博士(歯学)小松孝雪 学位論文題名
下顎の切歯点と運動論的顆頭点における 限 界 運 動 範 囲 の 形 状 と 容 積
一顎機能診査のパラメータとしての検討一
学位論文内容の要旨
I.緒言
顎機能を診査・診断するために顎運動を解析する場合,矢状面,水平面,前頭面 の三方向に投影された切歯点の下顎運動の経路を用いて解析することが多い.しか し,下顎の限界運動範囲を三次元的に分析するためには,これらの三方向に投影さ れた運動経路から立体的な下顎運動を頭の中で組み立てて考えなければならない.
下顎の限界運動範囲の三次元空間を視覚的に把握する方法については,最近工業 界で用いられ始めている,三次元CADのデータを用いて合成樹脂による立体モデル を作製する光造形法に着目し,これを利用して,下顎の切歯点と運動論的穎頭点(以 下 顆頭点と略す)における限界運動範囲を立体モデル化することに成功した,こ の立体モデルによって三次元的な限界運動範囲を理解することが容易になり,また 顎 機 能 異 常 の 診 断 に 用 い る こ と の 有 用 性 を す で に 報 告 し た , 立体モデルを用いて顎機能異常を診断する場合は|視覚的にモデル形状が異常で あるか否かを定性的にとらえることはできても,その程度について定量的にとらえ ることは不可能である.そこで,この異常の程度を定量的にとらえる方法として,
モデルの容積を算出する方法に着目し,検討を行った.
本研究の目的は 下顎の切歯点と穎頭点における限界運動範囲の容積(以下,容 積)の算出方法を確立レ,その方法で得られた容積のデータを顎機能異常の診断に 使用可能か否かを明らかにすることである,
II.方法
被験者は,正常者11名(平均年齢25.6歳)およぴ閉口障害を有する顎機能異常者 3名とレた.
切歯点と顆頭点の下顎限界運動路は,すでに報告した立体モデルの作製法の条件 と同様な方法で測定した.すなわち,下顎の前方限界運動路,左右側方限界運動路,
後方限界運動路の4種類の運勁路に,これら各運動路間の中間の2種類ずっの各中 間限界運動路を加えた12種類とした.測定には,6自由度顎運動測定器(松風社製 MM ‑JI‑E)を用いた.
切歯点と顆頭点における容積の算出は,まず始めに測定したデ一夕を顎運動解析 ソフトを用いて解析レ,切歯点と顆頭点における12種類の限界運動路の三次元座標 デ一夕を出カし記録した.基準座標系は生体咬合平面座標系とレた.次に,12種類 の限界運動路の三次元座標データを切歯点では水平面と平行に,顆頭点では前頭面 と平行に0.2mm毎にスライスしたデ一夕に分ける.それぞれの12種類の限界運動路 について0.2:mm厚の1枚のスライス中に含まれる三次元座標データのX座標,丶睦 標,Z座標の各々の平均値を求め,これらの平均値で決まる座標をそのスライスに おける各々の運動路の代表の点とした.そレて,各スライス毎にそれらの12個の代 表の点を結んで輪切り像を作製した.
1枚のスライス毎に輪切り像の面積を求め,0.2mmの厚みを乗ずることにより1 枚のスライスの体積を算出し,全てのスライスの体積を加算することにより下顎限 界 運 動 路 で 囲 ま れ た 切 歯 点 と 穎 頭 点 に お け る 容 積 を 算 出 し た , 検討項目は以下の通りである.
1.正常者 の切歯点と 穎頭点にお ける下顎の 限界運動範 囲の容積の値について ヮ..顎機能異常者の術前・術後の切歯点と穎頭点における下顎の限界運動範囲の容 積の値について
3.正常者において,顎機能異常の診断に用いるノヾラメータの切歯点における運動 距離として,最大開口距離,前後的滑走運動距離,左右的滑走運動距離,運動範囲 全体の前後幅と左右幅(以下,前後幅,左右幅と略す)と切歯点における下顎の限 界運動範囲の容積との相関について
皿,結果および考察
1.これまでに報告レた下顎の切歯点と顎頭点における限界運動範囲の立体モデル を作製する方法と同じ下顎限界運動路のデータを用いて,その容積を新たに算出し た.
