博士(医学)中山 学位論文題名
メタンフェタミン反復投与後のラット線条体
ド ー パ ミ
誠
ン神経終末における取り込み部位の変化について
覚醒剤精神病の再燃機構解明へのアプローチ
学位論文内容の要旨
I研究目的と実験方法
覚醒剤精神病の再燃の特徴を反映した行動薬理学的動物実験モデルにおいて認められる,覚醒 剤反復投与後の動物の常同行動の増強現象は,行動感作behavioral sensitizationと呼ばれ,
その背景となる神経化学的検討の報告は枚挙にいとまがない。本研究では常同行動発現の責任中 枢と考えられてい る線条体ドーパミンdopamine(DA)系にっいて着目し,メタンフェタミン methamphetamine(MAP)を ラッ トに反復 投与することにより,行動 感作を示す覚醒剤精 神病モデルラットを作成した。既報ではこの行動感作ラットにみられる,MAP再投与時の常同 行動増強に相関す る線条体シナプス間隙DA量の増加が,行動感作の現象を説明する神経化学 的機序であることが明らかにされている。本研究では,この所見の成立機転を探る目的で,放出 され たDAを 不活 性化 さ せる 機構 であ るDA取 り込 み部 位の 変化 に っい て検 討を 加 えた。
実 験 にはWistar−King系 雄性 成熟 ラッ ト(200〜250g) を用いた。MAPを隔日で一日に 2回,一回量2.5,5,7.5,10mg/kg皮下投与することにより,行動感作ラットを作成した。こ のラッ卜にっいて,
1. DA取 り込 み能 の 変化 を探 る目的で ,MAP反復投与後の線条体を 用い[ H]DA取り 込み実験を行った 。同時にDA取り込み部位数 の変化を探る目的で,DA取り 込み部位に対し て高い選択性を有するとされる[ H]GBR12935をりガントとして用い,その結合特性を検討 した上で,MAP反 復投与後の線条体で結合実験 を行った。次いでこの変化 をもたらすMAPの 用量依存性や,この変化の持続性にっいて検討を加えた。
2.こ のDA取 り込 み部 位変 化の 機 序と して ,MAP反 復投 与に よ り大 量に 放出 さ れるDA が関 与 してい る可能性を仮定し,DA生合 成阻害剤a―methy l‑p‑tyrosine(a−MPT),DA
枯 渇剤reserpine,DA取り込み阻害剤amfonelic acid(AFA)の前処置を行い,前シナプス で のDA動態 を 変 化 させ た 上 でMAPの反復 投与を 行い, [ H]GBR12935結合 実験のBmax 値を指標としてDA取り込み部位数を比較検討した。
3.同様にDA取り 込み部位 変化の 機序解 明の目的で,DA受容体の遮断が前シナプスでの DAの代謝回転の変化を介して与える影響を検討した。これにはそれぞれ選択的D,,D:受容体 拮 抗 薬 で あるSCH23390 (SCH),YM―09151―2(YM)を 前処置 したMAP反 復投与 ラット で ,[°H]GBR12935結 合実験 を行う ととも に,SCH,YMの反復 投与がDAの代謝回転に与 える影響にっいて検討した。
u結果および考察
1.MAP反 復 投 与 終 了 後7日 目 に おけ る [ °H]DA取 り 込 み実 験 のVmax値 は ,MAP群 で 有意な 減少が 認めら れ,MAP群 ではDAの 取り込 み能が低下していることが明らかとなっ た 。 同 時 点で の [ °H]GBR12935結 合実 験 のBmax値(DA取り 込 み部位 数)はMAP群で生 食群の71%まで有意に減少していた。MAPの用量を変化させて反復投与した後7日目での[
H]GBR12935結合 実 験 で は,DA取 り込 み 部 位 数が 従 来 の1/4量 のMAPを 投 与 し た群 で は,対照群と変化ないが,1/2の投与量群ては減少傾向を示し,3/4の投与量群と従来の投 与 量群で は,有 意な滅 少を示 した。す なわちDA取り込み部位の滅少の程度とMAP投与量と の 間に明瞭な用量依存性が認められた。MAP反復投与終了後30日目における[ H]GBR1293 5結合 実 験 のDA取 り込み 部位数はMAP群で 対照群 の71%ま での有 意な減少 を示し ,MAP投 与終了後7日目と同程度の滅少を示した。即ち,MAPの反復投与はその用量がある閥値を越え ると,DA取り込み部位の減少をひきおこすこと,そしてこの滅少所見は一旦発現すると長期に わ たって 持続す る変化 である ことが明 らかと なった。換言すれは,今回のMAP反復投与は DA神 経 終末 シ ナ プ ス前 膜 に お ける 可 塑 的 な構 造 病 変 が生 じ て い るこ と を 意 味す る 。 2, 前シナ プス性DA動態を変化させた後にMAPを反復投与したラット線条体における[゜
