共同研究「動員国家の成立とその変容」政権党国家 における現行中国憲法の構造的矛盾とその行方
著者 晏 英
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report
of Institute for Legal Research
巻 29
ページ 51‑62
発行年 2013‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2048
政権党国家における現行中国憲法の 構造的矛盾とその行方
中国山西大学政治与公共管理学院 晏 英
はじめに
これまでの30年間、中国では急速な経済発展が進む一方で、様々な社会問題も発生している。
特に政治改革が遅れているため、官僚の汚職、公権力の乱用、貧富格差の拡大などの問題は顕在 化し、中国民衆の強い不満を引き起こしている。1999年、中国憲法修正案は、第5条1項として
「法に基づき国を治めることを実行し、社会主義法治国家を建設する」が加えられたが、実際に 履行されていないため、憲法は見せかけだけの「店構え」となり、国家権力に向けられた規範と して機能していない。
現在の中国については、「法律有りて法治無し、憲法有りて憲政無し(有法律而無法治、有憲 法而無憲政)」と言われ、立憲主義的な基本原則は中国のそれと大きな距離がある。本稿では、
現行中国憲法の構造的矛盾を分析し、現代中国憲法は法的規範ではなく、政治的規範にすぎない ことを確認し、それにもかかわらず、なぜ憲法の制定が必要であるかを検証する。最後に、検証 結果を踏まえ、現行中国憲法の行方を探る。
1.現代中国憲法の内容概要と改正の歴史
⑴ 現行中国憲法の内容
1978年12月、中国共産党は第11期中央委員会第3回総会(11期3中全会)を開催し、その会議 ではこれまでの「階級闘争をかなめとする」方針を転換し、党の活動の重点を社会主義的現代化 の建設に移行することを決定し、改革開放の政策を始めた。1981年6月、共産党は、第11期中央 委員会第6回総会で、「文化大革命」の経験と教訓を全面的に総括し、建国以来の多くの重大な 歴史的問題に対して分析を行い、「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」をその結果 として公表した。現行中国憲法は、このような大変動の時期に制定された。
1982年12月4日、第5 期全国人民代表大会は、第5回会議を開き、新しい「中華人民共和国 憲法」を採択した。現行憲法は「序言」のほか、「総綱」、公民の基本的な権利と義務、国家機構、
国旗、国歌、国章、首都の4章に分かれ、計138条から構成されており、主な特徴として、次の ようなものが挙げられる。
第1に、1978年憲法に残されていた文化大革命的色彩をほぼ消去したことである。典型的には、
1978年憲法の基本原理たる「プロレタリア階級独裁下の継続革命を堅持する」という文言が、明
らかに使用されなくなった。
第2に、堅持されるべき中華人民共和国の国家的イデオロギーを「4つの基本原則」として定 式化したことである(序言)。
第3に、「憲法現実」がともかく、党を国家の下に置こうという点である。
第4に、国民の権利や自由を重視する姿勢を形の上で示しておこうということである。
中国の従来の憲法は、いずれも第2章を国家機関、第3章を「公民の権利と義務」としていた のに対して、現行憲法では、その順番が逆転し、「公民の権利と義務」が前に出ている。
第5に、憲法の最高法規性を初めて具体的に規定したことである。つまり、序言で「本憲法は、
法的形式で中国の各民族人民の奮闘の成果を確認し、国家の根本的制度と根本的任務を定め、国 家の根本法であり、最高の法的効力を持つ」と規定し、本文の第5条で「国家は、社会主義的法 制の統一と尊厳を維持する」(1項)、「すべての法律、行政法規、地方的法規は憲法に抵触して はならない」(2項)、「すべての国家機関、武装力、各政党、各社会団体、各企業・事業組織は 憲法と法律を遵守しなければならない。憲法および法律に違反するすべての行為は追及されなけ ればならない」(3項)、「いかなる組織または個人も、憲法と法律を超越する特権を有してはな らない」(4項)と規定している。
⑵ 現行中国憲法改正の歴史
