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TEM-EELSを用いたタングステンブロンズの近赤外光吸収機構の研究

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(1)

TEM-EELSを用いたタングステンブロンズの近赤外光

吸収機構の研究

著者

町田 佳輔

学位授与機関

Tohoku University

(2)

博士論文

TEM-EELS を用いたタングステンブロンズの

近赤外光吸収機構の研究

町田佳輔

(3)

2

目次

第 1 章 序論 ... 4 1.1. 熱線遮蔽技術とタングステンブロンズ ... 4 1.2. Cs-HTB の誘電特性の先行研究 ... 13 1.3. Rb-HTB の誘電特性の先行研究 ... 26 1.4. 本研究の目的と概要 ... 29 第 2 章 手法と装置 ... 32 2.1. 電子線分光法... 32 2.2. 電子エネルギー損失分光法(EELS) ... 33 2.3. 汎用高分解能 TEM-EELS 装置 ... 35 第 3 章 Cs-HTB 粒子の表面プラズモン異方性の研究 ... 41 3.1. 試料合成 ... 41 3.2. 測定 ... 42 3.3. 測定結果 ... 43 3.4. 考察 ... 46 3.4.1. //c端およびc端での応答 ... 46 3.4.2. EELS ピークのエネルギーと幅 ... 48 3.4.3. ピークエネルギーとその粒子間ばらつき ... 50 3.4.4. ピークエネルギーの形状依存性 ... 53 3.4.5. ピークエネルギーのサイズ依存性 ... 57 3.5. 結論 ... 60 第 4 章 Rb-HTB の異方的誘電特性の研究 ... 61 4.1. 試料作製 ... 61 4.2. 測定 ... 62

(4)

3 4.3. 測定結果 ... 63 4.4. 考察 ... 66 4.4.1. EELS ピークのエネルギーと幅 ... 66 4.4.2. 化学組成と電子回折図形のストリーク ... 69 4.4.3. サイト欠損と誘電特性 ... 70 4.5. 結論 ... 73 第 5 章 結言 ... 74 参考文献 ... 76 付録 A 消失断面積のピークエネルギーと半値幅 ... 80 謝辞 ... 83

(5)

4

第1章 序論

1.1. 熱線遮蔽技術とタングステンブロンズ

2015 年 9 月、国連総会は「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」と題した行動計 画を採択した。アジェンダには計 17 項にわたる持続可能な開発のための目標(SDGs; Sustainable Development Goals)が設けられており(図 1)、第 13 の目標として「気候変動

及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる」ことが掲げられている1。気候危機(す なわち地球温暖化)対策の遅れはアジェンダの策定後にも指摘されており、2020 年に提出 された SDGs の報告書には、経済活動が現状のまま継続された場合、2100 年までに地球の 気温は最大 3.2℃上昇する見込みであるとの記載がなされた 2。当該報告では、新型コロナ ウイルス感染症の流行により経済活動が縮小した 2020 年でさえ、温室効果ガスの排出量は 前年比 6%の減少に留まり、地球温暖化を 1.5℃に抑えるために必要な年間 7.6%の削減には 及ばないとも予測されている。

(6)

5 図 1 持続可能な開発のための目標(SDGs)の概要3 温室効果ガス排出に影響する世界の発電量(電気エネルギー需要)において、空調(エア コン)による電力消費は約 10%もの割合を有する。国際エネルギー機関(IEA; International Energy Agency)は 2018 年 5 月の報告書で、2050 年までにエアコンによる電力需要が 3 倍 に増加するとの予測を発表した4。同報告書によれば建物に設置されるエアコンは同年の 16 億台から 2050 年には 56 億台に増加、電力需要は 3 倍になると見込まれている。エアコン 技術そのものの向上はもちろん、太陽光の制御による冷房負荷の低減は、前述の SDGs は もちろん、2017 年の第 21 回気候変動枠組条約締約国会議で締結されたパリ協定の趣旨と も整合するものである。 冷房負荷の低減においては、建造物や自動車の内部に対して直射日光がもたらす熱を抑 制する必要がある。標準的な太陽光の強度スペクトルを図 2 に示す。地上で観測される太 陽光は、約 5800 ケルビンの黒体輻射をベースとしつつオゾンや水、二酸化炭素など地球の 大気成分の吸収を受け複雑なプロファイルを描く。その熱エネルギーのおおむね 43%は近

(7)

6 赤外光(Near-Infrared; NIR)が占め、とりわけ可視光に近い 780~2100nm 程度の波長を 持つ NIR が多くの熱エネルギーを有する5 建造物や自動車の内部に太陽光の熱が侵入する主な経路は、透明な開口部、すなわち窓材 である。一般住宅の窓など必ずしも透明性を必要としない窓材については、ブラインドやカ ーテン等により光路そのものを遮ることは、一つの太陽光制御手段である。しかし自動車の フロントガラスやサイドガラス、オフィスや商業施設の採光窓など、人の目に対する透明性 が必須である窓材については、この手段を用いることはできない。 そこで窓材の可視光に対する透明性を保ちながら NIR を遮蔽(吸収もしくは反射)する ことで侵入する熱量を減少させ、冷房負荷を削減して省エネルギーに貢献する技術が研究

されてきた。このような技術は熱線遮蔽、日射調整(solar control)、日射遮蔽(solar shading)

などと呼ばれる。以下、本稿では熱線遮蔽と呼称する。

熱線遮蔽を実現する理想的なフィルターの透過率曲線は、図 2 に示すように可視光透過 率(VLT)を 100%に保ちながら、NIR(および UV)を完全に遮蔽するものである。

(8)

7 図 2 地上の典型的な太陽光スペクトルと理想的な NIR フィルターの透過率。太陽光の強度プロファイルは ASTM G173-03 規格に拠った。 熱線遮蔽を実現する部材としては、例えば吸熱ガラス(鉄や銅などの金属イオンを練り込 んだガラス)、熱反射ガラス(薄い金属層でコーティングされたガラス)、アルミニウムや銀 を蒸着した赤外線反射フィルム、銀と誘電体を多層に積層したガラスやフィルム、屈折率の 異なる樹脂を交互に積層したフィルム、平板状の銀ナノ粒子を石畳状に敷き詰めたフィル ム、コレステリック液晶による波長選択的な光反射を利用したフィルム、導電体ナノ粒子分 散体を用いたフィルターなどがある。 前述の SDGs 達成に向けた気候変動抑制に熱線遮蔽技術が寄与するためには、原理的な 優位性のみならず、低コスト、高い遮熱特性(すなわち十分な透明性と強力な近赤外線遮蔽 能力の両立)、優れた長期耐候性といった実用特性を並立することが求められる。前述の技 術のなかでもとりわけ導電体ナノ粒子分散体を用いた熱線遮蔽技術は、これらの要求特性 をいずれも高い水準で満たすことから、広く市場に用いられることになった。 熱線遮蔽に用いられる典型的な導電体ナノ粒子材料としては、ATO(Antimony-doped tin

oxide, アンチモンドープ酸化スズ)、ITO(Indium tin oxide, スズ添加酸化インジウム)、

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 0 20 40 60 80 100 200 600 1000 1400 1800 2200 2600 S o la r E n e rg y -A ir M a s s 1 .5 g lo b a l (A S T M G 1 7 3 -0 3 ) (W *m -2 *n m -1) T ra n s m it ta n c e ( % ) Wavelength (nm) Ultraviolet 280-380nm 3.2% Visible 380-780nm 53.5% Near-Infrared 780-4000nm 43.3%

IdealNIR filter

(9)

8 LaB6(六ホウ化ランタン)、Cs-HTB(Cs ドープ六方晶タングステンブロンズ、CsxWO3-y) などのナノ粒子分散体が市場に供されている。なかでも 2003 年に発見された Cs-HTB ナ ノ粒子は、太陽光が特に強いエネルギーを持つ 780~2100 nm の NIR 領域に強い吸収を持 ち、また競合材料と比較して少ない使用量で機能を発揮することから、高性能・低コスト・ 高耐候性な熱線遮蔽材料として応用が進んでいる6,7。Cs-HTB ナノ粒子を用いた NIR フィ

ルターの概念図と TEM 像を図 3(a)(b)に示す。Cs-HTB の場合、NIR フィルター用途で実 用されている粒子の粒径はおおむね 20~50 nm である。導電性ナノ粒子を用いた分散フィ ルターの透過プロファイルの例を図 3(c)に示す。いずれの材料も近赤外光を吸収する特性 を有する中、とりわけ Cs-HTB は可視光領域で 70~80%の透過率を保ったまま NIR 領域 の光を約 90%遮蔽する、優れた熱線遮蔽特性を示している。

