──影響関係に関する有無の再検討を中心に──
はじめに
古代より日中において狐と人間との交流の話は多く伝えられてきた。狐は文学作品の主 人公として登場し、大きな役割を果たしている。日本文学においても、中国文学において も狐はよく美女に変身し、人間世界にやって来る。狐の変身に関しては、『玄中記』「狐五 十能変化為女、百歳為美女」また、『和名類聚抄』「狐能為妖怪至百歳化為女者也」などと あって、狐は年を重ねると美女に変身するものとされた。お伽草子の作品群には、『玉水物 語』(別名「紅葉合」)という狐と人間との異類婚姻譚の作品がある。この作品は、『玉藻の 草紙』、『狐の草子』のように、狐が美女に変身して、男性と契り、男性に悪事を働かせる 妖狐譚とは違い、美しい姫君に恋した狐は、男性に変身するのではなく、女に変身し、姫 君に仕える優しい狐として描かれている。その点『玉水物語』は、異色ある作品として、
注目されてきた。成立時期に関しては、室町末期~近世初期か(注 1)と言われているが、
不明である。中国文学史の中では、怪異小説の粋と称されている『聊斎志異』という傑作 があり、その中に同じく狐が女性に変身し、人間の女性との愛を語る話「封三娘」もある。
『玉水物語』と「封三娘」との影響関係についてはそれがない(注 2)と指摘がある。本発 表においては、先行研究を踏まえながら、2 作品を比較、分析し、影響関係の有無につい て再検討したい。
一、『玉水物語』と「封三娘」(『聊斎志異』)の伝本及び梗概
日本における狐の変身譚は、古典資料には『古事記』『日本書紀』『風土記』には見られ ず、『日本霊異記』には狐の変身譚の始祖起源である「狐為妻命令生子縁」(上―二話)の 話がある。その後『扶桑日記』第三、『今昔物語』巻十四・五や浄瑠璃『信太妻』、『神明鏡』、
お伽草子の『木幡狐』等狐が女主人公となる話、所謂「狐女房譚」が多く知られる。中国 においても、遥か魏、晋から怪異文学が興ったと言われ、中唐期に至って怪異小説は俄然 面目を一新した。その中に狐を描いた作品も多く、例えば『捜神記』の「陳羨」(阿紫伝説)、
『広異記』の「上官翼」「李参軍」「薜迥」、『太平広記』の「任氏」、『宣室志』の「計真」
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等宋の時代まで、狐と男性による怪婚譚、怪異譚も多く見られ、最も有名なのは唐代の「任 氏」である。「任氏」では主人公の狐が、仁氏という美女に変身して、鄭六という貧 乏人の妻になった。鄭六は仁氏の正体が狐であることを知りながらも深く愛し、ま た仁氏も夫の鄭六のために貞節を尽くす。任氏は未来予知の能力を発揮し、鄭六を金 持ちにした。やがて、鄭六は西方の地方官庁に任官することになった。ある日鄭六と仁氏 は旅に出て、その途中、猟犬を見た任氏は狐の正体を現し、猟犬に追いかけられて食い 殺されてしまったという悲話で終わった物語である。「任氏」は単なる怪婚譚ではなく 相互理解し合い、人間と異類の共存する恋愛譚の原点とも言える。要するに「任氏」では 従来のように異類への恐怖から、異類との親近が見られる。しかし次の宋、明代になると 再び人間と異類の関係は対立関係となった。
時代を下り、中国小説史上の怪異小説の傑作とされる『聊斎志異』があり、『聊斎志異』
には神仏、鬼の他に、83 編は狐の話である。83 編のうち 30 編以上の話は、狐が女性に変 身し、男性との異類婚姻譚もある。小論で取り上げている「封三娘」はそのうちの 1 作で ある。
『玉水物語』と「封三娘」(『聊斎志異』)の伝本及び梗概を纏めると、以下の通りであ る。
1、『玉水物語』の伝本
『玉水物語』の伝本は大きく次の二つの系統に分類されている。
・京都大学附属図書館蔵 大型絵入写本 2 巻 1 冊 京都大学文学研究科図書館蔵(潁原文庫)白描絵入写本 横 2 冊 中京大学図書館蔵 巻子本 2 軸
東北大学附属図書館蔵 奈良絵本 2 帖
東北大学附属図書館蔵 奈良絵本挿絵欠 横 2 冊 石川透氏蔵 奈良絵本 横 1 冊 石川透氏蔵 奈良絵本 横 1 冊 徳江元正氏蔵 奈良絵本下欠 横 1 冊 ・京都大学附属図書館蔵 写本(題簽「紅葉合」) 1 冊 天理大学附属天理図書館蔵 写本(題簽「みにちあわせ」) 1 冊
小論の研究対象とした伝本は、京都大学附属図書館蔵絵入写本 2 巻 1 冊(横山重・松本 隆信編『室町時代物語大成』8 角川書店 1973 年)を使用する。
118 2、『玉水物語』の梗概