1988年、1993年、1999年、2004年の全国人民代表大会でそれぞれ憲法修正案が採択され、現行 憲法の一部条文が改正され、補足された。4回にわたって行われてきた憲法の改正は、合わせて 31か条の憲法修正案を出した。また平均して5年に1回の改正である。憲法改正は、主に「序言」、
「総綱」部分に対して行われた。
「序言」部分。31か条の憲法修正案の中で、5か条が「序言」と関わっており、修正案の16%
を占める。つまり、「わが国を高度な文明、高度な民主の社会主義国家として建設する」を「わ が国を富強、民主、文明の社会主義国家として建設する」に改正し、「わが国はまさに社会主義 初級段階にある」と「中国的特色を有する社会主義建設の理論にもとづいて」建設することが追 加された。また「三つの代表の重要な思想」、「物質文明、政治文明、精神文明の協調発展を推進 し」も追加された。
「総綱」部分。現行憲法に対する改正は、31か条の修正案の中で、非国有経済政策、分配政策、
市場経済体制と関わる経済制度の内容が21か条に達し、修正案条文の67.7%を占める。修正案第 13条は、「中華人民共和国は法によって国を治めることを実行し、社会主義法治国家を建設する」
を憲法5条1項として追加した。ここでは、法治建設の目標を掲げた。修正案第24条は、憲法33 条に「国家は人権を尊重し、人権を保障する」を追加して第3項とし、現3項は4項とした。こ の改正は、転換期の中国における価値観の変化を表している。
経済制度について、私営経済の合法的地位が認められた。2004年憲法修正案は、憲法第13条で は、はじめて「公民の合法的財産は、犯されない」(1項)という「私有財産の不可侵」原則が 明記された。「神聖不可侵(第12条1項)」と定めている社会主義公有財産に近い地位を、私有財
産にも与える内容になる。これらの動きは、異なる経済成分に平等な地位を与えるものである。
現行憲法に対して4回の改正では、経済制度、人権保障、法治主義において大きな前進が見られ た。だが、現行憲法は、依然としていくつかの構造的矛盾を抱えている。
2.政権党国家における現行中国憲法の構造的矛盾
規範的判断から見れば、現代国家は、自由主義の系譜からロック的な社会契約論を思想的に受 け継き、国家を必要悪として認めた上での「国家からの自由」を唱え、立憲主義的に国民が国家 活動を限定しようとした。民主主義の系譜から言えば、ルソーの「一般意思」を踏まえ、国家へ の民衆参加をもとに主権者としての人民が「治者と被治者の同一性」を求め、国家に市民社会に おける矛盾の調停と解決を求める。そのゆえに、現代国家のもっとも重要な特徴は、国民主権に ある。確かに、「国民国家」とは、確定した領土をもち、国民を主権者とする国家体制およびそ の概念を指すことがある1。この意味から言えば、現代国家の基本形態は国民国家とも言える。
しかし、中国では、国民の意思より政権党の意思が優越する政権党による国家支配の国家形態 が見られる。これは、政権党国家という。政権党はあらゆる国家権力をコントロールする。これ らの権力は、政治、経済など実質的権力もあれば、文化、教育、思想意識など言論統制権力もあ る。政権党国家における権力の全体像は、以下のような2つの次元がある。
その1、権力構造から見れば、「党国-党軍-党政」の一体化構造は、政権党国家における国 家権力が高度的に集中され、政権党が国家権力を完全に独占することを表している。「党国」と は政権党と国家権力の合一であり、「党軍」とは政権党と暴力装置軍隊の合一であり、「党政」と は政権党と政府権力の合一である。「党国」が国家権力を政党化し、「党軍」が暴力装置を政党化 し、「党政」が国家あるいは政府の日常権力を政党化することにより、国家権力へのあらゆる挑 戦者が排除する。
その2、行動形態から見れば、全体主義が社会と国家の各分野の隅々まで浸透する。「党綱-
党権-党化教育」の一体化構造はその特徴を表している。「党綱」は政権党が民族を救うという 使命を担う道徳根拠を示し、「党権」は政権党が国家権力を独占するという行動形態を示し、「党 化教育」は政権党が国家権力のほか、思想へのコントロールをする方法を示す。「党綱」は党の 建設と国家の建設を統一し、「党権」は党内支配と党外支配を統一し、「党化教育」は党員教育と 民族教育を統一する。「党国-党軍-党政」の一体化構造と「党綱-党権-党化教育」の一体化 構造の結びつきは、政権党国家の完全なコントロール機能を構成する。
政権党国家の構造は、現行中国憲法における以下の3つの矛盾を起こす。
⑴ 行動主体の間の矛盾
