一 はじめに 北園克衛とシュルレアリスムとの関係は︑どのようなものだっ
たのか︒ここではまず北園とシュルレアリスムの出会いについて
概略した上で︑先行研究についてまとめてみたい︒澤正宏は日本
におけるシュルレアリスムの始まりについて︑﹁一九二五年一一
月にはヨーロッパで直接に超現実主義運動にふれた西脇順三郎が
留学を終えて帰国しており︑日本における超現実主義の詩の独自
の受容の歴史は一九二六年︵大一五︶から本格的に始まることに
なる︒︹中略︺一九二六年には︑三二歳の彼は︑当時学生であっ
た瀧口修造︑上田敏雄︑上田保︑佐藤朔︑三浦孝之助︑中村喜久
夫らとともに︑主に超現実主義を含めた二〇世紀ヨーロッパの新
詩運動を語る文学サークルを形成させており︑これが日本の超現
実主義の詩の運動を雑誌のかたちで展開させていく母胎となった
のである 1﹂と述べているが︑北園もこの西脇を中心とする詩人グ
ループの周辺でシュルレアリスムと出会うことになる︒北園は︑ 当時のことについて﹁シュルレアリスムは慶応に西脇さんがい
て︑その教え子達が僕の所へ持ち込んだんです︒僕は当時ダダは
知っていたけれどシュルレアリスムには近くなかった︒けれども
上田︵敏雄︶君とその弟の保君とは深く交際を始めまして︑最初
はそういう交際の中から知識が積み重ってきた︒シュルレアリズ ママ
ム中期には︑神楽坂の白十字で佐藤朔とか滝 ママ口君と定期的な会合
を持ったこともありますが︑僕と上田君はブルトンやアラゴンの
やり方があまり面白いとはおもえなかったので︑勝手に宣言など
を作ってあちこちに送っていたものです︒だから滝 ママ口君の書いて いるものとはずいぶん違っていた 2﹂と述べている︒
このように北園は︑大まかにいって一九二六年から一九三〇年
にかけての時期に︑上田敏雄や瀧口修造らと交流しながらシュル
レアリスムについての知識を吸収しつつ︑また自身もシュルレア
リストとして活動していた︒しかしここで重要なのは︑﹁僕と上
田君はブルトンやアラゴンのやり方があまり面白いとはおもえな
かった﹂という言葉に端的に表れているように︑北園の関心の中
北園克衛のシュルレアリスム
││ 反復表現がもたらすもの ││
大 川 内 夏 樹
心を占めていたのは︑単にフランスのシュルレアリスムを正確に
理解し︑模倣することではなかった︒むしろフランスのシュルレ
アリスムをインスピレーション源としながらも︑それとは異なる
自らのシュルレアリスムを展開することを目指していたといえ
る 3︒では先行研究においては︑こうした北園とシュルレアリスム
の関わりはどう論じられてきたのだろうか︒
北園のシュルレアリスムとの関係について︑しばしば指摘され
ることとして︑北園はシュルレアリスムの思想を十分に理解して
おらず︑詩の方法や表現スタイルのみを取り入れたというものが
ある︒そしてこうした観点は︑論者の北園に対する評価の如何に
かかわりなく共通している︒試みにいくつかの論を引用するなら
ば︑﹁北園克衛は明らかに詩の方法としてそれを採り入れたので
ある︒︹中略︺北園克衛は詩の組織学的な形態として移植した 4
﹂ ︑
﹁抽象的︑というよりもむしろ一貫して意匠的な詩風であり︑そ
こにはシュルレアリスムを革命的な本質において捉えるというよ
り︑ポエジーの純粋さを実験する一手段として︑この運動に共鳴
した点が見られる 5﹂︑﹁シュルレアリスムをかなり表面的にとら
え︑自動記述についても︑それを彼の新しい言葉の創造のための
方法論としてとらえていたように思われる 6﹂︑﹁北園にとってシュ ルレアリスムは︑彼の詩法上の一つの実験にすぎなかった 7﹂と
いったものが挙げられる︒このような指摘がなされる要因の一つ
としては︑先にも確認したように︑北園がフランスのシュルレア
リスムを正確に理解することにあまり関心を示さなかったことが
あると考えられる︒しかしここで問題にしたいのは︑多くの先行 研究が北園のシュルレアリスム受容について︑その方法的側面に着目しているにも関わらず︑実際に北園の詩を細かく分析しながら︑その表現方法上の特徴について考察しているものは︑それほど多くはないということだ 8︒またそもそも北園の詩の方法が︑ど
のような経緯で生まれたのかという点については︑ほとんど論じ
られていない︒
そこで本稿では︑まず北園が日本のシュルレアリスムの運動に
積極的に関わっていた一九二六年から一九三〇年頃の詩に︑どの
ような表現方法上の特徴が見られ︑それが具体的に何に触発され
ることで生み出されたのかを指摘したい︒そして︑そうした方法
を用いて書かれた詩が︑いかなる性質を持っているのか︑またな
ぜ北園がそのような表現方法を用いたのかを明らかにし︑シュル
レアリスト時代の北園の詩の特性について考察したい︒
二 シュルレアリスム詩の受容
北園克衛のシュルレアリスム受容について考えるにあたり︑ま
ず北園が亜坂健吉名義で発表した﹁魔女の灰﹂︵﹃薔薇・魔術・学説﹄
第一年第二号︑一九二七・一二・一︶という詩の一節を引用したい︒
