保険者の代位請求の合計額が自賠責保険金額を超え る場合の権利関係―最高裁平成30年9月27日第一小 法廷判決(裁時1709号2頁・金判1559号14頁)に接 しての所感―
著者 波多江 久美子
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 35
ページ 133‑141
発行年 2019‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/00003711
自賠責保険金額を超える場合の権利関係
被害者の自賠法16条 1 項に基づく請求と労災保険の 保険者の代位請求の合計額が自賠責保険金額を超え る場合の権利関係
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最高裁平成30年 9 月27日第一小法廷判決(裁時1709号 2 頁・金判1559号14頁)に接しての所感
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波多江 久美子
第1 事実関係の概要
1 本件は、交通事故の被害者が、加害車両を被保険車とする自動車損害賠償責任保険(以下
「自賠責保険」という。)の保険会社に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)
16条 1 項に基づき、保険金額の限度における損害賠償額1及びこれに対する遅延損害金の支 払を求めた事案である。
2 事実関係は以下のとおりである。
平成25年 9 月 8 日、Xは、トラック乗務員として中型貨物自動車を運転中、反対車線から センターラインをオーバーしてきた加害車両と正面衝突し(以下、この事故を「本件事故」
という。)、左肩腱板断裂等の傷害を負い、その後、左肩関節の機能障害等の後遺障害が残っ た。
本件事故当時、加害車両についてYを保険会社とする自賠責保険の契約が締結されていた が、任意の自動車責任保険契約は締結されていなかった。
政府は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、平成27年 2 月ま でに、Xに対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付(以 下「労災保険給付」という。)として、療養補償給付、休業補償給付(410万7255円)及び障 害補償給付(498万1490円)を行った。このことから、本件事故に係るXのYに対する自賠 法16条 1 項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)が、労災保険 法12条の 4 第 1 項により、労災保険給付の価額の限度で国に移転した2。
Xは、平成27年 2 月、本件事故に係る自賠責保険金額は傷害につき120万円3、後遺障害に つき461万円4であるとして、Yに対し、前記の保険金額の合計581万円及びこれに対する訴 状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。なお、Xが労災保 険給付を受けてもなお填補されない本件事故に係る損害額は、原審において、傷害につき 303万5476円、後遺障害につき290万円と認定された。また、原審確定の本件事故に係る自賠 責保険の保険金額は、傷害につき120万円、後遺障害につき224万円5である。
本件訴訟の主たる争点は、⑴XがYに対し請求することができる損害賠償額、言い換える と、被害者の直接請求権の額と労災保険の保険者が労災保険法12条の 4 第 1 項により取得し た6被害者の直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合の処理、及び、⑵遅延 損害金の起算点であるが、今回の報告は⑴の論点に限ることとしたい。被害者の直接請求権 の額と労災保険の保険者が代位取得した被害者の直接請求権の額の合計が自賠責保険金額を 超える場合に、被害者は優先的に自賠責保険金額の限度で支払を受けられるのか(Xの主張、
被害者優先説)、それとも自らの請求権の額が両者の合計額に対して占める割合に応じて案 分された自賠責保険金額の限度で支払を受けることができるにとどまるのか(Yの主張、案 分説)という問題である。第一審(東京地裁平成28年 8 月29日判決・交民49巻 4 号1035頁)
及び原審(東京高裁平成28年12月22日判決・自保ジャーナル1992号40頁)はいずれも被害者 優先説を採った。
第2 上告審
最高裁平成30年 9 月27日第一小法廷判決(裁時1709号 2 頁・金判1559号14頁、以下「本判決」
という。)も、上記争点の⑴につき次のように判断し、被害者優先説を採った。