現行中国憲法では、2つの行動主体が存在しており、その間に孕まれた構造的矛盾がある。
分かりやすく、日本国憲法と比較して検討する。まず、日本国憲法の前文を見ながら、憲法の 行動主体を確認してみよう。1つの行動主体は、「日本国民」である。これは、以下のような言
葉からうかがえる。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫 のために、……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するの であって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決 意した」。
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」。
もう1つの行動主体は、「われら」である。以下のところから読み取れる。
「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐ る国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐 怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。
「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と 対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」。
この二つの行動主体、「日本国民」と「われら」は、一緒に日本国憲法の行動主体になるが、
この二つの行動主体は完全に一致する概念で、構造的矛盾が存在しない。「日本国民」は「われら」
で、「われら」は「日本国民」である。二つの行動主体は、一緒に「この憲法を確定」し、「これ に反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」。
次に、現行中国憲法の前文を見てみよう。1つの行動主体が確認されやすい。それは「中国各 民族人民」である。例えば、
「中国人民は、国家の独立、民族の解放および民主と自由のため、戦友のしかばねを乗りこえ て英雄的な奮闘を行った」。
「中国人民は、帝国主義および封建主義に反対する歴史的任務を達成していない」。
「中国人民は、我が国の社会主義制度を敵視し、破壊する国内外の敵対勢力および敵対分子に 対する闘争を継続しなければならない」。
もう1つの行動主体が隠されている。前文に以下のような言葉がある。
「国家の根本的任務は、中国的特色のある社会主義の道に沿い、力を集中して社会主義的現代 化の建設を行うことである。中国の各民族人民は引き続き中国共産党の指導のもと、マルクス・
レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論および『3つの代表』重要思想に導かれ、人民民主独裁 を堅持し、社会主義の道を堅持し、改革・開放を堅持し、社会主義の諸制度を絶えず改善し、社 会主義的市場経済を発展させ、社会主義的民主を発展させ、社会主義的法制を健全にし、自力更 生、刻苦奮闘し、工業・農業・国防および科学技術の現代化を逐次実現して、物質文明・政治文 明および精神文明の調和のとれた発展を推進して、我が国を富強・民主・文明をそなえた社会主 義国家に築き上げるであろう」。
ここで、注意してもらうことは、「中国の各民族人民は引き続き中国共産党の指導……の下」
という表現です。つまり、中国人民(中国各民族人民)を除き、もう1つの行動主体、「中国共
産党」が「中国人民」より高い位置にある。このような表現が以下のところにも見られる。
「長期の革命と建設の過程において、中国共産党の指導のもとで、各民主党派と各人民団体が 参加し、社会主義的勤労者、社会主義事業の建設者、社会主義を擁護する愛国者および祖国統一 を擁護する愛国者のすべてを含む、広範な愛国統一戦線が結成された。この統一戦線は引き続き 強固になり発展していくであろう」。つまり、中国共産党の指導のもとで結成された統一戦線は 引き続き強固になり発展していく。
「中国共産党が指導する多党協力と政治協商制度は長期に存在し発展するであろう」。
本来、現行憲法の行動主体が「中国人民」だけで、即ち、一人一人の自然人である。現行憲法 では、もう1つの行動主体「中国共産党」という集団概念が存在する。現行憲法がこのように構 成する狙いは、法律(Act、Code)で(例えば、『政党法』で)定められるべき政治集団のことを、
