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お伽草子『雁の草子』における「雁(男性)」の登場の意味と文学的 意義

ドキュメント内 ―動物物(どうぶつもの)を中心に― (ページ 88-121)

はじめに

お伽草子の作品群には、恋愛を扱った作品が多く存在しており、人間同士の恋愛、結婚 を中心に語る作品だけではなく、異類小説(注 1)というジャンルにも異類(注 2)が人間世 界に入り込み、人間に変身し、人間と恋愛、結婚する作品も少なくない。これらの作品が 異類婚姻譚と定義されている。中には、『かざしの姫君』のように、菊が人間の男性に化け て、女性と恋愛するものもあれば、『木幡狐』、『鶴の草子』のように、狐、鶴が人間の女性 に変身し、人間の男性と結婚するもの、または、『雁の草子』、『鼠の草子』のように、雁、

鼠が人間の男性に変身し、人間の女性と契るものもある。異類婚姻譚の作品に登場する狐、

蛤、亀、鶴は女性に、雁、鼠は男性に変身する。小論においては『雁の草子』に注目し、

登場する雁は、なぜ人間の男性に変身するのかについて、先行研究を踏まえた上で、作品 の構造及び、内容との関わりを通して、考察を行いたい。その上で、本作品の文学的意義 を探ることで、『雁の草子』に対する新たな知見を得たい。

一、『雁の草子』の伝本、梗概

1、伝本

『雁の草子』の伝本として現存するのは、京都大学附属図書館所蔵の無題簽、白描絵巻 1巻のみの孤本で、その中には 6 図の挿絵が描かれている。慶長 7 年(1602 年)の写本と みられ、作品自体は室町後期成立と云われている(注 3)。『雁の草子』という題目について、

島内景二氏は、「昭和十五年に複写本が刊行される際に『雁の草子』というタイトルがあた えられて以来、それが通称となったものである。ただし「かりのそうし」と発音してきて いることには、若干の疑問を感じざるをえない。物語の本文で「雁」のことはほぼ「かり がね」と表記されているので、「かりがねのそうし」あるいは「かりがねそうし」と発音す るのが自然ではないかとも考える。」(注 4)と指摘されている。翻刻が『室町時代物語大成 三』及び、新日本古典文学大系『室町物語集 上』に収録されている。

84 2、梗概

『雁の草子』の梗概を纏めると、以下の通りである。

京都堀川辺りに住む生上達部の一人娘が宮中に仕えていたが、両親とも亡くなった 後孤独な身となった。女は自分の身の上を嘆き、毎日憂いに満ちた日々を送っていた。

ある年の秋に、女は石山観音に 7 日間の参籠に出かけた。八月十五夜(中秋の名月)

に、並び飛ぶ雁のむつまじさを羨み、鳥でも構わないので、本当に頼りになる者なら ば、契りを交わしたいと思う。すると、遠くを飛んでいた雁の中から、一羽の雁が舞 い降りて来た。参籠で疲れ、いつのまにか眠ってしまった女が目を覚ますと、傍に狩 装束の男がいた。男は越路の兵衛佐秋春と名乗り、帰京後の女を訪ね、やがて、深く 契るようになった。翌年 3 月の半ばのある夜、男は「明日は故郷に帰らなければなら ない。秋には必ず来る。」と、女に秋の再会を約束して別れを告げた。翌朝軒から飛び 立つ雁を見た女は、事情を悟り、今まで通ってきた男は、雁であることに気づいた。

だが、女は別れた後も男を慕わしく、再会を願っていた。暫く経つと、女は雁が手紙 を届けにきたという夢を見て、目が覚めると、枕もとに本当に手紙が置いてある。そ の雁信で、雁が帰路中に狩人に射殺されたことを知った。そこで女は、今まで迷って いた出家を決意し越後山田の辺りに草庵を結んで修行し、往生を遂げた。

二、なぜ、「雁」が男性に変身するのか

1、なぜ動物の変身に男女の区別があるのか

動物と人間による異類婚姻譚は上代(『古事記』、『風土記』等)を初め、中古(『日本霊 異記』、『今昔物語集』等)、中世(『古今著聞集』、『神道集』、お伽草子等)を経て近世 まで連綿と続く。動物の変身先が人間の女性か、人間の男性かという性別の相違により、

トヨタマヒメ型(動物→女性)、オオモノヌシ型(動物→男性)、その他の型(性別不明)

の 3 類の変身譚に分類されている(注 5)。女性に変身した動物は狐、白鳥、亀、蛇、蛤等、

男性に変身した動物は、ワニ(ワニはサメのことである。)、鼠、雁、シカ、狸等が挙げ られる。お伽草子では、動物が人間に変身する『木幡狐』、『鶴の草子』、『雁の草子』、