H]GB R12935結 合実験 の結果,DA取り 込み部位 数はや はりMAP単独処置 群にお いて他 の 群に対し有意な減少を示し,さらにreserpine前処置群においてこれを大きく上回る減少を示 し た 一 方 ,対照 群,a・MPT前処 置群,AFA前処置 群との 間に有意 差はみ られな かった 。 MAPの 投 与 は貯蔵 部位のDAではな くcytosolic newly synthesized DAの放 出を促 進する とされている。そしてこれにはシナプス前膜に存在するuptake carrierによる能動的なdiffuー sion―exchange systemが 機能し ている とされ ている 。a−MPT前 処置はcytosolic newly
synthesized DAを 減少 させ ると 考 えれ る。 またAFAの存 在下 で は, 細胞 膜のDA diffu‑
sion ‑ exchange systemが阻害さ れるためMAP投与によるDA放 出は抑制されるとの報告が ある。今 回の結果からMAPによルシナ プス間隙に放出されるcytosolic newly ,synthesized DA量 を 減 少 さ せ る 前 処置 や,DA放出 が抑 制さ れ る前 処置 が,MAP反復 投与 に よるDA取 り込み部 位の滅少を阻止することが明 らかとなった。即ちMAP反復投与により大量に放出さ れるcytosolic newly synthesized DAが,DA取り込み部位滅少に関与するとした仮定を支持 し た。reserplneの 前 処置 は貯 蔵部 位のDA枯渇 にと どま り,MAP投与 に よるDA取 り込み 部位減少には影響を与えないと考えられた。
コ 、
3. SCH,YM前処 置 後にMAPを 反 復投 与し たラ ッ ト線 条体 における[ H]GBR12935結 合 実験 の結 果は,MAP単独処置群 のみが他の群に対し有意なDA取り込み部位数の滅少を示 した。っ まり選択的D,,D:,受容体 拮抗薬いずれの前処置も,MAP反復投与がもらたすDA 取 り込 み部 位減少を阻止すること が明らかとなった。しかしSCH,YMを単独で反復投与し DAの代謝 回転を検討した結果,D,受容 体の遮断はDAの生合成能は ,対照群との間に有意差 は認められず,前シナプスでのDA代謝回転に影響しないと考えられた。またD:受容体遮断は 前シナプ スでのDAの生合成過程には,むしろ促進的に作用することが明らかとなった。この 結果から後シナプスDA受容体の反復した遮断により,耐性現象として前シナプス性のcytoso‑
lic newly synthesized DAの合成ならびに放出が滅少していることを想定することは困難と思 われた。D,,D:受容体いずれかの遮断が,後シナプスにおける何らかの相互作用を介してDA 取り込み 部位滅少を阻止した可能性,さらにDA神経伝達系以外のニュ一口ンネットワークの 関与を想定することが必要と考えられた。
学位論文審査の要旨
覚醒剤精神病の再燃の特徴を反映した行動薬理学的動物実験モデルにおいて認められる,覚醒 剤反復投与後の動物の常同行動の増強現象は,行動感作behavioral sensitizationと呼ばれる。
格 一
哉
研
秀
下 間
藤
山
本 斎
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
そしてこの行動感作ラットにみられる。覚醒剤再投与時の常同行動増強に相関する線条体シナプ ス間隙ドーパミンdopamine(DA)量の増加が,行動感作の神経化学的機序であることか明ら かに され て いる 。本 研究 では メ タンフェタミ ンmethamphetamine(MAP) をラットに反復 投与することにより,行動感作を示す覚醒剤精神病モデルラットを作成し,常同行動発現の責任 中枢 と考 え られ てい る線 条体DA系にっいて, 放出されたDAを不活性化さ せる機構である DA取り込み部位の変化にっいて検討を加えた。
実 験に はWistar―King系雄 性 成熟 ラッ 卜(200〜250g) を用いた。MAPを隔日で一日に 2回,一回量2.5,5,7.5,10mg/kg皮下投与することにより,行動感作ラットを作成した。こ のラットにっいて,
1. DA取り込み能の 変化を探る目的で,線条体 での[ H]DA取り込み実験を行った。同 時にDA取り込み部位数 の変化を探る目的で,DA取 り込み部位に高い選択性を有する[゜H] GBR12935をりガンドと して用い線条体での結合実 験を行ワた。次いでこの変化をもたらす MAPの用量依存性や,この変化の持続性にっいて検討を加えた。
2.こ のDA取り 込 み部 位減 少の 機序 と して ,MAP反 復投 与に より 大 量に 放出 され るDA の関与を想定し,DA生 合成阻害剤a・methyl・p−tyrosine(d・MPT),DA枯渇剤reserpine, DA取 り込 み 阻害 剤amfonelic acid(AFA)の 前処 置を 行い ,前シナプス でのDA動態を変 化さ せた 上 でMAPの 反復 投与 を行 い, [ H]GBR12935結 合実 験のBmax値 を指 標と して DA取り込み部位数を比較検討した。
3.同 様にDA取 り込み部位減少の機序解明の 目的で,DA受容体の遮断が 与える影響を検 討した。これにはそれぞれ選択的D,,D:受容体拮抗薬であるSCH23390 (SCH),YM―09151− 2(YM)を前処置したMAP反復投与ラットで,[°H]GBR12935結合実験を行うととも|こ・,