上位にある憲法(Constitution)で規定することにある。政治的に解決すべき政治集団のことが、
最高法規の形で規定することになった。このように、個人概念の「中国人民」と集団概念の「中 国共産党」との間に構造的矛盾が出てきた。法律(Act、Code)においては、この二つの行動主 体の中で誰の利益を擁護すべきかは、明確な規定が存在しない。司法機関は、憲法の法的条文を 守るべきか、或いは憲法の政治的規定を守るべきか、迷って混乱になる。
⑵ 司法意思と政治意思との矛盾
現行中国憲法の中で、法的条文と政治的規定が同時に存在するが、事実上、「中国共産党」と いう行動主体の優位によって、政治的規範が優位され、憲法の司法機能は果たせなくなる(中国 語:政治憲法)。結局、憲法(Constitution)は、司法機能を喪失し、法律(Act、Code)しか司 法機能を果たさない。憲法の司法化ができないことは、憲法における政治的規定、即ち政権党の 意思が司法活動に運用される法的条文に優位することを意味する。
憲法の司法化がなければ、立憲主義政治はない。なぜなら、現行憲法の構造では政治意思が司 法意思に優位し、司法意思が政治意思を超えてはいけない。このように、国民が憲法の条文を照 らして基本権利を守ることはできなくなる。
政治意思が司法意思に優位することにおいては、共産党の「政法委員会」が大きな役割を果た している。司法機関の業務を調整する役目を負っているのは、当該地方の党機関内の「政法委員 会」である。中国の県(区)級以上の各級党委員会には、みな「政法委員会」が設けられている。
「政法委員会」の首長は当該政府機関の共産党のトップが務め、委員は法院院長、検察院院長、
公安機関など指導部の首長が兼務する形となっている。裁判、検察、捜査、法の執行などは共産 党の指示を受けなければならない。また、裁判、検察、捜査において、齟齬が出た場合は、「政 法委員会」の指示を仰ぐことになる。
たとえば、司法意思と政治意思とは合致しなかったり矛盾したりする場合は、司法解釈により、
それを「調整」することができる。立法機関である人民代表大会に対し、裁判機関と検察機関は 立法権が持っていないが、司法解釈権を持っている(最高人民法院と最高人民検察院)。しかし、
法律上、法文の解釈に限られた裁判機関と検察機関のこの司法解釈権は、実際に単なる法の解釈
の範囲に留まらず、成文法の不足を補充したり、政策上の矛盾を調整したりして、相当な程度ま で立法的な機能を代替していると指摘されている2。その場合、法解釈よりも上記の政法委員会 などの政治意思が優位されている。
民事・刑事の裁判の中でも、いったん政治意思が参入すると、司法意思が絶対に政治意思に服 従しなければならない。地方行政機関は法院に対する財政権を、各党委員会は法院に対する人事 権、紀律検査権を頼りにして、法院を簡単にコントロールできる。
⑶ 憲法政治と徳治政治との矛盾
憲法では、国民の基本権利を保護するため、国家権力を制限し、国民主権と権力分立に関する 規定が明確に定められる。国家は、憲法を最高法規として、法の支配を実施する。為政者も民衆 と同様に憲法を守っていかなくてはならない。国民の基本権利保障を盛り込んだ憲法を定め、そ の憲法で為政者の権限を制限しておくのである。そして、いかなる者も憲法の範囲内で政治を展 開しなければならない。
政権党国家では、憲法があっても、この憲法が憲法政治の理念とかなり離れる。憲法で政権党 が超国家権力の存在として認められることは、事実上、法の下でいかなる者も平等であり、すべ ての国民を平等の地位に置くという法の支配の理念を否定する。しかも、すべての国家制度が政 権党に対して特別な取り扱いを実施しているため、憲法政治は確立できない。政権党国家は、憲 法政治を実施できなければ、徳治政治(為政者の徳性によって人民を教化して政治を行うこと)
を維持せざるをえない。中国共産党は、一貫して「以徳治国」(徳を以って国を治めること)を「以 法治国」(法を以って国を治めること)の補完する手段として用いる3。徳治政治では、法ではな く、「絶対に間違いを犯さない優れた資質」、つまり「徳」をもって国家権力の行使を正当化する。
有徳者にのみ政治をおこなう資格があり、共産党という、真理を体現していると称する集団が独 断で政治をおこなう。
