共同研究「成年後見法制の実務的・理論的検証」死 後の事務処理における故人の意思と相続法秩序―ド イツ法の議論を中心に
著者 黒田 美亜紀
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 29
ページ 67‑71
発行年 2013‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2050
死後の事務処理における故人の意思と相続法秩序
―ドイツ法の議論を中心に
黒 田 美亜紀
■ はじめに
・ 死後の事務処理について考える必要性
→ 死後事務委任契約の可能性(故人の意思を尊重することができる法律構成)を探る
・ 日本法の現状と問題意識
・ ドイツ法を参酌する意味・・・①任者が死亡しても原則として委任契約が終了しない、②死後 も存続する委任・代理、死因代理が承認され、財産処分が可能
■ ドイツ法における死後の事務に関する法制度
1 委任(代理)
BGB672条1文 委任は、疑わしい場合には委任者の死亡又は行為能力の喪失により消滅 しない。
BGB168条 代理権の消滅は、その付与を基礎づける法律関係に従って定まる。代理権は、
その法律関係から別の結果が生じない限り、法律関係の存続中でも撤回するこ とができる。撤回の意思表示については、167条1項の規定を準用する。
⑴ ドイツ民法672条制定の経緯
BGB672条1文・・・ ローマ法由来の伝統的な立法例とは異なる立場を採用
【理由】 法的安定性。民事法領域内での統一的処理。委任者の行為能力喪失の場合との対 比
⑵ 死後も存続する代理
委任が継続する場合には、委任者の死後も代理権が存続する。判例・通説も、委任者(本 人)の死亡後も存続する委任(代理〔VollmachtüberdenTodhinausまたはtransmortale Vollmacht〕)を認めている。
◆ 死後も存続する委任の委任者が死亡した場合、受任者は相続人の意思を確認しなくてはな らないか?
→ :確認する必要あり
【理由】 代理権存続の目的は相続人の利益のためであり、受任者は相続開始により、相 A説
続人との関係で義務づけられる :確認する必要なし(判例の立場)
【理由】 相続人、代理人共に被相続人の形成した法律関係に拘束される。
:BGHNJW1969,1245
【事案】 Aの相続人XらがYに対し、代理権の撤回、土地の相続共有の登記手続きを請求 ⇒ Xらの請求棄却
【理由】 ①代理関係・委任関係を本人の死亡後も存続させる合意は有効かつ許容できる。
②Xらに撤回権はあるが、撤回が遅かった。
③代理権の期間・範囲内での代理行為には、相続人の同意を確認する必要はない。
【背景】 他の制度との対比といった視点の重視
⑶ 死因代理
判例・通説は、委任者(本人)死亡時にはじめて発効する代理権(これを死因代理〔Vollmacht aufdenTodesfallまたはpostmortaleVollmacht〕という)も可能だとし、死因代理が慣習 法上承認されている。スタートの時点が異なるが、一般に死後も存続する代理と同じ取扱い がなされている。
【死因代理の必要性】実務からの要請
⑷ 有効性の根拠
① BGB672条・168条の存在、法律行為自由の原則 ② 実務上の必要性、関係者の利益
⑸ 相続人との利益調整
死後も存続する代理、死因代理のどちらにも方式の定めはない。ただし、代理権は相続財 産の範囲内でしか行使できない。
相続人の保護はBGB168条2文の撤回権によってなされる。原則として、相続人はこれら の代理権を自由に撤回することが可能であり、相続人が撤回した場合には、当該代理権は 消滅する。
◆ 死後も存続する代理、死因代理の代理人は相続人の意思に関係なく死因贈与を履行できる のか?
→ :確認する必要あり
【理由】 委任者が死亡すると相続人が委任者の地位を承継する。
B説 判例
A説
→ :確認する必要なし(判例の立場)。ただし、代理権の範囲が明確でなくてはならない。
【理由】 代理関係・委任関係を本人の死亡後も存続させる合意はBGB672条・168条の もとで有効である。
◆ 相続人の撤回権を排除することができるか?