(10)

9

(c)

図 3 (a) Cs-HTB ナノ粒子(NP)を用いた NIR フィルターによる熱線遮蔽の概念図。(b) Cs-HTB ナノ粒

子を用いた NIR フィルターの断面 TEM 像。 (c) 導電性ナノ粒子を用いた NIR フィルターの透過率曲線の

例。 NIR フィルターによる熱線遮蔽の具体的な効果を測定した例を図 4 に示す。グラフは、 光源として疑似太陽光(ソーラーシミュレーター)を用い、挿入図に示す配置でガラス箱

可視光

:透過

近赤外光

:遮蔽

(吸収・散乱)

ナノ粒子分散

樹脂フィルタ

O W Cs

例:Cs-HTB

(CsxWO3-y)

(a)

(b)

1 μm

近赤外

可視

紫外

Cs-HTB

ATO*

ITO**

(11)

10 に対して光を照射した場合の、箱内の温度上昇を示す。Cs-HTB を用いた NIR フィルター を用いて疑似太陽光中の近赤外光を遮蔽することで、NIR フィルターなしの場合と比較し て温度上昇が大幅に抑制された。 図 4 疑似太陽光を照射したガラス箱内の温度上昇。 これら熱線遮蔽材料の用途例を図 5 に示す。導電性ナノ粒子を分散したポリビニルブチ ラール(PVB)樹脂フィルムをガラス板で担持することで、遮熱機能を持つ合わせガラス を製造することができ、これは自動車のフロントガラスやサイドガラスなどに用いられる (図 5a)。ポリカーボネート(PC)など高強度な樹脂素材に導電性ナノ粒子を分散した板 状の部材は、自動車のはめ込み窓や鉄道車両の窓などに用いられる(図 5b)。またポリエ チレンテレフタレート(PET)フィルム上に形成されるハードコート層(典型的にはアク リル樹脂からなる)に導電性ナノ粒子を分散することで、熱線遮蔽機能を持つフィルムを 製造できる。これは既存の自動車や建造物の窓に貼り付けることで熱線遮蔽機能を後から 付与する、いわゆる遮熱ウィンドウフィルムとして商品化されている(図 5c)。 0 5 10 15 20 25 30 35 40 0 10 20 30 内部温度上昇 (℃ ) 疑似太陽光照射時間 (min.)

フィルタなし

フィルタあり

光源 ガラス 樹脂フィルタ ガラス

温度上昇

抑制

(内部に温度計)

(12)

11 図 5 熱線遮蔽材料の用途例。(a)PVB(ポリビニルブチラール)樹脂による合わせガラス用遮熱中間膜。 (b)PC(ポリカーボネート)板による遮熱樹脂窓。(c)遮熱ウィンドウフィルム。 熱線遮蔽材料に広く用いられている Cs-HTB はタングステンブロンズの一種である。タ ングステンブロンズとは三酸化タングステンにカチオンをドープした材料であり、一般式 は MxWO3-y(M: カチオン種)として表される。三酸化タングステンは半導体だが、還元 処理や元素ドープなどによる電子供給によって金属になる。アルカリ金属(M=Cs, Rb, K)や Tl などのイオン半径の大きな元素をドープすると、図 6(a)に示した六方晶タングス

テンブロンズ(HTB; hexagonal tungsten bronze)構造が形成される9,10。HTB 構造ではド

ーパント M は六角形の空隙を占有し、x = 0.33 (Cs/W = 1/3)のときに占有率が最大にな る。また他の典型的なタングステンブロンズとして Na ドープタングステンブロンズ(Na-TB)がある。結晶構造は Na ドープ量 x に依存するが、0.32≦x≦0.93 という広い範囲で 図 6(b)に示した立方晶ペロブスカイト構造を取る8,9

(b)

(a)

(c)

単板ガラス

遮熱中間膜

(微粒子分散PVB樹脂) 微粒子分散PC板 シール 遮熱ハードコート (微粒子分散アクリル樹脂)

(13)

12 図 6 (a) Cs-HTB の結晶構造。(b) 立方晶 Na-TB の結晶構造。

(a)

Cs

O

~[

] projection

c

a

b

O

W

Cs

[

projection

(b)

O

W

Na

(14)

13

1.2. Cs-HTB の誘電特性の先行研究

バルク材料としての Cs-HTB の報告は少なくとも 1951 年まで遡ることができる9,11。こ

れをナノ粒子に加工することで熱線遮蔽特性が発現することは、住友金属鉱山の武田らに よって 2003 年に初めて発見され、同年に特許出願がなされた。彼らは気相還元を用いた固

相プロセスで還元酸化タングステン(WO3-y)や種々のタングステンブロンズ(NaxWO3、

RbxWO3、CsxWO3、TlxWO3)を合成したのち湿式粉砕加工を行い、ナノ粒子分散液の吸光 曲線を測定した10。図 7 に示す通り、これらの分散液はいずれも可視光領域の透過率を高く 保ちながら、近赤外線領域に強い吸収を持つ、熱線遮蔽技術の観点から優れた光学特性を示 した。なかでも Cs0.33WO3(Cs-HTB)ナノ粒子の吸光曲線は 1500 nm(~0.8 eV)にメイン ピーク、900 nm(~1.4 eV)にサブピークを示した。これは図 3 に示した、今日実用されている Cs-HTB ナノ粒子の光学特性とほぼ同等のものである。 図 7 武田らが報告した様々なタングステンブロンズナノ粒子の吸光曲線10

(15)

14 Cs-HTB ナノ粒子による熱線遮蔽機能の発見以降、その NIR 吸収の起源については多く の研究で議論がなされてきた。HTB 完全結晶のフェルミ準位付近の電子構造の概形を図 8 に示す。Cs ドープ量 x=0(WO3)では半導体であり、WO6八面体骨格による電子軌道は、 バンドギャップを挟んだ価電子帯最上部が O-2p 軌道、伝導帯最下部が W-5d(t2g*)軌道か らなる。WO6八面体の歪みにより t2g*軌道はスプリット(結晶場分裂)し、dyzおよび dzx軌 道が dxy軌道と比較して低エネルギーに位置する。Cs をドープ(0<x≦0.33)すると、dyzお よび dzx軌道にキャリアがドープされ、フルドープ(x=0.33)のとき自由電子密度 N はおよ そ 5.5×10-21 cm-3となる。 図 8 HTB の WO6八面体骨格が作るフェルミ準位付近の電子構造の概形。 Hussain らは Cs2WO4、WO3および WO2を原料、HgCl2を輸送剤とした化学気相輸送法 により Cs-HTB の単結晶試料を合成し、4000~20000 cm-1(おおむね 0.5~2.5 eV に相当) の範囲で偏光反射率を測定した12。図 9 に示す通り、Cs-HTB(Cs 0.30WO3)結晶のc軸方 向に垂直(⊥c)および平行(//c)な方向に振動する偏光(E⊥c、E//c)を用いた場合、互 いに異なる反射率プロファイルが測定されたことから、バルクの Cs-HTB 完全結晶が六方 晶構造に由来する異方的な誘電特性を有することが確かめられた。 (Band gap) En e rg y O-2p W-5dyz, dzx W-5dxy 結晶場分裂

(16)

15

図 9 (a) E⊥c (E per. c)偏光と E//c (E par. c)偏光でそれぞれ測定された Cs-HTB(Cs0.30WO3)単結晶の反

射率と、Drude 誘電関数によるフィッティング12。(b) Hussain の Drude パラメータを用いて計算した

Cs-HTB の異方的誘電関数。誘電関数の実部と虚部をそれぞれ実線と点線で示した。 Hussain らはこれらの反射率プロファイルに対して、Drude の誘電関数の実部(ε1)と 虚部(ε2) 𝜀1(𝜔) = 𝜀∞− 𝜔𝑝2 𝜔2+ 𝛾2 (1) 𝜀2(𝜔) = 𝛾 𝜔 𝜔𝑝2 𝜔2+ 𝛾2 (2) および、複素屈折率𝑁(𝜔) = 𝑛(𝜔) + 𝑖𝑘(𝜔)と複素誘電率の関係式 𝑛(𝜔) = √𝜀1+ √𝜀1 2+ 𝜀 22 2 (3) 𝑘(𝜔) = √−𝜀1+ √𝜀1 2+ 𝜀 22 2 (4)

(a)

(b)

-20 -10 0 10 20 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 ε Energy (eV) ε1(//c) ε1(⊥ c) ε2(⊥ c) ε2(//c)

(17)