徳治政治をおこなう政権党国家は、有効な法制度を整備できない。有効な法制度が整備できな ければ、現代の複雑な国家秩序は維持できない。こうして、本当の意味で国を治めることはでき なくなり、国家管理はただ混乱を抑止し、事態を収拾することに必死である。
他方、政権党国家では為政者の徳性が国を支配する基本手段であり、経済資源の合理的開発と 管理・利用は重視されない。政権党国家においては、経済は政治に従属し、財産を国家所有物と するゆえ、財産を綿密に経営することができない。政権党国家が現代の経済理念を貫く財産運営 の考えはなく、財産の拡大は経済運営の目的ではなく、ただあるイデオロギーの正当性を表明す るための道具にすぎない。そして、政権党国家における非制度的経済運営は、経済発展の自主性 及び自立性を最大限に尊重することができない。国民が自発的に自分自身の知識、知恵、資本を 経済運営に運用することができなければ、社会は貧困に陥るであろう。
3.政権党国家における憲法制定の狙い
以下のような疑問を感じるかもしれない。政権党国家の憲法は、法的規範ではなく、政治的規 範にすぎない以上、なぜ憲法の制定が必要であろうか。政権党国家は、憲法を制定した以上、な ぜきちんと実施しないであろうか。政権党国家における憲法制定の狙いはどこにあるか。
まず、中国における憲法的規範を確認しよう。それらは、『中国共産党規約』、現行中国憲法と
『中国人民政治協商会議規程』である。
⑴ 『中国共産党規約』
『中国共産党規約』は、冒頭で、「中国共産党は中国労働者階級の前衛部隊であると同時に、中 国人民と中華民族の前衛部隊であり、中国的特色のある社会主義事業を指導する中核である」こ とを掲げている。要するに、その規定は党が国家権力をコントロールする正当性を明示した。中 国憲法の歴史を考察すると、以下のような事実が確認できる。1954年憲法の制定に遅れて2年、
1956年に共産党規約が作られているのに対して、1975年憲法は2年前の1973年共産党規約に、
1978年憲法は1年前の1977年共産党規約に、それぞれにおいては憲法の前文が党の「総綱」に対 応し、その政治上の根拠を置いている。同じことが、12月に採択された1982年憲法と9月に採択 された1982年共産党規約についても言える。政権党の国家に対する政治方針、経済方針と文化方 針が、共産党規約と憲法をつなぐ通路となる。共産党規約は、その約束の対象が党員しかない。
如何に政権党としての地位を実現するかは、もう1つの法を制定しなければならない。この法は、
必ず国家の基本法でなければならない。これは憲法である。その故に、共産党規約は現行憲法の 上位法であり、現行憲法は上位法としての共産党規約に基づいて制定されたものと言える。
⑵ 現行中国憲法
2番目の憲法的規範は現行憲法である。世界中の通例からみると、党の政治綱領、政策路線や 活動方針など党の意思を国家意思に転換することは、あらゆる党派の目標である。中国の唯一の 政権党が国家権力をコントロールするため、党の意思を国家意思に置き換えることは不可欠であ る。中国では、毛沢東時代から鄧小平時代に入り、政治手段としての大衆動員が行われなくなり、
政治運動によって党の方針、路線、政策を貫徹することが不可能になったとともに、共産党が国 家権力をコントロールする唯一の手段は、国民の名義で現行中国憲法を制定することとなった。
重慶行政学院の学者、喩中氏の総括によれば、現行中国憲法は、党の路線、方針及び政策の規則 した、法律化した表現である。半世紀以来、党の意思こそ、憲法制定、憲法改正の精神であると いう4。さらに、現代中国憲法の確立について、喩中氏は、これはただ国家権力の担当者が自分 の功績を謳い、政権の正当性を主張するプロセスにすぎないと指摘している5。現行中国憲法で その正当性が置かれたことによって、党の意思は中国の全般にわたる最高の理念であり、あらゆ る法の源泉である。中国のすべての法規範が、党の意思から導き出されるものである。一般的に、
現代憲法の保障対象は一人一人の国民であるが、現代中国憲法の保障対象は、党の意思である。
⑶ 『中国人民政治協商会議規程』