1 あなたはあなたのわたくしである︒2 あなたは空間と時間のなかに結晶と蒸発と揮発の作用を みだしえたわたくしである︒3 あなたは結晶よりもなめらかに結晶よりもひややかなわ たくしである︒4 あなたはあのはるかな百万光年のかなた物理学的純粋空
間のなかの発光することなきわたくしである︒5 あなたはいくたびかイタリヤ色の結晶面に真空となつて
浮びえたわたくしである︒
︹行頭の数字は原文ママ・筆者注︺
右の引用の表現上の特徴は︑﹁あなたは〜わたくしである︒﹂と
いう言い回しが何度も繰り返されている点にある︒実は北園が同
人として参加しており︑日本のシュルレアリスムの展開において
重要な役割を果たした﹃文芸耽美﹄︑﹃薔薇・魔術・学説﹄︑﹃衣裳
の太陽﹄といった雑誌に掲載されたフランスのシュルレアリスム
詩の翻訳には︑﹁魔女の灰﹂と類似した表現を見出すことができ
る
︒その一例として
︑ポール
・エリュアール
︵上田保訳︶
﹁LA
PAROLE︵語る︶﹂︵﹃文芸耽美﹄第二巻八月号︑一九二七・八・一︶の
一部分を挙げる︒
ぼくは脆弱な麗はしさをもつそれは幸福である
ぼくは風たちの屋根のうえをすべる
ぼくは満潮の海の屋根のうえをすべる
ぼくは感傷的になつてゐる
ぼくは最早その指揮者を識らない
右の引用には︑﹁ぼくは〜﹂という言い回しが繰り返されると
いう点で﹁魔女の灰﹂と類似している︒そして︑このように同じ
言い回しを反復する表現としては︑﹁LA PAROLE︵語る︶﹂の他 にも︑上田保が﹁仏蘭西現代詩の傾向 ルイ・アラゴンに就て﹂︵﹃文芸耽美﹄第二巻第四号︑一九二七・五・一︶の中で訳出したエリュ
アール﹁Le ママjoueur﹂の﹁僕は先づぼくの手を曲げる︑僕は反射す る︑僕はきみにぼくの手を与える︑僕は反射する﹂という一節や︑
ルイ・アラゴン︵上田保訳︶﹁三月の美麗なる麦酒 ジァン ベル
ニエに贈る﹂︵﹃文芸耽美﹄第二巻一一月号︑一九二七・一一・一︶
の﹁
私
は貴方を讃へる/私は貴方を尊敬する/私はあなたの首に接吻す
る﹂という一節等が挙げられる︒さらに︑少し傾向の異なるもの
としては︑エリュアール︵上田保訳︶﹁GEORGES BRAQUE﹂
︵ ﹃ 文
芸耽美﹄第二巻第四号︑前掲︶の﹁翅のうちの円い鳥類のやうに/
鉱石体のうちの尖つた葉のやうに/睡眠のうちの飾らない人間の
やうに﹂というように﹁〜のうちの│のやうに﹂を繰り返すもの
もある︒ また北園は︑上田保らの翻訳を通してだけでなく︑フランス語
でもシュルレアリスム詩に触れていたと考えられる︒先に引用し
た﹁LA PAROLE︵語る︶﹂は︑訳詩の末尾に﹁詩集﹁復習﹂より﹂
と記載されていることから︑エリュアールの詩集﹃復習 9﹄から訳
出したものであることが分かる︒この詩集には︑﹁Les anges des
bouquets dont les fleurs changent de couleu Ar﹂という一節を含
む﹁Porte ouverte
﹂という詩が収録されているが
︑北園はこの
一節をそのままタイトルに用いた評論﹁LES ANGES DES BOU-
QUETS dont les fleurs changent de coulen ママr﹂を﹃詩と詩論﹄の
第六冊︵一九二九年一二月一〇日︶に発表しており︑それ以前に﹃復
習﹄を読んでいたことが推定される︒そして︑この﹃復習﹄には︑
﹁LA PAROLE︵語る︶﹂以外にも︑﹁Dans un coin l’inceste
agile/Tourne autour de la virginité d’une petite robe/Dans un coin le ciel délivré/Aux épines de l’orage laisse des boules
blanche Bs﹂のように
﹁
Dans un coin
︹=ある片隅で
・筆者注︺
﹂ を繰り返すものや
︑﹁
C’est
un plaisir, c’est
un désir, c’est
un
tourmen Ct﹂のように
﹁
C’est
〜
︹
=それは〜である
・筆者注︺
﹂
を繰り返すものなど︑反復表現を用いた作品が多数収録されてい
る︒ このように︑反復表現は︑この時期に北園が受容したシュルレ
アリスム詩の一つの特徴であるといえるが︑おそらく北園はこれ
らの詩から刺激を受けることで︑﹁魔女の灰﹂に見られるような
表現を用いることになったと考えられる︒では続けてもう一つ︑
北園がシュルレアリスム詩から学んだと考えられる反復表現につ
いて考えてみたい︒次に引用するのは﹁欧羅巴の爪﹂︵﹃衣裳の太陽﹄
第二年第三号︑一九二九・一・一︶の一部である︒
彼れの美しい指は彼れの美しい星をかぞへてゐる
彼れの星に光つた胸 彼れの星に光つた睫毛は天空にのぼる
彼れは彼れの腕をそれらの星等の方へまげる
右の引用を読んで︑まず気になるのは︑﹁彼れの﹂という語の
反復である︒こうした執拗な繰り返しは︑日本語としてやや不自
