お伽草子における異類物の文学的意義
―動物物(どうぶつもの)を中心に―
2019 年 3 月
長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科
穆 雪梅
- 1 - 目 次
序 章 お伽草子とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一節 本研究の動機・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第二節 お伽草子の定義・語義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 第三節 お伽草子の分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第四節 お伽草子の特質・評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
第一章 先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 第一節 動物の擬人化に関する研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 第二節 異類婚姻譚・誕生・動物の変身に関する研究・・・・・・・・・・・・・・13 第三節 人間の男性・女性に変身する動物に関する研究・・・・・・・・・・・・・17 第四節 『聊斎志異』に関する研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
第二章 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 第一節 問題提起・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 第二節 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 第三節 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 第四節 対象作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
第三章 お伽草子にはなぜ動物物が多いか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 第一節 お伽草子と説話とのかかわり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 第二節 お伽草子の動物物の分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 第三節 お伽草子・説話集に登場する動物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 第四節 なぜ動物物が多いか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 1 歴史的背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 41 (1)『十二類絵巻』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 (2)『鴉鷺合戦物語』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 (3)『猫の草子』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 (4)『鶏鼠物語』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 2 知識人の夢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
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おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
第四章 お伽草子にみられる擬人化された異類の描かれ方について
―動物を中心に―・・・・61 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 第一節 先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 第二節 対象作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66 第三節 動物間の結婚・争いにおける挿絵での描かれ方について・・・・・・・・・66 1 虫類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66 2 魚類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 72 3 鳥類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 4 獣類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 76 第四節 むすび・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
第五章 お伽草子『雁の草子』における「雁(男性)」の登場の意味と文学的意義・・ 83 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・83 第一節 『雁の草子』の伝本・梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・83 1 伝本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83 2 梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84 第二節 なぜ雁が男性に変身するのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84 1 なぜ動物の変身に男女の区別があるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84 2 先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85 3 男女の出逢い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87 4 登場する男(雁)の狩装束について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88 第三節 作品の文学的意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91 1 作品の評価に対する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91 2 女主人公は「幸福」「不幸」のどちらになったのか・・・・・・・・・・・・・91 3 山寺が女主人公と雁の男性の出逢いの場に設定されている意味について・・・ 92 4 『雁の草子』の文学的意義について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
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第六章 狐の変身前・人間との離別後における住処(異郷)の日中比較
