はじめに
日本の文学史において、平安時代から江戸時代までの文学は、主に貴族の文学、武士の 文学、庶民の文学と分類されている。14 世紀から 17 世紀にかけて成立した短編物語類の お伽草子には、およそ 500 編近くも作品がある。中には王朝時代からの貴族の恋愛物や、
中世を象徴とする武家、僧侶物語、近世時代の庶民、芸能者を主人公にすえた物語もあれ ば、人間以外の異類物、謂わば、動物、植物、神仏、妖怪、調度品等を主人公として描か れているものもある。管見では、このような多種多様な主人公が登場する物語は他のジャ ンルでは見られないだろう。そして、動物を擬人化させ、動物の世界だけを描いたもの、
動物の変身によって人間との恋愛、結婚といった異類婚姻譚等実に百花繚乱と言えよう。
筆者はこういったお伽草子に魅了されて、特に動物の登場する作品の多さに着眼した。小 論では、お伽草子の動物物(どうぶつもの)(注 1)の作品数及び登場する動物の種類を調査 し、説話集との比較を行う。その上で、なぜ動物物が多いかを検討し、これらを踏まえて、
お伽草子の動物物文学史的の意義を探りたい。
一、お伽草子と説話とのかかわり
一般に、説話とは伝説、民話、昔話、世間話などの口承文芸で、その特徴は奇想天 外,荒唐無稽といった非日常性である。説話文学とは、説話を利用,編纂し、個人的 に批評等を加えた創作行為だと言われている。お伽草子は説話や説話文学の源泉の一 つである。徳田和夫氏は、
物語文学としてのお伽草子の特質は説話性の獲得にあるといえる。つまり作品は、
説話に見られる新奇性と伝承性に富んでおり後者によって複数集団により擬装す るのである。(略)お伽草子は中世期のたびかさなる説話集の編纂、唱導説教や談 義、注釈で語られる夥しい説話と層を接し、また能や幸若舞曲の趣向と表現に敏 感に反応していたのである。(略)お伽草子作品を当代までの説話集やそれに準じ る古文献(注釈・談義書の類)中の説話と照らし合わせてみてみると、直接の典 拠か否かはさておいて、物語全体の展開と一致するものが多数指摘できる(略)
37 其の数は 90 種ほどに及んでいる(注2)。
また、お伽草子と説話文学の共通点について氏は、「形態の短編性」「説話集との同型の 話柄」「会話文の多用」「短編の羅列による説話集的形態のお伽草子の存在」「多くの説話や 故事の引用と中世教養人の説話愛玩と知的遊び」と述べられている(注3)。
更に説話文学とお伽草子の文学史的意義について、勝俣隆氏は、
説話文学とお伽草子の関係につき、文学史的意義を述べれば、今まで出典不明であっ たお伽草子の説話が古今集の古注釈等に見出され、挿話的か、本説かの違いはあれ、
両者の密接な関係が改めて浮かび上がった点にあろう。直接の継承関係にあるのか、
その影響下にある秘伝等を基にしたものか、あるいは別の道筋かなどについては、更 に検討すべき課題は残されている。この説話が説経・能・狂言等、同期の他のジャン ルの作品にも見出される時、伝本による違いも含めた精緻な比較より、近縁な文学作 品同士の影響関係・前後関係が一層鮮明に浮かび上がってこよう。何よりも、説話を 愛好した室町人の「室町ごころ」と触れ合えるところに、本テーマの意義があると考 える(注 4)。
とされる。説話文学とお伽草子の関係の研究史においては、三谷栄一『物語文学史論』、大 島建彦『お伽草子と民間文芸』、福田晃『神道集説話の成立』を初めとし、他にも松本隆信
『中世における本地物の研究』、岡見正雄『室町ごころ』、佐竹昭弘『下剋上の文学』、徳田 和夫『お伽草子研究』、浅見和彦『説話と伝説の中世圏』、石川透『室町物語と古注釈』及 び徳江元正、藤井隆、沢井耐三、小林健二氏等の好論が挙げられ、優れた業績が残された。
二、お伽草子の動物物の分類
市古貞次氏は、お伽草子の異類物について次のように分類されている(注 5)。
表 2 市古氏(1955 年)による異類物の分類 異類物
怪婚譚 純粋な異類物
(擬)歌合物 (擬)恋愛物 (擬)軍記物 (擬)遁世物 *表は筆者作成
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市古貞次氏の分類では、表 2 の通り異類物を「怪婚譚」、「純粋な異類物」の 2 類に分類 し、更に「純粋な異類物」を(擬)歌合物、(擬)恋愛物、(擬)軍記物、(擬)遁世物 の 4 類に分類されている。小論の分類としては、表 3 の通りお伽草子の動物が主として描 かれている作品を、動物と人間との交流による「動物の変身譚」、動物のみ登場する「動 物の擬人化」の 2 類に分けたい。「動物の変身譚」を妖怪退治譚、異類婚姻譚、異類報恩 譚の 3 類に細分し、また動物の擬人化の合戦物と歌合物を「動物間の争い」として取り上 げる。この分類は勝俣隆氏の、お伽草子の動物の描き方を、作品の背景としての動物「蟻 通明神の縁起」「釈迦の本地」、動物と人間の交流、動物のみの擬人化の 3 類の分類(注 6)