然な印象を与えるが︑実はこのような表現もシュルレアリスム詩
の受容を通じて生み出されたものだと考えられる︒ではこの点に
ついて考察するために︑アラゴン︵上田敏雄訳 D︶﹁春の歴史﹂
︵ ﹃ 文
芸耽美﹄第二巻第四号︑前掲︶の一節を引用する︒
四月はまたふたたび生れてしまつた︑彼のリボンそして彼の
光り
彼の億万の小さいさけび彼の優しい雛鳥のなき声 彼の婦人の頭髪を縮らせる為めに用ひる銅線を巻いた棒彼のをとこ達そして彼のをんな達
この詩には︑北園の﹁欧羅巴の爪﹂と同様に︑﹁彼の﹂という
語が繰り返し用いられている︒このような表現も同時期に紹介さ
れていたシュルレアリスム詩にしばしば見られるものである︒例
えばアラゴン︵上田保訳︶﹁血統の人間・肋骨﹂︵﹃文芸耽美﹄第二巻
第四号︑前掲︶の﹁彼は彼に彼の国家の恋歌をうたつた﹂という
一節や︑あるいはエリュアール︵上田保訳︶﹁あとに続くもの﹂
︵ ﹃ 文
芸耽美﹄第二巻八月号︑前掲︶の﹁其の口の内の愛︑それらの毛髪
の内の美麗なる鳥﹂という一節等が挙げられる︒
そして︑こうした反復表現を含むシュルレアリスム詩の翻訳に
ついては︑興味深い現象を指摘することができる︒まず先に引用
したアラゴン﹁春の歴史﹂を例に考えてみる︒この詩のフランス
語原文は︑﹁Avril renaît Voici ses rubans et ses flammes/Ses mille petits cris ses gentils pépiements/Ses bigoudis ses fleurs ses hommes et ses femme Es﹂である︒ここで注意しておきたい のは﹁ses︹=彼の︑彼女の︑その・筆者注︺﹂という所有形容詞
の繰り返しだ︒こうした反復は︑一つには表現上の工夫として意
図的になされているという面があると考えられる︒だがそれと同
時に︑フランス語では︑基本的に名詞には冠詞等が付されるため︑
いわば文法上の要請の結果としてこのような反復が生じていると
もいえる︒
次に上田敏雄訳の﹁春の歴史﹂について考えてみる︒上田は︑
この﹁ses﹂を全く省略せずに︑逐一﹁彼の﹂という語に訳して
いる︒このような訳は︑原文の意味や形態を維持するには妥当だ
と考えられる︒しかし︑日本語の場合︑﹁彼の﹂という語は︑文
法上不可欠なものではないために︑やや不自然な印象を与える訳
文だともいえる︒
さらに続けてもう一つ別の例についても見てみることにする︒
先にも一部引用したエリュアールの﹁あとに続くもの﹂には︑﹁眠
る︑ひとつの眼の内の月と他の眼の内の太陽﹂という一節がある︒
この部分の原文は︑﹁Dormir, la lune dans un œil et le soleil dans
l’autr
Fe﹂となっているが︑ここで注目したいのは﹁un〜l’autre
︹=
一方の〜他方の〜・筆者注︺﹂という慣用表現である︒これは英
語の
︿ one〜the other
﹀同様
︑〜の部分の語句を繰り返す手間
を省くための表現だが︑上田保の訳では﹁ひとつの眼の内の月と
他の眼の内の太陽﹂と︑わざわざ﹁眼の内の﹂を繰り返して訳し
ている︒これも訳し方によっては︿一方の眼の内の月そして他方
の太陽﹀とすることもできることを考えるならば︑もしかすると
上田保は︑意図的にこのような反復を含む訳文にしたのではない
かとも思われる︒
これはあくまで推測に過ぎないが︑上田敏雄や上田保は︑敢え
て特定の語句を繰り返し︑日本語として不自然な訳文にすること
で︑シュルレアリスム詩が持つ不可思議な雰囲気を文体のレベル
でも作り出そうとしたのではないだろうか︒この時期の上田敏雄
や上田保の作品には︑例えば﹁私は理解しえませんでした/私は
空間の陶酔に白い魚の位置を定めることに才能を持ちえませんで
した/私は非常に衰弱した空間のお城の水を飲みえたでありませ うか﹂︵上田敏雄﹁水﹂﹃文芸耽美﹄第二巻七月号︑一九二七・七・四︶
や﹁彼の揺ぐ鼈甲のうへで彼は彼の魔術である砂礫に呪はれた恋
の炎を加へる﹂︵上田保﹁化粧せる頸﹂﹃薔薇・魔術・学説﹄第二年第一
号︑一九二八・一・一︶のように︑北園の場合と類似した反復表現
が見られることからも︑奇妙な翻訳文体に詩的効果を見出すよう
な共通認識が彼らの中で形成されていたことが推測される︒
しかし︑これらの反復表現を用いた上田敏雄らの作品と比較し
た場合︑北園の詩には︑一つの特異な性質が認められる︒それは︑
反復表現が︑単に表現形式上の新奇さやおもしろさをもたらすだ
けでなく︑作品を成立させる原理のようなものとして機能してい
るということだ︒では次節以降︑いくつかの詩を取り上げながら︑
北園がフランスのシュルレアリスム詩から抽出した反復表現を
様々に変奏しながら︑どのような言語表現上の実験を試みたのか
を考えてみることにする︒
三 反復表現の使用法