―お伽草子『木幡狐』と『聊斎志異』を中心に―・・・・99 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99 第一節 『木幡狐』の伝本及び梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99 1 伝本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 99 2 梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100 第二節 『木幡狐』における狐の住処(異郷)について・・・・・・・・・・・・・100 1 本文における狐の住処(異郷)・家族・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101 2 挿絵における狐の住処(異郷)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 第三節 『聊斎志異』における狐の住処(異郷)について・・・・・・・・・・・・105 1 『聊斎志異』について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 105 2 狐の住処(異郷)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・105 第四節 『木幡狐』と『聊斎志異』における狐の変身前・離別後の相違点・・・・・108 1 変身前の描写・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 108 2 人間(男性)と離別後の描写・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 110 3 変身前と離別後の相違点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 110 第五節 『木幡狐』の文学的意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111 1 狐の住処(異郷)の独自性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 111 2 異類婚姻譚としての独自性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 111 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113
第七章 『玉水物語』と「封三娘」(『聊斎志異』)の比較
─影響関係に関する有無の再検討を中心に─・・・・116 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116 第一節 『玉水物語』と「封三娘」(『聊斎志異』)の伝本及び梗概・・・・・・・・ 116 1 『玉水物語』の伝本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117 2 『玉水物語』の梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118 3 「封三娘」(『聊斎志異』)の伝本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・118 4 「封三娘」の梗概・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118 第二節 先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 第三節 『玉水物語』・「封三娘」に登場する狐は雄か雌か・・・・・・・・・・・・120
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1 『玉水物語』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120 2 「封三娘」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121 第四節 「封三娘」は友情の物語か・恋愛の物語か・・・・・・・・・・・・・・ 125 第五節 『玉水物語』と「封三娘」の共通点・相違点・・・・・・・・・・・・・ 128 1 共通点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128 2 相違点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・129 第六節 『玉水物語」』と「封三娘」(『聊斎志異』)の影響関係について・・・・・130 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 132
終 章 動物物の文学的意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・134 第一節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・134 第二節 文学的意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・138 第三節 本研究の成果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・140 第四節 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・140
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・142 初出一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・142
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序章 お伽草子とは
一、本研究の研究動機
筆者は日本の古典文学に関心を持ち、特にお伽草子に興味があり、長崎大学教育学研究 科修士課程では勝俣隆ゼミでお伽草子について学び始めた。勝俣隆氏は、お伽草子の異類 物に登場する「異国、異郷物」の項目で、異郷について空間的観点から、海の彼方の異郷、
水中(海中、湖中)の異郷、地下の異郷、天上の異郷、鬼等の異郷、隠れ里の六つに分類 した。その中で氏は、お伽草子の異郷が「美の極致と永遠を表す四方四季の庭、壮麗な宮 殿、美味な食べ物、美女や宝物を有し、不老不死の世界であることなどが共通しており、
(略)それだけ中世の人々が強く希求した素朴な夢が込められていると言えよう(注 1)。」
と論じている。異類物の世界は、人間世界だけを描いた文学の世界と異なる神秘さもあれ ば、諸学の集結によって解明されるべき場でもあり、非常に魅力的である。異類物を研究 することによって、日本人の信仰、思想、宗教観、他界観、異郷への憧れも窺うことがで きよう。修士論文のタイトルは「お伽草子における動物の擬人化及び変身についての研究」
で、その成果を簡潔にまとめると以下の通りである。
修士論文で明らかにしたことは、
1、動物の擬人化及び動物の変身における動物の描き方について、4 段階に分けられる。
ア、動物が本来の動物の姿のままで、人間の言葉、人間の行いをする。
イ、動物が本来の動物の顔で、人間の服装、人間の言葉、人間の行いをする。
ウ、動物が人間の姿、人間の顔、人間そのもの。
エ、動物が完全に人間の姿であるが、頭に動物(虫類、魚類)の本来の姿を載せてい る。
2、動物が人間に変身する特徴として、