3番目の憲法的規範は『中国人民政治協商会議規程』である。本来、中国人民政治協商会議は 中国における各党派と政治勢力を配置する組織であるが、中国人民代表大会の制度が確立された 後、政治協商会議の地位は非政治的チャンネルで政治参加する特別な組織となった。その政治参 加のチャンネルは「協商」(相談によって取り決めること)に限られている。つまり、中国人民 政治協商会議は「中国共産党が指導する、多党協力と政治協商の重要な機構であり」(『中国人民 政治協商会議規程』の総綱)、中国共産党と各民主党派、無党派民主人士、各人民団体、各民族 および各界の代表、香港同胞、澳門同胞、台湾同胞および帰国華僑の代表によって構成される」
(規程第20条)。ここで、各党派と政治勢力の中国における政治地位が決められた。共産党の指 導する多党協力制度とは、共産党が中華人民共和国の唯一の政権党であり、八つの民主党派は中 国共産党の指導を受ける前提で、参政党の地位をもち、中国共産党に協力し、政治に参加するこ とである6。
規程は、各党派と政治勢力が守るべき基本的な政治規範を定めている。つまり、各党派と政治 勢力がその政治地位を保つことは、共産党のリーダーシップを認めることを前提とする。『中国 人民政治協商会議規程』は、国家レベルにおける基本的な政治原則を規定したものであり、憲法 的規範と言える。
4.現行中国憲法の行方
では、中国では、如何に憲法政治を実現できるであろうか。憲法政治を確立するため、国家形 態が政権党国家から国民国家に転換しなければならない。以下、3つの側面から見ていく。
⑴ 社会団体の成長
その1は、社会団体を大きく成長し、中国人民という、現行中国憲法の行動主体を大幅に拡大 しなければならない。
国家形態が政権党国家を国民国家に転換するため、政権党権力を国家権力の下で置かなければ ならない。既得利益集団は自ら憲法政治を実施し、積極的に国民の監視を受けることが不可能で あり、分散した個人が組織されている公権力からの侵害に対抗することが難しい。だから、中国 国民がただ待つことは何もできない。自らの権利を保障する社会団体を設立しなければならない。
力を拡大した国民が、憲法政治の実現のために自ら行動し、政権党権力を憲法範囲内で活動する ように押さなければならない。
しかし、1998年10月25日、中国政府は『社会団体登記管理条例』を公布したが、具体的に問題 を提示すると次のようなことがある。①「1行政区、1分野に1つの団体しか認めない」管理方
式である。同条例の第13条によると「1行政区1分野に1つの団体しか認めない」。つまり、1 行政区内(全国、省、自治区、直轄市、市、県)に活動内容が同じく、もしくは類似する団体は 複数設立してはいけないということである。②社会団体への2層管理、つまり業務主管単位と民 政部門の2層管理体制である。同条例の第6条によると、中国の社会団体は「登記を行う民政部 門と業務上の指導を行う業務主管部門によって二重に管理される」ということである。二重管理 とは、主管部門がなければ社会団体が成立できないということと、社会団体の自由な活動を制限 するという意味も持ち、社会団体の発展を大きく阻害するのである。
トーマス・ラム(Thomas Lum)は、これまでの民主化研究における相互に関連する政治、
社会、文化の諸変数を検討・総合し、中国の民主化の複合理論(a composite theory of Chinese democratization)を提唱している。とりわけ結論の部分では、「中国の民主化を阻む主要な障害は、
社会においては独立した権益集団が欠如し、国家においては開放的で持続的なイッシューを基礎 とした個人的同盟が欠如していることに集約されることを明らかにした」7と述べる。この結論は、
まさしく上述の中国の現制度に抵抗が少ない原因に対する適切な回答であり、農民の有効な抵抗 を含む中国における政治変動がなかなか行われなかった原因であると考えられる。
嬉しいことに、2011年11月22日、広東省が全省体制改革深化工作会議で、社会団体を育成する ため、各業界で「一業界、一団体」を廃し、香港などに倣い、各種の業界で複数の業界団体が並 存し、競合する仕組みを導入する。また、2012年7月から、広東省の社会団体は、業務上の指導 を行う業務主管部門が必要ではなく、直接に民政部門で登記を行うことができる。これから、中 国の社会団体の大きく発展することが期待できるであろう。
⑵ 地方自治の実施
その2は、地方自治を実施することである。
イギリスの政治学者J・ブライスが「地方自治は民主主義の小学校である」と言った。国民は、
地方自治の場における民主主義の実践を通じて国全体の民主主義を体得する。地方選挙は国政選 挙に模範を呈示し、選挙以外の選択肢の正統性を否定し、党外勢力を育てることができる。