水晶にみちた浴室にすむ明眸の魚 砂丘にみちた楽園にす む永遠の鳳凰 自己は白金の果実にみちた果樹園にすむ魔女 とともにある甘美の奇蹟的である 汝その美麗の霊魂 白粉 の星にみちた巴里の菓子箱 汝それは月世界の甲虫 盲目の 珊瑚 聾啞の鯨 汝その怠惰の蜘蛛 扮装の蚯蚓 祝典され た連発拳銃 マ重 マ心なき静止の球形である 氷山にみちた弾力ある現象 極光にみちた峻厳ある思索
雲帯の秘曲 脳細胞の線あるひは無限の立体派 決定された 円錐曲線 大理石の樹木にをける骨骼の位置に宮殿あるひは 手術台にをける解剖刀の猫のための思惟 架空された魔女の 胸隔にをけるタ ママイプライタア 距離にをいて理智的である卵 化身された海蛇とともに舞踏する魔術の神秘的である 右の引用は亜坂健吉名義で発表された﹁宝石の距離﹂︵﹃薔薇・
魔術・学説﹄第二年第一号︑前掲︶の第一・二聯である︒野田尚稔は
﹁宝石の距離﹂について﹁自動記述を思わせる書き方になってい
るが︑その語句は次に続くセンテンスとの関係で︑意識的に選択
されている G﹂と指摘しているが︑こうした観点から︑この詩をも
う少し詳しく分析してみることにする︒右に引用した部分には︑
繰り返し用いられるいくつかの言い回しが見られる︒具体的に
は︑第一聯前半の﹁〜にみちた│にすむ⁝﹂︑第一聯後半の﹁汝
その︵れ︶〜﹂︑第二聯冒頭の﹁〜にみちた│ある⁝﹂︑第二聯中
盤の﹁〜にをける│﹂といったものだ︒さらに第一聯と第二聯を
見比べてみると︑﹁〜にみちた│﹂に始まり︑基本的には名詞で
終わる短い詩句が続いた上で︑最後は﹁〜である﹂と締めくくら
れるというように聯全体の構造が非常に似通っているが︑こうし
た聯の構造は最後の第四聯まで維持されている︒
このように﹁宝石の距離﹂には︑いくつかの反復表現が見られ
るが︑この詩において特徴的なのは︑それが詩に用いられる言葉
の選択と深く結びついているということだ︒この点について︑第
一聯冒頭の二つの文を例にとって考えてみる︒﹁水晶にみちた浴
室にすむ明眸の魚 砂丘にみちた楽園にすむ永遠の鳳凰﹂という 二つの文は︑どちらも﹁〜にみちた│にすむ⁝﹂という言い回しを核として組み立てられている︒次にそれ以外の部分に目を向けると﹁水晶﹂に対して﹁砂丘﹂︑﹁浴室﹂に対して﹁楽園﹂︑﹁明眸
の魚﹂に対して﹁永遠の鳳凰﹂というように︑音数や文字数がほ
ぼ同じになる言葉が選ばれていることが分かる︒また文末の﹁魚﹂
と﹁鳳凰﹂に関していえば︑どちらも生物︵﹁鳳凰﹂は架空のもの
だが︶であるという点において一致している︒このように﹁宝石
の距離﹂では︑単に同じ言い回しが繰り返されているだけでなく︑
それと組み合わせられる言葉も音数や文字数︑さらには言葉の意
味においても統一の取れたものが選ばれており︑作品全体が反復
表現を核とした一定のパターンの下に組み立てられているといえ
る︒ それではこのような表現上の試みの意味をどう理解すればいい
のだろうか︒後にも詳しく論じるが︑このように特定の表現パ
ターンが重視される場合︑例えば定型詩における音数規則のよう
に︑作品中に書き手の自由にならない要素が入り込んでくること
になる︒近代詩の歴史においては︑定型性は︑書き手の自由を阻
害するものとして排除される傾向にあったが︑北園は敢えてその
ような定型に近いものを自らの詩作の中に取り入れようとしてい
るように見える︒
そして北園の詩においては︑こうした定型性を伴う反復表現
は︑それ自体が核となって︑ある面では書き手の意図に制限を加
えつつ︑言葉そのものの自己増殖や自己運動ともいうべき現象を
引き起こしていると考えられる︒例えば第一聯後半の﹁汝それは
月世界の甲虫 盲目の珊瑚 聾啞の鯨 汝その怠惰の蜘蛛 扮装
の蚯蚓﹂という箇所に顕著に表れているが︑最初の﹁月世界の甲
虫﹂という詩句が︑それと並列可能な音数︑文字数︑イメージを
持った﹁盲目の珊瑚﹂や﹁聾啞の鯨﹂といった言葉を連鎖的に引
き寄せているように見える︒つまり︑ここで用いられている言葉
の選択は︑もちろん作者自身の判断によるものではあるのだが︑
それと同時に︑この詩の基礎となっている反復的な表現が要求し
たものでもあるということだ︒
いま取り上げた﹁宝石の距離﹂は︑反復表現を用いた北園の詩
の特性を端的に示すものではあるにしても︑やや機械的あるいは
単調な表現になっているともいえるかもしれない︒そこで次に︑
より複雑な試みがなされている詩を取り上げてみる︒A 水晶の詩人は眼を眠る 水晶の詩人は眼を醒ますB 水晶の詩人は砂漠の園に語る C 彼れは荘厳なる天体の植物を刈る純粋の婦人を見るD 純粋の婦人は荘厳なる水晶のボオトに乗つてゐる さう
して彼女の崇高のパラソルが彼女の崇高の瞳の上に開いて
ゐるE 彼女も亦荘厳なる婦人であつたF 水晶の詩人は眼を眠る 水晶の詩人は眼を醒ますG 水晶の詩人は水晶のバルコンにゐるH 彼れはそこに水晶の眼鏡をかけて尖塔の荘厳なる婦人を
月光と海水であやつる聡明なる魔術家を見たI 純粋に聡明なる魔術家は純粋に冷静なる水晶の詩人であ るJ 諸君は水晶の詩人を見たか?
