博 士 ( 農 学 ) 金 輪 理 佳 子
学 位 論 文 題 名
食肉の熟成に伴う細胞骨格夕ンパク質デスミンの変化に関する研究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本 論 文 は 総 頁 数 104頁 の 和 文 論 文 で 、 図48お よ び 引 用 文 献57を 含 ん で い る 。 食肉 の品 質を 評価 する 場合 、軟らかさ、味、香り、色調および多汁性が基準とな るが、軟 ら かさ は消 費者 の嗜 好性 に大 きく影響するため最も重要である。食肉の軟らかさは 、筋原線 維 と筋 肉内 結合 組織 であ る筋 内膜および筋周膜の性状に支配され、家畜の品種、年 齢、性別 お よび 食肉 の部 位の よう に生 体時に備わっている部分と、屠畜後に熟成することに よって獲 得 され る部 分と から 成り 立っ ている。日常的に利用されている食肉は屠畜後、一定 の熟成期 間 を経 て食 味が 向上 し、 付加 価値が与えられたものである。熟成は3〜5℃で行われ 、牛肉で は9〜3週間 、豚 肉で は6〜10日、鶏肉では半日〜1日を必要とするが、これらの熟成 期間に、
食 肉の 硬さ は当 初の 値の50〜60%に低下する。熟成中の食肉においては乳酸の蓄積 によって pHが5.5付 近ま で低 下し 、ATPが消 失す るな どの 非生 理的環境となるために筋小胞 体やミ卜 コ ンドルアはCao゛を内部に 取り込んでおく機能を失い、Ca9+が漏出するので筋漿のCa2+濃度 が 上昇 して 最終 的に は生 体時 の骨 格筋 が弛 緩し てい る 時の約2,000倍に相当する0.2 mMに達 す る。 この よう な条 件下 で、 プ口テアーゼによるタンバク質の加水分解が食肉の軟 化の主因 で ある と考 えら れて いた が、 カテプシン類については、牛肉を30日間熟成してもラ イソソー ム から 漏出 しな いの でそ の可 能性 が否 定さ れ、m−カ ルバ イン は活 性化 に1〜5 mMのCa2+を 要 求するのでその関与も否定されている。現在では、50〜70 Lt,MのCa2゛で活性化されるpカ ル バインが可能性のある唯一のプ口テアーゼとして考え られている。しかし、L・カ ルバイン の至適条件は25℃およびpH 7.5であり、熟成中の食肉の非生理的条件とは大きく異なるため、
熟 成に 伴う 食肉 の軟 化に ぃカ ルパインが寄与しているかどうかは疑問である。一方 、食肉の 軟 化の 原因 とし て筋 原線 維構 造の 脆弱 化す なわ ちZ線 の脆弱化、アクチン・ミオシ ン間に形 成 され た硬 直結 合の 脆弱 化、 ネブリンフィラヌン卜の断片化およびコネクチンフイ ラヌント の 断片 化が あり 、こ れら は全 て0.1 mMのCa2+に よっ て 非酵 素的 に誘 起さ れる ので 、「食肉 の 軟化 に関 する カル シウ ム説 」が提唱されている。細胞骨格夕ンパク質であるデス ミンは骨 格 筋組 織に おけ る生 理的 条件 下で 重合 して 直径10 nmの中間径フィラメントを形成 し、筋原 線 維のZ線 の周 囲を 取り 巻 き、 隣り 合う 筋原 線維 をZ線 部分 で連 結す ると とも に筋 原線維を 細 胞膜 の内 側に つな ぎ止 め 筋線維内で筋原線維の位置を固定する役割を果たして いる。著 者 は、 食肉 を熟 成す る過 程で デスミン中間径フィラメントが生体時の構造を維持で きなくな り 、筋 原線 維同 士お よび 筋原 線維と細胞膜の連結が脆弱になり、そのことが熟成に 伴う食肉 の 軟化 に寄 与し てい ると 考え た。本研究では、熟成に伴う食肉の軟化機構を解明す ることを 目 的と して 、食 肉の 熟成 に伴 うデスミン中間径フィラメントの変化と、その変化が どのよう な 機構 によ って 引き 起こ され るのかについて追究した。さらに、熟成中の食肉の非 生理的条 件下におけるu―カルバインの活性を調ベ、L.一カルパインがデスミンおよび筋原線維構造の脆