→ 撤回するためには、代理権の存在を認識していなくてはならず、事実上行使は困難。しか も撤回は将来効であるため実効性があまりない…当該代理権の目的からして甘受すべき。
→ 撤回不可能な死後も存続する代理権、死因代理権を授与することも可能であるが、包括的 代理権を撤回不可能とすることは、遺言の規定の脱法であり、認められない。
→ 撤回権を排除するために、条件を付したり、負担を課す方法がとられている。
2 死因贈与 ⑴ BGB2301条
BGB518条⑴ 贈与は公正証書によってなされなければならない。
⑵ 方式の欠缺は、贈与の実行により治癒される。
BGB2301条⑴ 受贈者が贈与者よりも長生きするとの条件の下で行われた贈与の約束に は、死因処分に関する規定を適用する。
⑵ 贈与者が出捐の目的物を給付して贈与を履行したときは、生前贈与に関す る規定を適用する。
死因贈与には、死因処分の方式(通説では公正証書によること)が要求されるが、贈与が 生前に履行された場合には贈与(生前贈与)の規定が適用される(BGB2301条2項)。生前 に履行されていればBGB518条2項により方式の欠缺が治癒される。
◆ 「履行」の要件を充足しているかをどのように判断するか?
→ 贈与者のそれ以上の給付行為を必要とせず受贈者が権利取得の期待権を取得した場合は履 行があったと解する(判例・通説)。
⑵ 代理と死因贈与
BGB130条⑵ 表意者が発信の後死亡した又は行為無能力となった場合でも、意思表示の 有効性には影響はない。
BGB153条 契約の成立は、申込者の別の意思が受領されない限りは、申込者が承諾の前 に死亡しまたは行為無能力となったことにより妨げられない。
◆ 贈与者が第三者に本人の死亡後も存続する代理権又は死因代理権を授与し、第三者が贈与 者の死後に履行を行った場合は?
→ この場合にも履行が完了したことを認める(判例・通説)。
B説
⑶ 第三者のためにする契約と死因贈与
BGB328条⑴ 契約により、第三者が直接にその給付を請求する権利を取得する効果を有 する第三者への給付を取り決めることができる。
BGB331条⑴ 契約により第三者への死後給付を約束した場合、その第三者は疑わしいと きには要約者の死亡の時点で給付請求権を取得する。
第三者のためにする契約により、死因贈与を履行することが認められている。
◆ 要約者と第三者の間の対価関係にBGB2310条1項が適用されるか?
→ 適用されない(判例・通説)。
【理由】 BGB331条は相続法の規定ではない。
3 死因処分
GG14条⑴ 所有権および相続権は、保障される。その内容および制限は、法律によって定 められる。
BGB138条⑴ 良俗に反する法律行為は無効とする。
死因処分には、相続人の受領を要しない一方的死因処分(遺言、終意処分)と契約による死因 処分(相続契約)があり、これらは相続法上の一定の方式にしたがってなされなければならない。
被相続人は、死後の財産処理を自由に決定することができる(遺言自由の原則)。
4 検討
⑴ 死後も存続する代理や死因代理を用いて、経済的には死因処分に等しいことが生前行為と して行われている。
→ ここには、経済成長の結果としての土地・建物をはじめとする相続の対象となる資産の 増加、高齢化による相続に関する扶養的色彩の減退、さらにはドイツにおいてきわめてニー ズが高いところの事業(企業)承継への要請などが背景にある。
⑵ 委任者の死亡によって委任が終了しないとの立場は法的安定性に役立つという視点に基づ く。
⑶ 代理権の目的に鑑みると、死後事務のための代理権は相続人の意思から独立であるべきと する。
⑷ 他の制度との比較権衡の視点から被相続人の自由が許される限界を画定する。
⑸ 撤回権を広く認めて相続人の利益に配慮すると同時に事実上撤回権を行使できない場合を 容認する。
以上