K 彼れの頰には秋の果樹園の花嫁の微笑と神秘があるL 彼れは波止場の椅子に露天商人の如く奢侈を極めて坐るM 彼れは零落せる羅馬法王の如く完全であるN 諸君は馬鹿者である
右に引用したのは﹁月夜の肖像及び詩人の物語﹂︵﹃衣裳の太陽﹄
第二年第四号︑一九二九・二・一︶という詩の全文である︒なお便宜
上︑詩の各行にはA〜Nの記号を付した︒この詩においても︑A・
B・F・Gの﹁水晶の詩人は〜﹂やC・H・L・Mの﹁彼れは〜﹂
のように繰り返される特定の言い回しが見出され︑その点で先に
見た﹁魔女の灰﹂や﹁宝石の距離﹂と共通している︒しかしこの
詩の場合︑その他にも興味深い特徴がある︒
まずA・Fの﹁水晶の詩人は眼を眠る 水晶の詩人は眼を醒ま
す﹂について考えてみると︑この二つの文は単に﹁水晶の詩人は
眼を〜﹂という同じ言い回しが用いられているだけではなく︑﹁眠
る﹂・﹁醒ます﹂というように︑言葉の意味の面で対称的な関係に
なっている︒そしてこの二つの文の対称的な関係が作品全体に波
及するかのように︑AとFの行に続くB〜EとG〜Iの部分の間
には︑詩句の構造や意味内容の面で緩やかな対応関係が見出され
るのだ︒具体的に見ていくならば︑BとGでは﹁水晶の詩人は〜﹂
という同じ言い回しで始まり︑どちらの文にもB﹁砂漠の園﹂︑
G﹁水晶のバルコン﹂というように場所を示す言葉が含まれてい
る︒続くCとHではC﹁彼れは〜純粋の婦人を見る﹂︑H﹁彼れ
は〜聡明なる魔術家を見た﹂と︑類似した言い回しを用いながら︑
﹁彼れ﹂︹=﹁水晶の詩人﹂︺が﹁見﹂た人物について言及している︒
そしてDEとIでは︑DE﹁純粋の婦人は〜であつた﹂︑I﹁純
粋に聡明なる魔術家は〜である﹂と前の行に出てきた人物につい
て説明する文になっている︒
このように﹁月夜の肖像及び詩人の物語﹂は︑対関係を基礎と
した一定の規則に従いながら詩句が組み立てられており︑一種の
様式美が感じられるが︑実は語彙の面でもそのような様式性と調
和するような言葉が選ばれている︒特にこの詩で最もよく使われ
ている﹁水晶﹂という語が持つ幾何学的な形態のイメージは︑こ
の詩の整然とした様式の特徴を象徴的に表している︒そして﹁純
粋﹂︑﹁聡明﹂という語からも︑無機的で秩序立った雰囲気が伝
わってくる︒また先に見た﹁宝石の距離﹂と比較するならば︑﹁宝
石の距離﹂の場合は︑反復的な言い回しに様々な言葉が組み合わ
されることで︑言葉がどこまでも増殖していくような印象を受け
たが︑﹁月夜の肖像及び詩人の物語﹂の場合は︑﹁水晶﹂︑﹁荘厳﹂︑
﹁純粋﹂︑﹁聡明﹂など限られた言葉を繰り返し用いることで︑限
定的な要素だけで組み立てられた幾何学模様を思わせる抑制的な
言語イメージの世界が作り上げられているといえる︒つまり﹁月
夜の肖像及び詩人の物語﹂では︑反復表現を中心に︑対関係を意
識しながら︑作品全体の語彙や構造の決定がなされているのだ︒
で は 続 け て
︑ ま た 別 の 形 で 反 復 表 現 を 利 用 し た
﹁
LA
SOURCE﹂︵﹃衣裳の太陽﹄第二年第五号︑一九二九・四・一︶という
詩を取り上げてみる︒ 炎える地方の炎える樹木はあらゆる章魚を消却するであらう 炎える地方の炎える人類はあらゆる章魚を消却する 非常に
紫の円体の如く震動する漂流すべき光体 あるひは際限もな
く上昇する踊子への非常なるアルコオルのパラソルの如き紫
の波浪への捕鯨船としての幻想であるのか? あるひは夥し
い紫の環を潜つて上昇して空中の踊子を炸裂することの脳膸
を炎やす紫のことであるか? 海の夕暮れの怨恨の如く紫の
煙突をならべ円熟せるソテツの如き硝子体の中へ殺到して紫
の記憶を分娩するのであるか? 吾が紫の脆弱なる亀よ! その網への溶解すべき電光としての乱酔の如く紫の鳥ら葡萄
らの熟れる天国の時間に絶大なる空洞の海に向つて腰をゆり
妖艶の砂漠をかたむける幻の花と神とをもつた実に堂堂たる
紫の秘密の娘のやうに
鶴岡善久は︑北園のシュルレアリスム詩に必ずしも肯定的な立
場はとっていないのだが︑この詩については︑﹁言葉はある種の
熱っぽい光線と飛躍するイメージの意外性を所有する H﹂と高く評
価している︒だが実はそうした﹁イメージの意外性﹂が生じる背
景には︑反復表現を利用した北園独特の詩の方法があった︒
この詩の一つの特徴として指摘できるのは︑作品の至るところ
に﹁紫の﹂という語が反復されているということだ︒具体的にい
うならば︑冒頭二つの文を除く全ての文において︑少なくとも一
度は﹁紫の﹂という語が用いられており︑全体では九回にも及ん
でいる︒こうした執拗な繰り返しには︑何か特別な意味があると
考えられるが︑この﹁紫の﹂の反復によって作品中では何が起き
ているのだろうか︒一つには︑どのような言葉を用いて詩句を作
るにしても︑それが否応なく﹁紫の﹂という言葉と結びつけられ
るため︑極端ないい方をするならば︑書き手自身も予想していな
かったようなイメージの結合が生じることになる︒そして︑もう
一つには︑﹁紫の﹂という語を媒介として︑この語を含む複数の
詩句が︑次々に結びつけられていくということが指摘できる︒つ
まり︑この﹁紫の﹂の反復は︑多様なイメージの結びつきを半ば
自動的に生産するような表現上の仕掛けだといえる︒