16 ならびに、空気(n~1, k~0)からバルク界面に対する垂直入射の反射率 𝑅(𝜔) =(𝑛 − 1) 2+ 𝑘2 (𝑛 + 1)2+ 𝑘2 (5) を用いて、Drude の誘電関数のパラメータである高周波誘電率𝜀∞、緩和定数𝛾、プラズマ周 波数𝜔𝑝(本稿ではこれらを Drude パラメータと称する)を変数としたフィッティングを行 った。得られた Drude パラメータを表 1 に、これらの値を用いて計算した各方位の異方的 誘電関数を図 9(b)に示した。

表 1 Hussain ら12によって報告された Cs-HTB の異方的誘電関数の Drude パラメータ。Hussain らはプラ

ズマ周波数および緩和定数を cm-1単位で表記したが、ここでは eV 単位に変換した。また Hussain が論文中 に示した“プラズマ周波数”は Drude の誘電関数がε1=0 となる周波数(遮蔽効果を考慮したプラズマ周波数) 𝛚𝒑/√𝜺∞であり、ここでは物性値としての𝛚𝒑に換算して記載した。

E//c

E⊥c

𝜀

7.6

6.2

ℏ𝜔

𝑝

(eV)

5.1

3.1

ℏ𝛾 (eV)

0.24

0.24

ここで𝜀∞による遮蔽効果を考慮したプラズマ周波数𝛚𝒑/√𝜺∞は、//c 方向で 1.2 eV、⊥c 方向で 1.9 eV であり、近赤外光~可視光の長波長領域に属する。従って近赤外光吸収の基 本的な起源は、自由電子によるプラズモン共鳴であると理解することができる。 しかしながら、前述の武田らの研究 10をもとに製造プロセスが確立され市場に広く供さ

(18)

17 れている実用 Cs-HTB ナノ粒子の吸光曲線を理論面から予測する試みは成功してこなかっ た。例えば貴金属ナノ粒子の場合、バルク誘電関数を用いて Mie の理論13に基づいて計算 した消失断面積は、実測をよく再現することが知られている14。そこで前述の Hussain らの 誘電関数12を用いて、Cs-HTB ナノ粒子が示す消失断面積を計算した結果を図 10 に示す。 工業的に製造された Cs-HTB ナノ粒子分散体の場合には、理論計算は実測を再現しない。 図 10 バルクの異方的誘電関数をもとに理論計算した Cs-HTB ナノ粒子の消失断面積と、実用 Cs-HTB ナ ノ粒子分散体から実測した吸光曲線の比較。理論計算では、粒子形状は球状、直径は 20 nm、粒子周囲の媒 体の屈折率は 1.5 を仮定した。 この差異についてはこれまでにいくつかの研究が行われ、実用 Cs-HTB ナノ粒子の製造 法に由来することが示唆されてきた。Hussain らの用いた単結晶合成法は、欠損のない(あ るいは非常に少ない)完全結晶が合成可能と期待されるものの、原料として用いられた材料 の一部が工業的原料として広く供給されているものではなく、安定供給に難がある。また文 献中ではわずか数百 mg の Cs-HTB 単結晶試料を得るために数日間に及ぶ処理を要してお 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 消失 断面積 σext (a .u .) Energy (eV)

visible

near-infrared

実測

理論

(19)

18 り、工業的用途として一般に用いられる分量(kg~t のオーダー)を生産する方法としては 効率が十分ではない。他にも実験室レベルでの Cs-HTB の製法は多数提案されているが、 実用 Cs-HTB ナノ粒子の製造は、一般に図 11 に示す還元焼成によるバルク粉末合成、およ び湿式粉砕によるナノ粒子加工により生産されている(今後これらを「工業的プロセス」と 呼称する)。Cs 源として用いられる炭酸セシウム(Cs2CO3)は有機合成触媒用途として恒 常的な需給が確立されており、また W 源となるタングステン酸(H2WO4)は鉄マンガン重 石や灰重石からタングステンを製錬する過程で中間材料として得られるため、いずれも供 給安定性に優れる。気流還元・湿式粉砕ともに既存装置により数十 kg バッチでの一括処理 が可能であり、生産効率も良好である。また触媒などが不要であるため、不純物除去や排水 処理が不要である点も工業面から有利である。 図 11 実用 Cs-HTB ナノ粒子の一般的な工業的製造フロー。 このような工業的プロセスで製造された Cs-HTB にはサイト欠損が存在することが報告 されている。岡田らは上記の気流還元法による Cs-HTB 粉末の合成過程で、試料の結晶構

H

2

WO

4

Cs

2

CO

3

Cs-HTB粉末

焼成(気流還元法)

Cs-HTBナノ粒子

湿式粉砕

分散剤

有機溶媒

粒径~1μm

粒径<50nm

6H

2

WO

4

+ Cs

2

CO

3

+ (1+6y)H

2

→ 6Cs

0.33

WO

3-y

+ CO

2

+ (7+6y)H

2

O

(20)

19 造や化学組成が変化する様子を報告した15。Cs/W=0.33 となるよう調製した前駆体を気流 還元処理した際の Cs, W および O 成分の組成変化を図 12 に示す。化学量論組成(Cs0.33WO3) と比較して酸素が明らかに少ないことから、酸素サイトが欠陥していることが明らかとな った。 図 12 Cs-HTB(Cs0.33WO3)の前駆体を還元した際の還元処理時間に対する各元素の組成比変化。ideal は 化学量論組成15 また佐藤らは、単一の Cs-HTB ナノ粒子の高エネルギー分解能電子エネルギー損失分光 (EELS)測定を行い、0.9 eV と 1.4 eV にピークを確認した16。この 2 つのピークの起源 は、ナノ粒子分散体の光吸収スペクトルに観察される 0.8 eV と 1.4 eV のピークと同一とみ なされた。同報告では、Cs-HTB ナノ粒子最表面付近で Cs サイトの欠損が観察された(図 13)。この欠損は、Cs-HTB の湿式粉砕加工によるダメージにより、最表面付近の Cs 原子 64 65 66 67 68 69 70 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 ideal 15 min 30 min 45 min 50 min 1 h 75 min 2 h O (a t% )

W

,

Cs

(a

t%)

Reduction time

還元進行

化学量論組成から

O欠損進行

Cs

W

O

(21)

20 が脱離したことで形成されたと考えられた。前述の通り Cs 原子は WO6八面体骨格にキャ リアをドープしており、Cs 原子の脱離によりキャリア密度は減少し、伴ってプラズマ周波 数も低下すると考えられる。 図 13 (a)(b) Cs-HTB ナノ粒子の ADF-STEM 像。(c) ナノ粒子最表面付近(同図 b の X-X’間)の強度ライ ンプロファイル。矢印で示した Cs サイトの欠陥が観察されている16 吉尾らは第一原理計算を用いて、Cs-HTB の構造中に酸素欠損を導入した場合の誘電特 性の変化を研究した17,18。図 14(a)(b)はそれぞれ完全結晶(Cs 0.33WO3)および酸素欠損あ り(Cs0.33WO2.83)の Cs-HTB のバンド構造である17。酸素欠損を導入することで、(kx, ky, kz)=(0, 0, 0.5)近傍、フェルミ面の下部に局在準位が現れることが示された。

(22)

21 図 14 理論計算による Cs-HTB のバンド構造。(a) Cs-HTB 完全結晶(Cs0.33WO3)、および(b)酸素欠損を 導入した結晶(Cs0.33WO2.83)17。ブリルアンゾーン内の対称点は以下の表記で示されている。F=(0.0, 0, 0)、 g=(0, 0, 0), B=(0, 0.5, 0), G=(0, 0, 0.5) 吉尾らはこれらのバンド構造をもとに、Cs-HTB の異方的誘電関数を計算した17。完全結 晶と酸素欠損入りそれぞれの Cs-HTB の誘電関数の虚部を図 15 に示す。完全結晶の場合 (図 15a)には 2 eV 以下の領域に明確な吸収ピークは存在しないが、酸素欠損が導入され た場合(図 15b)、εzz(//c 方向)には明らかな吸収ピークが現れた。これは図 14(b)の局 在準位からより上部の伝導帯への電子励起に由来するものと考えられた。 なお酸素欠陥なしの Cs-HTB 図 14(a)においても、フェルミ面以下の準位からより上部 の伝導帯の準位への遷移が考えられる。しかしこれらの準位はいずれも W-5d(dyz, dzx)軌 道からなるため、禁制則によりバンド間遷移がほぼ存在しない(図 15a)ものと説明されて いる。一方で酸素欠陥あり(図 14b)の場合に、局在準位がやはり W-5d(dyz, dzx)軌道か らなるにもかかわらず、より上部の準位に遷移が起こる(図 15b)理由は、文献中では説明 されていない17。伝導帯下部の準位は、厳密にいえば W-5d と O-2p の混成軌道である。前 述の酸素欠陥に起因して形成される局在準位は W-5d 由来の成分が弱い(O-2p 由来の成分 が強い)と仮定すると、ε2に現れるピークは O-2p(局在準位)→W-5d(より上部の伝導 帯の準位)遷移として理解することができる。