挿絵では、異類の変身が善意の場合は、動物が人間と接する際、または、接する前 に、まず動物の本来の顔のまま(または本来の姿のまま)で登場する。異類の変身は、
悪意の場合は、動物が動物の本来の姿で登場するのではなく、人間の姿のままで登場 する。また、異類の変身が悪意の場合は、動物の正体が暴露された時、動物は人間の 前で本来の姿に戻って、逃げるという特徴である。他には、動物が元の動物の世界に おいては、人間の服装、人間の言葉、人間の行いに擬人化され、顔だけは、本来の動
2 物の顔に描かれている。
3、人間が動物に変身する特徴として、
人間が動物に変身する際、自力で動物に変身することができず、他力が必要となる ことが明らかになった。主人公の人間が人間の理性を失い、人間の行ないから外れた ゆえ、動物になると思われ、これは人間に変身した動物が本来の本性を表す時、元の 姿に戻るのと同様であろう。日本では、古くから、動物は人間と違って、不思議な力 を持っていると言われている。動物が人間に変身する時、他力を借りず、動物本来の 力で人間に変身する。逆に、人間は動物のように不思議な力の持ち主ではないため、
他力に頼ることになると思われる。これは、人間が動物に変身する際の特徴の一つと 言えよう。
動物の擬人化、変身の描写を通して、当時の人々は、動物への関心度がいかに高いか。
人間も動物も同じ立場であり、同じ感情を持つこと、人間がもつ異郷への憧れ等も、本論 の考察で明らかになった。既に先行研究にも指摘されているように、動物の擬人化は、異 類婚姻譚にもでてきて、動物の登場が実は、人間社会の在り方を示すためであり、一つの 仮托譚である(注 2)。日本人は、古くからアニミズムの精神を持ち、日常生活においては、
動物との交流が欠かせない。そして、約 400 年にわたるお伽草子の時代にもこのアニミズ ムの精神が窺える。
博士後期課程では修士課程での研究を更に深めるために、動物の擬人化の分類を再検討、
拡充するとともに新たな論点を考察した。資料収集、調査する際、更に多くの文学資料、
特にお伽草子の資料に触れることによって、動物の作品に関する興味が益々深くなり、多 くの動物の作品に着眼した。作品での動物の世界はいかなる世界なのか。動物は当時の作 者、人々にとっていかなる存在なのか。動物の作品はお伽草子にとっていかなる存在であ ろうか。そして、『聊斎志異』とお伽草子に描かれている動物は、日中文化、日中の動物観 によっていかなる相違が見られるか。これらの疑問を追求するという学問上の好奇心が本 研究を始めた大きな動機である。
二、お伽草子の定義・語義
お伽草子とは室町時代から江戸時代にかけて作られた短編の物語草子の総称である。お 伽草子については、国文学の分野で論議され、一般に言われていることは、お伽草子には
3 狭義と広義という二つの定義がある。
狭義の御伽草子とは、享保年間(1716~1736 年)までに、写本、版本によって流布して いた 23 篇の短篇小説である「文正草子」「鉢かづき」「小町草紙」「御曹司島渡」「唐糸草子」
「木幡狐」「七草草子」「猿源氏草紙」「ものくさ太郎」「さざれ石」「蛤の草紙」「小敦盛」
「二十四考」「梵天国」「のせ猿草子」「猫の草子」「浜出草紙」「和泉式部」「一寸法師」「さ いき」「浦島太郎」「横笛草紙」「酒呑童子」を「御伽文庫」または「祝言御伽文庫」という 叢書にして出版した作品を名付けて御伽草子と呼ぶものである。この叢書は大坂心斎橋順 慶町の出版書肆渋川清右衛門が版元であったため「渋川版」とも呼ばれている。ようする に、狭義ではこの 23 篇に限って呼称された名称である。初版の年時ははっきりしておらず、
それぞれの作品の成立時期もほとんど明らかではない。「猫の草子」は文中に「慶長七年八 月中旬」(注 3)と記してあり、江戸初期の作品と知られる。その他多くの作品は、おおむね 室町時代を中心に成立したものだと言われている。その後御伽文庫の同種のもの 20 篇が明 治 34 年に萩野由之によって「新編御伽草子」という書名で 2 冊本で出版された。このよう に、渋川版に収められた 23 篇に限定して呼称された固有名詞であったが、後には、「新編 御伽草子」の例でも明らかなように、範囲を広げて室町時代から江戸前期にかけてのこう した短編小説を概括してお伽草子と呼び、普通名詞として用いることが行われるようにな ったのである。
御伽草子の語義について大島建彦氏は、
御伽草子の御伽ということばは、お相手をつとめるというような意味をもっており
(略)折口[信夫]博士の見解によると、伽という字は、ギャアというような音で、暗 闇の魔物を追い払いわざをあらわし、柳田[国男]先生の見解によると、伽という字は、
人が加えるという形で、多くの人が寄り合うことをあらわすという。いずれにせよ夜 の闇に恐れて、魔性のものをしりぞけるため、伽のわざが求められて、多くの人がよ りあったということであろう。(略)戦国時代から江戸時代にかけて、御伽の衆と称す るものが、将軍や大名の側近に仕えて、その孤独や無聊を慰めていた。桑田[忠親]博 士の見解によると、御伽というのも、御伽に用いられる草子であるから、もともと婦 女童幼向きの読物ではなく、多くは武辺咄や怪異談のようなものであったとみられる
(注 4)。
御伽草子の草子とは、もともと綴じ本という形態をさしていた。(略)「上流の婦女童
4
幼の御伽草子として、それにふさわしい内容をもったものが必然的に奈良絵本の体裁 を備へたものであらう」(略)絵なしの写本としても伝えられているが、多くは絵巻の 伝統をうけて、主に絵草子の形態をもっておこなわれている。とくに奈良絵本と称し て極彩色の挿絵をともなうものが、かなり多くつくられていた(注 5)。
と論じられている。要するに御伽草子の 23 編が室町時代から江戸時代にかけて盛んにつく られた奈良絵本の体裁を模して版行したものである。
広義のお伽草子とは、南北朝期から江戸初期(14 世紀から 17 世紀)の間に約 400 年に わたって誕生した短篇物語類、室町時代に最も盛行し、多く作られていたため、中世小説
(室町小説)とも呼ばれている。現存する作品数およそ 500 編に達するものとみられ、現 在各分野の研究が行われていると共に、作品の発掘も進んでいる。これらの 500 編を統括 して扱う理由として単なる成立、享受の時期をほぼ同じくしているだけではなく、物語の 形態や傾向、文体等一定の方向性が見られ、共通の特性を有している。ようするに時代的 共通性と内容的、形態的共通性があるからだ(注 6)。
お伽草子の大部分の作品は、作者も正確な成立年代も不明であるが、知識人の手によっ て創作されたものが多いであろう。お伽草子の形態としては、主に写本のほかに、絵巻や、
奈良絵本、絵入りの丹緑本(注 7)といったものが多い。絵と文とが相補って読者を楽しま せる方式をとっているであろう。これは、対象とする享受者が女性や若年層を主にしてい たことを示していると考える。お伽草子の登場人物は、王朝時代からの公家、貴族、中世 を象徴する武士、僧侶、また稚児、庶民、芸能者、更に人間以外の動植物、神仏、妖怪、
調度品等といった主人公があふれ出たのである。物語の舞台は日本の四方のみならず、海 彼の唐土、天竺に至り、はては想像上の異郷にまで及ぶ。お伽草子の内容は多種多様であ り、平安時代以来の貴族社会の物語に比べると、登場人物や扱われる世界は変化に富んで いるが、創作手法は類型化し、主題の似通った作品も多い。特徴として短編の傾向が著し いことが指摘されている。分量としては、確かに短編とみることができるが、内容の面で は、短編とみるより、むしろ長編に近いと思われる。なぜならば、お伽草子の多くは、主 人公の人生を断面的に描くのではなく、長い歳月にわたる人生をのべ、しかもこの世から あの世までの行路を描いたからである。お伽草子は近世の小説のさきがけとなり、仮名草 子や浮世草子等のちの庶民文学にも受け継がれている。室町の民間伝承がよくとどめられ、
およそ、ありとあらゆる物語の集収場とも言われている。
5 三、お伽草子の分類