そして実は﹁紫の﹂以外にも︑﹁炎える︵炎やす︶
﹂ ︑﹁
上 昇
﹂ ︑﹁
踊
子﹂︑﹁海﹂のように繰り返し用いられている語句が多く見られる︒
また文字のレベルで考えるならば︑﹁幻﹂︑﹁光﹂等も挙げられる︒
これらの語句の反復も﹁紫﹂の場合と同じように︑複数の詩句を
結ぶ役割を果たしており︑それによって言語イメージの複雑な交
錯が生み出されている︒
また語の反復だけでなく︑特定の言い回しを繰り返すことに
よっても︑イメージの多様な結びつきを誘発しようとする試みが
なされている︒例えば︑この詩では﹁〜如く︵き︶│﹂という言
い回しが何度も出てくる︒通常﹁如く﹂は比喩表現を作るために
用いられるが︑ここでは何かを何かに喩えるというよりも︑﹁如
く﹂を挟んだ前後の言語イメージを半ば暴力的に重ね合わせるこ
とが狙いであるように思われる
︒また
﹁あるひは〜ある
︵の︶
か?﹂という言い回しも反復されているが︑これは﹁あるいは〜 あるいは│﹂というように文を羅列することで︑幾重にも言語イ
メージを折り重ねていくという効果があると考えられる︒このよ うに﹁LA SOURCE﹂における反復表現は︑あたかも言葉が自己
運動をしていくかのように︑複数の詩句が互いに繋がり合いなが
ら︑言語イメージを複雑に交錯させていくための装置としての機
能を果たしているといえる︒
四 ﹁形 ステイル態﹂がもたらすもの ここまで見てきたように︑シュルレアリスト時代の北園の詩に
は反復表現を多用するという表現方法上の特徴が見られた︒では
最後に︑北園が︑どのような意図をもって反復表現を用いていた
のかについて考察したい︒この点を理解するために︑まず北園が
シュルレアリスムを受容する過程で︑何を考えていたのかを確認
する︒ 北園は︑評論﹁超現実主義の立場 雅川 マ 滉 マ氏を白色する﹂
︵ ﹃ 詩
と詩論﹄第四冊︑一九二九・六・二〇︶で︑シュルレアリスムについ
て次のように述べている︒
超現実主義の運動は︑或ひは美学主義の永い歴史の後に起
る運動としての超現実主義の世界は︑精神の秩序に関する運
動としての精神の革命的事実である︒或ひは革命せられたる
精神の状態を意味する︒︹中略︺
超現実主義の世界に於いては﹃新しい﹄といふ言語︑ある
ひは内容が精神の秩序の進展︑の範疇に及ばない限り意味を
成さない︒
超現実主義の作品を美学上の問題として取扱ふ事は︑単に
批評するに過ぎない︒批評の為の批評に過ぎない︒
右の引用で北園が強調していることは︑シュルレアリスムは
﹁美学上﹂の﹁新し﹂さを提供するものではなく︑﹁精神の秩序﹂
を﹁進展﹂させ︑﹁革命せられたる精神の状態﹂を作り出すもの
であるということだ︒では北園の考える﹁革命せられたる精神の
状態﹂とは︑どのようなものなのか︒この点を考える上で︑同じ
号の﹃詩と詩論﹄に掲載された北園の評論﹁化粧すべき詩人﹂に
は興味深い一節がある︒
アンドレ・ブルトンのPOISOON SOLUBLE︽溶解する魚︾
としての採用︑および﹃夢の状態﹄この脳髄の円運動︽循環
への全き譲渡︾は私を殆んど憂鬱にした︹中略︺
私のロケット式脳髄はブルトンのオペラグラスを反対の側か
ら覗いてみる︒そして私は吊りあげられたランナアは円球形
の前の
folie circulaire
︽循環狂︾よりも更に明晰な
Secrets
de l
’art magique surre
ママalisteに値ひすることを理解した まず北園は︑ブルトンの﹁POISOON SOLUBLE﹂を︑それが
﹁脳髄の円運動︽循環への全き譲渡︾﹂に過ぎないものであるとし
て批判している︒そして︑この﹁脳髄の円運動︽循環への全き譲
渡︾﹂に比べて︑自らの﹁ロケット式脳髄﹂のほうが︑より﹁Secrets
de l’art magique surrealiste︹=シュルレアリスム魔術の秘密・
筆者注︺﹂に値すると述べている︒ここで北園が言おうとしてい
ることは︑﹁円運動﹂という言葉で表されている同じところを回
り続けるような﹁脳髄﹂の働きに対して︑﹁ロケット﹂のように︑
どこか遠いところへ向かって飛び出していくような﹁脳髄﹂の働
きの方が︑一層シュルレアリスム的︑つまり﹁革命せられたる精 神の状態﹂を作り出すものであるということだ︒そして︑﹁化粧
すべき詩人﹂の冒頭には︑この﹁ロケット式脳髄﹂を詩的なイメー
ジを用いて説明したと思われる文章が掲げられている︒
頭の発動機をはづして青い円錐の頂点からとびでる運動が開
始せられた時︑あるひは完了した時︑私は仮死の世界にゐた︒
数時間の後︑または数秒時間後の後︑私より非常に遠距離に
あるもののみが私に関係してゐた︑音響︽非常に波調の短い
Cantabile
︾つぎに温度
︑そして重量
︑色彩が結合した
︒瞬
間にすべてのものが急激に整頓したのである︒私は明白に立
ちあがつた︒
﹁頭の発動機をはづして青い円錐の頂点からとびでる運動﹂を
﹁精神﹂の﹁革命﹂の始まりと考えるならば︑ここで注目したい
のは︑﹁革命﹂が﹁開始﹂された瞬間から﹁私﹂が一時的に﹁仮死﹂
状態になっているということだ︒北園は︑右に引用した箇所より
も少し後の部分で﹁聯想︽この最も醜悪な脳髄の習慣あるひは怠
惰︾から私は無関係に発展する﹂と述べているのだが︑この一節
