博士(歯学)小田展子 学位論文題名
アデノシンデアミナーゼ欠損症の2 家系における 遺伝子解析と興味ある保因者の検出
学位論文内容の要旨
【緒言】アデノシンデアミナーゼ(adenosine deaminase;ADA)欠損症は常染 色 体劣 性遺伝 の原 発性免 疫不 全症で、発症頻度はほぼ出生100万に1と考え られている。ADAは細胞の核酸を構成するアデノシンとデオキシアデノシン の代謝に関与する酵素で、その遺伝子は第20番目の染色体上(20q.13.11)に ある。32040塩基対‑12個のエクソンから構成され364.個のアミノ酸をコー ド して いる。ADA遺 伝子 の両ア リル に変異 を持 つ患児 は正 常な機 能をもつ ADAを合成できないため、患児の細胞には本来イノシン、デオキシイノシン に代謝され.るべきアデノシンとデオキシアデノシンが蓄積される。他の体細 胞においてはこれらの蓄積はほとんど障害とならないが、リンバ球特に未成 熟T細胞ではりン酸化が盛んで、デオキシアデノシンリン酸化物(dAXP)など の細胞障害性の高い物質に変換され細胞内に蓄積される。これらの細胞障害 によってT細胞は増殖・分化の障害、機能異常、細胞死.をきたすと考えられ ている。ADA欠損症の臨床像は重症複合免疫不全症(S.C ID)、3〜5歳で発症す る 遅発 型、5〜8歳 で発症 する 遅延型 、正 常の免 疫機 能を持 つ部 分ADA欠損 症 の4っ に分 類され る。SCIDの 場合、生後間もなくからりンバ球減少、低y グ口ブリン血症を呈し、重症感染症により一歳前後までに死亡する。治療に は骨髄移植や、酵素補充療法が適応となり遺伝子治療も行われている。本研 究 では 新たにADA欠 損症 を疑わ れた2症例 に対し 、ADA活性 の測定 と共に確 定診断と病態把握を目的とした遺伝子解析を実施してADA遺伝子の新たな変 異を検出した。また家族検索において部分ADA欠損症の希な一例と思われる 保因者を検出しその機序を解析した。
【 対象】 重度 の気道 感染 症を主 訴として小児科を受診した女児ATと、難治 性 の膿痂 疹を 主訴と して 小児科 を受診した女児MTが対象である。ATは自血 球 数の減 少、 リンバ 球減 少、CD3陽性細胞減少、IgG低値を認め、SCIDが疑 わ れ た 。ADA定 性 検 査に よ っ て 赤血 球中ADA活性 の欠 損が示 唆さ れた。MT 同 様の症 状に より本 症が 疑われ た。
【方法】AT 、MT とその家族から得た末梢血をフイコールバックにて比重遠心 分離を行いPBMC を分離した。PBMC 分離後メチルセル口ースを用いて顆粒球 を得た。また一部PBMC からエプスタインバーウイルス産生B95 ―8 細胞株の 上清を用いてB 細胞株(EBV ーB )を樹立した。ADA 活性の測定には、細胞を
Tris一BSA に浮遊させ凍結、融解を繰り返した遠心後の上清を用いた。この上 清と基質としての標識化合物14C ―アデノシンを至適濃度で混合し薄層ク口マ トグラフイー法にて
ADA活性を測定した。塩基配列の解析にはPCR Direct
Sequencing法を用いた。ADA 遺伝子を各エクソンを合む9 っのフラグメント に分割し、PCR にて増幅した。増幅産物はGTG アガ口ースで電気泳動し、目 的の大きさのバンドを切り出した。切り出したDNA を精製しシーケンス反応 を行った。シーケンスプライマーはPCR に使用したものと同じものを希釈 して使用した。反応物はDNA ジェネテイックアナライザーによって塩基配列 を解析した。・制限酵素処理は変異部分を含むフラグメントをPCR にて増幅、
それそれの変異配列を認識する制限酵素によって処理後、電気泳動した。ADA 蛋白の検出には
Weste゛rn Blotting 法を用いた。ADA の検出には抗ヒトADA ヤギ血清を用いた。2 次抗体にはべルオキシダーゼ標識抗ヤギIgG (H+L )―ウ サギ抗体を使用した。熱処理はEBV 一B より蛋白質を抽出して遠心後の上清を 得、56 ℃にて5 、10 、15 、20 分間の熱処理を行った。
【結果】患者のPBMC およぴ顆粒球のADA 活性はぃずれも正常の.1/10 〜1/30 であった。
ATの父母および
MTの父における
PBMCと顆粒球は正常の
1/3〜
1/5であり、保因者と考えられた。しかしMT の母と兄では患者とほぼ同値を 示した。EBV −B でMT はPBMC よりわずかに高値であるのに対し母、兄ではPBMC に比し約
20倍高値であった。赤血球中のdAXP 濃度は患者で著しく高値であ った。しかし
MTの母、兄ともに部分
