民法724条後段の期間について:最判平成21年4月28 日民集63巻4号853頁(判時2046号70頁、金法1881号 42頁)
著者 伊室 亜希子
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 26
ページ 141‑148
発行年 2010‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2233
民法724条後段の期間について
最判平成21年4月28日民集63巻4号853頁(判時2046号70頁、金法1881号42頁)
伊 室 亜希子
Ⅰ 事実の概要
①昭和53年8月14日 足立区立小学校で警備主事として勤務していたY(42歳)は同小学 校教諭A(29歳)を勤務中1階給食室前廊下において首を絞めて殺 害(本件殺害行為)
②昭和53年8月15日‑16日 YはAの死体をYの自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿
Yは自宅の周囲をブロック塀、アルミ製の目隠し等で囲み、サーチ ライトや赤外線防犯カメラを設置
平成6年頃 Yの自宅を含む土地が土地区画整理事業の施行地区と なる→明渡し余儀なくされる
③平成16年8月21日 Yは警察署に自首(本件殺害行為から約26年後)
③ 平成16年8月22日 本件自宅の床下から白骨化した遺体及びAの所持品が発見される
④平成16年9月29日 DNA鑑定の結果、Aの死体と確認
Aの相続人Xら(Aの母X1、Aの弟2人X2、X3)は、Aの死亡を知 る
⑤平成16年10月7日 XらはYに対する、不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利 として、本件自宅の土地についてのYの持分につき、仮差押決定を 得る(土地はYの妻所有)
⑥平成16年12月29日 法定単純承認により相続人が確定
⑦平成17年4月11日 Xらは本件訴えを提起
X→Y 民法709条の不法行為責任に基づき、X→足立区 民法715 条の使用者責任ないし国家賠償法1条に基づく責任さらには安全配 慮義務違反による債務不履行責任に基づき、連帯してAの逸失利益 等及びXらの慰謝料等の支払を求めた(足立区に対する請求につい ては棄却され、その後和解が成立した)。
Ⅱ 訴訟の経過
1 第一審(東京地判平成18年9月26日(平成17年(ワ)第7168号)判タ1222号90頁、判時1945 号61頁)
民法724条後段の規定する20年の期間は除斥期間 ○本件殺害行為の不法行為に基づく損害賠償請求権 除斥期間の起算点:①昭和53年8月14日
権利行使時⑥平成16年10月7日には既に20年経過 →損害賠償請求権は消滅
○ 遺体を隠匿し続けた行為の不法行為(本件殺害行為とは独立の不法行為)に基づく損害賠償 請求権
除斥期間の起算点:③ 平成16年8月22日遺体の発見時 →損害賠償請求権は消滅していない
Xら各自110万円(慰謝料100万円、弁護士費用10万円)および遅延損害金を認める限度で 認容
↓
Xら控訴(X1は平成19年1月死亡、X2、X3が2分の1ずつ相続)、Y付帯控訴
2 原審(東京高判平成20年1月31日判タ1268号208頁、判時2013号68頁)取消自判
争点1: Aの殺害行為及び死体遺棄行為以外に、YがAの遺体を隠匿し続けた行為が、Xらに対 する独立の不法行為を構成するか→否定(遺体の隠匿を継続した行為は、死体遺棄行為 の一部)
争点2: 本件殺害行為及び死体遺棄行為に関する不法行為に基づく損害賠償請求権は、民法724 条後段所定の20年の経過により消滅したかどうか
除斥期間の起算点:①昭和53年8月14日殺害行為完了時点②昭和53年8月15日死体遺棄完了時 点
権利行使時⑤平成16年10月7日、⑦平成17年4月11日には既に20年経過 →特段の事情がない限り、損害賠償請求権は消滅
特段の事情あり→民法160条の法意に照らし、724条後段の効果を制限 相続開始を相続人Xらが知った時:遺体確認時 ④平成16年9月29日
を行った加害者は、20年の経過によって被害者に対する損害賠償義務を免れる結果となり、著し く正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも、上記のような 場合にあっては、当該相続人を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、その 限度で民法724条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。
したがって、不法行為により被害者が死亡し、不法行為の時から20年を経過する前に相続人が 確定しなかった場合において、その後相続人が確定し、当該相続人がその時から6箇月内に相続 財産に係る被害者本人の取得すべき損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民 法160条の法意に照らし、上記相続財産に係る損害賠償請求権について同法724条後段の効果は生 じないものと解するのが相当である。」
→民法724条後段の規定にかかわらず、本件殺害行為に係る不法行為によりAが取得すべき 損害賠償請求権が消滅したということはできない。
Y上告
3 本判決:上告棄却
「民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば、不法行為により被害者が死亡したが、その相 続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は、相続人が不法行為に 基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま、同請求権は除斥期間により消滅することとな る。しかしながら、被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を 知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確 定しないまま除斥期間が経過した場合にも、相続人は一切の権利行使をすることが許されず、相 続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは、著しく正義・
公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは、前記の時効の場合 と同様であり、その限度で民法724条後段の効果を制限することは、条理にもかなうというべき である(最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁参照)。