内戦に敗れて台湾に遷った後の国民党政権は、大陸における共産党体制と比較して、党と国家 を融合させ社会全体に浸透させる程度が弱い。地方自治を認め、地方選挙を実施したというこの 弱い部分こそ、台湾の党外勢力を育てたのである。
日本降伏後、国民政府は1946年1月から1948年11月、郷、区、鎮、県、市、省参議会のみなら ず、村長、里長、区長、郷長の選挙も行っていた。この時期の地方自治の特徴については、台湾 の民主化を研究する学者周小萌の言葉を借りれば、「半自治」という。第一に、台湾省行政長官 を初め県・市の行政の首長は依然として官選であった。第二に、三つのレベルの民意機関の内、
直接選挙されたのが区・郷・鎮の議会のみであった。県・市・省参議会はそれぞれ一級下の議会 による間接選挙であった8、ということである。
1949年7月に「台湾省地方自治研究会」が発足し、翌50年4月に「台湾省地方自治要綱」など の関連政令が制定された。10月よりその前月に再編された行政区画に基づき、第一期の県・市長、
県・市議会選挙が実施され、また51年末には第一期臨時省議会選挙が実施されたのであった。以 後若干の変更はあるものの、今日まで定期的な地方公職選挙が実施されてきている。
政治的自由を厳しく制限する戒厳令をはじめとする独裁的な諸制度の元でも、非国民党勢力は、
1986年までの35年間にわたって平均して地方首長の一割以上と地方議席の二割以上を、1969年か ら始まった国政選挙の二割近くの議席を、さらに地方選挙と国政選挙を問わず一貫して30%の得 票を、獲得した9。公職選挙は制限されていたが、競争的であるとされる。その競争度は首都台 北市長選で充分に現れている。1951年から1967年まで五回の台北市長選の内、国民党が勝ったの は二回のみであった。第一代市長呉三連、第二代と第五代市長高玉樹は、共に反国民党の政治家 であり、1960年の中国民主党の新党結成の試みに参加した10。新党結成の中心人物、雷震が十年 の懲役を受けてからも、高玉樹は1964年に第五代台北市長に再選された。1950年から1985年まで、
在野勢力は平均13%の県知事、市長の職を掌握した11。国民党と非国民党との競争だけではなく、
国民党内の地方派閥の競争をも含めれば、台湾の選挙は相当激しいものであった。
台湾の民主化における1949年以降の地方自治の役割は、次の二点にまとめられる。第一に、地 方選挙の存在は国政の改革に模範を呈示し、選挙以外の選択肢の正統性を否定し、国政選挙の再 開を促した。民主化とは参政権の範囲を拡大・完遂する過程である。第二に、地方自治と公職選 挙は、体制内の穏健的な在野勢力と政権内の民主的勢力とを育て、台湾の政治展開を平和的に民 主化の方向に導いた12。
もう一つ見逃してはいけないことは、地方自治は、中国において、特別に重要な意義を持って いることである。この重要な意義は、地方自治は中国の民主化の突破口、民主化の主役を期待で きる、ということである。これを、台湾の民主化の歴史が雄弁に証明している。
明清時代の中国では、中央政府の官僚機関は県レベルまでしか到達できず、県レベル以下では 社会の自治が行われ、「士紳」層の社会的権威が認められ、それに対して県はほとんど干渉しなかっ たのである。しかし、1949年以降、国家機関が郷鎮まで設けられている。社会の自治空間が著し く閉鎖されたのに対し、社会に対する国家権力の浸透の度合いは急激に高まっていたのである。
上述から分かるように、中国の民主化を阻む主要な障害は、人民が独立した権益集団として組 織されていないことである。様々な事実が証明したように、台湾の地方自治で育てられた「党外」
組織的な勢力こそ、国民党の一党独裁に対するますます強大になってきた「組織的脅威」であっ た。台湾の地方自治は、選出された政権の正統性しか認めないという思想を住民の心にしっかり と植えつけた。
⑶ 違憲審査制度の整備
現行中国憲法の最高法規性に関する規定は、憲法前文と第5条2項の「一切の法律、行政法規 と地方法規は、憲法と抵触してはならない」というものである。また、第5条3項は、「一切の 憲法及び法律に違反する行為に対して、その責任を追及しなければならない」と定め、憲法の規 範性を表している。
憲法の最高法規性は、国家行為の合憲性を審査・決定する機関があってはじめて、現実に確保
される。