2.正常者の切歯点における容積は3848.0士15 43.2mm3,穎頭点における容積は 12.0土5.2rrm3と個人差が大きく,これらを正常域と考えると,その範囲はかなり 広くなることが示唆された.その要因とレては,下顎骨体,筋肉や靭帯,顎関節な
 ̄の大きさや形態,可動性などの解剖学的個体差,咬合接触の異常による側方限界 開口運動範囲の制限などの機能的要因などが考えられた.
3.開口障害を有する顎機能異常者の術前,術後の切歯点における容積について検 討した結果,術前はいずれも正常者と比較レて著しく小さい値を示していた.また,
術後の容積の増加は顎機能異常の改善を示しており,容積の増加の程度から顎機能 異 常 の 改 善 の 程 度 を あ る 程 度 推 測 す る こ と が 可 能 で あ っ た . 4.今回新たに算出した切歯点におけろ容積は顎機能異常を定量的に評価する上で 有用なパラメータであることがわかった.しかし,顎頭点における容積については,
顎 機 能 異 常 と の 関 連 に つ い て 今 後 さ ら に 検 討 す る 必 要 性 が あ る . 5.顎機能異常の診断に用いるパラメークの切歯点における運動距離はすべて容積 と正の相関関係があり,その中では,単独では前後幅が切歯点におけろ容積と最も 相関が強かった,レかレ,それ以上に最大閉口距離と前後的滑走運動距離(または
前後幅)と左右的滑走運動距離(または左右幅)の積の値が強い相関を示レた,し たがって,今回検討した切歯点における容積は,これまでの下顎の運動機能を衰レ てきた複数のパラメ一夕を総合した有効なノくラメータであると考えられた.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
下顎の切歯点と運動論的顆頭点における 限 界 運 動 範 囲 の 形 状 と 容 積
― 顎 機 能 診 査 の パ ラ メ ー タ と し て の 検 討 ―
本 研 究 は , 最 近 工 業 界 で 用 い ら れ 始 め て い る 光 造 形 法 に 着 目 し , こ れ を 利 用 し て 下 顎 の 切 歯 点 と 運 動 論 的 穎 頭 点 ( 以 下 , 穎 頭 点 と 略 す ) に お け る 限 界 運 動 範 囲 を 立 体 モ デ ル 化 す る こ と に 成 功 し た こ と に よ り , そ の 限 界 運 動 範 囲 の 容 積 の デ ー タ を 顎 機 能 異 常 の 診 断 に 使 用 可 能 か 否 か を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て い る . 実 験 方 法 お よ ぴ 検 討 内 容
被 験 者 は , 正 常 者11名 ( 平 均 年 齢25.6歳 ) お よ び 開 口 障 害 を 有 す る 顎 機 能 異 常 者3名 と し た .
切 歯 点 と 顆 頭 点 の 下 顎 限 界 運 動 路 は , す で に 報 告 し た 立 体 モ デ ル の 作 製 法 の 条 件 と 同 様 な 方 法 で 測 定 し た . す な わ ち , 下 顎 の 前 方 限 界 運 動 路 , 左 右 側 方 限 界 運 動 路 , 後 方 限 界 運 動 路 の4種 類 の 運 動 路 に , こ れ ら 各 運 動 路 間 の 中 間 の2種 類 ず つ の 各 中 間 限 界 運 動 路 を 加 え た12種 類 と し た . 測 定 に は ,6自 由 度 顎 運 動 測 定 器
( 松 風 社 製MM‑JI‑E)を 用 い た .
