博 士 ( 医 学 ) 荒 谷 義 和
学 位 論 文 題 名
セ レ ン に よ る シ ス プ ラ チ ン の 腎 毒 性 軽減 効 果 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の要 旨
I
研 究目 的シス プ ラ チ ン (CDDP) は優 れ た 制 癌 剤で あ る が , 腎毒 性 が 強 く,
Dose limiting factor
と さ れ て いる 。 一 方 , セレ ン (Se)
は 必 須 微 量元 素であ り,ま た, 重金属 に対す る毒性 軽減効 累 が 注 目 され て い る 。近 年 ,
CDDP
が 重 金 属 で あ る 白 金 を 含 む こ と か ら ,Se
がCDDP
の 腎 毒 性 をも 軽 減 す る 可能 性 が 考 え ら れ て い る 。し か し , 肺 癌 をモ デ ル に し てCDDPの抗 腫 瘍 効 果 に対 す るSe
の影 響 を 検 討 し た 報 告 は な く ,ま た ,CDDP
とSe
の相 互 作 用 に っ いて の 報 告 も ほと ん ど な く ,他 の 重 金 属 とSe
の 相 互 作用 と 同 じ も の かど う か 明 ら かで は な い 。そ こ で , マ ウ ス を 用 い て
Se
によ るCDDP
の 腎 毒 性 軽減 効 果 に っ いて 検 討 し , そ の機 序 に つ い て も 検討 し た 。H
対 象 と方 法1) CDDP
の 毒 性 及 ぼすSe
の 影 響マウ ス にCDDP50,umol/kgを 腹 腔 内 投与 し , 亜 セ レン 酸 ナ ト リ ウ厶(Se)10,20,
30umol/kg/
day
をCDDP
投 与 日 か ら5日 問 皮 下 投与 し た 。 対 照 には 生 理 食 塩 水を 用 い た 。 採血 し 尿 素 窒 素(
BUN)
, ク レ ア チ ニ ン (Cr)
, 卜 ラ ン ス ア ミ ナ ー ゼ(GOT,GPT)
を 測 定 し , ま た , 採 尿 し 尿N
−acetylglucosaminidase (NAG
) を 測 定 し ,さ ら に 腎 お よび 肝 を 摘 出 して 組 織 像 を 観察 し た 。 ま た , 同 様 に 採 血 し て 白 血球 数(WBC)
, 赤 血 球(RBC) ,ヘ モ グ 口 ビ ン(Hb)
,ヘ マ ト ク リ ッ ト(Ht)を測 定 し た 。2) CDDP
のLewis
肺 癌 に 対す る 抗 腫 瘍 効果 に 及 ば すSe
の 影 響マ ウ ス の 背 部 皮 下 にLewis肺 癌 細 胞 を
5xio:'
個 移 植 し,10日 後CDDP20,umol/kg
腹 腔内 投 与 で 充 分 な 効 果 が あ る こ と を 確 認し た 。 さ ら に,Se8 Umol/kg/dayを5
日 聞 皮下 投 与 し た 。 細 胞 移 植21
日 後 , 移 植 腫 瘍 の 長 径 を 測 定 し , 肺 を 摘 出 し て 肺 転 移 数 を 数 え た 。126
3) 血 中 お よ び 臓 器 中 のCDDPお よ びSe濃 度
マ ウ ス にCDDP50Ltmol/k9を 腹 腔 内 投 与 し ,Se20Lim017k9を5日 間 投 与 し , 血 漿 , 血 球 , 腎 , 肝 のCDDPお よ びSe濃 度 を 測 定 し た 。
4) Se欠 乏 食 摂 取 マ ウ ス に お け るCDDPの 影 響
マ ウ ス にSe欠 乏 食 を4週 間 摂 取 さ せ ,CDDP50Umol/kgを 腹 腔 内 投 与 し ,BUN,Cr,GOT, GPTを 測 定 し た 。
5)血 中 お よ び 臓 器 中 グ ル タ チ オ ン ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ (Gー Px) 活 性 マ ウ ス にCDDP50Ltmol/k9を 腹 腔 内 投 与 し ,Se20Ltmol/k9を5日 間 皮 下 投 与 し , 血 漿 , 血 球 , 腎 , 肝 のG一Px活 性 を 測 定 し た 。Se欠 乏 食 摂 取 マ ウ ス に っ い て も 同 様 に 行 っ た 。
m 結 果
1)CDDPの毒性 に及ばすSeの影響
CDDP単 独 投 与 群 で はBUNは85.4土8.3mg/dl(S.D.) と 高値 を示 し た。CDDP. Se Of用 群 で はSe20umol/kg/day投 与 群 で は28.8土15.7mg/dlと抑 制さ れ た。 (pく0.001)。CDDP 単 独 投与 群 では 尿NAGは27.44土3.08U/1と 高値 を示 し た。CDDP. Se併 用群 では8.04土1. OIU/1と 低 値 で あ っ た (pく0.001)。CDDP単 独 投 与 群 の 腎 で は 近 位 尿 細管 細胞 の 変性 がみ ら れ た 。 こ れ に 比 しCDDP・Se併 用群 で は同 様の 変 化は みら れ るも のの 軽 度で あっ た 。ま た,