弱 化 に 関 与 し て 、 食 肉 の 軟 化 を も た ら し て い る の か 否 か に つ い て 追 究 し た 。 (1)デスミン中間径フイラメン卜の変化
熟成中の食肉から経時的に筋原線維を調製すると、熟成に伴いデスミンはZ線から消失し、
デスミン中間径フィラメントが変化して筋原線維のZ線から遊離することが分かった。豚の 大腿二頭筋から精製したデスミンを重合させ、中間径フィラヌントを形成させて粘度を測定 すると、プ□テアーゼ阻害剤およびプ口テインCキナーゼ阻害剤の存在下でCa2+の添加によ って粘度は急激に低下し、0.1 mM Ca9゛およびpH 7.0で最大に起こった。電子顕微鏡で観察 すると、中間径フィラヌントを形成していたデスミンは、0.1 mMのCa2+を添加した後では粒 子状になって分散しており、デスミン中間径フィラヌントはCa9+の特異的作用によって脱重 合し、筋原線維のZ線から遊離することが明らかになった。デスミンにはCa結合能が認めら れ、デスミン1モルあたり0.8モルのCa'2+が結合した。従って、中間径フィラメン卜を形成し ているデスミンに、モル比で1:1のCa2+が結合すると、中間径フィラメントが脱重合するこ とが判明した。
(2)デスミン分子の変化
0.1 mMのCa2+によって脱重合し、単分子となったデスミンの変化を調べるため、4℃で熟 成した食肉から筋原線維を調製し、10%S DS‑PAGEに供試してイムノブ口ッテイングを行い、
デスミン分子および生成した分子断片を検出した。食肉の熟成に伴いデスミン分子は46,42, 40および38 kDaの分子断片に断片化し、その速度は鶏肉、豚肉および牛肉の順に速く、各食 肉の熟成の速度と一致していた。また、調製した筋原線維をプ口テアーゼ阻害剤の存在下で、
0.1 mMのCa2+を含む溶液で処理すると、食肉を熟成した場合と同様にデスミン分子は断片化 した。デスミン分子の断片化はCa2゛濃度およびpH依存性を示すが、温度依存性を全く示さな いことから、デスミン中間径フィラメントの脱重合と同様、0.1 mM Ca2゛の特異的作用による ものであることが明らかになった。デスミン分子の断片化の速度は、中間径フィラヌントの 脱重合の速度に比べて非常に遅いことから、食肉の熟成の過程では始めにデスミン中間径フ ィラメントが脱重合した後、デスミン分子が断片化することが分かった。Ca2+が結合したデ スミン分子は徐々に断片化すると考えられる。
(3)非生理的条件におけるu,−カルパインの活性
豚の大腿二頭筋から精製したぃカルパインを用い、カゼインあるいは筋原線維を基質とし、
反応混液のpHを正確に測定して活性を調べると、25℃ではpH 5.5においても最大値の17% の活性を示したが、15℃以下およびpH 5.85以下では全く活性を示さず、食肉の熟成中の非 生理的条件下ではu―カルパインは不活性であることが明らかになった。Koohmaraieらは 5℃およびpH 5.5〜5.8においてもPカルパインは至適条件における最大値の24t‑‑ 28%の活性 があると報告しており、この事が熟成に伴う食肉の軟化に対するpカルパインの寄与を主張 する根拠になっている。彼らの結果と本研究の結果が大きく異なる原因を追究し、5 mg/ml のカゼインあるいは筋原線維の緩衝作用の方が50 mM bufferより強いために、反応混液の pHは0.3〜0.4 unitも中性側ヘシフトすることを明らかにし、彼らはpHが中性側へかなルシ フ 卜 し た 反 応 混 液 を 用 い た た め に 誤 っ た 結 果 を 得 た と 論 じ て い る 。 以上のように、食肉の熟成の過程ではpカルバインは不活性であり、デスミン中間径フイ ラメントの脱重合およびデスミン分子の断片化が0.1mMのCa2+によって非酵素的に惹起さ れる事実は、熟成に伴う筋原線維構造の脆弱化が0.1 mMのCa2゛の特異的作用によるという