お伽草子の分類は長谷川福平氏『古代小説史』(1903 年)がの中で恋愛物、伝説物、擬 人物、本地物、その他(注 8)の 5 類に分類したのをはじめとして、後に次の諸氏による分 類がある。
平出鑑二郎氏(1909 年)は小説の趣向による分類(注 9)
1、恋愛を主とする小説 2、男色の小説 3、継子いじめの小説
4、物狂の小説 5、遁世物 6、縁起物(本地を主とする物、利生を主とする物)
7、非類を擬人したる物 8、妖怪物 9、敵討物 10、伝記物 津島久基氏(1931 年)による分類(注 10)
1、童話(一寸法師・物臭太郎・福富草子・文正草子等)
2、寓話(猫の草子・魔仏一如絵詞等)
3、異類物(イ<擬軍記物>魚鳥平家・鴉鷺合戦物語・墨染桜・仏鬼軍等)
(ロ<擬歌合物>虫歌合・鳥歌合・調度歌合等)
(ハ<恋愛物>)のせ猿草子・ふくろふ・玉虫の草子・朝顔の露の宮等)
4、本地物<縁起物>(貴船の本地・毘沙門の本地・熊野の本地・月日の本地・さよ姫 等)
5、佛教法談物(さゞれ石・宝満長者・大仏供養物語・胡蝶物語等)
6、遁世物(イ<発心譚>硯破・朽木桜・さいき等)
(ロ<懺悔譚>三人法師)
7、継子物(鉢かづき・秋月物語・岩屋の草子・小落窪・花よの姫)
8、恋愛物(イ横笛草紙・今宵の少将物語・桜の中将物語・松風村雨等)
(ロ<児物語>秋夜長物語・鳥部山物語・幻夢物語・あしびき・弁の草紙等) 9、歌物語(和泉式部・小町草紙・橋姫物語・伊香物語・小式部等)
10、怪異譚(イ<変化物>化物草紙・付喪神・土蜘蛛草子等)
(ロ<怪婚説話>鶴の草子・木幡狐・かざしの姫君・天稚彦物語等)
11、霊験譚(狐の草子・蛤の草紙・周防の内侍等)
12、英雄譚(怪物退治説話、地獄極楽廻説話、武人伝説特に義経伝説)
13、復讐譚(あきみち・はもち中将・てこぐま物語等)
14、孝行譚(二十四孝・唐糸草紙・法妙童子等)
6
15、祝儀物(七草草子・大悦物語・梅津長者・浜出等)
藤岡作太郎氏(1935 年)による分類(注 11)
1、恋愛物、 2、兒物 3、嫉妬物語、附遁世物語 4、継子物語、附嫁いぢめ物語 5、英雄物語 6、復讐物語 7、孝行談 8、祝義物 9、佛教に関するもの 10、異類物 市古貞次氏(1955 年)による分類(注 12)
(1 から 4 までは日本を舞台とするにたいして、5 は外国、異郷が舞台である。また 1 から 5 までは人間を描いているが、6 は鳥獣蟲魚、器物等の異類を描いているもので ある。)
1、公家小説、①恋愛談 ②継子物 ③歌物語と歌人伝 ④その他
(平安時代以来の王朝物語に連なる作品群。貴族の恋愛や継子物語や 小野小町や和泉式部などの歌人物語を含む。例「小落窪」「伏屋の物語」
等)
2、僧侶(宗教)小説、①兒物語(男色物) ②破戒僧の失敗談 ③発心遁世談・懺悔 談 ④本地物 ⑤高僧伝記小説 ⑥縁起物 ⑦説教法談物
(寺院や草庵で修行する僧侶たちの間で作られた稚児物語や発 心遁世物語や神仏の来歴を説き語る本地物語や寺社縁起等。例
「三人法」「おようの尼」等)
3、武家小説、①怪物退治談 ②源平時代の小説 ③御家騒動物・復讐談
(武士などの英雄の怪物退治や剛勇を示す物語。御家騒動や軍記物語に 取材した作品があり、特に源義経を主人公にした判官物は人気を博した。
幸若舞や浄瑠璃と共通の題材が多い。例「酒呑童子」「弁慶物語」等)
4、庶民小説、①笑話・寓話 ②求婚談・恋愛談 ③立身出生談 ④祝儀物
(公家・武家・僧侶以外の庶民を主人公とする作品群。当時の民間説話 と関わりが大きい。笑い話的要素や祝儀性が強く、立身出世や求婚譚も 多い。例「一寸法師」「ものぐさ太郎」等)
5、異国小説、①外国小説 ②異郷小説
(中国や天竺等外国や想像上の異郷・異界を舞台にした作品群。幻想的 な物語や、仏教色が濃厚な作品も多い。例「梵天国」「愛宕地蔵物語」
等)
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6、異類小説、①怪婚談 ②純粋な異類物―歌合物・恋愛物・軍記物・遁世物その他
(動植物や器物を主人公にした作品群。異類婚姻譚のように民間説話を 文芸化した作品や、仏教や歌学の影響を受けた物も多い。歌人や連歌師 など知識階層の遊興とも取れる。例「蛤草子」「百鬼夜行絵巻」等)
藤井隆氏(1974 年)による分類(注 13)
この分類はあくまで説話学の方での分類ではなく、物語草子に現れた説話要素の実態 による便宜的な分類であって、用語も仮に勝手に作ったのもあることを断っておきた い。したがって、説話の方では大きな位置を占める説話要素でも物語草子に登場しな いものは当然問題にしていない。
1、男女説話
①継子出世説話 ②絵姿女房説話 ③貴種流離婚説話 ④妬婦説話 ⑤貞婦説話
⑥夫婦流離再会説話 ⑦転生再会説話 (⑧怪婚説話一但、次の分類 2、へ入れる)
2、怪異説話
①怪婚説話 ②怪物退治説話 ③異郷行説話 ④出生説話 ⑤小人説話 ⑥動物報恩説話 ⑦その他
3、武家説話
①宝剣説話 ②兵法説話 ③身代り説話 ④御家騒動(復讐)説話
(⑤怪物退治説話一但、前出)
4、和歌説話
①和歌説話 ②歌人説話 ③歌徳説話 ④音楽説話 5、仏教説話
①縁起・本地説話 ②高僧説話 ③化身説話 ④加護霊験説話(イ申し子 ロ法華 経霊験 ハ蘇生 ニ生贄 ホ身代り) ⑤発心説話(イ盗賊悪太郎発心 ロ遁世後 日) ⑥その他の仏教説話(破戒僧失敗 ロ堕獄 ハ仏鬼合戦)
6、その他の説話
①長寿若返り説話 ②福神説話 ③長者説話 ④末子成功説話 ⑤孝子説話
⑥人買説話 ⑦難題説話 ⑧解謎説話 ⑨物羨み説話 ⑩破禁説話 ⑪由来説話 これらの分類では、津島氏の 15 類 20 種の分類は前代の物語、説話との関わりを留意し ながら独自に異彩を放つ細分化の分類である。藤井氏の説話型による 6 種 41 類の分類は説 話集の説話をより独立して小説化とするお伽草子の見方が可能となる分類である。また市
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古氏の分類は従来とは違う視点から、作品の主人公の属性による 6 類の分類は研究史上特 筆される価値のある分類だと言われている(注 14)。市古氏の分類は現在に至ってもお伽草 子の研究に重要視されている。
四、お伽草子の特質、評価
明治年間に長谷川福平氏、平出鑑二郎氏によるお伽草子の基礎がきづかれた研究は、昭 和に入ってから、津島久基氏、笹野堅氏、市古貞治氏らの研究により再び活発となり、本 日に至り国文学、国語学はもちろん、民俗学、宗教学等各分野にも注目されている。
お伽草子はいかなるものか、どういった評価がされているかをみてみよう。
市古貞治氏は、
中世小説には幼稚・素朴な作品が多いのであるが、しかし物語文学が行きづまり殆ど 絶えようとした時に、これに生命力を吹き込み、新生させるためには、このような混 沌の中のもがきを経なければならなかった。近世の小説は、一往種々の雑物を呑みこ み、物語から脱皮する苦悶を経てはじめて成立したものである。前代殘滓と中世的な ものと、時代の萌芽と、このような三者が錯綜し、絡みあひ異様な雑音を奏でながら、
あわただしく流れ下る濁流―これが中世の小説なのであった(注 15)。 と論じている。松本隆信氏は、
御伽草子の多様性は、それが広い階層にわたっていたことを示しており、したがって 御伽草子の世界を画一化していることは妥当でないと思うが、文学史の上から展望し た場合この本地物語の流れが御伽草子の最も広い部分に浸潤していると見てよいので はないか。この系統の作品は江戸期に入っても、新たに興った仮名草子と並行して、
奈良絵本や、絵入板本によって盛んに読まれていた。また一方では、説経や古浄瑠璃 にうけつがれて新たな本地物語生み出されたほか、地方でも御国浄瑠璃のような語り 物の中で久しく命脈を保っていった。ただこのようにいうと、御伽草子を民衆文芸と して評価することになるが、問題は表現姿勢にある。文体は平易になったというもの の、依然として古典的類型表現によりかかっていることが、生気を失わせていること は否めない(注 16)。