(k

x

,k

y

,k

z

)=(0,0,0.5)付近の局在準位

(a)

(b)

(23)

22 図 15 理論計算による Cs-HTB の誘電関数虚部。(a) Cs-HTB 完全結晶(Cs0.33WO3)、および(b)酸素欠損 を導入した結晶(Cs0.33WO2.83)17 吉尾らは酸素欠損の有無による Partial DOS の変化も報告した(図 16)18。完全結晶の場 合(図 16a)、伝導帯のフェルミ準位直下に電子密度を有するのは W-dyzおよび dzx軌道であ り、これは図 8 に示した電子構造モデルと整合する。ここに酸素欠損が導入にされた場合、 フェルミ準位付近の W-dxyおよび dx2-y2軌道の DOS が増大する(図 16b)。これらの軌道は HTB 結晶のab面内方向に伸びている成分であり、電子はab面内方向のキャリアとして振 る舞う。その結果、酸素欠損の導入に伴ってab面内のプラズマ周波数が増加することが同 報告内では示されている18 ピーク なし ピークあり

ε

zz

ε

xx

ε

xx

ε

zz

(a)

(b)

(24)

23

図 16 Cs-HTB の Partial DOS 理論計算。(a) Cs-HTB 完全結晶(Cs0.33WO3)、および(b)酸素欠損を導入

した結晶(Cs0.33WO2.83)18。 我々は、実用 Cs-HTB ナノ粒子の光吸収について 2 つの研究を行った19,20。第 1 の研究 19では、工業的プロセスで製造された Cs-HTB は、バルクとは異なり等方的な誘電応答を 示すものとの仮定を置いた。まず、工業的な気流還元法で合成した Cs-HTB 粉末の圧粉体 表面を研磨し、エリプソメトリー測定により結晶異方性を無視して誘電関数を測定した。こ の誘電関数をもとに、ナノ粒子の誘電応答が個々の粒子ごとにばらついた誘電応答を示す という仮定のもとで解析を行った。誘電応答の粒子間ばらつきの概念図を図 17 に示す。 NP1~4 はナノ粒子(NP)1 粒による光吸収である(図中では代表的な 4 つの粒子のみを 例示。実際には 1 万~10 万個の仮想的な粒子の光吸収を計算したのち積算している)。ナノ 粒子の一つ一つの吸光曲線は、実際のナノ粒子分散体と比較してやや幅の狭い吸収ピーク を示し、また粒子ごとに互いに異なっている。Cs-HTB ナノ粒子分散体の光吸収を実験的に 測定する場合、分光光度計の光路上には一般的に 1010個以上のナノ粒子が存在している。 実際のナノ粒子分散体の光学特性は、個々の粒子ごとに異なった光吸収が十分な数積算さ れることで、ナノ粒子 1 粒と比較して幅の広い吸光曲線が形成されたものと推測された。 また、このようなプラズマ周波数の粒子間の不均一性は、粉砕によるナノ粒子製造過程にお ける、粒子表面からの Cs の離脱と酸素欠損濃度の低下に起因していることが示唆された20

d

yz

,

d

zx

d

xy

,

d

x2-y2

d

xy

,

d

x2-y2

(a)

(b)

(25)

24 図 17 吸光曲線の粒子間ばらつきの概念図。各ナノ粒子(NP)の吸光が積算され、実際のナノ粒子の吸光 曲線(Exp.)を形成するとの仮説に基づく。 また第 2 の研究20では、誘電応答ばらつきに加えて Cs-HTB の異方的な誘電特性を考慮 した解析を行った。すなわちこの研究では、工業的プロセスで製造された Cs-HTB ナノ粒 子材料においても粒子1粒1粒が異方的な誘電特性を示すこと、誘電特性が個々の粒子ご とにばらついていること、の2つの仮定を前提とした。その結果、実際の Cs-HTB ナノ粒 子分散体の吸光曲線をそのピーク幅の広さも含め合理的に説明することができた。光吸収 に寄与する 3 つの要素を想定し実測吸光曲線をピーク分離した結果を図 18 に示す。実際の Cs-HTB ナノ粒子分散体の吸光曲線は、自由電子キャリアによる⊥c 方向(LSPR⊥c、0.8 eV 付近)および//c方向(LSPR//c、1.0 eV 付近)のプラズモン振動、ならびに局在電子の バンド間遷移(Interband、1.4 eV 付近)からなると推定された20

Exp.

(26)

25 図 18 ナノ粒子が異方的な誘電特性を示すとの仮定のもと行った吸光曲線のピーク分離。LSPR⊥c および LSPR//c(それぞれ自由電子キャリアによる⊥c および//c 方向の局在表面プラズモン共鳴振動による吸 収)、Interband(局在電子のバンド間遷移)の 3 つの寄与が存在する。 実用 Cs-HTB ナノ粒子は前述の通り、優れた熱線遮蔽特性を有することから、省エネル ギーに大きく貢献する材料として市場に広まっている。しかし一方で、実用面からはさらな る特性改善の要請が為されている(図 18)。具体的には、近赤外線領域の制御がある。より 幅広い波長領域での吸収や、あるいは逆に特定波長領域に特化した強い吸収を実現するこ とができれば、太陽光以外の光源に対する吸収材料としても機能し、用途を拡大できる可能 性がある。他の要請としては、透明性低下および着色の抑制がある。前述の通り近赤外領域 には 2 つの吸収ピーク(0.8 eV ピーク、1.4 eV サブピーク)が存在するが、1.4 eV サブピ ークの裾野が可視光領域に存在するため、熱線遮蔽材料として用いた場合に可視光の透明 性低下や青い着色をもたらす。この可視光領域の吸収を低減することができれば、より高い 透明性(高い可視光透過率、より無色に近い色味)を実現でき、より広い用途に応用される

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

σ

e x t

(1

0

-4

μm

2

)

Energy (eV)

Interband

LSPR⊥

c

LSPR//

c

(27)

26 ことで、さらに省エネルギーに貢献できる可能性がある。 図 19 Cs-HTB のと、実用面からの特性改善要請の例。 しかし既述の通り、工業的に製造された Cs-HTB ナノ粒子には、誘電異方性は存在する か否か、粒子間の特性ばらつきは存在するか否か、といった未解明点が存在した。そのため、 上記実用面からの特性改善要請に応えるための、Cs-HTB の特性改善の開発指針が立てら れない状況が続いていた。 1.3. Rb-HTB の誘電特性の先行研究 Rb をドープしたタングステンブロンズもまた、Cs-HTB と同様に HTB 構造を持つ9,10,21 Rb と Cs はともに一価のアルカリ金属元素であり、Rb-HTB と Cs-HTB の格子定数はほぼ 同じである12。したがって、Rb-HTB の電子構造や誘電特性は Cs-HTB の電子構造や誘電 特性と非常に似ているものと予測される。Hussain らは Cs-HTB と同様に化学気相輸送法 による Rb-HTB(Rb0.3WO3)の単結晶合成を行い、その誘電特性を評価した 12。彼らが評 価した Drude パラメータをもとに計算した Rb-HTB の異方的誘電関数を図 20 に示す。実 0 1000 2000 3000 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0

モル吸光係数

(L

m

o

l

-1

cm

-1

)

Energy (eV)

Cs-HTB

ナノ粒子(NPs)

visible

near-infrared

吸収の裾野による

透明性低下・着色の抑制

吸収曲線の制御

(28)

27 部ε1の曲線がわずかに異なっていることを除けば、定性的には非常に似通った誘電関数が 測定されたことが分かる。 図 20 Hussain らがバルク単結晶 Rb-HTB および Cs-HTB で測定した異方的誘電関数の実部ε1(左図)お よび虚部ε2(右図)。 にもかかわらず、実用 Cs-HTB と同様の工業的プロセスで Rb-HTB のナノ粒子を作製し た場合、Cs-HTB と異なる吸光曲線(図 21)を示すことが報告されている10,22。Rb-HTB ナ ノ粒子の吸光曲線は約 0.8 eV に 1 つのメインピークを持つ一方、1.4 eV のサブピークは少 なくとも明確には観察されない。しかし、Rb-HTB と Cs-HTB の間にこのような誘電特性 の差異が生じる原因は、これまで解明されていなかった。