「 食 肉 の 軟 化 に 関 す る カ ル シ ウ ム 説 」 を 支 持 す る も の で あ る と 結 論 し てい る 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 高 橋 興 威 副 査 教 授 島 崎 敬 一 副 査 助 教 授 服 部 昭 仁
学 位 論 文 題 名
食肉の熟成に伴う細胞骨格夕ンパク質デスミンの変化に関する研究
本 論 文 は 総 頁 数104頁 の 和 文 論 文 で 、 図48お よ び 引 用 文 献57を 含 ん で い る 。 食 肉 の 品 質 の 中 で 消 費 者 が 最 も 重 視 す る の は 軟 ら か さ で あ る 。 屠 畜 後 、 食 肉 の 熟 成 は3〜5℃ で 行 わ れ 、 牛 肉 で は2〜3週 間 、 豚 肉 で は6〜10日 、 鶏 肉 で は 半 日 〜1日 を 要 す る が 、 こ れ ら の 熟 成 期 間 に 、 食 肉 の 硬 さ は 当 初 の 値 の50〜60% に 低 下 す る 。 熟 成 中 の 食 肉 に お い て は 、pHが5.5付 近 ま で 低 下 す る な ど の 非 生 理 的 環 境 と な る た め に 、 筋 小 胞 体 や ミ ト コ ン ド リ ア か らCa2+が 漏 出 す る の で 細 胞 液 のCa2+濃 度 は 、 生 体 時 の 約2,000倍 に 相 当 す る0.2 mMに 達 す る 。 こ の よ う な 条 件 下 で 、 プ 口 テ ア ー ゼ に よ る タ ン パ ク 質 の 加 水 分 解 が 食 肉 の 軟 化 の 主 因 で あ る と 推 定 さ れ 、50^‑70 yMのCa2十 で 活 性 化 さ れ るu― カ ル パ イ ン の 可 能 性 が 考 え ら れ て い る 。 し か し 、u一 カ ル パ イ ン の 至 適 条 件 は25℃ お よ びpH7.5で あ り 、 熟 成 に 伴 う 食 肉 の 軟 化 にu− カ ル バ イ ン が 寄 与 し て い る か ど う か は 疑 問 で あ る 。 一 方 、 熟 成 に 伴 う 食 肉 の 軟 化 の 原 因 で あ る 筋 原 線 維 の 諸 構 造 の 脆 弱 化 は 全 て0.1mMのCa2+に よ っ て 非 酵 素 的 に 誘 起 さ れ る の で 、 「 食 肉 の 軟 化 に 関 す る カ ル シ ウ ム 説 」 が 提 唱 さ れ て い る 。 細 胞 骨 格 夕 ン パ ク 質 で あ る デ ス ミ ン は 生 体 内 で は 重 合 し て 直 径10 nmの 中 間 径 フ ィ ラ ヌ ン ト を 形 成 し 、 筋 原 線 維 のZ線 の 周 囲 を 取 り 巻 き 、 隣 り 合 う 筋 原 線 維 を 連 結 す る と と も に 筋 原 線 維 を 細 胞 膜 の 内 側 に つ な ぎ 止 め 、 筋 線 維 内 で 筋 原 線 維 の 位 置 を 固 定 す る 役 割 を 果 た し て い る 。 本 論 文 は 、 熟 成 に 伴 う 食 肉 の 軟 化 機 構 を 解 明 す る こ と を 目 的 と し て 、 食 肉 の 熟 成 に 伴 う デ ス ミ ン 中 間 径 フ ィ ラ ヌ ン ト の 変 化 の 機 構 に つ い て 追 究 し て い る 。 さ ら に 、 熟 成 中 の 食 肉 の 非 生 理 的 条 件 に お い てu― カ ル バ イ ン が 食 肉 の 軟 化 を も た ら し て い る の か 否 か に つ い て 追 究 し て い る 。 得 ら れ た 結 果 は 以 下 の 通 り で あ る 。