と論じている。藤井隆氏は、
物語草子(以下いわゆる御伽草子と同義に使用する)は、小説史の上では、王朝物語
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の亜流である鎌倉時代の擬古物語の後を受けて、近世小説への橋渡しをなしたもので あるが、大ざっぱにいって、擬古物語が王朝物語のくずれたものであるに対して、物 語草子は形としては物語の流れを受けながらも、和歌・歴史物語・軍記物語・説話文 学・寺社縁起・高僧伝・随筆紀行といった前代の文学のすべての分野の流れをも取入 れて、従来の物語の世界にはなかった実に各種各様の豊冨な内容を示しているのであ る(注 17)。
と論じている。笹野堅氏は、
御伽草子は文学の衰えてゐた時代、その鑑賞的に低下し従って其の創造的に欠乏して ゐた文学として湯浅常山が『文会雑記』に「五朝小説ノ咄ヲヨク染カへシタルモノ也」
といふやうなものではもとよりないが、必ずしも個人の自由な空想から生まれ出たも のではないようである。それには一つ前の型があって、それに新たな作為が加へられ 潤飾が施されたものが多いやうである。(略)たとへそれは文学的に高く評価されない としても、平安朝末期の物語の文学を継承し江戸時代初期の文学に連繋する作品とし て文学史的に評価されなければならない。殊に舞曲が近世の近世の浄瑠璃の資料とな ったように、御伽草子も近世初期の浄瑠璃の材料となった (注 18) 。
と論じている。徳田和夫氏は、
(一)前代までの古典を新趣向のもとに再生させたこと。
(二)民間伝承を発掘し、これを物語化して、テキストに留めたこと。
(三)当代的な意義(出家遁世・神仏霊験などの宗教的な感興、滑稽戯笑などの知的 遊興)を如実に描写したこと。
(四)物語絵巻や説話絵巻の流れを集約した絵入り文学を形成したこと (注 19) 。 と論じている。
諸論の如き、お伽草子は物語文学の衰退期の産物として誕生した。内容は種々雑多であ るが、共通した特徴としては、文章が平易単純であること、短編故の主人公の内面描写が 乏しく、人物の容姿や情景の表現が類型的であること、教訓的、啓蒙的、仏教思想が濃厚 であること。故に作者の個性のみられる作品が少なく、文学としては幼稚素朴である。こ れも、上層階級の独占であった文芸が大衆化する過渡期にあっては、やむをえない現象だ と言われている。しかし、お伽草子の内容の豊富さといい、登場人物の多様さといい、舞 台の広範囲といい、従来にはなかった新たな物語の世界である。そしてお伽草子は説話文 学とも連係し、当世の歴史、美術、宗教、民俗史等を反映している。また、当時の作者の
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知的で巧妙な創作技巧によって、滑稽味が溢れ、機智が溢れ、笑いが溢れる作品が多く生 み出された。後の文芸にも受け継がれて、多大な影響を与えた。総じてお伽草子はこのよ うな特徴を有するからこそ、諸学の集結の場となり、文学史においては大きな意義をもつ であろう。
注
1、勝俣隆「異国・異郷物」徳田和夫編『お伽草子事典』 東京堂出版 2002 年 9 月 3、4 頁
2、桜井徳太郎「日本常民の動物観」『昔と動物 昔話―研究と資料―』11 三弥井書店 198 年 7 月 156 頁
3、大島建彦「猫の草子」『御伽草子集 古典文学全集 36』 小学館 1974 年 9 月 367 頁 4、(注 1)に同じ 6、7 頁
5、(注 1)に同じ 7、8 頁
6、徳田和夫『お伽草子研究』 三弥井書店 1988 年 12 月 1 頁
7、丹緑本とは、江戸時代初期に刊行された絵入の草子で、丹・緑・黄の三色をもつ彩色し たものである。
8、長谷川福平『古代小説史』 富山房 1903 年 9 月 42 頁
9、藤岡作太郎 1909「例言」平出鑑二郎『近古小説解題』 名著刊行会 1974 年 9 月復刻版 4 頁
10、津島久基「御伽草子考」『国語と国文学』 至文堂 1931 年 (後『国文学の新考察』
所収)日本文学研究資料刊行会編 『お伽草子 日本文学研究資料叢書』 有精堂 1985 年 6 月 8、9 頁
11、藤岡作太郎『鎌倉室町時代文学史』 国本出版社 1935 年 9 月 3、4 頁 12、市古貞次『中世小説の研究』 東京大学出版会 1955 年 12 月 71 頁以後
13、藤井隆「中世小説」日本文学研究資料刊行会編 『お伽草子 日本文学研究資料叢書』 有 精堂 1985 年 6 月 56、57 頁
14、徳田和夫「解説―お伽草子研究の来歴と今日」日本文学研究資料刊行会編 『お伽草子 日本文学研究資料叢書』 有精堂 1985 年 6 月 316 頁
15、(注 12)に同じ 425 頁
16、松本隆信「お伽草子の世界」秋山虔 神保五弥 佐竹昭宏編 『日本古典文学史の基礎
11 知識』 有斐閣 1975 年 2 月 333 頁
17、藤井隆「中世小説」日本文学研究資料刊行会編 『お伽草子 日本文学研究資料叢書』 有 精堂 1985 年 6 月 56 頁
18、笹野堅「御伽草子攷」(『室町時代短編集』栗田書店刊 1935 年 11 月)日本文学研究資 料刊行会編 『お伽草子 日本文学研究資料叢書』 有精堂 1985 年 6 月に転載 19、
20 頁。
19、徳田和夫『お伽草子研究』 三弥井書店 1988 年 12 月 27 頁
参考文献
・萩野由之『新編御伽草子』 誠之堂書店 1901 年
・市古貞次『中世小説の研究』 東京大学出版会 1955 年
・市古貞次校注『日本古典文学大系 38 御伽草子』 岩波書店 1958 年
・市古貞次他『図説日本の古典 13 御伽草子』 集英社 1980 年
・大島建彦校注・訳『御伽草子集 日本古典文学全集 36』小学館 1974 年
・黒田日出男『歴史としての御伽草子』 ぺりかん社 1996 年
・島津久基『お伽草子』 岩波文庫 1936 年
・徳田和夫『お伽草子研究』 三弥井書店 1988 年
・徳田和夫編『お伽草子事典』 東京出版社 2000 年
・平出鑑二郎『室町時代小説集』 精華書院 1908 年
・藤井乙男『御伽草紙』 有朋堂書店 1915 年
・松本隆信『中世における本地物の研究』 汲古書院 1996 年
・『日本大百科全書ニッポニカ』 小学館 1993 年
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第一章 先行研究
上述したように、お伽草子は各分野の集結の場として注目されている。例えば民俗学研 究において、折口信夫氏、柳田国男氏、大島建彦氏、福田晃氏は民俗学とお伽草子研究を 結びつけ、民間の口承伝承と文学の関連性の研究が必要性を指摘し、先鞭をつけた。美術 史の研究においては、松本隆信氏、岡見正雄氏、石川透氏は、絵巻、奈良絵本の入門、展 開、魅力、お伽草子と奈良絵本の視点からの優れた研究が挙げられる。また小松和彦氏に よる文化人類学の視点による研究もある。無論他にも国語、国文学からの研究、歴史学か らの研究も行われている。また、物語とお伽草子の研究、説話文学とお伽草子の研究、軍 記物語とお伽草子の研究、幸若舞曲とお伽草子の研究、能・狂言とお伽草子の研究、古浄 瑠・説教とお伽草子、近世文芸とお伽草子、和歌・連歌とお伽草子、寺社縁起とお伽草子 といった研究が多岐にわたる。小論では、研究対象としたのはお伽草子の動物が主人公で ある作品であるゆえ、ここで動物が登場する作品に関する先行研究を主として取り上げた い。
一、動物の擬人化に関する研究
管見では、お伽草子における異類の擬人化の一つである擬人名に関する研究は、松浪久 子氏、徳田和夫氏、沢井耐三氏等の研究が挙げられる。植物の擬人化に関する研究は、伊 藤信博氏の研究が挙げられる。動物の擬人化に関する研究は少ない中、次の橋本直紀氏、
伊藤慎吾氏、小峯和明氏の研究が挙げられる。