(29)

28 図 21 工業的製造法で作製された Rb-HTB および Cs-HTB ナノ粒子の光吸収曲線。 前節で述べた通り、Cs-HTB ナノ粒子の持つ 1.4 eV の吸収サブピークは近赤外の吸収に 寄与するが、一方でピークの裾野が可視光を吸収し、透明性の低下(可視光透過率の抑制や 青い着色)の原因となっている。Rb-HTB ナノ粒子はこのサブピークが弱いことから、Cs-HTB ナノ粒子よりも透明性が向上している。しかしながら、Rb-ナノ粒子はこのサブピークが弱いことから、Cs-HTB の実用耐候性(超長 時間の使用を想定した際の耐熱性や耐湿熱性)が Cs-HTB に劣る、Rb 材料が高価である等 の実用上の理由から、Rb-HTB ナノ粒子そのものは工業用途においてそのまま Cs-HTB ナ ノ粒子の代替材料とはならない。とはいえ Rb-HTB ナノ粒子がサブピークを持たない理由 を理解することは、タングステンブロンズを用いた光制御フィルターの透明性向上の指針 を得るためには重要である。 図 20 に示した通り、完全結晶では Rb-HTB と Cs-HTB は互いに類似した誘電関数が報 告されている。にもかかわらず Rb-HTB ナノ粒子が Cs-HTB ナノ粒子と異なる誘電応答を 持つ原因として、図 11 に示した工業的製造法に由来する原因が考えられた。具体的には、 (1)気流還元により合成されたバルク粉末(ナノ粒子加工を行う以前)の時点で、Rb-HTB 0 1000 2000 3000 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 M o la r a b s . c o e ff . (L m o l -1 cm -1)

Energy (eV)

Cs-HTB NPs

Rb-HTB

NPs

visible

near-infrared

いずれも工業的製造法で作製

透明性向上・着色低下

(30)

29 と Cs-HTB が異なる誘電特性を持っている可能性、(2)バルク粉末の時点では Rb-HTB と Cs-HTB が誘電特性はほぼ同一だが、ナノ粒子加工を行った際にはじめて、互いに異なる変 質を起こすなどの理由で、Rb-HTB ナノ粒子と Cs-HTB ナノ粒子の誘電応答が互いに異な るものとなる可能性である。 工業的プロセスで合成されたバルク Cs-HTB については、前述の q 分解 EELS を用いた 測定により異方的誘電特性が報告されている 23。従って同様に工業的プロセスで合成した Rb-HTB の異方的な誘電特性を測定し Cs-HTB の結果との比較を行うことで、前記 2 つの 可能性についてその真偽を明らかにすることができ、Rb-HTB ナノ粒子がサブピークを持 たない理由の解明に繋がると考えられた。 1.4. 本研究の目的と概要 以上に述べた通り、HTB ナノ粒子の示す光吸収の機構については多くの先行研究がなさ れてきたが、いくつかの未解明点が残されていた。具体的には、①工業的に製造された Cs-HTB ナノ粒子でも Cs-HTB 構造に起因する誘電応答の異方性と、粒子ごとに誘電応答がばら つくという 2 つの仮定により、実用 Cs-HTB ナノ粒子の吸光曲線を説明可能である。しか し、これら仮定が真実であるかどうかの検証実験はなされてこなかった。またドープ元素の 異なる Rb-HTB と Cs-HTB は、バルクの単結晶試料では類似した誘電特性が報告されてい るにもかかわらず、②工業的プロセスで製造した Rb-HTB ナノ粒子は Cs-HTB ナノ粒子と 異なる光学吸収(より高い透明性)を示し、その原因も解明されていない。本研究の目的は、 工業的プロセスで製造されたタングステンブロンズの未解明点①と②をナノプローブを用い た電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いて解明することにより、熱線遮蔽材料の光学特 性改善のための開発指針を得ることである。 第3章では、工業的プロセス(気流還元+湿式粉砕)で合成した Cs-HTB ナノ粒子が異 方的な誘電応答を示すか否か、及び個々の粒子の誘電応答がばらついているか否か、の 2 点

(31)

30 の解明を目的とした研究を行った。Aloof-beam を用いた EELS 測定を行い、電子線とナノ 粒子の相互作用の方向を制御することで、HTB 構造の各方向に対応する異方的な誘電応答 を誘起することを試みた。プローブ位置に応じて異なるエネルギーにピークを持つことを 実験的に観測し、工業的に製造された Cs-HTB ナノ粒子 1 粒の異方的な誘電応答を初めて 観測した。13 個の粒子に対して測定を実施し、全粒子で異方的誘電応答の存在を確認した 一方、粒子ごとのピークエネルギーが測定誤差を超えたばらつきを示すことを明らかにし た。またばらつき範囲がナノ粒子分散体の吸光曲線の半値幅とおおむね一致したことから、 広い近赤外吸収が異方的誘電応答と粒子間ばらつきにより実現されている事を初めて明ら かにした。さらに、ばらつきの要因を考察し、粒子形状の異方性と結晶方位の相対関係がピ ークエネルギーのばらつきの主要因である事を明らかにした。以上の知見から、粒子形状ば らつきの抑制/意図的導入による吸光曲線幅の制御が可能であることを示した。 第4章では、q 分解 EELS を用いて、工業的プロセス(気流還元)で合成されたバルク Rb-HTB について、Cs-Rb-HTB よりも高い透明性の起源の解明を目的とした研究を行った。工業 的プロセスで製造された Rb-HTB の電子回折図形には Cs-HTB では観察されなかったスト リークが存在し、周期の乱れが示唆された。工業的プロセスで製造された Rb-HTB におい ても、⊥c 方向と//c 方向の2つのピークが観測され、2 つの異方的なプラズマ振動の存在 が確認された。しかしながら、q~0 において//c方向のピーク強度が弱く明瞭に観察されな いことが分かり、これが Rb-HTB ナノ粒子の光学吸収(q~0)で Cs-HTB ナノ粒子と比べ 透明性が高い理由であると特定できた。また、Rb-HTB の EELS ピークエネルギーは Cs-HTB より小さく、またピーク半値幅が大きいという特徴を示した。化学組成分析により、 Rb-HTB 試料は、Cs-HTB に比べアルカリ欠損が多く、酸素欠損は少ないことが分かった。 プラズモンのダンピングは Rb 欠損に起因する一方、プラズモンエネルギーの違いは、Rb-HTB の酸素欠損量が Cs-欠損に起因する一方、プラズモンエネルギーの違いは、Rb-HTB よりも少ないことに起因することが明らかとなった。以上の 知見から、アルカリ及び酸素欠損量の制御による Cs-HTB の透明性制御の可能性を示唆す

(32)

31 る事ができた。

(33)

32

第2章 手法と装置

2.1. 電子線分光法 固体の性質を研究する手法の一つとして、X 線や中性子、電子などを固体に入射したシ アの応答を解析する手法がある。例えば、高速電子を固体に入射した場合、固体中の原子 および電子と相互作用した結果、図 22 に示すように弾性散乱電子、非弾性散乱電子、二 次電子、オージェ電子、特性 X 線が放出される。 入射電子が試料を通過する際にエネルギーを失わずに散乱したものを弾性散乱電子とい う。また試料を透過した電子を透過電子という。これらは透過電子顕微鏡法(TEM; Transmission electron microscopy)および電子回折(Electron diffraction; ED)に用いら れる。これらの手法では結晶性の評価や電子構造解析が可能である。また収束電子回折法 (CBED; Convergent-beam electron diffraction)と解析ソフトウェアを併用することで、 電子密度分布を得ることもできる。入射電子が試料に入射して通貨する差異、相互作用に よりエネルギーを失って散乱されたものを非弾性散乱電子という。これは電子エネルギー 損失分光法(EELS; Electron energy-loss spectroscopy)に用いられる。特性 X 線は X 線発 光分光法(XES; X-ray emission spectroscopy)に用いられる。EELS は固体の損失関数や 伝導帯(非専有状態)の部分状態密度を、XES では元素種や価電子帯(専有状態)の部分 電子密度を得ることができる。また、二次電子は走査電子顕微鏡法(SEM; Scanning

electron microscopy)、オージェ電子はオージェ分光法(AES; Auger electron

(34)