切 歯 点 と 顆 頭 点 に お け る 容 積 の 算 出 は , ま ず 始 め に 測 定 し た デ ー タ を 顎 運 動 解 析 ソ フ ト を 用 い て 解 析 し , 切 歯 点 と 顆 頭 点 に お け る12種 類 の 限 界 運 動 路 の 三 次 元 座 標 デ ー タ を 出 カ し 記 録 し た . 基 準 座 標 系 は 生 体 咬 合 平 面 座 標 系 と し た . 次 に , 12種 類 の 限 界 運 動 路 の 三 次 元 座 標 デ ー タ を 切 歯 点 で は 水 平 面 と 平 行 に , 顆 頭 点 で は 前 頭 面 と 平 行 に0.2mm毎 に ス ラ イ ス し た デ ー タ に 分 け る . そ れ ぞ れ の12種 類 の 限 界 運 動 路 に つ い て0.2mm厚 の1枚 の ス ラ イ ス 中 に 含 ま れ る 三 次 元 座 標 デ ー タ のX 座 標 ,Y座 標 ,Z座 標 の 各 々 の 平 均 値 を 求 め , こ れ ら の 平 均 値 で 決 ま る 座 標 を そ の ス ラ イ ス に お け る 各 々 の 運 動 路 の 代 表 の 点 と し た . そ し て , 各 ス ラ イ ス 毎 に そ れ ら の12個 の 代 表 の 点 を 結 ん で 輪 切 り 像 を 作 製 し た .
1枚 の ス ラ イ ス 毎 に 輪 切 り 像 の 面 積 を 求 め ,0.2mmの 厚 み を 乗 ず る こ と に よ り
一 則
生
洋 靖
貴
山 塚
崎
内 戸
川
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
l枚のスライスの体積を算出し,全てのスライスの体積を加算することにより下 顎 限 界 運 動 路 で 囲 ま れ た 切 歯 点 と 顆 頭 点 に お け る 容 積 を 算 出 し た . 検討項目は以下の通りである.
1.正常者の 切歯点と顆 頭点におけ る下顎の限 界運動範囲の容積の値について 2.顎機能異常者の術前・術後の切歯点と顆頭点における下顎の限界運動範囲の容 積の値について
3.正常者において,顎機能異常の診断に用いるパラメータの切歯点における運動 距離として,最大開口距離,前後的滑走運動距離,左右的滑走運動距離,運動範囲 全体の前後幅と左右幅(以下,前後幅,左右幅と略す)と切歯点における下顎の限 界運動範囲の容積との相関について
以上の検討から次の結論を得た.
1.正常者の切歯点における容積は3848.0士154 3.2 mm3,穎頭点における容積は 12.0土5.2mm3と個人差が大きく,これらを正常域と考えると,その範囲はかなり 広くなることが示唆された.その要因としては,下顎骨体,筋肉や靭帯,顎関節な どの大きさや形態,可動性などの解剖学的個体差,咬合接触の異常による側方限界 開口運動範囲の制限などの機能的要因などが考えられた.
2.開口障害を有する顎機能異常者の切歯点における容積は,術前はぃずれも正常 者と比較して著しく小さく,その程度から顎機能異常の改善の程度をある程度推測 することが可能であった.
3.今回新たに算出した切歯点における容積は顎機能異常を定量的に評価する上で 有用なパラメータであることがわかった.しかし,顆頭点における容積については,
顎 機 能 異 常 と の 関 連 に つ しYて 今 後 さ ら に 検 討 す る 必 要 性 が あ る . 4.顎機能異常の診断に用いるパラメ一夕の切歯点における運動距離はすべて容積 と正の相関関係があり,その中では,単独では前後幅が切歯点における容積と最も 相関が強かった.しかし,それ以上に最大開口距離と前後的滑走運動距離(または 前後幅)と左右的滑走運動距離(または左右幅)の積の値が強い相関を示した.し たがって,今回検討した切歯点における容積は,これまでの下顎の運動機能を表し て きた複 数のパラメ ータを総合 した有効な パラメータ であると考 えられた.
このような研究内容について,主査および副査が一堂に会し,口頭により試問と 密龕を行った,
下顎運動の容積を顎機能の診断のパラメータとして用いることについて質疑がな されたが,本研究の前に行われた光造形法による限界運動範囲の立体モデルの作製 を一連の研究として評価し,博士(歯学)の学位を授与するに価すると審査員一同 が認めた.