1、橋本直紀氏は「『あわびの大将物語』追記―特にその絵柄についてー」(1980 年)で、
異類の擬人化について、次のように論じている。
異類を絵で表現する場合、やり方は、次の四つ位に分類できるのではないか。
(一)異類そのものを(写実的に)描く。
(二)異類を擬人化して描く。
(三)人間の顔形を描き、異類を象徴するものを体の一部に描く(つける)。
(四)その他(注1)。
2、伊藤慎吾氏は、擬人譚について、「異類の姿」として次のように論じている。
①、自然のまま(古代から見られる)
13
②、頭部が異類、胴体部が人間(中世後期以後、多く見られる)
③、頭部が人間、胴体部が異類(地獄絵図に多く見られる)
④、異類が人間に変身する(古代から見られる。人獣交渉の基本)
⑤、頭部や背部に異類を示すものがある(中世後期以後見られる)
⑥、異類の胴体に人間の手足や顔がつく(器物の擬人化に多い)
⑦、異類と人間との融合した姿(近世以後多く見られる)
⑧、一部分が異類(近世以後多く見られる)(注 2)
3、小峯和明氏は異類の擬人化の要因について、次のように論じている。
お伽草子にいたってにわかに動物・植物・異類、さらには神仏にいたるまで擬人化さ れる物語が増大する。とりわけ合戦物、論争・争論物の型が多く、おのずと南北朝内 乱、応仁・文明の乱から戦国期の戦乱に及ぶ戦争の世紀が深くかかわっており、戦乱 と復興や都市化の進展による環境の変化、動物観の変遷がこれら物語群の叢生をもた らしたと考えられる(注 3)。
二、異類婚姻譚・誕生・動物の変身に関する研究
お伽草子における異類婚姻譚、動物の変身等を扱った先行研究は、多く存在する。
土井浩子氏は「お伽草子の異類物について」(1963 年)で、異類物の誕生について、
古くから人々の心の底に流れる異類と人間をそれほど区別しない、より自然で素朴な 思想が、異類物誕生の底辺にあることは言うまでもなかろう(注 4)。
異類物は空想の贈物である以外の何物でもない。すなわち人間誰もの心の中にある夢 の世界、童話の世界を描いたものである。すさんだ戦乱の世の中においてうちのめさ れた人々の心の中には、現実を逃避して、空想の世界へ思いを馳せ、空想の世界の中 ででも自由奔放にふるまいたいという欲求があったに違いない。それだけに作り出さ れたものには、現実にはありえない荒唐無稽なものが多く、滑稽の限りが尽されてい るのである。ここに当時の知識人の笑いが含められていることさえ感じさせられるの である。すなわち、自歌合を催し、職人歌合せを作り、鳥獣戯画等を描き、能、狂言 を楽しむ当時の知識人の戯作的な傾向が、ある意味では異類物出現の最大の動機にな っているのではなかろうかと考えられるのである(注 5)。
14
と論じている。吉沢裕史氏は「異類婚姻譚─異類考─「鶴女房」を中心に─」(1982 年)
で、「異類女房譚」に登場する異動物について、
多くの異類女房譚において、異類の実体は、鳥類、魚貝類、爬虫類などの動物の形態 をとるが、それらの動物はどんな動物でもよいというわけではなく、何らかの共通し た観念のもとに限定されているようである。例えば、「蛇女房」の蛇は水と関係が深 く、水田稲作農耕に関する動物と考えられているし、「蛙女房」の蛙もまた同様であ る。「狐女房」の狐に至っては、はっきりと稲作作業を施す存在として語られており、
田の神として考えられている。また、水田ではないがやはり水と関係するものとして、
海や川に棲む魚(鯉)蛤などの異類が女房として、現れる。それでは「鶴女房」はど うであろう。鳥は直接水と関わらない動物のように思えるが、「鶴」の場合、これは 水辺の鳥である。いわゆる「謎型鶴女房譚」で「播磨の国血が池」という地名が出て くるのでもわかる。更に「鶴の穂落し伝説」というものがあり、これらの一連の異類 はどうも水田農耕に関連したトーテムであったらしいことがわかる(注 6)。
と論じている。大関幸子氏は、「異類婚姻譚の研究」(1986 年)で、異類婚姻譚の要素、
動物の変身について、
異類婚姻譚の要素は、異類であり、人間である。そしてこの二者は婚姻という形で結 びついている。異類とは、初めに述べた通り、単なる動物ではない。天人女房の天女 や、龍宮女房の龍女は、まさに他界(異郷)の存在であるが、ここで取上げてきた異 類は、動物という形態をとりながら、他界と現世、神と人間をつなぐ役割をもってい る。それは、人間には理解できない、動物の生態上の神秘からくるものであるらしい。
鳥は空を飛び、魚は海を泳ぎ、狐は山に棲む。また、蛇は水中でも地上でも行動でき る。それらは、人間より、より神に近い存在であり、自由自在にあの世この世の往来 ができると考えたのであろう。(略)異類と人間は完全に結合しえない。初めから破綻 が内在した婚姻であるといえる。要するに、神(動物)として存在した異類は、婚姻 という儀礼によって、人間(女性)に変身し、富をもたらすが、その力は持続せず、
破綻を迎え、再び神(動物)となりさるということができるであろう(注 7)。 と論じている。 高橋宣勝氏は、「異類婚姻譚と日常感情 ―変身譚覚え書き―(3)」(1987 年)で、動物の変身について、
動物が変身するのは動物が異類であるからなのだ。現実界にあって人間は決して変身 できない。これは歴然たる事実である。そしてこの事実が民話の中でも働いている。
15
民話の中でも人間は変身できないのだ。しかるに動物は異類である。異類であるから 不思議な術を使うかもしれない。異類であるから変身ができるのだ。つまり、変身は 動物と人間の境界をあいまいにするというより、変身そのものが境界を明確にしてい るのである(注 8)。
と論じている。難波美和子氏は、「異類婚姻譚の「異類の妻」と「異類の夫」」(1993 年)
で、異類婚姻譚のあり方について、
異類婚姻譚において、物語の展開に登場人物の種類と性別が規制を与えているだろう ことが推測されるのである。どのような力が昔話の語り手に、幸福な結末や、死や別 離といった不幸な結末を選択させるのか。その力が、その文化が持つ世界感、人間と 異類の関係はこのようであると、語り手に思わせるものだろう。だがそれは宗教教義 と異なり、明示することはできないし、かなり広い幅を持っていると思われる。しか も、共通の文化基盤を持っていても、地域が隔たり、自然や、影響を受ける外来文化 が異なれば、その感覚も異なってくるだろうことが想像される(注 9)。
と論じている。石川透氏は、「御伽草子における異類婚姻譚」(2005 年)で、『蛤の草子』、
『鶴の草子』、『雁の草子』、『かざしの姫』、『木幡狐』、『狐の草子』、『玉水物語』の七作品 の動物と人間との婚姻について、
御伽草子における異類婚姻譚の話はさまざまである。本稿では、狐の話を多く取上げ たが、人間の恋愛となる異類の種類は数多い。それぞれの作品は、その異類の属性に 合わせた描き方をしているが、基本的には、人間と異類の婚姻は、成功しがたく、動 物達が身を引いたり出家して終わるものが多いことが分かる。また、その内容も複雑 になり、近世の小説へのかけはし的な役割を担う作品も存在しているのである(注 10)。 と論じている。中村とも子氏は「日本の異類婚姻譚における人と動物の間の距離―「変身」
の視点から―」(2010 年)で、異類婚姻譚における動物と人間の関係について、
日本において、動物は「変身」という主体的な行為をとるのではなく、人の目には「化 ける」と映る。その人の意識には、北方民族に観られるような共生感や、生命体とし ての同類感はない。動物の正体を知ったら共生できないという意識は、その驚きに裏 打ちされている。人に姿を変えてやってくる存在は、人とは異なる存在だから姿を変 えるのであり、本来ならば、境界に向かう側にいるべき存在なのである。日本の場合 は、人は人、動物は動物であり、両者の間には明確な境界があり、両者の間の距離は とても遠いと考えられる(注 11)。
16