「被害者が労災保険給付を受けてもなお塡補されない損害(以下「未塡補損害」という。)に ついて直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の 4 第 1 項により国に移転した直 接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠 責保険金額を超えるときであっても、被害者は、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠 責保険金額の限度で自賠法16条 1 項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解 するのが相当である。その理由は以下のとおりである。
⑴ 自賠法16条 1 項は、同法 3 条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに、被 害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害の塡補を受けられることにしてその 保護を図るものであるから(同法 1 条参照)、被害者において、その未塡補損害の額が自賠 責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受けられないとい う結果が生ずることは、同法16条 1 項の趣旨に沿わないものというべきである。
⑵ 労災保険法12条の 4 第 1 項は、第三者の行為によって生じた事故について労災保険給付が 行われた場合には、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請 求権は国に移転するものとしている。同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権 者の損害の一部が塡補される結果となった場合に、受給権者において塡補された損害の賠償 を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、
塡補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解される。労働者の 負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照 らせば、政府が行った労災保険給付の価額を国に移転した損害賠償請求権によって賄うこと が、同項の主たる目的であるとは解されない。したがって、同項により国に移転した直接請
自賠責保険金額を超える場合の権利関係 れる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わないものというべきである。」
第3 検討
1 .社会保険の保険者による代位と直接請求権
⑴ 代位の規定
労災保険を含む社会保険による給付がなされたときに、給付の原因が第三者の行為に よって発生した場合については、政府等の保険者が、受給権者の第三者に対する損害賠償 請求権を取得する旨の各種代位の規定が置かれている7。このような社会保険の保険者(以 下「社会保険者」という。)の損害賠償請求権の代位取得の規定の趣旨については、ⅰ被 害者が社会保障の給付と損害賠償の両方を重畳的に取得することから生じる二重利得を防 止すること(二重利得の防止)、ⅱ有責第三者(加害者)の責任を免責することは妥当で はないこと(加害者の免責阻止)の二つがあるとされており、さらにⅲ第三者の行為によ り本来なら支出する必要のなかった給付費用を支出しなければならなかった社会保険者の 費用の賠償ないし償還(社会保険者の費用償還の必要性)も指摘されている8。
労災保険法12条の 4 第 1 項もこれら社会保険者による代位の条文の一つである。ここに いう「保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権」の典型は、本件の ような交通事故の事案でいえば、民法709条や同法715条 1 項に基づく、被害者の加害者に 対する損害賠償請求権、自賠法 3 条に基づく被害者の加害者に対する損害賠償請求権など である。代位の効果については、労災保険から給付を受けた被害者が加害者に対して損害 賠償請求をした事案において、最判平成元年 4 月11日民集43巻 4 号209頁が、「政府が保険 給付をしたときは、右保険給付の原因となった同一の事由については、受給権者が第三者 に対して取得した損害賠償請求権は、右給付の価額の限度において国に移転する結果減縮 する」と述べている。すなわち、労災保険の受給権者が政府から保険給付を受けたときは、
被害者は、法律上当然に損害賠償請求権をその分だけ失うことになるわけである9。
⑵ 直接請求権
自賠法 3 条に基づく損害賠償責任が加害車両の保有者10に発生したときは、被害者は、
加害車両について締結された自賠責保険契約の保険会社に対し、保険金額の限度において、
損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる(自賠法16条 1 項)。この被害 者の権利は、一般に、「直接請求権」、「被害者請求権」、「16条請求権」などと呼ばれている。