CDDP単 独 投 与 群 お よ びCDDP. Se併 用 群 と も 肝 に は 異 常 は み ら れ な か っ た 。 ま た ,CDDP 単 独 投 与 群 お よ びCDDP. Se併 用 群 と も にWBC,RBC,Hb,Htに は 変 化 が な か っ た 。 2) CDDPのLewis肺癌に対 する抗腫瘍効果に 及ばすSeの影響
CDDP単 娃投 与群 で は, 移植 腫瘍径 および肺転移教は ,対照群の21.O土O.7mmお よび29.8土1. 5個に対し,それぞれ15.6土0.limci,3.4土5.3個(それぞれpくO.001)と抗腫瘍効果がみられた。
CDDP.Se併用 群で も それ ぞれ16.4土0.9lmn,2.6土2.7個(それぞれpくO.001)と同様の 抗腫 瘍効果 がみられた。
3)血 中および臓器中のCDDPおよびSe濃度
CDDP単 独 投 与 群 とCDDP. Se併 用 群 で , 血 漿 , 血 球 , 腎 , 肝 と も にCDDP濃 度 に 差 撒 な か っ た 。CDDP・ Se併 用 で は 当 然 な が ら ,CDDP単 独投 与群 に 比し 血漿 , 血球 ,腎 , 肝と もに Se濃度 は上昇していた。
4) Se欠乏食摂 取マウスにおけるCDDPの影響
Se欠 乏 食 摂 取 マ ウ ス にCDDPを 投 与 す る と ,BUNは97.8土21. 4mg/dl,Crは1.16土O.10
127―
mg/dl
(pくO.005)と普通食摂取マウスよりさらに高値を示した。5
)血中および臓器中G−Px活性Se
欠乏食摂取マウスでは,血漿,血球,腎中G−Px活性は,対照群の295土42U/g−protein
,557
土97U/g―Hb
,869土117U7gーproteinに対し,それぞれ219土31U7g―protein,356 土73U/g
―Hb,551土109U/gーproteinと低下 してい た(そ れぞれp
くO.001)。CDDP
・Se 併用群では対照群に比し,G―Px活性は差がなかった。1V
考 察今回 の実験 では,
Se
のCDDPの腎毒性軽減効果の検討においてマウスの半数が死亡する量(
LD50)
のCDDP
を 用 い た 。CDDP
単 独 投 与 群 で はBUN
お よ び 尿NAG
の 上 昇 が み ら れ た が ,CDDP
.Se
併 用 群 ではBUN
お よ び尿NAG
の 上 昇が 抑 制 さ れた 。CDDP
の 抗 腫 瘍効 果 を 及ぼ すSeの影 響の検 討にお いては ,腫瘍 としてLewis
肺癌を用いた。CDDP単独投与群では 肺の転移数が対照群に比し減少しており,CDDP.Se併用群でもこの抗腫瘍効果は阻害されな かった。とこ ろで, このSeの
CDDP
腎毒 性軽減 効果の機 序は未だ明らかではない。無機水銀(Hg) あるいはカドミウム(Cd)とSeの相互作用にっいては以前から多くの報告があり,両者を同時 に投与した場合には血中および臓器中のHg,CdおよびSe濃度が単独投与の場合に比し大きく 変化することが知られており,その機序としてHg,Cd,Seが血中で化学的安定な複合体を形成 する ことが 考えら れてい る。今 回の成績 では,CDDP
単独 投与群 とCDDP.Se併用群におい て血 中およ び臓器 ともにCDDP
濃度に 差はな かった 。従っ て,CDDPとSe
の相互作用は,Hg あ る い はCd
とSe
の 様 に 複 合 体 を 形 成 す る も の と は 異 な る と 考 え ら れ る 。Se
摂取量が重金属の毒性発現に関与しているという報告がみられる。今回の成績では,Se欠 乏食 摂取マ ウスは 普通食摂取マウスに比しCDDPの腎毒性が増強された。これはSeの摂取量 がCDDPの腎毒性発現に関与していることを示唆する。Se
の現在までに明らかにされている最も重要な役割はG―Pxの構造成分ということであり,G
―Pxは細胞膜などの酸化的損傷に対する生体防御に重要な役割を担っている。今回の成績で は,Se欠乏食摂取マウスは血漿,血球および腎中のG一Px活性が低下し,かっ,腎毒性が増強 した。しかしながら,Se投与マウスでは血中および臓器中のG―Px活性がそれほど変化してい ないにもかかわらず,腎毒性が軽減した。従って,G―PxはCDDPの腎毒性の一部に関与して いる可能性があるが,G−Pxのみではその作用をすべて説明することはできないと考えられる。―128―
現在 ,Se含 有蛋 白 でそ の生 理 活性 が明 ら かに され て いる のはG―Pxの みで ある が ,そ の他 に もSeを 含 有す る蛋 白 は動 物で 発 見さ れて お り, 今後 , それ らの 生 理活 性を明らかにしてい く必 要 もあ る と考 えら れ る。
V結 論