と論じている。勝俣隆氏は、「日本の神話・伝説・昔話・御伽草子に通底する男女の出逢い と別れの基本原理」(2011 年)で、動物の変身、動物と人間との婚姻の原理原則について、
異類婚姻譚は、人間と異類が婚姻を結ぶ話である。そこで、その解決法として、生み 出されたのが、異類の側が人間に姿を変身することであった。勿論、人間が異類の姿 になっても婚姻は可能なはずであるが、通常は、動物等の異類が人間に姿を変えるの である。その結果、同じ人間の姿になることで婚姻が成立するが、ある時に、異類の 本来の姿、即ち、正体が明らかになる瞬間がある。その時点で、最早、異類と人間の 婚姻継続が不可能となって、両者が別離せざるをえなくなるのである。これは、ある 意味で、哲学的な問題とも言えるであろう。なぜ同じ人間の姿でなければ婚姻が成り 立たないかということは、逆にいえば、人間同士でなければ、婚姻してはならないと いうことでもある。たとえば、人間が猿と結婚して、両者の中間的なものが生まれた としたら、世界の秩序を乱すものとして忌々しき事態と考えたからであろう。また、
それは、本源的に、同種のものに対してのみ、性愛を感じるように神が作った仕組み とも言えるかもしれない。いくらペットの動物が好きでも、ペットと結婚しようとは 普通は考えないであろう。しかし、仮に、そのペットが人間の形に変身するなら、そ こには、性愛が生じ、結婚に至るかもしれない。日本の文学に描かれた異類婚は、ま さにそうした話である(注 12)。
と論じている。桜井徳太郎氏は、「日本常民の動物観」(1982 年)で、人間と動物の関係及 び、動物のあり方について、
いうまでもなく、人間の動物への関心は、動物と非常に密な交渉を持つにいたったこ とから出発したと思うのです。動物に対する関心、興味を動機にそれを通して当然動 物についての物語というものができるわけです。動物譚がモチーフとするところは、
もちろん形状だとか動作だとか表情という点で人間のそれとは異質な点が強調される わけでございます。私は、それらを総合して次の二つのタイプが現れてくるとみてい ます。一つは動物の中に人間的な性状をみる、人間性に近い存在として語ろうとする 動物譚、もう一つは非人間というと語弊がありますけれども、あるいは超人間的とい ったらいいかもしれませんが、とにかく人間の力では律することのできない、そうい う超人的な能力を持ったもの、それを語ろうとする動物譚も形成されてくるわけだと 思います。前者の人間的なところは直ちに擬人化される、つまり登場する動物はすべ て擬人化されて、われわれと同じような感情を持ち、喜怒哀楽を表す存在と理解でき
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るということです。そういう立場から出てくる昔話では、もう一つ、当然ながらわれ われ人間社会の反映なんだという考え方があると思うのです。そういう立場から御承 知のように動物社会の相互交渉、協力、同情、交際から対立相克葛藤の話、さらには 闘争、格闘、あるいは合戦というような、そういう葛藤譚も出てまいりますでしょう し、また、婚姻譚も出てくる。あるいは、それから発展して動物にかこつけて実は人 間社会のあり方を示そうとする仮托譚のような話が出てくるだろうと思います(注 13)。 と論じている。
三、人間の男性・女性に変身する動物に関する研究
異類婚姻譚の性質、展開といった総合的な研究とは異なり、男性に変身した動物、女性 に変身した動物に関しては、なぜ男性に変身したのか、なぜ女性に変身したのかについて の研究が多くはない。少ない中からいくつかを取り上げよう。
勝俣隆氏は、「動物説話と異類物―『十二類絵巻』をめぐって」(2005 年)で、狐が女性 に変身する特徴について、
異類婚では、動物は動物の姿のままでは人間と結婚できず、例外なく人間の姿に変身 する。動物と人間の性別は、男女どちらも組み合わせるが、但し、狐の場合は、人間 の女性にしか変身できない特徴があるので、狐が女性、人間が男性の組み合わせであ る。唯一の例外は男狐が人間の女性に変身して、人間の女性に近づく「玉水物語」で ある。(略)狐がその細面から女性的イメージを背負わされ、人間の女性にしか変身で きない悲劇として理解することも可能であろう(注 14)。
と論じている。石川透氏は「御伽草子における異類婚姻譚」(2005 年)『雁の草子』、『鶴の 草子』の主人公である鳥類の変身について、
概して、御伽草子における異類婚姻譚は、動物の女が登場する話が多いのであるが、
動物の男も存在しているのである。では、同じ鳥でありながら、『鶴の草子』の場合は 鶴が女で、『雁の草子』の場合は雁が男である、という性の差は何かといえば、鶴は女 性的で、雁は男性的であることによるのであろう(注 15)。
と論じている。中村禎里氏は「日本人の動物観 変身譚の歴史」(2006 年)で、狸と狐そ れぞれ男性、女性に変身することについて、
タヌキの男性化は、その魯鈍、化け下手の印象にどのように影響をしただろう。まず、
18
キツネの女性的陰性との対比で、男性的であるタヌキの陽性が強調されたのではない どろうか。その象徴がタヌキに陰嚢八畳敷である。(略)女性的なキツネの化け上手、
男性的なタヌキの化け下手は、男性のがわに立った女性・男性観の当然の帰結だった ろう(注 16)。
と論じている。また氏は鼠が男性に変身する理由について、
ネズミ聟の話、ヘビと人との神婚説話が俗化した型であると判断できよう。キツネは ヘビの血をうけながら女性に転換したが、ネズミは雄性を失わなかった。しかしこの 動物はキツネのばあいとちがって、ヘビの呪性と神秘を喪失した。それだけでなく、
ヘビの諸性質のうち醜悪のみを抽出して残し、さらにこれに滑稽を付着したのである
(注 17)。
と論じている。柳田国男氏は「桃太郎の誕生」(1951 年)で、女性に変身した動物の特徴 に関して、女性の機織りという行為について、
古来特徴として重要視されていた機織りという行為は、だれでも良いわけでない。一 つ重要な条件としては、女性であること。かねて優秀な美女であること(注 18)。
と論じている。岡田啓助氏は「室町時代小説「蛤の草子」「鶴の草子」「浦島太郎」考」(1969 年)で、蛤、鶴の本来の姿に関して、蛤、鶴が女性に変身した後の機織りという行為につ いて、
女性が上手に機を織ることは、神を祭るのに適した重要な条件だったのである。それ 故に、女性が機を織る姿は、神に仕える女性(巫女)の姿なのである。そして、この 巫女はいつも水界と縁のある女性なのである(注 19)。
と論じている。
ここで取り挙げている先行研究は異類物の擬人化、特性、動物と人間との関係論や、人 間に変身する動物の動物像といった様々な視点からの優れた研究である。だが、これらの 研究では総じて異類物、もしくは動物が主人公である作品そのものに対する評価、文学的 意義についての論が希薄であろう。確かに、動物間の争い物の『十二類絵巻』、『鴉鷺合戦 物語』など、動物と人間との異類婚姻譚の『鼠の草子』、『浦島太郎』、『鶴の草子』等各作 品に関する研究が行われ、各作品に対する評価も高いとされた。いうまでもなく、これら の評価は各作品に対する評価であり、お伽草子の動物の作品の全体像に対する評価とは言 い難い。
19 四、『聊斎志異』に関する研究
小論においては『聊斎志異』とお伽草子との比較も研究のメインの一つである故、『聊斎 志異』に関するする研究も取り上げたい。『聊斎志異』に関する研究は 20 世紀まではもち ろん、21 世紀になっても益々盛んになり、研究内容は、創作の動機、思想、芸術、作品の 特質、主要作品の意義、聊斎の伝本研究、詩詞研究、聊斎俚曲研究、及び作者の思想観、
創作心理等多方面にわたる。2000 年から 2005 年の 5 年間だけでも学術論文だけで 424 本 もあり(注 20)、管見では、近年『蒲松齢研究』のみで毎年約 60 本の論文が掲載されている。
『聊斎志異』及び作者蒲松齢の研究分野では、袁世碩氏の『蒲松齢事跡著述新考』、馬 瑞芳氏の『聊斎志異創作論』、王平氏の『聊斎創作心理研究』、王枝忠氏の『聊斎志異撰析』、