現在、違憲審査制度は多くの国において憲法の実施を保障し、国民の憲法上の権利を守る普遍 的意義を有する重要な法制度となっている。現行中国憲法は、全国人民代表大会常務委員会がそ の職権として憲法解釈を行うと定めている(同憲法67条)。しかし、実際には、全国人民代表大 会常務委員会は憲法解釈権を行使し、法令の合憲性を審査することは一度もなく、学界から「我 が国の憲法解釈が実際にずっと休眠状態にある」と指摘されている13。
憲法をはじめとする法的秩序を維持するには、違憲審査制度の完備を最も重要な地位に置かな いといけない。法を以って国を治めるためには、まず憲法により治める。違憲審査制度を整備せ ず、違憲行為を放任すれば、法制の統一と尊厳を損ない、かつ「法の支配」に基づき治国する目 標にも達しにくい。改革の得た成果と社会の安定をも脅かすことにもなりかねない。
他方、たとえ違憲審査の専門機関が設立されたとしても、民主主義と政党政治が成熟する歴史 的背景がなければ、それは必ずしもうまく機能しない。また、そもそも違憲審査制度が国民の基 本権利保護の仕組みとして出現したが、あらゆる権利侵害事件は違憲審査制度に頼られるわけで はない。司法が独立性や権威を持たなければ、国民の基本権利保護はとうてい理念から現実にな り難い。従って、地方自治、違憲審査制度を含め、民主主義と法の支配を発展させることは、今 後の中国の大きな課題となってきているといえよう。
おわりに
現代の中国において、政治腐敗、公共心の無さ、モラルの欠如、環境破壊、知的財産権の侵害 など、現在の政治制度では適切に解決できない問題が山積している。中国の政治改革は、憲法政 治の改革から始めなければ、根本的改善が得られない。中国の今後の発展には、憲法政治の確立 が第一の要務である。
これからの中国について、中国共産党中央党校の杜光教授は、その憂慮する心情を次のように 語った。「中国の経済成長は速く、国力が強大になっていることは事実。しかし、政治の上で一 党支配を続け、政治の体制改革を拒んでいることも事実。こうした政治と経済とのアンバランス な状態は長く続かない。現在の中国社会は危機に満ちている。不測の事態がいつ起きても不思議 はない」14。中国共産党が、一刻も早く抜本的な改革に取り組むことを期待する。
2012年8月12日初稿 2013年4月3日加筆修正
1 清水知子「国民国家」『日本大百科全書』小学館〈スーパーニッポニカProfessional Win版〉、2004年2 月。
2 郝鉄川『当代中国与法制現代化』浙江人民出版社、2003年1月第1版、59頁。
3 郝鉄川『依法治国与以德治国―江澤民同志治国思想研究』上海人民出版社、2001年、緒論。
4 喩中「在憲法与政党之間」『現代法学』、2007年、第29巻第2期、6頁。
5 喩中「从『確認』到『正名』中国百年憲法的内在邏輯」『現代法学』、2008年、第30巻第4期、176-
179頁。
6 中国国務院白書『中国の政党制度』、2007年。
7 Lum,Thomas, Problems of Democratization in China (New York, NY: Garland, 2000), p. 169.
8 周小萌「権威主義体制における民主主義制度―台湾民主化における地方自治の役割」『中国研究月報』
社団法人中国研究所、Vol. 51, No. 9、1997年9月25日、18頁。
9 Lui, Fei-Jung, The Electoral system and Voting Behavior in Taiwan, Cheng, Tun-jen & Haggard, Stephan (eds.) Political change in Taiwan (Boulder: Lynne Rienner Publishers, 1992), pp. 169-172。
10 戴国輝『台湾・人間・歴史・心性』岩波書店、1988年、168-169頁。
11 周小萌前掲論文、24頁。
12 周小萌前掲論文、23-24頁。
13 韓大元主編『憲法学』、高等教育出版社、2006年、101頁(苗連営執筆)。苗教授は、中国において「憲 法解釈の実例」が存在しておらず、「全国人民代表大会常務委員会の憲法解釈権が長期にわたって空洞 化されていることは、疑いがない事実である」と指摘している(同書108頁)。
14 江迅「中央党校教授斥劉曉波案違憲」『亜洲週刊』、2010年第2期、22頁。
(あん・えい/YAN, Ying、
中国山西大学政治と公共管理学院講師;明治学院大学非常勤講師)