33 図 22 電子線入射による固体からの応答 2.2. 電子エネルギー損失分光法(EELS) 電子を固体に入射すると価電子や内殻電子が励起されるが、その際に励起に要した分の エネルギーを入射電子は失う。電子エネルギー損失分光法は、試料を透過してきた電子が 失ったエネルギーを測定することで、プラズモン振動、バンドギャップ、固体の非専有状 態の部分電子密度を得る手法である。図 23 に典型的な EELS スペクトルと対応する電子 遷移の模式図を示す。EELS スペクトルは Zero-Loss ピーク、Low-Loss スペクトル、 Core-Loss スペクトルの 3 つに大別することができる。

特性X線(XES)

(SEM)

2次電子

オージェ電子(AES)

弾性散乱電子

(ED, CBED)

非弾性散乱電子

(EELS)

入射電子

試料

(35)

34 図 23 EELS スペクトルの一例(グラファイト) Zero-Loss ピークは弾性散乱電子および散乱されなかった電子に由来する強度である。 なお、フォノン励起による強度(数十 meV)が Zero-Loss ピークの裾野付近に存在するは ずであるが、現在の汎用透過 EELS の分解能(~100 meV)では区別することができな い。ゆえにフォノン励起によってエネルギーを失った電子も弾性散乱電子とみなす。 Low-loss スペクトル(<50 eV)は価電子励起スペクトルとも呼ばれる。価電子の集団振 動であるプラズモンを観測することができる。さらに Low-loss スペクトルの強度分布は損 失関数 Im[-1/ε(ω)]に比例する。ここでε(ω)は物質の誘電関数であり、実部ε1と虚部 ε2を用いてε(ω)=ε1(ω)+iε2(ω)で表される。なおωは物質に照射される電磁波の振動 数である。Kramers-Kronig 解析を行うことで損失関数から誘電関数を導出できる。誘電関 数は本来、運動量移送 q にも依存するε(ω,q)として表されるが、通常の EELS では有限 の q までを積分した測定を行うため、q を省略してε(ω)として解析されている。

(36)

35 Core-Loss スペクトル(>50eV)は内核電子励起スペクトルとも呼ばれる。内殻電子が 非占有状態に励起されエネルギーを失った非弾性散乱電子を分光した結果のスペクトルで ある。このスペクトルからは非占有状態の部分状態密度の取得をはじめ、構成元素の定 性・定量分析、化学状態分析などを行うことができる。またこのエネルギー帯ではε 1~1、ε2<<1 であるため、損失関数 Im[-1/ε]=ε2/|ε12+ε22|~ε2となる。これは電磁波 の吸収スペクトルに等しい。 EELS で測定可能なエネルギー領域は 0~2 keV である。一方で、同じエネルギー領域の スペクトルを光吸収スペクトルによる実験で得るには、連続光源であるシンクロトロン軌 道放射光施設などにモノクロメーターを取り付け、目的のエネルギーを持つ単色光を取り 出して測定しなければならない。 我々の研究グループではこれまで、高空間分解能と高エネルギー分解能を併せ持つ汎用 高分解能 TEM-EELS の開発を行ってきた。現在、空間分解能 1 nm スケールで 0.1eV 程 度のエネルギー分解能を達成している。 2.3. 汎用高分解能 TEM-EELS 装置 EELS 測定は、モノクロメーターとして 2 段の Wien フィルター、アナライザーとして Ωフィルターを備えた汎用高分解能 TEM-EELS を用いて行った。加速電圧や露光時間等 の実験条件は各実験の節で示す。 図 24 に汎用高分解能 TEM-EELS 装置の外観、図 25 に装置の概略図を示す。

(37)

36 図 24 モノクロメーター電子顕微鏡の外観

モノクロメーター

(Wienフィルター)

電子銃

試料

アナライザー

(Ωフィルター)

検出器

(CCD, イメージング

プレート)

(38)

37

(39)

38 ショットキー型電子銃 物質に強い電界をかけるとポテンシャル障壁が下がり、熱電子を放出しやすくなる減少 をショットキー効果といい、それを利用した電子銃をショットキー型電子銃と呼ぶ。熱電 子放出が有効に起こる温度より低い温度(~1800 K)で陰極を加熱しておき、強電界をか けることによって電子を放出させる。実際にはタングステンチップの表面を酸化ジルコニ ウムで覆うことでタングステンと比べて仕事関数を下げ(~2.7 eV)、電子を放出しやすく している。放出電子のエネルギー幅は 0.7~1.0 eV 程度、光源の大きさ(バーチャルソー スサイズ)は 15~20 nm 程度である。 モノクロメーター(2 段 Wien フィルター) EELS は、入射電子のエネルギーが全て単一であると仮定し、そこから失われたエネル ギーを測定する。そのため入射電子のエネルギー幅がスペクトル分解能の主要因となる。 例えば電子銃として熱電子銃を用いた TEM の場合、入射電子は 2~3 eV 程度のエネルギ ー幅を持つ。また、電界放出電子銃を用いた場合は、0.3 eV 程度である。よって、このエ ネルギー幅より小さなエネルギー分解能を得るにはモノクロメーターを用いる必要があ る。前述の取り、本研究で用いた装置はモノクロメーターとして 2 段 Wien フィルターを 備えている。Wien フィルターは直交する電場と磁場を用いて、特定のエネルギーを持っ た電子のみが直進する条件を作るフィルターである。磁場B中を速度v0で移動する電子は ローレンツ力−𝑒𝒗𝟎× 𝑩を受けて半径r0=m0v0/eBの円運動を行う(図 26a)。このとき磁場 と電場から受ける力が釣り合う、つまり、 −𝑒𝑬 = −𝑒𝒗𝟎× 𝑩 (𝟔)

(40)

39 の条件を満たす電子は直進し、満たさない電子は直線上から逸脱する(図 26b)。この条件 を Wien 条件という。2 段 Wien フィルターの模式図を図 26(c)に示す。1 段目のフィルタ ーによりエネルギー分散を伴った光源像をスリット位置に生じさせる。そしてエネルギー 選択スリットで特定のエネルギーの電子のみを通過させたのち、2 段目のフィルターで分 散がキャンセルされ、スリット幅に対応したエネルギー幅の光源像が得られる。本研究で 用いたモノクロメーター電子顕微鏡の場合、モノクロメーター無しのエネルギー分解能が 0.8 eV であるのに対して、モノクロメーター有りのエネルギー分解能は約 0.1 eV である。 図 26 Wien フィルターの概念図。 アナライザー(Ωフィルター) Ωフィルターは Wien フィルターとは異なり、磁場のみによるエネルギーフィルターで ある。図 27 にΩフィルターの模式図およびエネルギー分散の概略図を示す。このフィル ターは 4 つの電磁石で構成されている。試料を通過してきた電子の速度(エネルギー)の 違いによって磁場から受けるローレンツ力が異なることを利用し、エネルギーを分散させ る。また電磁石の前半の2個と後半の2個の磁場の向きを反転させることで収差をキャン セルさせる構造を有する。

(41)

40

(42)

41

第3章 Cs-HTB 粒子の表面プラズモン異方性の研究

本章では、工業的プロセスで製造された Cs-HTB のナノ粒子が異方的な誘電応答を示す か、及び個々の粒子の誘電応答がばらついているか否か、の 2 点を解明するために、aloof beam 法を用いた高エネルギー分解能 EELS 測定を行い、多数の個々のナノ粒子について Cs-HTB の異方性を考慮した誘電特性を直接評価した。そして得られた知見をもとに、 Cs-HTB の性能向上の指針を示すこととした。 3.1. 試料合成 実験に用いた Cs-HTB ナノ粒子は、実際の工業的製造法と同様に、気流還元法と湿式粉 砕を用いて作製した。具体的な作製フローを図 28 に示す。炭酸セシウムとタングステン酸 をモル比で Cs/W = 0.33 となるように混合した後、1% H2 /99% N2 の還元雰囲気で焼成 することで、1 μm 前後の粒子径のバルク Cs-HTB 粉末を合成した。この粉末にプロピレ ングリコールモノメチルエーテル(PGM)と適量の分散剤を混合し、ビーズミルで粉砕し てナノ粒子に加工した。この分散液を PGM で希釈し、マイクログリッド(NS-C15、応研 商事株式会社)上に滴下し、空気中で乾燥させて EELS 実験用試料を得た。

(43)