を手がかりにしてみると︑﹁私﹂の﹁仮死﹂状態とは︑﹁習慣﹂的
な思考に囚われた﹁私﹂の﹁脳髄﹂が︑一時的に動きを停止した
状態だと考えられる︒そして︑そのような状態の中で﹁非常に遠
距離にあるもののみが私に関係﹂するようになり︑最終的に﹁私﹂
は再び﹁立ちあが﹂ることになる︒つまり︑ここで語られている
のは︑﹁習慣﹂的な﹁脳髄﹂の働きの外部にある要素と結びつく
ことで︑古い﹁私﹂が新しく更新されていく過程だといえる︒で
は北園は︑どのようにしてそうした﹁私﹂の更新を実現しようと
したのか
︒次に引用するのは
﹁ DESSIN DE BOV ママDOIR﹂
︵﹃衣裳
の太陽﹄第二年第六号︑一九二九・七・一︶という評論の一節である︒
私は濫費の文明と空気とを愛する︒﹃詩と詩論﹄第三冊の瀧
口修三 ママさんの作品は意力的であると考へなければならなかつ た︒Surre ママalisme︵︵ブルトンの系統にある︶︶の世界に於いては
﹃意力的﹄といふ条件︵︵状態︶︶は戦懆的な内容をもつてゐる︒
それは少しだが附加的ではないかしら︒間違つたら言ひかへ
るつもりだが少し蒐集的であると思つた︒この意外な氾濫は
意志上の出来事として考へなければならなかつた︒だがその
必然的な何物も考慮されてゐなかつたと思つた︒氾濫の先天
的法則を破壊するものは意志である︒意志を統禦するものは
形 ステイル態である︒形態は明証︵︵客観︶︶への約束手形である︒瀧
口さんの作品はいづれにも属してゐなかつた︒そしてまたい
づれにも属してゐた︒私に言はせると誤謬あるひは無決定の
状態が私の視覚を無気力にした︒
右の引用で北園は瀧口修造の作品について﹁ブルトンの系統に
ある﹂と述べているが︑これは自動記述によって書かれたという
ことだ︒北園は先に取り上げた﹁化粧すべき詩人﹂で︑自動記述
について﹁制作せんとする者はまづ精神を平面にして静寂な一室
のデスクに座りたまへ︑そして不意に浮ぶひとつの言語を書きた
まへ︑最初の文字を月ならば月とあらかじめ決定して置いてもい
い︒そして次ぎに浮ぶ言葉を現実的意識をもつて統御したり判断
したりすることなしに書きたまへ︑かうして感興の終了した時に
ペン軸を離せば一篇の作品を得るであろう﹂と概説した上で︑﹁ア ンドレ・ブルトンはかうして野蛮きはまる彼の超現実主義を発明した﹂と述べている︒つまり︑北園にとって自動記述の方法は︑あまりにも﹁野蛮﹂︑言い換えるならば粗雑︑あるいは素朴なも
のとして認識されていたようだ︒
しかし︑ここでの瀧口の作品に対する批判は︑それが単に自動
記述によるものであるという点に起因しているわけではない︒北
園は︑自動記述の場合︑作品の生成に﹁意力的﹂な要素︑つまり
書き手の﹁意志﹂は介在すべきではないと考えていたが I︑一見す
ると自動記述的と思われる瀧口の作品における言葉の﹁氾濫﹂に︑
﹁意志﹂的で﹁蒐集的﹂なものを見出し︑その方法的矛盾を批判
したのだ︒北園は︑この評論の中で︑﹁私は濫費の文明と空気を
愛する﹂︑﹁氾濫の先天的法則を破壊するものは意志である﹂と述
べていることからも分かるように︑詩において︑書き手の﹁意志﹂
がイメージや言葉の﹁濫費﹂や﹁氾濫﹂を阻害することに対して
批判的な立場を取っている︒先にも見たように北園が﹁私﹂を更
新することを目指していたことを考えるならば︑﹁習慣﹂にとら
われた古い﹁私﹂の﹁意志﹂に否定的なのは当然だといえる︒し
かし︑ここで問題になってくるのは︑本来﹁私﹂の﹁意志﹂を﹁統
御﹂し︑言語やイメージの﹁氾濫﹂を促すための一つの方法であ
るはずの自動記述を︑あまりにも﹁野蛮﹂であるとして退ける北
園が︑一体どのような方法で詩を書くのかということだ︒
北園は︑この問題を﹁形 ステイル態﹂によって﹁私﹂の﹁意志﹂を﹁統
御﹂するという方法で解決しようとした︒これまで見てきたよう
に︑北園の詩は︑反復表現を核とする特異な﹁形 ステイル態﹂によって書
かれていた︒そして︑そのような反復表現は︑作品中の語彙や全
体の構造を規定したり︑言語イメージの結びつきを半ば自動的に
生産したりする装置のようなものとして機能していた︒つまりそ
れは︑書き手である﹁私﹂の自由に対する制限や介入であると同
時に︑﹁私﹂の﹁意志﹂の内に留まった状態では書き得なかった
詩を書くための手段でもあったのだ︒もう少し具体的に述べるな
らば︑北園は︑完全に﹁私﹂の﹁意志﹂のままに詩を書こうとす
るかわりに︑ある種の定型性や規則性を内包する反復表現に自ら
の﹁意志﹂の一部分を譲渡したということである︒そして︑反復
表現が作り出す作品生成の論理と対話をしながら︑言葉を書き連
ねていくということを試みたのだ︒
このように北園は︑反復表現がもたらす言葉の自己生成の論理
に身を委ねることで︑言葉を﹁氾濫﹂させようとした︒そして︑
北園にとって︑そのようにして詩を書くことは︑自らの﹁習慣﹂
的︑﹁意志﹂的思考の枠組みの外側にあるものと結びついた新し
い﹁私﹂を生み出すことを意味したのである︒
五 おわりに
北園克衛が日本のシュルレアリスムの運動に深く関わっていた
一九二六年から一九三〇年頃に発表した詩には︑特定の言い回し
を反復する表現がしばしば用いられていた︒北園がこのような表