(1) デ ス ミ ン 中 間 径 フ ィ ラ ヌ ン ト の 変 化
食 肉 の 熟 成 に 伴 い デ ス ミ ン は 筋 原 線 維 のZ線 か ら 消 失 し 、 デ ス ミ ン 中 間 径 フ ィ ラ メ ン ト が 変 化 し てZ線 か ら 遊 離 す る こ と を 見 出 し た 。 精 製 し た デ ス ミ ン を 重 合 さ せ 、 中 間 径 フ ィ ラ メ ン ト を 形 成 さ せ て 粘 度 を 測 定 す る と 、C a2+の添 加に よっ て 粘度 は急 激に 低 下 し 、O.l mM Ca2+で 最 大 に 起 こ っ た 。 電 子 顕 微 鏡 観 察 に よ り 、 デ ス ミ ン 中 間 径 フ ィ ラ メ ン ト はC a2+の 特 異 的 作 用 に よ っ て 脱 重 合 し 、 筋 原 線 維 のZ線 か ら 遊 離 す る こ と
が明らかになった。デスミンにはCa 結合能が認められ、中間径フィラメントを形成 しているデスミン
1モルに1 モルの
C a2+が結合すると、脱重合して食肉の軟化に寄 与することを明らかにした。
(2 )デスミン分子の変化
C a2+
の結合によって脱重合し、単分子となったデスミンの変化をイムノブ□ット法 で調べ、食肉の熟成に伴いデスミン分子は46 ,42 ,40 および38 kDa の分子断片に断 片化すること、および調製した筋原線維をプ口テアーゼ阻害剤の存在下で、0.1 mM の
C a2+を含む溶液で処理した場合も同様に断片化することを見出した。デスミン分 子の断片化は温度依存性を全く示さないことから、
0.1 mM Ca2+の特異的作用によ ることを明らかにした。断片化の速度は中間径フィラメントの脱重合の速度より非常 に遅いことから、食肉の熟成の過程ではデスミン中間径フィラヌン卜が脱重合した後 に、デスミン分子が断片化することが分かった。
(3 )非生理的条件におけるu 一カルパインの活性
骨格筋から精製したu 一カルノ`インについて、pH 7.0 のカゼインを基質として活性 を調ペ、15 ℃以下および
pH 5.85以下では全く活性を示さないので、食肉の熟成中の 非生理的条件下では
uーカルバインは不活性であることを明らかにした。5 ℃および
pH5.5〜5.8 においてもu 一カルバインは至適条件における最大値の
24〜28 %の活性 があるとの報告があり、熟成に伴う食肉の軟化に対するu 一カルバインの寄与を主張す る根拠になっている。本研究の結果がこれと大きく異なる原因を究明し、5 mgml の カゼイ ンの緩衝作 用の方が
50mMbufferより 強いために 、反応混液 の
pHは0 .
3〜
0.4unit も中性側ヘシフ卜することを明らかにし、既報の結果は、pH が中性側へかな ル シ フ 卜 し た 反 応 混 液 を 用 い た た め に 誤 っ て い る と 論 じ て い る 。
以上の結果に基づいて、食肉の熟成中にu 一カルバインは不活性であり、デスミン中 間径フィラヌントの脱重合およびデスミン分子の断片化がO .1111M のCa2 +によって非 酵素的に惹起される事実は、筋原線維構造の脆弱化がCa2 +の特異的作用によるという
「食肉 の軟化に関 するカルシ ウム説」を 支持するも のであると 結諭している。