そうすると、被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り 得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定し ないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において、その後相続人が確定した時から6か月 内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情がある ときは、民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当であ る。
これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人が本件殺害行為後にAの死体を自 宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿するなどしたため、B(父)、C(母)及び被上告人らはAの 死亡の事実を知ることができず、相続人が確定せず損害賠償請求権を行使する機会がないまま本 件殺害行為から20年が経過したというのである。
そして、C及び被上告人らは、平成16年9月29日にAの死亡を知り、それから3か月内に限定 承認又は相続の放棄をしなかったことによって単純承認をしたものとみなされ(民法915条1項、
921条2号)、これにより相続人が確定したところ、更にそれから6か月内である平成17年4月11 日に本件訴えを提起したというのであるから、本件においては前記特段の事情があるものという べきであり、民法724条後段の規定にかかわらず、本件殺害行為に係る損害賠償請求権が消滅し たということはできない。」
田原睦夫裁判官の意見がある:724条後段の規定の法的性質について、時効と解すべきで、本 件においては、民法160条が直接適用される結果、Xらの請求は認容されるべきである。
〔検討〕
Ⅲ 民法724条後段の20年の期間の法的性質
起草者:724条後段も消滅時効の期間を定めたものである 平成元年判決までは、除斥期間説が通説的地位を占めていた
⑴ 除斥期間説:20年の経過によって当然に権利が消滅する。
不法行為をめぐる権利関係を速やかに確定する
一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたもの
⑵ 消滅時効説:時効の中断、時効の停止、時効の援用の放棄等によって、20年の経過後にも権 利の行使ができる場合がある。
立法者意思、母法ドイツ法の規定、条文の規定(「同様とする」)、損害の公平な分担という不 法行為法の趣旨からすると画一的な処理にはなじまない(加害者につき時効制度と別に除斥期間 によって保護すべき特段の事情はなく、被害者の損害賠償の行使期間を一定の期間に制限すべき 公益上の必要性もない)
最判平成元年12月21日民集43巻12号2209頁(平成元年判決)
724条後段の20年期間の性質を除斥期間と初めて明言
「民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めた ものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更 に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の 速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加 害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年 の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請 求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。
より本件請求権が消滅したものと判断すべきであり、したがって、被上告人ら主張に係る信義則 違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって採用の限りではない。」
Ⅳ 時効停止の規定の除斥期間への類推適用の可否
1 除斥期間には時効中断の規定は適用されない、債務者による援用を要しないことでは学説上 一致
2 時効の停止の規定
時効完成の間際に権利者が時効中断するのを不能又は極めて困難ならしめる事由がある場合に 限り、その事由の存在する期間中及びその事由の消滅後法定の期間が経過するまでの間、時効の 完成を延期させるもの。
3 学説
⑴ 時効停止の規定の類推適用を否定する説(梅、鳩山)
権利関係の早期・画一的な確定を目的とするものであることを重視
⑵ 時効停止の規定の類推適用を肯定する説(川島、星野)
客観的に権利行使が不可能である時効停止事由が存在する場合にも除斥期間経過により一律に 権利が消滅するのは相当性を欠く、時効停止による期間延長は一時的なものであり、客観的な事 由であるから、法律関係の早期確定という除斥期間制度の趣旨目的に著しく反するわけではない
⑶ 一部肯定説(我妻)
少なくとも天災による時効停止を定めた民法161条については、類推適用を認めるべき
4 最判平成10年6月12日民集52巻4号1087頁(平成10年判決)
158条の法意に照らし、724条後段の適用を制限
被害者が予防接種を原因として重い障害を負い、心身喪失の常況にあるという場合において、
不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において不法行為を原因として 心身喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産 宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段 の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないとした。
「民法一五八条は、時効の期間満了前六箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を 有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から六箇月内は時効は 完成しない旨を規定しているところ、その趣旨は、無能力者は法定代理人を有しない場合には時
効中断の措置を執ることができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわ らず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにあると解され る。
これに対し、民法七二四条後段の規定の趣旨は、前記のとおりであるから、右規定を字義どお りに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において心神 喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右二〇年が経過する前に右不法行為による損 害賠償請求権を行使することができないまま、右請求権が消滅することとなる。しかし、これに よれば、その心身喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利 行使が不可能であるのに、単に二〇年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許さ れないこととなる反面、心身喪失の原因を与えた加害者は、二〇年の経過によって損害賠償義務 を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、