と異なる。ここで「動物の変身譚」として取り上げたのは、動物の変身は其々の作品の意 図にしろ、お伽草子の伝承問題、民俗学にしろ、大きな意義を持ち、注目すべき課題だと 考えているからである。動物の合戦物と歌合物を「動物間の争い」に統合したのも、作品 の内容から判断すると合戦も歌合も各自の目的、主張によって、味方となる動物を集め、
競技や論争で、争うこととなるため、統合する方が合理的だと考えているからである。
表 3 お伽草子の動物物の分類 動物の変身譚(動物→人間) 動物の擬人化
分類 妖怪 退治譚
異類 婚姻譚
異類 報恩譚
動物間の 恋愛物
動物間の争い 発心 遁世物 合戦物 歌合物
作品例 玉藻の草紙 木幡狐 鶴の草子 のせ猿そうし 鶏鼠物語 四生の歌合 ゑんがく
*表は筆者作成
各類の作品を挙げます。まず、動物の変身譚としては、
妖怪退治譚→『玉藻の草紙』、『岩竹』、『化物草紙』、『田村の草子』、『俵藤太物 語』など
異類婚姻譚→『木幡狐』、『鼠の草子』、『雁の草子』、『玉水物語』、『いなり妻の 草子』、『狐の草子』、『鼠草紙』、『蛤の草子』、『天稚彦物語』『七人 児子絵巻』など
異類報恩譚→『浦島太郎』、『鶴の草子』(注 7)、『短冊の縁』などがあり、
動物の擬人化としては(注 8)
動物間の恋愛物→『をこぜ』、『あわびの大将物語』、『のせ猿そうし』、『ふくろふ』、
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『あた物語』、『虫妹背物語』など 動物間の争いには、
合戦物→『隠れ里』、『鶏鼠物語』、『十二類絵巻』、『犬鷹合戦物語』、『魚太平記』、
『諸虫太平記』、『精進魚類物語』、『鴉鷺合戦物語』など
歌合物→『魚虫歌合』、『魚の歌合』、『獣の歌合』、『鳥の歌合』、『虫の歌合』、『虫の訓庭』、
『こほろぎ物語』など
発心遁世物→『ゑんがく』、『胡蝶物語』、『雀の発心』、『東勝寺目鼠物語』などが ある。
三、お伽草子・説話集に登場する動物
お伽草子と関係の深い主要な説話集としては、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『沙石集』
『打聞集』『雑談集』『十訓抄』『古今著聞集』『神道集』『古事談』『発心集』『三国伝記』等 の多数がある。先述したように、小論において、お伽草子にはなぜ動物物が多いかという 主旨で論じるものであり、この疑問を究明するために、まずお伽草子に登場する動物の数、
及び『今昔物語集』等の説話集に登場する動物の数を調べ、それから、お伽草子と説話集 との比較をする(注 9)。次の表 4 は、お伽草子と其々の説話集に登場する動物の種類及びそ の数を纏めたものである。
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表 4 お伽草子及び説話に登場する動物数 作品名
全作品数
(動物)
作品数
登場する動物数
合計 獣類 鳥類 虫類 魚類
お伽草子 約 500 171 28 100 47 121 296 今昔物語集 1000 余り 56 25 21 22 11 79 宇治拾遺物語 197 18 5 1 4 2 12 沙石集 128 12 2 3 6 0 11 十訓集 311 7 1 2 4 1 8 雑談集 73 17 1 1 2 0 4 古今著聞集 726 47 11 6 6 4 27
打聞集 27 1 0 0 1 0 1
注:表は筆者作成。なお表の一部の数字は勝俣隆氏、岳本香織氏の調査による(注 10)。 また、古典文学においては、獣類はすべて哺乳類で、鳥類はすべて鳥類。現代の 概念と異なり、虫類には昆虫、クモのほかに「虫偏の生き物」すなわち、ヘビ、
ハマグリ、カエルなどを含む。魚類には魚のほかにクジラ、ワニなど「魚偏の 生き物」も含む。
表 4 の通り、お伽草子には約 500 の物語が収録されている。そのうち何らかの形で 動物の登場する作品は 171 編もあり、約 4 割という極めて大きな割合を占めている。
作品に登場する動物の数は獣類 28 種類、鳥類 100 種類、虫類 47 種類、魚類 121 種類、
合計 296 種類である。一方、日本の 3 大説話集とされている『今昔物語集』『宇治拾 遺物語』『古今著聞集』に登場する 4 類合計の動物の数は、79 種類、12 種類、27 種 類である。表 3 で示しているように、お伽草子には動物物にしろ、登場する動物の数 にしろ、各説話集よりはるかに多いことが明らかである。
また、次の表 5 通り、171 編の作品には、動物が主人公として描かれている作品は 76 編、動物が疑人化され、主として描かれている作品は 71 編、動物と人間との異類 婚姻譚は 17 編である。表 4 と照らし合わせれば、分るようにこれらの作品数は説話集 では見られない数字であろう。お伽草子の作者はいかなる理由でこれほどの作品を創 作できたのか。この疑問を究明するため、当時の社会変化、歴史的背景、自然への関