中頃鳥羽のあたりに高柳の宰相という者が住んでおり、宰相には 14~15 歳の美しい 姫君がいる。ある夕暮れ、一匹の狐が花園で姫君を見初め、恋におちてしまった。狐 は悩んだ後、姫君に近づくために、14~15 歳の女に化け、ある家の養女となった。姫 君の宮仕えをしたいと養母に頼み、姫君に宮仕ることになった。狐は姫君の寵愛をう け、玉水と名付けられた。玉水は姫君の側に仕え 3 年も経ったその秋に、紅葉合が計 画された。玉水は姫君を勝たせるために、兄弟の狐を頼み、珍しい五色の紅葉を探し て貰った。そのおかげで姫君は紅葉合に勝ち、更に帝の耳にも達し、紅葉の枝が召さ れると共に姫君も入内させられた。そのころ、玉水の養母が怪病に苦しみ、見舞いに 行った玉水はその様子を見ると、母の枕の元に古狐がいた。玉水の力で古狐を退散さ せ、母の病気も治った。玉水も姫君と一緒に入内することになったが、悩んだ後姫君 に別れを告げようと決心し、今までのことを細かく書き、箱に収めた。玉水は何かが あったら、この箱を開けることを頼み、入内の日に姿を消した。姫君は玉水を探し、
箱を開けると、中には、姫君を思う言葉と姫君を見守る気持ちを述べた長恨歌も書い てあって、姫君はこれを読み、玉水の哀れな心にうたれた。
3、「封三娘」(『聊斎志異』)の伝本
先述したように、「封三娘」は『聊斎志異』の 1 作品であり、著者は明末清初の人蒲松
(1640 年~1715 年)である。「封三娘」(『聊斎志異』)の主な伝本は、第 6 章の 3 節の 1 で挙げられた故、省略する。
小論の研究対象とした伝本は、作者の死去 50 年後に、初の刊本となった青柯亭刻本(山 東省図書館蔵)を使用する。なお張友鶴著『聊斎志異会校会注会評本』(中華書局)を参考 にする。
4、「封三娘」の梗概
范十一娘は優雅美貌で、多くの縁組を求められたが、結婚相手は自分で決めると断 った。ある正月十五日、范十一娘は盂蘭盆会に詣でた折、見知らぬ絶世の美女に声を かけられた。その娘は、隣の村の人で、封三娘であると名前を教え、またお会いしま しょうと約束して、范十一娘は金の簪、封三娘は誰もみたことのない緑の簪を交換し 別れた。その後、范十一娘は封三娘との再会を待ち続け、とうとう失意のあまり病気 になり、次第に体が衰弱してしまった。おりしも重陽の節句になり、范十一娘は無理 に庭に出て見ると、一人の娘が生垣をよじ上ってきた。よく見ると封三娘であった。
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范十一娘は驚喜し、病気も治った。二人は姉妹の約束をして、封三娘は半年間范十一 娘と一緒に暮したが、再び別れを告げた。范十一娘はまた悲しくなり、封三娘の訪れ を死ぬほど待ち焦がれた。それから数ヵ月して、封三娘はやっと范十一娘に会いに来 て、結婚相手に孟秀才を勧めた。しかし、范十一娘の両親が孟秀才は貧乏人であるた め、この縁談を断り、他の男との縁談を決めた。これを知った范十一娘は、自殺して しまった。孟秀才は范十一娘の死に絶息しそうなほど痛憤し、范十一娘のお墓で哭礼 しようとすると、封三娘が訪れ、范十一娘の死体に薬をかけた。すると范十一娘がた ちまち生き返った。その後范十一娘と封三娘は山村に隠れて暮らし始めた。封三娘は いつも孟秀才の前には出ないようにして、「二人で孟氏の妻となろう」と范十一娘に言 われてもただ断るばかりであった。ある日范十一娘と孟秀才は相談して、封三娘にお 酒を飲ませ、酔ってしまうと封三娘を汚した。封三娘は目を醒まして、范十一娘に自 分は狐であり、范の美貌に惹かれたこと、色戒を破らなかったら、第一天に上るとこ ろだったこと等の真相を打ち明け、二人の幸せを祈りながら姿を隠した。これを聞い た二人はいつまでも驚嘆していた。翌年孟秀才は翰林入りをして、范十一娘と共に范 の両親に会いに行った。
二、先行研究
『玉水物語』の先行研究は、『木幡狐』『鶴の草子』『浦島太郎』等他の異類婚姻譚程、
行われていない。少ない中、小論で最も注目したのは次の二つの先行研究である。
川村絵美氏「中世小説『玉水物語』の研究─狐の純愛物語として読む─」(1998 年)
において、『玉水物語』の文学的意義について次のように論じている。
『玉水物語』は狐を扱った中世小説の中でも異彩を放った浪漫的情緒に溢れる純愛物 語であると言うことができる(注 3)。
川村氏が注目したのは、『玉水物語』に登場する雄狐が姫君に対する純情さである。雄狐が 自分の恋心を打ち明けず、ひたすら姫君に奉仕するという純愛を描いた作品と理解する川 村氏の考えは妥当と思われる。
また、安藤みな子氏は、「御伽草子『玉水物語』考─『聊斎志異』封三娘との比較─」(2004 年)において、「封三娘」の作品としての性質に関して次のように論じている。
『聊斎志異』第一七七話「封三娘」は狐が人間に化ける話である。『玉水物語』のよう