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博士(文学) 多田圭介 学位論文題名

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Academic year: 2021

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     博士(文学)   多田圭介 学位論文題名

ロゴスと真理―ハイデガーのロゴス論―

学位論文内容の要旨

  

本 論文 は、

M.

ハ イデ ガ ー(1889‑1976) の 主著 『存 在 と時 間』

(1927)

の思想を、「ロゴス」

と い う 観 点 か ら 捉 え な お した も ので あり 、全

6

章 から 構成 さ れて いる 。全 体を 貫 く多 田氏 の 主 要な 関心 は『 存在 と 時間 』の 核心 とな る べき 、し かし 書 かれ るこ との なか っ た第 一部 第 三 篇に おい て論 じら れ るは ずで あっ た「 あ らゆ る存 在理 解 の可 能的 地平 とし て の時 間」

sZ

.1 ) 即ち テ ンポラリテートがい かに現象学的構成にもたら されるかを1944 年のへラクレ イ ト ス の ロ ゴ ス 論 に い た るま で 追跡 する こと にあ る 。こ の根 本的 関心 の もと で全

6

章 を貫 く 主 題は 、『 存在 と時 間 』の 体系 構想 を、 ア リス トテ レス の 『ニ コマコス倫理学』第6 巻に お け る「 魂の ロゴ スを 持 つ五 つの 部分 」( テクネー、知識、ヌ ース(直観知)、プロネーシ ス ( 実践 知、 良心 )そ し てソ ピア (知 恵) )の解釈として読む ことにある。この問題意識か ら 『 存在 と時 間』 を解 釈 した 先行 研究 とし て は、 ヴォ ルピ や キシ ール など 複数 が 挙げ られ る 。 それ らと 多田 氏の 本 論文 の立 場を 分か っポイン卜は以下の ものである。まず、『存在と 時 間 』と いう 書物 の主 導 的目 的を 明ら かに す るこ と、 第二 に は、 その 目的 に鑑 み て、

1944

年 夏 学期 講義 にお ける 「 ロゴ ス論 」ま でを 、 その 目的 を完 遂 する ため に『 存在 と 時間 』の 立 場 を維 持し よう とし た もの とし て再 検討 す るこ とに ある 。 その 主導 的目 的と は 氏に よれ ぱ 哲 学的 根本 諸概 念と し ての 「ウ ーシ ア」 の 根底 に「 恒常 的 現前 性」 とい う時 間 様態 を見 出 す こと 、さ らに 、そ れ を非 本来 的時 熟に 基 づく もの とし て 「解 体」 し、 それ を 統べ る本 来 的 時間 の動 性を 語る こ とに ある 。こ の視 点 から 『存 在と 時 間』 の構 想を 捉え な おす こと に よ り、 氏は アリ スト テ レス にお ける プロ ネ ーシ スに 対す る ソピ アの 優位 をハ イ デガ ーが 逆 転 させ たと いう 従来 の 解釈 に対 して 、ハ イ デガ ーは アリ ス トテ レス と同 様に ソ ピア の優 位 を 主 張 し 、 ソ ピ ア を そ れ に 相 応 し い 仕 方 で 語 り 返 し て い る と 論 じ る 。

  

1

章「 『存 在 と時 間』 第7 節に おけ るロ ゴ スの 定義 をめ ぐ って 」で は、 『存 在 と時 間』

の 「 方法 論」 を提 示し て いる 。こ とに 、「 方 法節 」と も呼 ば れる 序論第7 節を検討する。そ

こで は、「現象学」という概念 が、「現象」と「学(ロゴス)」とに分けられ、その方法的役割

か ら 個別 に定 義さ れる 。 「現 象」 とは その 動詞形中動相の意味 が「己を示すこと」「明るみ

へ 置 く」 であ るこ とか ら 、「 自己 示現 する もの、顕なもの」で ある。そこから本論文の主題

を提 示する。「現・存在とb ヾう名称を担うこの存在者は、「明け開かれて」存在する。..この

明 け 開か れて ある こと の 明る みを 我々 が理 解 する のは 、た だ 、我 々が 何か 或る 植 えっ けら

れ た 事物 的な カと いう よ うな もの を求 めず 、 現存 在の 全存 在 体制 に、 っま り関 心 に、 その

関 心 を可 能に して いる 実 存論 的可 能性 の統 一 根拠 を、 問い か ける 場合 のみ であ る 。脱 白的

時 間 性が 現を 根源 的に 明 け開 いて いる 」(S2350) 。 こ の現 象の 「ロ ゴス」が探求される。ハ

(2)