SCH,YMの反復投与がDAの代謝回転に与える影響にっいて検討した。
その結果まず,
1. MAP反 復投 与 終了 後7日 目 にお ける [ H]DA取り 込み実験のVmax値(DA取り込 み量 )はMAP群で 有意に減少しており,MAP群 ではDA取り込み能が低下して いた。[°H] GBR12935結 合 実 験 のBmax値 (DA取 り込 み部 位 数) はMAP群 での 有意 な減 少 が認 めら れ た。MAPの用 量を 変 化さ せて 反復 投与 後7日目 で の[ °H]GBR12935結合 実験では,DA取 り込 み部 位 数が 従来 の3/4量 のMAP投 与 群と 従来 の投 与量 群で有意な減 少を示し,DA取 り込み部位減少の程度 とMAP投与量との間に明瞭な 用量依存性が認められた。MAP反復投与 終了 後30日 目で のDA取り 込み 部 位数は,MAP投与終了後7日目と同程度の 滅少を示した。
即ち,MAPの反復投与はその用量がある 閾値を越えると,DA取り込み部位の減少をひきおこ すこと,そしてこの減少所見は一旦発現すると長期にわたって持続する変化であることが明らか となった。
2. 前シ ナプ ス性DA動 態 を変 化さ せてMAPを反 復投 与 した [°H]GBR12935結合実験の 結 果,DA取 り込み部 位数はやはりMAP単独処置群 において他の群に対し有意な 減少を示し た 一方 ,対 照群,矼 ・MPT前処置群,AFA前処置群 との間に有意差はみられな かった。MAP の 投与 は, シプナス 前膜に存在するuptake earrierによる能動的なdiffusion―exchange systemによ り,貯蔵部位のDAではなくcytosolic newly synthesized DAの放出を促進する と され てい る 。a−MPT前処 置はcytosolic newly synthesized DAを滅少さ せ,またAFA 前 処置 は, 細 胞膜 のDA diffusion・exchange systemが 阻害 さ れる ためMAP投与 によ る cytosolic newly synthesized DA放出 は抑制されており,MAP反復投与により大量に放出さ れるcytosolic newly synthesized DAが,DA取り込み部位滅少に関与するとした仮定を支持 した。
3.SCH YM前 処 置 後 にMAPを反 復 投与 した 後の [ °H] GBR12935結 合実 験の 結 果は , MAP単 独処 置群 のみ が他 の 群に 対し 有意 なDA取 り込 み部 位数 の減少を示し, 選択的D, Dよ受容体 拮抗薬いずれの前処置も,MAP反復投与がもらたすDA取り 込み部位減少を阻止し た 。し かしSCH,YMを単 独 で反 復投 与しDAの代 謝回 転の 検討 結果は,D,受容 体の遮断は 前シナプス でのDA代謝回転に影響せず ,D:受容体遮断はDAの生合成過程にはむしろ促進的 に作用した 。この所見から後アナプスDA受容体の反復した遮断により,前シナプス性のcy― tosolic newly synthesized DAの合成ならびに放出が減少していることを想定することは困難 と恩われ, 後シナプスにおける何らかの相互作用を介してDA取り込み部位滅少を阻止した可 能性,さら にDA神経伝達系以外のニュー口ンネットワークの関与を想定することが必要と考 えられた。
以上の発表に際し本間研一教授より3点質問を受け回答した。(1)DA取り込み部位減少に関わ る とさ れる シ ナプ ス間 隙DA量の 増 加は ,MAPに よるDA取 り込 み阻害によるも のではない の か。 ―MAPの末梢自 律神経作用においてはDA取 り込み阻害も重視されるが, 中枢におい て はMAPに よるDA放 出増 強 が主 たる 機序と考える 。(2)MAP投与に際しa・MPT,reserpine の前処置はDA放出を抑制すると考えら れるが,DA取り込み部位減少 に差異がみられるのは なぜか。ーDA取り込み部位減少にはdーMPTにより阻害されるcytosolic newly synthesized DAの大量放 出が原因を担っていると考 えている。(3)行動感作ラットヘの外来性のDA投与は
検討したか。また後シナプスDA受容体ならびに受容体以降の機構の変化にっいて検討したか。
一既報で今回と同様の行動感作ラット線条体での受容体結合実験の結果,ドーパミンDt,D:受 容体の結合特性tま不変であった,従って外来性のDA投与がラットの行動を増強するとは考え に く い 。 ま た 受 容 体 以 降 の 機 構 に っ い て は 本 研 究 で は 検 討 し な か っ た 。 本研究は, 妄想型精神分裂病の動物モデ ルとみなされるMAP反復投与ラットにっいて,薬 物投与を中止 して長期間後にも前シプナスにおけるDA取り込み部位の低下を認め,その発現 機序にっいて検討を加えたもので,覚醒剤精神病および精神分裂病の病態の理解に寄与するとこ ろが大きく,博士の学位に値するものと判定された。