ADA欠損症のレベルであった。遺伝子 変異はAT ではェクソン4 の領域に父と患児に共通の変異CAG うTAG があり、
またエクソン
8の領域には母と患児に共通の変異
CGGう
CAGを認めた。患児
MTでは父と患児に共通の変異CAC‑*CC ナょる一塩基(A )欠損をエクソン4 の領 域に、また母親と患児に共通の変異CGG →CAG をエクソン8 の領域に認めた。
患児MT の母親と兄の
ADA活性が著しく低値であったため、その原因を解明 するために両者を対象として遺伝子解析を行った。その結果エクソン10 内 に
ATGう
ACGなる共通の変異を検出した。ADA 蛋白質の検出では、
MTの父の
PBMCでは正常とほぼ同程度検出されたが、母と兄のPBMC ではほとんど検出 されず、その
ADA活性と一致した。しかし
EBV―
Bでは
MTの母、兄で明らか に
PBMCとは異なり
ADA蛋白質の存在が認められ、それらのADA 活性と一致 した。熱処理による
ADA活性と蛋白質の変化も示された。
MTの母と兄の
EBV−B ではADA 活性がりンバ球よりも明らかに高いことが示された。また熱 処理前の
ADA活性に対する熱処理後の
ADA活性は正常人とMT の父で変化は
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認 め な か っ た が 、MTの 母 と 兄 で 共 に ほ ぼ 活 性 の 消 失 を 認 め た 。
【考察】AT 、MT はPBMC 、顆粒球、赤血球のいずれもADA 活性が欠損し 、赤 血球中
dAXP濃度は著増しておりADA 欠損症と診断された。今回患児の家族 検索を行っている中で、非常に興味深い保因者を見出した。MT の母と兄は
PBMC、赤血球ともADA 活性は患児レベルに近い低値を示し、赤血球中のdAXP 濃度は部分欠損症レベルの増加を認めた。しかし他の保因者と同様、2 人と も全く健康で、この母と兄で
PBMC、赤血球のADA 活性は生体内でのADA 活性 を正確には反映していない可能性が示唆された。MT の母と兄の
2人に共通 する変異
310MTの他に
ADA活性がほとんどないと思われる病的変異もそ れそれ有している。したがって保因者であるが、ADA 活性が患児と同程度に 欠損し、赤血球中
dAXPが部分欠損症レベルに増加しているのは病的変異と
310MT変異との共存によると考えられる。この2 人から樹立したEBV −B で は明らかな
ADA活性の存在が見出されたことは、
310MT変異のADA が不安 定な性状をもつADA 変異蛋白質である可能性を示唆した。今後は310MT の 結果生じた変異ADA のin vitro での活性や蛋白質量、その構造などに関し てさらに検討が必要であると考えている。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
アデノシンデアミナーゼ欠損症の 2 家系における 遺伝子解析と興味ある保因者の検出
審査は森田、田村、崎山および小口審査委員それぞれ個別に、学位申請者に対し て提出論文の内容とそれに関連する学科目について口頭試問の形式によって行われ た。以下に、提出論文の要旨と審査の内容を述べる。
学 位 申請 者 は 、 重 度 の 気 道 感 染 症 を主 訴 と して 小児 科を 受診し た患 者お ょぴ その家族を対象として、確定診断と病態把握を目的とした遺伝子解析を行った。
ADA活 性の 測 定に は、 薄層ク 口マ トグ ラフ イー法 を用 い、 塩基配 列の 解析 には PCR Direct Sequencing法を 用い た。 制限 酵素処 理は 変異 部分を 含む フラ グメ ン ト をPCRに て 増 幅 し 、 電 気 泳 動 を 行 っ た 。ADA蛋 白 の 検 出 に はWestern Blotting法 を 用 い た 。 ADAの 検 出 に は 抗 ヒ トADAヤ ギ 血 清 を 用 い た 。 以上の方法によって得られた結果は次のようである。患者では自血球におけるADA 活 性 が欠 損 し 、赤血 球中 の毒 性物質 濃度 は著 増し ており 、か つADA遺 伝子 に両 親 か ら受 け 継 いだと 考え られ る遺伝 子変 異を 確認 したこ とか ら、ADA欠損 症と 診断 された 。患 者の 家族 検索を 行っ てい る中 で、非 常に 興味深い保因者を見出 し 、 検索 を 詳 細に行 った 。患 者のPBMCお よび 顆粒 球のADA活性は いず れも 正常 の1/10〜1/30で あ っ た 。 