︒マックラウドがζ乙で指摘し非難しているのは︑複本位制それ自体ではなくて良貨を発行しつつ依然として悪
貨を流通界からひきあげなかったことにたいしてである︒
﹁エリザベスは王位に即くや否や﹂とかれはつ‑つける︒﹁兄がはじめた貨幣の大改革を完成しようとかんがえた︒
それは︑良貨と悪貨とは同時に流通することができないということをこの国ではじめて彼女に指摘した有名なグレツ
︑ ︑
シャムによってうとかされたのである︒事実は数世紀にもわたる経験であまりにもよくしられていに︒しかしグレツ
シャム以前に乙の国でこれらの事実のあいピの必然的関係を認識したひとはひとりもいなかった︒かれは女王に宛て
て書簡を書き︑へンリ八世による鋳貨の毘質がすべての良貨の消失の原因であ払と説明した︒かくて︑かれはこの国
ではじめてふたつの事実が原因と結果として必然的に関係づけられていることをしめしたのである︒一八五八年に︑
われわれは貨幣にかんする乙の偉大な根本法則が?ゲレッシャムの法則﹄の
3 ω
﹃ωヨ
〆戸
ωぎなる名称でよばれるべき
乙とを示唆した︒そしてこれは現在ひろく採用されている︒しかしそのときわれわれは︑この偉大な法則が二ハ二年
まえにオレlムによって︑三二年まえにゴペルニクスによって論証されていたことを︑かれらの論文が一八六四年ま
で一般流布用として出版されていなかったために︑しらなかったのである︒またグレッシャムがこれらの論文につい
て何かをしっていたと推測すべき理由もない︒というのは︑それらはただかれらのそれぞれの君主におしえるために
書かれた覚書にすぎず︑また一般に普及していなかったからである︒これら三人の有名なひとびとは︑したがって︑
独立の発見者であり︑そしてそれゆえにとの法則は﹃オレlム・コペルニクスおよびゲレッシャムの法則﹄
(幻
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ω﹃ω自と名づけられるべきであるo﹂(傍点は原文イタリック体)
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︒一
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いまや﹁グレッシャムの法則﹂の名によって普及せられている法則は︑命名者自身の見解にもと事ついて︑
﹁オ
レ
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ム・コペルニクスおよびグレッシャムの法則﹂とよばれなければならない︒
マックラウドは一八九六年にいたって
(却
)
=叶
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回 目
ω件
︒ミ
︒問
問︒
︒ロ
Bωこを公刊し︑そのなかの二個所で﹁ゲレツ︒芯
シャムの法則﹂にふれている︒しかしととに述べられている内容は︑前著﹁信用の理論﹂に述べられている内容とい
ささかも異ならず︑ただ前著における詳細をきわめた説明がとこではおもいきって省略きれ通読するのに便となった
ζとピげがあたらしい点である︒ととでは最後の結論
r
けを引用しておとう︒ごグレッシャムの法則ムは普遍的である︒なぜならば︑それはあらゆる時代あらゆる国において普遍的な人間性の本能と特質︑すなわち︑できうるかぎ
り利益をつかもうとする本能と欲求に基礎をおいているからである︒そしてあらゆる時代あらゆる固において︑
ひと
びとは法律が低く評価しすぎる鋳貨を溶解したり輸出したりすることによって利益がえられるという乙とをしってい
(m
m)
るのであるo﹂
以上われわれは︑﹁グレッシャムの法則﹂の命名者マックラウドの見解をその著書について順次検討してきたので
あるが︑乙こでかれの見解を要約しておこう︒
﹁グレッシャムの法則﹂は﹁オレlム・コペルニクスおよびグレッシャムの法則﹂と修正されなければなら
ない︒しかしグレッシャムが乙の法則の独立の発見者であることにはいささかの訂正もくわえられない︒
つぎに︑この法則はいくつかの異なった表現をもっている︒﹁悪い庇質通貨は良質貨幣の消失の原因である︒﹂﹁悪 ま
ず︑
貨は良貨を流通から駆逐するD﹂﹁二種の貨幣が同一国内で︑真実価値では異なるのに名目価値では同一に流通すると
グレ
ッシ
ヤム
と﹁
グレ
ッシ
ヤム
の法
則﹂
7¥
経 嘗 と 経 積 八 二
(叩
)
き︑もっともすくない価値をもっ貨幣は流通しつづけ︑他はできるかぎりおおく保蔵されるであろう︒﹂﹁貨幣の庭質
は金や銀が流通界からすがたを消す原因である︒﹂﹁量目のただしい良質貨幣と皮質貨幣とを同時に流通させることは
不可能である︒良貨はすべて保蔵され溶解されあるいは輸出されるこ﹁流通している通貨のうち最悪のものが全通貨
(引
)
の価値を規定し︑あらゆる他の通貨を流通から駆逐するよこれらはしかしながらまったく同一の意味を表現したも
のにほかならない︒
この法則はときとところのいかんをとわず成立する普遍的法別である︒したがって︑復本位制たると単本位制たる
(位
)
と︑金銀貨たると銅貨たると︑さらには紙幣たるとをとわず成立する法則である︒マックラウドはつぎの三つのぱあ
いにこの法則を適用する︒(一)単本位制のばあい(イングランドの初期貨幣制度におけるがととし)︒乙のばあい
には︑削減され品位をおとされ鹿賀された貨幣と良貨とがともに流通させられると︑良貨はすべて流通界からすがた
を消す︒良貨は
ω
保蔵されるかω
溶解されるかω
輸出される︒いかなる法律もこれをふせぐ乙とは不可能である︒そして悪貨のみが流通する口(二)二種の金属︑たとえば金と銀とからなる貨幣が一定の法定比価で無制限に同
時に流通する複本位制のばあい︒このばあい︑法定比価が市場比価と異なると︑低く評価された貨幣は流通界からす
がたを消し︑保蔵されるか溶解されるか輸出される︒高く評価された貨幣のみが流通をつ事つける︒(三)異なった金
属を本位貨幣として使用している国と国とのばあい︒両国のあいだにある固定した為替平価司里丘同
uS Fg mo
を確
(犯
)
立し維持することは不可能である︒
以上の要約であきらかなように︑マックラウドの定式佑した﹁法則﹂は︑表現万法に若干のニコアンスの相異こそ
(加
)
あれ︑︑きわめて明確である︒ところが︑かれはこの﹁法則﹂を︑複本位制を非難し単本位制を擁護せんとする自己の
強烈な立場において主張するために︑かれのこの﹁法則﹂にたいする単純明快な見解が複本位制にたいする説明と錯