イ デ ガ ー は 、 言 表 の 「 真 」 と そ れ に 先 行 す る ア イ ス テ ー シ ス ・ ノ エ ー シ ス の 「 真 」 に つ い て 語 る 。 そ し て そ の 両 者 を 現 象 学 の 「 予 備 概 念 」 に そ え 、 そ の 「 真 」 と 区 別 さ れ た 現 象 学 の 「 理 念 」 を 示 唆 し て い る 。 第1章 は 、 こ れ ら の 事 象 連 関 を 解 き ほ ぐ す こ と に 向 け ら れ 第2 章 以 下 の ア リ ス ト テ レ ス 解 釈 の 導 入 部 の 位 置 づ け を 持 つ 。

  第2章 「 『 形 而 上 学 』 第9巻 第10章 に お け る 「 非 複 合 的 な も の 」 の 位 相 を め ぐ っ て 」 で は 、 ア リ ス 卜 テ レ ス 『 形 而 上 学 』 当 該 個 所 に お け る 「 非 複 合 的 な も の 」 の 解 釈 を 検 討 し て い る 。 「 非 複 合 的 な も の 」 の う ち か ら 現 存 在 の 現 在 化 す る 動 性 の 先 行 性 が 汲 み だ さ れ る 。 ヌ ー ス が そ の 非 複 合 的 な 対 象 に 接 触 し て い る こ と が 真 理 の 第 て 次 的 所 在 を 言 表 や 命 題 に 求 め る ま え に 、 「 出 会 い と し て の 真 理 」 っ ま り 非 隠 蔽 性 と し て の 真 理 理 解 の 基 礎 を 提 供 し て い る 。 彼 は 感 覚 や ヌ ー ス の 接 触 に 、 い か な る 偽 の 可 能 性 も な い 「 ロ ゴ ス 的 契 機 」 を 析 出 し て い る 。 ハ イ デ ガ ー は 「 非 複 合 的 な も の 」 の エ ネ ル ゲ イ ア に お い て の み 存 在 す る と い う 性 格 に 基 づ き 、 さ ら な る 展 開 を 見 せ 、 こ れ を 「 直 前 性 」 と 結 び っ け 、 そ の 根 底 に 「 現 前 性 」 と い う 「 時 間 的 契 機 」 を 見 出 し て い る 。 「 恒 常 的 現 前 性 」 は ハ イ デ ガ ー が そ の 初 期 か ら 晩 年 に 至 る ま で 解 体 の 対 象 と し て 格 闘 を 続 け た も の で あ る 。 ハ イ デ ガ ー は 「 ア リ ス ト テ レ ス が 単 純 な も の と の 関 連 で 捉 え て い る 存 在 者 の 純 粋 な 被 発 見 性 は 現 前 的 な も の の 塞 が れ ざ る 塞 が れ え な い 純 粋 な 現 在 に 他 な ら な い 。 . ・ ・ 存 在 を 現 前 性 と し て 現 在 か ら 理 解 す る と は 、 存 在 を 時 間 か ら 理 解 す る こ と で あ る 。 ギ リ シ ャ 人 は こ の よ う な 深 遠 な 問 題 を な ん ら 予 感 す ら し な か っ た 」 (GA21,193)と し 、 現 前 性 を 軸 に 生 成 変 化 を 逃 れ た 恒 常 的 な 実 体 概 念 を 解 体 す る 。   第3章 「 哲 学 的 根 本 諸 概 念 の 由 来 と し て の 「 制 作 」 と 「 環 境 世 界 」 」 で は テ ク ネ ー が 主 題 と な る 。 こ の 章 に お け る 氏 の 解 釈 に よ れ ば 、 テ ク ネ ー に 導 か れ た 「 制 作 」 と い う 態 度 は 哲 学 的 根 本 諸 概 念 が 獲 得 さ れ た 経 験 で あ る 。 そ の 制 作 が 時 間 意 味 か ら 見 る な ら 「 予 期 し つ つ