現を用いるようになった背景には︑フランスのシュルレアリスム
詩の受容があったと考えられる︒しかし︑北園の詩における反復
表現の使用には︑単にフランスのシュルレアリスム詩の表現スタ イルを取り入れるということ以上の意味があった︒それは︑北園の詩においては︑反復表現が︑作品の語彙や構造を規定したり︑あるいは言葉が自己運動をするかのような効果をもたらしたりしているということだ︒ 北園がこのような詩の方法を採用したのには理由があった︒北園にとってのシュルレアリスムとは︑﹁精神の革命的事実﹂︑ある
いは﹁革命せられたる精神の状態﹂と同義であったが︑北園はこ
のような﹁精神﹂の﹁革命﹂を︑﹁習慣﹂的な思考にとらわれた
﹁私﹂を新しい﹁私﹂へと更新する運動として考えていた︒そして︑
その実践として︑古い﹁私﹂の﹁意志﹂を﹁統御﹂した状態で詩
を書くということを試みようとするのだが︑それを可能にしたの
が︑反復表現を核とする作品生成の論理に従って言葉を選び︑組
み合わせていくという方法だった︒つまり北園は︑反復表現を用
いた詩を書くことを通じて︑新しい﹁私﹂を現出させようとした
のだ︒注︵1︶ 澤正宏﹁超現実主義の水脈﹂︵澤正宏︑和田博文編﹃日本のシュールレアリスム﹄世界思想社︑一九九五・一〇・三〇︶四│五頁︒︵2︶ 北園克衛︑杉浦康平︑松岡正剛﹁白のなかの白のなかの黒﹂︵﹃遊﹄第八号︑一九七五・四・一︶九三頁︒︵3︶ 北園のこうした姿勢については︑黒田三郎が﹁シユルレアリスト
としては殆どアンドレ・ブルトン一派の影響を強くうけた気配がない︒ルイ・アラゴンやポール・エリユアルも北園氏の興味を著しくひいたにちがいはないが︑しかしごく限定された意味に於いて興味をひいたように見える﹂︵﹁詩人北園克衛とその詩論﹂﹃詩学﹄第六巻第六号︑一九五二・七・三〇︑七一頁︶と指摘している︒
︵4︶ 木原孝一﹁移動する座標の観測 北園克衛の詩に関するノオト﹂︵﹃詩学﹄第三巻第一号︑一九四八・一・三〇︶三四頁︒
︵5︶ 安東次男﹃現代詩の展開﹄︵思潮社︑一九六五・七・一︶六八頁︒︵6︶ 鶴岡善久﹃日本超現実主義詩論﹄︵思潮社︑一九六六・六・一五︶五八頁︒︵7︶ 藤一也﹁憂愁と寂寥をこえるもの│北園克衛論﹂︵﹃詩と思想﹄第二巻第一号︑一九七三・一・五︶四九頁︒︵8︶ その例外として︑例えばジョン・ソルト︑田口哲也監訳﹃北園克衛の詩と詩学│意味のタペストリーを細断する﹄︵思潮社︑二〇一〇・一一・二五︶における﹁超現実的な宇宙を想像するために北園が取った方法のひとつは︑日常的な事物を使って︑それらを透明に
することである﹂︵一〇七頁︶という指摘や︑﹁克衛の詩の新しい要素︵したがって︑彼が超現実的なものとして理解していたに違いないもの︶は︑読者を驚かせ︑混乱させるために多義性を用いることである︒この技巧は平安時代︵七九四│一一八五︶の﹁掛詞﹂の一変種であるが︑今やシュルレアリストの目的のために使われている﹂︵一〇七頁︶という指摘が挙げられる︒︵9︶ Paul Éluard, , Au Sans-pareil, Paris, 1922.ちなみに詩集タイトルの﹁Répétitions﹂は︑︿反復﹀と訳すこともできる︒︵
10Paul Éluard, “Porte ouverte”, .︶ なお引用にあ
たっては︑Paul Éluard, Gallimard, Paris, 1968.を使用した︒以下同じ︒︵
︵ 11Paul Éluard, Max Ernst, .“”︶
︵ 12Paul Éluard, Raison de plus, .“”︶
13︶ ﹃文芸耽美﹄︵第二巻第四号︑前掲︶では上田保訳とされているが︑ であると訂正されている︒ 第二巻七月号︵一九二七・七・四︶の﹁編輯片言﹂で上田敏雄の訳
︵
No.4, 1925, p4. La Carrière du printemps“”なおは単行本 14Louis Aragon, La Carrière du printemps, “”︶
Gallimard, Paris, 1926 に収録の際は︑“La Naissance du printemps︹=春の誕生・筆者注︺”と改題されているため上田は右に掲げた雑誌掲載時のものから翻訳をしたと考えられる︒︵
︵ 15Paul Éluard, “Suite”, .︶
野田尚稔︑嶋田紗千編﹃橋本平八と北園克衛展図録﹄三重県立美 16︶ 野田尚稔﹁北園克衛│詩的純粋の追求﹂︵毛利伊知郎︑原舞子︑
術館協力会・世田谷美術館︑二〇一〇︶K│一七頁︒︵
︵ 二〇〇九・五・二五︶八八一頁︒ 都市モダニズム詩誌第三巻シュールレアリスム﹄ゆまに書房︑ 17︶ 鶴岡善久﹁シュールレアリスム﹂︵鶴岡善久編﹃コレクション・
ろで詩を作り出す技術と把握した﹂︵K│一七頁︶と指摘している︒ の自動記述の方法︑夢や無意識の探究を︑作者の主体を超えたとこ 一︶という宣言について論じながら﹁北園たちはシュルレアリスム A NOTEが上田敏雄︑上田保と連名で発表した﹃﹄︵一九二八・一・ 18︶ この点に関連して︑野田尚稔の﹁北園克衛﹂︵前掲︶では︑北園
︻付記︼ 引用にあたり︑旧漢字は現行のものに改め︑旧仮名遣いはそのままとした︒ルビは特に必要な場合を除いて省略した︒引用文中のスラッシュ︹/︺は︑改行を示す︒