1. セ レ ン は , シ ス プ ラ ラン の腎 毒 性を 軽減 し ,シ スプ ラ チン のLewis肺 癌 に対 する 抗 腫瘍 効果 は阻 害 しな かっ た 。
2. セレ ンと シ スプ ラチ ン の相 互作 用 は, 無機 水銀ある いはカドミウムとセ レンの相互作用の よう に複 合 体を 形成 す るも のと は 異な ると 考 えら れた 。
3. セ レ ン の 摂 取 量 は , シ ス プ ラ チ ン の 腎 毒 性 に 関 与 し て い る と 考 え ら れ た 。 4. グル タチ オ ンペ ルオ キ シダ ーゼ は ,セ レン によるシ スプラチンの腎毒性 軽減の一部に関与 し て い る 可 能 性 が あ る が , そ れ だ け で は す べ て を 説 明 で き な い と 考 え ら れ た 。
学位論文審査の要旨
シ ス プラ チン は 優れ た制 癌剤 で広く臨床で用いら れているが,腎毒 性が強くこれが使 用上の隘 路である。本 研究は,セレンが シスプラチンによる腎毒性を軽減するか否かを検定したものである。
対象と方法 :
1) シ ス プ ラ チ ン の 毒 性 に 及 ぼ す セ レ ン の 影 響 :マ ウ スに シス プ ラチ ン50,umol/kg/dayを 5日 間 投 与 し た も の を 対 照 に , こ れ に 亜 セ レ ン 酸 ナ ト リ ウ 厶 各10,20,30Um017kg7dayを 併 用した。
2) シ ス プ ラ チ ン のLewis肺癌 に 対す る抗 腫 瘍効 果に 及 ばす セレ ン の影 響: マ ウス 背部 皮 下 にLewis肺 癌 細 胞 を5X10:'個 移 植 し ,10日 後 に シ スプ ラ チン20Ltm017k9腹腔 内 投与 した 抗 腫 瘍 効 果 を 確 認 , さ ら に セ レ ン8 ,umol/kg/dayを5日間 投 与し ,移 植 腫瘍 長径 , 肺転 移数 を 数 えた。
‑129
和 雄
暹
義 輝
上 橋
巻
川 石
葛
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
3
)セ レ ン 欠 乏 食摂 取 マ ウスに おけ るシス プラチ ンの影 響:セ レン 欠乏食 を4週間摂 取させ た マ ウ ス に シ ス プ ラ チ ン50umol/kg
を 腹 腔 内 投 与 し , 腎 ・ 肝 機 能 を 測 定 し た 。4
)結 果 : シ ス プラ チ ン 単 独 投与 群 で は ,BUN, ク レ アチ ニ ン 及 び 組織 所見か らみて 腎毒性 が み ら れ たが , セ レ ン 併用 群 で は 各 投与 量 と も 軽減 がみら れた。Lewis
肺 癌移 植マウ スでは , シ スプラ チンと セレン を併用 して もシス プラチ ン単独 投与 群との 間の腫 瘍径,転移数に有意差は み られず ,セレ ンはシ スプラ チン の抗腫 瘍効果 を阻害 しな いこと が明ら かであった。セレン欠乏 食 摂取マ ウスで は,シ スプラ チン の腎毒 性はさ らに増 強さ れた。 また, このセレン欠乏食摂取マ ウ スでは ,血漿 ,血球 ,腎中 グル タチオンペルオキシダーゼ活性は低下していが,シスプラチン,セ レ ン 併 用 群 で は シ ス プ ラ チ ン 単 独 群 に 比 較 し て 活 性 に は 差 が な か っ た 。
以 上の結 果は, セレ ンがシ スプラチンの腎毒性を抗腫瘍効果を阻害することなく抑制すること,
セ レンと シスプ ラチン の相互 作用 は無機 水銀あ るいは カド ミウム とセレ ンの相互作用のような複 合 体を形 成する ものと は異な るこ と,セ レン摂 取量は シス プラチ ンの腎 毒性に関与すること,グ ル タチオ ンペル オキシ ダーゼ はセ レンの 腎毒性 軽減効 果の 一部に 関与し ている可能性があること を 示して いる。
以 上の口 頭発表 に際 し,石 橋教授 からグ ルタチ オン ペルオ キシダ ーゼの 測定法にっき,葛巻教 授 か ら 細 胞内 セ レ ン の
uptake
, 生 体 で のuptake
, 腎 に お け るメ 夕 口 チ オネイ ンとの 関係, 内 野 教授か らハイ ドレー ショの 有無 ,副作 用の有 無,牧 田教 授から 臨床応 用の見込みなどにっき質 問 をいた だいた が,申 請者は 概ね 妥当に 答えた 。また 副査 の石橋 教授, 葛巻教授から個別に面接 審 査をい ただい たが, 合格と の御 返事を いただ いた。以 上,本 研究は 制癌 剤とし て現在 最も頻 用され てい るシス プラチ ンの腎 毒性をセレンが抑制す る 事 実 と 機 序 の 一 部 を 明 ら か に し た も の で , 医 学 博 士 に 相 当 す る も の と 認 め た 。
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