少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場 合と同様であり、その限度で民法七二四条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべ きである。」
河合裁判官の意見がある。
民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものか又は消滅時効を定めたものかはともかくとし て、期間の経過によって権利が当然に消滅し、その例外を認めないとする硬直的態度は妥当では ない。除斥期間説に立っても、民法158条を類推適用すべき。
5 平成10年判決の射程
平成10年判決は時効停止の規定である民法158条を類推適用するのではなく、その法意に照ら して除斥期間の適用を制限すると説示している。法律関係の速やかな確定のために期間の経過に より画一的に権利が消滅するという除斥期間の性質に照らして、その例外を広く認めるのは相当 ではないので、単に時効停止事由に相当する事由があるというだけで時効停止の規定を除斥期間 に類推適用するのではなく、条理や正義・衡平の理念を根拠とし、加害者側による権利行使妨害 があったことも要件に加えることにより、除斥期間の例外にいっそうの絞りをかけた趣旨→射程 は極めて狭い。
民法724条後段の適用の効果を否定する場合としては、除斥期間内に権利を行使しなかったこ とを是認することが本件の事案と同程度に著しく正義・公平に反する事情がある上、時効の停止 等その根拠となるものがあることが必要1。
判決では、160条の要件を満たしているので、類推適用も可能な事例であった
⑶ 平成10年判決は権利行使不可能(「不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する 前六箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右二〇年が経過 する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま」)といっても、
本人が成人するまでの間は両親が法定代理人としており、権利行使が可能であったし、平成 10年判決の第一審は、両親が成人した本人の親権者と称して訴訟を提起しているわけだから、
両親の権利行使の仕方がまずかったにすぎない(主観的に権利行使できると知らなかった)。
しかし、その原因を作ったのは加害者であった。
それに対して、本判決では、相続人は、殺害の事実を知らず、もちろん加害者が誰かも分 からないため、客観的に権利行使ができないまま、不法行為時(本件殺害時)から20年が経 過している。そして、その原因を作ったのは加害者である。
→ 以上より、本判決の事案の方が、より平成10年判決の枠組みに合致し、724条後段の適用 制限がみとめられるべき事案であったといえる。本判決の射程も極めて狭い。
しかし、本判決で遺体確認までは、権利行使不可能であったということを重視すると、
別の考え方も可能である。
Ⅴ 724条後段の除斥期間の起算点について
1 最判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(平成16年判決)
724条後段の除斥期間の起算点:「不法行為の時」=通常は加害行為時
加害行為から長期間を経て損害が発生する事案においては、民法724条後段の適用について、
損害発生時を起算点とする。
「民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為ノ時」と規定されており、加害行為が 行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられ る。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏 期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加 害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は 一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。なぜなら、このような場合に損 害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であるし、また、
加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被 害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられるからである。
これを本件についてみるに、前記のとおり、じん肺は、肺胞内に取り込まれた粉じんが、長期 間にわたり線維増殖性変化を進行させ、じん肺結節等の病変を生じさせるものであって、粉じん への暴露が終わった後、相当長期間経過後に発症することも少なくないのであるから、じん肺被 害を理由とする損害賠償請求権については、その損害発生の時が除斥期間の起算点となるという べきである。」
2 学説
(松本)2消滅時効説
20年期間の起算点 損害発生時=損害顕在化時=死体発見時 権利行使が可能な時点
(あるいは、殺害行為と死体隠匿行為を一体的に評価→隠蔽行為が終了した時点をもって、不 法行為終了時「不法行為の時」として20年期間の起算点)
(福田)3権利行使可能性を起算点の段階で考慮すべき→遺体確認まで20年の期間は進行しない
本件のように、相続人は殺害の事実を知らず、もちろん加害者が誰かも分からないため、相続 人が確定せず、客観的に権利行使ができないまま、不法行為時(本件殺害時)から20年が経過し ており、その原因を作ったのは加害者であるような場合は、724条後段の期間が除斥期間である からといって、「権利行使可能性」を一切無視するのは、妥当ではない。本件は、平成16年判決 との関連性も見いだせるものであり、例えば、相続人確定後、6箇月を超えて訴えを提起してい たような場合には、除斥期間の起算点を遺体確認時として救済することも可能であったと考える。
(本レジュメは、2009年10月28日開催の「差止め請求権に関する横断的考察」研究会にて報告 したものに若干の修正を加えたものである)
1春日通良・最高裁判所判例解説民事篇平成10年度23事件576頁
2松本克美「後発顕在型不法行為と民法724条後段の20年期間の起算点」立命館法学310号424頁 3福田健太郎「判批」法時81巻2号116頁以下