― 保 有 す る 現 在 化 」 と い う 非 本 来 的 な 時 熱 に 位 置 づ け ら れ て い る 。 ハ イ デ ガ ー は 、 ギ リ シ ヤ 的 存 在 は 「 日 常 的 使 用 と 日 常 的 視 の 圏 域 に お け る 特 定 の 事 象 の 現 前 性 」 と し て 理 解 さ れ て い る と し 、 「 ウ ー シ ア と は こ の 使 用 に と っ て 意 の ま ま に な る こ と 」 の 意 で あ る 。 存 在 は 「 被 制 作 的 存 在 」(GA19,270)と し て 意 の ま ま に な る こ と で あ り 、 こ の 存 在 理 解 が 解 体 さ れ る 。   第4章 「 「 卓 越 し た 語 り 」 と し て の 良 心 」 で は 、 プ ロ ネ ー シ ス の 実 存 論 的 な 解 釈 と し て 「 良 心 」 を 検 討 し 、 本 来 的 時 間 に 到 達 す る 。 第 5章 「 デ ュ ナ ミ ス と エ ネ ル ゲ イ ア 一 「 制 作 (Herstellen)」 か ら 「 産 出(Hervorbr泣gen冫 」 へ − 」 で は 、 ハ イ デ ガ ー は 「 良 心 」 を プ ロ ネ ー シ ス で あ る と 理 解 し 、 そ の 検 討 を 介 し て は じ め て 視 界 へ 入 る 、 テ ク ネ ー の 本 来 的 様 態 と し て 、 デ ュ ナ ミ ス と エ ネ ル ゲ イ ア を 検 討 し て い る 。 そ し て 、 第6章 「 ヘ ラ ク レ イ ト ス の 断 片50と45」 で は 、 結 論 と し て ヘ ラ ク レ イ ト ス 解 釈 の 俎 上 に お い て ソ ピ ア を 規 定 し て い る 。

  前 述 の 先 行 諸 解 釈 に お い て は 、 ハ イ デ ガ ー が1924年 の 講 演 「 時 間 の 概 念 」 以 来 、 永 遠 を 等 質 的 時 間 の 投 影 と し て 否 定 し て い る こ と を 論 拠 に 、 ハ イ デ ガ ー は ソ ピ ア に 対 し て プ ロ ネ ー シ ス を 優 先 さ せ た と 解 釈 し た 。 し か し 、 ソ ピ ア そ の も の を 詳 述 し た1944年 夏 学 期 講 義 『 ヘ ラ ク レ イ ト ス 』 ま で を 、 「 魂 の ロ ゴ ス を 持 つ 五 つ の 部 分 」 の 解 釈 と し て 一 貫 し た 視 座 に お い

−2―

(3)

て 読 み 直 す な ら 、 以 下 の よ う に 結 論 で き る 。 す な わ ち 、 ハ イ デ ガ ー は 、 客 体 的 な 時 間 規 定 に お け る 永 遠 を 超 克 す る こ と で 、 本 来 的 時 間 、 す な わ ち 「 全 体 と し て の 存 在 者 」 の 脱 去 す る 動 性 の う ち に 永 遠 を 見 出 し 、 そ れ に よ っ て ソ ピ ア を そ れ に 相 応 し い 仕 方 で 語 り な お す こ と を 試 み た と い う こ と で あ る 。 こ れ が 本 論 文 の 最 も 重 要 な 結 論 で あ る 。   ま た 、 そ の 含 意 と し て 今 後 の 現 象 学 研 究 に 寄 与 し う る も の を 挙 げ る こ と も で き る 。 こ の よ う に ロ ゴ ス と い う 観 点 に お い て 『 存 在 と 時 間 』 の 思 想 を 読 み 直 す な ら 、 ル ・ ト ー ル ゼ ミ ナ ー ル に お け る 「 意 味 ・ 真 理 ・ 場 所 」 と い う 時 期 区 分 に も 、 ロ ゴ ス 論 に 固 有 な 視 点 を 提 供 す る こ と が で き る 。 「 意 味 」 と 「 真 理 」 と が 『 存 在 と 時 間 』 の 体 系 構 想 に お い て ー っ で あ る こ と 、 ま た 、 「 真 理 」 と 「 場 所 」 を 区 別 す る 新 た な 指 標 の 提 示 、 こ の2点 が 示 さ れ る 。