伝統的な責任保険法理からすれば被害者は自賠責保険契約外の第三者にすぎず、保険会 社に対して契約上の請求権を持ちえないはずである。しかしそれでは、加害者が不誠実で あったり資力がなかったりした等の場合には、損害の塡補が受けられず、被害者救済を中 心とする自賠法の趣旨に悖る結果となる。そこで、自賠法は、16条 1 項において、保有者 に自賠法 3 条の責任が発生しさえすれば、被害者は、加害者が締結した自賠責保険契約の 保険会社に対し、直接、損害賠償額の支払を求めることができる権利を認め、被害者救済 の趣旨を貫徹することとした。この規定により、被害者は、保険金額の範囲内において、
⑶ 直接請求権に対する代位
加害車両について締結された自賠責保険の保険会社は、その行為によって保険給付の原 因となった事故が生じたわけではないから、被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権 が社会保険の保険者による代位の対象となるかというのは一つの問題である12。しかし、
社会保険各法の代位の規定における「第三者」とは、社会保険の当事者たる保険者と被保 険者以外の者をいうとされ、直接の加害者のほか、自賠法11条に基づき責任を負うべき保 険会社も第三者に入ると解するのが通説的見解のようであり13、一般に、労災保険などの 社会保険の保険者も、被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権を取得すると解されて いる14。
2.被害者の直接請求と社会保険の保険者の代位請求の競合
⑴ 問題の所在
もっとも、社会保険の保険者が保険給付をしたことにより被害者の直接請求権を代位取 得するとなると、被害者自身の直接請求と社会保険の保険者の代位請求とが衝突すること がある。加害者に対する民法709条等に基づく損害賠償請求権や、自賠法 3 条に基づく損 害賠償請求権であれば、社会保険の保険者が保険給付をしたその価額の限度で、これらの 被害者の加害者に対する損害賠償請求権が社会保険の保険者に移転し、その結果として、
被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、移転した額だけ減縮するということで問題は ない。しかし、自賠責保険会社に対する直接請求権については、保険金額という支払限度 があるため、被害者の総損害額が保険金額を超える場合には、被害者と社会保険者のどち らにあるいはその双方に、どのように配分すべきなのかが問題となる。
⑵ 学説
この問題については、ⅰ被害者の直接請求権が優先するとする被害者優先説、ⅱ社会保 険者と被害者は、その請求額に応じた比率において支払を受けられるとする案分説が対立 する。ⅰ被害者優先説は、社会保険者は、その給付の対価としてすでに保険料を受領して おり、その対価として保険給付をなすことを約するのであって、これらの給付は本来の債 務の履行にすぎないのであり、代位権の行使による収入はいわば無償の利益ともいえるこ と15、 社会保険者の保険給付は、その保険契約上の債務の履行としての給付であり、求償 権の代位取得は二重利得の阻止あるいは加害者の免責阻止といった保険の技術的ないし政 策的要請等から認められるものであり、したがって債務の履行によって付随的に生じる求 償債権が、被害者に生じた損害の塡補という目的を持った被害者の直接請求権の行使を阻 害してまで全く対等の地位に立つと解すべきものとは考えられないこと、案分説に立つと、
自賠責保険から保険金額全額の支払を受け、その後社会保険に請求を行った被害者と、社
自賠責保険金額を超える場合の権利関係 自賠責保険による塡補額に差が生じるといった合理的理由がないアンバランスが生じるこ とになること16などを根拠とする。これに対し、ⅱ案分説は、社会保険者が代位取得した 直接請求権と被害者の直接請求権は同質であり、平等分割の原則(民法427条)によるべ きであることなどを根拠とする。「政府管掌健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対す る求償事務の取扱いについて(通知)」(昭和43年 7 月25日庁保険発第8号)は、「合計額が 法定限度額を超える場合は、法第16条請求と求償とは共に同質の債権であるから、民法第 427条の比例配分を採用する」としている。
3.本判決に先立つ関連判例と自賠責保険実務
以上のような、被害者の直接請求と社会保険者の代位請求の競合の処理が本判決に先立っ て訴訟上初めて問題となったものとして、次のような判例がある。これは、交通事故の被害 者の直接請求と、被害者に対して老人保健法(平成17年法律第77号による改正前のもの。以 下同じ。)25条 1 項に基づいて医療の給付を行った市町村長が同法41条 1 項に基づく代位請 求が競合した事例である(最判平成20年 2 月19日第三小法廷判決・民集62巻 2 号534頁、判 タ1268号123頁。以下「平成20年判決」という。)。平成20年判決は、以下のように、本判決 とほぼ同様な根拠を述べて、被害者優先説を採った。
「被害者が医療給付を受けてもなおてん補されない損害(以下「未てん補損害」という。)