42 図 28 Cs-HTB ナノ粒子の実験用試料作製フロー。 3.2. 測定 EELS の測定は,第2章に示したモノクロメーターを備えた透過型電子顕微鏡(TEM)24,25 を用い、加速電圧 60 kV で行った。EELS スペクトルはイメージングプレートを用いて記録 した。試料のコンタミネーションを防ぐために、液体窒素冷却の試料ホルダーを使用した。 1 つの EELS スペクトルの取得時間は 4 秒であり、S/N 比を向上させるために各ビーム位 置で 5 回の取得を行った。エネルギー分解能は 0.10 eV、電子プローブサイズは直径 1.5 nm であった。 電子回折図形を用いてナノ粒子の結晶方位を調べ、入射電子線に対して c 軸がほぼ垂直 なナノ粒子を EELS 測定の対象とした。電子プローブとナノ粒子との異方的な相互作用を 実現するため、図 29(a)に示すように電子ナノプローブをナノ粒子の近傍に設置して aloof beam 条件にした状態で EELS スペクトルを測定した。この場合の相互作用の方向は、電子 ビームの位置を変更することで、c軸に平行な方向(//c;図 29(b))と、c軸に垂直な方向 (c;図 29(c))のいずれかを選択した。本稿では、図 29(b)のような//c方向上の粒子近 傍のプローブ位置を「//c端」、図 29(c)のようなc 方向上の粒子近傍のプローブ位置を「c H2WO4 Cs2CO3 水溶液 Cs-HTB粉末 乾燥、粗粉砕 還元焼成(管状炉) Cs-HTBナノ粒子分散液 湿式粉砕 分散剤 PGM* 希釈・マイクログリッドに滴下 観察試料

(44)

43 端」と呼ぶことにする。 図 29 (a) Cs-HTB ナノ粒子の EELS 測定の模式図。(b)(c)電子線ナノプローブが粒子の//c端とc 端をか すめることで誘起される表面プラズモンの双極子モード。灰色の矢印は、電子線の通過に伴って及ぼされる クーロン相互作用の方向を示している。 3.3. 測定結果

粒子(粒子 No.1)の TEM 像とその電子回折図形をそれぞれ図 30(a)(b)に示す。電子の

入射方向は HTB 構造の[101̅0]方向に近い。c軸に平行な方向と垂直な方向は、図 30(a) ではそれぞれ//c、c として示している。ナノプローブは、図 30(a)に示すように、A(//c

+

-

-+

+

e

//c

⊥c

+

-+

+

-e

//c

⊥c

~1.5nm

e

Cs-HTB

nanoparticle

⊥c

//c

Supporting

membrane

(carbon)

(a)

(b)

(c)

(45)

44 端)と B(c 端)の 2 つの位置に設定した。これらの位置で測定された EELS スペクトル を図 30(c)に示す。A 位置と B 位置で測定したスペクトルは、それぞれ 1.3 eV と 0.6 eV に ピークを示した。このピークエネルギーの違いは、Cs-HTB ナノ粒子 No.1 の異方性に対 応していると考えられる。このように、低エネルギー領域に明瞭に異方性が見られる一方、 2 eV 以上の高エネルギー領域での 2 つのスペクトルの強度分布はほぼ同じであることが分 かった。 図 30(d-f)は、別の粒子(No.2)の結果を示している。電子の入射方向は HTB 構造の[12̅10] から数度傾斜した方位である。図 30(f)に示すように、ビーム位置 C(//c 端)では 1.4 eV、 ビーム位置 D(c 端)では 0.9 eV にピークが観測された。C と D の中間位置であるビーム 位置 E から得られた EELS スペクトルでは、0.9 eV 付近と 1.4 eV 付近に 2 つのピークが観 測された。//c端のピークエネルギーはc 端のピークエネルギーよりも大きく、この傾向は

粒子 No.1 と同じであった。一方、粒子 No.2 のピークエネルギーは粒子 No.1 のピークエネ ルギーとわずかに異なっていた。

最終的に 13 個のナノ粒子について同様の EELS 測定を行った。次節で示すように、すべ

ての粒子において、//c 端でのピークエネルギーがc 端より大きいという結果を得た。一

方、そのピークエネルギーは、測定誤差より明らかに大きい粒子間ばらつきが存在すること が明らかとなった。

(46)

45

図 30 ナノ粒子(a)-(c) No.1 と(d)-(f) No.2 の EELS の結果。それぞれおおむね[𝟏𝟎𝟏̅𝟎]方位と[𝟏̅𝟐𝟏̅𝟎]方位か らビームを入射した。(a)(d) 粒子の TEM 像。電子回折図形によって決定されたc軸に平行(//)と垂直()な 方向、および EELS 測定時のプローブの位置(A-E)を示してある。(b)(e) 各粒子から得られた電子回折図形。 (c)(f) プローブ位置 A~E で得られた EELS スペクトルおよびピークエネルギー。(c)の挿入図はより高いエ ネルギーまで(0~10 eV)の EELS スペクトルを示す。

(a)

A

B

20nm

//c

⊥c

(d)

D

C

● ●

E

⊥c

//c

(b)

(e)

𝟏𝟎𝟏̅𝟐 𝟏𝟎𝟏̅𝟎 𝟎𝟎𝟎𝟎 𝟎𝟎𝟎𝟐 𝟏𝟐̅𝟏𝟎 𝟎𝟎𝟎𝟐 𝟎𝟎𝟎𝟎

(c)

(f)

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 In te n s it y (a .u .) Energy (eV)

B

A

0 2 4 6 8 10 1.3eV 0.6eV 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 In te n si ty (a .u .) Energy (eV)

D

E

C

1.4eV 0.9eV

20nm

(47)

46 3.4. 考察 3.4.1. //c端およびc端での応答 電子線が粒子近傍を通過すると、ビーム周囲の電場によって粒子内に様々な表面プラズ モンモードが誘起される13。そして、誘起されたプラズマ振動が電子ビームと相互作用す る26。粒子を電子線がかすめるように通過する場合、Ω pr/v < 1.2 を満たす十分に小さな粒 子に対しては、双極子モードが支配的になる。ただしΩpはプラズマ振動の周波数、rは粒 子半径、vは電子の速度を表す26。赤外線のエネルギー領域では、Ω pは 1.6 eV よりも小 さい。この実験では、典型的なrの値は約 10 nm であり、60 kV での電子速度vは 1.34×108 m/s である。このような場合、Ω pr/vは 0.18 よりも小さくなる。したがって、 この実験条件では主に双極子モードが誘起されていると考えられる。 ナノ粒子による誘電損失(光吸収、電子エネルギー損失)の大きさは、粒子の消失断面積 (σext)により評価することができる27。電子損失エネルギーに対応する波長(あるいは入 射光の波長)λよりも十分に小さい粒子では、双極子振動モードの消失断面積を誘電関数ε から下式により近似的に計算することができる27 𝜎𝑒𝑥𝑡= 1 3𝜋𝑟 24𝑥3Im (𝜀𝑟− 1 𝜀𝑟+ 2 ) (7) ここで 𝑥 =2𝜋𝑟𝑛𝑚 𝜆 (8) εr= 𝜀 𝜀m (9) であり、nmおよびεmは周囲の媒体の屈折率および誘電率を表す。これらを整理すると、 消失断面積と誘電関数は以下の関係にある。

(48)

47 𝜎𝑒𝑥𝑡∝ 1 𝜆Im ( 𝜀 − 𝜀𝑚 𝜀 + 2𝜀𝑚 ) (10) ここで今回測定対象とした粒子サイズ r ~ 10 nm は今回測定した主な電子損失エネルギ ーの領域(<2 eV)に対応する波長(>600 nm)よりも十分に小さいため、(7)式の近似は良 く成立すると考えられる。Cs-HTB の誘電率は六方晶構造に由来する異方性を示し、各結晶 方向に沿った誘電率はそれぞれ誘電率テンソル成分 εzz(//c方向)と εxx(⊥c方向)で表 される。従って一般に Cs-HTB ナノ粒子の EELS スペクトルは、以下の消失断面積で表さ れると考えられる。 𝜎𝑒𝑥𝑡∝ 𝐹//𝑐 1 𝜆Im ( 𝜀𝑧𝑧− 𝜀𝑚 𝜀𝑧𝑧+ 2𝜀𝑚 ) + 𝐹⊥𝑐 1 𝜆Im ( 𝜀𝑥𝑥− 𝜀𝑚 𝜀𝑥𝑥+ 2𝜀𝑚 ) (11) ここで𝐹//𝑐および𝐹⊥𝑐は、それぞれ//c方向(εzz)と⊥c方向(εxx)に沿った双極子振動 による電子エネルギー損失が EELS スペクトルに占める割合である。//c端であるプローブ 位置 A と C では、電子ビームは//c 方向に沿った双極子振動を支配的に誘起する(すなわ ち𝐹//𝑐≫ 𝐹⊥𝑐)と考えられる。したがって、EELS スペクトルは主に εzz成分を反映してい る。c 端であるプローブ位置 B と D では、εxx成分が主に EELS スペクトルに寄与する (すなわち𝐹//𝑐≪ 𝐹⊥𝑐)。スペクトル E で観測されたダブルピークは、式(11)において𝐹//𝑐と 𝐹⊥𝑐が同程度のオーダーであり、εzz成分と εxx成分の両方が電子エネルギー損失に寄与し ているものと解釈できる。 スペクトル C は、εzz応答に起因する 1.4 eV のメインピークに加え、0.9 eV 付近に弱い 強度が観察される。この弱い強度は、εxx成分のわずかな寄与によるものと考えられる。ス ペクトル D もまた、0.9 eV にメインピークを示すだけでなく、1.4 eV に弱い強度が見られ る。これらのダブルピーク構造は、プローブ径が有限であることや、個々のスペクトル測定