―3−

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学位論文審査の要旨 主 査    教 授    千葉    惠 副 査    教 授    山田 友 幸 副査   准教授   田口   茂

学 位 論 文 題 名

ロゴスと真理―/ ヽイデガーのロゴス論―

   多田氏は『存在と時間』(1927) を中心に23 年の『 ナトルプ報告』から 44 年夏学期講義

『論理学一ロゴスについてのヘラクレイトスの教説』に至るまで、クロスターマン版全集 で 34 の著作を縦横に往来しつつ、ハイデガーがーつの問いをめぐって思索を展開している ことを明らかにしている。その問いは年代に応じて表現は変遷を見るが、『存在と時間』の 主題である「現存在の存在」の解明である。全体を貫く多田氏の主要な関心は『存在と時 間』の核心となるべき、しかし書かれることのなかった第一部第三篇において論じられる はずであった「あらゆる存在理解の可能的地平としての時間」(SZ .1 )即ちテンポラリテート が い か に 現 象 学 的 構 成 に も た ら さ れ る か を 明 ら か に す る こ と で あ る 。    氏の独創性はテクスト解読の方法論としてハイデガーによるアリストテレス哲学の解釈 を軸にハイデガーの思索を一貫したものとして摘出したことにある。それにより真理化す るところの魂の五つの認知的態勢であるテクネー、知識、ヌース(直観知)、プロネーシス

(実践知、良心)そしてソピア(知恵)がそれぞれ現存在の現の開示を通じて出会われる 存在といかに連関するかを体系的に追及し位置づけたことは特筆に値する。その遂行はロ ゴスのニ義(eg. ヘラクレイトスの大文字のロゴスとそれに同意する言表)と真理の二義(非 隠蔽性として言表以前に出会われているものと言表の対応論的真理)を「全体としての存 在者」の時間性の本来的時熟において開示されるものと関連づけることに他ならない。本 論文はハイデガー哲学の統一的な読解を可能にするものである。

   上述のように多田氏の申請論文は最初から最後まで一貫した論旨のもとに展開されてお り、整合的でありかつ説得的である。もし難を挙げるとすれぱ、「現」存在の存在の解釈学 的展開に即した叙述であるが故に、アリストテレス自身が遂行した存在一般の「いかに語 られるべきか」というロギコス(形式言論構築術的)な視点から「いかにあるか」の把握 にいたる範疇論や様相論という一般的な存在分析に対する適切な考察を欠いている。その かわりに実存範疇と全体存在者としてのピュシスに基づく存在解釈が遂行されるが、それ は倫理学的存在論とでも言うべき展開となっており、存在理解が一面的となっている。第 5 、6 章においては、ハイデガー自身の言葉をそのま ま用いての議論の展開が多くなって おり、 4 章までの一般的な観点から捉えなおす姿勢が後退した叙述となっている。しかし、

−4−

(5)

これはハイデガー自身の特徴を反映したものであり、解釈的な研究に留めたということで あろう。全体としてハイデガーに即して一貫した筋道を提示した点はこれらの疑問点にも かかわらず大きく評価できる。なお、議論の展開として非本来的時熟から本来的時熟に至 る道筋が躍動的に描かれ、書かれることのなかった第一部第三篇における主題テンポラリ テートが説得カをもって析出されている。その結果ハイデガーの探求の道筋を一本のまっ すぐな道として描くことに成功し ている。

−5ー

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