について直接請求権を行使する場合は、他方で、市町村長が老人保健法41条 1 項により取得 した直接請求権を行使し、被害者の直接請求権の額と市町村長が取得した直接請求権の額の 合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は、市町村長に優先して自賠責保 険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条 1 項に基づき損害賠償額の支払を受け ることができるものと解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。
⑴ 自賠法16条 1 項は、同法 3 条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに、
被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害のてん補を受けられることにし てその保護を図るものであるから(同法 1 条参照)、被害者において、その未てん補損害 の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受け られないという結果が生ずることは、同法16条 1 項の趣旨に沿わないものというべきであ る。
⑵ 老人保健法41条 1 項は、第三者の行為によって生じた事由に対して医療給付が行われた 場合には、市町村長はその医療に関して支払った価額等の限度において、医療給付を受け た者(以下「医療受給者」という。)が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する 旨定めているが、医療給付は社会保障の性格を有する公的給付であり、損害のてん補を目 的として行われるものではない。同項が設けられたのは、医療給付によって医療受給者の 損害の一部がてん補される結果となった場合に、医療受給者においててん補された損害の 賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第 三者も、てん補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解され、
医療に関して支払われた価額等を市町村長が取得した損害賠償請求権によって賄うこと
た直接請求権を行使することによって、被害者の未てん補損害についての直接請求権の行 使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わないものというべきである。」
平成20年判決当時の自賠責保険実務は基本的に案分説に則ってなされていたのである が、平成20年判決は、老人保健法に基づく保険者からの代位の事案で、従来の保険実務の 変更を求めたわけである。この判決により自賠責保険実務の従前の取扱いは変更され、健 康保険の保険者から代位請求がされた場合には、自賠責保険会社がその旨を被害者に通知 し、被害者からの直接請求があればそれを健康保険の保険者からの代位請求に優先する扱 いとなったが、労災保険からの代位請求についてはなお従前の案分説を基本とする取扱い が継続されたことから17、労災保険については平成20年判決の射程が議論されていた18。
4.本判決について
⑴ 結論について
本判決は、被害者の直接請求と労災保険法に基づく代位請求が競合した場合にも、被害 者の直接請求を優先する結論を採ったわけであるが、この結論自体には賛成である。自賠 法は1955年に、当時急増する自動車による人身事故の被害者救済のため制定された法律で あり(自賠法 1 条参照)、過失の立証責任を加害者側に転換して被害者の加害者に対する 責任追及を容易にするとともに(自賠法 3 条)、自動車を運行の用に供するについては責任 保険又は責任共済の契約の締結を強制し、加害者側の資力を確保して被害者が実質的な救 済を受けられるようにし(自賠法 5 条)、しかも被害者が迅速に救済を受けられるようにす るため、被害者が加害者の締結した自賠責保険契約の保険会社に対して直接請求すること も可能としたわけである(自賠法16条)。他方で、労災保険法の趣旨が労働者の福祉の増 進にあり(労災保険法1条)、労災保険法12条の 4 第 1 項による代位の趣旨は、被害者の二 重利得の禁止、加害者の免責阻止にあるのであるから、被害者になお塡補されていない損 害があるかぎり、少なくとも社会保険の保険者の代位請求との関係では、被害者の請求を 優先させるのが上記のような自賠法及び労災保険法の趣旨に沿う結論といえるであろう。
⑵ 権利関係
しかし、本判決の述べる被害者の直接請求権と労災保険の保険者が代位取得した被害者 の直接請求権との関係については一考を要するように思われる。というのは、本件では労 災保険から障害補償給付として498万1490円が支給され、この給付は後遺障害に係る損害 の塡補となるが、後遺障害に係る自賠責保険の保険金額は224万円だというのであるから、
労災保険法12条の 4 第 1 項により被害者の直接請求権が国に移転したというのであれば、