『鼠の草子』等の 17 作品は、異類婚姻譚または、怪婚譚とされている。登場する動物が、

それぞれ人間の男性、女性のどちらに変身するのかについて、最も研究されてきたのは、

狐が女性に変身する場合の研究である。例えば、勝俣隆氏は「狐の場合は、人間の女性に

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しか変身できない特徴がある。(略)狐がその細面から女性的イメージを背負わされ、人間 の女性にしか変身できない悲劇として理解することも可能であろう。」(注 6)と述べられて いる。要するに狐はイメージ的に、中国でも日本でも、人間の女性にしか変身できないも のとするのが一般的な考え方であった。

それに対して、雁が男性に変身することは如何なる理由に拠るのか。狐に比べ、他の動 物の変身に関する先行研究は少ない。『雁の草子』はその少ない一つである。管見では雁 と人間による異類婚姻譚は、恐らくお伽草子の本作品のみであろう。少なくともお伽草子 では、本作品しかみられない。異類婚姻婚でなければ「雁」は文学において、和歌の素材 としてよく詠まれた鳥である。明月、秋空との組み合わせや、北国からの来雁、春の帰雁 を詠んだ歌は多い。市古貞次氏は、『雁の草子』について、人々に愛好された雁を古歌を参 照し、擬人化しようという作者の意図が理解できると指摘している(注 7)。そこで、先行研 究では、雁が男性に変身することについて、どのように論じられてきたのか、時代順にみ てみたい。

2、先行研究

坂口博規氏は、「『雁の草子』に見る物語草子制作の問題」(1976 年)で、次のように論 じている(注 8)

市古博士の雁の擬人化の問題を考える上で次の雁を詠む歌の発想伝統をみたい。

弁乳母

折 し も あ れ い か に 契 り て か り が ね の 花 の 盛 り に か へ り そ め け む

(新古今・春歌上)

法印覚寛 帰る雁越路の空のしら雲に都の花の面影やたつ (続千載・雑歌)

寂蓮法師

花 の 色 を よ そ に 見 捨 て 行 く 雁 も お く る る つ ら は 心 あ る ら し

(新拾遺・雑歌上)

正三位成国

な れ て 憂 き 後 の 別 れ を 思 へ ば や 花 よ り さ き に 雁 の 行 く ら む

(同上)

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等々の和歌は、雁の春帰る習性を「花との別れ」として詠むもので、このような和歌 の情趣がそのまま『雁の草子』作成上の基調となっている。(略)花と雁共々の擬人化 による哀別離苦の物語とは言及できないまでも、今挙げた花との別れを詠む帰雁の歌 にかよう情趣がこの物語の主題そのものと関って最も重要な発想契機となっているこ とが認められる。

坂口氏が注目するのは「花との別れ」である。一般に、「花」は、「女性」を指すことが 多い。即ち、花である女性と別れる雁は、男性であることを示すとしている。秋にやって 来る雁が、春になると帰るという「来雁」、「帰雁」という雁の性質に基づき、「花」を「女 性」、「雁」を「男性」と理解する坂口氏の考えは妥当と思われる。

また、石川透氏は、「御伽草子における異類婚姻譚」(2005 年)で、『雁の草子』、『鶴の 草子』の主人公である鳥類の変身について、次のように論じている(注 9)。

概して、御伽草子における異類婚姻譚は、動物の女が登場する話が多いのであるが、

動物の男も存在しているのである。では、同じ鳥でありながら、『鶴の草子』の場合は 鶴が女で、『雁の草子』の場合は雁が男である、という性の差は何かといえば、鶴は女 性的で、雁は男性的であることによるのであろう。

石川氏は「雁」は鳥の性格が男性的イメージであるため、男性に変身したとされる。確 かに、雁は鶴に比べると、鶴のように美しい外見ではない。だからと言って、外見だけで 男性的、女性的と言い切れるだろうか。雁の外見のみから判断するより、むしろ作品自体 の内容による考察が必要だと思われる。この点については、3・4 節で詳しく考察したい。

大坪俊介氏は、「『雁の草子』にみる異類婚姻譚の悲恋―狐女房譚との比較を中心にー」

(2010 年)で、男(雁)女の別れについて、次のように述べている(注 10)。

一度の別れに雁という動物の性質が大きく関わってくるという点が重要であり、雁 であるから春には去るしかない。

二人の結婚は、秋に始まり、春に終わる。これは、先述したように、雁の渡り鳥として の秋、春の移動という特徴に注目したものである。また、多くの異類婚姻譚の異類と人間 との結婚は人間同士の結婚と違い、短期的であり、別れざるを得ない結婚である(注 11)こ とにも着目して、一時的な結婚相手である異類は、別れる時期が必ずやってくるという考 えにも通じる。『雁の草子』の場合、別れのきっかけとなるのは、「春の帰雁」である。秋 に訪れ、春に別れることを考えると、登場者として相応しいのは、冬の渡り鳥で、中でも、

日本の文学で好まれた「雁」だと想像できる。従って、女性と別れていく雁は男性として

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