(49)

48 中に試料や電子プローブの位置がドリフトして、εzzと εxxの両方の成分が励起される、な どの原因が考えられる。 3.4.2. EELS ピークのエネルギーと幅 EELS スペクトルに見られたピークから Cs-HTB ナノ粒子の異方的誘電特性を定量的に 見積もるために、理論計算を行い実験値との比較を行った。ここでは第1章で述べた Hussain らによって決定された異方的誘電関数12と(7)式を用いて、Cs-HTB ナノ粒子の消 失断面積を 2 つの結晶方向成分(c、//c)について計算した。周囲の媒体は真空(屈折率 1.0)であると仮定した。計算結果を図 31 に示す。これらの曲線は各方向に1つのピークの みを示しており、これは明らかに自由電子の双極子振動に起因していると考えられる。 図 31 Hussain らによって報告された異方性誘電関数12を用いて計算した、Cs-HTB ナノ粒子の//cおよび c方向の消失断面積(σext)。 物質の誘電関数を(1)-(2)式の Drude モデルで表現し、周囲の媒体を真空(εm =1)と仮定 すると、(7)式で表されるσext曲線のピークエネルギーと FWHM は、それぞれℏ𝜔𝑝/√𝜀+ 2 およびℏγ と計算される(付録 A)。ピークエネルギーと FWHM の実験値と計算値(表 2) は、明らかに互いに異なっている。 0 10 20 30 40 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0

σ

ex t

/ d

3

m

-1

)

Energy (eV)

⊥c

//c

(50)

49 表 2 EELS 実験で得られた半値幅(FWHM)とピークエネルギー、および Hussain らによって報告された Drude パラメータ12を用いた計算値。

//c

c

This

experiment

Calculated

(E//c)

This

experiment

Calculated

(E⊥c)

FWHM:

ℏ𝛾 (eV)

0.4

0.24

0.5

0.24

Peak energy:

ℏ𝜔𝑝 √𝜀∞+2

(eV)

1.3

1.6

0.9

1.1

これらの違いは、試料合成の違いに起因していると考えられる。Hussain らは真空中に封 じた前駆体を焼成して Cs-HTB を合成した12のに対し、本研究では気流還元法を用いて試 料を合成した。気流還元法では、Hussain のプロセスよりも大量の酸素欠損が Cs-HTB 中 に導入されることが知られている15,20。第1章で述べた通り、HTB 結晶中に酸素欠損が存 在すると、伝導帯下部に局在準位が形成され、この局在準位から伝導帯の非占有状態へのバ ンド間転移が電子励起を引き起こす17,18。双極子振動エネルギーに近いエネルギーの電子励 起は振動のダンピングやピークエネルギーの変化を引き起こす可能性がある20,28。したがっ て表 2 に示したピークエネルギーと FWHM の実験値と計算値の差の一部は、本物質にお ける酸素欠損由来の電子励起 17の存在が原因である可能性がある。さらに前述の通り、本 研究のように湿式粉砕により作製された Cs-HTB ナノ粒子は、表面ダメージに伴う Cs 原 子脱離により伝導電子の数がバルクから減少しており16,19、これも実験値に影響を与えてい ると考えられる。

(51)

50 3.4.3. ピークエネルギーとその粒子間ばらつき ナノ粒子の//c端と⊥c 端で測定したピークエネルギーを、バルク材料とナノ粒子の過去 の測定結果と合わせて図 32 に示した。バルクのピークエネルギーは、エリプソメトリー20 や EELS16,23で測定されたもの、および報告された誘電関数 12において ε 1= 0 となるエネ ルギーから求めたものである。EELS16で単一のナノ粒子から直接測定されたピークエネル

ギーもプロットした。Adachi and Asahi29のデータは、光学吸収に見られる 2 つのピークを

それぞれ//c方向とc 方向の応答によるものと仮定したときの値である。また Machida ら 20のデータ点は、光吸収プロファイルを 3 つの成分に分離した結果(図 18a)のうち「LSPR ⊥c」(c 方向の自由電子キャリアの振動に由来する)成分と「Interband」(トラップされた 電子のバンド間遷移に由来する)成分をそれぞれc 方向と//c 方向の主要ピークと仮定し てピークエネルギーをプロットしたものである。さらに、Hussain12と Machida20のバルク Cs-HTB のデータを、式(1)によりナノ粒子のデータに変換した(図 32 の破線矢印)。

(52)

51 図 32 各粒子から得られたピークエネルギー(青丸+エラーバー)。比較のために、バルク(オレンジ色の 記号)とナノ粒子(緑色の記号)の文献値をプロットした。点線はピークエネルギーc=//c となるライ ン。各文献値の詳細は本文に記載した。 図 32 からは 3 つの特徴を読み取ることができる。1 つ目の特徴は、ナノ粒子のピークエ ネルギーがバルク材料のピークエネルギーよりも小さく、またバルクデータから変換した ナノ粒子のピークエネルギーよりも小さいことである。このことは、実際のナノ粒子では表 面からの Cs 原子の脱離16,19や粉砕過程での酸素欠損濃度の低下19により伝導電子密度が減 少するとともに、誘電関数が変化していることと整合する。 図 32 の 2 つ目の特徴は、本研究で測定したすべてのナノ粒子において、//c方向のピー クエネルギーがc 方向のピークエネルギーよりも大きいことである。この傾向は、光学測 定や EELS 測定から得られた先行研究のデータと定性的に一致している。したがって、0.8

bulk

0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0

P

e

a

k

E

n

e

rg

y

//

c

(e

V

)

Peak Energy

c (eV)

Bulk, reflectivity (Hussain et al.) Bulk, ellipsometry (Machida et al.) Bulk, EELS (Sato et al. 2012) Bulk, EELS (Sato et al. 2019) NPs, converted from Bulk values NPs, optical abs. (Adachi and Asahi) NPs, optical abs. (Machida et al.) NPs, EELS (Sato et al.)

図 3  (a) Cs-HTB ナノ粒子(NP)を用いた NIR フィルターによる熱線遮蔽の概念図。(b) Cs-HTB ナノ粒 子を用いた NIR フィルターの断面 TEM 像。  (c)  導電性ナノ粒子を用いた NIR フィルターの透過率曲線の 例。  NIR フィルターによる熱線遮蔽の具体的な効果を測定した例を図 4 に示す。グラフは、 光源として疑似太陽光(ソーラーシミュレーター)を用い、挿入図に示す配置でガラス箱可視光:透過近赤外光:遮蔽(吸収・散乱)ナノ粒子分散樹脂フィルタOWCs例:Cs-H
表 1  Hussain ら 12 によって報告された Cs-HTB の異方的誘電関数の Drude パラメータ。Hussain らはプラ ズマ周波数および緩和定数を cm -1 単位で表記したが、ここでは eV 単位に変換した。また Hussain が論文中 に示した“プラズマ周波数”は Drude の誘電関数がε 1 =0 となる周波数(遮蔽効果を考慮したプラズマ周波数)
図 16    Cs-HTB の Partial DOS 理論計算。(a) Cs-HTB 完全結晶(Cs0 .33 WO 3 ) 、および(b)酸素欠損を導入 した結晶(Cs 0.33 WO 2.83 ) 18 。  我々は、実用 Cs-HTB ナノ粒子の光吸収について 2 つの研究を行った 19,20 。第 1 の研究 19 では、工業的プロセスで製造された Cs-HTB は、バルクとは異なり等方的な誘電応答を 示すものとの仮定を置いた。まず、工業的な気流還元法で合成した Cs-HTB 粉末の圧粉体 表面
図 30  ナノ粒子(a)-(c) No.1 と(d)-(f) No.2 の EELS の結果。それぞれおおむね[
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参照

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