李桂奎氏・翼運魯氏の『聊斎志異鑑賞辞典』等がある。杜貴晨氏、徐文軍氏の『聊斎志異』
に関する民間信仰、文化の研究、張鴻魁氏、劉暁静氏の聊斎俚曲の研究など優れた著書が ある。
馬瑞芳氏は『马瑞芳说聊斋(插图珍藏本)』(2014 年)で、『聊斎志異』の特徴及び評価 について、次のように論じている。
志怪小说虚构人世并不存在的人和事。用现代文艺理论术语说,是创造超现实的他界。
神、鬼、妖的他界模式与梦幻、离魂,由早期志怪小说家创造,经魏晋南北朝、唐传奇 的继承发展,到《聊斋志异》发挥到极致,如以下脍炙人口的聊斋名篇。
神:《画壁》《翩翩》《云萝公主》《菱角》
鬼:《连琐》《聂小倩》《席方平》《叶生》《陆判》
狐:《婴宁》《小翠》《辛十四娘》《恒娘》《九山王》
妖:《西湖主》《花姑子》《白秋练》《绿衣女》《香玉》
梦幻:《续黄粱》《莲花公主》《凤阳人士》
离魂:《阿宝》。
需要说明的是:
第一,神鬼妖等志怪方式在聊斋故事中不会截然分开,有些小说可能单纯描写人与
神仙、鬼混、妖怪交往;有些小说梦幻常和神、鬼、妖互相融合;有的小说神、鬼、
妖、梦幻、离魂多种方式并存。
第二,远国异民、博物奇趣、常人异行,也可能在神鬼狐妖、梦幻离魂故事出现,
或成为其辅助性手段。
20
《聊斋志异》最大的特点是展开想象的翅膀,天马行空,幻想奔驰,大做“奇”文章,
形象奇、故事奇、情节奇。不受拘束的构思,提供给作家才思和文采超常发挥的阵 地。蒲松龄借想象搭建人生中根本不可能存在的、美丽的空中楼阁,给平凡生活中 的读者以慰藉,产生极大阅读快感,受到民众欢迎,也受到世界文学名家推崇。拉 美文学巨匠博尔赫斯就是《聊斋志异》的忠诚崇拜者。2012 年诺贝尔奖得主、中国 作家莫言自称“蒲松龄的传人”,是“讲故事的人”(注 21)。
また氏は『聊斎志異』に描かれている異郷の特性について、
仙界存在于天界,存在海底龙宫,存在于深山洞府,是不老不死的
乐园。那里有奇树珍珠果,香花瑶草,美人仙乐,玉液琼浆,有永远的享乐和永恒的 生命。(省略)仙界是一瞬间,人间是若干年,是传统的时空观念。(省略)到了《聊 斋志异》里,仙界除了天界,龙宫,深山洞府之外,还经常出现所谓“点化”的仙境,
人不需要寻仙,尘世就是乐土,仙乡就是现实中(注 22)。 と論じている。『聊斎志異』における狐像について、
中国人习惯把淫荡迷人的女人叫“狐狸精”,狐狸精是中国小说传统题材,传统观念认 为,狐是妖兽,是狡猾的动物,狐狸精化为美女 蛊惑男子,吸入精气,采阳补阴。(省 略)前人小说狐狸精的特点是:
第一,狐狸精害人,使人损害健康,丧失理智甚至生命;
第二,狐狸精年代越久远,道业月深;
第三,狐狸精怕猎犬;(省略)
聊斋狐狸精与传统狐狸精不同,聊斋整个颠覆了古代小说狐狸精形象的传统模式。(省 略)聊斋狐狸精有怎样非同寻常的魅力?我们从四个方面看:
其一,聊斋创造了阳光女孩般的狐狸精;
其二,聊斋推出有独立意识的狐狸精;
其三,聊斋写活了狐狸精如何妩媚迷人;
其四,聊斋写绝了狐狸精如何狐媚害人。(省略)
人们爱聊斋里的谈狐诸则。所谓“人物异类,狐则在人物之间;幽时之间;仙妖异类,
狐则在仙妖之间。”狐处于人类和异类之间,处于阳世和阴世之间,处于神仙和妖精之 间,有着特殊的美感,让人读起来兴味盎然。(省略)蒲松龄写狐狸时,总是有意无意 地把狐狸精形象跟狐狸本身特点挂钩。美丽迷人的狐狸精是聊斋狐狸精的一部分,另一 部分狐狸精则智谋过人。她们靠过人的才智在社会和家庭安身立命,实现人生最大价值。
21
这些狐狸精有三个共同特点:第一,有明确的人生目标,有明确的道德模范,一旦认准,
矢志不渝。第二,对人生困境有深刻认识,根据这个认识采取相应措施。审时度势,机 谋权变,善于把握局面。在极度困难的情况下,性格反而发出璀璨光芒。第三,头脑及 其冷静,擅长应对复杂局面,擅长有针对性地对待各色人等,所谓“看人下菜碟”。聊斋 狐狸精是些公关好手,处理难题能手(注 23)。
と論じている。『聊斎志異』の人間が虎に変身する意義について、
《向杲》这个怪异故事是深刻的刺贪刺虐佳品。用“虎” 和人的关系做文章讽刺黑暗社会,
(省略)人化虎是中国古代小说的传统题材,蒲松龄把这个传统题材发展到了极致,写到 至臻的地步(注 24)。
と論じている。更に、『聊斎志異』の創作題材について、
蒲松龄是学者型的作家,他的作品有很多取自生活累计,也有的取自前人作品。聊斋真 正的短篇小说也就是有曲折的故事情节,成功的人物的篇章,大概二百篇,其他近三百 篇属于散文,琐记之类。而这二百篇真正的短篇小说里,能从能从前人作品中找到“本事”
或者说“原形”的大约百篇,也就是说,将近二分之一的聊斋小说不是蒲松龄独创,而是 改写前人作品。(省略)《聊斋志异》里颇有一些篇章是从唐人传奇转化出来的。蒲松龄 改写前人作品有两个绝招,一是将前人作品点铁成金,出新;二是对前人作品另辟蹊径,
写出别样风情,求异(注 25)。
馬瑞芳氏が、『聊斎志異』は前朝の怪異小説の影響を受けながら、人、鬼、、動物と共生 するという超現実的、そして前朝の怪異小説とは異なる新たな怪異小説を創作し、数多く の名作を作りあげたものであり、怪異文学の極致、文言小説の粋と評価した。中国のみな らず、海外にも注目された。また、『聊斎志異』に描かれている狐は従来の狐像とは違い、
聡明かつ善良で、人間と共に暮らし、人間に富、幸福を齎す。蒲松齢によって、狐の本質 の大きな変化が見られる。そして、『聊斎志異』の題材となったものは前朝の作品、自分自 身の経験、昔話等である。『聊斎志異』は、素材の面、思想の面、構成の面、それに蒲松齢 の豊かな想像力と文辞上の巧な技法によって、中国志異文学の集大成だと言っても過言で はないと論じている。
袁世碩氏、徐仲偉氏は『蒲松齢評伝』(2006 年)で『聊斎志異』と特質について、次の ように論じている。
一、不拘一格
蒲松龄创作的不拘一格表现在创立了“一书兼二体” 的独特小说体式。这是《聊斋志
22
异》在小说体式上的特征,也是《聊斋志异》在表现形式上的一个成就。(省略)《聊 斋志异》创作的不拘一格,也表现在小说类型的丰富上。从内容角度看,由于《聊斋 志异》的艺术触角深入到了社会生活的各个方面,所以有政治批判小说、社会风情小 说、爱情小说、科举小说等种类。除了这些之外,《聊斋志异》中有些作品反映人们 在长期的社会生活中累积的经验和智慧,有这样那样的带有普遍性的哲理意蕴,可称 为哲理小说。
二、小说诗化
《聊斋志异》的诗化倾向表现在蒲松龄所创作的有些小说具有着诗一般的意境。这
其中有两种形式:一是虽然没有或甚少诗句出现其间,但整个故事却借助传统诗歌 意象 建构而成。一是以诗作为结撰故事的重要关目,赋予故事以诗意。
三、狐鬼形象
蒲松龄曾将他的志怪小说提名为“狐鬼史”,这清楚不过地说明了狐鬼(也包括神仙、
花妖、精魅等)在其作品中的地位和比重。(省略)将狐鬼作为文学的表现对象决 不是蒲松龄的专利,但只有到了他的笔下,才创造性地出现了对这些怪异的意象化 改塑,从而赋予了其新的面貌和内涵。
四、讽刺艺术
《聊斋志异》的讽刺大体上分为两类:一类可称为正面的讽刺。(作者不但不掩饰对
对象的鄙簿嘲谑,反而以种种手法予以张扬,故其讽刺之意旨、笔法一望而知。)另 一类粉刺方式,即反讽。(作者从自身特定的生活遇境中摆脱出来,一冷静的态度,
以客观有时甚至是略带欣赏的笔调,来达到对对象的怀疑或嘲弄(注 26)。 と論じている。
袁世碩氏、徐仲偉氏が、『聊斎志異』は従来の文語文とは異なり、文語文と口語文の 併用によって、文辞上に斬新な技法を駆使し、新しい文学形式が誕生した。また『聊斎 志異』の特質の一つとして、文中に詩が多く描かれて、小説でありながら詩のような美 しいものとなった。蒲松齢は従来の人間と鬼、狐との対立関係から親近関係まで作り上 げ、鬼、狐へのイメージを大きく変えた。更に『聊斎志異』は作者自身の科挙の経験を 取り入れ、当時の社会、過酷な科挙制度等への諷刺、批判を赤裸々に描いていると論じ ている。
また著書の他にも次の研究がある。
・思想に関する、