患 者1の 父 母 お よ び 患 者2の 父 にお け るPBMCと 顆 粒 球 は 正常 の1/3〜1/5であ り、 保因者 と考 えら れた 。しか し患 者2の母 と兄 では 患 者 とほ ぼ 同 値を示 した 。EBV一Bで 患者2はPBMCより わず かに高 値で ある のに 対 し 母、 兄 で はPBMCに 比 し 約20倍 高値 で あ った 。赤 血球 中のdAXP濃 度は 患者 で 著 しく 高 値 で あ っ た 。 し か し 患 者2の 母 、 兄と もに部 分ADA欠 損症 のレ ベル で あ った 。 遺 伝 子 変 異 は 患 者1で はエ ク ソ ン4の 領域 に父 と患児 に共 通の 変異 CAGうTAGが あ り 、 ま た エ ク ソ ン8の領 域 に は 母 と 患 児 に 共 通 の 変異CGGうCAG を認 めた。 患者2では父 と患 児に 共通の 変異CAC CCな る一塩基(A)欠損をエク ソ ン4の領 域 に 、 ま た 母 親 と 患 児 に共 通 の 変 異CGGうCAGをエ クソ ン8の領 域に 認 め た 。 患 者2の 母 親 と 兄 のADA活 性 が 著 し < 低 値 で あ った た め 、 そ の 原 因
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久学 人雄 春 正 幸 口 田 村 山 小 森 田 崎 授授 授授 教教 教教 査査 査査 主副 副副
を解 明する ため の遺 伝子解 析を 新た に行 った。 その 結果 エク ソン10内にATGう ACGなる 共 通 の 変 異 を 検 出 し た 。ADA蛋 白 質 の 検 出 で は 、 患者2の 父のPBMCで は正 常とほ ぼ同 程度 検出さ れた が、 母と 兄のPBMCではほとんど検出されず、そ のADA活 性 と 一 致 し た 。 し か しEBV−Bで は 患者2の 母 、 兄 で 明 ら か にPBMCと は 異な るADA蛋 白 質 の 存 在 が認 められ 、そ れら のADA活 性と 一致し た。 熱処 理 に よるADA活 性 と 蛋 白 質 の 変化 を追跡 した とこ ろ、 患者2の 母と兄 のEBV−Bに おけ るADA活 性がり ンバ 球よ りも 明らか に高 いこ とが示 され た。 また 熱処理前 のADA活 性 に 対 す る 熱 処 理 後 のADA活 性 は 正 常 人 と 患 者2の 父で変 化は 認め な か った が 、 患 者2の 母 と 兄 で 共 にほ ぼ 活 性 の 消 失 を 認 め た 。患者1、患 者2は PBMC、顆粒 球、 赤血 球のい ずれ もADA活 性が 欠損 し、赤 血球 中dAXP濃 度は著増 し てお りADA欠 損 症 と 診 断 され た。ま た、 患者2の 母と 兄はPBMC、 赤血 球と も ADA活性 は患 児レベ ルに 近い 低値 を示し 、赤 血球 中のdAXP濃 度は 部分 欠損症レ ベル の増加 を認 めた 。しか し他 の保 因者 と同様2人とも 全く 健康 で、 この母と 兄 でPBMC、 赤 血 球 のADA活 性は 生体内 でのADA活性 を正 確に は反映 して いな い 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 患 者2の 母 と 兄 の2人 に 共 通 す る 変 異310M Tの 他 に ADA活性 がほ とんど ない と思 われ る病的 変異 もそ れそれ 有し てい る。 したがっ て保 因者で ある が、ADA活性 が患 児と同 程度 に欠 損し、 赤血 球中dAXPが部分欠 損 症 レ ベ ル に 増 加 し て い る の は 病 的 変 異 と310M T変 異 と の 共 存 に よ る と考 え られ る 。 こ の2人 か ら 樹 立し たEBVーBで は明 らか なADA活 性の存 在が 見出 さ れ た こ と は 、310M T変 異 のADAが 不 安 定 な 性状 を も つADA変 異 蛋 白 質 で ある 可能性を示唆した。
学位申請者に対して論文内容に関連する質問が行われたが、これらの質問に対し それぞれ適切な回答が得られ、ADA欠損症の遺伝子解析への貢献と将来的展望につ いて評価された。さらに、学位申請者は変異ADAのin vんr〇での活性測定や蛋白質量 の測定、構造等を検討する準備をすすめており、他の疾患に関する遺伝子解析への 応用性も高く評価された。
したがって、学位申請者は博士(歯学)の学位授与に相応しい者と認められた。
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