後遺障害についての224万円の自賠責保険金はすでに全額国に移転済みであり、被害者の 直接請求権はその分当然に減縮する19、すなわち被害者には直接請求権が残っていないの であり、両者の競合は生じないのではないか、とも思われるからである。しかしながら、
自賠責保険金額を超える場合の権利関係 したことを前提としつつ、社会保険の保険者に移転した直接請求権の額と被害者の未塡補 損害に係る直接請求権の額が自賠責保険金額を超える場合について議論している。すなわ ち、後遺障害について考えれば、国に498万1490円の直接請求権、被害者に290万円の直接 請求権があり、両者の合計額が後遺障害についての自賠責保険金額である224万円を超え ていると考えているように思われるわけである。自賠法16条 1 項の被害者の直接請求権の 債権額は、保険金額を超えて存在するのであろうか。自賠責保険会社としては、保険金額 を超えて支払う義務はないはずである。自賠法16条 1 項の直接請求権とはどのような権利 なのであろうか。
5.権利関係についての検討
⑴ 直接請求権の法的性質
自賠法16条 1 項の直接請求権の法的性質の問題については、これまで学説上多くの議論 がされてきた。その議論状況は複雑な様相を呈している20。この点については大別すると、
ⅰ加害者が保険者に対して有する保険金請求権そのもの又はそれに準ずる権利とするもの と(保険金請求権説)、ⅱ被害者が加害者に対して有する不法行為等に基づく損害賠償請 求権又はそれに準ずる権利とするものと(損害賠償請求権説)、ⅲ法の特別の規定によっ て生ずる特別の請求権であるとするものがある(法定権利説)21。また、直接請求権がな ぜ被害者に認められるかという法的根拠の問題についても、責任保険契約の構造を根拠と する考え方、契約の効果とする考え方、法の規定に求める考え方などがあるようであり、
法の規定に求めるにしても、その理論構成を、法の規定によって被害者が原始取得すると 考えるのか、法の規定によって加害者の権利が移転すると考えるのか22、あるいは契約法 理的に構成して、いわば法が強制する第三者のためにする契約と考えるのか、など見解が 多岐に分かれている。
⑵ 直接請求権の法的性質についての最高裁判例
そこで次に、これまでの最高裁判例において、自賠法16条 1 項の直接請求権がどのよう なものとして理解されているかを概観したい。
まず、最高裁昭和39年 5 月12日第三小法廷判決(集民18巻 4 号583頁)は、自賠法16条 1 項に基づく権利について、これを「損害賠償請求権」とし、最高裁昭和57年 1 月19日第 三小法廷判決(集民36巻 1 号 1 頁)自賠法16条に基づく直接請求権は「被害者が保険会社 に対して有する損害賠償請求権であって、保有者の保険金請求権の変形ないしはそれに準 ずる権利ではない」とした。また、最高裁平成元年 4 月20日第一小法廷判決(民集43巻 4 号234頁)自賠法16条 1 項に基づく被害者の直接請求権について「損害賠償額の支払請求権」
とし、平成12年 3 月 9 日第一小法廷判決(民集54巻 3 号960頁)は、「責任賠償金の支払請 求権」とした。
このように最高裁は、自賠法16条 1 項の直接請求権の法的性質について、当初は「損害 賠償請求権」との理解を明確にし、保険金請求権説を否定したが、その後「損害賠償額の
平成12年判決の最高裁判例解説は、それまでの最高裁判例を概観した上、最高裁の判例 は、「被害者の保険会社に対する損害賠償請求権ととらえながら、その権利の内容は損害 賠償請求権と同一ではなく、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の迅速な実現のため に法律が特別に認めた権利であるととらえていると解される」としている23。
⑶ 若干の私見
平成20年判決及び本判決はいずれも、自賠法16条 1 項の被害者の直接請求権の債権額が 保険金額を超えて存在していると考えているものと思われるところ、このような考え方は、
直接請求権の性質を損害賠償請求権ととらえたことと関連性があるのではないかと思われ る。仮に直接請求権の性質を保険金請求権と解するとしたら、保険金額以上の債権額を持 つことはあり得ないのではないかと思われるからである。そして、被害者が何故に自賠責 保険会社に損害賠償請求権を有するのかにつき、それが法の規定によるとしても、その理 論構成として、保険会社が被保険者(加害者)の負担する債務を併存的に引き受けている と考えれば24、債権額について被害者の損害賠償請求権と同一として捉えることも可能な のかもしれない。しかし、被害者の直接請求権は、被害者が加害者に対して損害の賠償を 請求しうる額につき、保険金額の範囲内で、保険会社に対してその支払を請求しうる権利 であり25、保険金額を超えて債権額が存在すると考えるとすれば、保険金額を超えた部分 の権利性をどのように考えたらよいのか悩ましい。
被害者の直接請求と健康保険・労災保険の保険者の代位請求の競合の問題については、
前述のとおり、被害者優先の結論を採るべきであると考えるが、その理論構成としては、
むしろ、被害者になお塡補されていない損害があるときは、その限りで保険者は代位でき ない、すなわち被害者の直接請求権を取得できないと考える方が簡明であるように思われ る。本判決は、原審の適法に確定した事実関係として、「本件事故に係る第 1 審原告の第 1 審被告に対する自賠法16条 1 項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」
という。)が、労災保険法12条の 4 第 1 項により、労災保険給付の価額の限度で国に移転 した」とするが、「労災保険給付の価額の限度で国に移転した」かどうかは事実認定の問 題というよりは法的効果の問題であり、必ずしも労災保険給付の価額の限度で移転したと する必要はなく、被害者に未塡補損害がある場合はその限りで移転しないとする判断もあ り得るのではないかと思われる。もっとも、この問題は自賠法16条 1 項の直接請求権の法 的性質に関わる問題であり、この点の研究が必要であると考えている。
以上
1 自賠法16条 1 項参照。
2 後記12頁参照。
3 傷害による損害の保険金額である(自賠法施行令 2 条 1 項 3 号イ)。
自賠責保険金額を超える場合の権利関係 4 後遺障害等級10級の保険金額である(自賠法施行令 2 条 1 項 2 号・ 3 号ロ〜ヘ)。
5 後遺障害等級12級の保険金額である(自賠法施行令 2 条 1 項 2 号・ 3 号ロ〜ヘ)。
6 後記12頁参照。
7 健康保険法57条、国民健康保険法64条、国民年金法22条、厚生年金法40条、国家公務員共済組合法 47条、地方公務員等共済組合法50条、介護保険法21条等にほぼ同様の規定がある。なお、これらの 法律は、受給権者が第三者から損害賠償を受けたときの、保険給付義務の免責規定も置いている。
8 西村健一郎「社会保障給付と損害賠償」民商法雑誌93巻臨時増刊⑵408頁、植草桂子「判批」損保研 究69巻 1 号346頁参照。
9 瀬戸正義「判解」最高裁判所判例解説民事篇平成元年度130頁参照。
10 自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供す るものをいう(自賠法 2 条第 3 項)。
11 川井=宮原=小川=塩崎=伊藤編『注解交通損害賠償法〔新版〕第①巻』163頁〔伊藤文夫執筆部分〕
(青林書院1997年)参照。
12 丸山一朗「判批」『自動車保険実務の重要判例事例に学ぶ33のポイント』304頁(保険毎日新聞社 2017年)参照。
13 西村健一郎『社会保障法』80頁(有斐閣 2003年)、厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課編『―労 働法コンメンタール 5― 労働者災害補償保険法』301頁(労務行政 2009年)参照。
14 昭和31・ 9 ・25法制局 1 発第37号・法制局意見、川井=宮原=小川=塩崎=伊藤編・前掲注10)170頁、
北河=中西=小賀野=八島編『逐条解説 自動車損害賠償保障法』〔八島宏平執筆部分〕(弘文堂 2014年)参照。
15 金澤理『保険と民事責任の法理』135頁以下(成文堂 1966年)、同『交通事故と保険給付』61頁。
16 川井=宮原=小川=塩崎=伊藤編・前掲注10)170頁以下参照。
17 佐野誠「判批」私法判例リマークス39号49頁(2009年)参照。
18 森富義明「判解」最高裁判所判例解説民事篇(平成20年度)111頁以下、佐野・前掲注18)49頁、肥 塚肇雄「判批」損保研究71巻 1 号254頁以下、尾島茂樹「判批」平成20年度重要判例解説・ジュリス ト増刊1376号96頁、若林三奈「判批」新美育文=山本豊=古笛恵子編『別冊ジュリスト交通事故判 例百選[第 5 版]』145頁(有斐閣 2017年)参照。
19 前掲最判平成元年 4 月11日民集43巻 4 号209頁、瀬戸・前掲注9)130頁参照。
20 学説の議論状況につき、海野俊雄「被害者の直接請求権」『交通事故賠償の現状と課題』(ぎょうせ い 1979年)338頁以下、宮島司「被害者の直接請求権」金判別冊 3 号(1991年)40頁以下、川井=
宮原=小川=塩崎=伊藤編・前掲注10)164頁以下、潘阿憲「自動車損害賠償責任保険における直接 請求権と損害賠償請求権」判タ1113号68頁以下参照。
21 篠田省二「判解」最高裁判所判例解説民事篇(昭和57年度) 6 頁以下参照。ⅰ説とⅱ説に分ける整 理もある(孝橋宏「判解」最高裁判所判例解説民事篇(平成12年度・上)231頁以下参照)。
22 フランス法の直接訴権の制度が導入されたものとして自賠法16条をとらえる見解として、加賀山茂
『現代民法 担保法』(信山社 2009年)66頁参照。
23 孝橋宏「判解」最高裁判所判例解説民事篇(平成12年度・上)231頁以下参照。
24 川井=宮原=小川=塩崎=伊藤編・前掲注10)166頁、海野・前掲注22) 363頁以下参照。もっとも、
これらの考え方が被害者の直接請求権について保険金額を超える額を想定しているという趣旨では ない。
25 田辺康平「自賠責保険の直接請求権と保険金請求権」『新損害保険双書②』(文眞堂 1983年)39- 40、43頁参照。